ハーメルン様の使い方も素人なのでごちょごちょしているかもしれません。
お気に触ることあれば申し訳ないです。
わたしが初めてこの女川湾の一帯に来た時は、複雑に青と緑が入り組む風景に目を奪われていた。その臨海部に形成された木々を擁するなだらかな丘陵は大小さまざまな命の営みを守っている。大湊警備府から移籍するよう命じられ、日本海溝と並行するように航海するわたし達を出島が出迎えてくれたことは記憶に新しい。
「あの日も今みたいにつくつく法師の声が増え始めていてねーー」
いよいよ思い出話を語ろうとするのは北上さん。この女川で送る私の新生活に自然に溶け込んで、たびたびわたしとのお喋りに付き合ってくれる、わたしの素敵なお友達。
常々、もっと彼女のことをよく知りたいと思っていたわたしは今日、勇気をもって彼女に尋ねてみた。踏み込まれるのを避けいてることは薄々感じていたので、嫌われるかもしれないと緊張していたけれど、思いのほか自然に思い出話を語ろうとする彼女の様子に、ようやく膝の上で握り込んでいた拳を解くことが出来そうだ。
この不思議な警備府の捉え所のない司令官と、それと同じくらい飄々としている北上さん。その関係性は往年の繋がりを持つようで、二人の距離感をわたしは羨ましく思っていた。
「暁はMI作戦って知ってる? あの時のじゃなくて、2年前の話で」
2年前といえばわたしが海に浮かぶより前の話になる。
今年の4月頃、佐世保近海で発見されたわたしは様々な鎮守府や泊地へと研修を受けるために赴いていた。転々と移動する先々でMI作戦という言葉は耳に挟んだりしていたけれど、現状から察するに失敗したのだろうということ以外、詳しいことは聞かされない。
「名前だけ風の噂で聞いたことがあるけど……。どんな作戦だったかまでは知らないわ」
「んまぁ、知らないよね〜。みんな言いたがらないことだから――」
そうして、彼女は当時のことを教えてくれた。
太平洋を挟む日本と北米大陸の間にあるミッドウェー島、どうやらそこが深海棲艦の拠点になっていることが偵察部隊の報告で明らかにされた。大本営は日米を繋ぐシーレーンの確保のため、アホウドリの楽園に鎮座する敵泊地を打撃殲滅すべく、横須賀鎮守府を中心に呉所属と舞鶴所属からなる前線大隊を組織した。
また、このミッドウェー島の攻略に際し敵艦隊については北側からの援護も予想され、更なる作戦として当時の大湊は迅速な北方方面への進撃を担うことになった。この二正面作戦はかの戦争に擬えてAL/MI作戦と名付けられた。
士気も高く精強な兵隊たちで実施されたというこの作戦だが、その幕引きに関してわたしの予想は的中した。
北方海域も首尾良く開放しアリューシャン方面へ勢力を伸ばす大湊、太平洋沖の敵勢力を少しずつ減らしながらX'デーの準備を行う横須賀。決行当日、クレ環礁を臨みほぼ損傷のない連合艦隊は敵勢力範囲下で厳しい海戦を繰り広げながらも、北側のちょっかいもなく無事にミッドウェー島を占拠していた深海棲艦を撃沈。
喜び勇んで電報を送るMI作戦本隊だが、横須賀からの返事はなく異常な状況を察して急いで帰還した。果たして、横須賀に着いた時には何もかもが遅かった。彼女たちを見送った鎮守府は瓦礫の山と化していた。敵の空母を伴った打撃部隊が南側を大きく回り本土へ強襲を掛けたのだ。
横須賀鎮守府に残っていた艦娘達を総動員させるも、敵空母の中の一つが埒外な航空戦力と砲火力をもって暴れたらしく、被害を居住区に及ばないように交戦するのが精一杯だったようだ。
幸いなことに人的な被害は一切なかった。日本に居留せざるを得なくなったアメリカ海軍の手伝いも相まって、素早く避難を完了させられたことが大きい。
しかし、建造物などの被害は大きく復興と安全の確保が終わるまで横須賀の人々は疎開をせざる得なかった。なにより、敵打撃部隊の主力空母を取り逃したことで潜在的な脅威を太平洋に残したことが痛かった。
そして、この状況を引き起こしたとされる大本営は、方々から『国防の意味を取り違えている』とバッシングを受けたらしい。
「横須賀については人伝に聞いた話だけどね。私と提督は大湊だったからさー」
彼女は気楽そうに喋っているが、それはなんだか機密事項に関わる気がして『その話聞いても大丈夫なの?』って心配になる。
『んー、まぁ。でも、内緒だからねー』とやんわり釘を刺しながらも、彼女は特に気にも留めずに話は再開された。
「言った通り、当時の私たちが飛ばされたのは大湊でさ。そのころの提督は横須賀所属 大湊警備府預かり 北方方面前線基地 第四水雷戦隊 司令官 泉特佐 って肩書だったかな。んで、私は舞鶴からポンツーンとして来てたんよ」
わたしは彼女がポンツーンをしていたということに仰天してしまった。
重雷装巡洋艦である彼女は40門の魚雷を艤装として担いでいる。圧倒的な雷装による火力は敵艦隊を単独で一網打尽にするときもある程だ。甲標的なんて運用した日には先制雷撃であっという間に平らげてしまうほど。
「そんな……北上さんがポンツーンなんて信じられないわ」
彼女は嬉しそうに笑みを漏らすと、『ありがと』と私に伝えた。
「でも、その時はただの軽巡だったからさ。んで、こんなノリじゃん? 仕方なかったんじゃないかな~。
というか、そもそもわたしがこんなに魚雷を積んで戦線で活躍できるようになったのは、提督のおかげなんだよね」
今でも信じられない心境だけれど、本人がそういうならそれが事実なんだろう。わたしは驚きを飲み込みながら話をつづけた。
「んん! でも、輸送部隊と前線行きの部隊じゃ接点がなさそうだけど……」
「そだね、たまたま私の担当する物資が四水戦宛のものだったってだけで、本来ならすれ違ってるだけだったと思うよ。と言っても、提督の噂は嫌でも耳に入ってくるんだよねー。やってることが破天荒すぎて」
そうして、彼女は思い出し笑いをしながら当時の提督の様子を教えてくれた。
今とあまり変わらず飄々としている癖に、その行動力は比較にならないほどだったという。
例えば夕食後に、府内の体育館に大隊の誰にも気取られずにスピーカーだのスポットライトを許可なく設置して、即席のステージを作り上げて四水戦にアイドルグループの真似事をさせたことがあったと言う。しかも上官に怒られる前に前線部隊すべてを巻き込んで、なし崩しにどんちゃん騒ぎに発展させたりしたらしい。
結局は規律を乱したとして罰則を受けさせられたのだが、『大佐殿も楽しんだではありませんか!』と叫ぶ提督の顔に青あざがもう一つ追加されてその日は終わったなんて話を聞かされた。
そんなことを毎日毎日、突拍子もなく巻き起こすのでかなりの問題児扱いだったみたいだ。
しかし、見習い左官とはいえどその戦働きは苛烈を極めたものだったという。護衛艦に乗り込んでわたし達艦娘と並んで陣頭指揮を執りながら、敵艦隊を撃滅しつづける姿は鬼神の如し。たった1部隊の戦果で前線を押し上げるという無茶苦茶具合は、他の追随を許さなかったらしい。
「そんなの危なすぎるわ! 生身で深海棲艦と戦うなんて……」
わたしは驚きのあまり目を見開いて叫んでしまい、『落ち着きなよー』と諫められる。そうだった、内緒話なんだから静かにしないと。一人前のレディは狼狽えちゃいけない。
「そうなんだよねー、わたしもそう思ったからさ、提督に聞いてみたことがあるんだ。『死ぬのが怖くないのか』って」
『そしたらなんて答えたと思う?』とわたしに予想を促す彼女は意地悪く微笑んだ。わたしはびっくりしすぎていた頭を働かせてみたけれど、制御不能な提督の言葉を当てるなんて芸当はとうとう出来ずに、顔を横に振って降参の意を表した。
「あはは。まぁ、そんなの分かんないよね。提督はね、『今日死ぬか明日死ぬかなんて、そんなに変わらないだろう』だって。もうね、ドン引きしすぎて『ああ……そう……』としか言えなかったよ、私」
タハハと笑いながら当時の心境を吐露する北上さんはあきれた声で『ほんとに意味が分かんないよ』と呟いた。応えるようにうんうんと頷くわたし。
「まぁでも、そんな感じの毎日でさー。楽しいっちゃ楽しいんだけど、さっさと帰りたかったんだよね。でも、舞鶴では煙たがられてたからさ、しばらく前線で待機するように命令されちゃって」
『そんなある日ねー』と言う彼女の声色が少し変わった気がした。話に引き込まれてゆく私は、早く続きをと要求するように『どうしたの?』と相槌を打つ。
「私は波止場でぼーっと海を眺めてたんだ。基地の中もそれなりに騒がしいし、みんな忙しなかったから。
そしたら、多分、上官に小言を言われたっぽくてね、提督も波止場にやってきて、私の隣でタバコに火をつけだしたんだ」
ふっと彼女はわたしから目線を外す。
「そしたら、咥えタバコのまんま前置きもなく『魚雷、打ちたくないのか?』って聞いてきたんだ」
『ほんと、あの時からデリカシーがない人なんだよなー』と横顔を向ける北上さんの目は遠く、無表情を湛えながら話をし続ける様子に私はぞっとして、彼女になにか声を掛けたくなった。いや、掛けなきゃいけないと思った。けれども、言葉が出てこないわたしは押し黙ることしかできない。
「だから私、『はしけなんかが魚雷なんて打てるわけないでしょ~?』って提督を皮肉ったんだ。だって、そう思わない? 普通の軽巡であることも許されず、折角装備した40門の魚雷もたちまち下されて、かと思えば輸送の荷物を積み込まれてみたり、剰えあの忌々しい回天の母船をさせられたり……。目まぐるしく着せ替えられてたどり着いた先がはしけなんていう私に、訊くことじゃないと思うんよね」
淡々と言葉を紡ぐ彼女はこの部屋のこの場所にいるようでいないような、そんな印象だった。そうか、彼女は今、あの日のあの海を眺めているのかもしれない。
そうして暫く、部屋の中ではつくつく法師の音が残る。彼女は窓を眺めていた顔をゆっくりと下へと向けた。
「あの人ったら、『明日になったら、楽しみにしたまえ、北上君』って吐き捨てやがってさ。話も聞かないで宿舎に戻っていくし、私の苛立ちはどこにぶつけてやろうかなんて思ってたよ」
それはとても酷い話なのに、俯く彼女は楽しげに喉を鳴らした。『ふう』とついた息は窓の外にするりと抜けていく。この空間で動いているのは彼女の時間だけ、他の全てはモノクロームに塗り込まれて一つの背景みたいだ。勿論、わたしもその一部。
『次の日にね』。ぽつりと声が聞こえる。
「私の手を引っ張ってどこかに連れて行くんだよ。『君は今日から僕の部隊預かりだ。せいぜいこき使ってやるから喜びたまえ』って辿り着いたのが工廠で、自慢げな顔でいきなり酸素魚雷を押しつけてきてさ。四連装発射管を持ってきた明石さんは窶れて目の下クマだらけだし、意味分かんないよね」
どうやら提督は補給物資の受領時に北上さんのことをめざとく見付けていて、その日のうちから重雷装にしようと画策して開発していたらしい。
舞鶴にも『勿体無い使い方をするくらいなら四水戦で引き取る』と毎日剛腕を奮って引き抜き交渉の電話をかけ続けていたことも聞かされた。そして、かなりの高値と引き換えに彼女は無事に四水戦の仲間入りを果たした。
「最初は10基もつけられなくて、4基16門が精一杯だったなー。こんなに持てないって抗議したら、『じゃ、持てる練度になるまで実践訓練といこうか』って昼夜問わずに出撃する羽目になったりしてね」
彼女の口から思い出が溢れ出してく。誰しもが思い出の再生ボタンを押せば、それは終わるまで止まることがないのかもしれない。
「北方からアリューシャン付近まで、深海棲艦を狩り尽くしたんじゃないかって思うくらい忙しかったよー。他にも明石さんが途中で甲標的とかソナーとか色々作ってくれちゃうから、あれも持てこれも使えってよく分かんないのに投げてくるのは勘弁して欲しかったねぇ」
少しだけ周りが色を取り戻した。北上さんは『ごめんよ、私だけ喋っちゃって』と謝りながらソファーに座り直す。
固まっていたわたしは漸く唇を上手く動かすことができるようになった。
「……話しを聴きたいって言ったのは私の方ですから。でも、そんなことがあったから対潜の戦術についても詳しかったのね。実戦に勝る訓練なんてないもの」
「そういうこと」
満足気に腕を組んでいる彼女に、結局のところ最終的な魚雷の装備は幾つになったのかを質問した。すると、わずか1週間ほどで四連装を10基と甲標的、対戦装備など一通りを装備できるようになったことを教えてくれた。
そんな急ピッチで練度を上げるとは、なんて密度の出撃なのだろう。わたしだったらそんなスパンで行われる深海棲艦との攻防についていけるかどうか不安だ。
「提督達と四水戦はねー、私を引き上げてくれたんだ。重い荷物を引きずるばっかりだった私に戦場の酷さと、その中で仲間達とともに海を切り拓いていくことの楽しさを教えてくれた。暁の水平線に刻む勝利の味がどれほどの想いを齎せてくれるのかを」
北上さんの目は力強く輝いていた。これが彼女と提督達が結んだ関係性だと言わんばかりに。それは戦友という文字だけが相応しく、他の何にも変え難い絆なのだろう。
「でもね、提督はその後全部取り上げられちゃったんだ。部隊は解散してかつての仲間たちはそれぞれを欲しがる鎮守府へ、まるでくじ引きの景品みたいに持って行かれたよ。那珂ちゃんも夕立も春風、五月雨、村雨も。
提督の袖からは中線が2条に減って、取り戻した海域からも追われて田舎の港の安全だけを守れと命令された」
その声は淡々としているのに、わたしには今にも泣き出しそうに感じた。
「提督はね、ちゃらんぽらんだったかもしれないけど、どの部隊よりも働いてたんだ。所属大隊の上官も立てていたし、部下にもよく名前で呼び合いながら気をかけていたんだ。士気を維持しなければ作戦どころか追い返すこともできないだろうって。
それなのに、彼が何をしたっていうんだろう。わたしゃ派閥やしがらみなんてよく分からない。だけど、彼が蹴飛ばされたってことくらいは分かるよ。足の引っ張り合いが好きな人たちに台無しにされたんだ」
私を真正面に見る目は真剣なものだった。普段のような気だるい雰囲気は微塵もなく、これが本当の球磨型3番艦 重雷装巡洋艦 北上その人なのだという威圧感がわたしを呑み込んだ。
「他の子達は売約が取れていたけど、私だけはその札は貼られなかったんだ。ピーキー過ぎる、軍人としての気概が感じられない、ルーズで秩序を乱す、って具合にその他エトセトラ……。
でも、それで良かったんだよね、きっと。私に色んなものを持たせてくれたあの人の手元から離れたくなかったから、ちょうど良かった。
私が戻って来れたから提督も本当の意味で全てを奪われることにはならなかったと思う」
『まぁ、こんな出来損ないが手元に居ても嬉しいかは分かんないけどねー』なんて戯けないで欲しかった。当事者じゃない癖に、わたしは今にも泣きそうになっている。
「そんな悲しいこと言っちゃダメよ。そんなこと言ったら提督だってきっと悲しむと思うわ……」
「ごめんごめん、北上さんはね、定期的にふざけてないとやってらんないのさ。
――でもね、今度はこの出来損ないで軽薄な巡洋艦が彼に何かをあげる番なんだ。少しでもあの人の側に居続けて、たった一言でもいいから軽口を叩いてやるんだ。あの人がこの海に沈まないように。気が少しでも紛れてくれるように」
「そんな、軽薄だなんて! 北上さんはこんなに一生懸命に提督のことを思ってるんだから、きっと通じて--」
「違う、違うんだよ、暁。彼の隣に立つのは私じゃないんだ、いや、あの四水戦の中でも相応しいのは1人だけだよ」
強い否定の言葉を伝える北上さんからは悲痛な思いが溢れていた。わたしは酷く目眩を覚えた。この状況に、このどうしよもなく酷い有様に。
「彼女はね、多分また提督のところに戻ってくるんだー。ううん、多分じゃないね、必ず。他の遮る全てを噛みちぎって帰ってくるよ」
『だから――』と彼女は続けた。
「私はそれまで提督の側でだらだらするんだ、あの四水戦があった時と同じように。提督が部隊のことを忘れないように」
彼女は話し尽くしたとでも言うように微笑んだ。酷く静かにすっきりとした顔で。
内緒話は終わった。
――わたしは彼女と話すのが好きだ。それは楽しいからだと思っていた。この気軽にジョークを飛ばしながら、リラックスできる雰囲気や彼女の春風のような暖かさが心地よいからだと思っていた。
それは違った。彼女はあの人の "女" だからだ。一人前のレディなんて言う私よりも、はるかに素敵な"婦人"だったから。
わたしはこの人に着いていこうと思う。この出会いは幸運だと誇ろうと思う。彼女が行きべきところへたどり着くの見届けようと思う。
「まー、こんな所にしておこっか。丁度よく帰ってきたみたいだし」
廊下から文句を言う声と淡々と諌める声が近づいてくる中、北上さんがわたしにウィンクをする。『黙っててね』のサインにわたしは頷く。
部屋には完全に色が戻っていて、全ては元通りの日常だと演出していた。
「食事くらい摂らせてくれてもいいじゃあないか、君」
扉を開けながら提督は抗議している。『やっぱり食べれなかったんだねー、残念ー』と北上さんが囃す。
「せめて、今日が期限の書類くらいは書いてください。催促の電話に何回も出るのはもう嫌よ」
「しかしなぁ、今を逃すと食堂が閉まる……」
「提督が素直に書いていれば、普通に食事できたと思いますが?」
「でも、確かに今から書類書いたんじゃ閉まっちゃいそうだよねー。大井っちと一緒に仲良く一食抜きだねぇ、こりゃ」
「大丈夫ですよ、北上さん。書類なんかはこの男に任せて私と一緒に食堂へ行けばいいんです! 全ては提督の自業自得ですから」
うげーっとした表情の司令官を大井さんが無理矢理椅子に座らせた。
そんな中、わたしはピンと来たので早速提案してみる。
「だったら、執務室で食べればいいじゃない! ちょっとレディにしてはお行儀が悪いかもしれないけど、みんなで食べる方がきっと美味しいわ」
間髪入れずに話に乗ってくる声がした。
「素晴らしいね、暁! 緊急時以外ではここで飲食するのは頂けないが、超法規的措置で今を緊急事態としよう。なかなか柔軟度の高い良い提案だ」
司令官が手放しで誉めてくるのにくすぐったさを感じた。
「ダメです。そうやってだらしのないことばかりしてるから大本営にも目を付けられるのよ。北上さんも、そうおも――」
「いいじゃん、暁。そしたら、私も大井っちも一緒に夕飯にありつけるし、提督の執務を見張れるよー。大井っちもそれでいいよね?」
「もっちろんですわ!! ここで食事を摂りながら提督を監督できるなんて素晴らしいアイデア! 流石、私の北上さん」
『もー、私は大井っちのモノじゃないよー』とからから笑う北上さん。そして、わたしは彼女だけが分かるように片目を瞑る。
「そしたら、大井さん。わたしと一緒に食事を持ってきましょう? わたし、北上さんの好きな物とか分からないから、一緒に選んで欲しいの」
ここぞとばかりに北上さんをダシに使って、大好きな人との一時とはいえ別れを嫌がる大井さんを再度執務室の外へ押していく。背中で『大井っちよろしくぅ〜』と手を振る声が聴こえると、うってかわって大井さんは張り切って歩みを進めた。
扉を閉めかけると向こうでは軽口の応酬が始まった。その声音に喜色が滲んでいることを確認出来たので、わたしは作戦の完遂に得も言われない満足感を得た。
「暁? 何してるの? 早く行って暖かい食事を北上さんに届けるわよ!」
「ふふ、そうね。 行きましょっか、大井さん」
執務室を後にしてわたしは大井さんを追って行く。
――北上さんがなるべく司令官と一緒にいたいならわたしはそれを手伝おう。
いつか来る誰かのために隣りを空けておくくらいなら、わたしが貴女をそこに押し込んであげるわ。
だって貴女は、わたしが憧れるわたしが大好きな、"一人前のレディ"なんだから。そんなに曇った顔なんかしちゃダメよ。晩夏の知らせはまだ鳴き続けているんですもの、きっと遅くはないはずよ。
――いつか貴女が、あの高く見る太陽のような晴れ渡った笑顔をあの人に向けられますように。