暁の向こうへ   作:出張族

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錨を上げて 1月某日 2126

 この女川湾の一帯はそれなりに複雑な地形をしている。牡鹿半島の一部を湾岸部に持ち、半島が擁する丘陵は今では暗闇に染まってひっそりとしている。沖合に点在する島々は夜の海に溶け込んでいて至る所に死角を作る。

 日中の美しさを醸し出すこの地形を今は口汚く罵りたい気持ちで一杯だ。代わりに砲雷撃で海を揺らしてやる。

 

「サバーカ!! 右からくるよ! 備えてっ」

「本当に嫌になりますね……。しつこい男は嫌われますよっ」

「おー、ナイススナイプ、大井っちー。一発必中だねぇ」

 

 大井さんの15.2cm連装砲から放たれた砲弾は私たちの右舷を目指そうとしたハ級に吸い込まれていく。北上さんと大井さんによる先制魚雷を躱したところを見ると、エリート級以上の個体だろう。派手な水柱とともに沈んだ。これで抜け出して向かってくる軽巡艦と駆逐艦は全てクリアした。

 

「砲撃が不得意な小職はやはり足手纏いのようでありますな」

 

 あきつ丸さんが歯噛みするが、状況は切羽詰まっている。島陰に隠れたのか撤退したのか分からないのがいるからだ。肩で息を吐きながら残心する。

 

「今はそんなことを言ってる場合じゃないよ。見えた艦隊はあと一つ。重巡1、雷巡1、駆逐2」

 

 『皆、警戒を怠らないで。北上さん、現状を確認して提督に連絡』と檄を飛ばしながら僕たちは索敵を続ける。

 この話は僕が夜間哨戒中に出島の脇で不審な影を見たところから始まる――。

 

―――

―――――

 

「〜♪」

 

 私は馴染みのワルツを口ずさみ夜の水面を滑るように行く。今宵の月は白銀だ。満ち満ちた真円として空に浮いている。人工的な灯りは一切存在せず、夜空は6等級の星々の輝きも目に届くほどだ。

 この女川湾を脅かしていた深海棲艦の任務部隊は1ヶ月ほど前に沈めた。空母ヲ級が率いる航空打撃軍はエリートと呼ばれる小艦隊の集まりだった。幸いなことに戦艦が居なかったのは、この小さな基地程度なら艦同士での殴り合いをせずとも航空勢力だけで推し潰せると判断されたのか、本土における居住区への戦略的攻勢を狙ったものなのか、その真意は今も分からない。

 なんにせよ、目の前の現実として昼は苦戦を強いられることが分かっていたので、提督が夜間の奇襲を決定づけたのも当然と言える。忍者のように夜に溶け込み、持てるだけ持ち込んだ有りったけの魚雷をくれてやった。公算爆撃ならぬ公算雷撃などという大盤振る舞いに3艦隊からなる敵集団は面白いほどに溶けていった。戦艦時代ではほぼあり得ない戦術である非現実的な所業を行ったことと、重雷装巡洋艦としての本懐を成し遂げた北上さんと大井さんの勝鬨に私も興奮したことを覚えている。

 

「あれは、実に良い瞬間だった。」

 

 今でもにんまりとしてしまう。

 その後はこうして夜間哨戒をしたり、昼には残党狩りで気楽な防衛活動に努める日々だ。鼻歌を歌う余裕もできるというもの。

 星空のステージライトの下、月明かりというスポットライトに照らされているからにはメインアクター気取りでターンの一つも決めてしまうのは仕方ないはずだ。最近になってようやく体得できたといえる艦娘ならではの運動法だ。

 船で在ったときには物理的に不可能なこの運動を試し始めたのは軽巡である龍田さんの動きからインスピレーションを受けた時からだ。彼女はターンこそはしないものの、脚部の動かし方・重心移動の術・目線の動きを運動術として取り入れて、海上でよりフレキシブルな動きを追求していた。そも薙刀のような艤装を振ることで砲弾を発射する独特なスタイルには必要な技術だったのだろう、主砲や機銃を肩や手で構えて撃つよりも難易度が高く必要に迫られて身についたことが伺える。

 

『私、天龍ちゃんと違ってノーコンだからぁ~』

 

 と、自虐気味に自己紹介された時は驚いたが、その海上体術を会得するまでは砲弾はあらぬ方向へ飛び交い敵の撃破など望めなかった過去があったのだろうか。彼女もここへ流されて落ち着いたような話も聞く。今となっては正確無比な砲弾は攻撃にも支援にも大きく影響し、背中を預ける仲間としてこれほど最高な戦友もいないと思っている。

 出島を進行方向左に通り過ぎて少し、いつもであれば面舵を取って時計回りにぐるりと航行するのだが、体が海上運動に慣れてきたことと、穏やかな海面に移る月の光に気分が乗り始めた私は索敵範囲を広げることでもう少しこのステージを続けようと思いついた。

 この先の笹貝島が見えるところまで航行距離を伸ばして帰路に就くことを決めて直線運動を続けた。

 と、その時に左目の端に影がちらついた様な気がした。アイススケートで止まるように円弧を描きながら静かに体を落ち着けた。

 

「確か……違和感があったのはこの近く……」

 

 先ほど動きのあった場所へ目線を投げる。距離は1000m程度、島影は黒く染まりぽっかりと空いた歪な穴のようだ。星明りを反射する波の音だけが耳を支配する。

 何故、風もなく穏やかなこの海で群島の影がちらついたように感じたのか。風速1.2m、風向西北西方向、夜でも声を聴くことの多い海猫も越冬中で気温が下がる前に飛び去った。一見、何事もないように見えるこの状況は至極当然だが。

 

「"何かがおかしい(シュトーテンヌタク)"」

 

 私は喋りなれた言葉で呟きながら思案する。

 木々の揺れだろうか、否。この風の勢いで大きく揺れることはない。そもこの寒空の下では枯れ木のみしか生えていないのだから猶更動きがあるとは思えない。

 では、なんだ。見間違いか。私は慎重に検討しなくてはいけない。ここは警備府の目と鼻の先だ、残党狩りは行っていたが狩りつくしたとは限らないし、追加の戦力も無いとは言い切れない。わたし達はこの有象無象の深海棲艦について、その全戦力は未だに探ることができないのだ。戦力の逐次投入を行う事例も少なくない。

 ――ちらつくということは死角の前後で運動しているはず。島と島の間で西側に向かって一方向に移動しているのならば風の影響も考えられる。その場合は海上を風の影響を受けて海面を漂っているはずだが、ちらつくような動きをするだろうか。それなりの速度がなければ再現は不可能だ。

 漂流物程度の動きであれば捉えることは不可能ではない。夜戦を可能とするわたし達の視力と暗視性能はそれなりに高く、ゴミならばゴミとして認識する。この距離感で視認できるならばそれなりの大きさを持つはずだ。

 しかし、漂流し続けているならば進行方向に向かって島影を抜けてその姿が見えるはずだが……。目線を左へ流してみるもその先には波間が揺蕩っているばかりだ。

 漂流物ではないと考えるべきか、あるいは漂着したか。それとも島を目標に移動した何かだ。

 無線で連絡を取るべきか、しかし深海棲艦だとすれば傍受されることは必須だ。別の手段で連絡を取りたいところではあるが目の前で行えば敵に気づいてくださいと言っているようなものだろう。対象が深海棲艦であるならば1km程度では補足されていると仮定するべきだ。

 私は何も見つけられなかった風を装い警邏ルートへ戻る。なるべくゆっくり、急いでいる素振りは見せてはならない。敵が駆逐艦程度の低級艦ならば単独のわたしを認識すれば攻勢を仕掛けるはずだが、足を止めた時も動きがなかった。作戦能力のある個体であることも考えられるが、それはある程度の数がまとまった作戦部隊を率いているであろう、軽巡以上の集団と等しい。いずれにせよ対象が敵深海棲艦であれば艦隊以上であり、なんらかの作戦目標を持っていると推察される。今、動かないということは作戦の条件があるはずだ。数か天候か、いずれにせよそれは敵艦隊は動かないし動けないことを意味すると判断する。

 

「~♪」

 

 鼻歌を続ける。笹貝島方向へゆっくりと進む。増えそうな心拍数を押さえつけてターンを決め、あくまで自然に面舵を取り時計回りへ進路を定める。このまま二股島を左手に小屋取方面へ進み警備府への海路を進むだけだ。まだ想定の索敵範囲からは出ていない。

 私の頭は緊張する体を必死に脱力させるという矛盾した命令を出し続けることで鈍い痛みを抱え始めた。口が乾き顔が強張るような感覚をかき消しいつもの表情を作る。

 この静かな海を取り戻せたのだ、今更奪い返されるわけにはいかない。なにより、私の司令官に泥を塗るような醜態など見せるわけにはいかない。狙いは迅速な戦力の追加と奇襲だ。今、海は荒れた様子がないということはあの日沈めた強力な深海棲艦よりも低位の連中しか潜んでいないはず。時間を与えてしまえば敵戦力が整ってしまう。

 

「まっぴらごめんだ」

 

 胸中で独り言ちる。あの長い夜をもう一度越えるなど考えたくもない。資源の補充も万全ではない今、同規模の強襲をされてしまえばこの女川は落ちるだろう。私たちは沈み、警備府は吹き飛ばされ、生身の司令官は……。いや、戦友として沈むならまだ良いのかもしれない、自己満足ではあるが。置いて行かれて、売り飛ばされて、そんなことはもう沢山だ。泉司令官以外の下で働く気などさらさら起こらない、本当に最悪の気分だ。

 出島が進行方向右手に見えてきた、完全に死角に入るまであと700m程度。静かに探照灯の用意をする。

 もう少しだ、もう少しで始まりが訪れる。

 目線は固定し視界の端へ意識を集中させることのみで死角に入ったかどうかを判断する。ブレて不審な動きが出ることがないように体幹を維持し続ける。ゆっくりと島々の影が出島の輪郭と一体化していく、その時間が引き延ばされたようにゆっくりと感じる。じれったさを原因に焦ることのないように薄く息を吐く。

 ――完全に死角に入った。探照灯を警備府に向け点滅によるモールス信号を送る。今日の見張り番は鳳翔さんのはずだ。こちらに気づいてくれることを祈る。

 

「フ・シ・ン・ナ・カ・ゲ・ア・リ・ニ・シ・6・0・0・0」

 

 注意深く警備府の波止場付近を見つめると、こちらの信号を受け取ったのか『R』の意味を持つ明滅が確認できた。

 私は別の信号を送信しながら私は出島の方へ再度体を向ける。

 

「ワ・レ・セ・ン・コ・ウ・ス」

 

 波が立たない程度の速力で出島の西側にある発着所へ舵を取り偵察を専行する。司令官であればこの2回の信号で私が何を狙っているのか汲み取ることが出来るはず。

 静かな夜はまだ続きそうだ。

 私はお古の主砲を撫でながら前傾しこの小さな体をさらに丸めて海を駆ける。

 以前、自身の火力が不足気味なことを愚痴ったことがある。練度も高くない、こんな艤装を騙し騙し使っているのだから仕方がないとはいえ、戦局に穴を空けるようでは艦隊の一つには数えられない。

 

『司令官、この艤装は少し物足りないな。命中率は上がったけど、正直豆鉄砲にしかならないよ。もう少しまともな武器が支給されてくれればいいのに』

『武器……、武器か。生憎ウチじゃ艤装の開発はできないからなぁ』

 

 あの時、提督は僕の過去の戦果を眺めたりしながらうんうんと唸っていた。

 

『そうだね、響君は被弾率が低いし、当たっても動けることが多いね……。龍田君に倣った体裁きと史実の影響かな』

 

 そうして、私に一つ武器をくれた。

 

『体裁きとダメージコントロールの技術が素晴らしい。単艦での偵察でも逃げ切れる可能性は高いかもしれない。酷ではあるが可能ならば情報伝達手段を用意して連絡を密にすることで戦局を動かす切っ掛けを作れるかな。無線では傍受されるだろうから、手旗信号でも光による暗号でもなんでもいいから覚えなくちゃいけないけど。情報の伝達と隠ぺいは争いを制するには一番必要なことだから――』

 

 そうして、女川湾一帯の海図を見せながら、湾は入り組んでおり周囲の島が多く身を隠すポイントがあること、もし深海棲艦が電探以外で視認することを索敵方法の一つとしているならば私の小さな体躯は見つかりにくいこと、速力の高さと体裁きによる追撃を振り切れる性能が潜在的にあること、それを教えてくれた。

 

『とはいえ、単艦索敵でもしも艦隊や群に捉われては一溜りもないだろう、奴らが電探を駆使するとすれば包囲される危険性が高い。試すには君を失った時が怖いしやはり辞めておこう。火力の底上げの為に艤装の調達を急がせよう』

 

 と、申し訳なさそうな色を滲ませる司令官を見つめながら、私は新たな武器の方向性を得た。司令官はその案は私には魅力的過ぎたのだ。

 単艦で情報戦を制するだなんて、かっこいいじゃないか。もっと言えば艦隊行動が不得意な私は自由に動ける立場というのは遣り易い。次の日から更に体裁きの訓練に打ち込んだ。モールス信号などのアナログ暗号を頭に叩き込み、偵察に必要な知識や戦術、戦略に対する造詣を深めるに努めた。

 

「実にぴったりじゃないか」

 

 ぼろぼろの発着所から陸へ上がる。おそらく今頃は北上さんか大井さんが出撃の準備をしているだろう。所属艦の少ないからこそ編成の手間も少ない、取れる手段が少ないということは検討する時間も短く済む。あと30分もあれば彼女たちはここに来れるだろう。私に許された時間は少ない。

 神社を横手に見ながら島の森林部を突っ切る。目標とする沿岸部までは1kmといったところか、少なくとも15分程度で到着し確認しなければならない。地面に足を取られないように太ももを上げて走る。方向感覚を間違えることのないように方位磁針を確認しながら、木の根や石などの段差を避ける。葉が落ちて月明かりが微かに見えるのが救いだ。

 ――聞きなれた音がする。潮の匂いだ。沿岸部にたどり着き呼吸を整えながら目を凝らす。転々と岩礁が連なる先に比較的大きい島が二つ並んでいるのだが、その付近……いや、狭間に動きを認められる影が見えた。

 

「見間違えだった方が良かったかな」

 

 こんな近くまで接近されているとは、奴らは海中から生まれているとでも言うのだろうか。この沖合の岩礁や島以外、太平洋上東の方向には特に経由できる場所はないと記憶している。残党が島に身を潜めていたか、北方から航行してきたか……。いや、グアム付近から北上していることも考えられる。小笠原諸島を避け弓なりに進んできたのかもしれない。いずれにせよ、動かない・動けない理由としては奴らは先行任務群として身を潜め易いここに逗留し、補給部隊を待っている線が濃厚だ。油がなければ走れまい。

 私は沿岸から海面に着水できる部分を探し、無理やりに海へ降り立つ。息を殺しながら岩礁に身を潜めて近づいていく。電探持ちであれ気づかれるのにはいくらかタイムラグがあるはず。座礁を強く気にしなくてもよいこの体はなかなか偵察向きだと改めて実感する。

 影の動いた箇所の西側にある大きい岩礁に体を張り付かせて耳を澄ました。波が何かに当たる変則的な音が心なしか多く聞こえる。ということは、この岩礁の向こう側に待機している可能性が高い。海上を回り込めば離脱は早くなるが発見される恐れもあるだろう。岩礁に身を乗り出し匍匐で登る。陸に上がれば装甲の役目を果たすこの服も布と同じような性質となる。何かに引っかかって破れたり綻びれば私自身の耐久力にもダメージが入る気がする。

 いずれにせよ、このあと増援と合流するときになれば分かることだ。海にもう一度降りたときに気を付けておこう。

 ――見つけた。夜間であれば艦載機は飛ばせないことを知っているのだろう、海上の警戒は続けているがやはり上方への警戒が薄い。身を固め音のしないよう細心の注意を払いながら目視で確認する。

 重巡1、雷巡1、軽巡2、駆逐6の合計10体。速度と航海距離を重視している編成と見受けられる。破損等は見当たらず、残党ではない。打撃任務の足掛かりとする先行偵察部隊であり、司令塔はあの目の赤い重巡だろう。狙いはこの海域の地形や強襲ルートの確認、余裕があれば威力偵察し打撃群と合流するといったところだろうか。前回は空母が中心だったが、この予想が当たっているなら前回よりも重巡や軽巡が増える方向か、潜水艦も織り交ざるならば厄介極まりない。

 静かに後方へ匍匐運動し水面へと移る。出島の方へ戻り島影に溶け込みながら先ほどの発着所へ向かいたいところだ。探照灯の出力を弱めて警備府の方角へ向ければこちらに気づくだろう――。

 

 ――ウラジオストクの彼女たちは夜、この海を見ていたんだろうか。

 私は廃墟に背を預けて座り込み合流を待つ合間に体を休めている。服が汗で張り付いていて、枝で引っ搔いたのだろう薄い掠り傷もあちこちに見える。案の定、岩礁で傷んだ服はそのまま小破程度のダメージとして認識されていた、万全の体制とは言えないが出来ることはやった。

 ここもかなり気温が下がってきているとはいえ、かの国はもっと厳しい寒さだった。もっとも一番厳しかったのは気温や天候ではなかったが。

 船舶の出入りを見守っていたこの場所で海を眺めていると、少しだけ郷愁とも言い知れぬ気持ちがぽかりと浮かんだ。

 

「私たちの進む先には何があるんだろうか」

 

 もしも深海棲艦を一掃したとしよう。私たちはどうなるのだろうか、この海の深い意識と一緒に霧散するのだろうか。

 

「いやだな……」

 

 司令官には悪いけど、こうして私がここに居られるのなら深海棲艦には感謝しなくちゃいけないかもしれない。また、こうして仲間と並んで海に浮かべるというのなら。

 今度こそ、私を取り戻そう。"信頼"と呼ばれることも擽ったい気がして嬉しいけれど、私は"響"だ。『落ち着いたら、やりたいことを見つけたまえ』と司令官は言った。

 私のやりたかったこと、見つけたかったこと。艦娘としての私はそれらをもう手に入れた。戦友と並ぶことが出来た、守り抜いた場所を見つけた。

 今度は私自身の番だ。私は私が居たい場所に居たい。私は大切にしたいものを見つけたい。

 探照灯を抱いて小さく口ずさむ。私の売られた場所の女たちの歌。司令官、貴方の航路の続く先に私は共に在ればいいよ。

 戦艦や空母としての彼女らの盾として幾度となく大破し帰路に着くのは嫌だ。肩を並べることができないのが悔しくてしょうがない。不死鳥だなんて本当のことは一つもないだろう。

 運気が上がるなんて祭り上げられるのは嫌だ。名実ともにそんな下らないことに利用されるのは嫌気がさす。挙句、手籠めにされるだなんて恥ずかしい限りだ。守るためにまた帰ってきたのに私は何度売られればいい。きっと"信頼"っていうのは体のいい嘘なんだ。

 ――右の拳に力が入っていた。これから戦闘を行うというのに強張ってしまうのはよくないし、何もしていないとこの思いが夜の闇に染まってしまいそうだった。余計なことは考えてはいけない、まずはこの夜から帰らなければ。

 

 ふと、開いた指の間から正面に、海上に揺れる影が見える。

 

「ようやくだね、待ちくたびれたよ」

 

 私は立ち上がる。見えるのは3人分の黒い動きだ。予想より人数が多いとは……。

 

「司令官は大盤振る舞いが好きだね、本当に」

 

 ワルツを続けよう、今は夜だけど。いや、夜だからこそ私はこの航路へ繰り出さなければならない、司令官のウォッカを飲みに、あの提督室へ。

 

「不死鳥の名は伊達じゃない」

 

 三度、海へ降り立つ。そうだ、地獄だろうと何度でも戻ってやろう。もう置いてけぼりにはされてやるものか。私は朝日を背に家路を見るのだ。

 奴らの様子から、私が偵察したことは露見されていない、圧倒的に有利な状況で援軍が来てくれた。どうやって事を運ぼうか、先ほどまでの陰鬱とした気持から一転、胸が高揚してくるのは私が艦娘だからだろうか。

 

「おっすー、響」

「待たせてしまい恐縮であります。その代わり、ありったけの酸素魚雷をお二人に積んで貰ったのであります」

「ハラショー。酸素魚雷なら先制雷撃も功を奏すると思う」

「ふふ、80門分の魚雷ですから、一方的に沈めてやりますわ」

 

 北上さんとあきつ丸さんはいつも通り、大井さんはかなり機嫌が悪そうだ。士気はそこそこというところか。

 

「まずは敵艦隊の情報の共有を。場所はここから東北東約80度、直線距離1000の岩礁の間に……」

 

 私が発するのは歌声ではないけれど、砲撃と爆音を貴方に唄おう、私の司令官殿。

 私たちは既に錨を上げたのだから――。

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