魔女見習いに恋をして   作:白澤建吾

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魔女見習いに恋をして(Ver1)

 森の魔女と言われる彼女と会ったのはこの世界に来て最初の日のことだった。

 

 うちの近くにある廃墟に入った人が行方不明になるという噂があった。

 何度か通って一つ一つの部屋を丹念に調べていると、リビングにある暖炉に違和感を覚えた。

 

 試しに持ってきたペットボトルの水を少し流すとちょろちょろと暖炉の地下に水が流れている音が聞こえ、違和感の正体を確認した。

 

 火を炊くための台をずらし、中に据え付けられているはしごを使って地下へ降りると薄暗いリビングから差し込むかすかな光でなんとか歩ける程度に周りが細い通路になっているということだけはかろうじてわかった。

 リュックからフラッシュライトを出し右手にもち、左手を壁にあて、すり足で奥へと進んだ。

 人がすれ違うのに少し余裕のある程度の幅の通路を奥へと進むと、少し向こうに開けた場所がある。

 

 思ったより長く歩いたが、もうこの辺は隣の家の敷地に入ってしまっているんじゃないだろうか。

 通路を抜けると怪しい儀式でもしていたのか燭台に囲まれた魔法陣の書かれた部屋にたどり着いた。

 

 悪魔崇拝者のサバトをする部屋か、降霊術でも行う場所の様に感じられた。

 ベタベタとあちこち触りながら調べていると、魔法陣が光りだした。

 これはまずい、と部屋を出ようとすると、透明な壁に阻まれて部屋からでることが出来ない。

 その間に光がどんどん強くなりあっというまに光に飲み込まれてしまった。

 

 しばらくすると光が収まり、何事もなかったようにその場に取り残された。

 いくらなんでも気味が悪かったので帰ることにする。

 

 通路を戻って()()()()()()()()()()

 

 

 入ってきたリビングとは全く異なり、入った時は都会の洋風のレンガの暖炉やきれいに削り整えられたフローリングから石づくりの暖炉と手作業で頑張って整えました、という程度のフローリングの室内に変わっていた。

 

 薄暗さはどちらも一緒だが、あっちは廃墟で荒れていたがこっちの方は人が使っているのかホコリも積もっておらず整えられているようで、人が住んでいる家だということがわかるとあっちこっち触って回るのも悪いので人を呼んでみることにした。

 

「すみません、だれかいませんか!」と叫んでみると2階から人が降りてきた。

「おやまあ、魔力の反応があったと思ったら異界からのお客さんとは珍しい」黒いローブを来た老婆が手すりをなでながら降りてきた。

 

「すみません、なぜだかわからないけど来てしまいまして」というと、

「転移の魔法陣が働いたんだね、まだ動くなんて驚いたよ。ま、お座り」と言って席を勧めてくれた。

 すみません、と断って椅子に座ると、席についた老婆は

「昔はね、あれを使ってよく人が行き来してたと子供の頃母に聞いたわ、懐かしいわね。

 ここ数十年はこわれたのか使えなくなってしまったと思っていたからね」

 

「あちらにはそういう話はまったく伝わっていませんね、精々物語が作られているくらいですよ」

「行き来がなくなって何十年も経つとそんなものなのかもしれないね」と言って寂しそうに笑った。

「あ、でも向こうから来たものはうちにもまだいくつか残ってるよ」と言って奥へ引っ込んだと思ったらいくつか持って戻ってきた。

 

「これがデンキアイロン、アイロン、なんで2個も似たようなのがあるんだろうね。

 それにゲタ、ワキザシ、あとは今でも使ってるけどヒバチ、あれは便利だね、暖かいし手元でお湯が沸かせるからね」

 ぶっといコードが生えている温度調整のないアイロンと煙突がついているアイロンを見比べて言った。

 

「デンキアイロンは持ってきたはいいけど電気がないので炭火を使うアイロンも一緒に持ってきたんでしょうね」

 下駄は鼻緒が切れていたのでリュックからハンカチを取り出すと100円均一の店で買った裁縫セットの切れ味の悪い小さなハサミでちょっと切って鼻緒を付けてあげた。

 そしておばあさんの近くに行き、この履物はこうして履くんですよ、と履かせてあげた。

「若い子にこういうことするのはやめなよ、誤解されるからね」と言って笑った。

 

 脇差は錆びておらずすぐ使えそうだった。

 珍しそうに眺めていると、こっちは物騒だからね、ここにいる間は貸したげるよ。と言って貸してくれた。

 

 ベルトに脇差を挟むと

「なぜしばらくこっちにいることが決定みたいに言うんです?」と言うと、

「昔も一旦使うとしばらく帰れなくなってこっちで暮らしてたみたいだからね」と言った。

「しばらくってどのくらいですかね」と聞くと

「早ければ1月、ながければー・・・」と言って遠い目をして

「数年かね」と言った。

「年単位どころか1ヶ月もかかるなら簡単な仕事でも探さないといけませんね」そう言ってため息をついた。

 

 外からバタバタと足音がしたと思ったら扉が勢いよく開け放たれ

「おばあちゃん! おはよう!」と元気な声が響いた。

「もうお昼ですよ」とおばあさんがいう。

 

「あら、お客様が来てるのね、はじめまして! あたしカヨ! あなたは?」

「僕はユウ、カネコユウだよ、よろしくね」と言って握手をしようと手を差し出すと

「カネコ村から来たの? よろしくね、ユウ」カヨは僕の手を握って言った。

 

 黒いローブに映える銀色に光る大きな目に黒い髪、優しげな表情に僕の心が未知の力で殴られた様に鼓動した。

 だめだだめだ、この感覚はだめなやつだ。

 

「ユウは異界から来たのよ」とおばあさんが訂正した。

「あの魔法陣まだ動くんだ! いつ帰れるかわからないと困っちゃうね」と言ってクスリと笑った。

 笑い事じゃないんだけど、と思うと

「こっちで暮らせるように仕事と家を探さなきゃいけないんだから笑い事じゃないのよ」と

 おばあさんが(たしな)めた。

「あら、そうね、ごめんなさい」

「ではお詫びにカヨにはユウと一緒に素材の収集をお願いしましょうかしらね」とおばあさんが言った。

 カヨに張り付いてしまった視線を無理に引き剥がしておばあさんに視線を移した。

 

「えぇ? ユウ細っこいけど戦えるの?」不安げにカヨが言う。

「ワキザシ貸してあげたし、ユウならかばんになにか入ってるんじゃない?」と珍しい物を見たそうな顔をしておばあさんが言った。

 

「まあ、廃墟めぐりで色々危ない目にも会いますからね、備えはいくつか」と言ってリュックを開けてテーブルの上に持っている護身用具を取り出した。

「これがスタンガン、催涙スプレー、特殊警棒、折りたたみのスリングショット」と言って並べてみせた。

「確かに異界のものだね、何一つ見たことないよ、で、どう使うんだい?」おばあさんが驚きを隠せず好奇心にあふれる瞳で僕に言った。

 

「スタンガンは電気で攻撃する護身具ですね、このボタンを押すと威嚇でこのボタン押しながら敵に押し付けると電気で不届きものを倒すんですよ」と言いながら威嚇ボタンを押すと、いつものバリバリとしたものではなく、目がくらむほどの電気の火花が弾け、床を歩いていた虫に直撃し煤のあとだけを残して消失した。

 

「いや、こんな威力ではないのです」誤解を解こうと喉から声を絞り出した。

「どれ、貸してごらん」と言っておばあさんはスタンガンを受け取ると、ボタンを押さないように気をつけながら弄っていた。

 

 ふん、と一人で納得すると口を開いた。

「属性を持った異界のものはこっちに来ると持ち主の魔力と精霊の干渉で強力になるようだね」

 と言って返してくれた。

 

「ユウ魔力あるんだってさ、よかったね」と言ってカヨが微笑んだ。

 

「これはどんなものだい?」と催涙スプレーを指差して言った。

「それはただの辛い成分だけを集めた水を噴射して目潰しをするものなので属性はなさそうですね」というとものすごくがっかりした表情を浮かべてそうかい、と言った。

 

「そっちは伸びるだけのただの棒で、こっちは礫を飛ばすための道具です」というとがっかりが加速していた。

「あ、あとは暗い道を明るく照らすランタンみたいなものですが逆に持つと鈍器になりますね」と言ってフラッシュライトを置いた。

 ランタンということは火属性と言いかけたおばあさんに失礼と思いつつ盛り上がってからがっかりされては可愛そうなので

「火は使わずに電気の力で光るんですよ」と言った時、ふと、フィラメントが燃えるから光るということだと火属性かもしれない、と疑問が浮かんだ。

 

 カヨは飽きて特殊警棒で遊んでいた。

 

「もしかしたら火属性もあるかもしれないので調べてもらえますか」と言い直した。

 ぱああと明るい表情になったおばあさんは早速フラッシュライトを弄くり始めた。

「今ここに魔力がないとか弱い人がいないから試しに動かして見れなくて残念だね」と独り言をいうと

 実際に使うとしたらどうするんだい? というのでここを(ひね)るんです、とちょっとだけ動かしてみた。

 

「うーん、火の精霊の気配も感じるんだけど、やっぱり光の精霊かね」

 やだ! レアっぽい! と興奮し、

「何ができるんですか?」と聞いてみると、ゴーストやレイスに効くね。

 あとはヴァンパイアなんかの闇の住人だね。

「いいね! いきたい!」とカヨが喜ぶと

「そんな危ない場所になんか孫娘と友達を向かわせるわけないだろ? 未熟な腕で行っても取り込まれてしまうだけさ」と怒られた。

 

「じゃあ、スタンガン以外は使い物にならないんですね」と聞くと、まあ、そういうことだね。という返事をもらった。

 

 一通りみて興味を失ったおばあさんが

「今日はうちに泊まっていくといい、それよりせっかく魔力があるんだ、カヨと同じくらい使えるようになってくれると仕事が頼みやすいからね」と言って、部屋はあの部屋を使いな、と言った。

 

「がんばってね、ユウ」と言ってカヨは

「じゃあね、おばあちゃん、ユウの準備ができたら教えてね」と帰ってしまった。

 

 今日は持ってきた食料をおばあさんと分け合って食べることにした。

 今日のご飯はせっかくだから異界の食事がしたいというおばあさんに、湯煎で食べるご飯と、醤油味の魚が受け入れられるか不安だったのでレトルトの親子丼の元を出した。

「なかなかおいしいね、 カヨも食べてから帰ればよかったのに」と言ってさっさと帰ってしまった孫娘が出ていった扉を見つめていた。

「まだあるんで明日にでも一緒に食べましょう」というと、気前のいい事だね、と言って嬉しそうにしていた。

 

 その日は向こうの話しを少しして部屋を用意してもらって寝ることにした。

「明日から働くために色々覚えてもらわないといけないからね」と言って部屋に案内されたのが

 時計を見ると21時過ぎ、しょうがなく寝ることにした。

 少し硬いベッドで寝られるかと心配だったが野宿より快適だったので普通に寝られてしまった。

 

 次の日は案の定4時頃に目が冷めたので、部屋からでてもし出歩けるようなら散歩でもしてみようか、と思い身支度をして外に出てみると、すでにおばあさんは起きて朝ごはんの準備をしていた。

 

「おはようございます、なにか手伝いますか」と言うと、まだお客様だからね。と言って座らされた。

 

 しばらくすると、具の少ないすいとんの様なスープが出された。

「向こうに比べたら豪華じゃないかもしれないけど我慢しておくれね」というので

「いえ、とてもおいしそうですね」と言って一口食べると、丁寧に出汁を取って作ってくれているのがわかる。

「お出汁がいいし、久しぶりに食べたすいとん、おいしいです。小麦がいいんですかね」と感想をいうと、そういえば、スイトゥンはそっちの料理だったね、と言っていた。

 小麦粉混ぜて茹でるだけならどこにでもありそうなものだけど、と思っていると、小麦粉が持ち込まれたのがここ200年くらいの話しでそれまでは芋や根菜が多かったと祖母に聞いたね、とおばあさんが言っていた。

 

 朝食を終え、流石に食器洗いはやらせてくださいと、お願いして洗わせてもらった。

 たらいに排水用の穴が空いているシンク風のものに食器を並べ、水道がないか辺りを見てみるが、そういうものは見当たらない。

 まごまごしているとおばあさんが

「杖を持たずに台所行くなんて変だとは思ったけどやっぱり向こうの人は魔法は使えないのかね、どれ見ててごらん」と言って、桶をコンコン、とたたく。

「過去の遺物、不浄なる汚れを洗い清めん、洗浄(ウォッシュ)」というと杖からザバザバと水が流れ、こすりもしないのに食器が綺麗になった。

 

「基本の魔法だからね、ユウも将来必要になるだろうから覚えていきな、ほれ、練習用の杖だよ」と言って指揮棒の様な杖を貸してくれた。

「私くらいになると簡単な魔法の詠唱なんかいらないんだけどね、さっきの通りの魔法を使ってごらん」と指示した。

「えぇ、と。過去の遺物、不浄なる汚れを洗い清めん、洗浄(ウォッシュ)」おばあさんは当たり前の顔をしていたが、呪文を唱える1語毎に羞恥によって僕の顔が熱くなる。

 

 少し多めに蛇口を開けたくらいの水流が杖からでて僕が使った食器を綺麗にしていく。

 おばあさんのと違って水流で包み込めるほどの水量がないので触れたところだけなんだけど。

「練習用の杖でそれだけできるなら意外と筋がいいね、これならものになるのも早そうだ」と言って喜んでいた。

 

 その後、おばあさんと表に出てフラッシュライトの実験をしてみる。

 おばあさんの家の回りに生えている木々は3割方黄色く色づいていて今の季節が秋だということを教えてくれた。

 

 おばあさんはフラッシュライトを持ち、スイッチをひねりながら炎の精霊に呼びかけると光があたった所が暖かくなり、振ったり色々試している間に僕は家の周りを散策してみたが、森の中の小さな家、といった雰囲気で植物や虫に詳しい人ならわかるのかもしれないけど、僕には目新しいものはみつからなかった。

 

「やっぱり光の属性で使うしかなさそうだね」と言って返してくれた頃、カヨがやってきた。

「おはようおばあちゃん! と! ユウ!」目の前の美少女が名前を呼んでくれるだけで幸せです。

 でも忘れないでいてくれるともっと幸せなんだけど。

 

 お願いしたいことがあるから先にお茶にしましょうとおばあさんが言い、みんなで家の中に入った。

 お茶請けに私が持ってきた糖分補給用のチョコレートを出す。

 渋めの紅茶にミルクチョコレートがよく合う。

 カヨは目を輝かせて美味しい! と感動していた。

「この辺では甘味は中々ないからね」といっておばあさんも嬉しそうだった。

 

 お茶を飲んで一段落してからおばあさんが言った。

「ユウに洗浄(ウォッシュ)を使ってもらったんだけど、中々筋が良いから杖の材料を取りに行っておくれ」

 

「杖の材料?! あたしのときなんて2ヶ月もかかったのに!」とカヨが驚くと

「何言ってるんだい、2ヶ月だって天才だって言ったろう? ユウがとんでもないのさ」とおばあさんがなだめていた。

「まあ、どっちにしろ優秀な助手が増えることはいいことだよ」と言って笑った。

 

「さ、先輩! 僕の杖をつくりましょう!」と言うと先輩という言葉が気に入ったのかにんまりと笑って

「そうね! 先輩魔女のあたしが導いてあげないとね!」と言って少し控えめな胸を張った。

「あんただってまだ魔女見習いだよ」とおばあさんはくつくつと笑った。

 

 2、3日もあれば帰ってこれるだろうよということなので、リュックには寝袋と寝袋用の蚊帳に水はカヨが魔法で出してくれるというので水筒ではなくステンレスのカップ、寒くなった時のためにアルミシートを2つ入れる。

 僕だけ寒さから逃れても申し訳ないし、一緒に入るほど大きくないから。

 ファイアスターターと小袋の着火剤がミニポケットに入っていることを確認した。

 

 あとは何が必要かな、とリュックをゴソゴソとしていると、

 見習いの訓練も兼ねるから食料は現地調達だからね、と言われ、持ってきた食料は置いていくことになってしまい、キャンプしながら美味しいものが食べれると期待していたカヨが文句の声を上げていたが、沈黙の魔法をかけられてもごもごしていた。

 

 練習用の杖を腰に、ミルクパンくらいの大きさの両手鍋を後輩がこういうのは持つもんだよ、リュックにぶら下げられた。

 

 カヨは7cm幅、高さは手のひらより少し小さいくらいだったので15、6cmかな?

 木の板を受け取っていた。

「長老の木の枝と川底の石と火喰い鳥の尾羽根と寄生樹の蔦だけでいいのね?」とカヨが確認すると、毒ヒトデは危ないし、火山の石は遠いからうちにあるのを使うよ、とおばあさんが言っていた。

 

「いつもの通り長老の木までは飛んでいっていいのよね」と言って僕に手を伸ばした。

 なんのことか意味がわからないでいると、がしっと僕の手を取って呪文を唱え始めた。

「空の女神よ、風の女王よ、汝が使徒カヨが願う、御身の自由の力を! 飛翔(フライ)!」と唱えると、手を掴んだ僕の体ごと空へ浮き上がる。

「ちょっと僕高所恐怖症なんだよ!」と抗議すると、

「そうなの? 魔法使い(マジックユーザー)には必須だから慣れてね」と可愛く微笑んだ。

 

 緊張と恐怖であちこちから汗が吹き出す。

 掴んだ手が汗で滑らないか心配になるし、手汗がカヨに気持ち悪がられてないか心配にもなる。

 滑らないようにもぞもぞしているとカヨは僕の手をぎゅっと握り込んで、ものすごいスピードで移動を始めた。

 飛びながらカヨはなにか叫んでいるけど、ボウボウと鳴る風の音で聞こえないのでずっとえ? え? と叫んでいると困った顔を見せたカヨは空いた方の手でごめんね、とジェスチャーをすると、僕をちょっと上に引っ張ってから空中に放り出した。

 持ち上げられた力と重力が均衡し、徐々に重力の方が強くなってきた瞬間にカヨの背中が目の前に来た。

 後ろからお腹に捕まり抗議する。

「ひどいよ! 高所恐怖症だって言ったのに!」

「滑って落としそうだったから手じゃなくて背中に来てって言ってたんだけど、声が届かなくてさしょうがなくね、怖かったよね、ごめんね」と言ってすまなそうにした。

 滑って落ちそうだったということに改めて血の気が引き、カヨのお腹をぎゅっと抱き寄せた。

「もう大丈夫だからそんなに締め付けなくてもいいよ」というカヨはなんだか楽しそうだった。

 

 最初の頃はこわごわ見ていた景色だったが、3時間以上も飛び続けていると、なんだか感覚が麻痺してきたのか、下を見ても周りをみても同じ様な景色で飽きて来てしまった。

 

 カヨの背中に耳を当てて心臓の音を聞いたり、腕を強く締めてカヨをぐえっと鳴かせてみたりしながら時間つぶしをしていくとカヨが指をさして

「あれが長老の木だよ」と言った。

 

 悠久の時を生きたであろう巨木は眼下に広がる森の中心で森全体を支配しているように鎮座していた。

 今日はあの長老の森の枝でキャンプするよ」と言ってカヨは枝で顔をガードしたまま長老の木に突入していった。

 私は顔を守るはずの腕がカヨのお腹に回しているのでなんとか守ろうとカヨの背中に顔を押し付けた。

 

 カヨの背中はカヨみたいに優しい匂いがした気がした。

 

 枝の中は思ったより葉に囲まれた広い空間が広がっていた。

 枝といっても普通の木の幹より太い枝に降り立った。

 

 カヨは回りを見渡すと、直径2センチ弱、長さ30センチくらいの若い枝をごめんね、と言っておばあさんから預かってきた魔法のナイフで切断した。

 ナタの重さとカミソリの切れ味で女性の腕力でも取り回しのしやすい魔法のナイフ。

 ぜひ一振りほしい。

 

 もう夜というほど遅くはないが、夕方と言うには遅い、そんな時間なので、カヨが言うようにキャンプにする。

 太い枝はそのまま横になっても転げ落ちる心配がなさそうで安定感があるが、枝の上だと火が使えないんじゃないの? と聞くと、ランタンは借りてきたよ。と言って直径5センチくらいの円筒形のものを取りだした。

 缶詰かな? と思うと、杖でコンコンと叩き、開け(オープン)と言うと、缶詰型ランタンが上下にわかれた。

 そして、光れ(ライティング)というと上下に別れた蓋の間に明かりが灯った。

 

「ほー、コンパクトでなかなかに便利だね」というと、キョトンとした顔をしたので、

「小さくて便利だね、向こうのはここまで小さくてここまで明るいのはないんだ」と言い直すと、

「でっしょー」と、得意げな顔で言っていた。

 

「そういえば、食料は現地調達って言ってたけど、木の上では何が食べられるの?」と聞くと、

「そうだったね、長老の木の実が絶品だよ」と言って勢いよく立ち上がると、身軽に木の枝から枝に飛び移って下の方に向かった。

 しばらくして帰ってくると

「2個ずつ4種類取ってきたから食べよ」と言って柿と桃と林檎と梨を2つずつ転がしてみせた。

「4本の木がくっついてるの?」と聞くと、なぜか1本の木から10種類くらいの果実が取れるんだよ、と教えてくれた。

 

「桃は季節じゃないから柔らかくなっちゃってるね」と言って桃を優しく持つと、皮を剥くような手付きでナイフを横向きに差し込み種ごと半分に切った。

 桃の種って熟すと柔らかくなるのかな、とカヨの白くて細い手を見ているとスプーンと一緒に渡してくれた。

「ん、ありがと」と言って半分に割れた種をスプーンでえぐって外し、果実を食べた。

 やっぱり種は硬かったので、魔法のナイフがすごい。

 品種改良されていない果実なんて酸っぱいか味が薄いかのどちらかだと思っていたのだけど、ものすごい甘みで向こうで買うと1玉800円を超えるんじゃなかろうか!

「甘い! 美味しい! すごい!」と感動を伝えると

「ここに成る実だけがすんごく甘くなるの、この味知ったら外でなんて食べられないよ」

 と言って次は柿を剥いた。

 ちょっと渋みがあるけど、これも熟す前なのに熟してるみたいに甘い。

 果物は硬い派なので熟した桃も美味しかったけどこっちの方が好みだった。

 次はなにがいいかな? とりんごを剥こうとしていたので、

「りんごはそのまま食べるのがすきなんだ」と言って1玉そのままもらってかじりついた。

 いつもはちゃんと皮を向いて食べてるらしいカヨが僕の食べ方を見て恐る恐るかじりついた。

「皮、美味しいよね」というと、シャクシャクと咀嚼しながらカヨがこくん、と頷いた。

 

 りんご1玉と、桃1玉、柿半分、美味しくて正直食べ過ぎた。

 パンパンになった胃袋に軟弱者、と呪詛を投げかけ、寝ることにした。

 寝袋を出して寝る準備をすると、

「そのまま寝ちゃだめだよ、ちゃんと歯磨きしなきゃ」というので

「え? 持ってきたの?」というと、杖で僕の腰を指した。

 さされた先をみると、練習用の杖があった。

 

「見ててごらんなさい」と気取ると

「過去の遺物、不浄なる汚れを洗い清めん、洗浄(ウォッシュ)」と言って上を向いて口の中に浄化の水を流し込んでから枝の下に向かってぺいっと吐き出した。

「おおー! なるほど!」と感動し、洗浄の魔法でうがいをした。

 

 洗浄の魔法のおかげでこっちには虫歯がないらしい。

 

「服とかにも一応は使えるんだけど、乾かさなきゃいけないからいつでも便利にってわけにもいかないの」と言っていた。

 

 ランタンを挟んで向かい合わせ横になって眠くなるまで話をすることにした。

 魔法のこと、向こうの世界の事、カヨの父方のひいおばあちゃんは異界の人だということ、来たときから恐ろしい向こうには帰ろうとは思わなかった、とおばあちゃんに話したのを教えてくれたんだと言った。

 

「街を焼くほどの強い魔法が使える魔法使いが何十人も来て空から炎を落としてくる恐ろしい場所なんでしょ?」という。

 

 暫く考え空襲だということがわかったので、

「すごく、昔の話ね」

「ひいおばあちゃんが子供の頃くらいの昔にそういうことがあって、ひいおばあちゃんの国は豊かになったんだよ」というと、

「一度行ってみたいけど、行ったら何年も帰ってこれないのは困るんだよね」と口を尖らせた。

「遊ぶものはいっぱいあるけど暮らすならこっちかな」というとそう? と言って考え込んだ。

 

 ランタンに照らされるピンクの唇がかわいい、と見とれていると

「ユウってちょくちょくあたしの顔見てるよね、なんか変な所ある?」と言われてしまった。

 無意識に目で追ってしまっているので正直勘付かれるとか付かれないとか考えもしなかったけど何か言い訳を、と考え

「カヨの目が銀色で珍しくて綺麗だなって思って」とギリギリ正直な感想を口にした。

 カヨは目を見開いてみるみる真っ赤になってしまった。

「ああああ、ありがと。

 母方の、おじいちゃんの目が、銀色だったの」と僕から目を反らして消え入りそうな声で答えてくれるカヨを見ていると頭に血が登って来るのが自分でもわかった。

 

 なんだか明るく話をする感じでもなくなってしまったのでランタンの明かりを落として寝た。

 

 正直な話、とてもじゃないけど寝られそうになかった。

 顔が燃えそうなくらい熱くて心臓が痛いくらいにドキドキする、もうこれはだめなやつだ。

 こうはならないようにしてきたのに異世界で不意打ちだなんて神様もひどい。

 

 もう今日は寝られないと思っていたのは気のせいでした。

 目が覚めた時に、カヨも起きたばかりらしく洗浄の魔法でうがいをしていた。

 僕も、と洗浄し、ひらめいたのでカヨに両手を出して洗浄の水をもらって顔を洗った。

 

 昨日取ってきた梨をそのままかぶりつき、普段食べていた1玉150円の梨じゃありえない甘さと香りを堪能した。

 でも梨の丸かじりは皮が硬いので少し苦手。

 

 カヨが出発前にりんごを補充してきた。

「さ、次は森ネズミのしっぽと川底に石を取りに行きましょ」と言って飛翔の呪文を唱えた。

 腰に捕まって地面に降りると、長老の木の下は日光があまり届かないので木が生えていなかった。

 

 膝くらいの高さの草の中を歩いていると、カヨがしゃがめ、とジェスチャーした。

 腰をかがめると、今度は遠くを指さした。

 見てみると、しっぽを除いた大きさが30センチくらいある大きなネズミが辺りをキョロキョロと見回していた。

 カヨが指をさしてから、お尻の後ろで手をぴょこぴょこ動かした。

 どうやらあれば森ネズミらしい。

 

 僕はスリングショットを取り出して手近にあった石ころをひろうとスリングショットにセットして全力でひっぱった。

 

 カヨが固唾を呑んで見守る中、僕の放った石ころは森ネズミの肩の上か首の辺りに当たって森ネズミが動かなくなった。

 痛みで気絶したか仕留めたかわからないが、カヨは親指を立てると、魔法のナイフを抜いて森ネズミに近寄ってしっぽを切断した。

 

「生きてた?」と聞くと、うなづき

「しっぽ切るときに死んでたら探し直しだったよ」と初耳の条件を聞かされた。

 結果オーライだけど、先に教えてほしい。

 

 木札を見ながらむんむん、唸るカヨを見るのも楽しい。

「寄生樹の蔦が取れれば先に取りつつ、川底の石を拾いに行きましょう」と言ってあるき出した。

 

 薄暗いながらも長老の木の日陰のおかげで適度に歩きやすいが、日陰の端が見えない。

 1時間ほど歩いた所で遠くが明るくなってきたようで、少しだけ光が入るからか、低木が増えてきたように見える。

 10分ほど歩いて長老の木の枝の範囲からでると、新たな森が広がっているだけだった。

 

 背が高い草や妙に硬い茎の草が道を阻むが魔法のナイフで邪魔な草を排除する。

 が、躓かないようにするには結構下の方で切る必要があるため、中腰で雑草を刈り取るカヨの腰にダメージが蓄積されていく。

 

「もう限界、変わって」と言って鞘に入った魔法のナイフを手渡してきた。

 いいよ、と言って落ちている1メートルくらいの木の枝をひろうと、ナイフの柄を枝に縛り付けた。

 適当に振り回して足元の草をかっていくと

「あたしの苦労はっていうか、中腰で頑張ってるのをみたら教えてくれてもいいと思うんですけど!」と抗議を受けた。

「ごめんね、何も考えてなかったの」と答えると口をパクパクさせてからがっくりと力を抜いた。

 

「ん?」と足元をみたカヨが何かを見つけたような声を上げた。

 しゃがんで何かをつまむと引っ張りながらどこかに手繰り寄せていく。

 数分かけて紐のようなものをたぐると、1本の木にたどり着いた。

「これが寄生樹に寄生された木よ」と言って木を叩いた。

 直径1ミリメートルくらいの細い(つた)は針葉樹の幹に棘のようなものを突き刺して絡みついていた。

 カヨは手繰った(つた)(つる)から生える棘を魔法のナイフで切断しながら回収した。

「これで3つ目、あと2つだね」と言ってくるくると巻き取った寄生樹の(つた)をかばんに仕舞った。

 

 川を目指してカヨと交代で魔法のナイフの槍を振り回して雑草を刈り取りながら歩き、夕方までかかってなんとか森を抜けた。

「抜けたー」と叫んで刈り取って短くした草の上にカヨと転がった。

 汗だくで腕がだるくて何もしたくない。

 筋肉が突っ張ってもう筋肉痛になりかけていた。

 

「カヨー今日はもうここでキャンプしようよー、もう動けないよー」と弱音を吐くと

「後少しで川に着くからあとちょっとだけ頑張って」と言って問答無用で洗浄の魔法を掛けられた。

 火照った体に洗浄の魔法の水が気持ちいい。

 鼻に入った洗浄の水は突き刺すような痛みと鼻うがいした爽快感を与えてくれた。

「鼻に入ると痛いんだよ! 知ってた?!」というともちろん! と言って自分に洗浄の魔法を掛けて汗を流していた。

「このビタビタに濡れた服はどうするの?」と聞くと、

「歩くと乾くの早くなるよ」と言って僕を引っ張り起こした。

 

 爽やかな秋の夕方の風に体温を奪われる恨み言をカヨに言いつつ、川へと向かった。

 

 膝丈に伸びた草を踏みながら歩いて1時間くらいかかって川についた。

 川を上流に向かって進み、流れが曲がっている箇所を探す、とカヨが言っていた。

 そこからまた30分くらい歩いて川が曲がっている場所にたどり着いたので、やっと休める、と息を吐いた。

 

 散々歩き回ったのにカヨは元気に歩き回り流木を集めてきて、火を炊いてくれた。

「元気だねぇ」というと

「ユウが体力ないだけだよ」と言ってりんごを投げてよこした。

 昼ごはん抜きで歩き回って夕ご飯はりんごと、柿。炭水化物がほしい。

 

 すっかり日が暮れて、カヨと焚き火を囲んだ。

「釣り道具があれば魚釣りたかったんだけどね」というと、

「あら、魚食べたかった? 明るかったら魚取れたんだけど」と言っていた。

「なんで明るいと?」と聞くと、

「釣るんじゃなくて気絶させて浮かせるから、明るくないと流れていっちゃうのよ」

 石とか爆弾的な漁法らしい。

「なるほど、じゃあ明日の朝ごはんはがんばろう」と言った。

 

 火を見つめていると昼の疲れからかまぶたが重くなってきた。

 カヨが寝よっか、というので洗浄の魔法でうがいをしてから寝袋に入ると

「ねえ、魔法陣に魔力が通って使えるようになるとユウは帰っちゃう?」と言われた気がしたのでなにか答えたんだけども、なんて答えたか覚えていなかった。

 

 朝、日の出とともに目が覚めた。

 カヨはまだ寝ていたので5分ほどカヨの寝顔を観察してから洗浄の魔法でうがいをした。

 ずいぶんぐっすりと寝ている辺り、昨日元気にしていたのは無理をしていたんじゃないかと心配になる。

 今日は僕と一緒に筋肉痛だね。

 

 座っていると動き始めた時に筋肉痛の痛みがひどくなるのでしょうがなく川の周りを歩き回る。

 一抱えありそうな岩に近寄ると岩の下から魚が逃げ出した。

 そういえば魚が取れるとか言っていたけね。

 それからしばらく歩き回ると、カヨがやってきた。

「おはよー、今日は早いねぇ!」と言って手を振った。

「明るくて目が覚めちゃったよ、それよりあの岩の下に魚がいたんだよ」

 というと、お、いいね! と言って杖を取り出した。

 

「大気よ風よ、汝が槌を我が手に! 衝撃(エアハンマー)!」光が歪むほどの密度の高い空気のハンマーが杖の先に現れた。

 少し離れた場所にある岩に向かって振り下ろした。ゴウン! という音をさせて水面に衝撃が伝わり、波紋が広がった。

 

「さ! 取るわよ!」と言って川の中にざばざばとカヨが入っていくのを追って一緒に川に入る。

 秋の川の水は冷たい、が魚をとるためにはしょうがない。

 腿まで浸かって浮き上がってきた魚を拾って河原に置いていく。

 

 夢中で回収した結果、10匹も取れてしまったのはとりすぎだと思った。

 二人でもこんなに食べないよ。

 

 キャンプに戻って魔法のナイフで内臓をとって塩を振って串焼きにしていく。

 お腹が空いていたのもあるし、炭水化物がないので満腹になるのが遅いのか、5匹食べられてしまった。

 カヨを見るとカヨも5匹目に取り掛かって僕をみて恥ずかしそうにかぶりついていた。

 

 朝ごはんを食べて一心地ついた頃、カヨが川に入って石を拾ってきて、と言った。

 そういえば川底の石なんて材料があったっけ。

「どんなのがいいの?」と聞くと、水の属性が強そうなのを選ぶといいよとわかるような全くわからないことを教えてくれた。

「寒いよー」といいながら上から覗き込むと、カヨがとんでもないことを言った。

「ちゃんと潜っていいのを探さないとだめだよ」

「え!? うそでしょ!」

「嘘でそんな事言わないよ、水の精の魔法かけてあげるからがんばって」と言って僕を呼んだ。

「そんなのあるなら先にかけてくれたらいいのに」というと

「本来なら掛けないほうがいいからね」と言って水の精に祈って魔法を掛けてくれた。

 

 これで激寒な川が楽になる。と期待して川に足をつけると、体を刺す水の冷たさは変わらなかった。

「寒いよ!」と文句をいうと、

「かけたのは水の中で呼吸ができるようになる魔法だよ」と言って笑った。

 

 川から上がっても寒いのは辛いので服を脱いで入ることにした。

 風が冷たい。下着姿で川に飛び込むと意を決して潜った。

 川の上は風が冷たいけれど、川に入ると流れのせいで常に冷たい水に囲まれて寒い。

 

 息を止めて川底を探る。

 手前の小さい石では何か違う気がしたので、奥の方にの石を見てみる。

 だんだんと流れがきつくなってきたので警戒しながらゆっくりと進んだ。

 川底を這うようにしながら石を確認していく。

 

 手のひらに収まりの悪い大きさの、少し大きい石を掴むとなにか奥の方で渦巻いているのを感じる。

 きっとこれだ。

 水面は流れが強そうなので石を握って川底を這って戻った。

 

 流れが弱まったところで立ち上がり、カヨに石を渡した。

「うん、たしかに川底の石だね」と言って空にかざして観察した。

 寒さに震えて歯の根が合わない。

「いいいいい、寒いいいいい」悲鳴を上げる元気もなく、慌てて服を着るとリュックからアルミシートを取り出して羽織った。

「そんな変なペラペラかぶってどうしたの?」と訝しげに言った。

「これは、向こうの保温シートなんだよ、もう1枚あるから被ってみ?」と震えたまま言った。

 そんな馬鹿な、と笑いながら僕のリュックから予備のアルミシートを取り出して羽織ってみた。

「おお、たしかに被ってるとほのかに温かい!」と上機嫌になっている。

 

「カヨにお願いがあるの」

「何でも言って!」

「この鍋に水を出してほしいの」

「命の根源たる水よ、魔力を糧として空よりいでよ、清純な流れをこの手に、(ウォータ)!」

 ミルクパンいっぱいに水を出してもらったので火にかける。

 ガタガタ震えながら湯が湧くのを待つのに数分、ポコポコと湧いたお湯をステンレスのマグに移して飲む。

 ほう、と息を吐き、やっと生き返る思いがした。

 カヨは飽きたのか探しものがあるのか、ちょっと行ってくるね、と言ってどこかに行った。

 

 お湯を飲みながらアルミシートを被って30分、やっと震えが収まった頃、カヨが戻ってきた。

「そろそろお腹が空いたでしょ!」と言って魚を河原におろした。

「とってきてくれたんだ、ありがとう、役立たずでごめんね」というと、

「してあげたかったからやってるだけだから謝らないで」と言ってニコリとした。

 

 焼いては食べを繰り返し、お湯と焼き魚のおかげで温まって元気が出てきた。

「あとは火喰い鳥の尾羽根だね、もう昼すぎだから空飛んでいこう」とカヨがいう。

 すごく嫌そうな顔をすると、

「うわー苦い顔ー、1人で8時間歩くのと2人で2時間半飛ぶのどっちがいい?」と言ってニッコリとした。

「なんで1人で8時間?」と聞くと

「あたしは1人で先に行かせてもらうからよ!」と言って胸を張った。

「あぁ、そうだね、よろしくおねがいします」と土下座した。

 今度ははじめからカヨの背中側に周り、お腹に手を回して捕まる。

 

 カヨは飛翔の魔法を唱えるとふわり、と浮き上がり火喰い鳥が生息しているという所に向かって移動を開始した。

 空を飛んでいると会話をする時は声を張り上げないと届かないし、手が動かせないのでできることがなくて精々腕を締めてカヨの変な声を聞くくらいしかやることがない。

 カヨはきっと飛ぶために色々制御してたりするのであんまりちょっかい出すわけにはいかないのだ。

 川に入った疲れからか、睡魔に襲われ腕が緩むと落ちそうになり目が覚める、ということを数十分おきに繰り返してやっとの思いで目的地についた。

 

「今回は生きた心地がしなかった」とがっくりと膝をついて地面の感触を確かめる。

「ユウはいつも大げさね」と言ってカヨは笑うが今回ばかりは墜落してしまいそうだったんだから! と言おうと頭を上げると、

「寝て落ちゃってもすぐに拾いに行けるからね」といたずらっぽく笑った。

「僕の命を弄ばれた!」と抗議すると

「やっぱり大げさだ」と言って声を上げて笑った。

 

 やっと周りを見渡す余裕が出てきた。

 岩山にいるのだけど、山を降りるとまばらに草が生えて、もう少し遠くまで行くと木が生えている。

 思ったより標高が高そうだ。

 

「ここ結構山の上?」

「歩いてのぼると4時間位かかるかな?」

「1人で歩いた場合の後半はこの山登りだったってこと?」と聞くと

「そうだよ、飛んできてよかったね」と言った。

「じゃあ、薪集めてくるから適当にしてて」と言って飛翔の魔法で麓の方に降りていった。

 

 テントを張るわけでもなく、薪がないと火だけあってもしょうがないのでできることはない。

 膝を抱えて軽く目をつぶってカヨを待っていると、心地よい疲れがまぶたの上にのしかかってきた。

 完全に眠い割に意識がある気がして目を開けてみると、目の前に木が積んであるが、カヨの姿は見えなかった。

 頭を上げて固まった背中を伸ばして周りを見渡すとカヨが隣りに座って僕のことを見ていた。

「やっと起きた」

「気持ちよさそうに寝てたからいつ目が覚めるかなって思って観察してたの」

「寝顔見られるのって好きじゃないんだ」と言って顔をそむけた。

「可愛かったよ」と言って立ち上がって頭をぐしゃぐしゃにされた。

 これがカヨの先輩風なのかもしれない。

 

「さ、食べ物探しに行きましょ」

 膝を抱えて座る僕に手を伸ばした。

 わざとしょうがないな、という顔をしてカヨの手をとって起こしてもらった。

 

「この辺では何がとれるの?」とカヨに聞くと

「前来た時は鳥を獲って食べたかな、あたしの杖作る時にね」

「だから色々知ってたんだね、さすが先輩」と、いうとまあね、と言って得意げに笑った。

「あ、石は拾って来てね、下の方石拾えないからね」と言って移動を開始した。

 

 

 少し降りて植生が代わり草が生えている箇所まで来ると、カヨが

「この辺から石が拾えなくなるのよ、で岩山の上から草の間にいる虫を食べるためにここまで降りてくるんだってさ」

 と言ってほら、と指差した。

 

 大きめの鳩か雉の様な秋だからか、丸々と太った灰色の鳥が飛来した。

「あの石飛ばすのでやれないかな、あたしあんまり攻撃に使える魔法知らないのよ、おばあちゃんが教えてくれなくて」と言ってしょんぼりした。

 

「がんばるよ」と言って飛来した灰色の鳥を狙ってスリングショットを引き絞った。

 外すと晩御飯がなくなってしまうので硬球を使うことにした。

 10メートルは離れていないので気づかれなければ命中するはず。

 

 僕とカヨの晩ごはんのために! と気合を入れて指を開いた。

 硬球はバチュン! という音を立てて灰色の鳥に吸い込まれていった。

「さすがね!」と言って猟犬カヨは獲物を回収しに走った。

 

 獲物を回収してきたカヨは次の獲物を探した。

 僕はカヨについて歩き、カヨの支持に従いスリングショットで硬球を放ち、2羽目の獲物を仕留めた。

 

 カヨは意気揚々と獲物の首を掴みキャンプへと戻った。

 僕はというと、仕留めるだけはできるけど、生き物を触れないので羽をむしるのも洗うのも内臓を処理するのも全部やってもらって流石に不甲斐なさを感じていた。

 

 カヨが鳥の処理をしている間、石はたくさんあるのだから、と石を組んでかまどを作って着火剤とファイアスターターに鳥の羽を使って火を起こした。

 丸く囲ってしまうと、片側しか温まらないので2人で火に当たれるよう2箇所開口部を作った。

 僕の持ってきた塩胡椒を適当に振って串を刺したあの鳥を遠火に当てて2人でグルグル回してローストする。

 初めての共同作業です、とナレーションが聞こえた。

 

 表面から脂が滴り落ち、いい匂いをさせながら、それでもまだ火が通りきっていないのでまだまだ食べられないあの鳥。

 ぐるぐる回すのも疲れてしまったので背中側から火が当たるようにして放置することにした。

 しばらくしたら腹側から当たるようにすればきっと問題はないさ。

 

 それからしばらくして、鳥をおろして半分に割ってみると中まで火が通っていたのでやっと食べられることになった。

 タンパク質だけ丸ごと1羽というのは流石に多かった。

 

「2人で1羽でもよかったかもね」と言うと

「そうかな、半分だと足りなかったかもしれないよ」と強がっていた。

 

 キャンプももうなれたもんで、しかも岩山だと森の中や草の中のように虫への警戒レベルを落とせると思うと楽だった。

 さっさとうがいをしてカヨと一緒に就寝する。

 明日には火喰い鳥の尾羽根を手に入れて帰らなくてはならない。

 

 

「あなたには普通の人生を歩んでほしいのですがね」と母が言っていた。

「あなたをそういう風に育てた覚えはないのですけれども」と母が言った。

「そういう風に育ったんじゃない、はじめからそういう風にできてるんだ」と声を上げても声が出なかった。

 そういえばお説教もあったな、と思うと

 中学生の時に同級生に勇気を振り絞って告白した場面に切り替わった。

 その娘は告白をして頭を下げた僕に

「キモチワルイ」と言った。

 頭を上げると楽しそうに笑顔を浮かべた同級生の口が引き裂かれて大きくなっていった。

「キモチワルイ」笑顔で僕にそういった。

 顔の見えない同級生は口元だけが楽しげに見え、何度も何度も

「キモチワルイ」とやっぱり笑顔でいった。

 やめてよ! やめてよ! 僕が叫んでも笑顔はキモチワルイと繰り返した。

 同級生に詰め寄ってやめてよ! と言おうとした時、その同級生の顔はカヨになった。

 

「ユウ! ユウ! 大丈夫!?」カヨに揺り起こされて目が覚めた。

 寝汗でびっしょりになった僕に心配げにカヨが覗き込んでいた。

「あ、あ、カヨ、どうして?」心配げなカヨにキモチワルイと言ったカヨが重なった。

「すごくうなされてたから」と言って僕の頬をなでた。

「汗かいてるから」というといいよ、と言って僕の頭を抱きしめた。

「怖い夢を見た時はあたしもお母さんにこうしてもらってたから」と言ってぎゅっと力を込めた。

 

 呼吸も落ち着いて来た頃、まだ夜明けには遠いみたいなので改めて寝ることにした。

 カヨは僕の隣に陣取って横に寝るつもりらしかった。

「ちょっと心配しすぎじゃないかな」というと

「心配はしすぎても悪いことなんかなにもないよ」と言うと、じゃ、おやすみ! と言って寝てしまった。

 まったく。

 ありがとう。

 

 カヨのおかげで落ち着いたのか、ちゃんと寝ることが出来た。

 日の出と共にカヨに起こされ、火喰い鳥を呼ぶためにかまどの火を大きくする必要があるから手伝って! というのでかまどを大きくして大きな薪を次々と放り込んだ。

 

 メラメラと火柱を上げるかまど、料理には使えないほどの大火力で燃え盛る炎を眺めていると、カヨが

「さ、逃げるわよ」と言ってかまどから離れた。

 

 岩陰に姿を隠して火喰い鳥が現れるのを待った。

「今回も殺しちゃだめなやつ?」と聞くと、

「もちろん、でも今回はあたしの魔法でやるから、手出しちゃダメよ」というと杖を構えて集中した。

 

 向こうのヒクイドリは喉にあるビロビロと動く肉が赤いので炎を食べてるようだ、と名付けられたらしいのだが、こっちの火喰い鳥は本当に火を食べるらしい。

 

 羽根を広げた大きさは1メートル50センチにもなる炎のような真っ赤な鳥がかまどに向かって舞い降りた。

 長い首をかまどの中につっこみ、火がついた薪を食べるらしい。

 火だけをたべるわけじゃないんだな、と関心した。

 

 カヨが小声で呪文を唱えると、火喰い鳥の頭上に強大な水が現れ、かまどと一緒に火喰い鳥を水浸しにした。

 水の塊が落ちてくる時にギャアと鳴いたが逃げるまでは至らなかったようだった。

 

「さ、いくわよ」と言って飛び出し、水浸しの火喰い鳥の元に行った。

「死んだの?」と聞くと、水が弱点だからね、驚いて気絶するの。と言って尾羽根を4本ほど抜いていた。

「そんなにいるの?」と聞くと、多めに貰っておいたほうがお得でしょ! と言っていた。

「あとは放っておけば目が覚めるから、あたし達は帰りましょ」と言って飛翔の魔法を使った。

 慌ててカヨの腰にぶら下がると飛び上がり、4時間ほどの時間をかけておばあさんの家に向かった。

 

 段々と高度を下げ、おばあさんの家の前に着くと、おばあさんが家の前で待っていた。

「そろそろ帰ってくる頃だと思ってたよ、材料を出しておくれ」

 早速僕の杖を作り始めるらしい。

「長老の木の枝、中々いいのを選んだね。森ねずみの尻尾、大きく育ったのをちゃんと生きたまま捕まえて獲ってきたなんて猟師になれるんじゃないのかね」

「川底の石、これがユウの魔力に馴染む石、いいね、これなら大魔法にも耐えられそうだ」

「火喰鳥の尾羽根、獲って時間経ってないね、いいよいいよ」

「寄生樹の(つた)、よく栄養を吸ってるいいのが見つかったね」

 

「早速作るよ」と言って、庭の端にあるかまどへ向かい、大きな鍋に森ネズミの尻尾、火喰い鳥の尾羽根、毒ヒトデ、火山の石をいれ、加熱を開始した。

 

 火山の石が解け毒ヒトデを飲み込み溶かしながら毒色になった火山の石との混合液は羽根と尻尾も溶かしてドロドロになった。

 

「このままだと火が強いから川底の石を入れて属性を相殺するんだよ」と言って川底の石を放り込んだ。

「練習用の杖を出してこっちにいらっしゃい」というので杖を構えてかまどに近寄る。

 復唱して、というのでおばあさんの魔法を復唱する。

「ヴァラークヴァラーク グヴァラーズ 神秘の入り口に立つ者なり 我が名前はユウ 森の魔女を師と抱き、汝らが扉を解き放ち我を入門させ給い請い願わん マージマーヴァグヴァラース」

 練習用の杖から光が降り注ぎ、薬液に溶けていった。

 

「仕上げに長老の枝をつけると、ユウの杖に力が入るんだよ」と言って寄生樹の(つた)を持ち手に巻いた長老の木の枝を薬液に沈めた。

 

 煮詰めていくとどんどん、長老の木の枝が水分を吸うように水かさを減らして最後には青く染まった杖が残った。

 

「やっぱりユウは水の属性が強かったみたいだね、これがユウだけの杖だからね」と言って渡してくれた。

 透明感のある青い杖を受け取ると、カヨに見せた。

「よかったね!」と言って自分のことのように嬉しそうに微笑んでくれるカヨ。

 そんなカヨが愛おしい。

 

「今日の所は疲れてるだろうから、汚れを流してお茶にしましょう。

 お土産話も聞かせておくれ」と言ってパンパンと手を叩いた。

 

 カヨと一緒におばあさんの家に向かい、順番にお風呂に入る。

 お風呂? 浴槽ってあるの? と思ってカヨに案内してもらうと、向こうから名前だけが伝わってる様で排水設備がついた洗濯部屋で洗浄の魔法を自分にかけるだけらしい。

 ついでにたらいに入れた服にも洗浄の魔法をかける。

 設備の使い方としてはこちらが正しいのだけど。

 

 ドアの向こうからユウ、着替え置いとくよとおばあさんが着替えを持ってきてくれたらしい。

 ありがとうございます、と答え髪の毛を絞り、手で体についた水を払ってから洗濯部屋から出た。

 

 カヨの様な黒いローブが用意してあったので着慣れないながらももぞもぞと着た。

 髪の毛が濡れたまま貸してもらった部屋に行き、持ってきたタオルでタオルドライした。

 土産話をしながら食べるのは何がいいか、と考え、小腹が空いたことに気づいた。

 

 缶詰のパンと、あといくつかスナック菓子を選んで1階に降りてテーブルについておばあさんとカヨを待った。

 

 しばらく待つと、おばあさんがインク壺と変色した様な黄色い紙を持ってきてテーブルについた。

 いつもの柔らかい表情と違ってちょっと怖い顔をしていて声をかけるのをためらう。

 手ぬぐいのような薄い布をグルグル巻きにしたカヨがやってきておばあさんの雰囲気を見て何も言わずにテーブルについた。

 

「弟子になる証として杖を作ってもらったわけだけど、依存はないかい?」とおばあさんが言った。

「はい」と答える。

 ちょっとはそういうつもりはなかったという意見も心をよぎったけど、しばらくこちらにお世話になるのに異存はいけない。

 

「ではこれを読んで署名をしなさい」と言って黄色い紙を広げた。

 文字がわからないのでカヨに読んでもらい、

 おばあさんを師と仰いで尊敬と信頼し、命令がある場合はそのとおりに従うという内容だった。

 悪用すればいくらでも悪用できそうだけど、おばあさんがそんなことするわけがない。

 僕は迷うことなく魔女の契約書にサインした。

 

「ではこれから私のことは師と仰ぐように」と言って契約書をくるくると巻き、たもとに入れた。

「堅苦しい話はこのくらいにしてお土産話を聞かせておくれ」と言ってカヨにお茶の準備の指示をだしたので一緒に台所に向かった。

 

 台所でカヨに「よく気がついたね」と小声で言われた。

「カヨは姉弟子だからね」と言ってニヤリとしてみせた。

「姉弟子…!」と言って感極まったのか胸をぎゅっと掴んだ。

 

 カヨが

「命の根源たる水よ、魔力を糧として空よりいでよ、清純な流れをこの手に、(ウォータ)!」と手本を見せてくれるので、習って唱えると浴槽をいっぱいにできるような量の水が出現した。

 ほーさすが水属性とカヨは感心するがこれの扱いがどうしたらいいのかわからずにカヨの目を見るとカヨはヤカンを水の塊に入れ、必要なだけ取り出すと火にかけ

 洗い場から流しちゃうといいよ、と言って台所の洗い場を指差した。

 

 お湯を沸かしてる間に紅茶はここ、お茶請けはここ、いつも使う食器はここで、ここの食器はおばあちゃんのいいことが会った時に使う特別な食器だから扱いには気をつけてねと弟子の仕事を教えてもらう。

 

 お湯が湧いたので茶葉を入れたポットにお湯を注ぎ、トレイを持っておばあさんの元へと向かった。

「おまたせしました、なんて呼んだらいいですか? 師匠? お師さん? おっしょさん?」

「呼びたいように呼ぶといいさ、弟子の自覚ないのと比べたらなんて呼んでも及第点だよ」と言って笑うと、カヨが

「おばあちゃんの弟子かはともかく姉弟子の自覚はでたからね!」と言って笑った。

 師匠はあからさまに肩を落としてみせた。

 

「姉弟子でも弟子は弟子ですからね、よかったですね、師匠」と追い打ちをかけてからお茶の用意をした。

「今日のお茶請けは小腹が空く時間かな、ということでパンとプレッツェルというお菓子です」

 と言って小皿に取り分けて紅茶と一緒に置いた。

 

 だれも動かないので師匠を見てみると、師匠も僕を見ていた。

「えっと、これはどのパターンですかね」と聞くと

「パターンというと?」と師匠が首をかしげた。

「年長者から食べるか、毒味として出した人が先に食べるか、お祈りをするか」と聞くと、

「なるほど色々あるもんだね、ここでは毒味だね」というので、パンをちぎって一口食べ、プレッツェルを1本食べてから紅茶を飲んでみせた。

 

「そこまで気にするほどでもないんだけど、こっちにしばらくいる以上習慣にも慣れてもらわないとね」と言って優しく笑った。

 

「じゃあ、お土産話でも聞かせてもらおうかな」というとカヨはまってましたと言わんばかりに身を乗り出して語りだした。

 高所恐怖症なのに空を飛んで怖がっていたことや森ネズミを殺さずに一撃で気絶させたこと、

 川底の石の話しは面白おかしくいうがあの時は大変だった、そんな楽しい話になるとは思わなかったな。

 岩山の鳥を仕留めた話をした時はそんな小型の道具でそこまでの威力がでると聞いて興味深く聞いていた。

「それで火喰い鳥の尾羽根を抜いて戻ってきたってわけ」得意そうにカヨが話し終わった。

 ほとんどがカヨが手を回してくれたからカヨの手柄なんだけどね。

 

「これならユウが一人前になるのも早そうだし、ユウに尻を叩かれて練習嫌いのカヨが頑張ってくれそうでよかったよ」と言って師匠が笑った。

「もうおばあちゃん!」と抗議すると

「じゃあ、ユウに追い抜かれてから焦るんだね」と言って紅茶を飲み干した。

 面白くなさそうにしているが拳の下ろしどころがないカヨに

「一緒にがんばろうね」というと

「ユウには敵わないね」と言って心の拳を下ろしたのがわかった。

 

 どれだけお茶会をしていたかわからないがもう外は暗くなってしまったのでカヨはこのまま泊まっていくらしい。

 ワイワイと晩ごはんを食べて師匠に聞かれるままに向こうの世界の話をした。

 魔法がないということがよほど不思議らしく、こっちの世界の魔法の道具は、向こうに持っていっても精霊のちからを借りることが出来なくて普通の道具にしかならないだろうね、と言っていた。

 とても残念だった。

 食事に使ったものを洗浄の魔法で洗い、水切りカゴへ並べておく。

 

 洗い物を終えてダイニングに戻ると師匠とカヨは既に自分の部屋へ戻っていた。

 

 もう正式に弟子になり、住み込みになるので『借りてる』んじゃなくて『僕の部屋』、というのが今日から正しい表現になる。

 僕の部屋に戻るついでにカヨの部屋にノックして、ダイニングの明かりを消す方法を聞く。

 カヨが泊まる時に使う部屋は、僕が借りてる部屋の隣にある。

「明かりの制御は師匠たるおばあちゃんの制御下にあるからあたし達はきにしなくていいよ」といって、じゃ、明日ねと言って引っ込んでいった。

 

 僕も自分の部屋へ戻り、荷物を整理し、今後どうしたいか考えた。

 魔法陣に魔力が戻ったら僕はきっと向こうに帰るだろう。

 戻っても家に帰らず、だれもいない廃墟を探して野宿を繰り返すんだろう。

 廃墟めぐり自体は好きだから全然いいんだけど。

 とはいえ、こうして廃墟を巡って家に寄り付かないのは逃げているということも自分でわかっている。

 

 何度考えても客観的に判断すると、家に戻って学校に通い、一人暮らしできるようになるまで我慢する、ということにしかならないが1度我慢してしきれなくて逃げてきたのだ。

 2度選んでもきっと耐えられないだろう。

 

 コンコン、コンとノックが響いた。

 2度ではトイレだから3度目は付け足したのかもしれない。

「開いてますよ」というと遠慮がちにドアが開けられた。

「ちょっと眠れなくて」と言ってカヨが入ってきた。

「僕もです」と言って机にぶちまけた荷物を挟んでテーブルについた。

 

 部屋の明かりの魔法の魔力が減ってきたのか少し暗くなってきた。

 もう少ししたらカヨに入れ方を聞いて入れてみよう。

 

「ユウは魔法陣に魔力が通ったら帰る予定なんだよね」

「そうだね」

「それが明日なら、帰るかもしれないけど、1年後だったら? 10年後だったらどうかな」と遠慮がちに言った。

「どうかなぁ、1年後だったら僕向こうで1年間行方不明だったってことだよね」

 全然想像がつかない。

「どこにいても僕に居場所はないからさ、弟子といっても仮住まいだしね。」

 と言ってカヨを見ると、唇を噛んでものすごい表情で僕を睨みつけていた。

 ぎょっとしていると、カヨは絞り出すようにして声をだした。

「ほんとうに」

「ほんとうに居場所がないなんて言っているの」悔しそうな、苦しそうな表情でカヨが言った。

「だって、僕こんなのだよ」「だれもちゃんとユウを見てくれてなかったのね」

「僕気持ち悪いでしょ」「かわいいよ」

 泣くもんか、と思っていても目の前で邪魔なものがゆらゆら揺れる。

 

「女なのに女の子が好きなんだよ」「人をみて好きになれるなんて素敵よ」

 声を出そうとすると喉が締まってしまった様に声がでない。

 

 体中の筋肉という筋肉に力を入れてなんとか声を絞り出した。

「女同士だったら赤ちゃんもできないんだよ」「そっちはそうかもしれないけどこっちは違うのよ」

「ここにいるのも帰るまでのただの仮住まいだし」「じゃあ、あたしと姉妹になりましょう」

 

「ユウはあたしのこと嫌い?」

 好きだ、と言おうとするとキモチワルイと夢で言ったカヨがフラッシュバックする。

 胃がぎゅっと握りつぶされて胃が暴れだした。

 内容物が上がってくるのを感じて喉に力をいれて押し戻した。

 これじゃあ、カヨに言われて吐き気を催してるだけに見える、と焦り、カヨをみた。

 心配そうに僕を見るカヨ、誤解を解こうと手をのばす僕の手を握って、微笑んだ。

 

 カヨの励ましで呼吸が整ってきた。

 勝てる試合にだけ参戦するみたいでかっこ悪いけど、聞く前から答えももらったようなものだった。

 

 テーブル越しに向かい合った僕とカヨ。

 僕は両手でカヨの手を握った。

 

 涙をためたまま優しげに僕を見つめるカヨの綺麗な銀色の瞳に勇気が湧いてきた。

 

「カヨ」とまっすぐに目をみて言った。

「ユウ」優しく微笑んで答えてくれた。

 

「好きだ」

「あたしもよ」

 

「2人で魔女になって、いっぱい冒険したい」

「僕はカヨがいる世界で生きたい」

 

「ずっと一緒にいよう。姉妹じゃなくて、二人で、一緒に」というと

 涙をいっぱいにためたカヨが大きく頷いた。

 溜まった涙が落ちてテーブルに染みを作った。

 

 しばらく声を殺してないたカヨは震える声で

「婚約の証を作る素材から集めないとね、2人分だから大変だよ」と言って嬉しそうに笑った。

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