任務開始当日、俺たちはブリリアンス領イタリア半島の工廠に訪れていた。工廠はかなりデカく、ウトガルド四機が横に並んでもまだスペースが余っている。今は砂漠戦用の最終調整中のようでヘルメットを被った作業員があくせく働いている。俺はそんな様子を三階の通路からコーヒー片手に眺めている。時刻はまだ日が昇っていないくらい、他の面子はまだ起きていなく今の俺は一人だ。なぜこんな時間帯に起きてしまったかというと、昨日禁酒をしたせいで全く寝れなかったからだ。今は眠気が支配する意識と空腹にコーヒーをガツンとぶつけて無理やり目を覚ましている。
「早いですね、ブランドンさん。」
自身のいる右側、簡易宿舎側からレイラが通路に出てくる。実物と対面するのは初めてだ。
「俺はただ眠れなかっただけさ。ちゃんと寝て起きたって意味ならお前さんの優勝だぜ、レイラ。」
「そうですか。」
彼女の声は氷のように冷ややかだ。さらに顔も常に物憂げで冷徹な印象を覚える。レツィーナとは似ているようで全く違うタイプだ。レツィーナは機械的であろうとしているけど、その胸の内は非常に人間的だ。しかし彼女は違う。心の底から冷徹なのだ。人と関わろうともせず、会話も好まない。模擬戦も滅多に行わず、本拠地にいても常に部屋にいる。任務も基本的にソロが多い。
彼女の戦闘スタイルにもその性格は反映されている。鋭く適切な火力を冷徹に撃ち続ける、その正確性はAランカーの中でもトップクラスに高い。機体も彼女に合わせて最適化されており、一撃必殺の武器から対ザコ用、その他無数のサブ兵器による圧倒的な総火力。ソロ任務ならばこれ以上ないほどの正解である。
「その…なんだ、今回の任務よろしくな。」
「はい。完璧に済ませましょう。」
「お堅いこって。」
はっきり言って俺たち飲み友組とは非常に相性の悪い相手だ。俺たち四人衆はふざけまくる。任務の途中だろうが、移動中だろうがとにかくふざける。なんなら余裕だと思ったら酒を飲み始めた時もあった。要するに効率的に敵を殲滅することを放棄したような戦闘スタイルなのだ。今回は1人欠けているから多少はマシな動きができそうだが、それでも彼女を不快にさせるような動きしかできないような気がしている。
「お前さん、俺たちとの任務なんてよく受けたな。どっちかといえば苦手なタイプだろ?俺等。」
「そんなことはないです。同僚ですから。」
これはあれか、嫌いという感情すらないタイプか。
気まずい無言が場を占める。なんでこの子はずっとここにいるんだ?俺になんか用でもあるのか?気まずさを紛らわすためにコーヒーカップを傾けると既に空になっていた。
「コーヒー持ってくるが、お前さんもいるかい?」
「結構です。」
「あ、そう…。」
露骨に否定されて折れそうな心を抑えてレイラがさっき出てきた所へと向かう。その先にコーヒー専用の自販機があるのだ。カップをはめてボタンをポチポチと押して待っていると飲み友の1人が廊下を歩いているのが遠目に見えた。
「よ!アレクセイ。」
結構でかい声で呼びかけるとアイツもこちらに気づいたようで小走りでこちらにきた。
「はえーな馬鹿野郎。寝てんのか?」
「飲めねぇと寝れねぇんだわ。」
「奇遇だな。俺も一睡もできてねぇ。」
そう言われてアレクセイの顔を見ると確かに目の下にクマが見える。
「こんな時間まで起きて何してたんだよ。」
「何ってオメー…。」
そう言い、ニヤニヤしながら右手を指さした。
「うわきったねぇ、近寄んな。」
と2人してワイワイ騒いでいると渡り廊下から中へとレイラが入ってきた。
目が合う。
その瞳は…なんというか、軽蔑というか、それを通り越した何かのようなそんな気がする目だった。一瞬目が合った直後すぐにレイラは俯きすぐさま部屋の方へと行ってしまった。
「…今回の任務、大丈夫だと思う?」
「少なくとも俺の心は折れちまってるよ。」
「お前のは自業自得だ馬鹿野郎。」
蛇に睨まれたカエルのようになったアレクセイを尻目に未だに湯気が立っているコーヒーを手に取る。
その味はなんというか、苦かった。
「その様子を見るに、バカやってたらあの子に嫌われちまったってところか?」
渡り廊下の方の柱に寄りかかる人物が目に入る。そいつは、逆光でシルエットしか見ないがどこからどう見てもバルドゥルだった。
「おせぇんだよバルドゥル!」
そうアレクセイが声を上げて詰め寄る。
「ミッションの開始時刻的におせぇことはねぇだろ。」
バルドゥルが逆光に照らされていたことからわかるように、今ちょうど日が昇ってきていたのだ。ミッション開始まで準備をしてもまだ余裕があるくらい、つまり本当に適正な時間に来た。だが、こいつも被害に遭ってないのがなんともムカつくので足を軽く蹴った。
さて、飯も食わずにミッションに行ってはパフォーマンスが落ちかねない。コーヒーだけではロクに腹も満たせないのでコーヒーの自販機の脇、様々な菓子パンが納められた自販機で何個か購入する。
他2人もその自販機に気づいたようで、それぞれいろんなものを買っている。近くに置かれたミニテーブルの上に広げる。ナイロンの袋に入ったドライフルーツ入りのパンが多数を占めている。それを手当たり次第開けて食べ、コーヒーで流す。朝のルーティンとするにはアルコールが少し足りないが食欲や英気を満たすには十分だろう。
食い終わった時に時計に目をやると、午前6時くらい。点呼まであと10分くらいだ。社会人なら早めの行動は当然ということで早めに下の階の工廠へと足を運んだ。
工廠脇のベンチでタバコを吸い、談笑しながら時間を待っていると、点呼開始のジャスト1分前にレイラも出てきた。服装はすでにパイロットスーツに着替えている。こちらに気づいてはいないようで、機体の前に直立して前を見据えている。
1分前って事で俺たちもタバコの火を消してそちらに向かう。そして、横一列に4人並んだ時、ちょうど作戦のオペレーターも正面に立った。
若い男だ。金髪…こいつのは染めてるか。ブリリアンスの規則はペイロードよりもよっぽど緩いようだ。俺らとしてはお堅い連中よりかはこういう方がやりやすいから助かる。
「点呼は…4人しかいないからいいっすかね。」
「ま、そうだな。」
「えーと、今回のオペレーターを努めます。よろしくお願いしゃーす。」
そう彼は軽く頭を下げる。挨拶もまぁ見た目通りだ。
「そろそろミッション開始なんで、用意おなしゃーす。」
とペコペコしながら建物の中へ行ってしまった。そういえばあいつ名乗ってなかったな。…その辺はクライアントによって変わるからまあいいか。工廠の中の端にある更衣室に自分たち三人衆も移り、着替える。着替え中は会話は一切なかった。出ていくと、四機全てのコックピットが開けられていて、そこに梯子がかかっていた。
各々別れ、その梯子を上り、中に入る。中はいつも通りの俺の機体、そのままだった。コックピットの席に染み付いたタバコの匂い、手足に最適な長さに調整された各種ペダル。これから始まる戦闘に心を躍らせながら各種UIやボタン感度、ペダルなどが正常に機能するかを確認していると、通信が開かれた。
『あー、皆さん入った感じっすかね?んじゃちょい早めに出ます?』
全員が同意を示す。
「オッケーっす。んじゃ梯子外すんで、コックピット適当に閉めといてくださーい。」
そう言われるのと同時に自分の後ろから梯子が外される音がする。その音を確認して数秒後、間違っても巻き込んだりしないかを確認してからコックピットを閉じる。空気が抜ける音を上げながら閉まり、一瞬暗闇に包まれた直後にUIが起動、次いでモニターに景色が映し出された。
『皆さん用意いいっすかね?最終確認です。目標地点はアラビア半島に本拠地を構えるアルバヒスSG本社。目的はアルバヒスの保有する戦力を測るための強行偵察になります。可能ならば、本社にも打撃を与えてこい…って感じっすね。』
そのあとは色々と機体の追加装備についての説明があったがどうでもいいので聞き流す。それに、何がついているかは事前に知らされている。
『…とまあこんな感じっすね。そいじゃ、ミッション開始します。俺のオペレーティングに従って行動してください。』
雑に書いたから何も言うな。