傭兵の戦場 side.A 作:からす the six hands
窓から差し込む朝日で目を覚ます。体を起こして時計を見ると、短い針は8を指していた。どうやら長く寝過ぎてしまったようだ。朝のルーティンを終わらせて着替えて食堂まで降りる。
食堂に入ると、中には食事中のロゼと注文をしているマリアがいた。
「よ、あんたら。」
そう声をかける。
「あら、おはよう。エリオット。」
と優しく笑いながら挨拶をしてくれるマリアと食べている手を止めずに背を向けたまま左手の中指を立ててくるロゼで対応が分かれた。たしかに普段から仲は悪いが今日はおそらくあの一件のことでヘイトが高まっているんだろうな。
「おいおい、同僚にそりゃねぇだろ。」
「ふるはいねぇ、ほまへにはほのふらいれひゅーふんなんらよ。」
気にも止めない、と言った様子で口に物を入れながら告げられた。
「んぐっ…あのなぁ、プリンの恨みってのは意外とでかいもんなんだよ。えぇ?」
「てめぇ、何企んでやがる。」
飲み込んだ…と思ったらこちらに向き直り、フォークでこちらを指しながらニマニマとしていた。お互いに煽りあっているうちに券を買い注文を済ませる。
「ああ、そういえば。」
待ち時間をボケーっとしていると、ロゼが椅子の背もたれを抱き抱えるようにして話しかけてきた。
「今日の模擬戦、飯食ってすぐでも構わないかい?」
「まぁ、構いやしないけど…なんでだ?」
「いやなに、午後には誰かさんに食われたプリンを買いにいかなきゃんらないんでね。まったく、アタシのだけならまだしもレツィーナのまで食べやがって…。」
あれ片方はレツィーナのやつだったのか…後で何か詫びを持っていくか。
先程注文した料理を受け取りロゼとマリアの席の近くに着く。
マリアはいつのまにかロゼの向かいに座っていたし、さっき頼んだばかりの食事をもう食べ終えていた。
「なあロゼ、他の連中はもう全員食い終わったのか?」
「そりゃそうだろさ、多分だけどあんたがビリッケツだよ。」
「嘘だろぉ。」
朝日が差し込む食堂に笑いが起こった。
その後、俺が食事をしている途中でマリアが「お先に失礼するわね。」と言って部屋に帰っていった。
そして食堂には残っているのは食事をしている俺と、その俺を待つロゼの2人だけとなった。
ロゼのプレートはマリアが一緒に持っていったらしい。
「レツィーナはもう準備終わってるのか?」
「そうだね、今は多分あんたのAIと模擬戦中だろうさ。」
「やる気ありまくり、って感じだな。」
静かになった。外から聞こえて来る鳥の鳴き声がやけに耳につく。
最後の一口を口に入れて、盆を返却口に持って行こうと立ち上がったとき
「あんた、レツィーナが相手だからって手を抜くんじゃないよ。あの子だって、1人の傭兵だ。」
後ろから声をかけられる。
そこには険しい顔をしたロゼがいた。
少しの沈黙を挟んで
「ま、いらない忠告だったね。先にルームに失礼させてもらうよ。」
と破顔して手をひらひらとさせながら食堂から出て行った。
食器を返却口に返して2階に着き、VRルームに入る。VRルームには20人分のVRコックピットが常設されており、いつでも対戦ができるという優れものだ。部屋の内装は全体的に無骨な工廠やガレージを想起させるようなものになっている。各人のロッカーや更衣室も用意されていてケアが充実している。
更衣室に入り、VRリンク用のスーツに着替える。Gなんかを感じることのできる特注、最新鋭のスーツだ。しかしまぁ、白いピッチリとしたこのスーツの見た目はあんまり好みではないのだが。
更衣室を出て、自分のコックピットに乗り込む。ここにあるのはきちんとコックピットの閉鎖方式を採用したタイプなので、よりリアルな戦闘体験ができる。
閉まる音がして、暗闇に包まれた直後モニター部分の電気が点いた。VRヘッドギアを装着して各種操作系に手をかける。オンラインに接続した瞬間、レツィーナ・フルールからの対戦依頼が飛んできたので承諾を選択する。通信回線が開く。
『本日はよろしくおねがいします。』
「おう、よろしくな。」
少しの思考の後、Gobi Desertが選ばれた。
ゴビ砂漠…遮蔽物となるものが砂の隆起だけというシンプルなステージで、対戦で選ばれることの多い人気ステージだ。入り組んだ都市ステージとは違い直線的に近づけるので高速機との相性がいい。
つまるところ、ステージ的には完全にアウェーと言ったところだ。
なにせ、俺の機体は中距離での撃ち合いのみを想定した万能型。対するレツィーナはキチガイのようなチューニングが施された超高速機動型。全くもって相性最悪だな。
モニターに表示されたReady?の表示をタップして準備を完了させる。直後、周囲の景色が黄色に染まった。マップロードが終了したようだ。
システムボイスがシステムの起動を宣言した。
機体モニターに情報が表示され動作を試すように機体の関節部からカシュカシュという軽い音が聞こえてくる。投影型カメラモニターに表示された景色は現実そのもので、風に乗って砂が飛ぶ様子などまで表現されている。このままこの景色を楽しみたいところだが、そうはいかない。なにせレーダーによるとあともう少しで会敵するらしいのでな。
エリオットがレーダーを確認したまさにその直後、二機はお互いの姿を視認していた。
片方は流麗で細身な高速機、もう一方は無骨なデザインの中量機。
まさに一瞬、時間にしてコンマ1秒にも満たない時間だけの逡巡を2人のパイロットが挟み、銃口から火が飛び出した。
常人では視認すら難しいほどの速さでブースターを吹かせながら右腕のショットガンを放ったレツィーナとそれに反応して後退しながら両腕のライフルを鳴らすエリオット。お互いの砲弾は機体の端を掠め、周囲は巻き上がった砂に包まれた。
…相手の機体は巨大な砂山の裏に隠れた、そう確認したレツィーナは高速で上空まで飛び上がる。速度を上げて後背から奇襲するつもりだ。相手のレーダー範囲外から最高速で奇襲をかければ確実に獲れる、そう判断したためだ。
だが加速を始めようとブースターが唸りを上げた瞬間、機体の右側で衝撃が起こった。
見ずともわかる、エリオットだ。こちらの動きを予測して射線に入った瞬間にライフルで撃ち抜かれた。偶然かはたまた必然か。人間にそんな芸当が可能なのかはわからないのでおそらく偶然だろう。偶然であって欲しい。だが、そんなことは今はどうでもいい。今目の前には敵機がいるのだ。そして、作戦変更。見つかったのならば小細工など弄さずに純粋な速度で勝負する。
コックピットの上部に取り付けてあるDANGER の文字が書かれたリミッターを一本、引き抜いた。
レツィーナの機体からとてつもないほどの光の奔流が溢れ出す。これこそがレツィーナの機体…ミッシェルの特殊能力、バーストモードだ。ブースターへ流れるエネルギー量の制限を一段階開放することによってとてつもない速度で移動ができるようになるが、その代わりにブースト消費エネルギーもまた爆発的に増加する諸刃の剣だ。
この時のブースターから漏れ出る余剰エネルギーが光となることでまるで天使の羽が生えたかのように見えることから、彼女は傭兵等から「天使」の二つ名で呼ばれることもある。
瞬間、加速。
残像が見えるほどの速度で一瞬にして500m離れたエリオットの機体であるベネフィットラッキーを横切り、反転し、隙だらけの背面にショットガンを突きつけて2発、轟音を鳴らした。
画面に表示されたYOU LOSEの文字を眺める。
「はー負けた負けた。大負けだこりゃ。だから無理だって言ったんだが。」
ゴーグルを外して背もたれに体を預けて誰に向けてでもなくそう言う。備え付けてあるというか自分で接着した冷蔵庫から水のペットボトルを取り出して飲む。クピクピと傾けているとモニター部分に通話のアイコンが表示されていた。
回線を開く。
「はいもしもーし。」
『エリオットさん、もう一戦お願いしてもよろしいですか?』
「まあ、いいけど…」
電話をかけてきていたのはレツィーナだ。戦い方とは打って変わって口調が丁寧な百合のような少女だ。
だがなにか…言葉が怒気を孕んでいるような…。
『次こそは本当に手加減なしで、お願いします。』
「え?手加減なんてそんな、俺は本気だったっ…」
『私だって侮辱されて黙っているほど大人しくはありません。』
言葉の途中を遮られる。
「あー…まぁ、わかったよ。」
答えた瞬間ブツリ、と回線が切れた。
「ったく…本気だったんだけどなぁ…まあご期待に沿えるように努力しますかね。」
ゴーグルをつけ、構える。
ステージ選択権はエリオットに渡された。
ダイブの感覚に包まれて、目を覚ました場所は先ほどと同じ黄色い世界だった。
機体相性的に不利なステージを自ら選ぶのは自信の表れかそれとも煽りか、その意図がわかるほど彼のことは知らない。
だが今度こそは本気でやってくれる、直感でしかないがそんな気がする。
レーダーが遮蔽物に邪魔されないように最初に高高度までの飛翔を行い、周囲を見渡す。視界の端に置いてあるレーダーに赤い三角、敵を探知した証が表示され急速にブーストをかける。
向こうにとってはもう交戦距離、早急に詰めないと一方的に嬲られるだけで終わるだろう。
ある程度飛行して砂が浅く積もった場所に出た時、ベネフィットラッキーはそこに佇んでいた。そしてこちらが敵機を視認した時、向こうのカメラアイはこちらの機体をすでに凝視して、ライフルの銃口をこちらに向けていた。
いや、向けていただけではない、すでに二発放たれていたのだ。スローになる世界の中、敵機の凶弾は貧弱なこの機体の装甲をミシミシと侵食している。次が始まるその前に、なんとか離脱しなくてはならない。
焦る脳を強制的に正常化させてリミッターを一本引き抜く。
そして加速した出力のもと真上に飛翔する。
下を見るとさっきいた場所をもう二発が通過するのが視認できた。それは、あのまま体勢を整えていたら今頃マッチエンドになっていた、ということを示している。
逸る鼓動を無視して敵機を落ち着いて見据える。ギリギリ射程外なのか敵弾が飛んでこない。
敵機は棒立ちのままこちらをじっと見つめ続けている。棒立ちというのは舐め切っている証と捉えがちだが、この場合は違う。下手に動くよりも射程の有利性を活かして待ちに徹した方が確実に勝てるのだ。
この状態では私に勝ち目はない。第一段階の速度はもう見切られているだろうし広い平らな場所に陣取っているから奇襲もできない。ならばどうするか、少し荒っぽいが視認もロックオンすらも間に合わないほどの速度で肉薄して屠ればいいのだ。この機体にはそれができる。
もう一本残っているリミッター、それを引き抜き投げ捨てた。
漏れ出る光がさらに強くなる。今までとは格が違うと、誰が見ても一眼でわかる。
ミッシェルの最終形態、通称オーバーロードと呼称されるこの状態はブースター、機体の寿命と搭乗者の健康を代償として発動させることができる。
今までとは比にならないレベルの速度を得られる代わりに3秒でブースターは壊れ、主要な装甲が吹き飛び、レツィーナの脳へかかる負荷はどんな対G訓練よりも大きくなる。ロゼからもよほどのことがない限りは使用を禁じられている奥の手中の奥の手と言ったところだ。
そして光が溢れた直後、機体が揺れた。
刹那ののち、その機体は装甲を火に包みながらベネフィットラッキーの目の前に現れた。肩部やコアの先端部分は欠け落ち、カメラアイは制御装置が剥き出しになっている。
関節部から火花を散らして爆風を巻き起こしながらショットガンを突きつける細身の機体。
圧倒的な速度、この間およそコンマ一秒にも満たなかっただろう。常人、いやそれどころAランカーですらも反応する暇もなくその砲弾をモロに喰らうはず。
現に双方の機体はロックオンがいまだに完了していない。お互いに最新鋭の制御装置を積んでいるのに、だ。
だが、彼の機体は吹き飛ばなかった。予測していたかのように動き始めたのだ。まるで人間が脱力するように左足をガクンと言わせて、ミッシェルのロックオンサイトから外れていく。銃口から放たれた必中のはずの散弾は右腕を吹き飛ばすだけにとどまった。
ゴロリと転がったベネフィットラッキーは立ち上がり、もはや動くことのないその天使の翼に静かにライフルを鳴らした。
「ふいー、なんとか勝ったぜー。ベネフィットラッキーの名に恥じない幸運だったなぁ。」
額に滲んだ汗を拭う。
まさかあれまで使うとは思っていなかった。そんなに本気だったのか。
「…あれ?やばくね?」
気づいてしまった。オーバーロードはレツィーナの脳みそをゴリゴリに使うやばいモードだ。
つまるところ今のレツィーナのコックピット内は…。
急いでコックピットを開いて飛び降りる。担架で運ぶには1人じゃきついだろうから。レツィーナのコックピット部へと向かうとロゼが抱えて引き上げていた。
「おい、エリオット!手伝いな!」
「言われなくともやるさ。」
脇から手を入れているロゼに合わせて足の方を掴む。
そしてそばに置いてあった担架に乗せて医務室へと運んだ。
対戦から二時間後、医務室にて。
「あんた、あれほど使うなって釘刺しといたのになんで使うかねぇ。」
目を覚ましたレツィーナに対して怒り心頭、といった様子で叱るロゼ。
「別にいいじゃない。どうせお姉ちゃんが助けてくれるんだもの。」
そして不服そうにしているレツィーナがいる。
俺?とりあえずいるけど蚊帳の外さ。
「あ、そうだ。」
レツィーナがこちらに向き直る。
「エリオットさん、この度は本気での対戦ありがとうございました。」
姉に見せるゆるい雰囲気はどこへやら、機械的な声であった。
だが、その声は充実感と闘志を隠しきれていない、というよりわざと少し見せているようなそんな印象がある。
「今度は戦場で、仲間としてお願いします。」
「おう、よろしくな。」
そうとだけかわして自分のようなお邪魔虫は退散する。
後ろの医務室からは仲の良さそうな声が聞こえて来る。
一週間後には太平洋のど真ん中、この声を聞いているとそんなことも忘れてしまいそうだ。
「昨日の敵は今日の友…そんな言葉もあるが今回は逆だな。」
暗く狭い部屋の中で男は資料片手にそう呟く。
「はっ、あんな裏切り者を友だなんて思った覚えはないぜ。」
それに呼応するように青年は悪態をつく。
「えー、あたしはあの人好きだったなぁ。面白かったし強いし。」
場違いなほどにニコニコと笑いながら少女が言う。
「まあ各々の感情はひとまず置いておこう。ここからは、戦場なのだからな。」
「さあ行こう、『メアリースー』のご登場だ。」
最後のあれは蛇足です。
気にしないでね