少しの思考の後、目を開く。
この依頼の真意、それは果たしてなんなのだろうか。傭兵如きには提示されない答えが秘匿されたこの問いを先ほどから暗いコンテナの中で何度も何度も己に問うている。おそらく空母の破壊を行えばペイロードの何かしらの絡繰が動くのだろうが、その何かしらも目的も核心をついたような考察はできていない。考察なんてしないで傭兵は傭兵らしく目の前の敵をただ撃滅すれば良いだろう、それはそうだ。だが自らの命を奪う謎を謎のままにしておく知的生命は、おそらく存在しないはずだ。
停止していた体が急に加速を覚えた。機体の投下が始まったのだろう。あと数十秒もすれば戦場の上に立つことになる。切り替えて戦場に心を据える。そして一瞬の浮遊感の後、パラシュートを開いた衝撃がコンテナに伝播した。
投下から数分後、すでに海上に展開していた輸送機の上に着地する。
「今回はよろしく頼むよ、あんたら。」
『ああ、よろしく。まさかあのデアフライシュッツと共に戦えるとはな。』
「その二つ名はやめてくれよ、恥ずかしいんだ。」
と談笑しながら甲板上に展開している敵ウトガルドを落とす。大して距離も離れていないのでスコープを覗かなくても関節部を吹き飛ばせる。船体前方にいる味方機はエリオットとエンケイの2人。エンケイは甲板の上で暴れ回っていて、エリオットはひいこらひいこらウトガルドを落としているようだ。数発だけ支援してやろうか、とエリオットが相対している敵機の首から機体背面のエネルギータンクに誘爆させる。
「おっと、キルスコアを奪っちまったかい?」
『まあな、後で請求しとくよ。』
「あんたは背後に気をつけな。」
軽いやり取りを交わして狙撃地点を切り替える。今度は船体側面、マリアと妹が戦っている場所だ。
到達してすぐに敵機を射抜く。一直線上にいたので三機同時に爆散した。
「よ、お二人さん。あたしもこっちでやらせてもらうよ。」
『あら、エリオットは1人で大丈夫なの?』
「あれはほっといても別にいいさ。それに、主戦力が来るならこっちだろうしね。」
『エリオットさんなら大丈夫だと思います。この程度に負けたらAランカーの恥ですよ。』
『し、信頼してるってことでいいのよね。』
沈黙
『いいのよね?!』
「まあまあ口よりも手を動かすよ。」
今の会話中にも着々と瓦礫の山を積み上げていく今作戦女子会組。艦橋もレーザーで真っ二つになっているし、このままいけばこっちはすぐに終わりそうだ。
目視の限界のような速度で敵の背後に回って連鎖的に敵を爆発させる妹と照射型レーザーをもって拠点破壊と巻き込んで兵器粉砕も行うマリアの火力はまさしく凄まじい。自分のような支援型はこうした雑魚処理には向かないので霞んでしまう。少しでも殲滅力を上げるために機体背面左に取り付けられた弾薬庫から特殊弾頭のマガジンを取り出して装填をする。この弾頭は大規模爆発を引き起こす対通常兵器用のもの。ただし単体相手だと貫通力の不足が問題となるため基本は積んでいないのだが今回は雑魚戦が入るので特例として積んできた。しかし強力な兵器が想定よりも遥かに少ないので通常弾の割合を多くしたのは誤算のように思える。
ある分だけでも吐き出そうかと船体後方に向けて射撃を行う。頭に直撃させなくても爆風で吹き飛ばせるから適当にばら撒き、大爆発が起こった。船尾の一角の辺りにいたウトガルドどもはその装甲を融解させて沈黙した。
『あなたそんなの積んでたのね。』
「流石に通常弾だけだと弾がなくなっちまうさ。それで、用は?」
『この辺の兵器はだいたい終わったから次のところ行きましょう』
「そういえばレツィーナはどこ行っちまったんだい?」
『さあ…気づいたらいなくなってたけど…あの子なら心配しなくても大丈夫よ。多分。』
「ま、それもそうだね。それじゃ移動しようか。」
船体後方に来た時、すでにそこは瓦礫の山が広がっていた。先程の狙撃で色んなものが誘爆したらしく想定の数倍近い被害になっている。何もかもが溶け落ちて黒く染まった甲板の上を二機で警戒しながら歩く。先ほどまで乗っていた輸送機は少し離れたところに退避させている。少し歩いた時、船尾にたどり着いた。そこには巨大な衛星発射装置の蓋のみがあった。通常弾に切り替えておいた右手のスナイパーを撃ってみるが少しめり込むだけに止まる。
「この蓋はダメだね、硬すぎる。裏からエンケイにやってもらうしかなさそうだ。」
『そんなに硬いなら私のこれでも無理そうね。』
とマリアの機体が肩をすくめるような動きをする。そんな細かい動きよくできるなと感心していると目の前の蓋の上に太陽を背負いながらレツィーナの機体が降りてきた。
「おかえり、レツィーナ。何してたんだい?」
『ただいま。今、海域の警戒をしていたの。』
「なるほどね。でも一言言ってからいくんだよ。」
『はーい。わかってまーす。』
少々不貞腐れたような返事をされた。レツィーナは機械のような少女、とよく形容されるが本当はそんなことない。外面はたしかに機械的で無感情だ。でもこうして感情を顕にするし、何よりこう見えて極度の負けず嫌いなのだ。対面マッチで負けたらそのあと丸一日VRにこもってAIの相手をしていることもかなりある。
『それじゃ、また行ってくるね。』
「はい行ってらっしゃい。」
自分たち2人に背を向けてまた太陽の方へと駆けていくレツィーナ、その姿は鳥に似ていた。アポロンに仕えた白いカラス、その姿にとても…
『呆けないの。見惚れてるんでしょ?わかるわよ。』
「え、ああ…悪いね、マリア。さて残党狩りと行こうか。」
周囲には先程から撃ってきている小口径対空機関砲などが残っている。それらを破壊したら本当にこの船は何もできなくなる。だからさっさと壊すことにした。
薄い装甲に囲まれている程度の対空砲台は踏み潰すだけで機能停止するので縁の辺りを2人で踏み荒らす。そして残党として空を旋回している敵性航空機をついでに撃ち落とす。なんというかいつか昔にやった対空砲で敵を倒すレトロゲームを思い出すな。距離が長い分数が多いので途中で飽きてしまう。仕事なので面白いもつまらないもないが、こうした単純作業はゲーム性を見出さないとやっていられない。
そろそろ終わるか、というところで通信が来た。
『なんかすることあるかい?』
対ウトガルド戦のほとんどを丸投げ、もとい任せたエリオットからだった。機体にほぼ傷もなく殲滅できているのは腐ってもAランカーということだろう。
『ないわエリオット。そこでお茶でも飲んでていいわよ。』
そしてマリアによる返信があった。普段しないような冷たい反応、さてはアイツを弄びたいのだなこの魔性の女め。
『おいおい、そんなつれないこと言わないでくれよ。』
エリオットの機体はその通信を境に先ほどまで自分たちがいた方へと向かった。その背中は心なしか寂しそうに見えるが助けてはやらない。強くなれ、エリオット。
「あんたも大概意地が悪いよねぇ。」
『てへぺろ☆』
「はいはい、かわいいかわいい。」
『もう!ひどいわ。』
どの口が言っているんだ。あとてへぺろの後ろについてる星はなんだ。なんで見えるんだ。
『ねえロゼ。』
「なんだい。」
『レツィーナってさ、疑いたくはないのだけど…』
「え…?」
マリアから来た通信。この口調からして何か察したのだろうか。マリアはAランカーの中でも最高クラスに勘がいい。人から見られているとか人が何か隠し事しているとか、殺意を向けられているとかを一瞬で察知する。レツィーナがアタシにすら言えないような秘密を抱えているというのか。裏切り…?いや、あの子に限ってそんなことはないはず。ほぼ常に一緒にいたのだから裏切りの手筈などできるはずがない、いや、アリーナに潜っている時ならばあり得る。あのVRアリーナはインターネットに接続ができる、つまり!
『放浪癖ある?』
「へ?」
『いやなんかこの辺ずっとフラフラしてるからそういうのあるのかなーって思ってね?』
確かにマップを見れば海域をレツィーナのミッシェルと思しき機体がふわふわと移動していた。
「いや…ないと思うけど…。」
『もう、何をそんなに焦ってるのよ。』
「なんかすごいシリアスな口ぶりだったからさ…身構えちゃったよ…。」
『あら、ごめんなさいね〜。』
このアマ…戻ったら一回頬をつねらないとやってられない。
『あ、もう終わったしエリオットの所向かいましょうか。エンケイもそっちに向かっているみたいだし。』
「そ、そうだね…。」
後部甲板についた時、休憩モードのベネフィットラッキーがいた。モノアイのヘッドパーツは光を失い、コックピットが少しだけ開いている。もし今襲撃を受けたらどうするんだこのバカめ。
「マリア、起こしてやりなよ。」
『私がやるの?ロゼやりなよ〜』
『マリアさんのほうがよろしいかと。』
いきなり背後に現れたミッシェルが通信に割り込んでくる。
『そうですよ。ロゼさんだと卒倒するかもわかりませんからね。』
そして遅れて来たエンケイも同調した。
「おいジャップ。覚悟しときなよアンタ。」
『はっはっは。これは失礼。口がツルリと滑ってしまいました。』
『喧嘩しないでよ〜。じゃあ、私が言えばいいのね?』
全員で適当に相槌をうつ。
『エリオット、甲板上の見周りは終わったわ。休憩しましょう。』
そしてお互いに残兵装の状況を確認した後の通信を流し聞してずっと感じている違和感の正体を考察する。おそらくこの後何かはあるのだろう。だがそれがどんなものなのかがわからない。ペイロードによる奇襲?艦隊からの奇襲?どれが起こってもそんなに脅威ではないがなんというか想定を上回るほどの何かが起こりそうな予感がする。
そんな思案をしていると通信に気になる話題が上がった。
『そういえば、衛星発射装置はどうなりましたか?』
『ああ、それでしたらこれから破壊します。なにぶん外からでは硬すぎたので、下段のところを経由して…あれ?下段の甲板ってどうなってます?』
やばくないかこの状況。その通信を聞いてそう思い、すぐさま海上の輸送機のもとへ行こうとした時、その機体が何者かに衝突して爆発した。直後自分たちがいるところの反対側、船首のところから無数に出てくる機体の数々視認した。その様子はさながら黙示録に示された第五のラッパの光景に類似していた。だが感じている悪寒はこれではない。こんな災厄ではなくもっと大掛かりな災厄が降りかかる気がする。
あげたぞ歓喜しろ