君にさよならを言えるまで   作:火町

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理科室と汗

 不良から守ったりしたわけじゃないし、曲がり角でぶつかったわけでもない。

 僕は菜乃花と、恋愛小説のような運命的な出会いをしたわけじゃなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここやっとくからいいよ」

 

「先輩、ありがとうございます」

 律儀にお辞儀をしてから走り去る後輩。

水たまりを埋めるように置かれた盛土。

まだ乾ききれてない、ぐちゃぐちゃな地面。

じめっとした空気におでこを這う汗。

僕は今、中学校のテニスコートのトンボがけをしていた。

 

話は、30分前に遡る。

 

 

 

 

 

 学校が終わり、僕は2年前まで通っていた中学校へ向かっていた。菜乃花と出会ったのは中学生になってからだった。小学校は一緒じゃなかったし、1,2年生の間はクラスも違うのもあって面識がなくて、中3になって同じクラスになるまで正直名前と顔が一致してなかった。

 

 それなのにこれだけ僕の人生に爪痕を残してるんだから、ほんと凄いやつだと思う。

 

 

 

 中学生の間、僕は部活でソフトテニスをしていた。

当時、県の大会を勝ち抜いて地方大会まで勝ち上がるほど、うちの部というか同級生達は上手かった。じゃあ僕はどうだったのかと言うと、ダントツで下手くそだった。

 

 

 

 

 まあそんなこと今はどうでも良くて、ただこのソフトテニス部を見に来るのを学校に訪れる口実に利用したのだった。

 卒業以来、中学校にくるのは初めてだったけど、顧問が変わっていたおかげで特に追及は受けないで済んだし、他の同級生が度々訪れていたので不自然ではなかったようで良かった。だが、雨でグズグズになったコートでは練習が出来ないので、後輩を見に来たという名目上、補修を手伝うしかなかった。

 

 コートの上に立つのは引退試合をした時以来のことで、記憶の中では途方もなく広かったはずのコートが狭くて窮屈に感じる。

 

 作業が終わり、手を洗おうと下駄箱のそばにある蛇口へ向かう。変わらないそこに懐かしさが溢れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 菜乃花と出会ったばっかの時の記憶はあんまりない。

 

 見た目の第一印象は、肌が白いってことと、詳しくないから上手く言えないけどショートとボブの境目みたいな髪型をしていたぐらいで、最初はいけ好かない奴だと思っていた。

 

 理由は僕より、身長が高かったから。

 

 今思うとめちゃくちゃ情けない理由で気に食わなかったが、当時の僕の心にとってそれが最適解だった。

 

 名前が、「よしおか」と「わいずみ」で出席番号順の座席だと前後だったのもあって、何かと関わる機会が多くなり、名前を知ってる他人から、顔見知りぐらいにはなっていた。

 

 印象が変わりはじめたきっかけははっきりと覚えている。2年前のちょうどこの時期の事だったように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部活のトレーニングが一段落つき、蛇口へ駆け込む。

そこには蛇口のそばで草抜きをしている吉岡がいた。

興味本位で話しかける。

 

「吉岡、なんで草抜きなんてしてんの?罰ゲーム?」

 

「違う。部活だから」

 素っ気ない返事がきてから、会話は切れた。

正直失敗したなと思った。

主観的に見ても、今の僕は決して気持ちの良い奴ではなかったから。

 

 冷たい水を喉に押し込んで、濡れた顔を拭きながら急いでその場から立ち去ろうと思った。

 

 

 

「テニス部、今休憩なんだ」

 

「あー、うん、そう、一応、休憩。一段落、ついたから」

 相手から話しかけられたのに驚いて、単語で返事してしまう。と同時に疑問が湧いて、口に出していた。

 

「てか、なんでテニス部って知ってんの?」

 

「いつもあれだけおっきい声聞いてたら、流石に覚えるよ」

 

「そっか」

 上手く言葉を返せないまま、気恥ずかしくなって逃げるように部活に戻った。

覚えられていた事が嬉しくて、頭の中で吉岡の言葉が反芻していた。

 

 

 

 同級生のほとんどが初心者から始めているのに、僕だけが全く上手くならなかった。やる気や才能、努力不足と言われればそれまでなのかもしれない。それでも、周りの人達が褒められたり、どんどん上達していく様を見るのは正直苦痛でしかなかった。

 

 どこかの部活に所属しないといけないから、テニスを選んだだけでしたかったわけじゃない。そう自分に言い聞かせても、やっぱりしんどかった。

 

 逃げ出せばいいものを、変なプライドと親友が部長だったのも災いして、朝練は1番最初に行って部活の準備をして、帰りは最後まで片付けをして帰って、練習はサボらず人一倍大声でしていた。逃げようとする自分に負けたくなかった。

 

 真面目にやっているおかげで、実力の有無に関してそんなにからかわれる事もなかったし、居心地もそこまで悪くなかった。だとしても、やっぱり思う所がなくなるわけじゃないし、頑張る意味が分からなくなる時もあった。

 

 でも、今回覚えられていたのは普段頑張っていたからに違いなかった。決して褒められたり認められたわけじゃないのに、今までが無駄じゃなかった気がして無性に嬉しくなった。

 

 

 さっき吉岡は、部活で草抜きをしていると言った。

僕は吉岡がなんの部活なのかも知らなかった。

相手の事をほとんど知らないのに勝手に苦手意識持っていた事が申し訳なくなる。明日聞いてみよう。

 

少しだけ、明日が来るのが楽しみになった。

 

 

この日を境に、

 

僕と吉岡の距離は急激に近づいて行くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝練が終わり教室へ戻る。クラスにはいつものようにホームルーム前特有の穏やかな雰囲気が流れていた。

 席に着いている吉岡の姿を見て、今なら声をかけられるなって思った。

 

 

 

「吉岡、おはよう」

 

「おはよう」

 

「あの、昨日聞きそびれてたんだけどさ、吉岡って何部なの?」

 

「ボランティア部だよ」

 初めて聞く気がするほどに耳馴染みのない部活動名だった。そう思ったのが顔に出ていたのか、

 

「3年生は私だけだし、全校で6人しかいないから知らなくても仕方ないよ。」

 彼女は少し寂しそうな表情をしながら、宥めるような口調でそう言った。なんか申し訳なくてここで会話を終わらせたくなかった。

 

「吉岡は、なんでボランティア部に入ったの?」

 

「行事の前以外は週2しか出なくていいのと、学校外のボランティアだと内申書に書いてもらえるからかな」

 

「週2で、内申書にも書いてもらえるのか……良い事づくめじゃん」

 

「でしょ、しかも外部のボランティアは楽しいの多いよ、人数制限がある募集でも部員だと優先してもらえるし」

 

「外部のボランティアってどんなことすんの?」

 

「公民館とか図書館である、お祭りのお手伝いとかが多いかな」

 

「いいな、めちゃくちゃ楽しそう」

 

「案外、やってみたら楽しいよ」

 

 ここでホームルームがはじまるチャイムが鳴って、会話は遮られた。思っていたより吉岡はフレンドリーで話しやすくて驚いた。勝手に苦手意識持ってたのがほんとに馬鹿らしくなる。

 

 というか、部活を決める1年の時点で内申書とかの事を考えられていたのだとしたら、凄い堅実というか、未来を見てるんだなって素直に関心させられてしまった。

ちょっと悔しい。

 

 

 

 

 そこから特に話すわけでもなく、時間は進んだ。

授業は昼休み明けの5時間目の理科に差し掛かる。

 

 理科を教える先生が結構怖かったからか、授業中誰も私語をしなくて静かだし、僕の席が理科室の1番奥の見られにくい場所だった事もあって、基本睡魔と格闘をする羽目になっていた。

 

 今日もいつものようにうつらうつらしていると、隣に座る吉岡がシャーペンの先端で、3回机を叩いた。音に気を引かれ吉岡の手元を見ると、机に文字が書いてある。

 

「今日の放課後、5分ぐらい教室に残れる?」

 少し考えてから同じように机に返事を書いて、吉岡の真似をして机を3回叩く。

 

「多分大丈夫」

 なんの用なんだろうか、気になって仕方ない。さっきまでの眠けが吹き飛んで妙にソワソワしてしまう。結局、上の空なまま5、6時間目の授業とホームルームが終わり、放課後を迎えた。

 

 

 

 吉岡は終業のチャイムが鳴ると同時に

 

「ちょっとまってて」

 と言ってから教室を飛び出して行った。

 

 どんどん教室から人が減っていき、3分も経たないうちに教室には僕だけになる。

 

 階段を駆け上がってくる足音がしてすぐに、息も絶え絶えになった吉岡が教室に帰ってきた。

 

「和泉、来月の、4日、日曜日、空いてる?」

 

「多分空いてる」

 

「これ、興味あったらやらん?」

 呼吸を整えた吉岡から、紙を受け取る。

 

 市営図書館で行われるお祭りのボランティアの応募用紙だった。朝話したばかりなのに、ちょうどあるなんて都合が良すぎる気もした。それよりもなにより気になったのが、

 

「全然やるのは良いんやけど、これ貰って大丈夫なん?原本って書いてあるけど?」

 

「どうせもういらないし大丈夫でしょ。部長権限ってことで」

 

「はは、適当やなぁ。吉岡はこれ参加すんの?」

 

「そのつもり。本当は1人で行くところだったけど。朝、話した時興味ありそうだったし、誘ってみようかなって」

 今月末の秋季県大会の予選で勝ち残れなければ部活は引退する事になるが、僕の実力だと、もう実質半分引退しているようなもんだし、どのみち予定は空くことになる。部活がなくなってすぐに受験生モードになれる気もしなかったので、断る理由がなかった。

 

 その後、応募用紙に書き込まないといけないことの説明を受けてから解散した。

 

 

 

 

 

 これをきっかけに打ち解けられたのか、吉岡から頻繁にちょっかいをかけられるようになった。

 

 授業で難しい問題や課題が出ると、席を振り返りシャーペンでつついて聞いてきたり、僕の筆箱を漁って色ペンを抜いて勝手に使ったり、なにより1番変化があったのは理科の授業だった。

 

 いつも退屈で寝かけていたのに、今では筆談で色んなことを話すようになったおかげで授業の中で理科の時間が1番楽しみになった。ほんとに他愛のない会話ばっかりだったけど、2人だけの秘密感が刺激的だった。

 

 吉岡は、酢豚にパイナップルは許せるけど、

 

 カレーにバナナだけは許せないと言う。

 

 カレーパンに1番合うのはジンジャーエールで、

 

 チョコ菓子は、きのこたけのこよりアルフォートが1番らしい。食べ物の話ばっかりだった。

 

 ヘンテコな会話ばっかりだったけど、少しは心を許せる相手になったのかと思うとそう悪い気はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇口で手を洗い終わって、ハンカチで拭いた。吹奏楽部は相変わらず変な音をならしている。本当は教室や理科室に行きたかったけど、今日は中には入れなさそうだった。テニス部の方は、整備が済んだら基礎トレーニングをして解散するらしく切り上げがはやくなるみたいで僕は早々に退散することになりそうだと思った。案の定6時も回らず解散になった。

 

 学校に関してはまだまだ行きたい場所もあるし、リベンジを誓った。とりあえず一旦帰って遺書の続きをかこう。

 

 もう、次に行く場所は決まっていた。初めて菜乃花と学校外で会った図書館へ行く。正直図書館は最近も行ってたけど、それとこれは別腹だろう。

 

 久しぶりに出ていた夕日を背に、足取りは少しだけ軽くなれた気がする。

 

 

 

 

 

 

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