別に、今の生き方が嫌いだと言うわけではない。好きだと言うわけでもないが、生まれた時から周りはそういう人しかいなかったし、物心ついた頃には自分もそうなるように仕込まれてきたから、それが普通の日常で、こうして生きるのは当たり前のことなのだと何も疑問に思わなかっただけなのだ。
まあ、実を言うと幼い頃は痛くて辛くて、涙を流しながらなぜ家族は自分にこのような事をさせるのだろう、と思ったこともあるのだけれど。
とはいえ、やはり自分も一族の血を引いているだけあってすぐに順応し、与えられる課題をこなす度に褒めてくれる家族と仲間達の期待に応え続けるうちに疑問は薄れ、むしろ早く一人前になりたいと必死になっていった。
そして、兄や従姉と同じく九歳で実戦。だが、いくら訓練しようが実戦はまた違うもの。なんてことは知らず。焦り、不安、そして高揚が綯い交ぜになり、狂ったように、いや、事実、狂いながら戦った。
まさか本番で我を忘れてしまうとは今までの訓練はなんだったのかと、皆の期待に応えられなかったと、どんよりしながら帰還したのを覚えている。
翌日、父に次から任務を与えられる旨を告げられた。あと、叔父がこれから師になることが決まった。割と意味がわからなかった。
ただ、ぽかんと、口を大きく開けることを止められなかった自分を見て爆笑していた兄と従姉を覚えている。具体的に言うと敬愛する兄は良いが、年の近い従姉にイラついたことをよく覚えている。
それ以来は叔父の指導を受け、任務があれば出撃。大体これの繰り返し。
戦って。
戦って。
戦い尽くす毎日。
補給に寄った村か町か、どこで聞いたか忘れたが、同じような毎日が退屈で嫌だという話を聞いて不思議に思ったものだ。
自分も繰り返しのような日々を送っているが、優秀で優しい兄、若干鬱陶しい従姉がいる。宿敵との戦いは燃えるし、最近その時に見かけるようになった同い年くらいのあの子にも興味がある。
考えれば考えるほど退屈なんてなかった。あの退屈だと話していた人も、うちに来ればいいのに。ああでも仲間が死ぬのは悲しいからやめたほうがいいかもしれない。こんな職業だからやられても文句も恨みも特にないが、悲しみだけはある。まあ、少しだけなのだけれど。
ともあれ毎日が退屈ではない。つまり幸せということなのだろうか? いや、きっとそうなのだろう。自分は幸せなのだ。ここで、この『赤い星座』で、家族と、仲間達と、死ぬまで戦っていくのが正しいんだ――
◇
「――――って思ってたんですよねえー」
恥ずかしながら、と一つにまとめた長い真紅の髪の毛を弄びながら、アタシの横を歩く少年はそう言った。
「なるほどねえ」
つーか、この子……本当に小さいわね……。
遊撃士と猟兵という職業柄対立することがままあり、交戦経験も何回かあったのだが、戦場での雰囲気とはまったく異なり落ち込み気味なせいかより小さく見え、大人しい様子に新鮮味を感じていた。
こうして見ると女の子にしか見えないんだけど――
チラリと少年の背に目をやる。
そこには華奢な見た目にはあまりにもそぐわない、大きな得物があった。
普通の人であれば手に持って振るうことすら難しいであろうそれを、二振り背負いながらも重さを感じさせない軽い足取りが、彼を見た目通りの存在ではないことを教えていた。
……服の下は意外と筋肉質なのかしら?
この顔で、実はムッキムキのマッチョなのかしら?
少し気になる。
「それで? 前置きはともかく結局何で団を抜けてきたのよ?」
「……わからなくなってしまって」
「わからなくなった?」
並んで歩いていた少年はアタシの少し前へと出る。
彼の背が目に入り、表情は窺えなかった。
「さっき、皆でずっと戦っていくのが僕の幸せで、正しいことだと思ってたって言いましたよね?」
「ええ」
「それが何でか、皆もそう思ってるって思い込んじゃってたんですよ。――そんなわけないのに」
いつからかは忘れちゃいましたが、と笑いながら。
「戦果を上げると褒められるのが、喜ばれるのが嬉しいからそう思い込んだのか……。まあ、兄が出て行った頃から薄々、わかってたんですけど」
その事実を見ないように。
必死に目を背けていただけで。
「あんなに楽しそうに、幸せそうに逝かれたら。思わざるを得ないですよ」
僕は本当に幸せなのか――?
本当に、ここで戦い続けるのが正しいのか――?
「そんなわけで、戦い以外何も知らず、興味もなかった僕は猟兵を休業して見聞の旅に出ることにしたのです。はい、おしまい。イイハナシダッタナー」
「いや何言ってんの」
「あ、自分探しの旅の方がよかったですか?」
「そこじゃねえわよ」
こちらを振り返りながら首をかしげる仕草が無駄に可愛らしい。
アンタどこまで本気なのよ。
ちょっとしんみりしちゃったアタシの気持ちをどうしてくれんのよ。
「ったく、それで? 見聞だが自分探しだか知らないけど、目的も無しにふらふら歩き回ろうっての?」
「んー、とりあえずの目的は兄を探そうかと。色々聞きたいし、単純に会いたいですし」
「ふーん」
ま、どこに行こうが私には関係ないんだけどね。
行く先々で問題を起こさなければだけど、そこらの三流と違ってその辺りの分別くらいはつくでしょ。
猟兵は休業って言ってるし。
そうこう話しながら歩いていると分かれ道に出た。
この割と貴重かもしれない会話も終わりのようである。
「さて、アタシはこっちに用があるからここでお別れね。見聞だか自分探しだか知らないけど頑張ってね。一応、応援しといてあげるわ。じゃあ――」
「あ、僕も行きます。どうせ西風の旅団の様子見に行くんでしょ?」
「……そうだけど」
あれ、アタシ言ったかしら?
「赤い星座と西風の旅団の団長が相討ちになった――なんてことがあったばかりで遊撃士さん程の人がこの辺りにいるってことは、そうなのかなーって」
「……だからって何でついてくんのよ。今見つかったら仕事じゃないとはいえアンタ、ヤバいんじゃないの? まさかもしもの時はアタシをアテにしてるってわけ?」
じろり、と睨みつけながら言ってやる。
「今の状況なら大丈夫だと思いますよ? 個人的に気になることもありますし、構わないでしょう?」
「…………」
そんなアタシの視線を意に介さず、敵の本拠地に向かうというのに、ちょっとそこまで散歩してくると言った風に気軽に言う少年。
いくら強かろうと、奴等相手に一人で戦うことになればさすがに分が悪いはず。
ということは、どうなっているのか知っている? いや、ただ見つかるヘマなどしないというだけなのか?
そもそも気になることっていったい……。
「それに、遊撃士さんには戦力じゃなくて、そのあとについてアテにしてるかなあ……なんて」
「は?」
「いやあ、兄を探すと言っても出て行ったのが大体一年前、今月が終わればもう二年ですか。正直まったく見つけられる気がしないんですよねえ」
あはは、と照れくさそうに頭をかきながら言う。
「だから、旅をしながら探すんじゃないの? 急ぎってわけでもないんでしょうが」
「それでもほら、できれば早く会いたいじゃあないですか。というか、兄が本気で姿をくらませたとしたら僕じゃ絶対に見つけられないんですよ」
「なんでよ? アンタ猟兵の英才教育受けてきたようなモノじゃない。いくらお兄さんが優秀だとしてもまったくってのは言い過ぎだと思うけど」
「……あの、適材適所と言いますか、興味もなかったし、別に困らなかったし、もうその辺はいいって言われてたし、その、なんでしたっけ? えーと、あ、そうだ僕ってアレなんです」
なぜかいっぱい言い訳した後、うまい言い方が見つかったとでもいうように手を叩いて彼は言った。
「脳筋ってヤツ?」
「聞きたくなかった!」
の、脳筋って……。
え? じゃあ何? 純粋に戦闘特化で? 寄って殴る以外さっぱりダメってこと?
「実は団を出ようとしたらめちゃくちゃ止められました。無理だ、絶対迷子になるって」
「日常レベルで!?」
「出てきたはいいけどその後のこと考えてなくて、ぶっちゃけさっきまで半泣きでした」
「落ち込んでる様に見えたのはそれが理由だったの!?」
何がしたいのよ! 帰りなさいよマジで!
それと、わかっていながら何で抜けさせたんだ赤い星座のバカ共は!
「それで途方に暮れてたら遊撃士さんに会えたんですから、世の中なんとかなるようになってるなあ、うん」
「っ……!?」
まさか。
「最初からアタシについてこようと思って声をかけてきたの……?」
その言葉に、彼はこちらをじっと見つめると、にっこりと満面の笑みを浮かべてこう言った。
「遊撃士って民間人を助けてくれるんですよね?」
「アンタは猟兵でしょうがぁあ――!!」
とんでもないわコイツ!
本当に何も考えて無いのかどうかも疑わしい! いや、何も考えてないんだろうけど! たぶん!
つまり脳筋ではなく天然?
あ、頭痛くなってきた……どっちにしろめんどくさいわ……。
痛みをこらえるようにこめかみに手をやり元凶を見やると「だから休業中ですって」と笑顔のままほざいていた。
ああ殴りたい、この笑顔。
「つーかあたしも遊撃士は休業中なんだけど」
「ええ、そうなんですか!? じゃあなんて呼べばいいんですか!?」
心底驚いたとでもいうような表情で叫ぶ少年。
ていうか、突っ込むところはそこなのね……。
「別に名前でいいわよ」
「いや名前知りませんし」
「名前も知らない人についていこうとすんな!」
親はどんな教育をしてたのよ! ……猟兵としての教育よ!
「はあ……。サラよ。サラ・バレスタイン」
「ああ、お姉さんがあの……エクレアとか呼ばれてる……」
「そんな美味しそうな名前で呼ばれたことはないわ」
「あーもう、めんどくさいからアンタの事は後で考えるわ……。とにかく、本来の目的を達成しないと」
予想外の出会いと衝撃の告白にペースを乱されたが、いつまでもこんなところで遊んでいるわけにはいかない。
団長を失った奴等が現在どうなっているのか。頭を挿げ替えて活動を続けるつもりなのか。アレ程の強さを持った者はもう、あそこにはいない。引っ張っていけるような存在はいるのかもしれないが、あの強さに魅せられたであろう者達は素直に従うだろうか。少なくとも団の規模が縮小することは止められないはず……。いえ、あるいは、既に瓦解し始めているのかも……。
今までのおちゃらけた頭と雰囲気を切り替え、考えを巡らしながら足早に歩き出す。
後ろから彼がついてくる気配がしたが、もう何も言わない。
邪魔をしないくらいには空気を読めるだろうし、実力もある。こっちはこっちで勝手にやらせてもらおう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕まだ自己紹介してませんって!」
「知ってるからいらないわ」
足は止めず、そのまま歩き続けながら返事をする。
自分が相手を知らなかったから相手も自分を知らないとでも思っているのだろうか?
だとすれば、彼は自分に対してあまりにも無知である。
自分の、悪名高さに。
「いやいや! そういうわけにはいきませんって!」
わざわざ目の前に回り込んで来たのでさすがに足を止めてやる。
「名乗られたら、名乗り返す。それが礼儀でしょう?」
「…………」
礼儀。
礼儀ねぇ。
なんとなく、釈然としないものを感じながらも確かにそうではあるので何とも言えなくなる。
それを自分の発言待ちと受け取ったのか、姿勢を正し、目線を合わせ。
「僕はレイヴェル。レイヴェル・オルランドです」
彼はやはり、笑って言ったのだった。