――景色が飛ぶように流れてゆく。
窓枠に肘をつき、ボンヤリと外を眺めるさなか、目に映る状況を形容するならと頭に浮かんだ表現だった。
我ながら実に陳腐だと呆れるが、そもそも頭が良い訳でも、ましてや詩人でもないのだからどうでもいいかと思考停止。
ガタンゴトンと一定のリズムが刻まれる。
当然中に収まる自分も揺れる。
それがほんの少し、気に入らない。
座席に落ち着く今はともかく。この場に立って歩いても、何も変わらず真っ直ぐいられるだろうか。
戦闘行為に入るなら、どこまでブレてしまうのだろうかと。
少なからず影響を受ける実力なので、その都度己の未熟さを自覚させられるからだった。
強さへの渇望。
なんて恰好つけて言ってみるけれど。
無駄に大層な言い方には、いつも首をかしげてしまう。
バカだから――いやバカというかまあ、たぶん賢くないからだろう。どうもピンとこない。
強くなりたいと心から望むのは、別にさりとて持ち上げる程の事ではないのでは? と考える。
むしろそれは、この世に生まれ出た時から備わっている本能の付属品じゃないか? とも考える。
だからこそ、日々誰しも差はあれど、何かが変わって行くのだろう。
弱ければ、降りかかる火の粉は払えない。
弱ければ、欲しい物は何一つ手に入らない。
運良く生きて行こうとも、その時抗えなければ全てを失う。奪われる。
生きたいのなら、強く在れ。成長しろ。
さもなくば、死ね。
理解に容易い、シンプルな理論。
この世に生きる全てに課せられた原初のルール。
物心つかぬ頃から幾度も目にしたその構図は、自身の根底にも強烈に刻まれている。
故にその思いを志したところで、それは本当に心から望んだ事なのか?
その感情は、本当に自分の物なのだろうかと、疑問を感じる事を止められない。
ただ生きる事という事は、強くなる事と同意義だとさえ言っていいと思っているのだから――って。
はて、これは一体何の話だっただろう?
ふとこの思考にさえ疑問を感じた僕は
――ああ、ようするにどんな状況でも正中線を全くブレず揺らさずいるなんて、どうすればいいんだと言う話なのだった。無理だよあんなの。
意識がハッキリした所でチラリと隣へ視線を動かす。通路を挟んで向こう側。座席はすべて向かい合わせのボックス席。
頭を振ってる最中、目に入ったのはカードゲームをする姿。ああと、さっき教えてもらったのだがトランプじゃなくて、『ブレード』とか言うモノらしい。なんだかどこかで聞いたような気がする。うん、忘れた。
勝敗に沸く四人を見ながらまたもやボンヤリ。頭に霧がうっすらと。
ジッとしているのは性に合わないなあ、とあくびを一つ。
――そもそもなんでこんな事になったんだっけ?
◇
時間を戻して少し進めた4月21日。
自由行動日から三日後の事である。
「――それじゃあ予告通り、《実技テスト》を始めましょう」
その間は何があったんだと言われると、特に何もなかったので割愛する。
僕はいつも通り朝起きて、いつも通り授業を受けて、いつも通りなんやかんやした後に帰宅した。
このなんやかんやはその通り、なんやかんやである。
街や学院をブラついてみたり、クラスメイトと交流を深めてみたりとその程度の特筆する物のない日常。
どこかの国が侵略してきたとか。
人智を超えたありえないモノが突然出現したとか。
すべての導力機器が使えなくなったとかそんな事はまったくない。
朝日が昇ったから、昨日と同じような事をする。
いつもと同じ、何も大事なんてない――どこかの誰かが言っていた、俗に言う、変わりばえのないただの日常というヤツだった。
かくして三日後。
事前に言われていた通り。サラさんが確認するよう再度発言したように。
これから記念すべき第一回目の実技テストを開始する。
青く澄み渡り、抜けるような空の下。
僕達Ⅶ組はグラウンドに立っていた。
それぞれ自身の得物を携えて。
「前もって言っておくけど、このテストは単純な戦闘力を測るモノじゃないわ。『状況に応じた適切な行動』を取れるかを見るためのモノよ。
その意味で、何の工夫もしなかったら短時間で相手を倒せたとしても評点は辛くなるでしょうね」
「フン……面白い」
「……単純な力押しじゃ評価に結び付かないわけね」
「えええ!? じゃあ『開幕ハーケン余裕でした☆』作戦はだめってことですかサラさん!」
「ダメに決まってんでしょうが。その『まあとりあえず戦技ぶっ放しときゃいいや』な思考やめなさいっての、相手が誰だかわかんないのに。それ一番手加減難しいんじゃないの?」
……あれ、そうなると僕、ちょっとヤバくないか?
単純な戦闘ではそうそう遅れを取るつもりはないから、余裕ぶっこいていたワケなのだが。
頭を使って戦えと言われると――ちょっと自信が無くなるかもしれない。
ていうか工夫、つまり頭を使った戦いってどんなだろう。物理的に頭を使えと言うならいくらでも使ってやるけど、力押しは意味がないなんて。
ああ、速攻で、一撃で相手を沈めて最高評価を狙って行こうと思ってたのに――どうしよう?
「それではこれより、4月の《実技テスト》を開始する。リィン、エリオット、ガイウス。まずは前に出なさい」
頭を抱える僕をよそに、テストは進む。
名前を呼ばれたお馴染みの三人が表情を引き締め前へ出ると、ひとまず準備時間が与えられた。
三人は各々武器を構えたり、ARCUSの状態を確認したりとざっと装備をチェックするだけで終わる。先に通達されていたのだから、この場で行う事などたかが知れている。頃合いを見計らってサラさんが声をかけると、三人は問題無しと言わんばかりに力強く頷いた。
「――それじゃあ、とっとと呼ぶとしますか」
しかし三人が呼ばれたと言う事は、Ⅶ組同士で戦う内容ではないのだろうか。まさかバトルロイヤル方式なワケではあるまいし。いや、いかに漁夫の利を得るのかというのであれば、確かに頭を使うんだろうけれど。
訝しみながら様子を見ていると――なぜかサラさんはパチンと指をならした。いきなり何カッコつけてんだこの人。カッコイイとでも思ってるのだろうか。
さすが教官殿。僕にはあなたの偉大な考えが及びもつきません。なんて内心で褒めちぎっていると――なんか出て来た。
「これは……!?」
「ま、魔獣!?」
「いや……命の息吹を感じない!」
「ええ、そいつは作り物の”動くカカシ”みたいなもんよ」
驚く僕ら。戸惑う三人。
リィンさん達の前に、突如その場の空間から現れたのはよくわからない――人形?
その場の空間からとか言ってる時点で相当に意味がわからないのだが、本当に、唐突に現れたのだ。
ざっくり言えばソレはT字そのままの形をしていて、人形とは言ってみたものの、頭はもとより明確な手足すらなく、少しだけ地面から宙に浮遊しゆらゆらと体を揺らしていた。これを”人形”と呼ぶには少し雑が過ぎるかもしれないがまあいいや。
「そこそこ強めに設定してるけど、決して勝てない相手じゃないわ」
機械的な見た目とサラさんの設定と言う言葉から、やはり機械なのかと思うがこんなもの、見た事ないな。どこから持ってきたのやら。と僕は首をかしげるばかりであった。
「たとえば――ARCUSの戦術リンクを活用すればね」
「あ……!」
「それが狙いですか……!」
サラさんがわざとらしく言った一言に、リィンさん達は頭にピンと来たようだった。
そうか。ただ力押しではなく、工夫しなければ高い評価は得られないとはそういうことだったのか!
元々このクラスはARCUSのテスターとして集められたようなモノなのだから、キモと言える戦術リンクを使いこなすほど評価が高いのは当然の帰結じゃあないか!
そんな具合に僕もリィンさん達と同じく頭に理解が及んだのだった。
ただし。
ピンとではなく、ガガーンとだが。
「……ヤバい」
本格的にヤバい。
冷や汗はかいていないと思うが、頭は本当に抱えた。隣に立つフィーが不思議そうな顔をしている。
戦術リンクを繋げないという事はないが――僕の状態はしっかり繋がっているとも言い難い。あの状態でリンクを使った連携を行うのは至難の技。いや至難って言うか無理じゃないだろうか?
リンクを使わず動きを合わせたところで何の意味もないし……。
ていうかこの試験内容だと、組み合わせによっちゃあ僕以外も厳しい物になると思う。
いや、下手すれば僕以上に――
「…………」
「…………」
僕でさえ考え付くのだ。合点がいったのだろう。
やはりと言うべきか、ユーシスさんとマキアスさんは顔色がどことなく悪かった。
さすがに見たまま悪いワケじゃなく、そう見えなくもない程度だけど、今はその仏頂面が笑えてくる。笑えないけど。僕はそれでも笑うけど。
サラさんの人となりは短い期間ではあるが、よーく理解しているのだ。
笑顔で爆弾ブッ込んでくるのだから、気が気でないのだろうと思われる。
僕と彼らで組んだらすごいだろうなあ。ほんと、実に最高の連携を発揮できるだろうね、あはは。
はあ。
溜息を吐いて、さっきから無遠慮にこちらの顔を覗き見る不届き者を手で払って追い払う。
「ああ、あと。金属だからよっぽどじゃないと切ったりとかはできないと思うけど、ダメージはちゃんと通るわ。一定の値を超えたら稼動を停止するからそのつもりで。動かなくなったからって追撃しないように」
言外に壊すなよと言う意味も含まれているのだろうと察する。
リィンさん、エリオットさん、ガイウスさんはもちろん元気良く返事した。本当にわかってるのだろうか。
「それと」
サラさんは言う。
「――いくらアタシでも鬼じゃないし、一回目からそこまで容赦無しにとはいかないわ。教え始めてまだほんの少しで、全員が戦術リンクをうまく使えるワケじゃないのもわかってるしね。
だからあまり深刻にならず気を楽に、落ち着いて――リラックスしてやりなさい」
それはどうやら、今から戦う三人だけでなく――僕達全員に向けられた言葉のようだった。
……最悪の組み合わせだけは回避できるのかもしれない。
まあ、僕からすれば、どうあっても九割はよろしくない組み合わせなんだけれども。
◇
「……よし」
「な、なんとか勝てたぁ……」
「うんうん。悪くはないわね~♪」
先陣を切ったリィンさん達の結果は悪くないどころか、かなり良いモノであったと僕は評しよう。
前衛二人、後衛一人のバランスのいいパーティは、攻撃パターンは単純だが三人を相手にできる強さの人形に対してうまく立ち回れていた。
「戦術リンクも使えたし、旧校舎地下での実戦が効いてるんじゃないの?」
「はは……そうかもしれません」
いや、間違いなくそうだと思う。
確かに勝てなくはないが三対一で拮抗するレベルから考えるに、通常であれば苦戦をしいられたはずだ。
それがあそこまで危なげなく戦えたのは、やはり戦術リンクを活用できたことに他ならない。ていうかそれ以外思いつかない。
誰かが誰かに合わせるという感じではなく、例えるなら空いた隙間に水が流れ込むとでも言うような自然な攻撃が、うまく噛み合った動きが何度か見られた。
これが本当に知り合って間もない人達の連携だと思うと、へえと感嘆の呟きの一つや二つは漏らしてしまう。
攻撃に限らず終始この動きができるとしたら、上位の猟兵相手でも十分に渡り合えるのではなかろうか。まあ、そこまで行くにはあくまで個人の底上げも必要となるだろうけれど。
……一介の学生風情が戦闘屋に勝る可能性を秘めた代物かあ。
僕は何気に、戦場の革命期に立っているのかもしれなかった。
「――それじゃあ次! ラウラ、エマ、ユーシス。前に出なさい!」
角の立たない組み合わせ。
傍から見れば変わらぬ仏頂面でも、僕から見れば二人ともほっとしたような表情にしか見えない。
予想通り、最悪だけは避けられた。サラさんもたまには気を利かせてくれるじゃないか。あの二人と組まされる人がとばっちりを受ける可能性も考慮した上での采配だろう。あえてそれに突っ込むかと思ったけど本当に鬼じゃなかった。優しかった。いつもその調子でいてほしい。
ふむ。
となると、残るは四名。
僕、フィー、アリサさん、マキアスさんで挑む事になるのだろうか。
他の二組と違って一人増えて、バランスも悪くないワケで。そしてそして僕とフィーがいるのだから難易度はかなり下がる。
…………。
うん、まあ、最悪ではないよ? 最悪ではないけれど――
「僕への配慮はないのかなあ……」
リィンさん達と比べると、そこまで戦術リンクを発動させられているとは言えないけれど、一つ抜けた強さを持つラウラさんがいる事もあって善戦、とまでは行かないが苦戦しているワケでもない戦いぶりを眺めながら僕は一人ごちる。
僕にとって状況はあまり変わっていないのであった。
で。
見事人形を打ち倒した三人が帰還する。リンクを使った連携は先の三人ほどではないが、総評としては悪くないと言わせてもらおう。
ユーシスさんが鮮やかに捌き、ラウラさんが豪快に叩き、とどめにエマさんのアーツが撃ち込まれる。
戦いの流れを簡単に説明するならこんな感じだろう。
文武両道は帝国の気風との通り、貴族である前衛二人は当然それなりに場数を踏んでいるらしく、戦闘に不慣れなエマさんをうまく補助した形であった。
しかし、その限りでは無いにせよ、本来なら後衛が前衛の助けにならねばならない。まあこれはエマさんだけでなく、先程のエリオットさんにも言える事なのだが。もっと戦闘の勘が磨かれていれば、誘導されずとも援護するタイミングは見逃さず嗅ぎ取れたはずである。
実戦経験が圧倒的に足りていないなあ。
……と言っても、そういう所もカバーできるようになるのが戦術リンクというヤツなんだろうけど――
「ふう……。フィー」
「なに?」
「僕、この試験が終わったら結婚するんだ……。だからここは任せて先に行け。なあに、少し様子を見て来るだけさ。すぐに追いつく」
「自分から死にに行くのか……」
今の心境である。
他人のことをとやかく言っている場合ではなかった。
「よくわかんないけど、さっきから様子がヘン」
「どうしてわからないんだよ」
「普段からヘンだとね」
「普段からってさあ……」
「レイって常人には理解できない存在だから」
「ねえ、僕って周りから変人扱いでもされてるの?」
どっちかって言うと奇人かも。とフィーは言う。
何のフォローにもなっていない。
「――それじゃあ次!」
ああ結局どうしようかいい考えが浮かばなかった。やっぱりリンクによる連携が一度も成功しなかったら評価は最低かなあ。ほかの三人は問題ないだろうし僕が最下位か。一人ならともかく二人分だなんて。三人構成なら――いやそれでも変わらないか。せめてフィーがいるといったって余分なモノが混じれば何の意味もない。くそ、キミとだけなら何も問題なんてないのに……。
「アリサ、マキアス、それと――リィン!」
え。
「は、はい!」
「悪いけどもう一戦付き合ってやって。評価自体はこれ以上変わる事はないけど――まあ十分な成果だったし、いいでしょ?」
「え、いやでも……」
「なによ、もうへばったっての? だらしないわねえ。じゃあほかの二人に――」
「ちょ、ちょっとサラ教官!」
「どうしたのよアリサ。そんなにいきり立っちゃって」
「おおおおかしいでしょう! 何で彼がまた私達と組むんですか! ねえマキアス!」
「君は少し動揺し過ぎな気もするが……。でも確かに、レイヴェルとフィーがいるのだからリィンが入る必要は無いと思いますが」
「なによ。だからさっき言ったじゃない。ていうかマキアスは思い当たりなさいよ」
――サ。
「いくら私でも、一回目から容赦無しに行くほど鬼じゃないのよ」
サラさぁああああん!!
◇
えーと、ややあって一悶着(主にアリサさんからの抗議)ありながらも、イイ感じで仕上げて来たリィンさんを加えて始まった試験は彼と彼女の不和(一方的にアリサさん。既にあって無いような物)故にその場にいた人達はユーシスさん、マキアスさんコンビ程ではないにせよ、胸に一抹の不安がよぎったが(たぶん)、いざ始まってみるとそんな素振りは一切見せず戦闘に集中し、僕的には前衛一人の後衛二人とその辺りもどうなんだと思っていたが、戦術リンクのコツをつかみ始めたリィンさんが敵を引き付け二人に指示し、援護射撃で態勢の崩れる人形の隙を突きまくって倒しました! 終わった後にハイタッチを交わし合った三人でしたが、アリサさんがリィンさんと手を打ち鳴らしてからハッと我に返ってたのが微笑ましかったです! 以上、解説終わり!
「よーっし! 準備は終わったかい、フィー!」
「問題無い。レイのテンション以外は」
「それだけ絶望が深かったと思うがいい。僕がペーパーで点を取れるワケがないからね。実地で全部カバーしていくつもりだったんだよ」
「ああ、そういえばレイの
「切れかけの導力灯……」
言い得て妙である。
「ま。頭悪いけどそこそこ強いし、レイはその方向で頑張ったらいいよ」
「まるで自分には関係ないような上から目線だけど、頭の良し悪しで言えばキミも大差ないよね?」
僕とフィーは、というか僕は、例に漏れず与えられた僅かな準備時間で適当に軽いストレッチをしていた。
武器を出すくらいしか特にやることはないのでフィーが双銃剣の弾薬をチェックしている間、とりあえず身体をほぐすべくおこなってはみたものの、正直あんまり必要なかった気がする。
「あの……サラ教官。本当にフィーちゃんとレイヴェル君だけで大丈夫なんでしょうか? 私達が三人組でやっと倒せた相手に二人だけで戦うなんて……」
「んー、言いたいことはわかるけど、現時点じゃあこうするしかないのよねえ」
「でも……」
「――大丈夫よ。エマのその心配は、きっと杞憂に終わると思うわ」
さてじゃあそろそろ、と僕はケースを地に置き、フックを外して蓋を開けるとその中身を取り出した。
赤を基調とした二振りの大斧――僕の主武装、双戦斧。
手に持ち何度か振ってみる。
薙いで、払って、振り下ろす。
ふむ――問題無し。最高だ。
昨日も今日も明日さえ。武器を握れば、それはいつだってベストコンディションだ。
構えを取って、臨戦態勢へ。
右肩と左腕に感じるズッシリとした重さは既に馴染みきり、自身の肉体の一部として捉えられている。
――準備は整った。
フィーに目配せして意思を確認すると、僕らを放っておいて何事か話しているサラさんに、始めてもらうよう声をかけた。
「じゃあもう一度言っておくけど、動かなくなったからって追撃したりしないようにね」
「わかってる。サラくどい」
「心配性だなあサラさんは。一回言えばわかりますって」
「……くれぐれも、壊さないように」
「なんで僕にだけ言うんですか?」
わざわざ傍によって来てまでの念押しである。
本気じゃなかっただろうけど、ラウラさんの一撃を受けても無事であったのだから大丈夫だろうに。
「いざとなればほら、峰打ちとかするんで安心してください」
「それのどこに峰があんのよ」
「正確には峰って言うか腹? それなら手加減がやや不得手であってもそうそう壊れやしないでしょう? 人間でもね。まさにナイスアイディア」
「……それでも鈍器として優秀過ぎるけどね……まあいいわ」
一応は納得してくれたのか元の場所へと戻ると、
「それじゃあ――まずは戦術リンクを繋ぎなさい」
と言った。
……そういえば繋いでなかったな。
「フィー」
「レイ」
なんて思いつつ彼女の名を呼ぶと、同じタイミングで向こうからも呼ばれた。その事に僕は少し笑みを零しながら、
「じゃ」
「
――目を閉じ、自身の戦術オーブメント――ARCUSとの繋がりを確認し。
――すぐ傍にいる、フィーのARCUSを感じ取り。
――彼女と線で繋がるように、意識を飛ばし。
――ARCUSを介して僕に入り込もうとする
――互いが互いを内包し、深く存在を認識し合い――
キン、と何かが繋がった。
「……共鳴、同期させる」
「ん、うまくいった」
瞼を持ち上げてみると足元にはいつの間にか光陣が表れ、そこから伸びる線は、フィーの足元に展開された同じ様な陣と繋がっていた。
自身を他人のARCUSと共鳴させることによって意識を繋ぐシステム――戦術リンク。
しかし共鳴と言ってもだ。そこは自分のではなく他人のARCUSであるためなのか、いまいちしっかり彼女との
「では、今度こそ――」
サラさんが手を上げる。
それにしても今だ慣れず、不思議な気分だ。かねてより対立してきた西風が、幾度も刃を交えた
ああ、もっとも、それ以上に不思議なのは――
「始め――!」
力をぶつけ合っていたあの頃よりも、今の状況にどこか心躍らせる自分がいるということだった――
◇
号令と共に大地を蹴ると、人形の懐へ一息の間に距離をつめる。
「しっ――!」
右と左。二振りの銃剣による一撃。
反応すら許さぬ高速のコンビネーションは、流れるように叩き込まれ――甲高い金属音と火花が散った。
ダメージは通っているものの、相手は冷たく硬い機械の体であるため、やすやす斬るという形では表れない。
一拍置いて、ようやく反応したガラクタが胴に当たる部分を大きく振りかぶり、攻撃直後の硬直した身体を狙い打つ――!
「甘いよ……!」
それを少し身体を捻るだけで軽くかわし、同時に頭部へ銃身を添えてのゼロ距離射撃によるカウンター。
二度のマズルフラッシュ。
攻防一体の最適化された体捌き。
――ああ、本当に甘い。
その程度のスピードで捉えられるのならば、僕は何度彼女を殺したことだろうか。
「っとと。見惚れてる場合じゃないよね」
早々に飛び出し、こちらに背を向け交戦を続けるフィーへと遅れて走り出す。
距離としては数秒もかからない。
その間にもフィーは人形にへばりつき、休みなく双銃剣を振るう。
防御姿勢を一切取らず、相手の攻撃は紙一重でやりすごし、合わせて迎撃。その繰り返し。
単純に手数は二倍でずっとフィーのターン。持ち前の敏捷性を活かした戦闘スタイルは相も変わらずいやらしい。
彼女もまた最強の一角から教えを受け、戦場で血と汗を使いガリガリと研磨され積み上げてきた技術は、格下相手に髪一本触れる事すら許さない。哀れ人形はサンドバッグとなっている。いやサラさんは動くカカシと言っていたので、この場合は動かないカカシか。
あれ、それって普通じゃん。
「フィー」
腰を捻り、双戦斧を水平に振りかぶる。
駆ける両足は一切緩めず、その背に向かって一応声をかけてやると、僕はもうそれ以上かまわずそのまま突進し、
「――――、!」
――キン、と意識のラインが浮上する。
直前。フィーは跳び上がると人形の頭を蹴って、そのままクルリと僕の頭を飛び越す見事な後方宙返りで後ろに
「――くずした」
「――ぜりゃあ!」
0.1秒の差でフィーがいた箇所を二刀の戦斧が通過。
彼女によって後ろへよろめいた人形をさらに後方へと吹き飛ばす。
――不思議な質感。
わかっていたことだが相当に硬い。しかしこれは何だ?
金属の種類なんて鉄くらいしか知らないが――今までにない感触。
いや硬いのは硬いのだが……んー、なんだろう?
どうやら見た事もない人形には、よくわからない材質が使われているようだ。
斬れなくもないだろうが、斬ってはいけないので打撃の方が効率はいいかもしれない。
「――ハ」
思わず失笑。
離れていく人形に追いすがり、肉薄する。
効率。
効率だってさ。
我ながら、随分
「おっと!」
さらなる追撃をしかけようとすると、人形はその場に踏ん張り(浮いてるけど)急制止。
近づく僕に向かってお返しとばかりにばら撒くソレを、こちらも急制止。から後ろに跳び退きやりすごす。
地面に着弾。爆発。
魔導杖から放たれる攻撃のように、七属性のいずれにも指向性を持たされなかった無色のエネルギーで構成されたボム。
もちろん殺傷性は皆無に等しい調整だが、うまく当てれば気絶する程度の衝撃はある。
「んん?」
それを僕の目の前に展開する事によって一時的に煙幕とし、視界を遮った瞬間を狙って突っ込んでくる。
ああ、なるほど。当たったら当たったで良し。当たらなくとも次の手に繋がるよう考えられた攻撃だったワケか。
なるほどなるほど、そういう作戦か。
「だからさあ――」
立ち昇る
短い右腕を振りかぶり、人形は課せられた己の責務を果たす為に飛び掛かる。
「甘いんだってば――!」
左手を柄の中腹まで滑らせ短く持って、迫りくる金属の塊を強引に外へとはじき返す事で採点。もちろん赤点。力比べは当然、此方の勝利。
無理やりこじ開けた身体に、右の戦斧の柄を打ち据えひるませ、左で薙ごうとし――
「排除する」
「……!!」
ゾワリと体中の毛が一気に逆立つと同時に意識が流れ込み、そこから横っ飛びに、とにかく逃れる事に注力する。
連続する発砲音。飛び出していく数多の銃弾。悪寒と共に見えたのは、射程を僕ごと入れての一斉掃射。
人形は貫かれることはないが、数の暴力で身動きは取れないようだ。
遠慮なんてモノは欠片もない。連携というにはあまりに配慮がない身勝手な行動。なに? 蜂の巣をもって報復ってワケ?
だけどまあそれはお互い様なので、文句が口をついても特に怒りなんてのは起こらない。
もし当たれば謝ればいいんじゃない? もし死んだらその程度だったってことじゃない? が僕の認識である。
と言っても、今はそんな心配どうでもいいし、
「チャンス――レイ、ついてこれる?」
そんなことはするだけ無駄なのだけれど。
「――あははっ」
ARCUSは唸りを上げて、リンクは繋がる。
そうさ。だって僕らは誰よりも互いの強さを知っている――
「誰に向かって言ってるのさ、フィー!」
互いの強さを誰よりも、信頼しているのだから――!
◇
「――って、あれ?」
「ん、
「なんだ、もう終わりなのかい?」
僕とフィーの同時攻撃によるラッシュがとどめとなったようで、途端、糸が切れたように動かなくなって足元に転がるガラクタ。
蹴りを何度か入れてみるが、うんともすんとも言わない。
つまらないなあ、小物だから仕方ないけど。
「んー、じゃあ物足りないけど戻ろうか。サラさーん。終わりまし……って」
こちらを見つめる目、目、目。
「なんですか皆さん。やだなあ、そういう顔を向けるのは僕の性別がわかった時だけで勘弁してくださいよ」
「……ん、ああ。すまない」
「……ほ、本当になんなのよあなた達は」
「ふむ……見事な連携だった」
視線は僕だけじゃなく、フィーにも注がれて分散しているため少しはマシだがまあ当然、気分が良いワケでも、ましてや心地良いワケでもないのである。
「本当に? 喜んでない?」
「おい、キミが僕に対してどういう印象を抱いているのか聞こうじゃないか」
付き合いがそれなりなだけにお互いわかった気でいると思う。それはよくない。
ここらで相互理解(物理)を深めよう。
「はいはい、予想通りの結果だったし、いつまでもじゃれあってないでさっさと戻る」
「むむむ……」
「ふわぁ……」
「それとアンタ達。なんでか戦術リンクは発動してたけど、もっと相手に気を使いなさい。二人とも、構わず相手の隙を突いて攻撃してたら結果的に連携してたって感じよアレは」
「「だって、フィー(レイ)ならあれくらいどうってことないですもん(から)」」
「……それも一種の信頼関係ってヤツなのかしらね」
サラさんはこめかみを抑えながら、しっしと手を払って戻るように促した。
なんか他の人達と違って応対が雑だなあと思いながら肩をすくめ、皆の所へ戻って整列。
「――しかし、サラ教官。先程の傀儡めいた物はいったい何だったのだ?」
そしてラウラさんがおもむろにそう切り出した。
ふむん? どうやら気になっていたのは僕だけじゃなかったようで、見た事がないのもやっぱり僕だけじゃなく、Ⅶ組全員に言えるようである。
なんでもとある筋から押し付けられ、あんまり使いたくないけど色々設定できて便利だし、ちゃんとテストの役に立ったから結果オーライとのこと。普通にはぐらかされた。あとそれでいいのかテキトーすぎる。
個人的に、とある筋という言葉には怪しさしか感じないので信用ならない。爆弾とか内臓されてないよねソレ?
「――さて、《実技テスト》はここまでよ。先日話した通り、ここからはかなり重要な伝達事項があるわ。
君達、《Ⅶ組》ならではの特別なカリキュラムに関するね」
あ、やっとか。
「ふふ、さすがに皆、気になってたみたいね」
神妙な面持ちのクラスメイト(一人除く)。
そりゃまあそうだろう。Ⅶ組専用の《ARCUS》と並ぶ、もう一つのお楽しみなのだから。
かくいう僕も、テストがコレなのだから、どんな訓練なのかちょっと気になってきた。
「君達に課せられたカリキュラム――――それはズバリ、《特別実習》よ!」
…………。
???
もちろん疑問符を浮かべたのは僕だけじゃないよ?
「と、《特別実習》……ですか?」
「……な、なんだか嫌な予感しかしないんだが……」
「サラさん。もったいぶらず、伝達事項はわかりやすくまとめるべきです。できれば三行以内に」
「指定場所。期間。課題」
「わかりません!」
「じゃあ最初からおとなしく聞いてなさい!」
はい。
「君達にはA班、B班に分かれて指定した実習先に行ってもらうわ。そこで期間中、用意された課題をやってもらう事になる。まさに
……スペシャルかどうかはわからないけど、なんだろう。サバイバル訓練でもするの?
五日くらい森とか山に籠るのだろうか。
僕は大歓迎だが、学院に入ったばかりでいきなり他の場所?
「……その口ぶりだと、教官が付いて来るというワケでもなさそうですね?」
「ええ、アタシが付いて行ったら修行にはならないでしょ? 獅子は我が子を千尋の谷にってね」
……いやまあ、その理屈は嫌いじゃないけど。
ウチでさえそういうのはある程度訓練してからだったよ?
いきなり教官付かずのサバイバル訓練とかびっくりするよ。下手したら死ぬよ?
――でまあ、結局どこに行くのかって話に行き着くワケで、一部ずつ配られたプリントには、班の組み合わせと、実習地が記されていたのだが――
「え――」
「えええっ……!?」
「ほう……興味深い班分けだ」
「ケルディックとパルム……どちらも帝国の街なのか?」
「う、うん。ケルディックは東にある交易が盛んな場所だけど」
「パルムは帝国南部にある紡績で有名な場所ですね……」
「あそこか……めんどくさいな」
「……あれ? サバイバル訓練じゃないの?」
って。今、注目する場所はそこじゃあなくて――!
「ば……場所はともかくB班の顔ぶれは……!?」
「……ありえんな」
【4月特別実習】
A班:リィン、アリサ、ラウラ、エリオット、レイヴェル
(実習地:交易地ケルディック)
B班:エマ、マキアス、ユーシス、フィー、ガイウス
(実習地:紡績街パルム)
…………誰だっけ? 鬼じゃないとか言ってたの。
◇
「ふわぁぁ~~……」
回想終了。
24日のほぼ乗客がいない車両の中へと帰ってくる。
実習地まで鉄道を使っての移動であるため、普通なら学院に誰も登校していないであろう時間からの出発である。僕らはまだ近場だからいいが、B班のパルムは今から出ても到着するのは夕方らしい。
ついてからが大変だろうが、つくまでも大変だろうなあ、と別れたフィーを哀れに思う。駅の時点でうっとおしいと言っていた彼女がブチ切れて喧嘩両成敗とかしてたら面白いな。ないだろうけど。
「ぁふ……」
問題が起こるのはわかりきっているのだから、ほんと先に向こうへ同行してあげてよ……。
またしてもあくびをしつつ、向かいの座席に視線を移す。
「スーッ……スーッ……」
そこで寝息を立てるは我らⅦ組の担任教官。
ついてこないと言っていたが、最初くらいは補足説明が必要と思いついてきたらしい。
B班はめんどくさいので、どうしようもないくらい険悪になるまでフォローに行かないらしい。じゃあ最初からこんな組み合わせすんな。厳しすぎるわ。
状況整理もこれにて終了。
それでも眠気はとにかくおさまらず。
退屈が僕をゆっくり腐らしてゆく。
ああ、確かケルディックまでは一時間ほどだったか。そんなに長いこと何もなくジッとしているだなんて、本当に久しぶりかもしれない。
僕もサラさんを見習って、睡眠でも取ってた方が良いかもしれないが――
「なあ、レイヴェル」
「……はい?」
「詰めたらもう一人は座れるんだぞ? こっちに来ればいいじゃないか」
向こうから声をかけられ意識が引き戻される。
「いえいえリィンさん。さっきも言いましたが僕はコレがありますし、ブレードにも特に興味ないんでお気になさらず」
ポンポンと、座席に立て掛けたケースをたたいて言う。
「ならば上の荷物置き場にあげればよいではないか。私の剣も載せられたし、支障は無いと思うぞ?」
「あー……ラウラさんの言う事はもっともなんですけど……」
あまり手から離すような事はしたくない。
常日頃から肌身離さず、いつでもすぐさま取れるようにはしておきたいのだ。何時、何があるのかわからないのだから。
「まあ大事な物なんで、いつも傍で肌で感じていたい……みたいな?」
「なるほど。己の命を預ける相棒は常に自身と共にあり、心を通わせ続けるということか。フッ。そなたの考えは、私も見習うべきかもしれんな」
「は、はあ。そうですか」
冗談混じりに言ったらなぜか株が上がった。
武器と心を通わせるとか果てしなく意味不明だけど。
「それにしてもレイヴェル。なんだか元気ないね? やっぱりフィーがいないから?」
「え、元気ないように見えます? 退屈で眠いからそう見えるだけじゃないですか?」
でもその退屈自体、彼女がいればなかったモノだと思われるので、あながち間違いでもないのかも。
「う~ん、いつもより静かだからそう見えるのかなあ? ねえアリサ?」
「そうね……。フフ、もしかして寂しいのかしら?」
「そういえばアリサさん。リィンさんとの仲直りおめでとうございます」
「べっ、別にそんなに仲が悪かったワケじゃ……って何で急に蒸し返すのよ!」
「いやあ、めでたいことは何度も祝福すべきかと思いまして」
今朝方ようやく素直になれたらしい。
なので、ニヤニヤとからかおうとする魂胆が見え見えな笑みを消すために使わせてもらう。
「フ、フン。はぐらかすってことはやっぱり寂しいんじゃない。仲の良い友達がいないからしょんぼりしてるだなんて、可愛いとこあるのねえレイヴェル?」
「……仲の良い、友達? ん、あれ? そんなのいましたっけ?」
「……? あなたにとってフィー以外誰がいるのよ?」
「…………は」
友達。友達?
フィーが、僕の友達……?
「――あははははッ!」
「な、なによ。そんな笑うこと言った覚えはないんですけど?」
「い、いやすいません。クククッ、ちょっと予想外っていうか。今まで頭になかったと言いますか。ああそっかあ、なるほどなるほど、あはははは――でもねアリサさん。それ、勘違いも甚だしいですよ?」
「勘違い?」
「だって、僕とフィーは学院に来る前から付き合いはありますけど、別に友達ってワケじゃあないですもん」
だから皆さんそういう顔を向けるのは以下略。
「で、でも君達っていつも一緒にいて仲良しだよね?」
「そうですねえ。四六時中一緒でもないと思いますが、割と親しい自負はありますよ」
「もしかしてそなたらは友人ではなく、親友だと言いたいのか?」
「あはは、そういう意味じゃないです。でも友人とか親友とか、そんなものより強い絆があると僕は思ってます。……フィーがどう思ってるかは知らないけど」
「友人より親友より強い絆? なんだ、それ」
「ま、まさか恋人とか……!?」
「い、いやなんでそうなるんですか。ていうかアリサさん、なんでそんな食い気味なんですか」
目をぎらつかせるアリサさんに若干引きながら否定する。
友人とか親友とか、ましてや恋人などと。
色々あるが、僕らはそんな明るいモノの類に入らない。どちらかというと負の関係に当たるのだろうと思う。
だからと言って実はフィーが嫌いなのかと思われるのは非常に不本意かつ不愉快であるし――それこそまったくもって勘違いも甚だしい。
「ま、僕とフィーのことなんてどうでもいいじゃないですか。そろそろ到着みたいですし、サラさんを起こして降りる準備をしましょうよ」
車内に流れるアナウンスを聞きながら僕は言う。
とりあえず今は口に出さず、胸にしまっておくことにした。