交易地ケルディック。
帝国東部、クロイツェン州にある交易が盛んな町。
帝都、貴族の街である大都市バリアハート、更には帝国に隣接する貿易都市クロスベルを結ぶ中継地点としても知られている。
昔から大穀倉地帯としても有名であり、農作物全般からバリアハート特産の宝石や毛皮、大陸諸国からの輸入品まで一年を通して開かれる大市では様々な物が商われているとのことであり、外国からの商人も多いらしい。
――と、言うのが僕がここに来るまでに聞いた話。
「……これ、どっちかって言うと村じゃないかなあ」
駅を出て町を一望する。
規模もそう大きい物ではないようで、全容は僕でもすぐに把握できるほど見通しが良く、少し行けばすぐに街道へ出てしまいそうである。
立ち並ぶ家屋は全て木造。地面はコンクリートではなく石を敷き詰め整備されている。が、それも最低限で大通りに当たる場所だけのようであり、少し視線を余所へ外せばむき出しの土、そして草、さらに花。あげくの果てに樹木が多く目に入る。とにかく緑が多い。よくよく見れば、駅から町へと降りるこの足元の階段も木造だ。
町中に点在する風車は風を受けて穏やかに羽を回し、人通りは結構多く、件の大市もあることから活気が無いというワケではないが、どこかのんびりとした雰囲気であった。
聞いた話から連想していたイメージとはどうもかけ離れている。
良く言えば牧歌的。
悪く言えば田舎だろうか。
「ちなみに特産品はライ麦を使った地ビールよ。君達は学生だからまだ飲んじゃダメだけどね~」
なんて勝ち誇るサラさんの悔しくも何ともないたわごとを聞き流し、僕達は今夜の宿へと案内されていく――
「……んっ?」
「どうしたのだレイヴェル。急に振り返ったりして。……何もないようだが」
「…………? なんというかねっとりとした、まとわりつくような気持ち悪い視線を感じたような……。例えるならこう、紳士なんだけど実は変態と言う名の紳士、みたいな感じですかね?」
「なんだそれは……。特にそんなものは感じなかったと思うぞ? そなたの勘違いだろう」
「……そうみたいですね。すみません急に立ち止まったりして、早く行きましょう」
サラさんも特に反応を見せていないし、何かしら敵意を感じたワケでもない。ラウラさんの言う通りか……。
最後尾の僕達は小走りで皆の後を追いかけるのだった。
「《
この時背後で建物の陰から現れた人物に気付かなかったのは幸運だったのか不幸だったのか。
後に考えてはみたが、もしもの話ほどくだらないモノはないのですぐに考えるのをやめた。よって結論は出ていない。
◇
サラさんに連れて行かれた宿で引き継ぎ女将に案内された部屋は、広さと内装どちらも学院の実習としても一夜の宿としても、少々上等が過ぎるのではないかと思える一室であった。
ホテルで言うならスイートルームに当たるのかもしれない。
しかしその疑問も男女別ではなく、五人で一部屋というサラさんからのお達しである事に納得する。とにかく広さで選んだようである。
「――アリサ。ここは我慢すべきだろう。そなたも士官学院の生徒。それを忘れているのではないか?
そもそも軍は男女差別なく寝食を共にする世界……ならば部屋を同じくするくらい、いずれ慣れる必要もあろう」
そういうのを事前に通告しないため、まあ当然ながら問題が起こらないはずもないのだが。
愕然とするアリサさんに比べてラウラさんはさすがの貫録というか、男前というか。あっさりと受け入れ彼女を諭したために事なきを得た。
「――あなた達。不埒な真似は許さないわよ?」
「あはは、しないってば」
「……右に同じく」
「そうですよぉ、なぁんにもしませんってぇ~。うぇっへっへっへ……」
「ラウラ。寝る時はこの子だけ簀巻きにして廊下に転がそうと思うんだけど構わないわよね?」
「うん。なんならそのまま野宿させるのもありじゃないか?」
「町中で野宿ってどういうこと!?」
事なきを得たのである。
「まるで大衆小説に出て来るような信じられないほどお腹が出っ張っていて、髪の毛が無くて、脂ぎった中年悪徳貴族を思わせる笑みだったわ……こんなに可愛いのに……」
「見たまま真似ましたからね。まあ冗談なんですからもう流してくださいよ。あと可愛いは余計です」
「え、見た事あるの? というか実在するのそんな人?」
「さすがに貴族ではなかったですけれど――ってエリオットさんまで食い付かないで下さい。ほらほら、そんなことよりさっき渡された中身を見ましょう! はい、リィンさんお願いします!」
「あ、ああ!」
ピッとリィンさんの手にある封筒を指差し、話を無理やり切り替える。
先程この部屋まで案内してもらった女将から渡された、士官学院の紋章付きの封筒。この特別実習について具体的な内容を記した物が入っていると聞いている。
それを確認しないと何も始まらないのだから、まずはそっちを優先すべきじゃないか。まったくみんなしてまったくまったく。
「何枚か入ってるな……」
「何と書かれているのだ?」
皆がリィンさんの周りに集まって覗き込む。
僕も少々違和感というか物足りなさを感じながらも彼らに倣って覗き込んだ。クールな一言が飛んでくる生活は、思ったりより定着しつつあるようだった。
特別実習・一日目。
実習範囲はケルディック周辺、200セルジュ以内とする。
なお、一日ごとにレポートをまとめて、後日担当教官に提出すること。
実習内容は以下の通り。
◦東ケルディック街道の手配魔獣
◦壊れた街道灯の交換
◦薬の材料調達
「……うん?」
僕は首をかしげる。
封筒の中に入っていたのは三つの依頼。特別実習に関わる記述は最低限であり、たったそれだけが説明も無しに入っている。それぞれ件名と依頼者の名前、あとは各依頼その人から軽く説明が記されていた。魔獣の討伐以外、詳細は依頼人まで聞きに来いとのことである。
……これ、入れ忘れとか入れ間違いとかしてないよね?
「…………」
「こ、これが特別実習……?」
「な、なんかお手伝いさんというか、何でも屋というか……」
「一応、魔獣退治なども入っているようだが……」
よくわからなかったのは当然ながら僕だけじゃあないようで、全員が戸惑うばかりである。依頼と言えども実習ならば報酬が出るはずもないし、どう見ても何らかの訓練ではなく、ただの奉仕活動に近いのだから僕も含めてその反応は正しいだろう――
しかしそれは。
「――なるほど。そういう事だったのか」
彼を除いて。だったようだ。
「ど、どうしたの?」
「何か心当たりでもあるの?」
「いや……とりあえずサラ教官に確認してみよう。こういう疑問に答える為に付いて来てくれたみたいだし」
そう言ってリィンさんは背を向けると僕らに先駆けて扉へと歩き出し、部屋から出て行く。
思わず行動が一手遅れてしまう程に、それは自然な動きだった。
「……やっぱり、サラさんから隊長を任されることだけはありますよねえ」
僕はぽつりとそんなことを呟いた。
「隊長?」
「あれ、違うんですか? 班分けの名簿でA班の一番最初に名前があったから、そうだと思ってたんですけど」
「いや、僕もリィンがリーダーだとは思ってたけど……隊長っていうか、班長っていうか……」
ねえ、とエリオットさんは隣のアリサさんに言う。
「ま、まあ。言い方とか名簿の並びとかはともかく、リィンがリーダーだとは私も思ってたわよ。レイヴェルの言う通り、結構頼りになるし……」
「先頭に立って皆を引っ張って行くことに不思議と違和感を感じないのだな。それがリィンの気質なのだろう」
「んー、それもそうですけど、それだけじゃあない気もします」
「と言うと?」
「んんー……ラウラさんの方がわかるような気もしますが」
「私か?」
思ってもみなかったという風にきょとんとするラウラさんが可愛い。
なんだろうね。普段からこう、キッチリしてる人が見せる隙というヤツはグッとくるものがあるよね。まあそれに限らず、普段とは違う一面というのは魅力的に映るらしいからね。そうやってさりげなくアピールするのがモテる技術。つまり戦技らしい。表紙を飾る水着のおねーさんに惹かれて買った雑誌にそんなことが書いてあった。
「まあ僕は勘で物を言ってるだけなので、確実に何かがわかってるワケじゃあないんですけどねー」
とはいえ。
確証が得られないだけで、確信に近いものは感じているのだが。
「む、そうなのか。真面目に考えてしまったではないか」
「あはは、すいません。でも真面目に考えてくれたんだ、嬉しいなあ。フィーなら真面目に考えるどころか聞き流してたかもしれない。うん、僕達ってお互い真面目だし、結構相性いいんじゃないですか? ねえ?」
「真面目……」
「真面目……」
「真面目……」
「異口同音で思案しないで下さいよ! 真面目だよ、めちゃくちゃ真面目ですよ!」
それがどういう形であったのか、どういう意味を表すのかはわからない。
だからこそ。
滅多な事は口にするつもりはなかったけれど。
「もう、みんなしてくっちゃべってないで早く追いかけますよ!」
「あ、ごめんごめん。待ってよレイヴェル!」
「ていうか、そもそもあなたから話し始めたんじゃ……」
「真面目だが……そこまで真面目ではない気も……ううむ」
入学式から
リィン・シュバルツァーと言う人物は、上に立つ者としての教育を受けている――もしくはその立場を知っているのだろう――
◇
「んくっ、んくっ、んくっ……ぷっっはああああッ!! この一杯のために生きてるわねえ~!」
「学院に連絡を入れましょう。学院長に連絡入れましょう。職務を放棄して昼前から酒をあおるこのクソ教官を今すぐ解雇しましょう。ていうか誰だよ雇用したクソヤロウは、見る目無さすぎだろふざけんな、無能すぎるわ。ソイツもクビにしやがれクソッタレ。すみませーん! 通信機貸してくださーい!」
「お、抑えて抑えて……あとたぶん最終的な判断は学院長がしたと思うよ?」
「…………失礼。ちょっと驚いてしまいまして。今のは全部僕の本意じゃないですからね? 色々誤解しないで下さいね?」
あ、すみません。通信機もやっぱりいいです。はい、すみませんねわざわざ。はい。
一階に降りてみるとサラさんがカウンター席で一人、色々と満喫してた。ただそれだけの話である。
昼前にも関わらずそこそこに人がたむろする酒場兼食事処で、他の観光者やよそから来た商売人やらと同じ様に料理に舌鼓を打っている。件の地ビールとツマミを楽しんでいる。
ただそれだけの――
「あら君達まだいたの? アタシはここで楽しんでるから遠慮なく出かけちゃっていいわよ?」
「……いや実際どうなんですかこれ? こんなこと言ってますけど、どうなんですかこれ?」
「うう、教官ってこれでいいのかなあ……」
ねえ。とエリオットさんと小声で頷き合うのであった。
で、とりあえずそれは置いといて、本題である特別実習について話を聞くことに。
サラさんが言うにはあの封筒に入っていた依頼は必須のもの以外はやらなくてもいいらしい。全部僕達に一任するから好きにしろとのこと。そうなるといよいよ何がしたいのか。何をすべきなのか目的が見えなくなってくるのだが、リィンさんだけは既に理解が及んでいるようであった。さすが隊長さまさまである。
そして実習期間は二日間。僕達は近場だから明日の夜にはトリスタに戻るらしい。
「それまでの間、自分達がどんな風に過ごすのか……。せいぜい話し合ってみることね」
サラさんはそう言って、また酒をうまそうに口に運ぶ。
話はこれで終わりのようだった。
「――レイヴェル」
「? はい?」
結局、この特別実習の趣旨がわかっているのはリィンさんだけであるので説明してもらう必要があったのだが、そのリィンさんがひとまず外へ出ようと促したので、ぞろぞろと移動する折に呼ばれた。
僕が最後尾だったので、みんなには聞こえず――いや、前を歩いていたエリオットさんは気付いたようだが、手を振って先に行ってもらい、僕は一人残る。
「なんですか? 呼び止めたんだったら呑んでないでさっさと用件を言ってくださいよ」
「あらら、えらくカリカリしてるわね。何かあったの? おねーさんが聞いてあげるから言ってみなさい」
「実は僕の教官にあたる人の頭がちょっとアレで困ってます。学院の教官のくせして昼前から酒とか飲むんですけど、どうしたらいいですか?」
「ふーん、それは大変ねー。あ、ビールとサラミ追加お願いー!」
「本当に聞くだけじゃねえか!」
誰も相談に乗るだなんて言ってないでしょ、とサラさんは言う。
じゃあなんで聞いた。
せめて追加をやめて自重してください。
「はあ……。で、本当になんなんですか? 早く用件を言ってほしいのは変わりませんよ?」
「別にすぐ終わるわよ」
待たせている手前、あまりそういう無駄話をする暇はないのだ。
サラさんは追加で運ばれてきたビールで少し口を湿らし。
「このA班におけるリーダーはリィンだからね」
「? そうですね」
「わかってた?」
「まあ」
「よろしい。じゃ、行きなさい」
「……え、だから?」
「なによ?」
「いやいや、意味わかんないんですけど」
それだけ言ってもはや用は無いとばかりに前を向くと、今度はサラミを食べ始めたので僕は慌てて聞き直す。
「アンタがそう認識してれば済む話よ」
「…………?」
「ん~、まだわからないって顔してるわねー」
むぐむぐと味わうようにしっかりと咀嚼し、ごくりと飲み込んで、ついでにビールも流し込んでからサラさんはまた口を開き、こう言った。
「――リィンの言う事はちゃんと聞くように。ってことよ」
「…………!」
まるで幼子に言い聞かせるように。その時だけは年長者らしさを纏わせて。
ひどく真面目に――そう言った。
その切り替わりの早さに虚を突かれ、少し戸惑う。
なんというか――落差がひどい。
あまりに鋭い緩急。搦め手に、即座についていくことができない。
「これが年の功ってやつか……」
「尻から直接ビール飲ませるわよ」
しかしなぜそれだけのことをわざわざ呼び止めてまで言ったのかは。
その姿勢でまあ――理解したのだった。
「ちゃんと自分でも考えなきゃだめだからねー。頭使うのは自分の分野じゃないとか言って他人任せにしないこと。全員で判断を下すべし! あ、あと学院に入る前の約束もちゃんと守ること。あとそれから……」
「わかったわかった、わかりました! もう、いちいち一つ一つ言われなくともわかってますよ。誰だよあなたは。僕の母親か姉かなんかですか!」
「教官だけど」
そうだった。
◇
「あ、来た来た」
「ようやく出てきたわね」
宿を出ると目の前にいた彼彼女らに出迎えられた。
ふむ。
中に入っても歓迎されて、外に出ても歓迎されるとはなかなか斬新な接客方である。
「面白いのでチップをあげてもいいところですねえ」
「は? チップっていきなりなんの話よ?」
「時にラウラさん。チップって渡したことあります?」
「チップか? ……ないな」
「やっぱりなあ、貴族サマだから当然ですよね、あはは。でも僕もしたことないんですよ。おそろいですね、おそろい!」
「別に貴族は関係ないんじゃ……僕もしたことないし」
「……というか、そろそろ説明していいか?」
リィンさんが片手をあげて訪ねてきた。
どうぞどうぞと先を促し静聴する。
「俺がこの特別実習の内容について気付いたのは、この間、同じ様なことがあったからなんだ」
なんて前置きを挟んでからリィンさんは話し始める。
この間というのは、前回の自由行動日。
みんなはリィンさんが何をしていたのかは知っているようだが、僕は知らない。
正確には学院長から頼まれた旧校舎の調査をしていた。くらいしか知らなかったのだが。どうも彼は、生徒会から回された依頼を消化していたらしい。
ていうかそもそも、その学院長からの依頼も生徒会から回されたものらしかった。
…………。
「あの、すいません。話の腰折っちゃって悪いんですけど質問していいですか?」
「何か気になることでもあったか?」
「リィンさんって生徒会に入ったんですか?」
「入ってないぞ?」
「なんでリィンさんが生徒会の雑用こなしてるんですか?」
「雑用じゃない、依頼だ。単純に大変そうだったから手伝おうと思ってさ」
「例の旧校舎の件も生徒会から回って来たんですよね? ただの手伝いのわりにハード過ぎません?」
「それは元々Ⅶ組への依頼が生徒会を経由して回って来ただけだし……それ以外はどちらかというと簡単な手伝いや手助け程度だったんだ。今回と同じパターンだな」
「…………」
「それに、一通りこなしてみると学院やトリスタの街について色々理解できることが多かった。つまり、教官の思惑はそれだけじゃないだろうけど、この特別実習にはそういう意図も含まれていると思う」
ただの知識だけではわからないことは多い。そういった依頼を通じて見えてくることもあるだろう――たとえば、その土地の実情とか。
帝国はとにかく広い。
巨大だ。
今なお小さな国や都市を呑み込み急速な肥大化を続ける強力な国だ。
トリスタや、ここケルディックは帝国東部に分類されるのだが、その東部だけでも一国家としてやっていけるだけの豊潤で広大な土地がある。
僕がもといた西部、北部、そして南部がそれに併さると考えると、とてもじゃないが理解を深めることなんてとうてい難しいだろう。
そして誰かが見た聞いた。正しいが正しくない薄っぺらな情報を頭に詰め込むばかりだ。
だからこそ――
「短期間で自分達なりに掴む――ということですか」
故に特別実習。
「なるほどな。それは確かに得難い経験になるだろう」
「ああ。俺もそう思ってさ」
故に特化クラス。
「――分かった。乗ってやろうじゃない」
「へへ、ちょっとワクワクしてきたかな」
各人、不透明だったこの実習の意図が目に見え、目的が形を為したことに。
課せられた課題が己の糧となりえることにやる気は起こり、それはそのまま隊の士気の向上に。
それはそのまま任務達成率にも繋がる。
うん、いい兆候だ。
僕達A班は今、志を等しくしていた――
「……まあ、結果的に話の腰を折らずに済んだし、よくわかりました。が、それはともかくリィンさん」
「え?」
「リィンさんって将来メイドでも目指してるんですか?」
「メイド!?」
「あ、間違えました。執事とかそんなの目指してるんですか?」
「絶対わざとだ……。どっちにしろ特に目指してないが」
「ふうーん。そうですか」
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「なんでだと思います?」
渋い顔をするリィンさんに、あははと僕は常の笑みで笑いかけた。