赤い星座出身系主人公モノ   作:シグこれ

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十六話

「それではあなたが実習の依頼を……?」

「うむ、士官学院のヴァンダイク殿とは旧知の仲での。今回、お前さん達の実習向けに適当な頼み事を見繕って欲しいと頼まれたんじゃ」

 

 時刻は夕暮れ。リィン達は現在騒動を収めた礼と称し、大市の元締めであるオットー老人宅にて茶の席へと招かれていた。

 騒ぎがあったのはまだ昼過ぎの事だったが話はそう簡単には片付かず、ようやく場を設けれたのは今の時間、という訳である。

 

「それは……ありがとうございます」

「ご配慮、感謝する」

「いやいやとんでもない。面倒な依頼も一通り片づけてくれたようじゃし、先程の揉め事にしても殴り合いになる前に止めてくれて本当に助かった。お前さん達には感謝しきりじゃな」

 

 頭を下げるエリオットとラウラにオットーはゆるゆると首を振る。

 

「いや……間に合って良かったです。だけど、最終的に止めたのは俺達と言うより、こっちのレイヴェルのおかげかと」

「ふむ……?」

 

 リィンは件の人物へと視線を送る。しかし指し示された当人はといえば、シュガーポットに入った角砂糖を出された紅茶の中へ熱心に移したかと思うと(その数およそ六個)、カップを両手で持って幸せそうな顔で飲み始めていた。

 

「……すみません」

「いいんじゃよ。あんなうまそうに飲まれると招いたワシも嬉しくなってくるわい」

 

 ほっほとオットーは好々爺然とした笑みを浮かべた。

 

「えっと、先程の場所は交替で使うことになったみたいですね」

「うむ。結局どちらの許可証も本物じゃったからの」

 

 確認するように話を戻すアリサに頷く。

 オットーは代案として、元の正面と空きがあった奥のスペースを週ごとに入れ替えて使用することを提案した。だが目立つ正面と目立たぬ奥では売り上げへ影響することが明らかである。揉めに揉めたが、両者が正当な手順を踏んでかち合った時点でどちらか一方を無下にするという選択肢は無い。共に不本意だろうし同情もするが、最後は不承不承ながらもそれで落ち着いた。

 

「しかし御老人。市の許可証というのは本来、領主の名で発行される物。今回のような手違いは些か腑に落ちぬのだが」

 

 ラウラの疑問はもっともである。領内の商いの管理は領主の義務でもあるため、よほどの事が無い限りそのようなミスは無い。ましてやここケルディック――ひいてはクロイツェン州を治めるは大貴族の中の大貴族。四大名門が一角、《アルバレア公爵家》である。ずさんな手続きの処理など考えられなかった。

 

「そうじゃな……。しかし最近、少し面倒なことになってな」

 

 眉間に皺を寄せ重々しく口を開く。

 

「実は先日、大市での売上税が大幅に上がってしまったんじゃ。売上から相当な割合を週に納めなくてはならなくなった分、商人達も必死でな。先程のような喧嘩沙汰もしばしば起こるようになっておる」

 

 戦時中でもないのに急激な税の値上げなど受け入れられるはずもなく、大市を預かる代表者としてオットーは何度も公爵家へと陳情に出かけたが、それらは全て門前払い。状況は変わらず、かれこれ二か月にもなろうとしていた。

 

 そうなると、許可証の手違いについても自ずと推測できることがある。

 

「……まあ、決めつけるのは良くないが。それでも先程の騒ぎにしても、以前なら詰所の兵士達が駆けつけていた。どうやら、増税への陳情を取り消さぬ限り、大市には不干渉を貫くつもりらしい」

 

 詰所の隊長から仄めかされた事も含めてオットーは苦々しく言った。

 

「……帝国を守る正規軍と違い、領邦軍は各地を維持するのが役目。本来ならば仲裁するのが、普通だろうに」

 

 ラウラは奥歯を噛みしめる。相手がただの悪党であればどれほどよかったか。しかし現実は自分と同じ守る側であるはずの人間。

 この件に関してはそれが答え。自ら認めたようなモノだ、決めつけるも何もない。

 ならば此度のような騒動がこれからも繰り返されることになるだろう――オットーが、大市の元締めであるかぎり。

 

 会ってまだ数時間。言葉を交わしたのはさらに短くとも、彼の誠実さは十分に感じ取れた。だからこそリィン達はそう察することも容易かった。

 

 重苦しい沈黙が場に落ちる。

 魔獣が出たのなら倒せばいい。必要な物があるなら取って来よう。だが権力という壁の前では、学生である自分達は何もできないことを悟る。

 いくら憤慨しようとも、それが帝国の法であり、いくら理不尽であろうとも、アルバレア公爵はあくまで法に触れてはいないのだから。

 

 誰もが現状を憂い言葉を無くす様に、オットーは余計な事まで話してしまったと気が付いた。

 これは大市に関わる自分達商人の問題なのだ。客人であり、まだ学生でもある彼等に言うべきことではないだろう。

 暗い雰囲気を切り替えるため努めて明るい声で話を変えようとするが――

 

「はぁ~~。ごちそうさまでした」

 

 明るく能天気な声が、先にその役目を果たすこととなった。

 今まで会話に加わろうとせず、ちびちびと舐めるように紅茶を啜っていたレイヴェルは、空になったカップをカチャリとソーサーに置いた。

 

「ありがとうございますオットーさん。紅茶、とてもおいしかったです」

 

 そしてニコリと笑って礼を言う。

 

「ああ、それはよかった。お気に召したなら何よりだ」

「いやあ、お茶って言うからコーヒーでも出てきたらどうしよう、とか思ってたんで本当によかったですよ」

「フフフ、コーヒーは苦手かな? なんならもう一杯いかがかね?」

「いえいえお構いなく。もう夕飯時ですからね。あんまり飲み過ぎるとお腹ちゃぷちゃぷになってご飯が食べられなくなっちゃいますもん」

 

 あはは、と無邪気に笑うレイヴェル。気負わないごく自然な笑顔に、オットーはほかの者との温度差から内心少し戸惑うが、そこは海千山千の商人。おくびに出すことなく応対した。

 

「……そなたは話を聞いていたのか?」

「? 聞いてましたけど?」

 

 オットーは知らないだろうが普段を知る物からすれば常と変わらず、あんまりにも平然としているレイヴェルを思わずラウラは睨み付けた。

 

「なら、なぜ笑っていられる」

「じゃあ暗い顔をしてればいいんですか?」

 

 しかし、間髪入れずにそう返され言葉に詰まる。だがレイヴェルもラウラの様子から自分の発言の素っ気なさに思い至ったのか、ぽりぽりと頭をかいた。

 

「別に、何も思ってないワケじゃあないです。普通に、大変だなーとか。何かできることがあるなら手伝おうかなーとかそれくらいは。一宿一飯の恩とは言いませんが、紅茶、おいしかったですからね」

 

 気まずげに頭をかいて、ついでに毛先をくるくる指で弄んで、つらつらと弁解するようにレイヴェルは言葉を並べ立てて行く。

 

「笑ってればいいんですよ。いちいち悲観したって何か変わるわけがないし、意味がない。現状を理解したならあとはどうすべきか、それだけの話です。だったら今は、招かれたお茶会を楽しむ方が遥かに有意義だと僕は思いますよ?」

 

 諦め、言いなりになるような人間はここにいない。オットーはもとより、Ⅶ組に自ら参加するようなリィン達もだ。ただでさえ何も力になれることはなく、せいぜい頭を捻ることしかできないのであれば、なおさらである。

 悲しむ。落ち込む。後ろ向きな思考は頭を鈍らせ足を引っ張り、自身の実力を著しく下げてしまう。逆に言えば前だけを向くことで安定し、実力以上の力を発揮できるだろう。

 

「はっはっは。悲観しても意味がないか。いや、まさしくその通り」

「御老人……」

「下を向いてばかりではいい案が出るはずもないだろう。笑顔は商人にとって欠かせない物だという事を忘れていたよ。

 ――君達も気にすることはない。これは我々が解決すべき事なのだから。今はこの子の言う通り、茶を楽しんでほしい」

 

 人によっては若さゆえの向こう見ずだと呆れ返るかもしれない。それでもオットーは言葉から感じられた先を恐れぬ前向きさと溢れるエネルギーに、衰えた身体へ活を入れられた思いだった。

 ラウラは瞼を閉じて押し黙る。やり場のない怒りに侵食されつつあった頭を冷やすと、もう一度瞳にレイヴェルを映し、

 

「レイヴェル」

「はい」

「すまない。今のはただの八つ当たりだった」

「あはは。ラウラさんって、真面目というより堅物ってやつなのかも?」

「そなたが楽観的すぎるのだ」

 

 ラウラは憮然とした様子で紅茶を啜り、対照的にレイヴェルは何が楽しいのかいつもの如くニコニコと笑うのみ。一見すれば反りが合わずに決裂したようだが両者の間に険悪な物は無く、笑みを浮かべるレイヴェルはとにかく、ラウラにしてもおよそ悪感情といった物を抱くことはなかったのだった。

 

 

 

 

 

「って言っても、やっぱりちょっと理不尽だよね……」

 

 エリオットはやや伏し目がちに言う。

 

 その後、明日はまた本日のように幾つかの依頼を朝から回す事――一日ごとに実習課題の依頼が用意される段取りであることを聞き、それをこなすのが特別実習の大まかな流れであることを理解したリィン達は、紅茶をありがたく頂いてからオットー宅を後にしたのだった。

 

「ねぇ、なんとかできないのかな?」

「難しいわね……、領地における税を管理するのは貴族の義務であり権利。帝国の制度がそうなっている以上どうしようもないと思うけど……」

「うーん……ならいっそ、ユーシスに相談するとかは?」

 

 件のアルバレア公爵はⅦ組の一員であるユーシスの父親である。ならばユーシスを介することによって事の改善を図れないかとエリオットは考えた。

 

「いや……それも難しいだろうな」

 

 しかしリィンは首を振って否定する。

 単純に、貴族世界において当主の決定というのは絶対だからだ。ましてアルバレア家は四大名門。権力で言えばこの帝国内において皇帝に継ぐほどであり、発言力の凄まじさが窺える。

 子による陳言。それもただ可哀想だからという理由で取り下げてくれる人物なら、そもそもこんなことにはなっていない。

 

「やっぱり無理かあ……」

 

 がっくりとエリオットは肩を落とす。自分でもさすがに安直だとはわかっていたが他に冴えた案も無く、いよいよ本当に八方塞がりであるため、とりあえずでも言わずにはいられなかった。

 そのやり取りを見ていたレイヴェルは不思議そうにラウラへ尋ねた。

 

「そういうもんなんですか? ラウラさん」

「……一概にそうとは言わないが。一般的な貴族観からすればそれが普通だろうな」

「ふうん、貴族と言ってもやっぱり同じようなモノなのか……。にしても、なんでリィンさんは貴族の事情がわかるんですか? いえそれどころか、アリサさんとエリオットさんも理解があるように見えましたけど」

 

 首をかしげるレイヴェルにリィンは、アリサは、エリオットはそれぞれ顔を見合わせる。首をかしげたのはレイヴェルだけではなかった。

 

「なんでってそりゃ……」

「帝国に住んでれば多かれ少なかれ、そういう話は自然と耳に入るじゃない」

「誰からって言われると困るけどね」

 

 帝国は皇帝一人が全土を治めているワケではなく、各地を領地として貴族が治めている。人の口に戸は立てられぬというが、帝国の市井で暮らそうと思えば必然的にどこへ行こうとも関わることになるからこそ、何を今更といった質問だった。

 

「ふうーん。じゃあ、そうですねえ……どうでしょうリィンさん。今の状況と情報をサラさんに報告して相談してみるというのは?」

「教官にか?」

「はい」

「……そうだな」

 

 これは実習に関係無く、リィン達の領分を超えている案件だ。何か言おうにも政治的な力は皆無に等しく、つけいる隙や弱みを握っているワケでもない。それは一介の教官でしかないサラも同じだが、いくら自分達だけで悩んだとしても限界がある。本当に何とかしたいのなら知恵を借りるべきだろう。あらゆる経験においてサラはここにいる誰よりも圧倒的に先にいるのだ。

 リィンは空を見上げる。どうせそろそろ宿に戻らなければならない時間だった。

 

「――悪いけど、それは無理ね」

 

 不意に、背後から声をかけられた。

 見知った声に振り向けば、見知った姿がこちらへ歩いてくる。

 言動は正常、目つきもはっきりしている。あれだけ飲んでいても酒による影響は無さそうであった。

 リィン達が驚いたのは二点。一つは突然この場に現れたこと。

 

「予想通りB班の方がグダグダになってるみたいだから、ちょっとフォローに行ってくるわ」

 

 そしてここから相当離れているB班の実習地であるパルムに向かうということである。

 

「い、今からですか……?」

「ま、何とかなるでしょ」

 

 しかし驚くのも無理はないだろう。あっさりとサラは言うが、日が落ちる寸前である今から出たとすれば単純に考えて、着く頃には日の出を見るか見ないかくらいは想像に容易かったからだ。

 だがそれを踏まえてサラは笑うのだ。特に苦にした様子も無く。

 

「――そういうわけで、ここは君達に任せたわ。せいぜい悩んで何をすべきか、自分たち自身で考えてみなさい――女神の加護を。レポート、期待してるわよ」

 

 昼間から飲んだくれていたはずが、まるでこちらの状況を全て把握し、見透かしたような事を言い残すと横をスルリと通り過ぎ、後ろ手でひらひらと手を振りながら颯爽と駅の方角へ去って行った。

 

 リィン達がただ呆気に取られる中、レイヴェルだけが「……ああいう人なんですよ」と鼻を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サラが何気なく、もしくは念を押して言ったのかは定かではないが、特別実習は一日の終わりにレポートを作らなければならない。暗くなってきているとはいえ人通りもいまだあるが、夕食は早めにとる必要がある。

 しかしあんなことがあった後では大市がどうなっているかも気になった。

 トラブルが増えつつあるが、それを領邦軍は諌めない。見回りもかねて大市に寄ることにする。

 その最中レイヴェルが緊急事態とはいえ、かっぱらったりんごの代金を支払い、そこの店主が同級生であるベッキーという生徒の父親であったため、交渉術を鍛える名目でタイムセール時の店番という得難い経験をさせてもらうなどとありつつ、一行は宿へと戻り、ケルディック産の食材をふんだんに使った料理に舌鼓を打つ。

 

 夕食を食べ終え一息つき、今し方平らげた食事の感想や、サラが向かうほどになったB班の状況について話す中でエリオットはふと疑問を口にした。

 

「……本当、僕達Ⅶ組って何で集められたんだろうね? どうもARCUSの適性だけが理由じゃない気がするんだけど」

 

 その意見は満場一致であった。

 適性だけの問題。ARCUSのテスターとして集められたのならば、この特別実習はなんら関係の無いモノである。今日一日を振り返ってみれば、始めにリィンが言った通り理解を深めるため――依頼を通して様々な経験を積ませるためといった趣旨が強く感じられたからだ。

 そもそもの話だ。もしそうであるならばケルディックに送られた意味がわからない。

 状況の変化によるデータ収集のため――と、言えるかもしれないが。市街地から市街地に、特に気候や地形が変化するワケでも無い場所にわざわざ離れる必要性が見出せないのだ。

 

「――士官学院を志望した理由が、同じ。という訳でもないだろうし」

「士官学院への志望理由……」

「その発想はなかったわね……」

 

 リィンの言葉にふむ、とラウラは答えた。

 

「私の場合は単純だ。目標としている人物に近づくため。といったところか」

「目標としている人物?」

「フフ、それが誰かはこの場では控えておこう。アリサの方はどうだ?」

 

 水を向けられたアリサは少し悩むように口ごもる。

 

「――色々あるんだけど、”自立”したかったからかな。ちょっと、実家とうまくいってないのもあるし」

 

 内容が内容なだけに目線を逸らしながら言いづらそうなアリサにエリオットは「うーん」と呟いた。

 

「そういう意味では僕は少数派なのかな……。元々、士官学院とは全然違う進路を希望してたんだよね」

「あら、そうなの?」

「たしか……音楽系の進路だったか?」

「あはは、まあそこまで本気じゃなかったけど……。リ、リィンはどうなの? そういえば今まで聞いたことなかったけど」

 

 エリオットは誤魔化すように笑みを浮かべ、曖昧に肯定すると話をすり替えるがごとく咄嗟にリィンへとバトンを回した。

 

「俺は……そうだな……」

 

 振られたリィンはというとしばらく考えるように瞑目するが、理由がまとまったのかやがて眼を開けると、

 

「”自分”を――見つけるためかもしれない」

 

 と言った。

 だが突然、明確な理由では無くそんなことを言ったのは予想外であり意表を突く物であったのか、呆気に取られたような反応にリィンは慌てて「あえて言葉にするなら」と弁明する。しかし意味が浸透すれば、それは概ね好意的に受け取られた。

 

「――――は?」

 

 一人を除いて。

 

「……ちょっと待ってくださいよ。なんですかそれ、自分を見つけるって。おかしいでしょ」

「い、いや、確かに変な事を言ったと思うけど、あえて言葉にするならだから――」

「――そういうことを言ってるんじゃない」

 

 その顔に笑みを浮かべる事無く、冷たく制してレイヴェルは首を振る。

 

「僕が言いたいのはそれじゃあ……それじゃあまるで、自分の進むべき道が、わからないみたいじゃないですか」

「……レイヴェル?」

 

 詰問するかのような口調。しかしどこか余裕の感じられない声音。いきなりどうしたのかとリィンは疑問と戸惑いが心に浮かぶ。何が彼の琴線に触れたのか、そんなレイヴェルの普段と打って変わった姿が驚きだった。

 

「……えっと、よくわからないけど。自分の道っていうのを明確にわかってる人なんて、そうはいないんじゃない?」

 

 返答はリィンからではなく、その横から返される。

 そんな心情を察してか、助け舟を出すようにエリオットが代わりに答えた。

 

「進むべき道というからには、ただの目標とはまた違うだろうしな。そなたがどういう意味で言ったのかは知らないが、難しいものだろう」

「まあ、それが普通よね。自分の人生においてこれだって思えるものが必ずしも見つかるとは言えないし……ただでさえ私達はまだ知らないことの方が多いはずでしょう?」

 

 簡単に決められる物ではなく、簡単に決めていい物でもない。

 それこそ天啓を受けでもしないかぎりは、一片の混じり気も無くそれが絶対に正しいと言えることは無いのかもしれない。

 ――だがそれでも、誰かに示された道がいくら的を射ていたとしても、果たしてそれが本当に、当人にとって正しいと言えるのだろうか。

 

「そんな……だってあなた達は何でも……僕とは違うはずじゃ……」

 

 エリオットに追随して自分の考えを述べたラウラとアリサに、レイヴェルはいっそう困惑したように右手を額に当てて何事か呟いていた。

 

「レイヴェルは、どうして士官学院を志望したんだ?」

「……僕、は」

 

 その呟きの意味はよくわからなかったが、自分の言葉がきっかけだということは理解している。

 だからリィンは聞いた。彼がトールズを選んだ訳を。

 納得のいく言葉を返してやれるとも思わない。しかしいつだって笑みを忘れない彼が瞳を揺らし、見た目も相まってまるで帰り道がわからず途方に暮れる幼子を思わせる姿に、単なる興味以外の物が胸中にはあった。

 

「僕は、しいて言うなら……リィンさんと同じでしょうか。僕もあなたと一緒で自分を見つけ……」

 

 ふと、そこで一旦言葉を切ると、レイヴェルは額に当てた手をずり下げ思案するように目元を覆った。

 

「いや、違う。そうじゃない。見つける必要なんてないだろう……だって僕は――そうだ。僕は、自分を確かめに来たのかもしれない」

「自分を、確かめる?」

 

 手を下ろし、次に顔を見せた時には先の弱弱しい印象は幻想かと思うほどはっきりとした目付きで――しかし視線は誰も映さず、レイヴェルはただジッと下ろした手だけを見つめていた。

 

「信じていた道が、今までの自分が、正しかったって思いたい。そうだ、だから知りたいんだ――僕が歩んで来た”軌跡”は、間違っていなかった事を、僕は僕に証明したいんだ」

 

 それは半ば、独白に近かった。

 熱を含んだ言葉は誰かに聞かせるためではない、他ならぬ己自身へ向けた物。

 開いた手を固く握り込み、決意を改めるように自らへ言い聞かせる姿は、これまで見てきた彼からは想像もできないほど真剣な表情で、ヘラヘラとした楽天家な面ばかり見ていたせいだろう。先と違った意味で驚きであった。

 

「……色々あるんだな。レイヴェルも」

 

 そしてそれはリィンだけでなく、その場にいる一同の総意でもあったらしい。

 リィンの声で我に返ったレイヴェルは勢いよく顔を上げると、リィンの「自分を見つける」発言と同じかそれ以上の反応を見せる周囲に、慌てて拳を解いてパタパタと手を振ってみせた。

 

「か、勘違いしないで下さいよ。家を出た目的を再確認しただけで深い意味は無いですからね。まったくバカらしい。こんなマジなの僕らしくもない」

「――そんなことはないさ」

 

 頬を薄っすらと染めて髪をいじるレイヴェルにリィンは口元に穏やかな微笑みを浮かべて言った。

 

「レイヴェルは年下なのに同級生で、そればかりかこの特化クラスで他とは違うハードなカリキュラムをしっかりこなし、戦闘では頼りになって、どんな状況でさえそれがどうしたと言わんばかりに笑ってる……」

 

 安心した。とリィンは続けた。

 

「こうして改めて見ても信じられないけれど、君は見た目とはかけ離れたすごい子だ。でもだからって、何もかも平気な訳がないよな」

 

 いくら年齢離れした能力を持とうとも、レイヴェルがまだ十五歳であることに変わりはない。

 

「レイヴェルも悩んだり、迷ったりする。そんな当たり前のことが知れて、やっぱり同じなんだと安心して……そして、嬉しいんだ」

「……嬉しい?」

「はは。ちょっとは認めてくれたのかと思ってさ」

 

 この関係はまだ短くとも、誰にも人懐っこく友好的に接するレイヴェルがその実、決して気を許している訳で無いことは戦術リンクの事からもわかっていた。表情の変化が乏しいフィーと正反対の意味で感情が読めないのがレイヴェルだった。

 だから、喜んでもいいのだろう。たとえそれが偶然で無意識であろうとも、笑みの下に秘めたる物を垣間見せた――やっと、その強い警戒心を少しは緩められたのだ。

 一歩前進、とリィンは思う。微々たる物であろうとも、呼吸しやすい環境になれたらいい。

 あの広い学院内で、例外として様々な顔を向けられるのはたった二人――フィーとサラだけでしかないのだから。

 

「……まあ、別に、何でもいいですけど。僕が家を出たのはそれだけじゃないし……ああいや、なんかもうどうせなんで言っちゃいますけど」

 

 ふい、とそっぽを向き平常を装ってはいるが、ぐしゃぐしゃと髪をかきむしる姿は妙な空気が落ち着かず、どうにも決まりが悪いと雄弁に語っていた。最後に息を大きく吸って吐くと、ゴホンと少々わざとらしく咳払いを挟んで雰囲気を切り替える。

 

「実は人を探していまして、その人を見つけることが僕のもう一つの目的なんです。かれこれ二年ほど行方知れずでして」

「二年――」

「もちろん、しかるべき所に捜索依頼もしてありますが――ランドルフ、という名に覚えはありませんか?」

 

 ルーレ、レグラム、ヘイムダル、そしてユミル。都合良く、この場にいる者は帝国を祖としながらも出身地は各方面に散らばっていた。しかし、アリサ、ラウラ、エリオットは順番に話を振られたが一様に首を横に振る結果であった。リィン自身も同じく心当たりはなかった。

 だがレイヴェルは空振りに終わったにもかかわらず、そうですかと短く頷くだけで済ます。場を誤魔化すためというのもあるが、本当にただ言ってみただけなのだろう。特に落胆した様子も無く、初めからわかりきっていたと言う響きが声には含まれていた。

 

「さすがに名前だけだとね……。何かほかにもないの? 外見とかさ」

「なるほど」

 

 レイヴェルはポンと手を打った。

 

「わかりやすいのは髪ですね。赤毛です。理想的な赤毛。と言っても色はエリオットさんみたいな紅ではなくて、もっと暗く深い赤です。それを背中くらいまで伸ばしてあって、一つにまとめています。超似合ってます」

「一応聞いておくけど、男性よね?」

「もちろん、アリサさんのような可愛らしい女性ではないですよ? 鋭く相手を貫く翠の瞳が素敵なクールガイです。町に繰り出してナンパとかしてましたし。自分のストライクゾーンならとりあえず軽く口説く感じなのかな?」

「その者の特徴となるべき物はないのか?」

「たぶん、何やら大きな箱状の物を担いでるかと思います。ラウラさんが剣を持ち運ぶのと同じような、長方形の物を。……どうでしょう、心当たりはありましたか?」

 

 話を総括すると、その探し人は赤毛の長髪で、瞳が翠色の軽い性格をした男性であり、一目見れば目に留まるほど大きな荷物を持ち歩いているという事である。

 

「なあ、その人はレイヴェルにとってどういう存在なんだ?」

「どうと言われるとまあ、憧れで大切な人ですかね」

 

 と、リィンが最後に尋ねるとレイヴェルは答えた。

 言葉に照れも躊躇も一切含ませることなく、はっきりと。

 さらっと――だ。

 

「……その人の名前をもう一度聞いてもいいか? 今度はフルネームで」

 

 心当たりがあるかと問われれば、全員がありすぎる外見の説明にリィンは代表して改めて尋ねた。

 大方の予想はつけながら。

 

「あ、そっか。僕じゃないから知ってても知らない事になるのか」

 

 レイヴェルは答えた。

 探し人の、あるいは彼の、兄弟の家名を。

 

 

 

 

 

 

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