3月31日――
積もり積もった雪も融け、冬の冷たい空気も過ぎ去り、うららかな春の日差しが差し込む今日。ここトリスタは、大きな期待と少しの不安を抱えた初々しい新入生で溢れていた。
二年間。勉学に励み、さらに自分を高めようと考える者。部活に励み、新たな趣味や自分を発見しようとする者。難しいことは考えず、まだ見ぬ友や恋人、学院ならではのイベントをとにかく全力で楽しもうとする者。
皆それぞれ思うことは違えど、誰もがこれから始まる新生活に胸をときめかせ、咲き乱れるライノの花に目を奪われつつも学院へと歩きだす。
本日は、誰もが祝福する新たな門出。
だというのに――
「すかー……」
「……むにゃ」
リィン・シュバルツァーはそんな日に似つかわしくない、自堕落な姿を見つけてしまうのだった。
「なんでこんな場所で二人も寝てるんだ……」
先程、ほかの新入生の例に漏れず美しいライノの花に見惚れ、道の真ん中でぼうっとしてしまい、早々に人とぶつかる失敗を犯したリィンは、トリスタ駅の目の前にある小さな公園の中にいた。
そこはベンチが数台置いてあるくらいの特筆すべき物が無い公園だったが、木々に囲まれ落ち着いた雰囲気を醸し出し、周りには店が立ち並ぶ、一休みするならもってこいであろう場所。
そして何より、見上げれば今の時期にしか見られない、視界に収まりきらない程のライノの花――
(本当に、見事なもんだ……)
だがそんな風景なぞ知ったこっちゃねえとでも言うかのように爆睡する二人。
しかし、リィン自身もベンチに座り柔らかな暖かい日差しと頬を撫でる心地良い風に身を委ねれば、すぐにでも夢の世界へ旅立てるだろうと思った。だからといってこんな風に眠れるほど図太くはないが。
(……制服姿ってことは新入生でいいんだよな?)
いまだに眠る二人を見る。どちらも同じくらい小柄で、リィンと同学年になるとはいえ、同い年とは思えなかった。
長い赤毛を一つに結った方はベンチにもたれかかり、口を開けて空を仰いでいた。若干よだれが垂れている。
ショートの銀髪をラフに切り揃えた少女はその子の膝を枕にして横になっていた。赤毛の子よりまだ慎みがあると言えるだろう。
(いや、どっちもどっちかな……。もうすぐ入学式だし、一応声をかけておくか――)
そんな、どちらがより常識人であろうかというくだらない思考を打ち切り、声をかけようとして気づく。
(……なんだ、これ?)
ベンチの真下に飾り気の無い、真っ黒なケースが置いてある。それは彼女達よりも大きく、肩から下げる為であろう紐がついてあった。
(どちらかの武器……なのか?)
リィン達が入学する学院は士官学院なので当然戦闘の訓練もある。リィンも得物である刀を今現在下げているのだから十中八九そうなのだろう、と言いたいところだが、ただでさえ身長よりも大きな物を扱うというのは難しい。それなりに鍛えているリィン自身でもだ。それをこんな小さな子達が振るうとは考えにくかった。
(もしかして導力銃とかそういう類のもの……いやいやそうだとしてもこのサイズは反動が強すぎるだろ…………実は着替えとか)
うんうん頭をひねりながらそんな益にもならない考えに時間を費やしていると、気配を察したのか銀髪の少女が目を開ける。
「あ……」
「ふわぁぁ~~……」
体を起こし、大きく伸びをする少女。
だが、まだ完全には目が覚めていないのか、しばらく瞼を閉じてじっとしていた。
「お、おい……?」
思わず、といったふうに声をかけるリィン。
しかしそんなリィンには目もくれず、立ち上がるといまだ空を仰いで幸せそうに眠る赤毛の子を起こし始める。
「レイ、起きて」
「ん~……あと……七十二時間……」
「三日も眠らないで」
そんなお約束な会話をしつつも、肩を揺らしたり、頭をぺしぺし叩いたりと、むずがる赤毛の子を起こす努力を続ける銀髪の少女。
だがいくらやっても起きない様子に次第にイラだってきたのか、
「レイ、起きて」
「ブッ!」
片頬を抓り、横に伸ばし始める少女。その顔に吹き出しかけるもギリギリこらえたリィン。
それでも起きる気配の無い様子にもう片頬にも手を伸ばし――
「いい加減、起きて」
「くっ、くくっ……も、もうその辺で……くくくっ」
みょーんと左右の頬を伸ばされた間抜けな顔。どれほど柔らかな頬なのか、とてもよく伸びるその様に、ついにはリィンも笑ってしまっていた。
さすがにこの表情を晒し続けるのは可哀想なので制止を入れたが、起きるまでやめるつもりはないらしい。
すると、さすがにこれはたまったものではなかったらしく、徐々に動き出し、
「い……いひゃ……いひゃい……いひゃ……い……痛いわぁあ――!!」
と。
叫びながら立ち上がったのだった。
「いっっったいよ! なにするのさ!!」
「ん、美顔マッサージ」
「そうなの!? 斬新すぎない!?」
「時代が追い付いてないだけ。先取りし過ぎた技術は理解されず潰される、悲しい宿命……」
「ああ……よくあることだね……」
沈痛な面持ちを浮かべながら二人でしみじみと頷き合う。
今のリィンには何一つ理解できなかった。
「それより、もう行かなきゃ」
「え、あ、もうそんな時間なのか」
少女の言葉に急いでベンチの下からケースを引っ張り出し、それを軽々と背負う。
「ここまで来て遅刻したらレイのせい。異論は認めるけどすべて意味を為さない」
「もう裁判官は処刑人も兼任したらいいんじゃないかな……手間がはぶけていいと思うよ……。というか、早く着いたから少し寝るとか言い出だしたのキミじゃないか」
「むう」
「あと、なぜか足がシビレ気味なんだけど何でか知らない?」
「さあ? 猫が膝の上で寝てたんじゃないの?」
「だとしたら子猫ではないなあ。このシビレ具合はそれなりに大きいサイズだと睨むよ僕は」
「だろうね」
そんな軽口を叩き合いつつ駆けていった。
「……うーん」
遠ざかる二人の背中を目で追いつつ、一人残されたリィンは頭をかく。
結局一度も相手にされなかったのでなんとも言えず、微妙な気分であった。
(変な子達だったな――だけど)
リィンは肩を回してみる。軽い。どうやら先程まで体が強張っていたようだった。
自覚はなかったが、多少なりとも緊張していたらしい。
そういう意図があったわけではないにせよ、彼女達のおかげで随分落ち着けたようだ。
(そういえば、あの子達も同じ制服だったな……。あのぶつかった子の言う通り同じクラスになれるかもしれないし、また話しかけてみよう)
学院での新たな目標を立てつつ、生徒の少なくなった道を歩き出す。
居心地の良さそうな町、落ち着ける公園、そしてこれから二年間共に歩むであろう気になる同級生。
入る前からここでの生活はきっと素晴らしい物になる、とリィンは奇妙な予感があった――
「それにしても」
ふと気付いて呟く。
「女子の制服って――スカートだけじゃなかったんだな」