「! リィンさん」
「ああ……!」
僕とリィンさんがずいと前に出て、何がなんだかわかっていないアリサさんとエリオットさんをラウラさんが僕等の後方へと誘導した。
辿り着くにはまだ少し遠く、前方に目を向ければ、上下左右とくまなく包み込んでいた木々が途切れていることがわかる。ほぼ一本道だったことを考えると、やっとこの先に公園らしい広場があるのだろう。
「四人、だな」
「同じく」
ようやく索敵範囲内に引っかかった人の気配――それも複数。
慎重に歩を進めるリィンさんに続きながら本腰を入れて一ヶ所に固まる気配を探っていく。
近くにそれら以外の気配は感じられず、軍用魔獣の類は連れていないとみる。いまだこちらへ気付いた様子もない。
スン、と辺りを嗅いでみる。
火薬の臭いは感じない、唯一の通り道だろう場所であるが、爆発物も特に仕掛けられてはいないようであった。
鍵をかけたことに安心しているのか緩みきった雰囲気に特筆すべき強者はおらず、見渡す限りトラップの使用もない。……この分ならたぶん地雷もない、と思う。
外部からの雇われと聞いて同業者、または崩れかと警戒心を募らせてはいたが、呼称はチンピラでよさそうか。どちらにせよこの分であれば制圧は容易いと判断する。
「いたぞ」
端に芝が、剥き出しの土が広がる空間の中心付近。
いくつかの木箱と共に、管理服を着用した人影を確認した。
「さて、どうしましょう」
いったん後ろへ退避、からの頭を突き合わせて作戦会議。
これ以上は近付けない。
それより先へ踏み込めば遮蔽物が一切無くなり、加えてここから目標までの距離は大体100アージュは下らない。一息に攻撃できる距離まで気付かれずというのは不可能と言える。
「僕が一気に強襲しましょうか? 自慢じゃないですが僕は100アージュを五秒フラットで走れますんで」
「ダウト」
「嘘じゃないです。計った事ないから知らないだけで」
「何が違うって言うのよ……!」
フィーがいればなあ。
僕より速く隠密性に長けた彼女であれば、たとえ犯人達の真正面から突っ込んで行っても気付かれる前に終わらせられるかもしれないのに。
ていうかアリサさん突っ込みに遠慮が無くなってきたな。言い終わるとほぼ同時に滑り込んできたんだけど。
「レイヴェル一人に任せるような事はしない。というか強襲をしない」
「ほほう、ならやはり狙撃ですか。僕は弓なんて骨董品を使う人学院に来て初めて見ましたが、いい腕してますもんね」
「えっ……わ、私!?」
アリサさんの腕なら安全圏から正確に撃ち抜いていくのも可能だろう。
彼女が使う導力を利用して打ち出す矢を強化する導力弓――それなら普通に導力銃でいいのでは? と疑問に思ってしまった代物は威力、飛距離ともに問題無く十分である。
「狙撃なんかしないよ。したって一射目で場所割れるだろうし、ここは周りを走り回れないし」
「なるほど、
「あ、ありがとう……?」
素の実力もさることながら、ARCUSと同じくまだ限られた人物にしか扱えない、魔導杖という魔法をブーストさせることができる新兵器も装備できているのだから鬼に金棒である。
「魔法も使わない。そもそも犯人達と盗難品の距離が近すぎる。下手をすれば巻き込みかねない」
「読めましたね、戦技で一掃するつもりでしょう? 八葉やアルゼイド流には一気に距離を詰めて斬り伏せるとか、遠隔の敵に対する技があるんですね」
僕もあるけれど
しかし初伝がどうとかのたまいながら、ついさきほど鮮やかな妙技を見せてくれたリィンさん。そしてなんだかその八葉とライバル? のような由緒正しきアルゼイド流ラウラさんならば、なんかうまいこといく何かがあるのだろう。
「あるにはあるが……今の俺にはできない技の一つだな」
「私もあるにはあるが、魔法と同じく巻き込みかねないな」
「作戦なんもないじゃないですか!」
まさかの全否定とか予想外すぎる!
さすがの僕も声を荒げて突っ込んでしまった。
しかし思いつく限りの攻撃手段を上げてのことなので本当にどうするつもりなのかわからない。
「いや、最初に強襲しないって言っただろ?」
「言いましたけど、そうなるとどうしようもないじゃないですか。このまま暖かく見守るんですか?」
「見守ったつもりはないけれど、このまま見張ったままでいるつもりもない」
言ってリィンさんは鞘からスラリと刀を抜いた。
「正面から行って、まずは投降するよう呼び掛ける」
「…………?」
とうこう、トウコウ、TOUKO――うん、何だろう? この辺りじゃ聞かない単語だな。リィンさんのことだから、やはり東方での――
「ふむ、道理だな」
「まあ、どうやったって見つかるんだから、結局はそれがいいのかしら」
「うう、みんな気を付けて行こうね……って僕が一番気を付けなきゃいけないんだけど……」
そこまでつらつらと考えて、各自が武器を構え出したところでようやく意味を正しく理解する――とうこうって投降か! つまり降伏勧告するつもりなのか!
「絶っっっ対するわけないでしょう! 断言してもいい、あのテの連中は地面に転がされる瞬間までわからないんですよ手を出していい相手かどうか! 命かけます命、いや命は安いか。僕の素晴らしくイカした赤毛をかけて言ってあげますよ!」
「その髪は命より重かったのか……」
「アドバンテージはこっちにあるんだ。敵は敵です。躊躇う必要なんか何もない。それで全てが片付くなら、犯人にも商品にも多少の被害が出たって構う事はないでしょう?」
「――そんなわけないだろ。俺だって素直に応じるとは思っちゃいない。それでも今、選択の余地なく、リスクを負ってまで、有無を言わさず叩き伏せるほど切羽詰ってはいるか? 俺は真正面から戦っても容易く制圧できると踏んだんだが」
「…………」
いやまあそれは否定しないけどさ。
えー。
ほんとに?
ほんとにいいの?
みんな納得してるけどほんとうにいいの?
先手必殺という言葉を知らないのだろうか。先に攻撃した方が確実に仕留められるという意味だ。
何に遠慮して、何に気を遣っているのだろう。もしや人だからだろうか。敵に回れば人も魔獣も等しく敵で、違いなんて形くらいでしかない。まして殺すつもりもないはずだけれど。
少しわかった気でいたが、少しじゃあ無いのと変わらないらしい。さすがに理解に苦しむ――が。
「――了解。ならば僕は従いましょう。指示を、隊長。この身はあなたの思う通りにどうぞ」
「それはありがたいんだが、その、出さないのか? 戦斧を」
「あの程度の相手ならこっちの方がいいです。逆に危ないから」
木の棒をプラプラと振って、ゴキリと指を鳴らしてみせた。
目の前の敵を殲滅する。
僕が必要とされる場において、それ以外の思考は必要か?
「てめえら昨日の……!?」
「か、鍵はかけてあったのに……」
「まさか突破してきたのか!?」
なぜ言葉を引き継ぎながら喋るのだろう、どこに行ってもこういう奴等は仲がいい。
単独での襲撃は却下されたがまあ迎撃の対処くらいはと、想定しながら先駆けて飛び出したものの、呆気なく犯人達の元へと辿り着いてしまった――好都合と言えばそうなのだけれど、自分達がやましい事をしている自覚がないのだろうか。武器を構えて走って来る複数の人間をぼんやりと見逃すのは思わず『おいおい』と突っ込みを入れたくもなる。
正面にきっちり揃わせといて言ってる場合じゃないよ。
どうしようもない状況がさらにどうしようもなくなってるよ。
もう自害するか降伏すればいいよ。
まあそんなことわかるわけないし、やっぱりするわけもなかった。手筈通り投降を呼びかけたが動揺していたのも数瞬で、すぐにニタリとバカみたいな笑みを浮かべる――もっとも小さい僕を目を見下ろして。
彼等はきっとこう思っているのだろう。所詮はガキの集団だ。ブチのめせる。目撃者は誰もいない。ことが終われば女達で楽しめる――とかなんとか。
「ハッ、やっちま――」
言うより早く、スローイングナイフに見立てた木の棒を最初に銃へ手を掛けた手前の男に真っ直ぐ投擲。咄嗟にはじいた隙をついて一気に踏み込み喉を狙って拳を突き刺した。本日二度目の手加減は成功。しばらく陸で溺れるだけで済むだろう。下手をすれば溺死していたが。
続いて吹っ飛ぶ男が倒れ切る前に並んで立っていた一人の襟を掴み、足を折るつもりで蹴り払って力任せに投げ飛ばす。
反転。
ようやくこちらへ銃口を向けた三人目、慌てず臆せずクールに接近。すかさず銃身を掌底でカチ上げ弾を明後日の方向へ。腹に蹴り、下がった顎をすくい上げるように打ち抜き始末する。
――一手届かないか。
四人目。最後の一人を視認した時には少し遅かった。
一発もらうことを容認し、射線状に合わせて腕を置いてやる。
「っ――!」
異物が皮膚を突き破る痛み――ではなく流れ込む誰かの意識と多大な不快感、情報と情景に思わず顔を歪ませた。誰も彼もを侵入させるワケにはいかない領域を、無理やりこじ開けられ、犯されていく様を幻視する。
ぞわりと背筋を伝う悪寒。
膨れ上がる拒絶心。
今すぐにでもARCUSをむしり取り、握りつぶしたくなる衝動は、頭が命令を下す前に実行しようと手を伸ばし、
「崩したぞ!」
「レイヴェル!」
「っ! ――ぉおらあっ!」
――固く空を握り込んで跳躍。鼻骨を砕く感触を拳で感じながら振り切って、後頭部を地面へ叩き付けた。下が石やコンクリートなら必殺モノだったが、さいわい柔らかい土のおかげで男は鼻から血を噴き出しながらグルンと白目を向くに留まった。
「……戦術リンク?」
咄嗟に制御を取り戻せた肉体に多少の驚きを覚えつつ、起こった事象について考えを巡らす。
ラウラさんが銃をはじき、リィンさんが胴を打つ動きを見るよりも早く理解した。一瞬だったが間違いなくそうだろう。繋げた覚えはないけれど――今のは一体どちらと繋がったのだ?
これではまるで、どちらかではなく、どちらとも。三人で繋がったような――
「無事か? 撃たれてはいないか?」
「あ、ああ、心配無用です。サンクス、ラウラさん」
向こうには影響が無かったのか特に言及無く声をかけられる。見れば繋がっているのはラウラさんとリィンさんのようだった。
「反応が素早過ぎる……。いきなり飛び出して、撃たれたらどうするつもりだったんだ」
「リィンさんもサンクスです。戦いは大体いきなり始まるし、人間、銃弾の一発や十発貰ったって死にはしませんよ、あはは」
「一発と十発は大きな隔たりがあるぞ!?」
どうとでも回避する術はあったがしかし、下手に動いて闇雲に発砲されるよりはしっかり狙われた方が良いと踏んだのだ。前衛二人はともかく、アリサさんやエリオットさんに流れた場合、身構えていない状態で咄嗟に避けられるか。僕は確実な自分の身体を選択した。
……護衛の仕事とか、やっとけばよかったなあ。
学院に入って、Ⅶ組の面々と組むようになって、ことさらそう思う。もっとうまくやれたろうに。
まあ、それ系は問答無用でハジかれていたので希望するだけ無駄だったろうが。
「……レイヴェルが強かったのか、この人達が口程にもなかったのか。あっという間すぎて、これじゃあわからないわね」
「後者ですよ、思ったより数倍弱かった……。アリサさんでもエリオットさん一人でも全員倒せてましたねこれ。よくよく考えたらサラさんのシゴキに耐えられてますもんね……」
「ま、まあ、アレに比べれば大抵はね。否応にも強くなるっていうか……いやでもさすがに一人は無理だよ」
いらないお世話だったかもしれない。
彼等の活躍を阻害しすぎず、それでいてサボらず自分の存在をアピールすることのなんと難しいことか。
僕は今まで力加減の調整が苦手だと思っていたが、どうも加減という加減すべてが苦手のような気がしてきた。新しい発見である。
「ゲホッ……あ、ありえねえ、こんなガキに……」
「おお、もう喋れるんだ。弱いくせに頑丈ではあるね。それとも僕が手を抜きすぎたのかな?」
一人は失神、残り三人は痛みにもがいたり呼吸困難に陥ったりして全員が頭を垂れる惨状はまるで土下座をしているようにも見え、僕は幾らか溜飲を下げる。
他人を見下ろすというのはすこぶる気分がいいものだ。普段無いことであるだけに。
「さて、尋問するなら僕にお任せです隊長。安心してください、このレイヴェル・オルランド。暴力には少しばかり自信があります」
「なぜ尋問に暴力を出してくる」
「音の出ないラジオは叩くと出るんです。まあ僕がやると大抵雑音すら無くなっちゃうんですけどね」
「だめだ、不安しかない」
いいから大人しくしといてくれ、とリィンさんは言う。
なぜだ。
解せないがしかし、そう言われてしまっては仕方がないので、すごすごと邪魔にならない位置へと退散する――その途中。
「――――」
音。
遠くに響く。
人為的な、何かの音を。
「……?」
「? どうしたエリオット?」
「いや……なんだか笛のような音が――」
――微かに耳が拾い上げた。
「……!」
即座に後ろ手でフックを外し、空中へ翻したケースから飛び出した双戦斧を掴み取るのと同時に、今度は公園全体に咆哮が響き渡った。
「――――!」
……足音が聞こえてくる。
気配を探る必要などない。
何かが地響きを立てながら、この場を目指して猛烈な勢いで近付いてくるのがはっきりとわかる。
地に落ちたケースは拾う事なくそのまま放置。
見通しが良くとも方向はわかっていても、ここはすでに何かの敵地と化している。いつどこから不意の凶刃が降ってきてもいいよう四方へ警戒を飛ばしながら、木々の向こう側まで見通すように隠そうともしない存在感を睨みつけた。
だがその備えは杞憂に終わる。
相手はまどろっこしい奇襲の様相を見せず最短距離をまっすぐ進み、夥しい樹木の壁を突き破って現れた。
「――なるほど、ヒヒの大型魔獣か」
発達した前肢を握り拳に地面を突いた四足歩行。
見上げる体躯は昨日倒したスケイリーダイナを超える巨体。
魔獣らしくその鋭い牙と、上面と前面に突き出した角は見る者に恐れを与えるだろう。
咆哮の主はおそらくこのルナリア自然公園のヌシ。
まさに王者といった風格である。
風格というか図体か。
いい顔色してるなあ、と言うのが最初に出てきた僕の感想。つまり赤である。
「――ッラウラ! レイヴェル! できるだけここから離れるようにヤツを引き付けてくれ!」
動揺は一瞬。
痛みから満足に動けず、恐れから腰を抜かした盗人達を一瞥し、リィンさんは後ろへ下がる。
「アリサ! エリオット! その間に俺達は彼等を安全な場所まで移動させる! さすがに放り出すわけにはいかない!」
誰よりも早く体制を立て直し、それぞれへ迅速に指示を下す。
そこにはやはり、非凡な才だけではない確かな経験が感じられた。
「全員、力を合わせてなんとか撃退するぞ!」
最後に檄を飛ばして締め括る。
――――戦いが、始まった。