赤い星座出身系主人公モノ   作:シグこれ

22 / 27
二十一話

 太陽は地平線の彼方に沈む。光は影へ。すべてを隠す時間が訪れる。

 一寸先は闇。

 それはなんら誇張なく。

 何かを例える意味もなく。

 闇は音も無く降ちてきて、徐々に徐々に降り積もる。ただあるがままを示す事実だと世界は告げる。先は見えず、未来は見えず、その訓告にどれほど価値が在るのかわからないほど原初から続く光景。

 世界の半分は闇で出来ている。

 世界の半分に日が当たることはない。

 しかし、たとえ自身の足元を定める程度の物であったとしても、遠くに見えるか細い道しるべであったとしても、暗闇を照らす可能性は縁を以って生まれ来る。

 どんなに暗い闇の世界であろうとも。そこに誰かの意思があるかぎり。

 そう。

 覆い隠す夜の帳を貫く光は一筋の軌跡を残して疾走する。ガタンゴトンと揺れながら――

 

(なんだか、二日しか経ってないのが信じられないな)

 

 ――リィン・シュバルツァーは帰路につく列車の中で人知れず溜息を吐いた。

 

 体力については山岳地の出身かつ師との修行で山籠もり等を経験してきたこともあり、それなりに自信のある方ではあったのだが、これは身体的というより精神的な疲れが大きいのだろうと判断する。

 この実習がハードであることは最初からわかっていたことではあるが――予想の軽く斜め上を行かれたことは否めなかった。

 

 ――特別実習

 特化クラス《Ⅶ組》が《Ⅶ組》足る所以であるARCUSと同じくするモノ。

 知識でしか学べない帝国各地、住む人々、そこにある問題。それらを肌で体感し、確かな情報として刻み込ませ、また突発的な状況に対処する判断力、決断力、問題解決能力を養わせる――要するに《Ⅶ組》および《特別実習》の目的はARCUSのテストだけではなく、リィン達へ実用的な経験を積ませるためのものであったということだ。

 ――その特別実習での在り方が《遊撃士》に似ていることについてだけは、行きと同じく通路を挟んだ向かい側に座り、実習の考察への答え合わせをしていたサラのどこまで本気かわからない、あからさまな寝たフリによってはぐらかされてしまったが。

 だが散々なB班のフォローへ向かい、こちらを迎えに一日で戻ってきたりと、疲れているのはサラも同じだろう。

 

 二日どころか一年くらい過ごした気分だとリィンは感じた。

 ただ依頼をこなすだけならともかく大市の存続にかかわる問題から始まり、犯人探し、予期せぬ大型魔獣、領邦軍の介入と。ほぼ突発的な事象ばかりであったことを考えると、今すぐ自室のベッドに飛び込みたいのは自分の方だと言わなくもない。男女同室であったことも少なからず影響しているのだ。

 

(しかし、領邦軍の介入は本当に危なかったな……)

 

 あれだけは他の問題と違ってリィン達ではどうすることもできず、リィン達以外にも迷惑をかける可能性があった。大貴族の後ろ盾を得た領邦軍が言っていたことは嘘ではなく、それだけの権力が備わっている。だからこそあのタイミングで鉄道憲兵隊が現れたことはまさに女神の導きに等しかった――家に迷惑をかけたくなくてトールズ士官学院にまで来たというのに、自分のせいでさらに泥を塗ることになれば本末転倒である。

 

(それだけじゃない。もしかしたら、最悪の展開だってありえた……)

 

 サラの向かい側に座る彼。少女のような少年、レイヴェル・オルランド。

 連鎖的に想起されるのはこの実習で彼が取った行動、通じてわかった人となり――そして危険性。

 レイヴェルは悪ではない。規律を守ろうとする倫理観、他人を気遣える道徳観からむしろ善良な部類に入ると言えよう。

 しかし反してどこか排他的な姿勢、暴力的な行動基準を持つ事は実習に入る前から既に見受けられていた。けれども共に学院生活を送る上でさほど意識することがなかったのは、やはり多少クセがあろうとも彼が好ましい人物であったからだろう。

 だからこそ、見過ごしていた側面が疑問となって浮かび上がる。

 

 決定的だったのは領邦軍に襲い掛かろうとしたあの瞬間――ではなくその後。二度と同じことがないよう戒めた際の弁明。

 レイヴェルはリィン達に被害が及ぶ可能性があったこと、だというのに一度制止を振り切ったことを謝罪。しかし怒りはもっともではあるが、隙をついて行動、最低でも誰か一人――隊長であるリィン一人を逃せれば、上のパワーゲームを加えても現状より勝機があると考えた。と述べた。

 

(なぜこうも、ちぐはぐなんだ……?)

 

 誤魔化す事なく、心底申し訳なさそうに。

 見当違いの弁明を、淡々と。

 

 その弁明に自身を危険に晒したことへの釈明はない。だが悲壮な覚悟のようなモノも感じられない。命を捨てるつもりは無いのだろう。かと言って自分の命を重く見てもいない。

 それが自分ならという根拠のない蛮勇だと切り捨てられるほど、この二日間を通した言動は無知ではなく、しかしそれはあまりにも当然の様だった。

 ここに至ってリィンはようやく奇妙なズレを悟る。自分達は互いの言っている言葉を正しく理解しているはずなのに何かが噛み合っていない。そんな漠然とした違和感が拭いきれなかった。

 たとえば武器。

 たとえば容姿。

 たとえば身体能力。

 あげれば枚挙に暇が無く、ともすればそこにいることすら奇妙な存在である気さえした。だがそんな上辺のズレではない。同じに見えるからこそ感じる違い。レイヴェル本来の性格と、培われた常識の方向性がまるで違うことが多大な違和感を生んでいるのだ。それは根深い、根本的な思考の差異――

 

 ――そもそもの観点が違うのか?

 

「……あら、リィン?」

「えっと、まだ何か気になる事でもあるの?」

「……いや」

 

 首をふって、リィンは考えることをやめた。

 独自の思想や暴走の懸念があるものの、この実習中彼が仲間を気遣い、常にこちらを隊長と立てながら従ってくれていたことは間違いない。だからこそ一か八か自分も隊長に成り切った発言が功を成したのだ。

 今はそれでいいだろう。これ以上はより深くレイヴェルに踏み込むことになる。なら自らが語ろうとしないかぎり、むやみに探るべきではない。

 それがどういう意味を持つのかわからないが、過去や生い立ちが誰にとっても気軽に話せるモノとは限らない――そうでなくとも、誰にだって隠しておきたい事情というモノはあるのだから。

 

「――考えれば、みんなにはずっと、不義理をしていたと思ってさ」

 

 だからこそリィン・シュバルツァーは、まずは自身から打ち明ける決意をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 不義理というか、律儀というか。

 唐突に語られた身の上話は僕に納得と感心と呆れをもたらした。まあ予想の範疇だったので驚きは特になし。

 騙すような真似とは言うけれど、騙された気はこれっぽっちもしていない。というか最初から明言してなかったし。言わなかっただけであるし。

 でもそうか。

 身分は男爵家なれど皇帝家に縁のある名家か。

 それで高貴な血を引かない養子となると、マキアスさんがいなくても自分は貴族だとは言いづらいのかもしれない。確かにそれはある意味特別だ。

 そっか。

 

「推理は紙一重だったというわけか……」

「いきなり何言ってんのよ」

「脛に傷持つ人なんて珍しくもないのになあ、と」

「アンタはさっさと無礼打ちされろ」

 

 リィンさんの口ぶりからすると両親と折り合いが悪いワケでもなさそうだし、それならなおさら堂々としてればいいと思うのだ。

 むしろこう、その程度で申し訳なさげにされると、やっぱりこちらの方がなんだかいたたまれない気持ちになってしまう。現在進行形で隠し事をしている二名が不義理になる意味で。いやそちらの心境がどうだか知らないけれど。

 

 だからというか、もっと気にせず開き直るくらいの勢いであってほしい。

 あからさまに家名を隠す者と、あからさまに怪しい事情を抱えていそうな者。

 皆さんご存知、後者からのお願いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――レイヴェル・オルランド?」

 

 ケルディック駅構内に設けられた一室。

 駅員が使うために作られたのか、はたまた軍人が使うために作られたのか不明瞭ではあるが、今現在にいたっては鉄道の名を冠する鉄道憲兵隊(こうしゃ)によって使用されていた。

 主に全体的に涼やかな印象を与えるやたら美人な水色おねーさんが、主に今回の騒動の調書を取るために。

 

「なにか?」

「……いえ、続けましょう」

 

 水を向けられた僕は笑顔を返す。純度100%(愛想)のグッドスマイル。

 とはいえその後は特に口を開くこともなく、リィンさん達にお任せしていれば滞りなく進み、本当に簡単な受け答えで終わってしまった。事前にある程度状況を把握していたのか時折確認を求められるくらいで、あっという間に席を立つ事になる。

 何気に調書というモノを取られるのは初めてなので、こんな複数でお手軽でいいのだろうかと首をかしげてしまった。想像で言わせてもらうと小さなランプが照らす薄暗い部屋で、一対一で机に顔を叩きつけたり、椅子を蹴り倒したりしなくていいのだろうか。

 

「調書への協力、ありがとうございました。お時間を取らせてしまって申し訳ありません」

「いえ……とんでもない。こちらこそ危ないところを助けていただいて、ありがとうございました」

「いえ、私達はあくまで最後のお手伝いをしただけですからそんな――」

「いえ、そんな――」

「いえ――」

 

 そんな殺伐とした雰囲気もまったくなく、このように終始和やかな感じである。まあ魔獣に領邦軍と明らかな山場は超えたし、リィンさん達の消耗もバカにならないだろうから、この妙に長く感じられた(具体的に言うと一年ちょっとくらい)実習はもはや何事もなく終わることだろう。これ以上の山場やシリアスな展開があるとは思えないし、あったとしてもさすがに遠慮させてあげてほしい。

 だから仮に、これ以上があるとするならば――

 

「――そういえば、重ねて申し訳ありません。私としたことがお聞きし忘れたことがありましたので、もう少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。もちろんです。えっとそれじゃあ……」

「ああいえ、皆さんはもう退室していただいて構いません。お話を伺いたいのはそちらの方だけですので」

「え――」

 

 ――それは僕限定で、これから始まるのだろうけれど。

 

「お付き合い願えますか? レイヴェル・オルランド(・・・・・・・・・・・)さん?」

「ええ、こちらとしても少々お話したいことがありましたのでお気になさらず。あはは」

 

 だからこそ僕はこうして笑うのだ。

 

 

 

 

 

「ふうー……」

 

 眼前でキッチリと扉が閉まり切るのを、最後まで見届けてから、一度深く息を吐いて肺の中の空気を入れ替えた。

 

「随分と信頼されているようですね」

「いやいや、まだ全員会ってから一か月くらいですよ?」

「年月の長さがすべてではないということでしょう。あれほど心配されているのですから」

「……心配ねえ」

 

 背後から掛けられる声にどう返したものかと苦笑する。

 ここまで来るといい加減わかりきっていたことだが、一人を残して退室を促された彼等が素直に従うはずもなく、どういうことかと事の詳細を求めたのである。

 その辺りは個人的な、プライベートな部分がかかわってくるので明かす事はできないと言う彼女の心遣いに感謝しつつ、僕自らも大したことじゃないので気にしないでほしいと口添えしたのだけれど、それを聞いた彼等はあろうことか、僕を庇い始めたのである。

 

 ――僕は何もやっていない。

 ――僕は助けてくれた。

 ――僕は庇ってくれた。

 ――僕は間を取り持ってくれた。

 ――僕が何かをするようには思えない。

 ――しいて挙げるなら僕が宿の娘に声をかけていたくらいであるが何も手は出していない――出してないはず。……出してないよね? あ、でも待って、そういえば学院で――

 

 と。

 

 …………。

 いや後半なんだよ。

 おかしいだろ。

 何もやってないっての。

 ほんとどういう認識されてんだ僕。

 ていうか学院でってなに? 学院で僕が何をして何が怪しい案件になってるの?

 話をするだけで誰もしょっぴかれるワケじゃないのに庇い始めたこともそうだが、このままでは僕の与かり知らない罪で連れていかれそうだったので物理的に背中を押す羽目になったのだった。

 

「とはいえ――その心配や信頼が、必ずしも正しいモノとは限りませんが」

「…………」

 

 唐突だが、猟兵団『赤い星座』の顧客事情について話をしよう。

 世界にはありとあらゆるモノにランクがある。それは物や動物、土地や人間と様々なモノにつけられる。一番身近でわかりやすいのは食材だろうか。店に居並ぶ同じ種類の食材であっても同じ価値であるとは限らない。

 猟兵団も例に漏れずピンキリというワケである。

 そうなると僕の実家兼職場であった『赤い星座』はどこに位置するのか――決まっている、最上位である。

 遊撃士に倣ってみれば、A級猟兵団――幹部より上の者に絞った戦力だけで言えばS級と呼んでも過言ではないのだがそれは置いといて。

 これが如何にすごいことかわかるだろうか。

 またぞろ例え話をさせてもらえるならば『赤い星座』という食材は――いや。

 『赤い星座』という『料理』は。

 

 『皇帝』の口に入る事を許された至高の一品であるということだ。

 

 つまり。

 そのような一品を求めるような人物が、求められてしまう人物が、ただの富豪で済む(・・)はずがない。

 『大貴族』『大商人』『大企業』、日の当たらない『非合法組織』と多岐にわたり、そしてその中の一つには――

 

「――毎度ご利用ご愛用、誠にありがとうございます。って毎度ってほどでもないのかな? 昔の事はあまり知らないけれど」

「やはり、あなたは……」

「僕はそちら(・・・)との面識はないはずですけど、やっぱり『オルランド(・・・・・)』はそうもいきませんよね」

 

 一国の宰相の姿もあった――

 

 ので。

 とりあえず振り返った僕はまず、お得意様への感謝の言葉を捧げるのであった。いやだって支払いと待遇が段違いなんだもん。あの面子の中でだよ?

 

「なぜあなたがここに……いえ、トールズにいるのですか」

「いや、まあ、そこは色々と複雑な事情がありまして……って、なんか目が怖いんですけど。さっきみたいに和やかにできません?」

「あなたのようなテロリストと馴れ合うつもりはありません」

「テ、テロリスト……? 僕等がテロリストになるかどうかは雇い主の意向でしょうに……。というか、そのテロリストを雇ったりしてるのがあなたの上司じゃないですか」

 

 目付きがというか、こちらを見る温度がさらに下がった気がする……。

 

「あの……なんでそんなに警戒してるんですか? 確かに僕は『赤い星座』の『オルランド』ですけど、僕自身はそう大したこともないし、名前もそこまで売れてるワケじゃあないはずなんですが……」

 

 先程は長々と説明させてもらったが、結局のところそれは先祖や僕以外の団員の功績であり、僕に至ってはいまだ名前の力が大きいだけに過ぎないのだ。

 故に『自分は何もやってないのに偉そうに講釈垂れて恥ずかしくないんですか?』と問われでもしたら僕の顔色はすごい勢いでいい色に染まることだろう。

 

「……ひとたび出撃()てば決して退かず、ひとたび狂えば敵を殲滅し尽すまで止まらない」

「……?」

 

 けれども彼女は僕の疑問に答えず、突如その涼やかな声で美しい調べを紡ぎ出す。

 

「多大な敵に狂喜して自身の負傷に狂喜して過酷な戦場に狂喜する。狂った戦鬼」

 

 しかしそれに比例してこちらを見る温度はどんどん下降していき――

 

「『狂喜』を以って『狂気』を為す。最強の猟兵団『赤い星座』を率いた《闘神》バルデル・オルランドが第二子――」

 

 ――ついには氷点下を突破して凍り付く視線が僕を貫いた。

 それはもう人間のモノではない。雪山に生息するという美しい女の化物はきっとこのような姿をしているのだろう。さながら彼女は『氷の乙女』――

 

「――《狂鬼》レイヴェル・オルランド」

 

「……驚いた。あなたも僕を知っているんですね」

 

 というか。

 ど、どこ情報? どこ情報よそれー?

 名誉と不名誉の間をゆらゆらしているアダ名はともかく、そんな過大に盛られた恥ずかしい前口上初めて聞いたんだけど。本当にどこから流れたんですかそれ。

 身内か?

 

「あなたの情報(プロファイル)は既に記憶済みです。さあ、質問に答えてもらいましょうか」

「え、ああ。えーと、まあ、簡単に言えば、家出したら道に迷ったところで遊撃士に出会って連れてこられて今に至るって感じですかね」

「……なるほど、あくまでも謀ろうという魂胆なのですね。――なら」

「……!」

 

 ホルスターから抜かれた導力銃は淀みなく構えられ、こちらに向けられた。

 

「これ以上の虚偽は許しません――答えなさい。あなたは、赤い星座(あなたたち)は何をしようとしているのです」

「…………」

 

 真面目に答えたのにまたホールドアップなのか、おい。とうんざりする気持ちが無くもないが――正直これは、そんな余計なことを考えている暇はなさそうだ。

 また、ではあるが、同じではない。状況が違い過ぎる。

 ついさっきまでは領邦軍に四方を銃で囲まれていたワケであるが、付け入る隙がいくらでもあった雑魚どもより、たった一挺の銃を手に持った目の前の女の方が、遥かに脅威であると僕は感じていた。

 

 身体を不自然にならない程度に半身に。連動して右手を心持ち後ろへ下げる――だめだ。今の僅かな動作でさえ見抜かれていた節がある。これ以上は不用意に動くことはできない。

 室内はそう広くもなく、この距離なら一発を凌げばこちらの射程距離へと踏み込めるだろう。そして僕なら軍用とはいえ、急所さえ守ればハンドガンの一発程度問題ではない。やる事は領邦軍の時と同じである――はずなのだ。

 

 だがどういうことだ? 頭の中で注意を告げる嫌な予感がある。アラートが鳴り止まない。なら躱すかハジくかして一気に肉薄すれば、と考えるもそれは一番の悪手だというように背筋が冷たくなる。

 その結果は。

 確実に後頭部を撃ち抜かれるだろう(・・・・・・・・・・・・・・・・)というワケのわからない直感が、僕に行動することを押し留めていた。

 ……どんな腕前してるんだこの人。もしくは既に何か仕掛けられている……?

 

「もはや猶予は与えません。考えはまとまりましたか?」

「っ……!」

 

 敵か味方かはっきりしない、グレーゾーンの状態でこの場に臨んだのがそもそもの間違いだったのか。自分の頭の足りなさを痛感する。いやそれでもなんでこんな状況になっているんだろうという疑問と、こんな展開わかるわけないだろと叫びたい怒りがあるのだが、やはりそういう場合ではない。頭をフル回転させて突破口を模索する。だが、彼女の望む答えが団の動向となればそれは僕にとって好都合(・・・)だけど不都合だ。家にいないやつが家の事を知るわけない。

 

 軍人らしい冷徹な殺意は氷柱のように。鋭い穂先は眼前どころか肌に直接突き付けられている。彼女の指先一つで容易く皮膚をえぐって突き進むことだろう。それはおそらく、脳髄ごと。

 彼女はきっと躊躇わない。必要であればすべてを割り切って実行できる。それが否応無く理解できてしまうくらいに純度の高い殺気だった――もういいだろう? これ以上無駄に考えるのは。

 

「……!」

 

 くひ、と笑みがこぼれた。息が漏れた。

 

 ――突っ込もう。

 

 慣れ親しんだ詰みの状況。どれだけ強くなろうと僕は何度もここに落ちる。

 

 ――突っ込め。

 

 絶望がどちらに転んでも同じなら、より味わえる方を選ぶべきだ。

 

 ――さあ早く。

 

 気勢は上々。(エサ)は上等。もとより退路なんて僕には存在しない。

 

 ――早く。早く早く早く!

 

 第一、そんな目で見られたらもう耐えられない――!

 

「やめなさいっての」

「あだっ!?」

 

 そう思った矢先に後頭部から撃ち抜かれた衝撃で眼から火花が散った。またしても飛び出す寸前で止められてしまった――って。

 

「サ、サラさん!?」

「……サラさん」

 

 頭をさすりながら振り向けば、B班のもとに向かったはずのサラさんが拳を握りしめて立っていた。

 いつ入って来たんださっぱり気付かなかった。ていうかなんだ、ゲンコツされたみたいだけど、さっきの嫌な予感はこれだったのか?

 

「レイヴェル……。アンタ約束したわよね? アタシ言ったわよね? 暴れるなって。い・っ・た・わ・よ・ね?」

「あああ言いましたけどこれは不可抗力っていうかああいだだだこめかみグリグリやめて僕が悪かったですからあああ!」

 

 さら、きょうかん。ちから、つよい。

 

「ったく、このアホは……。それで? 随分と穏やかじゃないわね」

「……どうもお久しぶりです、サラさん」

 

 最後にオマケのようにペンと頭をはたいて僕を解放したサラさん。

 先程までの緊張感が嘘のようであるが、水色おねーさん――クレア大尉の銃口はいまだ僕に向けられていた。

 

「とりあえずそれ、下ろしたら? おちおち話もできやしないわよ」

「……それはできません。彼の危険性は、あなたも重々承知のはず」

「危険性ねえ。今ので危険も何も無いと思うけど。……ま、そりゃあアンタらと違ってこっちは小競り合いも多かったしね」

「なら、なぜ彼を見過ごしているのです。あまつさえ自分の教え子とするなんて……。彼は第二子とはいえ次代を担う後継者。赤い星座が手放そうとするはずがない。何か企んでいるとは思わないのですか?」

「思わないわね」

「なぜ」

「コイツが今は団と関係無いからよ。理由は……まあ本人から聞いた方がいいと思うけど。それを除いてもまずスパンが長すぎる。アタシが団を出たレイヴェルと会ったのが去年の話。何かを目的として潜伏させたとは考えにくいし、仮に何かをさせるとしたら、仕事を依頼した誰かも引き受けた誰かもレイヴェルにやらせようと思った誰かさえ、すべて人選ミスね」

「……だとしても、その危険性に変わりはありません。民間人……いいえ、被害が及ぶとしたら、真っ先にⅦ組の方々へ向かう可能性が高いのですよ」

「だからこそアタシが監督してるのよ。……アンタの言わんとする事はよくわかるけど、意外にも聞き分けいいのよ、この子。――それとも、アタシじゃあ力不足だって言いたいのかしら?」

 

 どうも旧知の仲であるみたいだけれど、そんなに仲良くはなさそうである。また張り詰め始めた空気をよそに僕はボケーッとしていた。

 僕の事で揉めているのはわかるのだが、僕も置いてけぼりにされているので、肝心の僕が口を挟めず傍観者になってしまっていた。

 

「……わかりました。サラさんがそこまで言うのであれば、私がこれ以上とやかく言う必要はないのでしょう」

「そーよ、ないのよ。おたくと違ってうちは褒めて伸ばす方針なんですからね」

 

 しかしその空気もクレア大尉がようやく銃を下ろしてくれたことで霧散した。あとサラさんの煽りがよくわからなかった。

 まあ、とにもかくにも話が終わって落ち着いたなら色んなモノは一旦置いといて。

 

「じゃあ次は僕の話ですね」

「話、ですか? ……あなたも何かあったのですか?」

「ありますよ! むしろ僕からしたらこっちが本題なんですよ!」

「それは申し訳ありません。で、なんでしょうか?」

 

 さらりと流された……。

 やっぱりまだトゲを感じる気がする。

 

「えーと、その前に一応確認したいんですけど……今そちらは赤い星座(うち)を雇っていませんね?」

「……それにはお答えすることが出来ません――と言いたいところですが、その通りです。何か依頼を受けたのか、赤い星座(かれら)の動向は掴めていません」

「ああ、だからあんな警戒してたってワケね」

「ええ、正直目を疑いました。まさかこんなところで団員、それも重要人物がいるなんて、一体何をするつもりなのかと……」

「うちは神出鬼没がウリの一つですからねー」

 

 しかしやっぱりそうなのか。

 よしっとついガッツポーズを取ってしまう。

 運はこちらに向いている。

 

「で、ここからが重要なんですけど……ちょっとお願いがありまして」

「お願い?」

「はい。と言っても簡単な事です。ただ、僕がいたことを黙っててほしいなー、なんて」

 

 両手を合わせて小首をかしげ、あざとさを強調しながら下から覗き込むようにしてお願いする。

 持つ物は有効活用。手段は厭わない。

 レイヴェルに2000のダメージ。

 

「それは赤い星座に、ということですか?」

「ええ。もちろん関わる事がなかったらいいんですけどね」

「理由を聞かせてもらっても?」

「いやいやさっき言ったじゃないですか。家出したって」

「…………」

「マジよ。残念ながら」

 

 無言で確認するクレア大尉にサラさんは首を振った。いやなんで振った?

 僕は最初から嘘など言っていない。

 

「そ、そうなのですか……。あまり他人様の家庭の事情に首を突っ込むのは褒められた行為ではありませんが、家出というのは根本的な問題の解決にはなりませんので、よくご家族と話し合われた方が良いと思いますよ」

「話し合いましたよ! 大体家出っていうか、僕はちゃんと出る前に行ってくるねって言ったのに、だめだって言ったから、結果的に家出ってことになっただけです!」

「…………」

「決め手はこれね。そもそも工作に向いてないアホなのよ」

 

 失敬な。

 

「な、なんというか……聞いていた情報からのイメージとは、えらく違うようですね……」

「わかるわーそれ。アタシなんて迷子になってたとこ拾ったのよ? いやもう迷子って……」

「あーもう、僕の事はいいから! クレア大尉は早く答えて!」

 

 本人がいる前でいたたまれなくなるような反応とか話とかしないでほしい。

 アホアホ言われるのもアレだが呆れ返られるのも精神的にくるモノがある。

 

「とにかく、アタシからもお願いするわ。念入りに足跡は消しておいたけど、チクられちゃあ何の意味も無いしね」

「……いいでしょう。勘違いで銃を向けてしまった事もありますし、それくらいでよろしければ協力させていただきます」

「やった――」

「――ただし、あくまでも私からは何も言わない。というだけです。……おわかりですね?」

 

 諸手を挙げて喜ぼうとする僕を、素直に喜ばせてくれない条件が被せられた。

 ……自分からは何も言わない? つまり聞かれたら答えるということか?

 それは――少し困ってしまう。

 だが。

 

「案外譲歩してくれた方かもね――OK、それでいきましょう」

「……すみません」

「なんでアンタが謝んのよ。ほんとお堅いっていうか、生真面目っていうか」

「えっ、ちょ、ちょっとサラさん?」

 

 と、サラさんは勝手に話を進めてしまっていた。

 いや、受け入れちゃってるけど、それじゃあ普通にバレてしまうじゃないか。

 運任せみたいなモノじゃあないか。

 

「仕方ないでしょ。こっちの都合だけで全部押し通すなんて無理よ」

「無理って……団を雇う雇わない以前の問題ですよ? 接触されるだけでバレません?」

「いや、それはないわよ」

「で、でも、これって聞かれたら答えるって意味じゃあ……」

「まあ、その辺りは職業柄ってことよ」

「……ああ、なるほど」

 

 上から経由しない限りってことか。

 …………やっぱり、運任せじゃない?

 

 

 

 

 

 

 

 

「案外いい人でしたね、クレア大尉」

 

 と、言いつつ欠伸をひとつ。

 夜は猟兵(ぼくたち)の時間とも言えるが、やはり緊張感も無しにジッとしているのは眠くなる。

 

「いい人って。それでいいワケ?」

「?」

「初対面でしかも勘違いであんな目にあっといて、アンタも大概お人好しねえ」

「なんですかそれ。銃向けられたってだけじゃないですか」

 

 結果的に何もなかったし、対価も貰えたのだから怒る要素がどこにもない。

 僕のことを報告すべきだろう職務上で、限定的とはいえ黙っていてくれるのだから、むしろ感謝の方が大きいのは当然だ。

 僕は軍人でないが、上に尽くすことの重要性、必要としてもらっている(・・・・・・・・・・・)立場でのその選択がどれほどのモノか、痛いほどにわかってしまうのだから。

 ……まあ、だからと言って、ちょっと困る条件なのは変わらないのだけれど。

 

「……単に誰かに話さずとも、自分がわかってればいいってだけかもしれないわよ?」

「んー、それならそれで別に構わないです。思惑までは関係無いし」

「あっそ」

「美人無罪という言葉もありますし」

「ねえわよ、ンなもん」

「あれ?」

 

 巨乳無罪だっけ?

 まあ、どっちでもいい。

 

「割と好みのタイプだったんで良しとします」

「え、アンタ好みとかあったの?」

「おやおや、何を言いますやらサラさん。何でも食べられることと、好き嫌いがあるのは違うでしょう。僕は木の根っこだろうがカマドウマだろうが食べられますが、そういう話ではないのですよ」

「アンタの言いたいことは理解したけどアンタのことは理解できないわ」

 

 本当に好みなのか、と言うサラさん。

 ちなみに今挙げた二つで言えば、カマドウマの方がマシである。

 木の根っこはえぐみがひどすぎて、正直二度と食べたくない。

 

「そういえば、あの人達って何であそこにいたんですかね?」

 

 クレア大尉について思い出したり話したりしていると、ふと、というよりは割と前から頭にあったはずなのだが、今の今まですっかり忘れていた疑問もよみがえってきた。

 

「ええと……確かケルディックは貴族領で、領邦軍の管轄になるはずですから、正規軍は介入できないはずじゃあないですか」

「ああ、そもそも鉄道憲兵隊は『帝国全土に張り巡らされた鉄道網の安全を確保する』っていう目的で設立されたのよ。だから沿線で事件が起きれば、『輸送の安全確保』の名目で貴族の領地にも介入できるってワケ。……ま、だからこそ反感も買うんだけどね」

「へえ、そんな理由が……だとするとやっぱりわからないんですけど」

「何がよ?」

「あの人達がいた理由です」

「だから今言ったじゃない」

「そうじゃなくて……んんー、なんていうか――なぜ最精鋭部隊である鉄道憲兵隊が、出張ってきたのかなって」

 

 帝国全土。と口に出すのは簡単であるが、帝国の広大さなんて今更地図を見直さなくとも知っているくらいには広い。現に皇帝を中央として、各地を力のある《四大名門》を筆頭に治めさせるくらいに。

 鉄道憲兵隊の規模がどれほどかは知らないが――はっきり言って、こんな田舎に構っている余裕はあるのだろうか?

 決してケルディックを貶めるつもりはないと念頭に置いて実習で見て回った感想なのだけれど、わざわざ精鋭と呼ばれる彼女等がやって来るほど重要な地点だとは思えなかった。

 いや、確かに帝国外の貿易都市であるクロスベルとの中継地点だったりするのだが、逆に言えばそれ以外は彼女等が介入するような何かがあるワケでもないのだ。

 大市も結構な賑わいを見せてはいたけれど、それだってこの程度の村――じゃなくて町にしてはというレベルだったし、この一帯はともかく帝国への利益と考えるとそんなにか? と首をかしげてしまう。

 大体、問題の大元は大市へかかった税の値上げである。それに伴った嫌がらせに関しては商人達が喧嘩沙汰を起こすくらいのモノと聞いていたし、直接的な実害が出たのは今回が初めてのはずだ。

 大市が破綻しかねない被害が起こったから――というには来るのが早すぎるし、それ以前の増税云々ではさすがに畑違いではないか? というか反感を買ってまでの理由が弱すぎないだろうか? と首をさらにかしげてしまうのだ。

 

「……兄弟筋から連絡受けたから、優先して近くにいたアイツが出張ってきたってだけでしょうよ」

「兄弟筋? クレア大尉にも弟とかいるんですか?」

「似たようなもんよ。大体アンタに思惑は関係ないんでしょーが。それより今は今日のレポートの内容でも考えときなさい。ちゃんと書いてたわよね?」

「うっ、そ、それなりに……」

 

 まあ、そうか。

 どんな考えがあったとしても僕には関係無いことだし、わかったからなんだってくらいだし、ていうかわかるはずないし。あのサラさんとは正反対そうな雰囲気からすると、本当にケルディックの人々のため事前に動いていたのかもしれないしなあ――

 

 なんて。

 そこで言われた通り思考を打ち切るには、実は引っかかっていることがもう一つあった。

 クレア大尉が僕を見て、銃を突きつけ、何をするつもりかと問うたのはわかる。その行動に無理はないと思った。だって猟兵が一人紛れ込んでたのだから。

 だが。

 

 その後に赤い星座の動向が掴めていない(・・・・・・・・・・・・・・)、と言ったのはどういうことだろうか。

 

 僕は『赤い星座』の『オルランド』だから、あんなにも警戒して団の思惑を訊ねたのだと考えたが、そうではなく、そもそもクレア大尉は赤い星座の動向がわからないということを知っていたからこそ、突如現れた僕に対して過剰な警戒心を見せたのではないか?

 つまり、僕と会うより前、既に団へ接触を図ろうとしていた……となるのか?

 何かしらあった、いや、あるかもしれないから、確認したら消えていた……となるのだろうか?

 そうなると、クレア大尉がここに来たのは、その、別の、何かが本来の……?

 ああ、そういえば、微かに、気のせいだと思ったけれど、この地からは――

 

「なあ、レイヴェル」

「っは!」

 

 普段使う事のない頭を煙が出てるんじゃないかってくらいに酷使させオーバーヒート寸前だった僕は、すんでのところで掛けられた声に救われた。

 あ、あぶなかった……頭がフットーしそうだった……。

 サラさんの言うことは素直に聞くべきである。

 

「だ、大丈夫か? なんだか頭から湯気が出てるぞ?」

「ちょっと身の丈に合わないことをしただけです。えーっと。それで、どうしましたリィンさん?」

「ええ……? いや、行きの時も言ったけど、やっぱりこっちに座らないか?」

 

 顔を上げれば、ブレードをしている最中らしい全員の目が向いていた。何か催促するようにも、何か期待されているようにも見えた。

 

「行きも言いましたけどお気になさらず。僕にはこれがありますんで」

 

 なので同じようにポンポンと座席に立て掛けたケースをたたき、お断りする。

 なんとなく残念そうな感じでリィンさんは短く、そうかと一言言って引いてくれた。誰も無理強いするようなこともしなかった。

 そこで僕は今度こそ、ふと聞き忘れていたことを思い出す。

 

「――そういえばサラさん。何であの時、僕のところに来てくれたんですか?」

「ん? あの子達から行ってやってくれって頼まれたのよ。まったく、駅を出たとこでまた駅に逆戻りすることになったわー。感謝しなさいよ?」

「……言われなくともしてますよ」

 

 ブレードに興じる彼等を眺める。通路を挟んだ向こう側。

 僕もこの実習を通じてわかったことが色々あった。それは、僕と彼等はやはり違うのだと再確認させた。

 世界の半分は闇で出来ている。と言ったのは誰だったか。

 羨ましいとは思わない。

 漠然とそれを認識するだけだ。

 むこうとこちら、線引きされた境界があるだけで、背中合わせの同じ世界に変わりはない。

 ただ、交わることはないのだろうなとぼんやり思った。

 

「行ってきなさいよ」

「え?」

「ちょっとは馴れたでしょう? 誘われたんだからアンタも向こうに混ざってきなさい」

「……いや、僕にはこれがあるんで」

「そんなもん、端に座って通路に置いてりゃいいの。アタシ達以外に誰も乗ってないんだから」

「…………」

「足りない頭でいくら考えたってなんにもならないわ。とりあえず身体を動かすことから始めなさい。アンタはそっちの方が得意でしょ、レイヴェル」

「……足りない頭というのはまったくもって余計です」

 

 が、確かにその通りではある。

 ジッとしているのは性に合わないし、退屈だし、眠くなってくるというのも事実。

 うずくまって何もしないより、いつだって何かをしていたい。

 ケースを手に持ち立ち上がると、互いの座席を隔てる通路に自ら一歩踏み出して、なんでもなく踏み越えた。

 そして、側に立ったこちらを見つめる彼等の視線を受けて、僕は言う。結った毛先を指でくるくる弄びながら。

 

「――やっぱりそれ、僕にも遊び方を教えてくれませんか?」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。