「白状するとさ、ランディって……ちょっと兄貴に似てるんだよな」
旧市街の入り口広場で疲れた身体を休めながら、ロイドは呟くように言った。
クロスベル自治州創立記念祭。二日目。
パトロールに当たっていたクロスベル警察・特務支援課は、ややあって起きた揉め事を遺恨を残さず平和的に解決するため、あくまで試合形式ではあるが、旧市街の地形を利用した妨害アリの
リーダーのロイド・バニングス、および立案者の
「もちろん顔とかは全然似てないんだけど、いつも俺達をさりげなくフォローしてくれたりするだろ? そんなところがちょっと似てるんだ」
しかし、レースの最中、敵の痛烈な一撃を受けたことで豹変したランディ。いつものヘラヘラとした軽薄な雰囲気はなりを潜め、明らかに『キレた』様子で獰猛に笑い声を上げながら猛追する姿を見せてしまったことを、彼は後悔しているようだった。
それは『今』の自分とは違うもう一つの顔。彼が言う、元居た警備隊よりさらに過去の話。
煉獄のように熱く、冥府のように寒い。
血も魂も沸騰し、凍り付くような世界。
あらゆる生命の輝きと、クソのような汚泥が入り混じったような場所……。
どちらが本当の自分なのか、二年間ですっかり分からなくなってしまったと、普段とは違う薄く冷たい笑みを自嘲のように口元に浮かべていた。
ロイドは何と言っていいかわからなかった。抽象的にはぐらかした言葉でさえ、とにかく酷い場所だということは理解できる。その過去を正しく聞いたところで、今の自分ではきっと、間の抜けたことしか言えないだろう。
それでも、感情を無理やり押し込めたとしか思えない表情を見て、何も言わない選択肢などなかった。
昔がどうであれ、自分にとってのランディ・オルランドはただの同僚ではなく、今はもう会うことの叶わない、兄と同じく尊敬すべき一人前の『男』なのだ。
「――だからさ、いつか俺が兄貴やランディと肩を並べられるようになったら……その時は聞かせてくれないか?」
「………………」
自分はまだまだだ。だけどそれは紛れもない本心だ。だから今の自分が答えられる精一杯を、ロイドはランディに伝えた――つもりだったのだが。
「……ラ、ランディ?」
なぜか当の本人はこちらに手を伸ばそうとした状態で、嬉しさと照れ臭さと躊躇いと呆れと困惑となんだか色んなモノが多数に入り混じった、もはや形容し難い表情を浮かべて固まっていた。
◇
幕間2 やはり俺の弟がこんなにかわいいのは間違っている。
◇
「ごめん、変なこと言っちゃったな」
「ん、あー、いや、そういうワケじゃねえんだ」
上げた手の行方を見失ったように右往左往させて、結局ランディは自分の頭をかいた。
「まあ、なんつーか……お前のすげえ兄貴と俺が同格だとは思わねえけど、多少でもそう見えるのは、無理はねえのかもなって……」
「? どういうことだ?」
そのまま結った毛先に手を運び指で弄ぶ姿は、何か言いづらそうにしている時などに出るクセだとロイドは知っていた。
「実は俺、弟いるんだよ」
「……へっ?」
間の抜けた顔と声が出た。
やはりまだまだであった。
「そ、そうなのか? そんなの今まで一度も聞いてないぞ?」
「言ってなかったからなー」
はっはー、といつもの調子で笑うランディ。
そういえばそうなのだ。ランディの過去はクロスベル出身じゃないこと以外は何も知らず、今初めて少し聞いた程度。人間関係にしても警備隊を除けばこの都市の、それも歓楽街が主だった。女好きで遊び人、ナンパやギャンブル、グラビア鑑賞が趣味だった。そもそも女性関係のトラブルで警備隊をクビになりかけたところを支援課に転がり込んだらしい、だらしない男だった。
「年の離れた弟でよ。しばらく会ってねえが、生きてるならティオすけと同じくらい……いや一個上になるな」
「生きてるならって……生きてるだろそりゃ。……もしかして、身体が弱かったりするのか?」
「――ハハ、そうだな。その通りだ。人一倍頑丈なヤツだ、死ぬわきゃねえ。きっと今もピンピンしてるだろうさ」
「……?」
どこか妙な言い回しだったが、生きていると解釈して良いのだろう。
ランディの弟。ティオの一つ上となると、つまり十五歳に当たることになる。
試しに十五歳のランディを想像してみるも、結構な長身と兄というイメージも相まって、あまりうまくはいかなかった。
「どんな子なんだ?」
「そうさな……気難しいとこもあるが、基本的に真面目なヤツだ。人の話は素直に聞くし、気遣いもできる。目上には敬意を払った振る舞いを忘れないし、言われた事が苦手分野でも投げ出さず取り組むようなヤツで――」
「へえ、いい子なんだな」
「――そして何よりアホだな!」
「……ア、アホ?」
「アホ。一言でいうならアホ」
べた褒めから一転してあんまりな言い草に困惑する。
しかもすごくイイ笑顔で言い切るのでロイドはワケがわからなかった。
「まあアレを箱入り息子って言っていいのかわかんねえけど、どうにも一般常識が足りねえっつーか」
「な、何でだ? 真面目で人の話を聞く素直な子なんだろ?」
「ああそうだな。真面目に明らかにおかしい話を聞くし、間違った知識を素直に信じ込むな」
「ええ……?」
「おかげで俺とか周りとかが面白がって教えた言葉と知識を真面目に使ってやがる」
「原因の一端は自分なのか!?」
割とひどい話だった。
「何やってるんだよランディ……」
「い、いや普通ならちょっとおかしいなって思うようなやつばっかりだったんだぜ? 気付いた時には誰が何教えたかわからなくなって、でもまあそんなめちゃくちゃ変な事教えたワケじゃないし、いいかって」
「自分のだけでも訂正してやれよ……」
「俺のはあながち間違ってねえもん。女にまったく興味を示さな――いや一人だけ執着してたけど、将来覚えといて損はないだろうと、おにーさんはかわいい弟を思いやってだな」
「たとえば?」
「『美人無罪』『巨乳無罪』」
「ああ、最低だな」
顔も知らない無垢で善良な少年に同情する。
その無垢で善良な少年が割と欲望に従っている現在をロイドは知らない。
「でもそういうの関係無く、元々ちょっと頭のネジが緩いのは確かだぞ」
「それを助長した人間が言う事じゃない」
「例えばさ、俺が個人的に気に入らないだけの事があるとするだろ? 俺と一緒にいる時にそれが近くであれば、止めに行くんだよ。勝手に」
「話を……いや、うん、やっぱりいい子じゃないか。それが悪いことじゃないのかもしれないけど、つまりランディを気遣ってくれてるワケだろ?」
「いやあ、でも物理的にだぜ?」
「ぶ、物理的?」
「原因の人間か物を排除するんだよ、物理的に」
「物理的に」
「さすがに俺が気に入らないだけのことを問答無用で黙らせに行くのは勘弁してほしいわ」
「…………」
ちょっとネジが緩んでいるというより、間違ったネジを間違った箇所に無理やり捻じ込んでいる可能性がある。
なんだろう、ついさっきまでは少し頭が弱い程度の善良な被害者な印象で好感が持てていたのに、もとより本人が割とアレな可能性が出てきた。
「ちなみにランディの個人的に気に入らないことってなんだ?」
「フッ、そりゃあもちろん――女の涙さ」
「かっこいいセリフだけどな!」
繰り返すが、女性関係のトラブルで警備隊を追い出される寸前だった男である。
この兄弟はどちらも少なからず問題があるとロイドは軽く頭痛がしてきた。
「はあ……。なんだか色々衝撃だったけど……一回会ってみたいな、ランディの弟」
「ハハ、まあ会ったとしても、まず俺の弟だって気付かないと思うぜ」
「え、そんなに似てないのか?」
「んー、似てるっちゃあ似てるし、似てないっちゃあ似てない」
「なんだ、それ」
急に謎かけめいたことを言い始めたランディに口を尖らせたロイドだったが、別にそういった意図はなかったようで、笑いながら軽く謝ると、
「言ったろ、年が離れてるって。腹違いなんだよ」
「……あ」
と言った。
「わ、悪い」
「いいんだよ別に。事実だし、本人だって隠してるワケじゃないからな」
「でも……」
「謝るようなことなら、そもそも言わねえって」
真面目だねえ、と変わらず笑う。
あんまりにもサラッと言うモノだから反応が遅れたが、さすがにこれは軽々しく、本人のいない場所で聞いて良かったのか、とロイドは察しの悪い自分を恨んだ。
「うちに来たのは……三歳くらいだったか。急にフラッと親父がいなくなったと思ったら連れて帰って来てな。詳しい説明なしで『面倒を見てやれ』の一言だぜ? いや、どこでこさえてきたんだよって言いたくなるだろ?」
「そ、それはすごいな……。養子の線は考えなかったのか?」
「あー、それがあったか。正直、一目見て身内だってわかっちまったから思いつかなかったな。顔つきはともかく、目や髪の色とかまんま俺達と一緒だったし」
言ってランディは長い髪をつまんでみせた。
確かにこんなにも深い色をした赤毛はそう見かける事もなかった気がする。ほかにもオルランド家と符合する特徴があるのなら、見分ける事も容易かったのだろう。
「でも、その、やっぱり、大変だったんじゃないのか?」
「そりゃなあ。問題がまったくなしとはいかねえよなあ……ま、色々とな」
その『色々』を説明することはなかったが、淡々と話す表情は先程自身の過去を語った時と同じに見えた。
「つっても、それも今は全部終わった事だ。あいつは自分の力で立ち上がって存在を証明してみせたし、今はうまくやれてる」
「……そっか。まあ、ランディがずっと味方だったんなら、心強かっただろうな」
「……どうだろうな。そもそも俺だって最初は味方ってワケじゃあなかったんだ」
「……疎んでいたのか?」
「おいおい俺はそこまで小せえ男じゃねえよ。ただ……無関心だっただけさ」
好きでも嫌いでもなく、無関心。宿る感情は無く、そこにある調度品を見るのと、それを見る目に何ら変わりはなかったのだとランディは言った。
「面倒は見てやった。親父に言われたからな。だがそれだけだ。ああ、身内は誰もあいつのことを疎んで何か言うようなことはしなかった。……特に興味が無かったからな」
「それは……」
「ひどい話だろ。知らねえ人間しかいない場所に連れてこられた三歳のガキに、誰一人として暖かい言葉ってやつを掛けることはなかったんだ」
「ランディも、なのか?」
「……しいて言うなら、当時は自分の事で忙しかった――なんてのは理由にならんだろ」
弟を語る姿はおよそ無関心とは程遠く、何かと面倒見の良いランディを知るロイドからすれば、にわかに信じられない話だった。
「なのにあいつは兄さん兄さんって後ろをくっついて……たまたまその立場だったのに、たまたま俺だったってだけなのに、あんな何でもねえ言葉に縋って……。バカな弟だよ本当。こんな情けないヤツを、ずっと兄貴として慕ってくれてたんだからな」
語りは独白に。独白は懺悔に。それは女神へ許しを請う罪人の如く。過去から
それでも――
「情けなくなんかない」
何があったのかはわからない。どういう経緯でここに流れ着いたのかも聞いていない。
それでも、自分達が共に過ごした時間は何一つ嘘じゃない。
「さっきも言ったけど、今の俺がランディの過去を聞いても大したことが言えるとは思えない。そしてこれも言ったよな、俺はランディを尊敬してるって」
「ロイド……」
「そりゃ、最初は色々あったのかもしれないけど、今は違うんだろ? そうやって自分を理解して、本当の意味で他人に気を遣えるところを俺はすごいと思ってるんだ。情けないなんて絶対にない。ランディの弟だって、きっとそう思ってる」
「……ハ、だといいけどな」
「そうに決まってる。俺はその子が無茶してまでランディの嫌なことを失くそうとする気持ちがよくわかる。
――俺だって、ランディのことが好きだからな」
ここで一応注釈しておくと、この時ロイドにおかしな意味も不純な気持ちも一切無く、ただ真摯に自分の思いを伝えただけである。しかし当然と言うべきか、告白を受けた側であるランディ・オルランドはこの瞬間、すべての感情が頭から吹き飛び、表情は抜け落ち、ぽかんと大きく口を開けて数秒停止した後に、
「……クッ、はははははっ!」
「うわっ、ラ、ランディ?」
突如盛大に笑い始め、今度は躊躇わずそのままロイドの頭をグリグリと乱暴に撫でたのだった。
「参った参った、降参だ! いやー、やっぱお前すげえわ! さすがにそれは予想外過ぎるっつーか、なんなんだお前! あーあ、お嬢が苦労するのもわかるぜこりゃ。見境無しもいいとこだ」
「はあ? 何の話だ?」
「くそー、まずいことになったなー。まさか俺まで口説かれるとはねえ。まずいまずい」
「な、なんだそりゃ……。ていうか、まずいならいい加減撫でるのやめてくれよ」
頭を揺られながらロイドがそう抗議すると、ランディはいっそう大きく笑い声をあげて両手で髪を掻き乱した。
「はあ……何やってるんだか」
そうして仲良くじゃれあっている最中に声が掛けられた。二人のために冷たい飲み物を買いに行っていた同じく特務支援課に属するお嬢ことエリィ・マクダエルと、ティオすけことティオ・プラトーである。
二人は屋台で売られていたというキンキンに冷えたラムネを受け取ると、一気に喉へと流し込み、実に満足げな息を豪快に吐いた。
エリィは豊満な胸を持つ魅力的な女性であるため男の世界が理解できず呆れた様子で、消耗しているのにじゃれあうのはよろしくないと諭す、が、しかし、豊満な胸は持たないが全体的に小さくて猫耳に見える装備がすごくかわいい同じく魅力的な女性であるティオに、妬いているのかとクールにからかわれ、しどろもどろになっていた。
「聞いた話だとそういう特殊な
「そ、そうなの……?」
「フッ、悪いなお嬢、おにーさんは既に攻略されてしまった! 一足先にロイドハーレムに加えてもらうぜ!」
「や、やっぱりそういうアレだったの……!?」
「分岐でセーブしてましたっけ」
「だあああっ! 何の話をしてるんだよ! あと仮にロイドハーレムがあったとしてもランディは男だ!」
入れるのは女性だけらしかった。
「ま、それは冗談で。ちょっと俺の弟の話をな」
「えっ、お、弟?」
「……ランディさん、ご兄弟がいらっしゃったんですか」
「おう、俺に似て真面目で謙虚な気の利くヤツだぜ」
「それは一体誰の弟でしょうか」
「ランディでないことは確かね」
「ひでえなあ……」
全員が揃ったことで、二人の時よりもさらに賑やかになり始める。
創立記念祭はあと三日。それでも夕焼けに染まるクロスベルは徐々に人の行き来をまばらにし、夜の静けさの訪れを予兆させていく。だが周りは関係ないのだ。特務支援課は、変わらず共にいるのだから――
「そういえばランディ」
「あん、どした?」
「似てるとか似てないとか言ってたけど、やっぱり話を聞く限りじゃ割と似てるんじゃないか?」
「だから、誰も似てないとは言ってなかっただろ」
「え、でも、まず俺の弟だって気付かないと思うって……」
「そうだな。まず俺の『弟』だとは気付かねえわな」
「???」
「ははは、百聞は一見に如かずってことで。もしも会えたらそん時ゃわかるさ。あーでも、会えたら会えたでヤバそうだな……」
◇
「はっ。なんだか吐き気を催す寝取られの雰囲気を僕の頭の『不屈の闘志』がティンと察知したっ」
「なに、急に。その悲しいクセ毛がどうかしたの?」
「悲しいとか言うな! 見てよフィー! この揺れ幅、何かが兄さんに近づいている!」
「え、横だけじゃなくて縦にも? うわきも……」
「きもいとか言うな! あっヤバい、なんかすごい強大な気配だこれ! ビンビンになってる! なんてヤツだ……まさしく王と言っていい力の持ち主……なんかリィンさんに似てる? いやそれよりまずい、兄さんが攻略されかかっている! 口説き落とす気だ!」
「戦闘じゃないんだ」
「フッ、だがしかし、僕と兄さんのちょっと悲しいけどいい話で構成された過去のエピソード付きの兄弟の絆は絶対に負けない!」
「次の瞬間負けそう」
「ああああーっ!? なぜ……どうして……僕はただ一人の弟なのに……一人の一は、一等賞の一なのに……赤い星座一の弟なのに……誰だ一体……コロス……コロス……」
「攻略王には勝てなかったよ」
ここまでのほぼ本編に関係無い主人公プロフィール
《狂鬼》レイヴェル・オルランド
七曜歴1189年生まれ 15歳
※初邂逅時 レイヴェル3歳 ランディ9歳(実戦開始) シャーリィ4歳(訓練開始)
家族構成
父(故)《闘神》バルデル・オルランド
叔父 《赤の戦鬼》シグムント・オルランド
兄 《赤い死神》ランドルフ・オルランド
従姉 《血染め》シャーリィ・オルランド
好きなもの 筋肉に溢れたムキムキの身体
嫌いなもの 筋肉に溢れてないナヨナヨの身体
好きな女性のタイプ いつも落ち着いたクールで物静かな人
苦手な女性のタイプ いつも落ち着きのないワイワイ騒がしい人
最近の日課 牛乳を最低一日一本は飲む
最近気付いた事 学生になって昼夜正しい生活リズムになっている
最近嬉しかった事 そのせいかいつもより髪のツヤが良くなっている
最近ときめいた女性 クレア・リーヴェルト
最近ときめいた男性 ヴァンダイク学院長
将来の夢 身長二アージュ越えの筋肉モリモリ髭モサモサのガチムチ偉丈夫
最近の密かな悩み 髭が生えてこない
備考
基本的に前向き思考。前しか見ない。前以外に道は無い。だから迷う。