「やい、サラ・バレスタインでてこい!」
5月23日――
トールズ士官学院では自由行動日と定められた今日。
寝坊しようがダラけようが誰も咎めはしない、学院生ならば誰もが待ちに待った本日。
無論、僕がそのような怠慢を自らに許すはずもなく、普段通り起床し、身支度をし、いつもより時間をかけて自己トレーニングに励んだり牛乳を呷ったりと、既に充実した朝を過ごしていた。
強さは一日にして成らず。
僕より遥か高みにいる化物達こそ、日々の訓練を怠ることはないのだ。
身長も一日にして成らず。
先の見えない戦いなればこそ、日々のカルシウムを怠ることはないのだ。
かくして。
そんな風に朝日を浴びながら色々やっているといい時間になったので、第三学生寮、二階の男子専用区画から三階の女子専用区画へ駆け上がり、Ⅶ組の担当教官の部屋の前にやってきたのだった。
出てこい。なんて返事を待たずそのまま扉を開け放ちそうな勇ましげな僕であるが、他人の、ましてや女性の部屋に理由もなく押し入るなど、礼儀としても男としても最低なのでノックを忘れずにしっかりとする。僕の憧れる男らしさとはワイルドな風貌だけではないのだ。
一拍おいて、返事が返ってきたことをしっかりと確認してから、勢いよく中へ踏み入った。
「おらあ! どうだこらあ! 僕はやり遂げたぞこらーっ!」
手に持った課題のプリントの束をバッサバッサとさせて、会心の笑顔をどやりとキメてみせる。
さあ文句があるなら言ってみろ。
こっちはキッチリ仕上げたんだぞ。
今度はそっちが正座しろ。
目にもの見せてやったぜ感で妙なテンションになっている僕だった。
「なによう、さっきからギャーギャーと。アタシがアタシのビールをアタシの部屋で飲むのがそんなに気に食わないって~の?」
「あっ」
先程までの威勢はどこへやら。頭から冷や水をぶっかけられたが如きテンションの落差。冷静さを取り戻す。
最悪な時に来たと一瞬で察した僕だった。
「あ、あの……課題の提出に来ました……」
「あ? ああ。できたのアレ。ふ~ん、そう。へ~」
ベッドに腰掛ける赤ら顔のサラさんへプリントを手渡す。
できるだけ刺激しないよう声を潜め、音を立てずすり足で移動。サラさんがプリントをパラパラと流し見してる最中に決して焦らず走らずゆっくりと、じりじり背中を晒さず後ずさりする。
完全に猛獣への対応だった。
「まあ、待ちなさい」
「待ちません!」
「待ちなさい」
「あれ!?」
十分な距離を取って出口の前まで辿り着いた僕は、そこでようやく身を翻してドアノブに手を掛けようとする――が、それより早く誰かの手がノブを掴んでしまった。
誰かというか、真後ろから伸びる手が。
……息遣いを感じる。
おそるおそる振り返ると――
「ちょっと、付き合いなさい」
「こわすぎる!」
ていうかはっや!
音も予兆もまったく無かったよ!?
酩酊状態でこれほどのスピード……まさに雷光、いや、まさしく『紫電』! フィーとどっちが速いんだ……!
「って、いたっ! 肩いたっ!」
「まあまあまあ、ちょっとこっち来なさいまあまあまあ」
「なにがまあまあだ離せーっ!」
「生徒なんだから大人しく教官の話に付き合いなさい」
「前と言ってることちがうーっ!」
結局。
なんやかんやで抵抗虚しく座らされるのであった。
椅子があるだけ前よりいいと自分を励まし気力を保つ。
「シケた顔してるわねえ。なんかあったの?」
「ええまあ……現在進行形で……」
「こんな美人と部屋で二人っきりなんだから、もっと嬉しそうにしなさいよね~」
「確かに美人ですけど……むしろなんで美人なんだろう……」
「あら、美人なのは認めてくれるんだ」
「この世界には冷たい現実と暖かな嘘しかないんですね……」
「どういう意味よ」
酒臭い息にげんなりとしつつ部屋を見渡す。
入った時から目についていたが、あらためて見ても酒瓶が多すぎる。四方八方に飾られていたり、無造作に置かれていたり、大きな木箱にびっしり詰まっていたりと、これが仮にも教官の部屋かとさらに気分が下降する。
まだ日が高いうちから酔っぱらっていることもあって、なんかもうひどい以外の感想が出なかった。
「どうだったこれ。難しかった?」
「あ、そっすね。マジ難しかったっす」
「口調を戻しなさい。誰よ」
あまりにつらくて敬語もおざなりになってしまったが、そういえば兄さんの部屋にも酒瓶は飾られていた(こんな異常な数ではなかったが)ことを思い出し、幾許か元気を取り戻すことに成功した。
「そうですね。懲罰なのでできるだけ自分一人でやるようにしましたけど、僕だけじゃあ絶対仕上げる事は不可能でしたので、クラスの人に手伝ってもらったりしてなんとかできました」
「へえ、誰に手伝ってもらったの?」
「えーと、まずほぼ戦力にならなかったフィーから始まって、主にリィンさん、エマさん、マキアスさんとかですね。特にマキアスさんには苦手な理系問題を教えてもらえてすごく助かりました」
「そう。助けてもらえてよかったわねレイヴェル。お礼は言った?」
「はい、ちゃんと言ってお返しもしました。でも、ちゃんと対価になってるかと言われると微妙ですね……。僕は本当に助かったから、どうぞなんなりと、と言ったんですけど、それぞれ大したことを言ってくれなかったんです」
もちろんフィーは別。知っての通り遠慮のない間柄であるため訂正する必要もない。
「そりゃ当然でしょ。多大な感謝も相手からしてみれば、ちょっと勉強教えた程度のもんで何を言えってのよ」
「ちょっとって……僕はその知識に見合った正当な報酬として、大抵のことは引き受けるつもりで言ったんですよ? 僕ができそうなことならもっと色々言ってくれてよかったのに」
「アンタのそれは結構な意思表示のつもりなんだろうけど、ここにはアンタの価値を正しく理解してる人間なんていないんだから、相手と自分で差異があるのは当たり前。求めるモノだって一様に違うってのに、自分の中で釣り合う願いを言ってくれないから不満だなんて、感謝とは程遠いわね、とんだ契約だわ――そもそもの話、
「あ……」
ガツンと――頭を金槌で殴られたようだった。
確かにそうだ。僕の意図なんて相手からすればわからない。なのにそれ以上を求めるなんてただの押し付け――僕が嫌う過ぎた善意にしかならないじゃないか。
いや、それがどれほどのモノか伝わらず相手に委ねている時点で、本当に自己満足なだけの最低限にすら届いていないのかもしれない。
「――だから、しっかり自分の気持ちを示したいと思うなら、言いなりになるんじゃなくて、まず自分に何ができるか、何をしたいかをよく考えなさいな。それが最低限。礼に限らず、すべてのよ――ここで今まで通りは通用しないし、通用させちゃだめよ。自分探しの旅人クン?」
「…………そうですね。その通りです。あなたの言葉を胸に刻み、今一度自分がどうすべきか考えてみます」
「ん、よろしい」
「そしてその言葉を踏まえた上で、 紛れも無い自分の意思で、あなたに伝えます。ありがとうございました、サラ教官」
「――その素直さは、文句無しに美徳よねえ」
腰掛けたベッドから身を乗り出して僕の頭を撫でながら、笑ってサラさんはそう言ったのだった――
ってなんだこれ。
酔っ払いと和やかに会話しちゃって割とためになる説教とかもされちゃってなんだこれ。
ていうか誰だこれ。
サラさんなのか?
「あ、そうそう。忘れないうちに渡しとくわ」
「え。なんですかこれ」
渡されたのは学生手帳とはまた別の手帳。
見たところ特に変哲もない、ポケットにジャストフィットしそうな普通の手帳。
「それに日々の記録をつけなさい。で、毎月提出するように」
「はあ……今度出す新しい課題かなんかですか?」
「いや? ただの監視のためよ?」
「正体を現したなサラ・バレスタイン!」
内心ちょっと安心した。
いや安心しちゃだめなんだけど。
「なんですかそれ! まるで僕が前科持ちのようじゃないですか!」
「似たようなもんでしょ」
「違います! 猟兵は確かに色々やりますが……! まあ所によっては雇うこと自体が罪になるような存在ですが……ぼ、僕は無実です! 何をしたってんですか!」
「三回」
「何が!」
「アンタが我を忘れかけて、取り返しのつかない事態になるかもしれなかった回数」
「……な、なんのことやら!」
勢いでとりあえず誤魔化す。
何か言い返したいけど、その前に眼が泳ぐのすら止められない。
「先月の特別実習で領邦軍に襲いかかろうとしたらしいアホは誰だっけ」
「あれだけコケにされて黙ってるのは男じゃありません」
「同じく鉄道憲兵隊に襲いかかろうとしたらしいアホは誰だっけ」
「男ならただやられるのを待つのではなく最後の瞬間まで戦うべきです」
「先日同級生の女の子を人気の無い場所に誘って襲いかかったアホは誰だっけ」
「生涯唯一人と定めた相手に男は我慢できなくなるものです」
「全部アンタじゃないのよ!」
「だって男なんだもん!」
まあ。
その言い訳にもならない性別の叫びで全部ゴリ押すには、若干どころか普通に苦しすぎると言わざるをえなかった。
「最後はともかく、無駄に男らしいせいで本っ当にあぶなかったわ……! 時と場合をもっと考えなさい、国家権力なめてんじゃないわよっ、このっこのっ」
「いひゃい、いひゃい! ほっへほふへははいへ!」
左右からみょーんと頰を引っ張られてまともに喋ることができなくなる。
後のことなんてとりあえず倒してから考えればいいじゃないか。非は相手にあったのだから、まあなんとかなるだろう。最後はともかく。
「うわ、なんでこんな伸びるの。モチ肌にもほどがあるわよレイヴェル」
ガッデム。男を貫いた僕に救いはないのか!
「教官。届け物を――ってうおお、なんだか前にもあったような理不尽な光景が」
「あらリィン」
「ひゃいひょおーっ!」
女神はいた!
なんでここに来たのか知らないが、反射的に離された手から急いで逃れ、リィンさんの背に回り前に押しやって盾にする。
これは適材適所で反乱ではない。
「サラ教官……また昼間から呑んでレイヴェルに絡んでるんですか?」
「絡んでなんかないわよう。教官らしく生徒の近況を聞いて、ためになるお話をちょこーっとね」
「酔っ払って言われても信用できませんよ……。とにかく、これ教官のじゃないですか?」
「あれ、この雑誌……」
何事か話し出す二人を見て頰をさすりながら一息つく。無事に興味がリィンさんに移ってなによりである。
ほんと、何がどうなってこんな目にあったのやら。
記憶を辿れば、言われた課題を提出に来ただけだったはずなのだけれど。
「リ、リィン隊長、用が済んだなら早く行きましょう。そこの傍若無人な教官の皮を被った鬼がまた僕を襲わないうちに!」
「鬼はアンタよ。つーか前々から思ってたけど何よその隊長って」
「今の僕はⅦ組所属ですから!」
「それが何か関係あるのか?」
なぜあなたが聞くリィンさん。
「……はあん、なるほどね。まあいいわ、行ってよし。リィンもありがとね」
「え、ええ。教官もほどほどに」
「二度と来るか!」
◇
「はあー、ナイスタイミングでしたリィンさん。超サンクスです」
「俺は何もしてないけど、本当に何もしてないけど、助けになったならなによりだ」
寮を出る。
まさか追ってくるとは思わないけれど、心の平穏的にさっさと離れたかったので寮を出て道を歩く。
「まったく、あの人は僕の頬をなんだと思ってるんですかね。ゴムみたいにびよんびよんさせて、このクールフェイスが崩れたらどうするつもりでしょうかまったくまったく」
「はは、きっとサラ教官なりのスキンシップだろうさ。見たところ大丈夫、いつもと同じクール……クールフェイスだ」
「あれ? 今ちょっと言い淀みませんでした?」
やっぱりどうにかなってるのかと不安になる。
気のせいだとリィンさんは視線を外して言った。
「俺達にはあんな風に絡んでこないし、まあ気に入られてるんだろ、レイヴェルは」
「全然嬉しくないので代わってほしいです。気に入られてるって言いますけど、リィンさんだってサラさんに付き合えば酒の一本くらい押し付けられますよ」
「いや、さすがに教官でもそこまでは……しないとは、言い切れないな。あの様子を見る限り」
「まあ強要はしませんけどね。だからと言って未成年者に酒を勧める学院教官という時点でアレですが。大体ですね。普段酒を飲まない、飲めない人が飲んだからといって、いつもと違う姿が見れるワケがないんですよ。ハイテンションになったり甘えん坊になったりなんて、そんなの大衆小説の中だけなんですよ。胸がムカついて腹が熱くなって、せいぜい眠そうに舟を漕ぐか顔面蒼白のリバース一歩手前にしかならないんですよ!」
「それは一体何についての言及だ……?」
ここは現実なんだからそこまで熱くなる必要はないだろう、とリィンさんは言う。
確かにリアルとフィクションをごっちゃにするのは危ない人だ。
創作は創作として楽しまなければ。
「そういえばリィンさん。サラさんに何の用事だったんですか? その紙袋の中から本を渡してたみたいですが」
「ああ、実は……」
どうやらリィンさんはまた生徒会に寄せられた依頼を手伝っているらしく、伝票を紛失したため、教官用図書の配達先がわからなくなってしまった本屋の代わりに、タイトルから注文者を推察して配っているとのこと。
全部で五冊。
今しがたサラさんに渡したので、あと四冊である。
「いやリィンさん。簡単に言いますけど今日は自由行動日だし、全員が学院にいるとは限りませんよ。現にサラさんは寮にいたし……下手すればトリスタ中を走り回るハメになりませんか?」
「ああそうか、確かにそうかもしれないな……。まあ、やるだけやってみよう。大体誰の物かはわかるし、見つからなかったらまた後日行ってもいいしな」
「…………」
またいいように使われるなあ、この人。
探すだけでも時間がかかる、さらに見つからないと判断するまでどれだけかかるか、わかっているのだろうか。
それにトリスタ中とは言ったが、トリスタにいたらまだいい方である。どこか別の場所にいる可能性だってあるのだから、骨折り損になるだけかもしれないというのに。
「――わかりました。僕もお付き合いいたしましょう」
「え、いいのか? 自由行動日なんだし、レイヴェルもやりたいこととかあるだろ?」
「今の僕のやりたいことは、あなたを手伝うことですリィンさん」
その生徒会からの依頼は気に入らないし、僕はそんな風に使われるのはごめんであるが、それとこれとは話が別である。
受け取るだけではいけない、気持ちが悪い、我慢がならない。
僕は自分で考え、自分の意思で、できることをすることにした。
◇
ひとまず普通に学院に向かい、教官室へ赴く。
「君は……サラ教官のところのリィン・シュバルツァーか」
「はい、そうです」
「それにそっちは……」
「ああっ!? こ、こんにちはナイトハルト教官!」
「オルランドか。何か用か?」
「いえ、僕はただの付き添いなだけで何も! お構いなく!」
「そうか。授業での質問があれば遠慮なくするように。軍から出向の身であるため、いつでもいるわけではないからな」
「はい、了解しました! ……ああ、男らしい。かっこいい……!」
「……まったくサラ教官といい、なぜこうも……。それで、私に何の用かね?」
「は、はい、実は――」
ハインリッヒ教頭に事情を説明し《分析・マクロ経済》を手渡した。
次に教官室にいなかった人物を探しに行く。
まずは確率の高い吹奏楽部の活動へ。
「あら、こんにちはレイヴェルさん。そしてあなたは……同じⅦ組のリィンさんですね」
「あはは、こんにちはメアリー教官。今日も変わらず美しいですね」
「あらあら、ありがとうございます。レイヴェルさんも変わらず美しいですよ。今日は私にどんなご用でしょうか?」
「用なんてそんな。教官の顔が見たい、教官の声が聞きたい、ただ教官と話がしたい……あなたへの熱い想い以外、僕が持ち合わせているとお思いですか?」
「持ち合わせてるだろ! 教官を口説き出すんじゃない!」
メアリー教官に事情を説明し《近代美術全集》を手渡した。
次はまあ、中庭か屋上にいるだろうと二択にしぼり、屋上へ攻めて行く。
「げ、レイヴェルじゃねえか。そしてそっちは確かリィンだったか」
「げ、ってなんですかマカロフ教官。げ、って」
「お前と関わるとロクなことにならねえんだよ……」
「それが会って早々生徒に掛ける言葉ですか。傷つきました、ハインリッヒ教頭にサボりをチクります」
「待てわかった俺が悪かった」
「まったくサラさんといい、だらしない……。携帯灰皿持ってるんですか? 灰を落とすとガイラーさんが怒りますよ」
「ああはいはい気を付けます。……ほんとミントみてえなやつだな。方向音痴だしよ」
「……あの教官。そろそろお伺いしたいんですけど」
マカロフ教官に事情を説明し《新解サイエンス》を手渡した。
で、最後の一冊で教官室にいなかった最後の一人。
本校舎以外で心当たりは一つしかないのでそこへ向かってみる。
もちろん図書館のことである。
「おや、リィンくんにレイヴェルくん。何か私に用事ですか~? 帝国の歴史について語り合いたいのならいつでも付き合いますけど~」
「うーん帝国の歴史がつまらないワケではないですけど、語り合えるほどの知識はありませんし……」
「それは非常にもったいない! よければ今から歴史の素晴らしさをお教えしましょうか~! 徹底的に」
「て、徹底的? いえそれは、またの機会に……。レイヴェル……迂闊なことを言うとまずいから……!」
「あはは、すみません。まあ僕がわかる歴史なんて、中世暗黒時代に存在した狂戦士の一族くらいですからねえ」
「ほう? 中世暗黒時代の歴史についてとはいいですね~。 え~っと、その頃で名前が残ってるのは確か……」
「レイヴェルっ……!」
「あ、ごめんなさい」
トマス教官に急いで事情を説明し《獅子戦役の謎》を押し付けた。
◇
「よーっし、これで
図書館を出て思い切り伸びをしながら空を仰ぐ。
寮を出たあたりではまだ少し登りだった太陽は、今はもうとっくに頂点を過ぎてしまっていた。
「レイヴェルがいてくれてよかったな……。居場所を不思議なくらいに当てるから、本当に助かったよ」
「あはは、それもリィンさんが誰の本かを間違いなく推理できたおかげですよ。誰かさえわかれば渡すだけですからね」
「なら二人の成果ってワケだな」
グッと親指を立てるリィンさんに、こちらもビッとピースを突き返しておく。
ニヤリと互いに笑みが零れた。
「でも話をスムーズに進められたのは、やっぱりレイヴェルの力が大きいぞ。結構顔広いんだな?」
「んー、それほどでもないですよ。リィンさんほど忙しくはないですが、僕もそれなりにウロウロしてるってだけです」
「その割には名前もしっかり覚えられてたじゃないか」
「まあ誰彼となんだかよく話かけられますし、僕の姿は目立ちますからねえ。ふふん、一度見たら忘れられないことでしょう、この赤毛は」
「ああ、なるほど。確かにレイヴェルは目立つし、気になるのも無理ないよな」
ファサリと髪をかきあげる。
それも仕方なし、敵も味方も視線を奪ってやまないのだから。
赤い星座は頂点。オルランドは戦場の覇者。この赤毛は咲き誇る華であり燃え盛る炎。熱い情熱や闘志の象徴とも言える。とにかく惹かれて当然なのだ。
鼻高々にどやあああと踏ん反り返る僕は「色々二度見するしキャラ濃いしな……」と呟かれた声に気付かなかった。
「レイヴェルはこの後、どうするつもりなんだ?」
「え? とりあえずフィーを探しに行く予定ですけど」
「あ、そういえば今日は一緒じゃないな。何か足りないと思ったらフィーだったのか」
「僕と彼女はワンセット扱いなんですか?」
だから四六時中一緒じゃないと前から言ってるだろうに。
お互いやりたいことだってあるし、僕だって一人になりたい時くらいある。
「実は今回も旧校舎の調査を依頼されてるんだが……」
「ああ……」
一週間前の悲劇(自業自得)を思い出して苦い気持ちになってしまう。せっかく懲罰をクリアしてもさらに監視の目を強められてしまうとは、我ながら行き過ぎた愚かな行為だったと深く反省している。
結果サラさんにも負担をかけてしまって、やはり規律を乱してはいけないのだ。本当に。
でも気持ち良いことをやめるのは、とても難しいモノなのだ。切実に。
「申し訳ないですが、同行の依頼ならパスさせてください」
「そうか……。もしかして、レイヴェルも旧校舎の調査をしているのか?」
「えっ。な、なぜ?」
「いや……昨日、図書館で委員長が一緒に勉強するはずだったフィーが来ないって言うから、探しに行ったら旧校舎のベンチで寝ていて、起こしたら『先月よりまたかなり変わってる』って言われて……」
「…………」
あのバカは本当に僕の話を聞いてなかったんだな……。
「まあ、ちょっとだけです。サラさんには許可をもらってますので勝手にではないですよ?」
「危なくないか……?」
「あはは、大丈夫です。僕達は触りくらいなんで。だからしっかり調査してきてくださいね、リィン隊長?」
触り(最奥)だけど。
一週間前の様子を見る限り、危ないどころかヌルいくらいだろう。大型もおらず、ちょっと強くなった雑魚相手に行って帰ってでいい訓練になるだろうから、僕が同行する必要はないし、むしろしない方がいい。ていうかしたくない。
リィンさんを手伝うという言えば聞こえはいいが、結局はいいように使われてる気分が抜けきらず癪なので、なんらかのメリットが欲しいのだ。
リィンさんと別れて歩く。
手っ取り早くフィーの居場所を知りたければARCUSで連絡すればいいだけなのだが、急用があるわけでもないし、僕がただ会いたいなあと思っただけなので、彼女は彼女で満喫しているだろう今日を無粋に邪魔するつもりはない。
なので特に頭を働かせず勘と足に任せてフラフラ歩く。
……さすがにまだ寮で寝てるとしたら、叩き起こさせてもらうが。
しかしその懸念も杞憂だったらしく、身体はトリスタではなく本校舎に向かって進んでいた。
意外と近くにいるのかと再び校舎の正門をくぐり抜ける。校舎内で彼女がいるとしたらとりあえず屋上――
「……いや」
階段の前で足は止まる。身体は右に方向転換。
辿り着いたのは医務室。
失礼しますと一言断りながら扉を開ける。
「こんにちは、ベアトリクス教官」
「あら……フィーさんならそこにいますよ」
「やっぱり……」
指し示された場所を覗き込む。カーテンレールで仕切られた一角。並べられた清潔感溢れるベッド。静かに寝息を立てるフィーの姿がそこにはあった。
「すみません、フィーがまたこんな……」
「ふふ、そんなに気を遣わなくともいいのですよ。こちらが良いと言っているのですから」
「そうは言いましても……」
確かに寮で引きこもって寝るのはよくないが、だからといって病人、怪我人のための医務室に昼寝に来るとはどういう了見だ。ベッドにも限りはあるのだぞ。今は誰もいないからいいモノを。
しかも会話からわかる通り、これが初めてというワケではない。用件を言わず聞かず真っ先にフィーを口にする無駄のないやり取りから、その頻度はお分かりいただけることであろう。
「レイヴェルさんは本当に甲斐甲斐しい方ですね」
「う、うーん、そうでしょうか。フィーの素行監視は僕の役目ですからそんな……」
「それだけでそこまで気に掛けたりはしないでしょう。大変思いやりに溢れていると感心します」
「……ま、まあ、確かにそんなのが無くたって、フィーからは目を離しませんけど……」
「でしょう? でもレイヴェルさん。気になる女の子に自分を見てもらいたいからって、無理やり自分を視界の真ん中に入れようとするのはいけませんよ?」
「…………」
たぶん、先週のことについてだと思うのだけれど……それ以外を言われている気にもなってきて定かではない。顔色を伺ってみるも優しげな微笑みを浮かべている。どうにも腹が読めない人――というか先週のことだとしてなぜ知っている。サラさんが必要以上にペラペラ喋るとは思えないが……。
「あらごめんなさい、お茶のひとつも淹れずに。お菓子もあるのだけれど、どうかしら?」
「い、いえ! フィーの様子を見に来ただけなんで、僕はこれで!」
フィーがこの医務室を利用する理由。
それはお茶とお菓子が出るから、そして医務室独特のニオイが落ち着くから。らしい。もちろんベアトリクス教官の人柄も理由の一つだろうが――そしてそのお茶とお菓子をねだりに行くような真似が気にするなという言葉に素直に頷けない一因である。
でも僕は逆に、話をしているとくすぐったくなってくるような柔らかい雰囲気が落ち着かず――医務室のニオイも含めて、自分でもよくわからないちょっとした苦手意識が、どうにも拭えなかった。
◇
医務室を出て、深く息を吐く。
これからどうしようかと暫しの逡巡――また屋上にでも行くか。
フィーがよく屋上にいるように、僕も屋上は好きなので自然と足が向かう。風を受けながら景色を眺めれば気分もスッキリするだろう。
ちなみに好きな理由は人を余すことなく見下ろせるから。
僕が大抵の人物から見下ろされるのは身長的に仕方ないことだが、決してそれを良しとはしておらず、その度にコンプレックスを刺激されて実は多少なりともストレスがあったりする。
マカロフ教官の一服も終わってるだろうし、今なら貸し切り状態だろう。
「……あ」
二階に上がり、さらに三階へと向かう途中。
三階への階段から向かい側に少し横へ。設けられた休憩スペース。一人テーブルを挟んだソファに座る人物――王子様然とした人物を発見。
「…………」
……バッチリ目が合ってしまったので、そのまま行くワケにもいかないよなあ。
ふむ。
「こんにちはユーシスさん」
「……お前か」
「こんなとこで何してるんですか?」
「別に何もしていない」
「何もって、じゃあ座ってるだけですか?」
「……見てわからないか?」
しょうもないことを聞くな、と言いたげな目を向けられてしまった。
端正な顔立ちで冷たく応対されるのは、貴族オーラも相まって結構ひるみそうになる。普通の人ならここで去ってしまうのだろう。
だが、みくびらないで頂きたい。
このレイヴェル・オルランドは、そっけなくあしらわれることに関しては一日の長がある!
……言ってて悲しくなってくるが、まあとっつきにくい相手との交流は心得ているということだ。
僕は立ち去るのとは間逆に、いつもの双戦斧入りの黒いケースを背中から降ろすと、テーブルを挟んで向かい側に腰掛けた。
「いやー、最近暑くなってきましたねえ。今はまだ春のはずですけど」
「春とは言え五月も下旬。半ばどころか終わりかけだろう」
「あはは、早いものですねえ。と言ってもユーシスさんはいつも涼しげですが」
「特に暑いとは感じていない」
「あ、そういえばそろそろ衣替えの季節ですね。ユーシスさんは夏服、注文したんですか?」
「フン、既にしている」
「あはは、やっぱりしてるんですか。僕はまだ悩んでるんですよねー」
「……なに?」
「この制服はオールシーズン対応だし、無理に変える必要もないっちゃないかなって思いまして」
両手を広げて制服を見渡してみる。
Ⅶ組の制服はブレザータイプとベストタイプがあり、僕が着用しているのはブレザータイプである。赤の面積が多く真っ赤で素晴らしい。
他の方々は下にワイシャツ等、ネクタイまたはリボンを締めたりして羽織っているが、僕は黒いタートルネックのインナー(自前。かねてよりの愛用品)の上にそのまま羽織っている。赤と黒のコントラストがまた素晴らしい。
しかし――しかしだ。
夏服にしてしまうとこのカッコイイ制服は失われてしまうのだ。秋頃までさよならしてしまうのだ。悩まないはずがあろうかいやない!
そんな感じで注文期限ギリギリになっていた。
「……今月を過ぎれば注文はできなくなる。買うだけ買ってから好きにしたらいいだろう」
「ああその手があったか! なるほどなるほど、それもそうですね! では今日中に服屋へ行ってきます!」
「……お前はつくづく頭がお花畑な奴だな」
「おおっ、さすがはユーシスさん! この髪が薔薇のように艶やかだと言いたいのですね! いやあ、わかってらっしゃる! ……あ、あの、いきなり真顔でそんなこと言われると、照れちゃいますよ。えへへ」
「…………」
フィーなら脳内お花畑とか、お前の頭を真っ赤にしてやろうかといった具合の暴言を吐いて来ただろうが、ユーシスさんはそれを微妙に変えるだけで僕をこんなにも喜ばせてみせた。
この人は顔だけじゃなく内面もカッコイイ、キャーキャー黄色い声で騒がれるのは納得だ! 僕は許す!
「――茶番だな」
「はい?」
「俺も暇ではない。さっさとしろ」
「あはは、なんのことです?」
「わからないとでも思ったか? いい加減、本題に入れ」
「あはは……えーっと」
「レーグニッツとのことだろう」
「…………」
そこまで見抜かれていたか。
くるくると結った毛先を指で弄びながら密かに戦慄する。内面は出していないつもりだったが、通用しなかった。
まあそれも当然か。
「――今更僕が言わなくともですが、マキアスさんとのこと、もっとなんとかなりません?」
「フン、本当に今更だな。気にせず不干渉だった奴が急に何だ?」
「まあー、ここまで長引いてさらに悪化するとなると、さすがに見ていられませんよ」
「悪化したのもさせたのも、俺にはなんら関わりのないことだが」
「う、確かにそうですけど……元々はお二人の対立が原因じゃあないですか」
「相手が勝手に突っかかってくることを対立とは言わん」
「うぐ、確かにそれもそうですけど……」
冷静に切り返されて言葉に詰まる。
反りが合わないなどを抜きにすれば元のところ、マキアスさんの貴族嫌いが原因でこの状況は始まった。
ユーシスさんはどちらかというと、突然向けられた敵意に対して黙ることなく言い返し、その後も続く敵意に悪感情が溜まっていって今に至るといった感じだ。
「はあ……上辺だけでいいからもっと合わせてくださいよ」
「フン、できるわけないだろう。向こうが黙らない限りはな」
「……まあ、先に手、じゃなくて口を出したのは向こうですもんね」
言われっぱなしでいられないのは当然だし、僕だって同じ立場ならそうしただろう。男だからその気持ちはよくわかる。
「それでも、このままはよくありません」
「仲良しこよしをやれとでも?」
「まさか。僕は他の人と違って仲良くしろなんて言いません。誰とでも分かり合えるなんて幻想でしかないし、嫌いなモノは嫌いでいいと考えます」
「見た目と違って随分なことだな」
「見た目はともかく……妥協するか、割り切るか、です。
でないと――後悔してもしきれない事態になるやもしれませんよ」
先月の散々になってしまった特別実習の内容が、どういったモノだったが詳しくは聞いていないので、主にこちらの内容から推察してになるのだが――まあ学院内での安全な授業とは比べ物にならなかっただろう。
不和を抱えて足を引っ張り合うのが二人だけならまだいい。
でも僕達Ⅶ組は同じチーム。隊になるのだ。
誰かが負傷。誰かが死亡。まだいい。最悪全滅でもしたら一体誰が責任を取るというのか。取れるというのか。
とは言えさすがに死亡、さらに全滅は言い過ぎかもしれないし、もちろんそんなことにならないよう配慮しての特別実習だろう――だが依頼から外れた予定外の連続だった先月を考えると、それもどこまで当てにできるか。規律と教官に守られた学院から離れた実習中に頼れるのは、自分達だけなのだ。
僕もフォローには入るけれど、それだって限度がある。もしもの時に切り捨てるべきは――なんて判断がありえないとは言いたいが、言い切れないことを知らなくていいが。
僕はそれを胸に秘めている。
常に想定を続けながら。
……そしてこの話のオチとして、一番恐ろしいのはそれらすべてを把握しているだろうサラさんが、それでもなお次回の特別実習に二人一緒でぶっ込んでくるだろうなと確信を持って言えることである。
「ユーシスさんだけになんやかんやと言うのは不公平ではあるんですがね。どうにもマキアスさんはただ特権階級が妬ましいとか、そういうワケじゃあなさそうで。まだ冷静なユーシスさんの方が話を聞いてくれるかな、と」
「フン、賢明だな。……一応覚えておこう」
「い、一応かあ。んんー、僕としては上出来……かな?」
ありったけの真面目さを顔に集中させた迫真の忠告が功を為したようで、ほっと胸を撫で下ろす。
脳は若干オーバーヒート気味だが、意外と説得とかいけるんじゃないか僕?
「にしても、ユーシスさんっていつもクールな感じなのに、挑発とか結構乗るし全部言い返すんですね。無視するか受け流せばいいのに」
「――『貴族の身分であることからは逃げられん。ならば自分なりの誇りを持つことだ』」
「……え?」
ユーシスさんは腰を上げた。
「貴族であることだけを理由にこちらへ見当違いの敵対心を持ち続けるのなら、それは俺が俺である限り、一生付き纏い続ける物だろう。……レーグニッツが何と言おうと、別に気にしてはいない」
「……それは誰かの受け売りですか?」
「昔、ある人から教えられた言葉だ」
そしてこちらには目もくれず、もう話すことはないと言わんばかりにそのまま歩き出し、さっさと階段を降りて行った。
残された僕は一人きり。
静かな校舎内に響く、吹奏楽部が奏でる名前のわからない楽曲を耳にし続ける。
……身分からは逃れられないかあ。
ああ――至言だね。
「どこに行こうがどこまで行こうが、血としがらみは変わらないし、変えられないってことなのかなあ」
大きくソファに両手を掛けて、だらしなく背もたれに身を預け、とどめに足を伸ばしてテーブルの上にどかりと組んで置いた。
普段の僕ならまずやらない、最高に行儀の悪い格好で見えるはずのない空を仰ぐように天井を見る。
「兄さんは、今どこで何してるんだろ」