「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ふわぁああ~~……」
あ、ごめん。ちょっといいかな?
うんうん、一回だけ、一回だけ言わせて?
「……めんどくさい!」
「それはわたしのアイデンティティ」
「昇華がはかりしれないっ……!」
5月29日――
二回目の特別実習日。
前回と同じくまた列車での移動であるため、眠たげな目をこすりながらの出発である。
しかし前回と同じくとは言ったものの、今回僕が、僕等が向かう目的地はケルディックのような一時間程度で辿り着く近場ではなく。その五倍。なんと五時間。五時間もこうして座ったままの状態で、ガタゴトと揺られる必要があると言うのだ。もはや早起きを取り返すどころかおつりがくる。何もせずジッとしているのが好きではない僕にとってはまた結構な苦行。そのつらさは前回の一時間でも腐りかけていた事実から推して知るべし。
もっとも。
今回の僕はそのような事態に陥りながらも、そのような苦行とは無縁であると、ここに宣言しよう。
宣誓しよう。
なんなら宣伝もしちゃおう。
このように退屈さとは程遠い、むしろちょっと楽しさすら感じているとさえ言える僕の心境は一体どういうことであるか。というのはまあやはり、
「……なに?」
「あは、なんでもない」
僕という人物を心得た方々であれば、今更説明するまでもないのだろう。
負を打ち消して喜ぶモノなど本当に限られているといった話。
なので本当に前回とは違う心境なのだけれど――
「えっと……と、とりあえず、実習先のおさらいをしましょうか?」
「そうだな……ユーシス、せっかくだからバリアハート市についての概要を説明してくれないか?」
「フン、別に構わないが――そこの優秀な男に説明してもらった方がいいんじゃないか? 貴族の目線で語るより、さぞ批判的で気の利いた説明をしてくれるだろうさ」
「くっ……。僕がイデオロギーに歪んだ物の見方をしていると言うのか?」
これだよ。
またぞろ始まった言い合いにうんざりする。寮を出る前から既に飽き飽きだ。フィーなんて寝始めてしまっているじゃあないか。……それはいつものことか。
今のところは特に口出しせずフィーと傍観しているが、冒頭からわかる通り、いい加減こらえきれなくなってきた。事態を修復しようと取り持つリィンさんエマさんを無視して重苦しい空気を製造するので、ここいらで僕も参戦してガツンと痛烈な一言を叩きつけてやるべきだろうか。すなわち『うるせえぶっ殺すぞ!』と。
…………いやいや落ち着こう。これではガツンと痛烈なじゃなくて、ガッツリ強烈な殺意がこもっている。落ち着け僕。
頭を悩ませ結局タイミングを外している僕を知るよしもなく、とりもなおさず言い争いを続け、ついには一触即発となったその二人。
そんな状況を治められるのはこの一人。
駅で別れる前にガイウスさんから太鼓判を押されていたお方。
「――なるほどな。どうりで散々な結果だったワケだ」
トールズ士官学院Ⅶ組隊長リィン・シュバルツァーさんである。
本人に自覚は無さそうだけれど。
ともあれ、僕ができる思いつきと勢いだけで押し切る説得とは違い、前回の彼等の特別実習を例に出しての理論整然とした、まこと正しい説得を始めた。
前回のB班の評価は最低のE――普通の試験なら赤点レベルの落第点。これを引き合いにされるとさすがに二人もひるみ、リィンさんの言葉に耳を傾けざるを得なくなる。
続けて『友人』でなく、同じ時間と目的をこなすだけの『仲間』、と割り切れるよう巧みに言い替えて対立を緩和し――替わってるのか? とにかくまあ意外にも負けず嫌いだったらしく、同じバカを繰り返して今回のB班であるアリサさん達に負けたくないとのこと。
「生憎、勝ち負けが気にならないほど達観しているワケじゃないし――先日の教官との勝負だって、正直悔しくて仕方がなかった」
先日。5月26日――
二回目の特別実習の前には、二回目の実技テストが行われていた。
内容は変わりなく。
またワケのわからない人形と戦うだけである。
と言っても、そのワケのわからない人形は前回より強くカスタマイズされていて形が多少変わっていたが。サラさんいわく色々いじると形が変わるとか。でも仕組みはさっぱりという相変わらずのテキトーさである。色々ありえない。
今回は二チーム構成で、そんなサラさんであるからして、ユーシスさんマキアスさんを一緒のチームに入れる暴挙。結果は懸念していた通り足の引っ張り合い。二人が原因でそれはもう酷いモノであった。
僕はリィンさん率いるもう一方に割り振られたので余裕である。僕個人も前よりはフィー以外との戦術リンクを使えるようになってきたので、まずまずといったところか。
ちなみにフィーは酷い方。始まる前から諦観の境地であった。
で、話はここから。
遅ればせながら、今回のメンバーを紹介しよう。今更必要があるかはさておき。
A班:リィンさん。エマさん。マキアスさん。ユーシスさん。フィー。そして僕。
実習地は公都バリアハート。
B班:アリサさん。エリオットさん。ラウラさん。ガイウスさん。
実習地は旧都セントアーク。
うん。
暴挙である。
こちらに二人多いのはフォロー要員のつもりだろうか。少ないあちらの方が成果を上げそうだ。
当たり前だが不満が超爆発だった二人にサラさんは、文句があるなら力づくで言う事を聞かせてみろ、二人がかりでいいから。と挑発し、なぜか自分からリィンさんも指名して巻き込んで、三対一で戦った。
はい。
暴挙である。
どちらがと片方を指しはしないけれど。
まあ、この実技テストが原因で、僕がユーシスさんにした忠告も完全に忘れられたのだろうなあ。
「だけど、もし俺達三人がもう少し連携できていれば――ARCUSの戦術リンクが使えてれば、一矢報いることは、出来たはずだ」
『…………』
言葉や口調に怒りや悔しさがあるワケでもなく、ただ静かに諭すようなリィンさんだったが――二人はやはり、自覚というか思うところがあったのか、それを聞いてついに黙り込んでしまった。
「――そうだね」
沈黙を破った声に全員の注目が集まる。
僕もかなり意外。普通に驚いた。
まさか自分からとは――と、いつの間にか起きていた隣の人物へ同じ様に目をやった。
「確かにサラは強いけど、それは戦い方がうまいから。もしリィン達が連携できてサラの猛攻を何とか凌げれば――勝つことは無理だとしても、負けないことはできたと思う」
――いや、本当に驚いた。
特に興味もなし。とまでは言わないし、これで協調性がある方だと知ってはいたけれど。
「ね」
「はえっ?」
顔がこちらを向くのに連動して注目もこちらに移った。
驚きのあまりちょっとした放心状態だったため、急な転換についていけず、間の抜けたレスポンスを返してしまった。
……別にこっちに振る必要なくない?
微妙な気恥ずかしさをゴホンと咳払いで誤魔化す。
「確かに。サラさんがうまいとかはともかく、単純に力の差が違いすぎるので、僕はフィーと違って負けないとは言えませんが……。
――まあ、それでもあんな無様極まる醜態を、晒しはしなかったでしょうね」
そもそも強さがどうとか、負ける負けないとか、そんな次元の話じゃない。
大人げないサラさんではあったが、戦闘内容としては瞬殺なんてことにはならず、むしろ受け身の姿勢だった。
三人の攻撃を一身に受けるのではなく、動き回って絶妙な位置取りを続けていた――ユーシスさんとマキアスさんのバッティングをひたすら狙って。
その結果は射線を遮る味方。あわやフレンドリーファイア。互いが邪魔して無駄な硬直の連続。
元から連携どころか個々で動いていたけれど、それを見事に煽られ、その隙を突かれてロクに見せ場もないまま撃沈。
残ったのは関係ないとばっちりで勝てるはずもない一騎打ちをしいられた隊長殿でフィニッシュ。
あれは戦いとは言わない。最低最悪の巻き込み自滅だ。僕がいたならせいぜい自分の邪魔にならないようにと、早々に見切りをつけて二人ごと薙ぎ払っている。
真の敗北は死であるため、いちいちそこまでこだわるつもりはないが――敗北主義者に付き合うつもりもない。と言った感じか。
「ぐっ……」
「……クッ」
「……キツいな」
「レ、レイヴェル君。もう少しオブラートに……」
「言いすぎ」
「……あっ。い、いや! リィンさんは何も悪くない……じゃなくてっ!」
期せずして痛烈な一言を見舞ってしまった。もはや必要無かったのに思いっきり追い打ちを畳み掛けてしまった。
だ、だっていきなり言うから!
頭でまとめる暇なんて無かったじゃないか!
「で、でもほら! 相手の力量も読めず何も役に立たずお荷物でしかなかったとしてもその心意気は素晴らしいと思いましたともええほんと! 勝てる相手としかやらないのはとても正しいですが勝てない相手にそれでも挑むのはとても楽しいし男らしいし負け犬は負け犬でも戦うことすら放棄した犬以下よりは全然――!」
「わかったわかった、わかったから! なんかもう再起不能になりかけてるからやめたげてくれ! フィ、フィー! レイヴェルを止めてくれ!」
まあそんな感じで、強制的に鼻と口を押さえられたりもしたが(鼻を押さえる必要がどこにあった)紆余曲折あって説得に成功し、やっとまともな実習が成立する空気となって、自然に話せるようになったのだった。
「いやーさすがは隊長。お見事でした。あんな状態じゃあ髪の手入れも捗りませんから助かりましたよ、あはは」
「しないって選択はないんだな……」
「レイ。わたしにも髪いじらせて」
「ええー。五時間もあるからってキミ、僕の髪をおもちゃにしようってのかい? 変なことしそうでやだなあ」
「あの……私もちょっと見たいです」
「もちろんオッケーですとも! エマさんは僕の髪に興味津々のようですねえ。ふふん、なんならまた触ってみます?」
「ひどい差別。胸の格差を見た」
「フィ、フィーちゃん……!」
この後エマさんがいるなら大丈夫だろうと油断した僕がツインテールにされて怒り狂うまで、残り十五分。
◇
聞くところによるとバリアハートという街は、ユーシスさんの実家である公爵家を中心に作られていった、貴族のための街であるらしい。
そう言われても、なら平民は奴隷扱いでもされてるのか? と疑問に思えばそんなワケがあるまいし、いまいちピンとこなかったのだけれど――
「うわーーお。なるほどなあー」
「いかにもVIPって感じ」
列車から降りた瞬間、駅員駆け足総出でのお出迎えである。
職務放棄もいいところだが、公爵家の威光を考えれば他の乗客など知ったこっちゃねえと言うことで。目はあれどそもそも集う乗客達から文句は出ない。この街では誰であろうと出ようはずがない。
それが大貴族アルバレア。という名の意味で。
それが公都バリアハート。という街なのであろう。
……というかユーシスさんは事前に、今回は実習だから過度な出迎え不要と通達していたらしいが。それを再度伝えるも聞く耳持たずである。
でもまあ仕方ない。
街の支配者たる家の者を、まして街どころか国から見ても上から数えた方が早い権力者を無下に扱うなど、後が恐ろしすぎて逆に心労が凄まじいみたいな。一般人からすればそんなとこだろう。
リィンさんはともかく、貴族とは何の関係も無い僕等をユーシスさんの学友というだけで、荷物を運ぼうとにじり寄って来る始末である。心遣いはありがたいが、本当に頼んでいないのでありがた迷惑だ。
ユーシスさんは言う事を聞かない駅員に頭を痛めているようで、額を抑えて辟易とした表情を見せていた。
気持ちはわかるのだがその間にも手を伸ばし、ついには周囲を取り囲んでじりじり迫り来る駅員達を前にして、僕の身体は無意識に日常レベルの範疇を越えて警戒度を上げていた。
つまり、それくらい僕達は困惑して困っていたというワケだ。
黙ってないで一喝するとかしてださい。
僕が思わず手を出してしょっぴかれないうちに。
「――ああ、その必要はない」
そんな僕のちょっとした危機的状況は容易く解決されることになる。しかしユーシスさんではない人物に。
誰かがホームへの階段を降りて来る。
輝く金の長髪を僕のように一つにまとめ、肩から前に垂らした人物。
別段声を張ってはいない。目の前の一人に語り掛ける穏やかさだったというのに、ざわつく周囲を抜けて僕等の耳まではっきり届き、ただの一言ですべてを止めた。
「ル、ルーファス様……!?」
誰かが言った。恐れと困惑、そして敬意を孕んだ呟きだった。
そのルーファスと呼ばれる青年は一人の執事を伴って視線を釘付けにしながらこちらへ向かっている。
よほどの大物なのか、駅員達はユーシスさんのように再三の注意をされるまでもなく即座に道を開けて整列した。
「あ、兄上……」
え、兄上?
ふと聞こえてきたそんな言葉に思わず顔を見比べる。なるほど、確かにユーシスさんからクール成分を抜いて愛想を足せばこうなるのだろう。ついに目の前にまでやってきた人物を前にしてユーシスさんは駅員達と同じ様な表情をしていた。
なぜここにと言った表情。だがそれだけではない。
およそ三か月ぶりの再会であるらしい兄弟の会話。
いち弟である僕にはわかる――彼は、敬愛する兄に対面した弟の表情も浮かべていた。
「――ルーファス・アルバレア。ユーシスの兄にあたる。まあ恥ずかしがり屋の弟の事だ。私という兄がいることなど、諸君には伝えていないだろうがね」
「あ、兄上っ!」
ヤバい。すっごく親近感湧いてきた。
駅を出て街をロクに見ることなく早々に停められていたリムジンに乗り込む。僕達を今回の宿泊場所まで送ってくれるらしい。
……なんというか。出迎えとかリムジンとか色々実家を思い出すが、こんなのでいいのだろうか? 実習なのに。
と、至れり尽くせりな扱いにちょっと疑問だったが、今回の課題となる依頼をまとめてくれた現地の協力者がルーファスさん(正確には父の代理。らしい)ということで納得。VIP待遇のおこぼれに与っているのは例の封筒を渡すついでらしかった。
会話する姿をざっと観察する。
スーツというよりは軍服のような、それでいていたるところに貴族らしい意匠を施された無骨さだけではない翡翠を思わせる色合いをした衣服に身を包み、その上からマントを羽織っている。
ユーシスさんの兄。
ということは次期アルバレア当主となるのだろうけれど――その割には貴族主義に凝り固まっている様子は伺えない。
貴族とはいえ、身分が圧倒的に下であるリィンさんに対して尊大な態度を取ることなくむしろ気を遣い、マキアスさんの父親とは対立する立場(正規軍と領邦軍みたいな。よく知らない)らしいがその息子であろうとも関係なく和やかに、あまつさえ弟の友人としてよろしくしてやってくれと笑ってみせる度量の広さ。
とにかくできた人物という印象。まだ短すぎる邂逅であるが、非の打ち所がまったく見当たらない振る舞いは良い意味で貴族らしさがない。
自然と頭に浮かんだ言葉は『貴公子』。ただ貴族と言った意味合いではなく、理想的な貴族像を体現しているのではないだろうか。
「そちらの可憐な諸君もよしなに。さぞ弟の学院生活に潤いを与えてくれているのだろうな」
「きょ、恐縮です」
「それほどでも」
「いやあ、潤いだなんてそんな……」
待て。
なんか今ナチュラルに可憐な諸君枠に入れられてなかった僕?
そうこう話しているうちに車が止まって降りる事に。
結構近場だったのかあっという間の到着である。
「へえー、こりゃまたなかなかのホテルだね」
「割と良さげ」
「お二人とも気後れとかないんですか……? こんな高級そうなホテルなのに……」
僕は言わずもがな。西風の経済事情は知らないが、うちとタメを張れていたのだからフィーも似たようなモノだろう。
まあそんなこと関係無く宿は宿。高かろうが安かろうが寝る場所でしかない。気後れと言うならばそれは高級感にではなく、やはり実習であることに感じるのであった。
これから飛行船で帝都に向かう用事があるらしい(これまた父の代理なんだと)ルーファスさんへ出迎え、送迎、宿の手配と諸々の感謝を告げる。ルーファスさんはユーシスさんをまたからかってから慌ただしく去って行った。
「ちょくちょく遊ばれたりして、なんだか弟っぽかった」
「あはは、兄弟仲睦まじいのは素晴らしいよね」
「フン……妙な所を見られたな」
「いえいえ妙だなんて……ぷぷっ、ユーシスさんも可愛いとこあるんですねえ、もしかしてブラコンなんじゃないですか?」
「ユーシス。そこの赤いのが投げる特大ブーメランは無視していいから」
「もとよりそんな者が俺の視界に映ったことはない」
「僕はいつだっていますよ!!」
目線か? 目線が違い過ぎるって言いたいのかちくしょう!
身長差別に断固抗議する姿勢であったがユーシスさんはスルーしてさっさとホテルに入ってしまったので、リィンさんの一言で僕達も移動を開始する。ぐぬぬ。
「わたしの視界には入ってるから大丈夫」
「そもそもブーメラン云々に納得してないからな、おい」
ホテルに入るとやっぱり出迎えを受ける事になった。それも総支配人直々である。長々と始まりそうだった歓待をクールにぶった切ったユーシスさんは正しい。
しかし公爵家の威光はこれにとどまらず、僕等はそれぞれ個室、ユーシスさんはなんとスイートへ案内されそうに。
これにはさすがに少し声を荒げて男性四名、女性二名と一部屋ずつに訂正させた。ホテルのグレードはこの際仕方ないとしても、それ以上は許容できるはずがない。
「かしこまりました。男性四名、女性二名ですね。ではこの者どもが案内しま――」
「……どうした?」
「い、いえ。申し訳ありませんユーシス様。それでは数が合わないかと……」
「……? 何を言っている」
「男性三名、女性三名ではないのですか?」
「はーい僕ですよねー! 原因は僕ですよねー! 大丈夫わかってましたよー! 自覚はあるので自己申告しようじゃねえかーっ!」
続けて可憐な諸君枠に入れられてヤケクソ気味に叫ぶ僕だった。
「まったく、総支配人なのに客の性別も見抜けないなんてまったくまったく……」
「無茶ぶりだからそれ」
「僕は可憐じゃなくて可燃な男なんだよ!」
「分別に困りそう」
フィーがいまだ機嫌の直り切らない僕をどうどうとなだめた。僕の顔を撫でながら。
まるで本当の馬に接するようだ。
「前から思っていたんだが、君は髪を切るべきじゃないか?」
現在ホテルの部屋の前の廊下。
全員一旦荷物を部屋に置いてから再び集まった形である。
封筒の中身を確認する前に僕達のそんなやり取りを見て、マキアスさんが言った。
「男児はかくあるべし。なんて旧態依然とした事までは言わないが、耳が出るくらいにまで切り揃えれば、そう女子に間違われる事態も無くなるんじゃないのか」
「ん、んー、まあそれは、そうなんですけど……」
「レイヴェル君の髪は本当に綺麗なのでもったいないと思いますが……そうですよね、本人が困っているのであれば、その方がいいのかもしれませんね」
「……大体、そこまで伸ばしたら自分から間違えてくれと言ってるのと一緒だろう」
「…………」
エマさんが綺麗だと言ってくれたのは嬉しいが、素直に喜ぶにはマキアスさんの自分からと同義だと言う言葉が胸に刺さる。
別に、ここまで伸ばす前から数え切れないほど間違われてきたし、同じ様な疑問と忠告は何回も言われてきた。
だから多大にショック! なんてワケではないけれど。だからといってヘッチャラだぜ! と何も思わないほど諦めがついているワケでもない。
相も変わらず憧れの男性像どころか通常の男性さえ程遠い自分へとうに見切りをつけているのなら、いちいち気分を害したりはしないだろう。
「うちは男も女もみんなこうやって伸ばして一つにまとめる髪型が、しきたりってほど明確じゃあないですが、先祖代々続いてましてね」
「先祖代々……そんな理由があったのか」
「あはは、まあ実際のとこは決まりなんてどうでもよくて、僕が好きでやってるんです」
結った毛先をつまんで顔の前に持ってくる。
僕の赤毛。僕達の赤毛。
「――この髪は家族との繋がりで、こう在りたいと願う僕の願望ですから」
女顔なのは自覚している。だけど何度間違われようが、忠告されようが、それは僕が髪を伸ばすのをやめる理由にはならないのだ。
「フン、ならば少々間違われただけで、いちいち騒ぎ立てるな」
「騒ぎ立てますよ! 自覚はしても納得はしてませんからね! 言っときますが、僕が男を追求してるのは見た目のハンデに負けず内面から溢れ出るダンディズムでカバーしようという努力なんですからね!!」
「ぷふっ、ダ、ダンディくくく……だ、だめ、待ってレイ、ダンディズムっくふふふふ……!」
「その押さえた口元を見せろ。今すぐブッ飛ばしてあげるから」
「はいはい二人とも、そのくらいでやめなさい」
早々に話が脱線していよいよ収拾がつかなくなってきたところで、リィンさんがパンパンと手を叩いて止めた。
「フィー。本人は真剣なんだから笑っちゃだめだろ?」
「ん」
「謝りなさい」
「ごめん、レイ」
「はい、じゃあレイヴェルも水に流す」
「えっ。わ、わかりました」
「よろしい。じゃあ今回の依頼を確認するから、二人ともおとなしくしとくように」
あれ、保護者?
特別実習・一日目。
実習内容は以下の通り――
◦オーロックス峡谷道の手配魔獣
◦穢れなき半貴石
◦バスソルトの調達
「ふむん? やっぱり手配魔獣は入ってるんだね」
「うえ、めんどくさそう」
封筒の中に入っていたのは三つの依頼、まあ前回とそう変わりはない。依頼者は貴族や職人と上から下にバランスの良い構成となっている。記述はやはり最低限のモノであり、魔獣討伐以外詳しい事は聞きに来いと。
あとは今回の実習範囲。バリアハート北~東100セルジュ以内で、一日ごとにレポートをまとめて後日担当教官に提出すること――って。
「オーロックス砦……?」
「このオーロックス砦に報告しろとは何なんだ?」
他二つはバリアハート内のようだが、魔獣討伐の依頼――クロイツェン領邦軍からの依頼だけはどこか違う場所が指定されている。
疑問に思ったのは僕だけではなかったようで、マキアスさんも首をかしげていた。
「東のオーロックス峡谷の先に、領邦軍が利用する中世の砦がある。そこからの手配ということだろう」
なるほど、今回は街周辺だけではないのか。
山間部の行軍となると確かにフィーの言う通りめんどうそうだ。体力の話ではなく、他の依頼との兼ね合いを考えて進行させなければ太陽はあっさりと落ちてしまうだろう。
ユーシスさんによれば、やはり峡谷道は長い上にそれなりの広さがあるらしいので、そちらに出向くのは最後ということになった。
「よし、それじゃあA班、実習活動を開始しよう。B班で頑張っているアリサ達に負けないためにも……」
そこで一旦言葉を区切り、リィンさんは目を閉じる。
前回から続投してアリサさん、エリオットさん、ラウラさんは同じメンバー。そして大人なガイウスさんなら誰とでも合わせられるだろう。チームワークはまったくもって心配なし。それぞれさらに倍の力を発揮しそうだ。
始まる前から結果はわかりきっている。評価は最高。彼等はきっと万全の状態で特別実習をやり遂げることだろう。
反してこちらは前回の例がある二人込み。最悪の空気。またしても最低の評価がおかしくはない状態で始まった僕等。だが、本格的に開始する前に持ち直すことができた。
リィンさんは瞼を上げると力強い目で僕等を見渡した。
「――各自、全力を尽くそう」
ま、この