――翡翠の公都バリアハート。
東部クロイツェン州の中心、州都に当たる街。
人口約三十万人とそれなりに大きな都市である。
周辺に広がる丘陵地帯では毛皮となるミンクが多く生息し、領内にある七曜石の鉱山からは良質な宝石が採れることでも有名、つまり宝石と毛皮が特産品となっており、街の南にはそれらを加工する職人街――何人もの腕利き職人が腕を振るう《職人通り》が形成されている。帝都にバリアハート産の宝石を扱う専門店が構えられているどころか、バリアハートの職人が加工した品物は帝国のみならず、諸外国で取引されているほどの高級品であるらしい。庶民お断りの富裕層御用達品ということだ。貴族のための街、面目躍如である。
とは言ってもだ。
バリアハート人口に占める貴族の割合は抜きん出て多いワケではない。
職人街から領邦軍の大規模な詰所。大聖堂のある中央広場から大型飛行客船のための空港まで、すべて貴族社会のために作られてきた、貴族街が形成されるほど貴族の屋敷が多いバリアハート――つまり多くの平民が使用人として雇われている。使用人の多くは高い給金を目当てにクロイツェン州の田舎から出てきた者と言えば、なるほどと頷けるはずだ。
よってバリアハートは大きく分けて五つに区分される。
多くの人が行き交う『中央広場』『駅前通り』『職人通り』。
街の居住区である『貴族街』『平民街』。
主にこの五つで翡翠の公都は成り立っていると言うワケである。
そして、この街を歩く上で一番頭に入れておかねばならないことは、そんな特産品だとか、街の造りだとか、その辺の雑貨屋でお買い求めになれるガイドブックをちょいと開ければ冒頭にでも載ってそうな、二束三文の情報などではない。
何度も繰り返すようだが――ここは『貴族のための街』なのだ。
レディファーストならぬ貴族ファースト。当たり前だがそれがより顕著だと言う話。
わかりやすく言うと。
アルバレア公爵家のお膝元であるため領邦軍の巡回兵も多い。
マキアスさんは色々と鬱憤が溜まるのではないだろうか――
と。
ホテルを出てすぐ前の噴水。その中心。
『中央広場』のまさしく『中央』に据えられた、エマさんいわく『聖女ヴェロニカ』という人物の石像を見上げながら、事前にユーシスさんから語られていたバリアハート情報を、今一度おさらいするのであった。
「やっぱり聖女だからシスター服なんだね。裸じゃないんだ」
「この風景で一言目がそれ?」
「実は僕、シスター服って割と……ううん、かなり好きなんだよ。清楚で落ち着いた雰囲気がさ」
「ん。確かにキレイな感じ」
「だから一度キミに着てほしいと思ってて」
「なぜそうなる」
「キミは
「……着たら、どうなる?」
「滾る。色々と」
それはもう。
上は洪水、下は大火事みたいな。
「そんなに?」
「んー……なんか、見てると自分でもよくわからない込み上がる衝動があって。まっさらな雪に足跡つけたくなるような……洗い立ての白いシャツを汚したくなるような……」
「絶対着ない」
「なぜぇ!?」
風の如き即決即断だった。
さすがである。
「頼むよフィー! お願いします!」
「死んでも着ない」
「僕が用意するから! 新品高品質を見繕ってくるよ!」
「自分で着れば?」
「僕が着て何するの! 何が楽しいの!」
「奉仕活動。わたし笑える」
鋼の如き拒絶の意思だった。
素晴らしい白眼視である。
「くっ……負けないぞ」
でも僕はへこたれない。
「わかった依頼する! 正式に契約してキミを雇おう!」
「そんなサービスは受け付けてない」
「ええいミラか!? ミラが先かこの卑しい西風め! 三十分、五万ミラで二……いや四時間!」
「必死すぎる……」
「毎日を必死に生きることの何がおかしい!」
「怪しさしかない……」
「なに? 僕が怪しいだと?」
清廉潔白と名高いこの僕が?
実に似つかわしくない言葉だなあ。
「ほら、僕の眼をしっかり覗き込んでみなよ。上質な翠曜石を思わせる透き通った綺麗な瞳だろ?」
「濁ってる。粗悪品」
「何もしないから! ただ僕を見ていてくれたらいい!」
「? 見てるだけ?」
「キミを拝む僕を優しく叱ってほしい!」
「ちょっと何言ってるかわからない」
「いや優しくしなくていい、嫌そうでもいい! そのままのキミが一番いい! そしてできれば生足で頼みたい!」
「そこの大聖堂で悪魔祓いできるかな。火あぶりとか」
やっぱりレイはちょっと変、とジト目なフィーだった。
何も変ではないし絶対いいと思うのだけれど、これ以上はシスター・フィーによって悪魔どころか僕がこの世から祓われそうだったので断念する。
「仕方ない、服だけ用意しておこう。それなら後は部屋に招くだけだもんね」
「自室でさせるつもりだったのか……」
軽蔑の視線が向けられた。
それはそれでいいモノではあるのだが、彼女の視線にぞくりと反応を示してしまう素直すぎる身体はいい加減、どうなのだろう。もう手遅れな気がする。
「……そこの男には貴族批判を控えておけと忠告したが、お前にもひとつ言っておく。往来で、いかがわしい話をするな。牢に入れられたくなければな」
駅員やホテルの総支配人に過度な歓待を受けた時のような苦い表情でユーシスさんは言った。
ふむう。
何一ついかがわしい事などないのだが。
「だ、そうですよ。マキアスさん」
「なぜ僕に振る!?」
「いえ、マキアスさんはこの街と相性が悪そうなので、バリアハート情報は逐一更新した方がいいんじゃないかと」
大体こうやって念を入れておさらいしてたのも、さっそく危ない感じだったからである。
ホテルとちょうど対面上、噴水を挟んだ反対側にあるレストランのオープンテラスに座る二人の貴族。その片方がバスソルトの依頼を出した方だった。
必須のモノではない依頼だったのだが物凄く近かったこともあり、先程とりあえず話を聞いてみたのだが、これがまあ二人そろって実に貴族らしい方だったのである。もちろん悪い意味で。
ルーファスさんを見た後だとそれがまた際立って、逆にルーファスさんが本当に貴族側の人なのかと疑ってしまうくらいであった。それはさすがに誤作動がすぎないか、僕の本能だか直感だか。
しかしなんやかんやと本格的に因縁を付けられる前に、ユーシスさんの存在に気付いた二人が平民と見下した僕等の前で、まるで貴族に頭を下げる平民のように恐縮しだしたことで、穏便に済んだのである。
ちょっと痛快、とはフィーの言。
貴族の生態はそういうものだと理解しているが、これには僕も同意しておいた。
「それとこれとは話が違うだろう!? 君のような恥知らずと一緒にするな!」
「えええ、なんでそうなるんですか。僕にだって羞恥心はありますよ」
「本当に羞恥心があるならその軟派な振る舞いを改めたまえ」
「言いたい事を躊躇ってはいけません――その人にいつだって会えるとは限らないと意識して胸に刻み、僕は日々を過ごしています」
「それは確かに常日頃から心掛けるべき教訓だと感心するが、それを欲望に忠実すぎる口の理由にするな!」
これでも人は選んでるんだけどなあ。
◇
中央広場から南に向かう。
次なる目的地は職人通りである。
「しかしまあ広場に限らず綺麗だよねえ。殆どの建物が同じ様に作られてるんだ」
「屋根も全部緑色。さすが翡翠の公都、わかってるね」
「その勝ち誇った顔やめろ」
駅から出てすぐリムジンだったので、ほぼ見る事ができなかったバリアハートを見渡しながらの移動。
景観にも気を遣って美しく見せようとするのは貴族ゆえか。統一された様式の建築物で構成された街はひとつの大きな作品のようで、緑と白で彩られた街並みは清らかな高貴さを感じさせていた。
「かつては皇帝が居城を構えていた事もある由緒正しき都市で、中世より帝国の主要都市として栄えていたそうですから、それも当然でしょう」
「……詳しいな。その美しい街並みは近年では観光資源となっていて、バリアハートは観光地としても有名だ。訪れる旅行客も少なくはない」
「へええ、そうなんだー」
古きモノを壊さず残すようにしていたということか。伝統と歴史を強く重んじる貴い血筋らしい。
……となると、やはり歓楽街の類は無いと見て良さそうだ。富裕層に溢れた街だが、そのステータスに貴族の文字が加わるだけでお上品になっていく。『貴族の街』を壊す下品なモノは入れないだろう。腹の内に何が詰まってるかは知らないが。
エマさんとユーシスさんのガイドを聞きながら歩き続ける。気分はさながら観光ツアー。Ⅶ組一の秀才と現地の最高権力者による隙の無い監修でございまーす。
――なんて笑いつつ、人知れずほっと胸を撫で下ろす。
まったく。資金回収と団を隠すためだけのダミー会社だというのに、どこまで手広く商売するつもりなんだか。軌道に乗る乗らないを超えて既に一端以上の商会なのに。裏でどんな汚い真似してるかわかったもんじゃない。
……しかしあれだな。父さんがいない今、そういうのを一手に担ってるのは叔父さんなんだよな。もちろんガレスさんが続けて補佐をしてるだろうけど。
文武両道極めすぎだろ。
ほんと化物だなあの人。
「ここ、少し雰囲気違うね」
「あ、ほんとだね。こっちの方がまだ馴染みがあるよ、あはは」
貴族よりは庶民寄りの造りとなった職人通りへと入り込む。
様々な店や工房が軒を連ねる中で、目的の一件を見つけ出し入店。
掲げられた看板には《ターナー宝飾店》と銘記されていた。
「んんー、まあ、普通だね」
「宝石を取り扱うとこは、そう変わらないと思う」
外見が結構大きめに見えたのは店舗と工房一体型だからか。ショーケースを並べたスペースよりは、奥に見える加工するスペースの方が大きそう――と思ったが、どうやら二階も店の一部みたいだった。まあだからといって用があるのは一階なのだけれど――
「あれ……先客かな?」
「待たなきゃだめっぽい?」
ぐるりと見渡せば客は一人しかおらず、応対する店員も一人しかいない。これは出直しかとリィンさんの判断を仰ごうとするが、
「その制服は……それにユーシス様も。ようこそいらっしゃいました。実習の依頼の件でご来店ですね」
と、向こうがショーケース兼カウンター内から話しかけてきたのだった。
「そうだが……俺がいるからと言って、特別扱いしないでくれ。取り込み中なら改めるが?」
「いえいえ、実はちょうどユーシス様達の事をお話しさせて頂いてたので」
ユーシスさんに気を遣っているのではなさそうだが、それはそれで不可解である。目の前のお客さんと僕等に何の関係があるのだろうか。
「こちらの方はベントさんと言って、バリアハートへは旅行でいらしているそうなのですが……実は皆さんへの依頼はベントさんからもらった注文が発端でしてね」
「えっと……まあ、なんていうのかな。僕は近いうちに結婚する予定でね。ここで結婚指輪を作れないかと思って相談に来たんだよ。バリアハートの職人街といえば、毛皮もそうだけど、宝飾品の加工でも有名だからね」
ほう、それはなんともおめでたい話である。
自分を理解してくれる、相手を理解したいと思える存在がこの世に何人いるのだろう。新たに探し出すなんて砂漠で砂金の一粒を見つけるに等しいこの世界。でも彼はその一粒を見つけられた。かけがえのない一人を見つけられたのだ。素晴らしい。生涯の何かを定めることができるのは本当に素敵なことなのだ。僕がそれを保証する。
生涯の宿敵を見つけられたこの僕が、その喜びを祝福しよう。
しかし。
素敵な話。で、あるが。
「かなり値が張りそう」
「宝石だからねえ」
しかもここは庶民向けとは言い難く、手前に展示されている商品ひとつ取っても文字通り桁が違うのだ。ベントさんの身なりを見る限り、ポンと簡単お支払いとはいかないだろう。僕でさえ出せない値段なのだから当然である。まあ今の手持ちでという意味なのだが。
「実際、僕の稼ぎだとここで指輪を買う事は物凄い出費でね。それも七曜石の指輪となるとなおさらだ。だからほとんど諦めていたんだけど……こちらのブルックさんに無理を承知で相談してみたら、いいアイディアをくれたんだ」
それはその通りだろう。七曜石の欠片だって集めて換金すればそれなりになるのに、どんな上等品を買うつもりだったんだこの人。初めから選ぶ店を間違っていると突っ込んで良いだろうか。
で、いい加減話をまとめると。
そのいいアイディアというのが、宝石と比べて価値が一段落ちるけど美しさは引けを取らない、『半貴石』と分類される石で作ればお手頃だから取って来いということである。
依頼品の名は『
ある種類の木に流れる樹液は外気に触れて時間が経つと、石のように固まることがある。その透明で純粋な輝きは七曜石にも勝るとも劣らない――らしい。
エマさん情報である。
本職の方からも詳しいと感心されるエマさんほんとすごい。さすが委員長。さすが主席。普通に尊敬。
さておき。
北クロイツェン街道にはそれを採取できる木がたくさん生えているらしいので、そこに向かうワケであるが、半貴石とはいえそれなりに珍しいモノに違いはないので、相当探し回らねばならないだろう、とのこと。
ふむ。
骨が折れるのはまあ良いとして。
そうなると他の依頼が間に合うかと言った懸念が生じてくる。そこが悩みどころで、リィンさんも悩ましげな顔である。
まずはその辺りをどう考慮するか話し合うべきだろうが――
「いや――そんなことはない」
後ろから掛けられた第三者の声に全員が振り返った。
店内のショーケースの前に立つ人物が僕等を見返してく――る?
「君達がこれから探そうという無垢なる木霊の涙……それを先程この目で見たと言ったら?」
白いマントに身を包んだ貴族風の男性。
青みがかった紫色の長髪を前は分け、後ろは一つに結えているのか。
突然話しかけてきた人物にリィンさん達は困惑し、ユーシスさんに確認するも知り合いではないそうだ。
「フフ、私としたことが少々順番が狂ってしまったか。
改めて、お初にお目にかかる――私の名はブルブラン男爵」
身長は高い。ブルブランと名乗った彼はこのメンバー内で一番高いユーシスさんより少し上か。
「絵画に彫刻といった美術品、そして美麗な細工の施された様々な調度や工芸品の数々……およそ芸術と名の付く物であれば、どんな物にでも愛と情熱を傾ける――自他ともに認める好事家さ」
「そ、そうですか……」
鼻を指でこする。
リィンさんだけでなく全員がどうにも対応に困っているようだが、《ドリアード・ティア》の在り処を知っているようで、勝手に話を進めてくる。
「君達が求める光……確かに北の街道で見かけた。ただ申し訳ないが、土地勘がないので細かい場所まで説明できそうにない。フフ、だかまあそれはそれか。なぜなら光というモノは、自らの手で見つけ出してこそ輝きを放つモノだろうからね」
で、ニッコリ。
なるほど、確かにそうかもしれないが――差し伸べられた手に光を見ても良いと思うが。今はそんな話を挟む場面じゃない。
「……さっきから喋り方が微妙にうざい」
「……フィー」
「……なに?」
小声で話す。
それも確かにそうなのだが、気になるのはそこじゃない。
「――この人、いつからいた?」
鼻をこする。
一階にはベントさん以外誰もいなかった。
二階に繋がる階段は視界に入る右隣にあった。
……なら、この人はどこにいた? どこから来た?
「……入り口から入ってきたとしか」
「……音、した?」
「……話してたから気付かなかっただけじゃないの?」
「……そう、かな」
「……見た感じ、ただの貴族」
「……そう、だよね」
情報提供は素直にありがたく、依頼達成に向けて動き出す。
依頼人、店員、そして奇妙な貴族に見送られて僕等は店を出た。
◇
――残り一体。
大型鳥類の卵に住み着いた蛇型魔獣『エッグスネーク』目掛けて突進する。
遮るモノは何も無い。
一秒でも早く肉塊に変えてやろうと喉を鳴らし、僕は握る
「っレイヴェル君! 左です!」
左。声と同時に察知。並列してラインも浮上。線を引き、冷静に相手を受け入れる。
全滅させたはずの植物型魔獣『マントラップ』。茂みに潜んだ生き残りがいたらしく、こちらの隙を突いて飛び出した。
そいつの攻撃がこちらに届くまで既に秒読み。正面のエッグスネークも逃げ出さず、逆に牙を突き立てんと飛び掛かって来る。狙ったかどうか知らない連携プレー。
「ハ――」
あまりにも哀れ。あまりにも無知。
片頬の筋肉だけが動いて嘲笑う。
「――いかせない」
そもそも隙などありはしない。
感じる風は心地良く、存在を隣に感じながらエッグスネークを地面と一体化させた。
「ラクショー、ラクショー」
「当然、必然、確定事項!」
コツリと拳をぶつけ合う。ナイスなサポートへのねぎらいをこめながら。
やはりバックアップに回る人物の足は速ければ速いほど楽だなあ。
「お疲れ様ですお二人とも。戦術リンク無しであの連携はさすがフィーちゃんとレイヴェル君ですね」
「あはは、連携ってほどでもないと思いますけどね。エマさんも事前の警告サンクスです」
一応今繋がっているのは僕とエマさんであるが、街道から少し逸れた程度の場所なので敵はそんなに強くなく、正直必要ない。僕じゃなくても一人で十分対処できるレベルである。
「レイヴェルのリンクもかなり安定してきたな。やるじゃないか」
「おっと、そちらも終わりましたか」
しかし数だけはそれなりに囲まれたので今の戦闘は、訓練がてら分担して撃破した形であった。
「やるじゃないかと言いますがリィンさん。あなたは三人でのリンクもできるようになってきたでしょう」
「そう言ってもほとんど瞬間的なモノだからな。まだ全員とできるわけでもないし……まだまだだ」
先月の実習で僕も偶然体感した二人以上でのリンクは、いつかはできるモノみたいである。
よくよく考えたら最初の最初、オリエンテーリングで全員繋がってたもんなあ、と納得したのは今回の実習より前の話。
「まあ僕なんかよりそちらは――って、ああ……」
「…………」
「…………」
すごく、悔しそうです……。
リィンさんが間に入ってもだめか。そりゃそんな簡単に人は変わらないけど、そのよく似た表情を見てると逆になぜ? と聞きたくなる。
「あれ」
「え?」
「あそこの木。何か光ってる」
「あ、ああ。もしかして《ドリアード・ティア》かなー?」
沈んだ空気を切り替えるため、唐突に指差したフィーに乗っかり率先して木に近づいてみると、なんだか本当に石みたいなのが幹にひっついて光っていた。
「これは……すごく綺麗だな」
「この輝き……間違いないと思います」
リィンさんとエマさんが慎重に幹から《ドリアード・ティア》をひっぺがす。
手に入れたそれはまさに宝石のようで、向こう側が透けて見えていた。
「七曜石に勝るとも劣らない輝き……確かにその通りらしいな」
「フフ、ベントさんの喜ぶ顔が目に浮かぶな」
《ドリアード・ティア》の美しさと依頼品をゲットできたことで二人の気も持ち直したようである。
ならさっさと帰ろうと街道に戻り、バリアハートまで引き返し始めた。
「これで指輪作ったら素晴らしいモノができるでしょうねー」
うむ、今回の依頼はなかなか悪くない。
財力も理想の男を構成する一つなのでまあそこはいまいちなのだが、生涯のパートナーのため自身の限界以上を目指して通そうとした彼の心意気を、燃える男である僕は買っていた。
きちんと対価が支払われた依頼でも気に入らないモノは気に入らない。そういう意味ではこうして『特別』のためのお手伝いができるというのは、どちらかと言うと気分の良い方だった。
やはり男はミラより根性なのである。
「いいなあベントさん。羨ましい」
「なんだレイヴェル。君、結婚願望があったのか」
「え?」
「え?」
お互いきょとんと視線を交わす。
なぜ止まったのか両者ともにわかっていないのだ。
「え? 何言ってるんですかマキアスさん」
「ええ? ぼ、僕の側なのか?」
「セクハラですか?」
「なんでだ! 君が羨ましいとか言うからだろう! 結婚したいのかと思うじゃないか!」
「あ、なるほど。別にそういうワケじゃないです」
「じゃあ何が羨ましいんだ……」
そういえば結婚するんだったなあと頭をかく。
「ただ一人より二人になるのがいいなと思って」
「……それだけか?」
「それだけですよ?」
「……君は妙なところで純粋というか、こど……なんでもない」
「?」
一生かけても多すぎるなんてことにはならないだろうから、大事な存在が増えたら嬉しいと思うのだけれど。
見えてきたバリアハート北口を前に首をかしげる僕だった――が、ちょうどそこで、導力エンジンの駆動音に気が付いた。
「みんな端に」
リィンさんに促されるまでもなく、後方からやってくる車両を避けるよう動く。
通り過ぎていくのはただの自動車ではない――砲を構えた装甲機動車。
つまり装甲車が三台バリアハート内へと入って行った。
「クロイツェン州の紋章……どうやら領邦軍みたいですね」
「ケルディック方面の部隊だろう。バリアハートの本隊に戻るところに出くわしたようだ」
エマさんの言葉に補足説明をつけるユーシスさんで、ああと納得する。この道をずっと往けばケルディックだったか。
「なるほどな……さっきの車両は初めて見たけど」
「ラインフォルトの新型装甲機動車みたい。戦車には火力で劣る分、機動力で勝る最新の戦闘車両」
「フィーちゃん、詳しいですね」
「ほんとですね。よく知ってるなあフィー」
「……なんでレイが感心する」
じとり、と何とぼけてんだみたいな目が向けられた。
僕の装甲車の知識は基本的に弱い、薄い、速いの三つである。
実家にいる時なら情報が入っていたが(いるモノもいらないモノも頼んでないのにとりあえず聞かされる)、学生時分で新型とかいちいちチェックしてるとお思いか?
「ま、装甲車なんかどうだっていいさ。今は早く帰ってあげないとね」
◇
意気揚々と扉をくぐる。
お望みの物を見つけ出してやったぞと胸を張っての凱旋である。
おとがい上げてどや顔きめてさあ喜べ、そして称えよ――というのはもちろん冗談で、そんな露骨な態度は取っていないし、別にそこまでを求めたつもりもないが、
「あ、皆さん……」
「…………」
それでもこの沈んだ空気と表情はさすがに納得いかないのだけれど。
「えっと、どうかしましたか?」
応対が間違い過ぎた両者の態度にリィンさんが代表して訊ねる。
しかし依頼者のベントさんは沈黙したまま、店員のブルックさんは言葉を濁して、とりあえずモノをこちらへと言う。よくわからないまま、リィンさんは《ドリアード・ティア》を手渡した。
依頼達成である。
だと言うのに表情は一向に優れず、ブルックさんは小さく息を吐き、うつむきがちだったベントさんにいたってはついに瞼も閉じて、より悲壮な面持ちだった。
あまりに明らかな異変。何かあったと察するには十分すぎる。
これではまるで、どちらも今から起こる辛い事に身構えているような――
「おい店員、何をしている! 品が手に入ったのならさっさとよこさんか!」
高慢な物言いが店内に響く。
入った時点で顔ぶれが一人、いや二人増えていると気が付いてはいたが、隅のショーケースを物色していたのでただの客だろうと特に気には留めてはいなかった。
「まったく、ぐずぐずしおってからに。これだから平民の連中はしつけがなっていないのだ」
メイドを一人連れた、見るからに金のかかった服装の人物――言動からして、珍しくもない立派な貴族に分類される中年貴族が一人、そこにはいた。
ブルックさんは身をすくませながら、今し方リィンさんから受け取った《ドリアード・ティア》をそのまま貴族へと渡してしまい、さらに貴族は受け取ったばかりのそれを、そのままバクリと口の中へ――口の中へ?
「は、いや、えっ? 嘘嘘嘘、え、なにしてるの? ちょ食べるってフフッ、待って待って食べていいのそれ? なにこれマジ? フィーこれ何が起こってるの?」
「……最悪」
ガリガリボリボリと本当に噛み砕いて食ってる様子に少し変な笑いが出てしまったが、予想外過ぎるだろうこれは。苦労して取ってきた依頼品だとしても、なぜか知らないおっさんに目の前で食われ始めたら意味不明過ぎて笑いくらい出る。メイドから受け取った水で一気に腹へ流し込む姿はシュール過ぎて頬のひくつきが止められない。
昆虫食だってためらわない僕だけど、これはさすがに悪食ってレベルじゃないぞ。
まさかいきなりびっくり人間ショーを見せられるとは思わなかった。いやほんと、びっくりしたあ。
そんな風に一種の混乱状態に陥っていた僕だったが、状況としてはフィーの言う通り最悪である。
「き、貴様……! 今自分が何を……!!」
「マキアス!」
列車で一度、本格的に実習を始める前にもう一度と二度に渡って戒めていたのに、我慢できないマキアスさんが思わず突っかかってしまうくらいには。
誰も幸せにならない、いや貴族の一人勝ち状態に、少し落ち着けば大体の事は見え始めていたが――なんで食ったのかはさっぱり見えないが。
「……おい平民。今この儂に向かって『貴様』と言ったか?」
リィンさんの制止は一歩遅く、マキアスさんが我に返った時には既にこちらへすごんでいた。
とはいえ、こちらにはユーシスさんというバリアハート内で大体無双できる権力者がいたため形勢逆転。事なきを得ると同時に、事の説明を求めた。
逆に冷や汗だかあぶら汗だかをかきながら説明する中年貴族によると、《ドリアード・ティア》はベントさんと正当な契約で手に入れたモノとのこと――確認すると彼は沈痛な面持ちのまま肯定した。
ちなみに腹に収めた理由としては、東方では滋養強壮と若返り効果のあるらしい漢方薬であるらしかった。
「お騒がせして、すみませんでした……」
貴族が去った店内でマキアスさんが頭を下げる。
無用な争い、それも十中八九の負け戦で自分達だけではなく、店やベントさんまで被害が及ぶ可能性があったからだろう。
忠告を受けてこれである。ユーシスさんの嫌味に何も返す事はできないのは当然か。
「ああいや、それより何の説明も無しにあんなものを見せてしまってすまない……」
と、返すベントさん。
きちんとミラも貰ったらしいが、その力無い返答にリィンさんが疑問を呈す。
本当に契約はきちんとおこなわれたのかと。
それにベントさんは頷いた。是と答えたのだ。
そうなると、ならばなぜ、そのように沈んでいるのか。
「この帝国で暮らす以上、伯爵クラスの貴族に物申す事なんてとてもじゃないけどできやしない。帝都なんかでは、徐々に事情は変わってきているみたいだけど……オズボーン宰相の息が届きにくい地方の州では、これが実情なのさ……」
――つまり圧倒的な権力差に、屈したというワケだ、この人は。
父親が宰相側のマキアスさんはやはりと得心がいった風に頷き。
故郷で貴族の実情であるため、最初から理解があったのだろうユーシスさんは瞳を閉じて何も言わなかった。
「とりあえず、指輪の方は伯爵様から頂いたミラを頭金にして地元で用意することにしたんだ……君達には不快な思いをさせて本当に申し訳なかったね……」
不快。
不快か。
そうは言うが、あの行為自体に対しては特に何かしら思うことはない。むしろ笑わせてもらった。
だが――
「あなたは、なぜ断ろうとしなかったのですか」
「え……」
――不快と言うならば、その腑抜けた姿を見せられていることの方が、よほど気に入らなかった。
「あの貴族は正当な契約と言った。事実ミラは支払われていた。それでもあなたはグダグダと管を巻いている。納得していないなら、断るべきだったんじゃあないですか?」
「……だから今言ったじゃないか。伯爵クラスにはとてもじゃないけど――」
「とてもじゃないなら、言えたでしょう」
「そんなのはただの方便にきまってるだろう? 言えるもんか。言えるわけがない……」
「方便、ね。……別に物申せと言ったつもりじゃない。なぜ交渉しようとしなかったのか、それが僕にはわかりません」
アレが出来た貴族でないことは言動から容易く察せられたが、しかし圧力をかけたとはいえ、無理に取り上げるのではなく、きちんとミラを支払っている時点でそこまで無茶な対応はされなかったのではないか、と考える。
バリアハートでは些細な事でさえ、貴族に対して無礼な振る舞いとされれば容易く牢にブチ込まれる。それでもつけいる隙を与えなかったのであれば――交渉という形であるならば、まだ希望はあったはずだ。
だけど、そんな事はどうでもいい。
希望があるとかないとか、そんな事は関係無い。
「――なぜ、あなたは戦わなかったんだ」
その半貴石で作られるはずだった指輪は『特別』のためのモノ。何者にも譲れない、自身の生涯において唯一無二の存在に捧げるためのモノだったはず。
無理を承知でわざわざバリアハートの高い店に来て、どうにかならないか相談までしたのは『特別』のためだったのだろう?
相手が貴族? それがなんだ、それだけで納得できないままミラを貰ったのか? 本当に?
「そりゃ少しは食い下がったさ……でも交渉なんてもんじゃないよ、そんな余地あるわけない。相手は貴族、それも伯爵なんだ。僕みたいな平民が何を言おうと一蹴されて終わりだよ」
「……だから? 貴族も伯爵も交渉に関係ないでしょう」
「関係あるさ! 本気を出せばお前の首の一つや二つなんて言われたら……! どうしようも、ないだろう……!!」
瞬間的に激昂するも徐々に尻すぼみになり、最後は拳を握りしめてぶるぶると震わせた。全員から哀れみの視線が向けられ、ブルックさんは彼を慰め、A班メンバーからは僕に向けて制止の声が聞こえてくる。
言われずとも僕にはもはやこれ以上、掛ける言葉は残っていなかった。
正しくは、何も無くなった――と言うべきか。
「――ああ、そうかい」
熱は抜け落ち、頭は冷たく、感情は凍り付いていく。
僕にとって目に映る大半が最終的にどうでもいいという感想に行き着く。だが、そこを通り越して嫌悪を感じさせたのは、それが僕のもっとも嫌う――
「僕は君達みたいに武器も振るえないし魔法だって使えない……。戦えるのは強いやつだけだ、誰もが立ち向かえるわけじゃないんだ……」
「――――」
すんでのところで自制できた僕を誰か褒めて欲しい。目の前の
こいつはきっと《ドリアード・ティア》ではなく、その『特別』だったとしても最終的には差し出すのだろう。
力無いまま別れのあいさつをして店を出て行こうとするそれを視界から外す。
頭からもさっさと消えてほしかった。
「レイ」
「なんだい」
「今の、どうかと思う」
「……わかってるよ」
弱者が強者に搾取されるのは世界の理だ。
それが当然である故、今更その摂理が生み出す光景に意味のない感傷を抱くほど青くはないし、あいつにそこまでの思い入れもない。
ようはただ舞い上がっていただけ。
『特別』のために行動する彼へ勝手な共感を得て、勝手に失望しているだけなのだ。大衆に向けて常々どうでもいいと切り捨ててるくせに、身勝手も度が過ぎる。
これが現実。
それが正しい。
大多数の
「フフ、どんなドラマに巡り合えるかと見届けさせてもらったが――まるでくだらない喜劇だったな」
「……まだいたんですね、あなた」
僕達に《ドリアード・ティア》の在り処を教えたブルブラン男爵。
戻った際にいたかどうか定かではないが――今はどうでもいい。
「老婆心ながらいわせてもらうが、人生とは思うようにいかないからこそ面白く、そして美しいものだ」
「あれのどこに美しい要素があったんです? 貴方の言う通り面白くもなんともない、喜劇と言っていいのかさえわからないオチだったと思いますが」
最後に全部台無しにする悪役と最後の最後で胸糞悪さだけを残した主人公――ああ喜劇ではあるな。あんまりにバカバカしくて、この僕が失笑すら出せなかっただけで。
「ふむ、君は随分辛口なオーディエンスであるようだ。それでも美しさはあったというのに」
「へえ、なら勉強させてくださいよ。いまだいたらぬ学生の身ではどうにも理解できないモノでして」
「先程の茶番は確かに見るに耐えない――しかしそれに苦悩し、もがき苦しむ君達は美しい」
縋る様に仲間達を見た。
何言ってんだこいつみたいな顔をしていた。
僕はとりあえず一歩引いた。
「美というものはすべてが表面上に映るとは限らない。隠された美や未完成の美などそれこそ世にごまんとある」
舐め回すように僕達を見渡すブルブラン男爵。
「くだらぬ物が世に溢れているのは間違いではない、だが、美もまた世に存在することを忘れてはならない。それは目に留まりにくく、移ろいやすく、壁に隔てられた内側で待っていよう。しかし、あらゆる血、あらゆる身分、あらゆる在り方にも美は宿る――真に美を見出そうとするならば、目だけに捉われ過ぎないことだ」
「……?」
「……場所は変われど変わらぬ繋がり。共にせいぜい抗ってくれたまえ……さて、私もそろそろ次の美を探しに行かなければ。それではまた会おう」
最後に視線を僕に合わせてブルブラン男爵は優雅に一礼。店を出て行ったのだった――
うん。
「あの人の言ってる事がさっぱりわからなかったんで誰か解説お願いします」
「俺には無理だ」
「僕もわからん」
「右に同じ」
「えっとまあ、要するに『頑張れ』ってことじゃないですか?」
「おお、さすがはエマさん頭良い。バリアハートはああいう人が多いんですかねえ」
「……こっちを見るな、アレは例外だ」
すっかりペースを乱されてしまった。というか美がどうたらこうたら言い過ぎて美がなんなのかよくわからなくなってきた。
ブルブラン男爵には何が見えているのだろう。汚いモノが綺麗だと言うワケでもなさそうだし美的感覚は正常、いや、何が正常かなんて僕のようなモノがはっきり言えたはずもないけれど。
表面に映らず目だけに捉われず。
彼の言葉を素直に聞き入るのなら称賛すべき点は僕達で――
「マキアスさん」
「どうした?」
「二回も言われた事はちゃんと聞かないとだめです」
「ぐっ。い、言われなくともわかっている!」
「でもね、マキアスさん」
動揺を手で遮り僕は言う。
「僕はあなたの行動に賛同しますよ」
「な、なんだ急に。手の平返して」
「最善が最良とは限らないって話です」
もしもマキアスさんほどの気概を見せていたのなら――最後まで譲らず食らいついていたのなら。
どれだけ権力を振りかざして、たとえ軍を差し向けられたとしても。
僕は、すべてを敵に回して戦ってやってもよかった。
空の軌跡で重要なキャラであるカプア一家の土地と財産を巻き上げて帝国貴族から貶めたのが碧の軌跡で出てきた詐欺師ミンネスで、末端のミンネスは知らなかったらしいが、特定商人による詐欺行為を伴う不動産転売の大元で資金を回収していたのが赤い星座という主人公が知ったら土下座案件。
でも軌跡の物語的にはカプア一家必要だからナイスと言えばナイス。さすが赤い星座。
いちおう活動報告にも書いてますがリアルが詰むか詰まざるかの修羅場なので更新不定期状態です。
でもなんかもう開きなおって書き進めちゃってるからよくわからんです。