『若者よ――世の礎たれ』
静まり返った講堂内に響く、朗々とした声。
かのドライケルス大帝が残したというその言葉を、学院長は一際力強く発した。
「”世”という言葉をどう捉えるのか」
演説は続く。
「何をもって”礎”たる資格を持つのか」
壇上を粛々とした雰囲気で見つめる彼等への――
「これからの二年間で自分なりに考え、切磋琢磨する手掛かりにして欲しい」
――餞として。
「――ワシの方からは以上である」
ヴァンダイク学院長はにっこり笑うと、そう締め括ったのだった。
(『世の礎たれ』か……)
リィンは目を瞑って、今の言葉を心の中で繰り返す。
短く、口に出してしまえば一言で言い終わってしまう言葉。
だがそれに比例して、意味は深く。それこそ考えれば考えるほど深く、深く沈んで行く。
今のリィンにはその言葉に対する答えを出すことは、到底できなかった。
「うーん、いきなりハードルを上げられちゃった感じだね?」
掛けられた声に意識を引き戻される。声の聞こえた方を見ると、紅茶色の髪を持つ少年がこちらへ顔を向けていた。
「ああ、さすがは《獅子心皇帝》と言うべきか。単なるスパルタなんかよりも遥かに難しい目標だな」
「あはは、そうだよね」
彼はその言葉に笑顔で同意する。
「僕はエリオット。エリオット・クレイグだよ」
「リィン・シュバルツァーだ」
そのままお互い自己紹介を済ませると、あることにリィンは気付いた。
「そういえば……同じ制服の色だな?」
「うん、どういう事なんだろうね?」
エリオットも気になっていたらしく、眉をひそめて言う。
「ほとんどの新入生は緑色の制服みたいだけど……。あ、向こうにいる白い制服は貴族の新入生なのかな?」
視線の方向につられて見ると、リィン達新入生が座る列の最前列と二列目は、白い制服を着た者だけで固められているようだった。
「ああ、そうみたいだな。だが……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
そんな風に他愛もない話をしていると、式の終了を告げる声が聞こえた。
二人とも檀上へと視線を戻すと、貴族風の男性がこの後行われる事について話している最中であった。
「――以降は入学案内書に従い、指定されたクラスへ移動すること。学院におけるカリキュラムや規則の説明はその場で行います」
以上、解散。と手短に説明を終えると壇上を下りて行く。
それを合図に周りの生徒達は言われた通りにすべく、席を立って歩き出し、ぞろぞろと講堂を出て行くのだった。
「指定されたクラスって……。送られてきた入学案内書にそんなもの、書いてあったっけ?」
「いや、無かったはずだ」
困惑した様子のエリオットの言葉にリィンも送られてきた案内書の内容を思い返してみるが、やはりそんなものは書いていなかったように思える。
「てっきりこの場で発表されると思っていたんだが……」
だがそんな様子は無く、他の新入生に取り残される形となってしまった。
リィン自身も困惑を隠せなかったが、自分達の他にも数名、同じ制服を着こんだ者が同じように取り残されているのが目に入り、やっぱりこの制服の色に何か関係があるのかと思案していると、自分達を呼ぶ声が耳に入った。
「どうやらクラスがわからなくなって戸惑ってるみたいね」
その声の主は先程の入学式において他の教官達と共に脇に控えていた女性だった。
「実は、ちょっと事情があってね」
そう言うと一拍置いて。
「――――君達にはこれから『特別オリエンテーリング』に参加して貰います」
「こ、ここって……」
「士官学院の裏手……随分古い建物みたいだな」
女性教官に言われるがまま連れていかれたリィン達は本校舎ではなく、少し離れた場所にいた。
そこは周りに木が生い茂り、人の気配がまったくしない。何か出てもおかしくはなさそうな異様な雰囲気を漂わせていた。
「~~~~~♪」
全員どういうことだと胡乱げな視線を送るが、どこ吹く風といった感じでまったく意に介さず。
しかも機嫌良さそうに鼻歌なんぞを歌いながら施錠された扉を開けるとさっさと中に入っていく始末である。
「こんな場所で何を……?」
「くっ……ワケがわからないぞ……?」
金髪の女子と眼鏡をかけた男子が当然とも言える反応で呻くと。
「まあ、考えても仕方あるまい」
青髪の女子が返事とも独り言とも取れるセリフを吐いた。
その言葉を皮切りに次々と扉をくぐって行く様子を見ながら、エリオットが恐る恐るといったふうに言う。
「な、何かいかにも出そうな建物だよね……?」
「……そうだな」
(しかし、街で見かけた顔ぶれが一通り集まっているな……。やはり同じクラスなのか……?)
リィンは考えつつも遅れないように後をついていくのだった。
中はとても広いが薄暗く、窓から差し込む日の光でなんとか見える、といった状態であった。
「――サラ・バレスタイン。今日から君達《Ⅶ組》の担任を務めさせてもらうわ。よろしくお願いするわね」
目の前の壇上に上がった女性教官が語尾にハートマークでも付けているかの様なイイ笑顔で自己紹介を終えると場は騒然とする。
「な、Ⅶ組……!?」
「そ、それに君達って……」
眼鏡の男子とエリオットが戸惑い。
「ふむ……? 聞いていた話と違うな」
青髪の女子も顎に手を当てて呟く。
「あ、あの……サラ教官? この学院の1学年のクラス数は5つだったと記憶していますが……。それも各自の身分や、出身に応じたクラス分けで……」
眼鏡の女子が事前に聞いていたクラス体制について疑問を呈する。
彼女の言う通りトールズ士官学院はⅠ、Ⅱ組が貴族生徒のみで固められた貴族クラス。
Ⅲ~Ⅴ組が平民だけで固められた平民クラスとなっており、受ける教科がまるっきり一緒という訳ではなく、貴族ならではの専門学科等が存在するのであった。それが従来の形なのであり、Ⅶ組というクラスがあるはずがない。
その言葉にサラは頷いて肯定するが、逆に否定もする。
それは去年までの話であり、今年は新たに立ち上げられたため違うと。
すなわち――――――
「君達、身分に関係なく選ばれた特化クラス――《Ⅶ組》が」
「特化クラス《Ⅶ組》……」
「み、身分に関係ないって本当なんですか?」
金髪の女子がⅦ組について詳しく聞こうとするが。
「――冗談じゃない!」
建物内に響く、生真面目そうな声に遮られた。
「身分に関係ない!? そんな話は聞いていませんよ!?」
身振り手振りを交えて激昂する眼鏡の男子。
「えっと、たしか君は……」
「マキアス・レーグニッツです!」
マキアスは名を名乗ると尚も続ける。
「それよりもサラ教官! 自分はとても納得しかねます! まさか貴族風情と一緒のクラスでやっていけって言うんですか!?」
「うーん、そう言われてもねぇ。同じ若者同士なんだからすぐに仲良くなれるんじゃない?」
「そ、そんなわけないでしょう!?」
サラの楽観的で投げやり気味な返答に首を左右に振りながら大きく否定する。
そのやり取りをマキアスの隣で見ていた金髪の男子がくだらないとでも言うかのように鼻をならした。
「……君、何か文句でもあるのか?」
「別に。”平民風情”が騒がしいと思っただけだ」
「これはこれは……。どうやら大貴族のご子息殿が紛れ込んでいたようだな。その尊大な態度……さぞ名のある家柄と見受けるが?」
「ユーシス・アルバレア」
体をマキアスへと向け直し、腰に手を当て偉そうとも取れるに姿勢になると。
「”貴族風情”の名前ごとき、覚えてもらわなくても構わんが」
憮然とした表情でそう言い放ったのだった。
その言葉に場はまたしても騒然となる。だがそれも仕方のない事であった。
《アルバレア》は帝国東部のクロイツェン州を治めており、帝国貴族の爵位として最上級である”公爵”を冠していた。
またエレボニア帝国における最も家格の高いとされる四大名門の一つに数えられている、帝国に住む者ならば知らぬものなどいない、大貴族の中の大貴族と呼べる存在なのであった。
「……?」
「ふぁ……」
「……ふぁ。……あくびってなんで移るんだろ……?」
それでも意に介さない者も三名ほどいたが。
というか長身の男子は留学生なので仕方ないと言えるが残り二名は謎である。
「だ、だからどうした!? その大層な家名に誰もが怯むと思ったら大間違いだぞ!」
出てきた名が予想外に大きすぎた為、若干気圧されるが負けじと声を張り上げるマキアス。
ピリピリとした空気が張り詰め、正に一触即発な状況であった。
「はいはい、そこまで」
手を叩いて二人を諌めると、全員がこちらへ向くのを確認し、サラは言う。
「色々あると思うけど、文句は後で聞かせてもらうわ。そろそろオリエンテーリングを始めないといけないしねー」
「オリエンテーリング……それって一体、何なんですか?」
「そういう野外競技があるのは聞いたことがありますが……」
金髪の女子と眼鏡の女子がサラに疑問を投げかける。
それをぼんやりと聞きながら、リィンはふと、校門で武器を預けたことを思い出していた。
「もしかして……門の所で預けたものと関係が?」
へぇ、と感心した表情でいいカンをしているとリィンを褒めると、サラはなぜか壇上の後ろへと下がっていく。
そして不敵な笑みを浮かべると――
「それじゃ、さっそく始めましょうか♪」
――床が傾いた。
「えっ……」
「っ……!?」
「しまった――」
「な……!?」
「きゃあっ……!?」
リィン達の足元の床が突如下へ向かう。ただ傾いているだけならば駆け上がるなりなんなりできたがそれは結構な傾斜であり、そこに立っていた面々は有無を言わさず滑り落ちて行くのだった。
(くっ……)
リィンも抵抗する間もなく同じように落ちて行く。だが近くにいた金髪の女子だけでも庇おうと逆に自分から飛び込む――その刹那、視界の端に天井からぶら下がる銀髪の少女と、その手に掴まる赤毛の少女が見えた気がした――
◇
「重い……」
「こらフィー。サボってないでアンタも付き合うの」
レイヴェルを片手にぶら下がるフィーを眉間に皺を寄せて叱るサラ。
「レイヴェル、アンタもよ。これじゃあオリエンテーリングにならないでしょーが。……ちょっと聞いてんの? ……レイヴェル?」
しかし、レイことレイヴェル・オルランドはそれどころではなかった。
なぜならば――
「うおぅ……。フィーのスカートが……」
フィーの見えそうで見えないその中身に全神経を集中させていたのであった。
その手の平にすっぽり収まりそうな小振りで形の良い尻。それを覆い、ヒラヒラとこちらを誘惑する短い布。そこから伸びるシミ一つ無い、すらりとした脚線。
特に大腿から臀部にかけてのラインは素晴らしく、思わず頬擦りをしたくなるような妖しい魅力を秘めていた。そしてそれらを辿って行くと行き着く、乙女の秘奥を守る最終防衛ライン。みんな大好きデルタ地帯――
「だ、だめだよレイヴェル……! そんなことしちゃあだめなんだよおぉ……!」
だめだ、だめだと自分に言い聞かせるが、一目でいい、見たい。その思いが引力に引っ張られるかのようにスカートの真下へと顔を持って行かせる。ひどく矛盾した行為。
だがそれは、仕方のない事なのである。なぜなら彼は、まだ若いのだから。
それは、仕方のない事なのである。なぜなら彼は、男なのだから。
女性二人がジト目で見つめる中、彼はその冷たい視線に気付かないまま一人葛藤を続けていた。
それがいけなかったのだろう。
「てい」
「あ」
手が離れる。
「あ――っ!」
レイヴェルもまた、そのまま滑り落ちていくのであった。
「…………」
「……思春期ねぇ」
サラはため息を吐きながら言った。
「……前は、あんな感じじゃなかった」
「あぁ、なんか休業して少し経ってからよね? あの子、本当に戦う事以外興味なかったみたいだわ」
困ったもんね、と口では言うが彼はまだ15歳。今のような反応こそが正しいのであってむしろ今までがおかしかったのだ。
だから決して悪い事ではないのだが――――
「まあいいわ。フィー、アンタも気を付けなさいよ?」
「別に、パンツくらいならまあいいけど」
「バカ言わないの。ほら、早く行きなさい」
「はぁ、メンドクサイな……」
フィーは憂鬱そうにレイヴェルの後を追うのだった。