変わらない景色の中を走る。
会話は特に無く、ただ無言で走り続ける僕達。
サラさんは魔獣も徘徊していると言っていたが、いまだ出会わず。
僕達より先に行ったはずのマキアスさんとユーシスさんに遭遇することもない。
よって問題も特に無く。
たたたた、と。
二人分の足音だけが静かな講内に響いていた。
今はどの辺りまで来たのだろうか。
走り始めてそんなに経っていないはずなのでまだまだ序盤、だとは思うが、それなりのスピードで進んでいるので実はもう中盤だったりするのかもしれない。
どちらにせよ、この迷路じみた構造が厄介なだけで正しく進めば距離的には大したことない、と思う。
それはともかく。意外だったなあ、フィーがあんな殊勝なことを言うなんて。
普段からめんどくさい、めんどくさいと口癖のように言ってるくせに。いやもう完全に口癖かあれ。そんな彼女が自分から進んで面倒事を請け負おうだなんて。
驚きである。
びっくりである。
衝撃的、と言ってもいい。
明日から内乱でも始まるのかい?
なんてくだらない冗談が思わず出てしまうレベルだった。
――だが、裏を返せばそれ程までに恩義を感じているのだろう。
一瞬、独り佇む彼女の姿が脳裏をよぎった。
……まあ。
まあまあ。
驚きはしたがいいことじゃないか。
隙あらば眠り、暇さえあれば眠り、内外問わず寝心地の良さそうな場所を探して日がなウロウロしてるような怠惰の化身が自発的に動こうとしてるのだ。
なら今僕がすべき事は何だ? 彼女を応援する事ではないのか?
いや、応援などおこがましい。僕もフィーを見習ってサラさんのために何か手伝える事を探し、少しでも力になれるよう動くべきじゃないのか?
しかし、人って変われる物なんだな。僕も頑張れば何か変わ――
「だるい、疲れた、眠い、寝る」
「おいそこに直れ薄情者」
急に立ち止まって言うフィー。
自分でも若干前フリっぽいなとは思ってたけどさ。
オチつけるの早いよ。
さっきの殊勝な言葉は一体何だったんだ。
普通に感心させておいてくれ。
「ていうかこんな場所で寝るの? 魔獣に襲われるよ?」
「さすがに寝るのは冗談。でも、走るのめんどくさいよね」
「……まあ、めんどくさくないって言ったら嘘だけど、別に大したことはないだろう?」
「そ。じゃあ背中に乗せて」
「ん?」
唐突に放たれた言葉に少々面食らってしまった。
「なに言ってるの?」
「おんぶしてって言ってる」
「いやそれはわかってる」
何でキミが不思議そうな顔するんだよ。
それは僕の顔だろ。
「だからさ。なんで、僕が、キミを、背負って行かなきゃならないのさって言ってるの。わかる?」
「だってレイ、力だけはあるからわたしくらい軽いモノだよね? 余裕で走れるはず」
「確かにキミはちゃんとご飯食べてるの? ってくらい軽いから大丈夫……って走らす気なの!?」
「そうしないと奥まで先に辿りつけない」
……なんだろう。僕がおかしいのかな?
あまりに至極当然といった風に言うので僕の方が若干うろたえてしまう。
「レイは、わたしが倒れてたら助けてくれないの?」
「え、むしろ追い打ちかけるけど?」
「……今は一応仲間」
「あ、そっか。なら全然助けるね! 基本的に仲間は助けるようにしてるよ僕は!」
「倒れそう。そのまま寝たい。ヘルプ」
「……ちょっと待って、それ別に助けなんていらなくない? キミ、走って疲れたとかじゃなくてただめんどくさいだけ――」
「待って。この際そういう過程はどうでもいい。結果としてわたしは倒れそうになってる。ここまではいいよね?」
「え、う、うん……うん?」
手の平を僕に突き付け言葉を遮ると、フィーはそのまま続ける。
「わたしは頑張った。頑張って走ったけど残念ながらめんどくさくなってきてしまった。好きでめんどくさくなってるわけじゃないんだよ? これは仕方ないこと。でもサラのために奥まで行かなきゃならない」
「そ、そうだ……ね?」
「ここで例えばの話をするよ? 例えば、つまり仮にだけど、目の前で仲間が助けを求めてる。そして別段見捨てないといけない状況じゃない。ならレイはどうする?」
「……助ける?」
「ならレイが今する事は?」
「そ……それは……」
えーと、えーと。フィーが助けを求めてるけどそれはめんどくさいだけであってでも今は過程より結果が大事で倒れそうなことに変わりないからサラさんの手伝いをしなきゃ僕は基本的に助けるとして見捨てる必要もない状況であってそれはつまり――
「フィーをおぶって走らなきゃ!」
「よし」
肩に掛けていたケースを腰に回し、後ろ手で持ってフィーが座れるようにしてからしゃがみこむ。
何かひっかかる気がしなくもないが、ここで倒れられても困るし、サラさんのために動きたいし、フィー一人分なら重さなんて無いようなものだしまあいいか。
と、僕は考えることをやめたのであった。
フィーを背負い、再び走り出す僕。
ちなみに今の状況としてはフィーが僕のケースに腰を下ろし、背を預けるようにもたれかかっている形である。
つまり背中合わせ。
…………。
いやいやおかしいよ。
女性を背負う時ってもっとこう、ギューって押し付けるものじゃないの?
柔らかな母性を感じさせるものじゃないの?
なんだよ背中合わせって。
硬い感触しかしないんだけど。
「なんか変な事考えてる」
「考えてない」
「わたし胸無いから前向いても一緒だと思う」
「なんでわかったの!?」
ともかく。
話しながらも奥へ奥へと着実に進み続ける僕達。
入り組んで迷路状になっているこの旧校舎は、僕とは相性が悪かったりするのだが――まあ、いかんせん学校には変わりないので僕でも大丈夫だろう。
フィーも背中でくつろいだまま何も言わない。それどころか前方を見もしない。つまり完全に僕に任せるってことだよね。
よし、ここらで一つ。迷子キャラを払拭させようじゃあないか。
ダンジョン恐るるに足らずということを教えてやる。
いつまでも迷い続けるだけがレイヴェルじゃない。
「レイ」
なんて意気込んでいるとフィーが声をかけてくる。
「学院に入る前にサラから言われたこと、覚えてる?」
「言われたこと?」
そういえば色々言われたな。えっと確か――
「壁とか殴ったりして壊すなってこと?」
「そんなこと言われたの?」
「フィーがサボらないよう監視してろってこと?」
「そんなこと言われたの?」
まさかレイを見張りにするとは……と、フィーは呻いていた。
つい言ってしまったが、逆にこれが抑止力になれば僥倖である。
「でもわたしもレイがバカなことをしないよう監視してろって言われてる」
「そんなこと言われたの!?」
藪蛇だった。
「じゃなくて。できるだけ手加減をするように――あ、手加減ってわかる?」
「キミは僕をバカにしてるの? それともキミがバカなの?」
僕も大概な人生を送ってるとは思うけど、手加減の言葉すら知らないってどんな殺伐とした人生?
「普段は極力、力を抑える。やむを得ない状況以外はあんまりでしゃばるなってことなら覚えてるよ」
「……もう一つ」
急に真剣な声音になると。
「狂わないで」
「…………」
いつもアレ使ってるわけじゃないんだけどなあ……。
「いつも使ってた」
「……キミを、キミたちを仕留めるのに出し惜しみできるほど、僕は強くない」
「ふうん」
「熱気に当てられて抑えられないのもあるけど」
「だめじゃん」
制御できないとか最悪、と言って。
「じゃあレイ、今まで以上に気を使って。ここで抑えられないような事ないと思うけど」
「あはは、大丈夫だって。それ元々キミんとこレベルが相手になるとの話だから心配しないでよ」
「……まあ、なんでもいいけど」
フィーは体を背中合わせから正面へ向け直し、僕の背にしなだれかかるように、自分の顔を僕の顔の横へと持ってくると。
「絶対に使わないでよね――止めるのめんどくさいから」
と。
向けられる相手や周囲の人々、ましてや僕の心配をするはずもなく、あくまで彼女らしい自分本位な理由を、まるでこれから戦場に赴くかの如く真剣な、大真面目な顔で言い切ったのだった――
しかしながら、硬い感触はやっぱり変わらないんだね。
◇
フィーが前を向いたおかげでわかったのだが、着実に、順風満帆と言っても過言ではないくらいに進んでいた僕達は、というか僕は、まるっきり逆走していたらしい。
逆走って。
どうりで行けども行けどもゴールに辿り着かないわけだ。
誰だよダンジョン恐るるに足らずとか言った奴は。むしろほぼスタート地点だよ。
これについてはフィーが楽をした挙句、前すら見ていなかった事が原因ではないか? と華麗に責任転嫁を謀ったら「そうだねレイに任せたわたしがバカだった。うんわかってたバカだってわかってたのに。しょうがないよバカだもんね。ごめんねバカごめんなさい」
そんな感じに丁寧な謝罪をされました。バカは一度でわかっています。
結局、遅れを取り戻す為にフィーに先導されながら、先程の比ではないスピードで駆け抜け、飛んだり跳ねたりしながらショートカットを繰り返し、たまに遭遇する魔獣の脇をすり抜けたり、たまに感じる人の気配に隠れたりしながら走り続けた結果――――
「階段見っけ」
「うん……見つけたね」
行き着いた先はこれと言って障害物も何も無い、ぽっかりと開けた場所だった。
その広い空間の奥には地上へ繋がるであろう階段があり、日の光が差し込んでいるのを見るところ、ここが最終地点。ゴールで間違いないと思われたのだが。
「…………」
「…………」
僕とフィーはそこに足を踏み入れず、入り口付近で佇んでいた。
本来なら、あろうや、思われた、なんて憶測でしかない曖昧な表現をせずとも、この無駄に広い空間のど真ん中を突っ切って、さっさと階段を上るだけで疑心が確信に変わるはずなのだ。
だが僕等はそうしなかった。
お互い、そうするべきではないと感じた。
視線を右上へと移す。
僕の記憶が正しければこの建物に入ってからここに至るまで、装飾物や像の類は一つも見かけなかった。
あるのはせいぜい壁に掛けられた灯りくらいで、後はひたすら石の床と壁のみだったはずだ。
だからだろうか、見上げた先にある、素人目で見てもこれはすごい作品なのだろうと思える石像が、荘厳で力強い竜の石像が鎮座して見下ろしている姿に違和感を感じてしまうのは。
だからだろうか、階段を置くだけにしてはあまりにも広すぎるこの場所が、不自然に感じてしまうのは。
なんていうか――
視線を戻すともう一度端から端へぐるりと見渡す。
――大型の魔獣一体と戦うには十分な広さだなあ。
「……もうね」
僕は言う。
「もうね、何か匂うとかクサいとかそういうのじゃないよね。ふと見れば鼻先に突き付けられてる感じだよ。オラ嗅げよって具合に強請されてるって言うかさあ」
「あれ、入ったら動くよね」
「言っちゃったよ」
「前置き長い。言葉が多すぎ」
「キミはむしろ足らないよね。表情も乏しいよね」
「レイがいきなりハゲたら笑えると思う。爆笑モノ」
「ああそれは確かに笑えるね。泣き笑いだけど」
フィーも同じ考えだったことをみると、頭の奥で何かを訴える本能とでも言うべき物に従ったのは正しかったらしい。
本能さんにはいつもお世話になってます。
「よしフィー。グレネード貸して」
「
僕、キミに何かしましたか?
「ここは一応旧校舎」
「? だからなに?」
「もう忘れてる……」
まあ無いんだったら仕方ないか。
しょうがない、ここから
「脳筋はちょっとおとなしくして」
「? なんで? 一発で粉々にするよ? 正確には二発だけど」
「力を抑えるとはなんだったのか」
なぜか疲れた様子のフィー。
どうしたのかな、昼寝してないしやっぱり寝不足?
「あれ、意図的に置いてるんだと思う」
「意図的?」
止める理由がよくわかっていない僕へいつものように説明を開始する。
フィー先生の個人レッスン。
色々たぎる。
「わかってると思うけど、こんなあからさまな場所に置いてある時点で戦わせようとしてるのは歴然。地下の奥にあるなら見落としかもしれないけど、階段の前ならさすがに気付くと思う」
「つまり?」
「これもオリエンテーリングの一環、だろうね」
「だから壊すなってことか……」
今更だけど、本当に今更だけどサラさんもぶっ飛んだことするよね。
明らかに戦闘慣れしてなさそうな人とかもいたんだけどいいの?
もしかしてフィーがこうして動くのを見越しての行動なの? だったらすごすぎるんだけど。
「じゃあどうするの? もうこれ以上進めないし、ここでシエスタとでも洒落込むの?」
「なにその言い方。引き返してほかの人の様子を見に行く」
「はいはい。随分仕事熱心だなあ」
「ついでに手加減と道の進み方を覚えてもらう」
えっ。