なんやかんやあったがとりあえず顔合わせ自体は済んだのでラウラさん達と別れ、また先へ進む。というか戻る。
「でもさー、結構戻ってきたと思うんだよね。ここって今どの辺なの?」
「ん。確かにかなり戻ってる。もう最初に落ちた部屋から遠くない」
周りを軽く見渡しながらフィーは言う。
変わらない風景でよくわかるなあ。
「じゃあさ、僕達もあの階段のとこに行かない? ユーシスさんとはまだ会えてないけどさ。たぶん、すれ違ったんだと思うよ?」
「その可能性は高そう」
フィーは頷く。
「そろそろ誰か辿り着いたかもしれないしね」
「順当に考えれば、一番近かったリィンさん達があの魔獣と戦ってるかも」
「リィン?」
「あー、教えるの忘れてた。歩き――は遅いか、走りながらでいい?」
「ん」
そしてまたまた走り出す僕達。なんか走ってばっかりだ。
皆はオリエンテーリング。
こっちはマラソン。
しかも障害物ありで、ある意味時間制限付き。
あれ? 僕達だけやることしんどくない? みたいな。
いやまあ、この程度で疲れるほどヤワじゃないけど。
一度通った道なので特に迷うことも無くサクサク進んでいく。邪魔なのは魔獣くらいだが殴り飛ばしたりすり抜けたりと、障害という程でもない。
フッ、このダンジョンは既に攻略したと言ってもいいくらいだ。
「じゃ、ここに置いて行ってみようか」
「ごめんなさい、調子に乗りました」
とか言ってる間にあの階段部屋の近くまで到達。
あとはこの分かれ道を左に直進すればいいだけだ。
――と、そこで鉢合わせたのは。
「……フン」
「あ、ユーシスさんだ」
アリサさんと同じ、キラキラと輝く黄金の髪。
そして王子様然とした凛々しい綺麗な顔は間違いようがなかった。
……壁を殴りたくなるのは仕方がない。
「ユーシス?」
「いやだからキミも上で聞いてたはずでしょ?」
何も覚えちゃいない。
もしかして寝てたの? あの状況で?
「お前達二人だけか」
「はい、ほかの人はもうこの先にある階段部屋にいるはずです。……たぶん」
「たぶん?」
「別行動。見ればわかる」
「……チッ。俺が言えた義理では無いが、一人くらいこっちにつけておけ」
ユーシスさんは顔をしかめて一人呟く。
うーん、心配してくれてるのかな?
「まあいい、改めて名乗ろう。ユーシス・アルバレアだ」
「先程は自己紹介する暇もなかったですしね。僕はレイヴェル・オルランドです。レイヴェルと呼んでください」
「フィー・クラウゼル。フィーでいい。よろ」
「キミの自己紹介はどんどん雑になっていくね」
よろってさあ。
フランクすぎるよ。
「何回も同じ事言うのめんどい」
「そんなに言ってないだろ……? 貴族らしいし、もっと丁寧にしなきゃ怒られるよ」
「構わん。その程度で頭に血が上るほど狭量ではない」
「へえ、なかなか話がわかるね」
「だから、馴れ馴れしいよ……」
それにしても。
腰に手を当て偉そうな態度を取り、人を見下したような傲慢な物言いではあるが、特に悪気があるわけではなさそうだ。
こっちを心配してくれてるような感じだったし、フィーの言う通り話もわかる。マキアスさんが言う『平民を見下す』とはまた違う気がする。
この人はこれが素なのかも。
まあ、ナチュラルに人を見下すのが素ってのもどうかと思うが、人の上に立つ人ならそういうモノなのかなあ。
なんて事を考えつつも、三人でしばし雑談に興じる僕達。
だがそれも長くは続かず。
突如響き渡った咆哮に無理やり打ち切られる。
「ッ。今のは奥からか」
「あちゃー、やっぱりもう戦ってるのかあ」
「ちょっと遅かったね」
今しがた聞こえた地下全体を震わせるような咆哮は間違いなくあの魔獣、あの竜のモノだろう。
足を踏み入れると動き出すという僕達の推測は、やはり当たっていたらしい。
「……全員集まってたらいいんだけどさ」
この場にいる僕達を除くと男子四人と女子三人に分かれていた。
どちらにも見た感じ、戦い慣れていない人がいる。片方だけで当たるのは危険だ。
特に女子の方は前衛がラウラさんのみだ。僕達二人を除くと頭一つ分抜けた実力はあると見受けたが、後衛二人を守りながら戦えるだろうか。
……そんなに強くないと思うんだけどサラさんだしな。
いきなりダンジョンに落として大型魔獣けしかけて来てる時点でもうアレだしな……。
「先に行くぞ」
ユーシスさんが声の聞こえた方へと走り出す。
先に行動する辺り、なんだかんだ言ってもやっぱりいい人っぽい。
「わたし達も行こっか。めんどくさいけど」
ここに落とされてから今まで一度も抜かなかった自分の武器を手の上で弄びながらフィーは僕に言う。
「そうだね、行くとしようか」
異論は無い。
異議も無い。
むしろ是非も無しって感じかな?
そう答え返すと僕は、背負ったケースに手を掛けた――
◇
レイヴェルの思った通り、リィン達は竜の石像と戦いを繰り広げていた。
時たま出会う魔獣に邪魔をされ、入り組んだ通路に迷いはしたものの順調に歩を進め続け、終点である階段部屋に辿り着く事が出来た彼等は階段ばかりに目を取られ、目の前に広がる不自然なほど広い空間に、何の疑問も抱かず足を踏み入れてしまっていたのだった。
竜は血の通わぬはずの体に生気を宿し、リィン達へと襲い掛かった。
自身の肉体より大きな両翼を羽ばたかせ、宙を舞い。元が石であるためか、鱗に覆われた肢体はかなり硬く、攻撃を当てるのも至難であり、当たったとしても生半可な攻撃では傷をつける事すらできない。
導力魔法なら一定のダメージは与えられたが、エネルギーにも限りがある。
苦戦は必須。長期戦を余儀なくされたリィン達であったが、文字通り石を削るように地道に攻撃を繰り返し、ジリジリと相手の体力を奪うことによって、ついには竜を地につけることに成功した。
身体を大きく仰け反らせて咆哮を上げると四肢を下ろして項垂れる。
「くっ、やったか……!」
銃口の向きを竜から外し、マキアスは言う。
浅くはあるが全身のいたるところに傷が刻まれ、首だけではなく翼も尻尾も力無く垂れ下がった今の状態から見るにこれ以上の戦闘行為は不可能。
たとえ無理に襲い掛かろうとも今の状態であれば勝機はこちらにあるだろう。
「いや、まだだ……!」
油断無く見詰めていたリィンが注意を促す。
マキアスはその言葉に疑問を抱き、聞き返そうとして目を剥き。
「ひゃああっ……!?」
エリオットが立てるはずがない竜を見て悲鳴を上げる。
「力を取り戻したのか……!?」
「だ、駄目だ! さすがに歯が立たないぞ!?」
どのような術を使ったのか。その身に刻まれたはずの傷跡は時間を巻き戻すように再生していき、蓄積されたダメージもまるで無かったかのように翼を立ち上げ、尻尾を振り回す。
あまりにも早い回復。これではいくらやっても意味がない
しかもリィン達は既に消耗しきり、導力魔法すら満足に放てない。
最早どうすることもできない状況であった。
(くっ……みんなの体力も限界か。――こうなったら……!)
リィンは眼を閉じ自身の内側へと意識を集中させていく――その時だった。
「下がりなさい――!」
後方から女子の声が聞こえたかと思うと何かがリィンの横を通り過ぎ、竜へと直撃すると僅かに怯ませる。
一撃、二撃、三撃、四撃。
リィンの傍を飛来していく物体。その正体は導力によって威力を強化された矢であった。
弓による射撃は一度では終わらず。何本も撃ち込まれる。
一つ一つは大したことは無いようだがそれでも連続して襲ってくる衝撃に竜は身動きが取れない。
「えいっ!」
「はあっ!」
その隙を見逃さず接近したエマは魔導杖による魔法攻撃を叩き込み、追従するラウラが大上段に構えた大剣を胴体へ袈裟懸けに一閃させた。
「き、君達は……!」
「追い付いたか……!」
遅れてきた援軍。光明が見えて来た事に思わず安堵の溜息が零れるエリオットとガイウス。これでこちらは七名と傾きかけた戦況はまた振出しへと戻ったかのように見えたが。
「
「ああ、しかもダメージを与えても再生されてしまう!」
この中で最も攻撃力の高いラウラ。先程の一撃はただ腕力だけで斬り付けるのでなく走る勢いそのまま、十分に力を乗せたはずだった。
決して浅くは無い傷を付けることはできたがそれでも尚、致命傷には至らない。あまつさえマキアスの言う通り傷を付けたそばから再生する始末である。
これでは意味が無い。持久戦に持ち込まれればこちらが消耗するだけ消耗して後はまた同じ様に窮地に陥るだけである。
「だが、この人数なら勝機さえ掴めれば――」
故に短期決戦に持ち込むしかない。敵の態勢を崩し、全員で総攻撃をしかける。
相手に再生する間を与えず完膚なきまでに叩きのめす。
シンプルではあるが現時点ではこれ以上に有用な策は無いとリィンは考える。
問題はどうやって態勢を崩すかだ。自分達は既に体力も限界に近い。必然的にアリサ、ラウラ、エマの三人を主体に行くしか――
「まあ、仕方ないか」
「すっごく硬いみたいだしね」
「フン……結局はこうなったか」
入り口付近から聞こえる声に全員が目を向けた。
そこに居たのはさらなる援軍。
左手を前に突き出し、右手を顔の傍へ持っていく構え。両手に
右手に持つ騎士剣の切っ先を地に向け、左手を腰に当てやや半身に構えたユーシス。
絶妙なタイミングで駆けつけてくれた頼もしい味方。
だが一同が目を奪われていたのはもう一人の存在。
「なっ……!?」
驚愕に誰かが呟く。
一つにまとめた真紅の長髪。小柄でほっそりとした筋肉の欠片も無さそうな華奢な見た目。あどけなさの抜けきらぬ幼い顔つき。
そこまではいい。
そこまでは知っていた。
リィンは、リィン達は既に彼を知っていた――その両手に持つあまりにも不釣合いな武器以外は。
「戦斧を二振りだって……!?」
その武器は彼――レイヴェルの背丈よりも大きく、丸みを帯びた分厚い刀身は自身の髪と同じ様に真紅に染まっていた。
通常、戦斧という物は一振りを両手持ちに使用する。その重量から取扱いに癖があり、主に体格の良い男性が使用するような武器である。相応の腕力が無ければ振り回されるどころか持ち上げる事すら難しいだろう。
しかし、レイヴェルは右手の斧を肩に担ぎ、左手の斧をだらんと下げた一見すれば構えと思えない構えを取りながら悠々と佇んでいた――
◇
「どうする?」
「足潰す。援護よろしく」
「うん、了解」
手短に会話を済ませるのとほぼ同時に隣でARCUSを駆動させていたユーシスさんが風の導力魔法、《エア・ストライク》を炸裂させる。それを合図にフィーは走り出し、逆に僕は動かない。
「さあて……」
その場で両腕を大きく後ろへ回す。当然握られている斧も、ぶおんと風切り音を立てながら背後へ回る。頭を突き出し足を踏ん張る前傾姿勢。自身を砲台と化し、力を十全に乗せられるように。
――あ、石が相手だっけ。
魔獣の頑強さを思い出した僕はさらに腕を引き絞る。限界にまで回された両腕がギチギチと音を立て、痛みを警告として脳へ伝達。それを引き金として込み上がる、これから起こる事への微かな興奮と歓喜。力を振るえる喜びから声を上げて暴れだす破壊衝動を理性で捻じ伏せ、統率。クリアな思考で攻撃箇所を見定める。
「……その翼、大事だろうなあ。それが無ければただのトカゲだもん」
相手を殺さず、かつ援護に効果的な部位を適当に目を走らせて探す。自分の趣味も相まって一番目についたのは立派で雄々しい両翼。いつでも飛び立てるようにするためか、はたまた威嚇のつもりなのか常に大きく広げていた。
だがそれは、自分から的を広げるに等しい行為。喰らってくれと言わんばかりの行動。
敵は見つけた。狙いは定めた。あとは蹂躙するだけだ。
「だからさ」
無意識に吊り上がった口角は大きく歪み。
「奪わせてもらうね」
ぞるり、と牙を剥く。
――戦技【ハーケンスロウ】――
溜めこんだ力を爆発的な勢いで解放。放たれた二振りの暴力は旋回しながら凄まじい速度でフィーの両脇を追い越し、リィンさん達の間を抜けると両翼へと迫り、接触。硬い鱗の防御をぶち抜き、根元から無理やり引き千切るように切り飛ばした。
絶叫が響く。
今までの威圧するような咆哮では無い、空気を切り裂くような声が響き渡る。しかし普通なら溢れ出ていたであろう鮮血が一滴足りとも流れていないのは、やはり元が石だからだろうか。
そのまま突き進む二振りの戦斧は次第に弧を描いて僕の元へ戻ろうとする。
視線は竜へと向けながらも視界の端でそれを確認したフィーは一度だけ深く息を吐くと、予定通り足を潰しにかかった。
「勝機だ……!」
「あ、ああ!」
目の前で起こった出来事に頭がついて行かなかったのか、しばし呆けてしまっていたリィンさんはガイウスさんの声にハッとし、大きく頭を振る。周りを見てみると同じ様に今し方意識を引き戻されたかのような
「さあ、畳み掛けるぞ――!」
放っておいたらまた再生される。態勢が完全に崩れている今しかない。
痛みにのたうち回る竜へと視線を戻すとリィンさんは刀を構え直し、残り僅かな力を全て出し切るつもりで相手の懐へ踏み込んで行く。ほかの者も勝機を逃すまいとリィンさんに続いて飛び込み、各々が攻撃を繰り出す総攻撃となった瞬間、その場にいた全員の体が光に包まれた――
◇
ラウラさんの体ってどうなってるんですかね?
筋肉の欠片も無さそうなほっそりした体型なのに、あんな大剣をぶんぶん振り回すのすごくない?
力を溜めたからってあの硬い竜の首切り落とすとか意味わかんないよね。女の子なのにどんな腕力してるんだよってね。
「お前が言うな」
「あ、お疲れフィー」
ふと気付けば隣にフィーがいた。
「お前が言うなって僕、まだ何も言ってないけど?」
「なぜか言わなきゃいけない気がした。気にしなくていいよ」
「ふうん?」
「そっちこそお疲れ。一応緊急事態と言えなくもない状況だったし、武器を握ってたから加減できずに殺っちゃうかと」
「いや素手じゃなくても手加減はできるからね。加減を知らないだけだからね」
「それ、できてない」
お互い労いの言葉を贈り合う僕達であった。
いつの間にやら皆も集まり、初めに落とされた部屋の時のように円になって会話を始める。僕とフィーも自分から動いた訳でもないのに自然と円に組み込まれていた。
「それにしても……最後のあれ、何だったのかな?」
エリオットさんが顎に手を遣りながら首をかしげる。
ほかの人達も気になっていたらしく、なし崩しにその事についての話し合いが始まった。
まあ、そちらに気を取られて僕達の事を忘れているのはありがたいので、意見を出し合う彼等をよそに僕は一人考える。
最後のあれとは恐らく、というか確実に全員がいきなり光に包まれたことだろう。
すわ新手の奇襲かと思わず身構えてしまったよね。魔法だったら危なかった。
といってもあの光が魔法というのは当たらずとも遠からずじゃないか?
だって、あんな急に――
「む、気のせいか……。皆の動きが手に取るように”視えた”気がしたが……」
そう、”視えた”。
ラウラさんの言う通り。あの瞬間、確かに僕は視えたのだ。
誰が今どこにいるのか。次にどこを狙うか、どのように攻撃をしかけるのかが全て把握できていた。
まるで自分の体のように。
まるで一つの生物になったかのように。
心を通わせてしまっていた。
混ざり合ってしまっていたのだ――今日顔を合わせただけの連中と。
ああ、なんて――
「――気持ち悪い」
「レイ?」
「……ん? なんでもないよ? フィーにはまったく関係のない事だから。それよりほら、今回の事を仕組んだ張本人に色々説明してもらおう?」
「…………」
来るのが遅いですよ? ね、サラさん。
「これにて入学式の特別オリエンテーリングは終了なんだけど……」
言葉を濁すと僕達を見渡し。
「なによ君達。もっと喜んでもいいんじゃない?」
出てきて早々、いけしゃあしゃあとそんな事をのたまうのはさすがサラさんだなあと感心する。
見習いたくはないけど。
「よ、喜べるわけないでしょう!」
「正直、疑問と不信感しか湧いてこないんですが……」
案の定マキアスさんとアリサさんを筆頭に盛大に反論されていた。
当の本人はあら? なんて言いながらさも心外そうな顔をしていたわけだが。
「――単刀直入に問おう。特化クラス《Ⅶ組》……一体何を目的としているんだ?」
ユーシスさんの疑問は、この場の全員の疑問だった。
身分や出身に関係が無い。だがそれがどうした?
それだけが目的だとしたら、別に僕達でなくとも良かったんじゃないか?
皆は偶々選ばれたで済むかもしれないが、僕とフィーがこの中に入っている事に違和感がある。
いくら関係が無いとしても、貴族がいるのなら学院側は最低限の安全は確保しようと動くんじゃないだろうか。
「ふむ、そうね」
サラさんは真面目な顔を作ると説明を始める。
「君達が《Ⅶ組》に選ばれたのは色々な理由があるんだけど……一番判りやすい理由はその《ARCUS》にあるわ」
それを聞いて僕を除いた全員が《ARCUS》を取り出していた。
いわく、この最新鋭の戦術オーブメントの真価は従来より様々な魔法が使えたり、新たに通信機能が搭載されたなんてモノではなく、《戦術リンク》という先程体験した現象にあるらしい。
だが現時点で《ARCUS》は個人的な適性に差があるらしく、新入生の中で特に高い適正を示したのが僕達だった。それが選ばれた理由。
つまるところ、《ARCUS》と最新の技術である《戦術リンク》のテスターなんだろう。
聞こえてくる納得の声を聴きながら僕は思った。
「さて――約束通り、文句の方を受け付けてあげる」
一旦言葉を切ると腕を組み、数秒経ってからまた口を開く。
「トールズ士官学院はこのARCUSの適合者として君達十名を見出した。でも、やる気の無い者や気の進まない者に参加させるほど予算的な余裕があるわけじゃないわ。それと、本来所属するクラスよりもハードなカリキュラムになるはずよ。それを覚悟してもらった上で《Ⅶ組》に参加するかどうか――改めて聞かせてもらいましょうか?」
半ば脅すように突き付けられた選択に全員が無言になり、誰とも無く顔を見合わせる。
無理もないだろうな。
元々この《Ⅶ組》に入るために入学したわけじゃないのに適合者というだけでこんな余興に参加させられてさあ選べだもの。
「あ、ちなみに辞退したら本来所属するはずだったクラスに行ってもらうことになるわ。貴族出身ならⅠ組かⅡ組、それ以外ならⅢ~Ⅴ組になるわね。今だったらまだ初日だし、そのまま溶け込めると思うわよ~?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら言う。
辞退しにくくない?
ねえこれ辞退しにくくない?
完全に煽っていくスタイルじゃない?
突然言われたって明確な目的も無いんだから参加なんかしないだろうにその言い方はどうなんだろう?
「リィン・シュバルツァー。参加させてもらいます」
と、思った矢先である。
「我侭を言って行かせてもらった学院です。自分を高められるのであればどんなクラスでも構いません」
…………なるほどね。
あまり、聞きたくなかった理由だな、と僕は顔を歪ませる。
誰よりも早く、真っ先に参加することを決めたリィンさん。
こんなわけのわからないクラスにほとんど悩む間もなく飛び込むのはどんな大層な理由かと思ったら、特に面白味の無い理由だった。
えらいなあ。
素直にそう思え、口の中を苦い物が広がっていく。
それはたぶん、罪悪感。
薄々感じていた物がリィンさんの言葉でハッキリと形を持ち。
僕は揺れる。
その後もリィンさんに感化され、次々と参加を表明して行き。
「これで六名――フィー、アンタはどうするの?」
残るはマキアスさんとユーシスさんにフィー、そして僕。
先に問いかけられたフィーはどっちを選ぶのか。
どのような答えであれ、僕は自分の意思を変えるつもりはないし、彼女の意思を尊重するつもりでいた。
僕には僕の道がある。
フィーにはフィーの道がある。
たとえ、ここで互いの道が分かたれようとも後悔はない――
「別にどっちでも。サラが決めていいよ」
ガクッと頭が落ちた。
「うん、皆が色々考えたり決意したりしてる中でも我が道を行くのは逆にすごいよね。見なよ、皆も深く感銘を受けて呆れの眼差しだよ?」
「なんならレイが決めてもいいよ?」
「割と重大な選択肢をありがとうフィー。キミも人の事を言えないくらいバカだよね」
空気読めと声を大にして言いたい。
それまでこの場を支配していたシリアスな空気も霧散していまい、一時的に脱力感が蔓延する。
なんか色々悩んでるのがバカらしくなった……もういいや、僕が頭を使おうなんてことが間違ってたんだ。
迷うなら突き進めば済む話。
急がば突進って言うしね。
サラさんはこめかみを抑えながら、
「レイヴェルはどっちにする?」
ひとまずフィーを保留にしてこちらに振ってくる。
「アンタまでどっちでもとか言ったらタダじゃおかないわよ」
「言いませんから腰の物に手を伸ばそうとするのはやめてください。というか、サラさんなら別に言わなくてもわかっちゃうんじゃあないですか?」
「……だめよ、ちゃんと自分の口で言いなさい」
「はあ。じゃ、参加します」
「え?」
「え?」
なぜか意外そうに僕を見る姿はこちらとしても予想外だった。
「え、参加? え、ほんとに?」
「なぜそこまで疑われてるんだろう……」
普段から嘘をついていた覚えはないんだけど。
僕って正直者だし。
「いえ、ちょっと驚いてね。正直、戦術リンクを実際に体感したアンタは辞退するかと思ってたわ」
「あー……まあ、そのつもりでしたけどね。気が変わったと言いますか」
気が進まないのは変わらないのだが。
依然として。
そんなあっさり切り替えられるなら苦労しない。
「へえ? ぜひ理由を聞かせてもらいたいところね」
「……期待されるほどご立派な理由でもないですよ? 僕も感化されただけなんで、どちらかと言えば微妙、です」
僕が僕だけできちんと選び取った訳ではない。
そのことになんとなく、ばつの悪さを感じながら理由を話し始める。
「僕の目的はサラさんも知っている通りで、その一つはこの学院に来たことで結構いい感じに進んでるんですよね」
様々な人と触れ合えるし、色んな事が学べる。
今まで一つの事しか知らなかった僕が短期間で多くを知ろうとするならとてもいい場所だと思う。
故に。
「わざわざ《Ⅶ組》に入る必要はないんです。むしろこんな少数体制より通常のクラスの方が人が多くて、僕としてはいい経験になるのではないか? とも思います」
新型オーブメント?
ああ、確かに強力な導力魔法や新しいクオーツをセットできるのは単純な戦力向上に繋がるだろう。
戦術リンク?
そうだね、確かに使いこなせれば部隊の戦力は劇的に上がるんじゃないか?
練度を大して積まなくても熟練した部隊のように連携がとれる。そんな反則染みたシステムだ。
――でも僕には必要ない。
まあ、参加したくなかった一番の理由としては戦術リンクが気に入らないから。というまるで小さな子供みたいな理由なのだが。
そもそも僕は自身の実力を上げに来たわけではないのに、本来所属するクラスよりハードなカリキュラムなんて受ける理由が無い。
導力魔法は基本的に使わないし、新しいクオーツによる身体強化も魅力的ではあるが、従来の物で十分。
テスト段階でしかない戦術オーブメントに急いで交換する必要性は微塵も感じなかった。
「だけど――」
目を閉じてみる。
瞼の裏に鮮烈な赤が翻る。
髪に触れてみる。
思い浮かぶはいつだって苛烈に戦う家族の姿。
「――僕も、我侭言って迷惑かけて飛び出してきた分、自分を高めるべきなのかなあと反省しただけです」
頭を掻きながら。
僕は言う。
やっぱり、ばつの悪さは拭えないなあ、なんて思いながら。
僕のつまらない理由を聞き終えたサラさんは一瞬きょとんとするが、すぐさまニヤリと笑い。
「ふーん。いいんじゃない? 我は強いわ人見知りだわのアンタがそう考えただけ進歩と言えるわよ?」
「……我が強いかどうかはわかんないですけど、特に人見知りってわけじゃないですから」
「なら閉鎖的と言いましょうか。ねえ、
「……………………」
「ウフフ、そんな怖い顔しなさんなって。ジョーダンよ、ジョーダン」
「……ちっ」
「こーら、舌打ちもやめなさい」
「ちっ、ちっ、ちっ」
「アンタね……」
顔をひきつらせても舌打ちはやめない。
挑発してきたのはそちらからじゃないか。
飄々とした態度で一気に距離を縮め、僕が我慢できるギリギリのラインで引き下がる。
僕の中での自分の立ち位置を把握してるのだろう。
喰えない人だ。
面白くはないが、その洞察力には舌を巻く。
「ま、それはそれとして。レイヴェルはこう言ってるけど、どうする?」
「参加で」
「はいはい了解」
「早すぎない!?」
衝撃のあまりイラつきを忘れて叫ぶ僕。
さっきどっちでもいいとか言ってたじゃん。
舌の根がまだビッチャビチャだよ。
乾く間もなかったよ。
「せめてその心変わりの理由を言おう? そんなんじゃサラさんも納得しないよ」
「してないの?」
「してるから了解って言ったのよ」
「……ええ~」
首をかしげるフィーに苦笑しながらサラさんは言う。
理由を言わず聞かず、それでいて双方とも分かり合った感じがある。
なにがあったんだ。
別に悪くないし、むしろいいんだけど、最初からそうしなよと突っ込むのは野暮だろうか。
「さて、問題児は片付いたし――君達はどうするつもりなのかしら?」
サラさんは咳払いをして場を仕切り直すと残った二人にそう声をかけた。
「問題児だって。言われてるよレイ」
「なんで!? 確実にフィーだよ!」
「アンタら両方よ。ちょっと黙ってなさい」
納得いかない。
「まあ、色々あるんだろうけど深く考えなくていいんじゃない? 一緒に青春の汗でも流していけばすぐ仲良くなれると思うんだけどな~」
「そ、そんなわけないでしょう!」
サラさんお得意のテキトー発言にマキアスさんが大きく噛みつく。
いわく、帝国には強固な身分制度があって搾取の構造があるから帝国に未来が無いとかなんとか。
……仲良くなれるかどうかの話じゃなかったの?
件のユーシスさんはさっさと参加を決めてマキアスさんを大層驚かせていたが。
「ここで袂を分かつのが互いのためだと思うが、どうだ?」
「だ、誰が君のような傲岸不遜な輩の指図を聞くものか! 古ぼけた特権にしがみつく、時代から取り残された貴族風情にどちらが上か思い知らせてやる!」
「面白い……」
なんかもうヤケクソ気味でマキアスさんも参加することになり、仲良く火花を散らし合っている。
皆もやれやれといった呆れの視線を送っている。
そしてそこに余計な事を言うのはサラさんしかおらず。
「ん~、やっぱりあなた達はベストフレンドになりそうだわ」
「なりません!」
「なるわけないだろう」
「息もぴったりだし、レイヴェルとフィーを彷彿とさせるっていうか。ねえ?」
と、こちらへ振ってくる。
火に油を注いだ挙句巻き込むのはやめてくれません?
でもまあ。
「そうですねえ。ゆくゆくは和解するんじゃないですか? 僕達も昔はあんな感じだったし。ね、フィー」
「さあ、おぼえてない」
フィーはさっぱり興味が無いのか欠伸をしながらそっけない態度をとる。
つれないなあ。
「できるわけないだろう! さっきも言ったが、この身分制度が変わらない限り僕達が変わることもないんだ!」
「フン、その辺りはともかく和解ができんことは同感だな」
「うわ、こっち来た」
結局僕が両方から責められてるんだけど。
サラさんいい加減にしろ。
僕が人知れず怒りゲージを溜めていると冷静なユーシスさんはともかく、興奮冷めやらぬマキアスさんはなぜかそのまま僕に対しての言及を始めた。
「そもそも君はなんなんだ!? 十五歳でここに入学してることもそうだがあの身軽さと怪力はなんなんだ!? その体で戦斧を二振りとかありえないだろう!」
「は、はあ……すみません?」
あまりの剣幕に少々圧倒される。
僕は別に身軽ってワケじゃないけど……力も自信はあるが、そんなにさ。
それを言うならラウラさんだってねえ? 身内にも人一人くらい持ち上げれる女の子がいるし、男の僕ならあれくらい――
「大体、最初に見た時から言いたかったんだが!」
そんな僕の言い訳染みた思考も許さんとさらに言葉を続ける。
ほ、ほかになにがあるんだろう。
最初に見た時っていつだ、なんかしたっけな。
焦って色々考えを巡らしてみるが特に何も思いつかない。
マキアスさんは息を大きく吸うと、ビシッと指を突き付け。
「なんで君は女子の癖に男子の制服を着ているんだ――――!!!!」
……。
…………。
………………。
はい?
「あれ、俺はてっきり女子の制服はスカート以外もあるのかと思ってたんだが……違ったのか」
「あ、リィンも? 僕もそう思ってたよ。彼女、あまりにも堂々としてるからさ」
「そんなわけないだろう、まったく!」
いやあの。
「ブふッ……言いたいことはわかるけど、その子はそれでいいのよ」
「何がいいんですか、今日は入学式ですよ? 指定の制服をしっかり着て来るのがあたりまえでしょう!」
着てます。
「フ、フフフッ……確かに着てこなきゃあだめよね。なら大丈夫じゃない?」
「? 何を言って――」
「だーかーらー」
サラさんは首を振りながらマキアスさんの言葉を遮る。
そして僕をチラリと一瞥すると――
「――レイヴェルは男の子なのよねえ」
しばしの沈黙。
水を打ったような静けさが場を包み込む。
全員が黙り込み、ありえないモノを見る視線を向けられるこの状況。
うふふ、久しぶりだなあ。とほっこり。
え、なにフィー? 死んだ魚の眼? あ、そう……。
「っはあ!? 嘘でしょ!?」
そんな中で叫んだのはアリサさん。
……アリサさん? なんで?
「こんな小さくて可愛いのに!? まつ毛なんかもすっごく長いし髪の毛なんか羨ましいくらい綺麗でサラッサラなのに!? 声なんて完全に女の子ですよ!?」
「残念ながら男なのよねー」
そんなこと思ってたんですねアリサさん……。
褒められてるんだろうけど嬉しくない……。
「ふむ、男児でありながらあのように可憐な者がいるとはな……。少々自信を無くしそうだ」
「あはは……私も正直複雑です……」
いえ、ラウラさんもエマさんも素敵ですよ。
というか僕で自信を無くされると僕の男としての自信が削れていく……。
「学院の敷地内に大型の魔獣がいたり、女のような男がいたりと帝国は本当に不思議だな」
「ガイウス、違うからな? その二つは帝国に限らず不思議だからな?」
「こんなことが帝国の日常だったら不思議すぎるよ……」
御三方は既に仲がよろしくていいですね……。
でもエリオットさんは若干人の事言えない気が。
「どういうことだユーシス・アルバレア! あんな可愛い子が男だなんてこれも貴族のせいなのか!」
「ええい、落ち着けマキアス・レーグニッツ! お前は何を言っているんだ!」
こっちも既に仲がいいですね(笑)
「女装したレイ……プッ、似合う」
このクソアマ。
ああ、一体なんなのさ。
思わず汚い言葉を使ってしまう程のカオスにたまらず空を仰ぐ。
しかしここは地下なので癒されるような青い空は見えず暗い灰色の天井だけが見えた。
心が荒む……。
そんな状況を手を叩いて諌め、自分に注目させるとサラさんは言う。
「これで十名――全員参加ってことね!」
何事もなかったように。
「――それでは、この場をもって、特化クラス《Ⅶ組》の発足を宣言する。この一年、ビシバシしごいてあげるから楽しみにしてなさい!」
「一年どころか一日目からビシバシ集中攻撃受けさせられたんでもういいです」
ニッコリ笑って手を腰の後ろへ。
「一年どころか一日目からビシバシしごかれてとても嬉しいです。一年間とても楽しみにしています」
「そう。レイヴェルは向上心が高いわね~」
大人って汚い。
「……今日、ごはん食べに行く?」
「ありがとうフィー。キミも参加してたけどね」
おい、こっちを見ろ。
とまあ、そんな感じで僕の学院生活は幕を開けたのだった。