――つまんない。
歩く。
ここのところ大きい依頼が、戦いが無い。
雑魚を狩るだけのぬるいモノは戦いとは言わない。
――つまんない、つまんない。
歩く歩く。
死者が出るような過酷な訓練も所詮は訓練。
一定以上の強さがあれば取るに足らない。ようは慣れなのだ。
――つまんない、つまんない、つまんない。
別にこれが初めてではない。
戦いが大きければ大きいほど、楽しければ楽しいほど消耗も大きくなる。
そんな状態で次の戦場へ、なんて愚行は犯さない。
単に依頼が来ていないという場合もあるが、補給期間という物は絶対に必要なのだ。
自分達は強い。
だが必ずしも強者が勝者ではない事を知っている。
なればこそ、資金回収や最新武装の配備、食料の確保等その他諸々の基本を怠ろうはずもなかった。
――つまんない、つまんない、つまんない、つまんない。
しかし頭でわかっているから我慢ができるワケではない。
そう、こんな事は初めてじゃない。今まで通り暇を潰せばいいだけだ。
今まで通り――戯むれていれば。
胸の中でジリジリと感じていた燻りが一気に肥大化する。
それに比例して足は速まり、やがて駆け足へ。
頭の後ろで一つにまとめた長い赤毛を尻尾のように振り乱しながら走る。
――今まで通り戯れていれば?
バカだなあ。
それができたら退屈はしていないんだ。
ああ、つまんない。
ほんと。
つまんない、つまんないつまんないつまんないつまんないつまんないつまんない――!
「つまぁぁんなぁぁいっっ!!!」
目的の部屋を見つけると減速せずにそのままドカンと扉が壊れそうな勢いで蹴り開けた。
気のせいか、少しへこんでいる。
並の神経ならば飛び上がり、老人であれば驚きのあまり
「……騒々しいぞシャーリィ」
「シャーリィ様、扉は静かに開けた方が良いかと」
ただただ、いつもの調子で窘めるだけだった。
◇
幕間1 赤い星座ン家
◇
「つまんなーい! つまんないよー!」
「それを俺に言ってどうする?」
バンバンと書類が乗った机を叩くシャーリィ。物が物であればリアルファイト間違い無しの激しい台パンである。
それでも机の主はシャーリィに目もくれず。書類を読み続け――
「次だ、ガレス」
「は」
猟兵団トップとしての仕事を淡々とこなしていく。
部屋の中心に置かれた机に座る、シャーリィと同じ様に赤い真紅の長髪を頭の後ろで一つにまとめた隻眼の大男、シグムント・オルランド。彼は人喰い虎に例えられるような戦闘狂であったが、常に冷静で交渉等にも長けた頭の切れる男でもあった。
戦うだけしか能の無いそんじょそこらの木っ端猟兵とはワケが違う。格が違う。
《闘神》《猟兵王》に並ぶ最高峰の猟兵の一人。いや、その二人がもうこの世にいない現在は彼こそが最強の猟兵と言っていい。
ただそこにいるだけで威圧される、圧倒的な存在感。
多少と言わず、それなりに腕に自信がある者でも目の前に立てば否応無く呑み込まれてしまうだろう。
「だってレイがいなくなったのパパのせいじゃん。なんで出て行く許可なんか出したのさ」
だがシャーリィには関係なかった。
親娘仲は今日も良好なのである。
「またその話か」
シグムントは手に持つ書類に目を通し終えるとようやく顔を上げる。
「何回も言ってるだろう、俺は許可を出した覚えはない。今は待てと言っただけだ。それをあいつが何を勘違いしたか、飛び出しただけだろう」
「そもそもそこがおかしいよー。待てなんて言わず、だめって言ったらよかったのに」
「クク、駄目と言われて素直に聞くか? 肚を決めたらよっぽどでないと覆さないのがあいつだろう。だからこそ今回みたいにならないよう、兄貴がいなくなった後のゴタつきを片づけてから誰かつけてやろうと思ったんだが……」
「あはは! アホだもんね!」
「アホだからな」
「御二方……」
うんうんと頷き合う二人。
かつては団長である《闘神》の右腕として活躍したガレス。
尊敬していた上司の次男である”弟君”が目の前でアホアホ言われて微妙な気分だったが、言っている人物達が身内であり、割と事実なので止められなかった。
仕方ないので話題のすり替えを行う。
「し、しかし誰かを供につけるつもりだったとはいえ、なぜお許しなされようと?」
ガレスの疑問はもっともである。
団長が死んだのだ。通常であれば副団長が引き継ぐか、その息子を後釜に据えようと動くだろう。
そして副団長であるシグムントは継ぐ気がない。現在は《赤い星座》の事実上のトップだが、あくまで副団長であることに変わりないのだ。
必然的に団長の息子が新たな《闘神》となって団を引っ張る形になる。
幸い長男である”若”は与えられた試練をすべて乗り越え《闘神》としての器を示しており、何も問題はなかった。
――二年前に団を出奔し、行方知れずになっていなければ。
「若がいないのであれば、弟君を継がせなければいけないのでは?」
「レイが《闘神》かぁ~。あはっ、それも素敵だと思うけど、無理じゃない?」
「だろうな。あいつはどちらかと言うと俺達――いや、俺に近い」
だからこそ、双戦斧を教えてやったんだ。とシグムントは笑う。
「レイに必要な戦闘技術は既に叩き込んである、後はあいつが地力を上げて自身を制御するだけだ。それからの事はランドルフを連れ戻してからでも遅くはない。休暇が欲しいなら、それまではくれてやるさ」
「……もしや若の居場所が?」
「大体はな」
「なるほど」
ガレスとしては団長の忘れ形見である二人が早く立派な一人前になって欲しいと思う気持ちがあった。
しかし結局の所、方針を決めるのは副団長のシグムントであり、肉親でもある彼がそう考えているのであれば異論を唱えるつもりもなかった。
「でもでも、今度はレイがいなくなっちゃったんだよ?」
「それが頭の痛いところだな……」
フゥ、と重いため息を一つ。
「途中から後を追えなくなっているのを見ると、誰かについて行ったんだろう。あいつがあそこまで隠密行動をできるはずがない。それもかなりの実力者、か」
「うっそ。それついて行ったんじゃなくて攫われたんじゃないのー? あーんなに可愛いんだからさ。きっとお菓子あげるから~みたいな感じでホイホイついていったんだよ!」
「クク、ありえん話じゃあないな」
「あはは! アホだもんね!」
「アホだからな」
「あの……その辺りで……」
この場の良心はガレスだけである。
仕方ないのでまた話題のすり替えを行う。
「さ、攫われたといえば昔、弟君が敵に捕まったことがありましたね」
「あー、そんなこともあったね。いやぁ懐かしいなあー」
「まだ実戦に出て間もない時だったか」
レイヴェルがまだ九歳の頃、彼のいた部隊が敵の策略に合い、半壊滅状態に陥る。
撤退戦を繰り広げながら本隊と合流しようとしたが、敵の追撃も激しく、多勢に無勢であえなく壊滅。
レイヴェルは捕虜として捕えられてしまったのだった。
「あは、シャーリィはもうだめだねバイバイって思ってたよ」
「ランドルフは血相を変えていたな」
「ランディ兄はレイには結構甘かったよねえ」
シャーリィはしみじみと呟く。
二人ともあの時の様子を思い出すように目を閉じていた。
「確か、自力で脱出していたんだったか」
「うんうん! それでね? ランディ兄達と一緒に拠点に攻め込んでやっと見つけたと思ったらさあ。なんかえらい興奮しながら皆殺しにしてる最中でさあ! 完全にキレてたよあれは!」
「ほう、さすが素質がある」
「あと何でか知らないけど全員の股間を執拗に狙って潰してたね!」
「クク、急所狙いは効果的だ」
「……弟君」
おくびにも出さないが、ガレスもシグムントも鳥肌物だった。
鬼の所業である。
素晴らしい。
「うーん、思い出したら心配になってきちゃったよ。まったく、お姉ちゃんに黙って行くなんて」
「言ったら止めるからだろう」
「そりゃ止めるよ。ランディ兄もいないってのにレイまでいなくなったら退屈になるじゃん。ていうか退屈だよ……。なんかお得意様からおっきい依頼とかないの? 去年みたいにまた
「向こうに行くような依頼はないな。あったとしても、あんなかき乱すだけのぬるい仕事を何度もやりたくはないが」
「えー、つまんないの」
はあーっと大きくため息を吐く。
親娘そろって気苦労が絶えないようである。
「……レイがいればなー」
思わず、といった具合にポツリと呟く。
「耳たぶハムハムしたり抱き枕にしたりして遊びたい」
「全て反撃されてなかったか?」
「ええ、弟君がよく武器を持って追いかけまわしているのは、大体がシャーリィ様の悪戯によるものです」
だがシャーリィに言わせればその反撃も含めて愛らしく、かなり本気で戦えるのが楽しいらしい。
当のレイヴェルもまんざらではなさそうと言うのはシャーリィ談。
補正がかかっているのだろうと思われる。
「レイと敵同士になったらそれはそれで楽しいだろうね! あはは! 両手足をぶった切ってシャーリィの物にしたいよ!」
「クク、それはまだ難しいだろうよ。良くて相討ちじゃないか? 兄貴みたいにな」
「あは、シャーリィもあんな宿敵が欲しいと思ってたけど、もしかしてそれは意外とレイなのかもしれないや」
「あいつはまだまだ強くなるだろう。アホだが」
「そっか……じゃあ負けないように訓練でもしよっかなー。レイの力は侮れないからね。アホだけど」
あははは、と無邪気に笑いながらシャーリィは入ってきた時と同じ様に扉を乱暴に開けるとそのまま駆けていった。
それだけで室内は静けさを取り戻す。
気まぐれで暴れ回る台風のようだった。
シグムントは首を回し、肩を鳴らすとまた書類を手に取る。
経営しているダミー会社の報告書等の目を通しておく物がまだまだある。
雑務は下の者がやっているが、トップがしなければならない仕事は自分にしかできないのだ。
ガレスはそんなシグムントの傍にそっと控え、直立する。
指示があればすぐに動けるように。
かつて《闘神》の右腕だった彼はシャーリィのお守り担当であり、シグムントを補佐する立場でもあるのだ。
猟兵ガレス――今でも誰かの右腕であり続けている。
ふと、窓の外を見てみると雲一つない空が広がっていた。
――若、弟君。
ガレスはその青いキャンパスに大切な二人の顔を描き。
――お早い帰還を。
彼等に伝わるよう、思いを馳せた。