「よし、じゃあ君にはこれを渡そう」
そう言って、差し出されたのはごつごつとした、かと言って目立った装飾のない、機械のようなものだった。
「これが……ライバーシステムってやつか?」
「うん、これをベルトの位置に装着すれば、使う準備が整うよ」
言われた通りにそれをベルトのバックルの位置に添えると、自動で巻き付いた――仮面ライダーみたいだな……なんて思ったが、何か理由でもあるのかとも思ったが次にシルエットの彼が差し出した、透明なプレートを見た途端に「なるほど」と理解した。
「これでフォームチェンジってわけか」
「そう、これでスタイルが変わる――」
――ライバーシステムはどうやら、力を真に発揮する為の土台らしい。
それで、その力を発揮するためには彼に渡されたプレートを装着するらしいのだが、このプレートにも種類があるらしく、今手元に渡されたライバーシステムの正式名称は『個人勢専用ドライバー「first」』と言うらしい。長いから「first」でいいや……。
プレートをよく見ると、何やらスイッチや装置のようなものがいくつかついており、どこかの仮面ライダーが使ってそうなデザインだ――
「これをそのベルトに装着して、両端のボタンを押し込むとロックされて、自身のフォームに変身できる」
「変身か……いいね、それぽくって」
「変身するときは、この“アカウント”を差し込んで回す」
アカウントと言って渡されたのは、カセットのような形状の板だったが、従来見てきたようなプラスチック感はありつつも両面液晶が入っているかのようにアニメーションが流れて、『Youtube』『蜜柑猫』『1 subscribers』『Hello』と定期的にデザインの施された文字が流れている。
しかし……どこに差し込むのか。
見た感じ、差せそうなでっぱりやレールはあるもの、それはどれも何らかの動作のためのもののようで――
その瞬間、まるで、ガラスが割れるかのように、その空間が壊れてゆく――
「な、何が起きたんだ!?」
「……早くも、新人狩りが来たみたいだね」
「な?!」
そう言われて振り向いた途端だった。さっきまでどこまでも続く白い空間だったのにも関わらず、気づけばそこは異様にもフリー素材で出来た。薄っぺらい街並みで――多分、彼の言う、新人狩りの影響だろう……。考えなくとも想像がつく。
「よお、新人狩りにきた、ケリンだ!」
「まだ教えてないことが沢山あるんだけどな……最低限の事は伝えておくけどVtuberを倒すとその人の力を得ることができる……」
「――じゃあ」
倒せばいいんだな!? と振り向いた瞬間の事だった。
それは突然の出来事で、そしてまたそれはとても聞き馴染みがあって、見覚えのある光景でもあって――
ほんのわずかな、数秒にも満たない……瞬間の出来事で。
背後の爆発物による攻撃を寸前のところで、シルエットが――彼が身を挺して盾になったのだった――
「お、おいッ!!」
気付かなかった。
急な出来事過ぎて、心の処理が追い付かないでいると「おいおいおい、なんで死んでねえんだ!?」と聞き覚えのある声に、なんとか現実に引き戻された――
何故なら。
「……ケリ、ン?」
「おお?そうだが、どうかしたか?」
「何……やってん、ですか……?」
「おいおいおい、本当に知らないのかよ、可哀想に……でもまあしょうがないよなあ!」
早くも、絶対絶命な状況に、早くも本能が働いた。
盾になってくれた、シルエットを抱え、降ってくるミサイルに辛うじて逃げるが、そう時間が稼げるようなもんじゃない――
しかし――どういうことだ、なんでこんなにも早く、絶対絶命な事態になってるんだ!
蜜柑はその不測の事態の上で転がされていた、この場合って死んだら、リアルの方はどうなるんだ、と言うかなんでケリンがここに襲撃してくるんだ、と言うかどうやったら変身ができるんだ!!
そう、心の中で嘆きながら、瀕死でいるシルエットに必死になって声をかける。
「大丈夫か!!おい!死ぬな!!」
「はは……それは、無理……かな……」
「おい!しっかりしろ!まだお前の名前も聞いてねえぞ!!」
逃げた先、隠れられそうな場所に逃げ込んだ――
「名前……?」
「ハハ……名前ならもう知ってるでしょ……」
「はあ……?こんな時に何言って……」
「いつも……いつも来てくれてありがとう――蜜柑くん」
その時、一瞬だけ本当の彼女の姿となって「ありがとう」の5文字を告げ、宙空にポリゴンとして消えていったのだった――
シルエットと呼んでいた彼女は、自分が初めてVtuberとして応援して、そして初めて別れた「――」だった――もう名前も思い出せない。その存在は誰も覚えていない。
空虚だけが、自分の胸に残るのだった。
※※※※※
――ベルトを指でなぞって行くと、ふと違和感を感じて押し込む――その瞬間、ガチャガチャガチャと、音を立てて立体的に変形し、見るからにそのカセットを差し込めそうなスロットが出てきた。
アカウントを縦に挿入すると、ガチャガチャと音を立ててベルトの中へと埋め込まれてゆく。
『――変身』
ベルトに埋め込まれたハンドルを回しした瞬間――変身音が鳴った。
派手な演出は無く、しかし、身体を纏う装飾は。
少し違っていて――装甲と化した青い半纏とスウェット――手腕にはナックルグローブが装着され、頭部は狐面を模した仮面が装着されてはるものの、フードが被されその全貌は見えないようになっていた。
その姿を見るなり、ケリンもライダーシステムを起動する。途端、派手な音楽と供に全身が装甲で固められてゆく……。
長髪なのは変わらないし、何なら服装に目立った変化はない。
しかし、その装備は規格外とも言え、全身に魚雷やミサイル、爆弾など、あらゆる爆発物を身に着けて「今日は、爆発の気分だぜ」と笑い飛ばすのを観ながら蜜柑もまたそれに答えて「随分楽しそうじゃねえか」と笑い飛ばすのだった。
数秒、静寂に包まれたその中心で、最初に啖呵を切ったのは――
『よっしゃあ!ぶち飛ばしていくぜえええええ!』
『望むところだ……ケリン!!!』
瞬間、大きな爆発音とともに、重苦しい黒い煙が立ち上る――
本当に次の瞬間、一秒も立たないうちの出来事だった。
気づいた時にはもう遅く、装甲だった半纏は吹き飛んで穴だらけになっている……。
恐るべき力だと痛感する――この爆発の威力で飄々と立ってられる彼の姿と、今の一発だけで大破している自分とを見比べてどちらが有利な立場にあるのか――次、彼の攻撃を喰らったら体が残っているのかどうかもわからない……。
「おらおらどうした!!そんなもんかよ!!」
「っるせえ……お前が強すぎんだ……」
「ほら!どんどんいくぜえ!!」
「な――ッ!?」
休んでいる余裕などなかった――
気づいたら、目と鼻の先に何十個というミサイルが迫りくる状況。当然逃げられるはずもなく、爆発に巻き込まれ、遥か遠くへと吹き飛ばされる――
空を漂う最中、装甲が散り散りと消えてゆく中、狐を模した仮面も割れ、それさえも宙へと消えてゆくのだった。
そして、放物線を描いて綺麗に落下してゆく彼に追い打ちをかけるように、ケリンは蜜柑の真上からミサイルを撃ち込んだ――それは勢いを増して、地面へと叩き付け、蜜柑自身、もう生きてるんだか死んでるんだからわからない状態に晒されて、白くぼやけていく視界の中でただ広い、無限に広がる仮想現実の白い空を眺めながら「クソッ……」と吐いて。ため息を一つ、零した彼の顔は朗らかにも微笑みを浮かべていた。
そして――目の前が真っ白になる