『見事URAファイナルズを制したのはこのウマ娘!!ライスシャワー!!』
会場の個々の声は一つとなり、まさに圧巻にも響き渡る歓声の中、自分は、ただ、手前にある柵を握りしめ、感動と達成感、そして彼女の笑顔を見るのに夢中で声が出なかった。
――勝ってくれ……頼む。勝ってくれ。頑張れ、頑張れライス。
日本ダービーの時も、菊花賞……天皇賞、いや全てのレースも例外ではなかった。幾度とその言葉を心の中、そしてその声で叫んだのだ……。
いつしか、口の中がしょっぱくて、頬が濡れていて――いつの間にか涙がでていた。
彼女は走りながら、観客達一人一人にその笑顔を届けている最中、一人の涙を流しながら笑う男性に目を向けると心の中で、困り笑いをしながらもその目で「やったよ、お兄様」そう言うのだった――
※※※※※
そして時は流れ、とうとう彼女にとっての引退レースが行われ、結果は見事優勝で幕を下ろした。
「ライス……今まで本当にお疲れ様」
「ううん……お兄さまがいてくれたからライス……ここまで来れたんだよ」
彼女はそう言って、微笑む。
レースを終え、ウイニングライブまでの間、控室にて二人で話しているふとしたその時に過るのは、トレーナーとしての疑念だった。
「ライスこそ、お兄さまに……ありがとうって伝えたい」
「ああ……こちらこそ」
ライスのトレーナーになって長く……そして短い期間ではあった。自分は彼女のトレーナーとして全力で支えてきたつもりだったが……しかし、彼女にとって俺はどう映っているのだろうか。
思えば、驚愕と苦悩の連続だった。彼女を……ライスを1位にさせられなかった時だってあった。何度も……何度と敗北させてしまい、その度に何度反省会をしてきたことだろうか……。中にはトレーナーとしての経験が浅い故に、彼女に無理させてしまったこともあった。
そんな俺を、ライスは――
「どうしたのお兄さま」
「ああ……いや、なんて言うのか……」
「も、もしかしてライス、何か変なこと言っちゃったかな……」
「いや違うんだ……その、ライス……君から見た俺はどうだったかな」
「ええ!?お兄さま急にどうしたの?」
そう驚くのは、多分口調があまりにも引き攣っていたからだろうかと、「ちょっとな」と自分の正直な気持ちを彼女に伝えた。「俺は君のトレーナーとして上手くできていたかな」と彼女に微笑みかけるのだった。
すると、彼女はさっきと打って変わって真剣な表情になって詰め寄った――
「お兄さまはライスにとって一番のトレーナーだよ!上手くいかない時もあったけど……でもお兄さまじゃなかったら今のライスはいなかったから……」
「ライス……」
「それにね!お兄さまのお陰で勝てたんだよ?負けちゃったときもあったけど、その時はお兄さまが精一杯慰めてくれたから……だからね!」
そう、一旦止め、彼女は俺の手を握ってめいいっぱいの笑顔で言うのだった。
『ありがとう、お兄さま!』
瞬間、心の重しが取れたかのように楽になれたとも言うように、さっきまでの暗かった過去を浄化していくように……本来の姿へと形を変えていく――
あの記憶は忘れもしない、メイクデビューの日……。
ライスにとって、そしてトレーナーとして初めてのレースということで臨んだわけだったが――結果は8着。
何が悪かったのか、そう自分に問いかけ。俯く彼女にはそれでもライスは悪くないと、笑い、次勝てば大丈夫だと必死で励ました――
今思えば、懐かしくもライスには申し訳なさを感じる思い出だった。その後、無事1着を取り、幾度か敗北を続けながらもあの日本ダービーで優勝、そして天皇賞春に有馬記念と優勝し、どんどんと成績を伸ばしていったのだ……。
もはやこの国に彼女の名前が知らないものはいないであろう――
しかしながら、彼女を見ると初めて出会った頃と全然変わらないなと感慨深い気持ちになるのだった。
「ライスシャワーさん、そろそろウイニングライブなので準備の方お願いします」
「ひゃ!ひゃい!」
こんなところも、あまり変わってないな……。と、微笑ましい気持ちになってしまう――やはり思いは伝えるべきだろうか……。
そう、自分の中で何かが変わったのを自覚したのは一体いつからだっただろうか――
「それじゃあ……行ってくるね、お兄さま」
「ああ……」
「どうしたの?お兄さま……」
「ああ、いやなんでもない、最後の晴れ舞台、最前線で応援するからな」
「うん!観ててね、ライス頑張るから!」
そう言って、ドアが閉まる音と供に椅子へと崩れ落ちながらも深いため息を吐いた。
――嗚呼、なんで言わなかったんだ……。
たった一言……「後で話があるんだ」って一言だけでいい。そう言えばいいのに、どうして俺ってやつは……。
頭を抱えながら、ため息を零す彼の姿は――もぬけの殻となったその控室越しに見ると、寂しくそして虚しさと名残惜しさを孕んだ、ある種の暗闇のようにも思えた。
※※※※※
――観客の歓声で、それは掻き消えそうだった。それでもそれが絶えることなどなく、ましてや最前線だ。その健気にも頑張る姿に終始見惚れていつものような掛け声すらも出ない。
ただ、それは儚く、まるでそれは線香花火のように綺麗で――
ただ、その一瞬。瞬きした瞼に映るのは、彼女と夜中に抜け出して、いつも走っている河川敷の傍で花火をしたいつの日の夏に映る一片の思い出だった。
はじめは「怒られちゃうよ」「大丈夫?」と自分勝手な悪巧みに心配になる彼女に許可証を見せつけた時の顔が昨日の事のように思い浮かぶ。
まあ本当はだめなんだけどね。なんとか言って許可をもらったのだ。30分だけでも――そう頭を下げたのだ……。まあ寮長のヒシアマゾンにも呆れられたが、事情を熱弁して何とか受け入れて貰ったというところだ。
花火大会が雨で中止になったライスのためだ、意地でも俺がやってやる……。市販のやつだがな――
そう、確かライスは誰よりも楽しみにしてたのだ。
屋台のリンゴ飴だとか焼きそばだとか……。そして、打ちあがった花火は凄く綺麗だとか。そんな自分の話に、ライスも意気投合し約束したわけだったのだが――案の定、その事態に彼女は相当落ち込んでしまい、それもその落ち込み具合はいつものようには上手くいかず「とっておきの策を用意しておいたから大丈夫」となんとか落ち着かせた訳だった……。
まあとは言え、事を辿れば自分の始めたに過ぎない事態だ。
それでその策というものがこれというわけなのだけれども……それでも、彼女はめいいっぱい楽しんでくれた、特にお手製のリンゴ飴を差しだした時はとても目を輝かせていた程に。
そんな微笑ましい過去の瞬間という輝きは、何ともあの時の線香花火になんとなく似ていた。
『なあライス、最後は線香花火で勝負だ!』
『あはは!うん!ライスも負けないぞ~』
パチパチと弾ける火花はより一層輝きを放った――
輝いて輝いて、先に落ちてしまった自分よりも一層、より一層弾けて、弾けて――
まただ――また頬に涙が伝うのだった。
彼女と一緒にいた日々、あらゆるハプニングが絶えなかった。絶えず、そして飽きない日々で――
そんな彼女との日々がもうその瞬間まで迫ろうとしている。
――今までをありがとう、ライス……そして
「――綺麗だよ」
※※※※※
盛大な引退ライブが終わりを告げ、一緒に帰路につく。
「もう終わっちまうのか……寂しくなるな」
「そうだね……」
「ライスはさ……この後どうするんだ、実家に帰るのか?」
「……どうしようかな、とりあえずはそうする予定……だよ」
「そっか……じゃあさ」
静寂に包まれた夜道、彼は軽く呼吸を調えて言った。
『ライス、俺と一緒に暮らさないか?』
その言葉は、不思議なくらい自然に、そしてまるで当たり前の日常会話のように口から放たれ、あまりにも自然過ぎて、彼女も平然と「うん……」と頷いたが次の瞬間、驚愕した反応を見せた。
「え、ええ!?そそそ、それはどういう……お、お兄さま!?」
「い、いや!嫌んなら、いいんだ……いや、ちょっといきなり過ぎだったな……」
こっ恥ずかしさに、お互い目を逸らしながら、夜道を進む……。
やはり自分には出過ぎた真似だったのだろうか、彼女をいつまでもそばにいたいと願うのは――そう思いながら、ごめんなとライスに声を掛けようとした瞬間、彼女の重い口が開く。
「い、嫌じゃないけど……その、お兄さまとなら、全然いいよ?でもね……その、いきなりだったから……」
「そ、そうだよな、いきなり過ぎたよな……ごめん、もうちょっと段階を踏むべきだったな」
「ふふ、でもいいよ、ライス……お兄さまと一緒なら」
はにかむ彼女の傍ら、未だに頬の熱が収まらず、上を向きながら帰路につく……。
はてさてこれからどうなるのやら……自分自身のした選択だとはいえ、これからの出来事を想像するや否や、なんだか恥ずかしくもその気持ちは前向きになりつつあった。
彼女のその名の通りの幸福を彼女からもらった分、次は俺が彼女を――ライスを幸せにさせる番だ――
pixivから