──この世界は、ウマ娘という生物が存在する。
人間と共に喰らい、狩り、創り、生きてきた種族。
それは社会にも浸透していて、街でウマ娘を見かけることも少なくない。
そんなウマ娘は、人間と違って桁違いの身体能力がある。
その能力を活かしたのがレースなるもの。
ウマ娘同士を走らせ、競わせ、成長させる。
人に夢を与える場合もあれば絶望を与える場合もある。
それがこの世界のレースというもの。
そしてウマ娘は、人間にはない耳と尻尾と…
異世界で活躍した馬なるものの名前を継いでくる。
───
───
───20XX年2月
「俺がレースに、ねぇ…」
「あぁ。君は学園生徒でありながら、レースへの熱意が感じられない。君の力量を測る為にも、せめて選抜レースだけでも参加してくれないか?」
想定外だが、いつかはされるであろうと覚悟していた問いに数秒間、思考を練る。
「(こりゃまた面倒なこった。俺はレースではなくその裏側、ウマ娘達のトレーニングや調整内容を知りたいが為に入学したんだがな…)」
「志操堅固な君なら、共にレースを走る友と切磋琢磨し、勇往邁進できるはずだ。」
「(しっかし困ったものだ、なんせ生徒会シンボリルドルフ会長直々のお呼び出しだからな。
という事は俺には半分拒否権はない…
出ないと言って面倒な事になるのも癪だし、素直に受け入れるしかないようだが…)」
彼女は暫く思考を巡らせた後、問いへの最適解を発した。
「分かりましたよ、やります」
「ふっ、そうか!君ならそう言ってくれると信じていたぞ」
「その代わり条件があります」
「なんだ?ぜひ聞かせてもらうよ」
「俺が参加するレースは選抜レースだけです。それが終わったら、もうこの事については触れないでくださいね」
「…!じゃあ、こちらからも1つ条件を提示しよう。」
「なんですか?」
「選抜レースで『勝つ』ことだ。」
「はぁ?まぁ、そんくらいは飲みますよ。じゃ、交渉成立ってコトで。」
「あぁ。レースの日程は、決まったら連絡しておくよ。」
彼女は生徒会室の扉をバタンと音を立てて閉めた。
「『そんくらい』か…」
───
───
その後、彼女は芝のトレーニングコースの上でレースへのトレーニングを始めた。
「走りのフォームはなるべくゆったりと… いや俺の脚質的には末脚を使って一気に…」
ブツブツ言いながら芝コースの上を何度も走っては立ち止まり、走っては立ち止まりを繰り返していた。
「選抜レースは距離が大体のところ1600~2000… ならコーナーを回る前辺りからスパートをかけるか… いや、それはスタミナ面の課題が…」
「何してるのー?」
「うあぁ!?何だお前!?」
いきなり話しかけてきたのは、トウカイテイオーだった。
「ボクだよボクボク、トウカイテイオー!わかるでしょ?」
「あー、なんだ。さしずめ皇帝サンの伝書鳩ってトコか?」
「言い方は気になるけど… そんな所だね。選抜レースの日程を伝えに来たんだ」
その言葉を聞いた彼女は、少し楽しそうに尻尾を揺らした。
「それはありがたい。で、いつなんだよ」
「次の日曜だよ!」
「あー、次の日よ… 日曜だと!?」
尻尾がピンと立つ。
声を荒らげて何度も聞き返すが、帰ってくる返事は同じだ。
「クソ!会長のヤロー、何考えてんだよッ!4日後だぞ!?」
「どうしたの?今更勝負を引き受けたのが怖くなっちゃった?」
「ちが、そんなんじゃねえッ!!!調整すら難しいじゃねーか!あんまりだ!!」
大きな声で当たり散らす。
あまりの理不尽に心がどうも落ち着く気持ちになれない。
「あ、そうだ。ボクも見に行ってあげるよ!」
「はあ!?何でだよ、お前は関係ねえだろ!?」
少しイラつきながら訊くと、その答えは更に想定の斜め上どころか真上にも近い部分をいっていた。
「キミじゃなくてカイチョーを見るんだよ!カイチョーも出るって言うし」
「はあああああ!?んなの聞いてねえっての…!!!」
「カイチョーから何も話されてないんだ。あ、だからボクを頼ってくれたのかな!」
「それはどうでもいい!」
「…キミ、凄く動揺してるみたいだけど、大丈夫?まずは落ち着いたら?」
確かに彼女の言う通り、一旦深呼吸をして冷静に考える。
先程まで荒れていた感情が段々と収まり、落ち着きを取り戻す。
──そして、ある事に気づく。
「(成程、これも皇帝サンの作戦ってワケか。無意味に取り乱しても仕方ない、リサーチを徹底してやれるだけのことを出し切れってコトだな)」
沈黙が続いた後、最初に口を開いたのはテイオーだった。
「…うん、落ち着いたみたいでよかった!」
「あぁ、感謝するよ。(しかし勝てるビジョンが見えねえ… わざわざ手加減してくれるとも思えんが…)」
「にしても大丈夫?カイチョーは凄く強いし無理して勝とうとしなくてもいいんじゃない?」
「いや、俺はあいにく『勝たなきゃ』なんでね。それより帝王サンよ、俺と『併せ』をしてくれないか?」
『併せ』とは、併走トレーニングのことを言う。普段はチームの合同練習などで行うが、個人同士でやる事もある。
「え?別にいいけど… それならボクは本気で行くよ!負けて泣いちゃっても知らないよ!」
「そりゃあ好都合ってもんだね。じゃあ早速始めようか。距離は2000だ、行くぞ!」
2人は芝コースを走りだした。
最初はトウカイテイオーが先行した位置につけていて、彼女はそれにちょうど半馬身ほどピッタリとつける形で右後ろを走っていた。
終盤になっても差は縮まず、広がらず、その体勢のままゴールした。
「(意外と追えるな… スパートのタイミングは4コーナー中間ほどか?)」
少し息を整えると、また2人はスタートラインに立ち走り出した。
そんなのを2、3回か繰り返したころ、テイオーは不満げな顔で彼女に問う。
「…わざと負けてる?ボクがペースをあげても同じ位置でずっとついてくるし。せっかくなら本気で走ってよ」
「いやぁ…そっちだって本気じゃないだろ。まだ初心者の俺の為に手加減してくれてるんだろ?」
「手加減なんかしてないよ!でもそう言われるとなんかムカツク〜!今度は最初から全力で!」
「ひえ〜… こりゃ手強いもんだ。(しかしさっきのが本気ならもしかしたらラスト1ハロンで抜けるかもな)」
その後また2人は走り出した。
今度は彼女はテイオーのかなり後ろを低い姿勢で走っている。
直線に入った辺りでトウカイテイオーが一気にスパートをかける。
しかし、彼女はまだ動かない。
「(もう7バ身くらいボクがリードしてる…いくら自分に自信があるからって、まだスパートをかけないのは普通に負けちゃうよ?)」
ゴールまで400m辺りの地点で極度に低い姿勢が解かれ、段々と普通のフォームに近付く。
「(やっぱり、あんな姿勢で走り続けたらバテちゃうよね。もしかしたらあるかも、なんて思ったけどボクの検討違いだったっぽいなー)」
残り200mの近くへ来たところでテイオーと彼女との差は10バ身ほどあった。
「200つったらこの辺か?」
そう言って彼女は強く地面を蹴り、加速を始めた。
足の回転は強く、速かった。
一瞬で最高速度まで達し、差をぐんぐん縮める。
残り100mぐらいでは、あれだけあった差は半分以上縮まっていてもうあと少しというところだった。
「ほらほらどうしたぁ!!!」
彼女はトウカイテイオーにもう1バ身あるかないかくらいの位置にいた。
「うわぁ!?(な、なに!?もうこんな所まで!?)」
「(でもここで勝ったらあのトウカイテイオーに併走で勝ったって名が意味もなく知れ渡るんだよな… じゃあ)」
あと数センチというところで彼女は減速し、さっきと同じようにテイオーのペースに合わせてそのままハナ差でゴールした。
「え、ちょっ!なんで!?もう少しで勝てたじゃん!」
「だってお前本気出してなかったろ?最初から最後まで全力疾走って言ってたけど…… そのせいであんまり面白くないレースになっちまったな」
「ボクは本気だったよ!煽ってるつもり!?」
「ありゃ、そうだったか。やや失敬(テイオー、お前は確かに本気だった… あの熱量で伝わってこないワケがないぜ)」
「もー!絶対許さないからね!今度こそ勝つ!圧倒的に差をつけてね!」
「あぁ。次に走る時は強くなっててくれよ」
テイオーは納得いかない様子で帰っていった。
「…さて、皇帝サンも出るコトだしリサーチだな。伝書鳩から学べたことも多かったし、早速検証する事としよう」
彼女は、この日はもう少しだけターフの上で走り続けた。
───翌日
彼女は選抜レースのことについてずっと深く考えていた。
「(やっぱり序中盤は脚を溜めた方がいい… いや、距離が短ければ序中盤に先行する余裕もあるか…)」
考えれば考える程、思考はどんどん深みへどっぷりハマっていく。
すると、ふとある疑問が浮かび上がった。
「色んな距離を併走して適正距離を割り出すのが先決…か?」
幸い、トウカイテイオーとの併走から得られたものは大きかった。
先にターフを駆けている先駆者たちは、ターフ上で実際にあった経験などから様々な技術を得ている。
実際に経験しないと分からないこともあるだろうが、観察から学べるものも多い。
「うっし!体張ってくか!」
彼女はトレーニングコースへ向かった。
───
「フジ寮長、ちょっと併走してくれないか?」
「……ん?お易い御用だよ!距離はどのくらいがいいかな?」
「それはお任せするよ。とりあえず始めよう」
「ああ!…キミがやる気になってくれて、嬉しく思うよ。」
「そりゃありがてえこった。手は抜くなよ」
「言われなくても、最初からそのつもりさ!」
そして2人はスタートラインに立った。
スタートの合図が鳴り響き、2人は同時にスタートした。
フジキセキは先行タイプであるが、今回はスタートからやけに飛ばしている。
彼女はというとやはり右後ろ辺りで絶妙な距離感を保って追っている。
序盤はフジキセキのペースで展開していった。
中盤に差し掛かるあたりで少しずつではあるが、フジキセキはペースを上げ始めた。
それに応じるように彼女もペースを上げる。
ラストの直線になってもそれは変わらず、ペースを上げすぎたフジキセキは段々と減速していった。
フジキセキがペースダウンしたのを確認した彼女は、今までやっていたのと同じようにペースを下げた。
「(君は少し分かりやすすぎる… そのマークは作戦のつもりなんだろうけど、それを逆手に取らせて貰うよッ!)」
フジキセキは十分に残っている脚で急加速する。
その速度は、重賞レベルのウマ娘でも到底叶わないほどだった。
「(ゴールまでの残りはほんの少しだし、あそこまでペースダウンしたならどんな末脚自慢でも流石に叶わないだろう。こんな勝ち方をしてすまないね… さて、彼女は…)」
フジキセキは右後ろを確認するとその姿は居なかった。
「(居ない!?どこに行っ…)」
「こっちだよ。」
フジの真後ろから声がする。
あれだけのペースダウンと急加速があったのにも関わらず、彼女は視界に入らないすぐ後ろでまだ追ってきていた。
「(…あんな無理な走りをしたのに、それでも私についてこれる…本当に君はデビューすらしていないのか、疑いたくなっちゃうな)」
フジキセキは一瞬、彼女に抜かれるかと思ったがそれは違かった。
ゴールまであと200mぐらいだろうか、そのあたりでフジキセキのスピードがガクっと落ちたのだ。
「ぐっ…!」
フジキセキの脚はもう限界を迎えて、完全に疲労しきっていた。
「(流石に無理をしすぎてしまったか……これ以上は危険だ……!)」
「(悪いが、俺はもうそこまでペースを落としたくはないんでね)」
減速していくフジキセキを後にして、彼女はゴールした。
「はぁっ、はぁっ……!」
フジキセキは苦しげに倒れて、ターフの上に仰向けになった。
「ふぅ… おい寮長、大丈夫か?とりあえず水でも飲めよ。ダメそうなら誰か呼んでくるけど」
「あ… あぁ… 大丈夫そうだ… ありがとう」
フジは受け取った水を半分ほど一気に飲んだ。
「(正直ここまでとは思わなかったよ。完敗だ…)
…君は何者なんだい?あの走りを見れば誰でも只者では無いと思うはずだ」
「ただのあんたらレジェンドの真似事さ……俺もまだまだ未熟だけどな。」
「いや、そんな事はないよ。君はいつか… 誰かに夢を見せ、誰かの憧れになり、誰かを楽しませる。そういうウマ娘になるんじゃないかな?」
「買い被りすぎじゃねえか?」
「ふふふ、どうだろうね。少なくとも私は君の走りを見てそう思ったよ。」
フジキセキは笑みを浮かべながらも、心の中では心底悔しがっていた。
「ま、そろそろトレーニングに戻るわ。また頼むぜ、寮長さんよ。」
「ああ、いつでも相手になろう。」
彼女はその場を去った。
─── トレーニングコースに戻ってきた彼女は、次のトレーニングメニューを考えながら走っていた。
すると、コースの端に何かがいるのが見えた。
「はぁ… しゅき…」
「おーい、そこで何やってんだよ」
「くぁwせdrftgyふじこlp!?!?」
そこに居たのは、アグネスデジタル。
「ひや…は…その…!
(何この可愛いウマ娘ちゃん!?こんな可愛い娘学園にいた!?
見たところ高等部っぽいし長いこと学園には居たはず… 私でも知らないなんて… それにしてもあの妖艶な目!!しゅきぃ…)」
「お、オイ!大丈夫か!?」
「はっ…!ッスゥー…すみません。あまりの尊さに昇天してました。ところで貴方様は一体……?」
「ああ?ここの生徒だよ。」
「デ、デスヨネー!あはは、すいません……大変おこがましいのですが、いつから学園にいらっしゃるんですか?」
人生の分岐点を、彼女はまだ鮮明に覚えていた。
彼女がトレセン学園に入学したのは1年程前の出来事だった───
─── 彼女は中学3年生で、受験を控えていた。
成績はそれなりではあったが、特に秀でた所もなかった。
しかし、彼女は一度だけ───
───中学1年生の頃、一度だけウマ娘の体力テストで全部門ぶっちぎりの学年1位を取り、全国1位の記録をたたき出した事があった。
それ以降は学年でも中くらいだったが、その大記録は誰の脳裏からも離れることはなかった。
あの事があってか、彼女にはトレセン学園直々の推薦が舞い込んだ。
彼女の考えとしては、レースを見る側としての設備や待遇、またそれに関連した学問についても一級品なことから入学を拒む理由はなかった。
そして春、見るのだけでも面倒な量の入学書類を書き終え、面接を挟んだ後に入学した───
「一年半くらい前だな。高等部に転入だよ」
「一年半も!?(私が入学した時と同じ!?それでここまで会わないって、やっぱり何かがあるんじゃ…)」
「驚いちゃうよね〜、やっぱりこの歳にしちゃあ小柄だし…」
「あわ、いや、そんな長い時間この学園にいるのに随分と見た事ないな〜って思った所存でございまりまして…(あひゃあ!焦りすぎてなんか変になっちゃった!)」
「あ〜、それか…」
彼女はこんなことになる前はトレーニングコースに立ったことはなかった。
彼女はレースに出る当事者であるよりも傍観者である道を望んでいたためだ。
「まあ色々とあってね。」
「……そうですか」
「でも、これからは一緒に走れるかもしれねえぞ」
「え……?」
「俺もレースに出させられるらしいんだ。次の日曜に選抜レースをやるんだとよ」
「え!?そ、それってあのシンボリルドルフ会長が出るって噂の…!?」
「ゲッ…もうそんなヤな噂が広まってやがんのかよ…」
「んふふ…(ルドルフ会長と走れるなんて羨まししゅぎる…)」
「ん?お前今何か言ったか?」
「ひぇ……!?な、何も言ってませんよぉ!?(危ない危ない!!思わず口に出るとこだった…!)」
「そうか…… まあいいや。じゃ、俺はトレーニングに戻… いや、ちょっと待て」
「はい!…はい?」
アグネスデジタルは元いた木の影に戻ろうとしていた。
「そういや、お前ってダート走れたよな?」
「あひゃい!走れましゅ!(何言ってんだ私!呂律があああ!!)」
「そうか…じゃ、俺とダートで併走してくれないか?」
「いいですとも!もちろんお任せくだひゃいっ!!じゅるりら…
(ヒョエェェェ〜〜ッ!!まさかこんな可愛いウマ娘ちゃんと走れるなんて…しあわせ…)」
「…そうだ、もうひとつ。『本番』と同じくらい本気で来てくれ。」
「…ゑ?…はい、お任せください!(ウマ娘ちゃんの頼みなら快諾する他ないって心の中のデジたんが言ってる…!)」
──── それからアグネスデジタルとの併走が始まった。
「(こいつの脚質は中団後方から仕掛ける、いわゆる差しだったな… となれば、直線勝負に賭けるよりかは先に前目につけておくのが正解か)」
彼女はアグネスデジタルの前につけると、少し左外に出てデジタルを視界に捉えられる位置につけた。
「(今回は無理に合わせる必要もねえ。初めてのダートだし、まずはここでどう実力が出せるかを測る必要もあるしな…ん?)」
いつの間にかアグネスデジタルが視界から居なくなっていた。
「(居ない…!?まさか…)」
彼女が斜行とも言える勢いで内ラチの方へ位置を寄せると、アグネスデジタルが自分がいる位置の真後ろにいた。
「(砂を被る覚悟で真後ろにつけ、意地でも視界から抜け出すか…)」
彼女はすぐに進路を戻し、また外へと出た。
「(こっちの移動に完璧についてきやがる…!この後ろからの重圧、相当なモンだ… 自分で相手を把握出来ないとなるとここまで辛いもんなのか!)」
2度3度同じことをして、今度は完全に見失ってしまった。
「(どこ行った……?どこに……)」
その答えは3つめのコーナーにて明かされた。
アグネスデジタルは彼女の後ろでじっくり溜めていた脚を全力で使い、急加速する。
「(もう仕掛けただと!?そんな、不味い…!)」
そんな事を思っている間に、もう差は5、6バ身ほどついていた。
「(いや、まだだ。自分のタイミングで仕掛けるんだ。自分を信じろ!)」
不安に自制をきかせ、背中がみるみる小さくなっていくアグネスデジタルを見ながら、彼女はただタイミングを見計らっていた。
「(まだ後少しだ…少しの辛抱だ…!抑えろ…!あとほんの少し…!3…2…1…)」
永遠にも一瞬にも感じられた時は終わり、遂に彼女が動き出す。
「ここだあああああああ!!!!」
闘争心を剥き出しにし、抑えていた全てを解放させたその走りは、まるで彼女だけをそのまま倍速で動かしているようだった。
「(思った通りだ、ダートは走りやすい!)」
脚の回転数は直線の坂に入っても衰えず、加速は止まらない。
「ひゅえっ」
あっさりとデジタルを抜き去り、差はぐんぐん広がる。
「(は、速い!?あたし、ダートには自信があったのに…)」
次にアグネスデジタルが彼女に追いついた時には、彼女はゴールラインを越えてその場でへたりこんでしまっていた。
「はぁ……はぁ……はー……ふぅ……」
「大丈夫ですか……?」
「ああ、なんとか」
「あの……どうしてあんな無茶をしたんですか?」
「お前に追いつきたかったんだ。俺がお前に抜かれたままじゃ何も得られてないだろ?」
「そ、それだけのために……?だって、そんな事しても……」
「だからだよ」
「……え?」
「だから、俺は会長に勝ちたい。会長に勝って、ウイナーズサークルでざまあみろって顔してやるんだ」
「……!」
「だからこそここでお前に負けたくない。お前に勝たなきゃ意味がないんだ」
「…そうですね!」
「悪いが、今回は会長攻略の踏み台にさせて貰った。俺の為に付き合ってくれてありがとう」
「ひょえぇぇぇぇぇ〜〜〜っっ!!!ありがたきお言葉ぁっ!!!」
「それじゃ、俺はこれで。」
「はい!ありがとうございました!」
────
そして、選抜レース当日。
彼女はフジやデジタルと併走した日から、軽い調整とデータ収集を行っていた。
データ収集とは主にシンボリルドルフへの対策で、彼女の過去のレースを見て分析を重ねていた。
「距離は2000、馬場はだいたい良よりの稍重ってとこか…」
さっそくコースの上で独り言を呟き始める。
走る前の彼女のルーティーンにもなりつつあった。
「3枠5番か。概ね計画通り…だけどもちょっと厄介なのは…」
「トレーニングには精を出していたらしいじゃないか。
今日は君が少しでもレース特有の熱と楽しさを知って貰えると助かるよ」
独り言を言う彼女の背後には、シンボリルドルフ。
場に居るだけで周囲に威圧感を与える様子は、まるでライオンのようだった。
「(やっぱり、1人だけ格がちげえな。一瞬で周りが凍りついちまったよ)」
「どうだ?初めてのレースは。緊張するだろう。」
口調はゆったりとしていて、それでいて一言一言が重く感じる。
「はい。でも今日は… 会長、絶対あんたに勝ってみせますよ」
「ふふ、楽しみにしているよ」
「(無難な返し… 調子を探ることは難しそうだ)」
「私も、君が初めてだからと言って手を抜くつもりはない。お互い本気でぶつかり合おうじゃないか」
「(会長の本気、か… だが、俺には格別な実力がある。そしてあの4日間で掴んだ技能含めての今日だ。)
デビューもしてないウマ娘に負けても泣いちゃダメですよ?」
「ほう… 自信は十分、か…」
その会話の合間に、ゲート入りは順調に進んでいき、残るは彼女のみとなった。
「フゥー……(皇帝だろうがウマ娘だ、越えれない訳じゃない。ここで勝って、面倒なレースは生涯この一度で終わらすぞ!)」
全てのゲートが閉まり、レースの準備が整った。
今、運命を決める戦いが始まる。
ゲートが勢いよく開く音が鳴り響いた。
「ぐっ…!」
スタート直後、彼女は出遅れてしまった。
しかし、そこまでは計算済みだった。
そこ『まで』は。
「な…!?」
彼女は致命的なミスを犯していた。
今まで2人での『併せ』しかやってこなかったが為に、馬群の中での位置取り争いや複数人での駆け引きが全く出来なかったのだ。
結局は後方から少し外目を走らされることになった。
「(クソっ…前が全く見えねえ…!あいつはどこだ!?)」
焦りで視野は狭まるばかり。
「(こんなことならもっと練習しておくべきだったか……!くそったれ!)」
しかし、焦る事が負けに直結するといち早く気付けた彼女は、すぐに冷静さを取り戻した。
「(落ち着け。とりあえず、着実に位置を上げていこう。そうすればあいつだっていつか見えてくる)」
第1コーナー付近では後方三番手ほどにいた彼女だが、向正面中間ほどでは既に中団やや前方に構えていた。
「(かなり前まで詰めたがまだ会長の姿が見えない… もしかして… いや、まさかな)」
彼女はまだ、自分の作戦に自信を持っていた。
「(俺の予想では、会長は先行策を取ってくるはずだ。そして、第3コーナーから最終直線にかけて徐々にペースを上げていくはず。
ここから見えないってことはもう仕掛けてるかもしれねえが…)」
彼女の読みは当たっていた。
シンボリルドルフは、彼女よりも先にスパートに入っていた。
「(いや…… まだだ)」
彼女は、まだ仕掛けない。
「(彼女は来ない…か。まだレースは早かったか?…だが、どっちにしろ… 私は私のレースをするだけだッ!)」
シンボリルドルフがラストスパートに入る。
やはり七冠バと誰もが言うであろうそのスピードは、後続を一気に突き放す。
「(会長が仕掛けた…!そろそろ俺も追わないとまずい!)」
最後の直線の入りの方で彼女もラストスパートを掛け始める。
後続の中でルドルフのスピードについてこれたのは、彼女だけだった。
「(中々だな… だが、差自体は縮まっていない!)」
「(ここからなら…全力が出せる!!)ふっ!」
彼女は今にも倒れてしまいそうな勢いの前傾姿勢で走りだした。
更にストライドを広くとり、脚の回転も限界まで上げた。
それが彼女の『全力』だった。
そこでは彼女は誰よりも集中していて、誰よりも身体を酷使していて、誰よりも勝ちへの想いが強かった。
この時、彼女は異常な勝利への執念による極度な集中状態にあった。
「なんだ…これ?」
『限界』や『頂点』を越えると言われるそれは───
「ようこそ… [領域]へ」
会長を追い越す瞬間に聞こえたその声は、どこか心の昂りも感じ取れた。
頭の中で「行け」という言葉が聞こえる。
身体中の全細胞が先へ進んでいく事を嬉々として受け入れる。
血が沸騰するほどの熱狂は、脳をレースへフル回転させた。
「俺は勝ちで満足しねえ!その先へ…!今の自分で行ける所まで行くのがレースの礼儀ってもんだろ!!!」
シンボリルドルフを抜いた彼女はスピードをどこまでも上げ続ける。
それは、その場にいた者が皆今までのどんなウマ娘より疾く感じる域にまで達していた。
そんな中、ただ独りの勝者が決定した───
「うらあああああアアアアアアッ!!!」
勝者の名は、『番狂わせ』の意を持つ「アップセット」
あのシンボリルドルフ相手に、圧倒的大差をつけての勝利だった。
計測タイムは、自動計測器と手動計測器、共に示した数字は「1:52.3」
芝2000mの世界レコードであった。
「おい、嘘だろ…?」
「マジかよ!?」
「本当にウマ娘なの…!?」
レース後、人々はその光景を見て呆然としていた。
「はぁ…… はぁ…… これが……」
「……君にも感じて貰えたみたいで嬉しいよ。」
「あぁ、感じたさ……」
少し間を置いた後に、彼女は言った。
「『世界のルドルフ』のレベルの低さをな…」
「ッ…!なかなか言うじゃないか…」
シンボリルドルフは悔しそうにしていたが、その言葉を聞いて笑みを浮かべていた。
「私はまだ負けたわけじゃないぞ。次は負けない」
「いいぜ。いつでもかかってこい。俺がまた大差でぶっちぎってやるからよ」
その後、2人は固い握手を交わした。
────翌日
撮影されたパトロールビデオがURAによりネット上に公開されると、瞬く間に世界中で話題になった。
彼女自身はというと────
「おい、アップ!これお前じゃね?」
「ん?あぁ、これ昨日の選抜か。俺だけど、それがどうかした?」
「いやオメー、『どうかした?』じゃねーよ!再生数見ろ再生数!!」
彼女が動画のタイトルの下にある視聴回数の欄に目をやると、驚くべき数字が表記されていた。
「ひゃ、100万!?」
通常のパトロールビデオが5万回再生程なのに対して、その20倍をいく100万回再生。
一晩にして世界中で話題になり、ウマッターの世界トレンド3位に彼女の名が表示されていた。
「う、嘘ぉ…」
「オメー、前は見てるだけだったのに走ってみたらスゲーじゃねえか!ようやくこのゴルシ様と張り合える奴が来たぜ!」
「… 今、俺がなんなのかやっと気付いたよ」
「お?なんだ?」
「今、俺は一番強えって事だよ」
「さすがはゴルシちゃんキングダムの上位貴族だな!それくらいは高らかに宣言して貰わないとだぜ!」
「いや、どこだよそれ!なった覚えねえよそんな国の貴族!まあ貴族って言って聞こえは悪くないし別にいいけどよ…」
アップセットは、世界にその名を轟かせた。
トレセン学園の生徒の誰もが、彼女に一目置くようになった。
「注目されんのは少々面倒だな… さっきも話したこともないのに喋りかけて来るやつがわんさかいたし」
「そりゃアップ、オメーがあんだけの事すりゃあそうなるって!」
ゴールドシップは励ましてくれていた。
「…ありがと。こういう時に限って優しいな、お前。」
アップセットは、自分の強さを再確認したと共に、自分の未熟さも理解する。
「(これからもっと成長していかなきゃな…)」
彼女は、レースに出たくないが為にしたレースで、レースにハマってしまった。
成長したいと自分の心から思うようになったのだ。
「…さてと。そんじゃま、なってやるか!」
「何に?」
ゴルシが聞くと、満面の笑顔でこう答えた。
「誰もが憧れて、誰もが応援したくなる。そんな…
『最強』に、な!」
なんか書こうとしてたんとちがう
なろう系みたいになっちゃったのはダメポイント
ちなみに続くかもしれないけど十中八九続きません
あまりにも酷い精神状態で書いたから設定がバラバラ
仕方がないので今日はこのまま入眠する