カランカラン。
堅牢な壁の東西南北に設置された高台の東から鐘の音が鳴り響く。その音を聴き各方位の高台からも鐘を鳴らす音がする。その音は都市中に振動し聞こえない者はいない程大きい。
鐘の音を聞き、明るかった都市内の雰囲気に少し静かになったが変わらず騒がしい。まだ事態を把握していない旅人は何事かと都市民に尋ねる。
「この音かい? これはねぇ、魔族の侵攻だよ」
「逃げないのですか? かなり危ないと思いますけど」
「逆に安全なんだよ。寧ろこの都市からでる方が危険さ。だって元ダイヤモンド級冒険者や銀級冒険者、他にも強い人が大勢いるからね」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ」
都市民はこの状況を楽観視しているらしい。周りの人も似たように戸惑った様子もなく逃げようとしない。聞き耳を立てていた少女はチャンスだと思った。この都市の戦力がどのくらいかは分からないが魔族の大群による飽和侵攻は流石に元ダイヤモンド級冒険者等でも侵入を許してしまうだろう。仮面を着けた少女はその場から離れなるべく人の少ない場所まで逃げるように駆け出した。その様子を都市民達は不思議なものを見るように眺めている。
そして魔族の呻き声や雄叫びが聞こえ始めた時、都市民達の中には恐怖で震えるものも現れだした。そのただ事ではない様子を疑問に思った旅人はそれを解消するため尋ねる。
「あの、ここは安全じゃないんですか?」
都市民は旅人の言葉など全く聞こえていないようで、先程までとは異なり顔色はどんどん悪くなっていく。
「聞いてます?」
「……数が……多い」
ボソッと呟いているせいでよく聞き取れない。もう一度言うように催促する。
「数が多いんだ。この都市には以前にも魔族の侵攻があったがこんなに五月蝿くはなかった」
頭の弱い旅人はその言葉の意味を察せないでいた。その様子を見かねた都市民は震えた声で
「今回は異常だ。圧倒的に数が多い。ここももう危険かもしれん。避難の準備を始めておくといい」
「お、おい! あれを見ろ!」
都市民が旅人にそう警告していると一人の都市民がある方向を指をさしている。何があるのか気になりその方向を見てみるとモクモクと黒い煙があがっている。
「火事だ! 魔族が壁の中に入ってきたんだ!」
少女の高い声が響く。その声を聞いた人々まだ現状を理解していないのか混乱している。だが、声をあげた少女は我先にと西の検問所へ駆け出した。東の入り口から大量の魔族地響きのような足音を聞いたのか、その様子を見た人々は少女の走った方向へ避難する。あまりの人の多さに転んでしまう者もいるがそんなことはお構い無しに進んでいく。その方向が安全だと信じて。
私はある程度人の流れを操作できたことを確認し、再び仮面を着ける。
「疲れたぁ。流石に走りすぎた。往復した後に大声を出すのがこんなにキツいなんて」
思わず独りごちる。今回のトリックというには簡単すぎだが仕掛けは単純だ。人気の無いところに火をつけて戻ってくるだけ。同一人物だと思われないように仮面を外して大声を出せばあら、簡単。都市民達は混乱に陥りました。余裕の無い人間は自分のことを第一に考え周りの人を心配出来ない程に視野が狭まる。後は西の入り口から魔族を侵入させれば完璧かな。もう、やるべきことはやったし、今は待機。火をつけながらこの都市の戦力確認でもするか。
「ハッハッハ。久し振りに暴れるなぁ相棒」
一人の筋骨粒々の大男が大剣を担ぎながら楽しそうに笑っている。その隣には大男と比べると小さいが大男に負けないぐらいの存在感のある白い髭を生やした杖を持った老人がいる。
「おい。カイン。これは遊びではないぞ」
「お前は相変わらずだなアラン。かてぇことはいいんだよ。見てみろよあの数。いくら暴れても足りないぜ」
「まあいい。死ぬんじゃないぞ」
ピースフルタウンの双極。そう呼ばれておりひと昔前に名を挙げていた元ダイヤモンド級冒険者が東の入り口に現れた。その二人の姿を確認し安心したように他の者達は緊張を緩める。
「ほれほれ。気を緩めるでない。お主らはわしらが逃した魔族が都市に入らないようにな」
その一言で全体に緊張が張りつめた。前方から押し寄せてくる魔族の大群を視認したアランが何かを考えているように黙り込む。
「どうした? 久々すぎてビビっちまったか?」
「そうではない。魔族が急に攻めてきたことを疑問に思っての。今、理由を考えているところじゃ」
「どうでもいいだろ。それよりもう来るぜ」
「まあ、戦いに集中するとしようかの」
アランの周囲に五つの巨大な魔方陣が描かれる。
「先手は貰うぞ」
その声と同時に魔方陣が高速回転し禍々しく光り出す。魔法に詠唱は必要ない。ただ魔方陣を頭の中で描き浮かばせればいいだけだ。戦闘中にそれを行うのは至難の技だが、この世界の強者は皆行える。
魔方陣が一瞬神々しく光り輝いた後、五つの巨大な光の柱が放たれる。ゴウッ、と音を立てて凄まじい速さで先陣を切る魔族たちを吹き飛ばす。グチャグチャに潰れた魔族の血や内臓が後方の魔族の視界を奪い、魔法の発動と同時に走り出していたカインが鉄塊のような大剣を凪払う。
それら一連の出来事を見ていた他の冒険者等はカインに追随するように雄叫びをあげながら駆け出していく。こうして魔族と人間の戦いが開始した。
「うわ。何あれヤバすぎさんだわぁ。まさかここまで強いとはね」
私の瞳には某有名な無双ゲームのように敵を吹き飛ばし続ける大男と、魔族に囲まれても大した動揺も見せず冷静に魔方陣を展開していく老人が映し出されている。
陽動はこのくらいでいいかな。
私は東の入り口とは逆方向の西の入り口に向かう。そこで二人の兵士が話している。兵士1と兵士2と名付けよう。
「なあ、今回はヤバくねぇか?」
「ああ。そうだな。俺等が東の検問所担当じゃなくてマジでよかった」
「流石にここまでは魔族もこないだろう」
あーあ。兵士1がフラグ立てちゃったから。魔族が来ちゃうぞぉ。それにしても警戒が薄い。圧倒的な戦力がいるからか? それともここまでの魔族の大群が侵攻してくるなんて想像していなかったのか? 西の検問所に割く人員も少ない。
「あの、お兄さん達は何でこんなに少ないんですか?」
しおらしく怖がっている女の子を意識して声を震わす。兵士2が私にねっとりとした視線を向けている。ロリコンかな? 気持ち悪い。怯えている私の様子を見て勘違いしたのか安心させるような声色で兵士1が
「大丈夫。今は東の入り口で戦っているからね。それにもし魔族が来た場合はお兄さん達がやっつけてやるから」
違うよ。兵士2が怖いだけだよ。まあ、いっか。いい感じに勘違いしてくれたし。兵士達は何人ぐらい居るのだろうか。魔族が来るまでは無邪気な少女を演じていよう。
「良かったぁ。じゃあもう安心ですね」
仮面を着けているので表情は伝わらないと思うがなるべく明るい声で喋る。そうやってお喋りをして皆で和んでいると遠目に魔族が見えだした。
「おい! 魔族が来るぞ! 各自戦闘の準備をしろ!」
隊長らしき人物が声を荒らげて警告する。というか兵士2かよ。ロリコンで隊長とか今までよくクビにされなかったな。
ぞろぞろと二十人位の兵士達が出てくる。意外に多いな。兵士達の注目が向かってくる魔族に集まっているのを確認し一番後ろの兵から首をとばす。返り血によって服が汚れてしまうが今はいい。最初にとばした首が落ち音を立てる前に出来るだけ多くの兵士を殺していく。
「後ろだぁ!」
チッ、気付かれたか。まあいい。前回に比べて対応が早い。魔族と私とで挟み撃ちをされ逃げ場を無くした兵士達は二手に別れて応戦しようとする。
前方を走ってくる兵士の突きを身を捩り回避しようとするが、その瞬間に後ろから別の兵士が剣を横凪に振ってきた。油断した。そう思ってももう遅く私は腕を犠牲にして致命傷を避ける。私が反応出来たのが予想外だったのか兵士が動きを緩めた。その隙を逃すことなく懐からナイフを取り出し喉元に投げつける。衝撃で倒れそうになる兵士の胸を足蹴にし後ろの兵を牽制しつつ刺さっていたナイフを勢いよく引き抜く。反省だ。前回と同じだとたかをくくっていたが強い。流石はピースフルタウンといったところか。
今度はちゃんと殺ろう。西の入り口、向こう側は乱戦となっており此方は一対多。出来ることならここで魔族を侵入させたいところだが、いけるか?
そうだな。死んだらそこまで、私はその程度の者だったというだけだ。後二人。殺ってやろうじゃないか。
意識を切り替える。前世の記憶と今世との意識の境界を曖昧にし、死に対する恐怖を薄れさせていく。人は慣れていく生き物だ。一度死を体験したならば怖がる必要はない。トラウマになるものも居るかもしれないが私は少し壊れているのかもしれない。ハッ、自嘲の笑みを浮かべながら近くにいる兵士のいる場所に走り出す。先手必勝とばかりに目に向かってナイフを投げる。予想通り。私が持っている唯一の得物を手放したことによって不意を突かれた兵士は大袈裟な動作でナイフを避ける。体勢が崩れた瞬間に足払いをし転ばせる。兵士はすぐさま起き上がろうとするがさせるわけない。腕を踏みつけ剣を奪う。奪った剣で止めを刺そうとするものの他の兵士が邪魔をしようと剣を振り下ろす。関係ない。できる限りの最小の動作で頭に当たるはずだったそれを躱す。恐怖が薄まったことにより冷静に対処する。意識を切り替える前だったら死んでたな。私が回避した剣の勢いは衰えず倒れていた兵士に攻撃が当たる。
「あああぁぁぁ!」
倒れていた兵士の苦悶の声が上がる。
「す、すまない!」
仕留めたと思った一撃が仲間に当ってしまい罪悪感を感じて謝っているが馬鹿としか思えない。戸惑っている兵士の腹を横蹴りし後ろにたたらを踏ませ距離を強引につくる。離れていった隙に倒れていた兵士の首に剣を突き刺す。未だ同士討ちのショックから立ち直れていないのか茫然としている兵士の顎先をおもいッきり蹴り上げ脳震盪により崩れ落ちた兵士から剣を調達し確実に殺す。
ハァハァ。荒くなった息を整え状況を確認する。
………………ワカラナイ
………………駄目だ。混乱してきた。切り替えていた意識を戻し私としての自我を強く保つ。
大丈夫。ワタシは私。ただ一人。自己を正しく認識し落ち着いたところで残った魔族の数を数える。思ったよりも多い。大体50位が残った。一般市民ではなす統べないだろう。おっと、もう来てたか。都市民達が此方を見て硬直している。
ほらっ。早く行けよ。魔族の尻を蹴りと……ゲフンゲフン。魔族を上手く誘導し侵入させることができた。後は……適当に火をつけてまわるか。放火魔となろう。
これでミッション終了かな。
戦闘描写が難しい。