リアルが忙しかった。
さぁさぁ元気にやっていきましょう。
自分の部屋から最短距離でリル様の執務室に向かう。勢いよく扉を開ける。
リル様。今日の仕事は何でしょう。
「暫くは休みよ」
何ですと!? え~じゃあ私は何をすればいいんですか~。
「知らないわ。好きな事でもしてなさい」
ふーむ。好きな事。好きな事かぁ。
少し考えた後、リル様を観察することにした。カリカリとペンを動かす音だけが部屋の中に響く。一枚一枚の書類? らしき紙に何かを書き込んでおり、その表情は真剣だ。窓から差す光がリル様を照らしまるで一枚の絵画を切り取ったかのように美しい。やはりリル様は真剣な顔が可愛いな。最強かよ。
じっと見つめているとリル様がペンを動かす手を止め顔をこちらに向ける。
「さっさと出ていきなさい」
いえいえ。リル様に言われた通り好きなことをしているだけです。
私が言い訳をするとリル様は眉間にシワを寄せる。
「見られていると気が散るのよ」
そんな。私はリル様に見られていても興奮するだけなのに。リル様が残念なものをみる目を向けるがそれは私を悦ばせるだけだ。
いつまでも出ていかない私を見かねてリル様は魔法の準備を始める。ふっふっふっ。強くなった私をそんなことで吹き飛ばせると思うなよ。強風に耐えるために足に力を入れる。さぁ来い!
リル様は突然先程まで持っていたペンを投げるかのように腕を上げる。まさか。
あ~~~れ~~~~
そりゃないぜリル様。私の手にはリル様のペンが握られている。仄かに暖かい。ふへっ。まあ私は寛大なので許してあげましょう。
リル様の執務室から追い出された私は無駄に広い廊下を歩き今図書館に向かっている。図書館と呼んでいるが本が沢山置いてあるだけだ。それ以外の名前が思い付かなかったのだ。歩を進めていき扉を開けると本特有のインクの匂いが鼻腔を刺激する。かつては複数人によって利用されていたであろうそこには大きい机と座り心地の良さそうな椅子が何個か配置されている。入り口から最も離れている机の椅子に腰掛ける。私は端が好きなのだ。
それにしても…………何しよう。
魔法の本を読み習得する。剣術や槍術を身に付ける。おとなしく知識を蓄える。うーん。知識か。知識といえば……あ!? 主人公だ。この世界は記憶にあるアニメに酷似している。だから登場人物の情報整理くらいしておいた方が今後のためだろう。
えーと。主人公の容姿は……何だっけ? 思い出せない。おかしいな。まだ若いのに。まあいいや。追々思い出すだろう。他には賢者と聖女、剣聖は居た気がする。記憶が曖昧だ。それもそうだろう。私はある男の人生を体験したわけではない。よっぽど衝撃のあるキャラクターでない限りは憶えていないだろう。
なら何故リルスアール・ヴァイオレットの事を憶えていたのか。分からん。余程美しかったとか可愛いかったとかかな。考えても答えのでない事は考えない方がいい。私の頭はそこまで良くはないので早々に思考を切り上げる。
仕方ない。新しい魔法でも習得するしますか。といっても一日で習得できるわけないので、コツコツと練習を積まなければならない。めんどくさい。
私は重い腰を上げ大量にある本棚から魔法関連の書物を探す。番号付けとけよ。探しづらいだろ。まったく。異世界を見習って欲しい。本の背表紙を頼りに一つずつ確認をする。
見つけた。『初心者御用達。皆魔法で遊んでみよう!』馬鹿みたいなタイトルだが各属性がシリーズとして置かれているのでこれが一番解りやすいだろう。他の本を軽く読んでみても基礎を理解していないと意味が掴めない内容だった。
ここで問題発生だ。なに属性の魔法を学ぶか。いっそのこと全て学び器用貧乏スタイルで戦っていくか。リル様と属性を被せたら私が完全な劣化となってしまい存在する価値が無くなってしまう。
散々悩んだ末に水属性の魔法を学ぶことにした。理由? リル様の瞳の色だよ。単純な理由だか一番大事な事である。
早速本を開くと最初に魔力について触れてある。ふむふむ。
『魔方陣を学ぶことにより魔法を放つ事が出来るが、ただ暗記するだけでは発動できない』
そんな感じの事が長たらしく書かれている。他には
『高位な魔法使いは魔力の増減や操作等により、魔法の威力や効果を調節できる』
ピースフルタウンでの出来事を思い出す。双極と呼ばれていた冒険者は密集している魔族に対して魔法の威力を変えていたような気がする。高位な魔法使いの話を読み飛ばし今必要な訓練についてのページを開く。
そこには魔法を使うための必要最低限のことが書かれている。
『まずは魔力を操作に出来るようになる必要があるんでござる( ・_ゝ・)』
ウゼェ。今まで真面目な文章だった分より私を苛立たせる。顔文字もついてるし。目の前で説明する奴の口調がこれだったら私はやる気を無くしていただろう。今も半分程無くしたが。
おとなしく本に書いてある手順通りに目を閉じる。身体の中の魔力の核となる場所、心臓に意識を集中させる。
これか? 魔力らしきものを発見した。後はこれを動かすだけだ。そう思い更に集中するがなかなか動かせない。想像の数倍は難しい。落ちてくるヌルヌルのこんにゃくを素手でキャッチするのと同じくらいの難易度だ。
暫くは集中しているとお腹が空いているのを感じた。窓から外を見てみるといつの間にか空は暗くなっている。
魔力操作、出来なかったなぁ。まだまだ時間がかかりそうだ。初歩の段階でこれだけ難しいのだ。諦める者が大勢いても無理はないだろう。
今日もリル様のご飯を作り明日のために早く寝ることにした。
ニ日~三日目
今日も仕事はないので魔力操作に時間を費やす。昨日よりは知覚出来た気がするが気のせいかもしれない。結局進歩はなかった。
四日~五日目
魔力を掴む事は出来た。だが動かすことが出来ない。何が足りないのだろうか。
六日目
「貴女。最近何かしてるみたいね」
最近図書館に籠っていたからだろうか。リル様が私に話し掛けてきた。私はここ数日間魔力の操作を練習していたこと。そして行き詰まったことを伝えた。
リル様は溜め息を吐いた後、私の頭をアイアンクローしてきた。突然のご褒美に思考が停止する。視界も塞がる。強い衝撃が身体の中を走った気がするがそれどころではない。気が付いたらリル様が目の前から居なくなっていたが暫くは放心状態だった。結局その日は集中出来なかった。
魔力操作の練習を始めての一週間。起きている時間はほぼ集中していたので長いようで短かった。昨日リル様が私の身体に何かしてくれたのだろう。いつもより早く魔力を掴むことが出来た。だが、ここからが難関だ。例えるならヌルヌルの流しコンニャクを箸で掴みお皿に入れるくらい。
目を瞑りさらに意識を深く沈めていく。身体の内部をイメージし、心臓から循環していく血液の流れを想像し魔力を似たような感じで動かす。恐らくこのやり方が一番やり易い。心臓の拍動に合わせて一瞬でもいいから一気にいこう。
血液が廻る。廻る廻る廻る。魔力も廻る。廻る廻る廻る廻る廻る。意識は沈む。沈む沈む沈む。
ハッ。瞑っていた目を開けると視界が逆さまになっている。混乱する思考を落ち着けて自分がひっくり返っていることを理解する。体勢を戻そうと身体を動かすと違和感を感じた。
心臓が熱い。比喩とかではなく物理的に。心臓から明らかに血液とは違うものが流れているのを知覚する。
でもこれはただ魔力が循環しているだけだ。後は自分で操作できるか否かを確認するのみ。
急いで身体を起こし目を瞑る。心臓を意識し魔力を掴む。そこから循環している魔力の流れを遅らせる。
成功だ! 心臓を中心として廻っていた魔力の流れが私でも知覚できる程に遅くなっている。
ここからが本番だ。急いで魔方陣の書いてある本を開き頭の中で模写をするように丁寧に魔力を通しながら魔方陣を描く。目の前には小さく、簡単に手書き出来るであろう魔方陣が浮かんでいる。仕上げとして魔力を過剰な程に注ぎ込む。
そうすることにより魔方陣から透明な水のボール。ウォーターボールが爆誕する。
やったぁぁぁ! 興奮し息があがる。これが……魔法。
リル様に報告しなくては。
ウォーターボールをそのまま目の前に残しリル様が仕事をしている部屋まで走っていく。足音が広い廊下に響きわたりうるさいがお構い無しだ。風を追い越すかのような速さでリル様の元へと駆ける。
リル様。ご報告がございます。
シリアスな表情をつくる。何か重要そうな事でも話すかのように。
「何?」
リル様はこちらを一瞥しすぐさま書類に目を向ける。その冷たい態度が私を興奮させるが今はそれどころではない。
その綺麗な顔立ちを驚愕の表情にしてみせましょう。
「魔法が使えるようになったんでしょう?」
え? な、なんでその事をリル様が知っているのです
か!
まさかっ。ストーキングされてた! リル様に……ストーキング。…………最高だな。
「目の前に浮かんでいるでしょう」
リル様が呆れたように言う。
忘れてた。ウォーターボールを残したままだった。ちくしょう。私のサプライズが。無に帰してしまった。
ショックで私が項垂れていると
「まだ初級よ。こんなので喜んでたらキリがないわ」
リル様が追い討ちをかけるように言葉のナイフを突き立てる。ぐふっ。私のライフはゼロだ。
「でも、まあ少しは使えるようになったわね。これからも精進しなさい」
褒められた。ライフが完全回復する。顔を勢いよく上げリル様の方を向くことはなく気持ち悪く上がる口角を必死に抑える。頬も熱を帯び赤く染まっているのを感じる。
今顔を上げたら変な奴だと思われてしまう。私が今まで築き上げていた清楚で奥ゆかしいイメージが崩れてしまう。
耐えろ! 耐えるんだ!
「早く出ていきなさい。仕事の邪魔よ」
私だってそうしたい。何か方法はないのか。顔を見られない方法は。考えろ。…………閃いた!
匍匐前進で顔を地面に擦りつけるように伏せながら進む。
リル様の視線が背中に刺さっている気がするが、きっと仕事に集中しているのでそんなことはない筈だ。
こうして私の清楚で奥ゆかしいキャラは保たれたのであった。