○・○・○・○・○
──リムル
シズさん、か。
まさかこんなにも早く運命の人に会うなんてな。
しかも、その運命の人を連れてきたのがエルノアというのがまた、運命的なものをより一層感じる。
シズさんは東京大空襲の時に召喚された召喚者だそうで、かなりの苦労人だった。
その後もいろんなことを話してくれたけど、シズさんは戦争を体験して、人違いでこっちへ飛ばされて、呪いまでかけられて、さらにおっちょこちょいな仲間をフォローして。それなのに、擦れた感じもしなくて…いいな。この人。
そんな運命の人、シズさんは今、エルノアに物事を教えてくれていた。
「────こういう時はね、前に教えた敬語で話すの」
「・・・・・・なぜ?」
懇切丁寧に教えていたシズさんはまるで教師のようにも見える。ただ、生徒はたっぷりとためた後、ゆっくりと首を傾げていた。
がんばれ、エルノア。
がんばってくれ、シズさん!!
「シロマさんも、わからないかな?」
『はい……よくわかりません。年上、というのであればエルノア様は脳組織との結合からであれば19年ですが、ボディーの稼働テストは100年以上前から行われておりました。その場合は、恐らくですがエルノア様はリムル様よりも年上なのでリムル様はエルノア様を敬うべきなのでしょうか?」
ここでシロマに振るも、シロマもやはりよくわかっていないようで、しかも、エルノアは俺よりも前に生まれていたらしい…じゃあ、姉ちゃんになるのか…? いや、それは流石に……ボディーの稼働テストだってんだから違うよな。
「うーん。エルノアさんは19歳ってこと、かな? スライムさんとの関係は親しい間柄なのだから、今まで通りで良いと思うよ」
「…じゃあ、シズとも?」
エルノアは出会った時よりも考えるようになった。元々会話をしたことがなかったから、ゆっくりと話すのは今まで通りだが、答えるまで時間がかかることが多い。
だけど、今回はすぐにシズさんともと聞き返していたのは成長だと思う。エルノアなりに、頼っても良い人だと思ってるのかもしれない。
「私も?」
「違う、の?」
「うんん。嬉しいよ。私もエルノアさんとは親しい間柄、だね」
うん。シズさんは、本当に優秀で良い教師なんだろうな。
「……うん。じゃあ、僕は今のままで、いいんだ」
エルノアのいつもと変わらない表情がどこか綻んで見えたから。
○・○・○
──エルノア
「エルノアさまー。今日は狩りには行かないですかー?」
そう言ってきたのはゴブナだった。
何度か一緒に行ったこともあるけど、僕が対して何かをした事はない。他の者もそうだけど、狩った獲物を見せてくれたり、色々と話すだけだから、僕の有無でなにか変わるのか、全くわからない。
シズに、聞いてみようかな。
「うん」
「そうですかー。ではまた気が向いた時にでも、お願いしますね」
いつも通り、ニコニコとしたままゴブナは小屋から出て行った。
僕も、行こうかな。
客人である人間たちに貸している小屋へと向かう。
いつもシズと別れる時は、「また明日」と言って別れていたから、いつも通り向かう事にした。
新たにこの村の住人となったゴブリン達や、リムルが連れて帰ってきたドワーフたち。ドワーフのカイジン達は僕を見るなり
「えぇーーー!? この方がリムルの旦那の妹!!?」
と言われたのは謎だったけど、いつものようにここ最近通る道で挨拶をされながらも、目的の場所へと到着した。
「シズ」
「エルノアさん、こんにちは」
「うん」
リムルから言われたから、と言うのもあるけど、人の行動などに関して、いわゆるこの世界の常識というものをシズから教わってい
教師と呼ばれる職業についているらしく、抽象的な事も多いけど理解はできる。僕が同等のものを感じているか、と聞かれると答えはNoだが。
「じゃあ、何をお勉強しよっか?」
いつもと同じくそう聞いてきたシズ。
リムルと一緒で、まずは僕に意見を言うように求められる。とは言え、僕はいつものように答えるだけなんだけど──
『私は普通の方が感じると言う感情というものが、私は知りたいです』
「シロマさん……じゃあ、エルノアさんも、それでいいかな?」
まさかシロマがそんな事を言うなんて、思いもしなかった。
理解不能で思考が一度停止した僕は、シズから見たら呆然としているように見えただろう。
少しだけ、心配するような顔で僕を見ていた。
「……うん。大丈夫」
「あ!エルノアさん来てたんだ。見てみてー!」
そう言ってきたのは、冒険者であり、シズの仲間である、人間のエレンだった。
ニコニコと笑いながら、クルクルと目の前で回ってみせるエレンと、同じくニコニコと笑みを浮かべて胸を張ってるギド。
「あっしももらったでやんすよ」
「………」
最後に、怒っているような、悲しんでいるような、哀愁を漂わせているカバルの三人がいた。
「じゃあ、三人の気持ちを考えてみようか」
そう言ったシズの言葉に、再度思考を凝らす。
なにか引っ掛けのようなものでもあるのかと思うが、前2人はわかりやすい。口角が上がり、表情筋も緩んでいる。あれが表す感情はひとつだろう。ただ、カバルは難しい。
「……喜び、喜び………怒り?」
まずはエレンとギドを指差し答え、最後にカバルを指差して伝える。
カバルの感情が悲しみなのか、怒りなのかわからない。顎関節に力が入り、眉が八の字を描くようになっていることから、選択肢は二つ。僕はその前者を選ぶ事にした。
理由は、なんとなく。
『エレン様とギド様は私もエルノア様の意見と同じですが、カバル様のみ悲しみと推測します』
シロマは僕の迷った2択で後者を選んだらしい。
正解かどうか、と言うよりかはこうして感情などと言うものは表情筋の動きや心拍数である程度判断できる。
なのになぜ、シロマはわざわざそんな事を知り違ったのだろうか。
「せいか〜い!」
「正解でやんす」
「俺は怒ってねーし、悲しんでもねーよ」
「……?」
「そ、そんな目を向けんなよ。俺だって新しい装備、しかも名匠カイジンの武具が欲しかったのは当然あるけど、先にあの2人のができてたってだけで、俺の分だって用意してもらえるって聞けたからな」
やはり2人は正勝だったみたいだが、カバルはどちらでもないと言う。では、なんであんな表情をしたのだろうか。
まったくもって、理解できない。
『これが"男の強がり"と言うやつですか……?』
リムルから聞いた、一部の男性特有のものだそうだが、そうなのだろうか?
シズの授業中、いつも頭に浮かぶのは疑問符だらけだ。
「ふふふ。2人ともハズレだね。ヒトの感情は学ぶものじゃない。経験して、知って行った方がいいかな」
「おい!強がりじゃねーぞ!本当だからな!」
・・・・・
「いまは、ムキになって、る?」
「んー。それは正解、かな」
「だからちげーって!」
シズが言うには正解で、カバルが言うには不正解。
最後にギドからは嘘や見栄を張る人もいると教えられ、それを指摘するのは時と場合によっては悪い事になるのだと言われた。それもまた、よくわからない。
機国の者は嘘などつかない。デコイであったりと、そういった物はあれど同族に対してはそう言った事を言う必要がないからだ。
その後も三人を例題にシズからの授業は続く。
僕がこの世界に馴染むには、まだまだ時間がかかりそう。
「エルノアさん、また明日」
「うん。また明日、ね」
いつも通り、また明日と言って別れたのだけど、今日は宿題があったらしい。
「あっ。エルノアさんっ!良いこと教えてあげる」
そう言って、ニコニコと笑いながら教えてくれたのはエレン。
早速と言う事で、シロマと今から宿題をする事にした。
○・○・○
──リムル
カイジン達もゴブリン達とは無事に打ち解けたようだし、新たな村の開拓も順調。ゴブリンたちをはじめ、エルノアの衣服も新しくマトモな物を作れるようになったのは良かった。ゴブリナもエルノアも、出るとこ出てるし、完全にそこらの女の子と変わらないし、あのままだと色々と良くない。
そう、良くない……良くないんだ!
噂をすれば、でもないけどここ最近は連日シズさんのところに通っているエルノアが帰ってきたらしい。自惚れでなければ、広場でゴブリンキングに任命したリグルドと、新たにゴブリンロードに任命したラグルド、ルグルド、レグルド、リリナのゴブリン達のトップとドワーフ三兄弟とカイジンと今後の村の拡張に関して話している俺を、ジッと見つめている。
「お。エルノアの姐さんじゃあねぇか。どうしたんだ?」
「エルノア様、どうかされたのですか?」
カイジンとリグルドがエルノアにそう問いかけるも、全くの無視。
元々エルノアが村の拡張計画なんかにも特に興味を示すことはなく、こうして村の首脳陣の会話に入ってくることなど今まで無かったことなので、全員が僅かながらに驚いていたのだが、もっと驚く事態となった。
一直線に俺の元まで近づくと、ヒョイと俺のスライムボディを抱き上げ、まさかのセリフ。
「リムル。お仕事お疲れ様。いつもありがとう」
そう言った後、ただの胸部装飾らしい、エルノアの小さな胸の二つの膨らみにギュッと押しつけられる。
「!!!??」
は!?
なんだ!いったいなにが起きてるんだ!?
誰かの攻撃を受けたのか!?
いや、エルノアは『
「ど、どどどうされたのですかエルノア様!?」
リグルドをはじめ、近くにいたゴブリン達も驚き、俺たち2人は視線で穴が空くのではないかというほどに見られている。
「そんな頑張ってるリムルの事……大好き、だよ」
「「「オオォォーーー!!!」」」
「「「キャーーー!!!」」」
ホフゴブリン達の野太い歓声とゴブリナ達の黄色い歓声とが耳に入ってくる。
そんな中で、かすかに聞こえた笑い声を俺は聞き逃さなかった。
そう、この街に滞在している冒険者たちの笑い声だ。
「……エルノア。こうしろって、誰に言われたんだ?」
「エレン。こうしたら、リムルは絶対喜ぶって。違った、かな」
抱き抱えられたままなので、小首を傾げるエルノアの顔が至近距離すぎてツライ。無垢な美少女になんて良いことをさせて、じゃなくて! なんて事をさせるんだ!
「合ってはいるが、それはエルノア自身が思った時に言わないと意味ないぞ? 俺はちょっとアイツらと話があるから、リグルド、後は任せた」
ビクリと震えた三つの人影を追う。ヤレヤレと頬をかいている人物は、きっとこの件に関与していない。
「ごめんなさい!あんなにキッチリやってくれるなんて思ってなくて!」
「あっしらは」
「関係ねーぞ!!」
そうして俺は、生まれてはじめて人間に最大限の怒りをぶつけた。