○・○・○・○・○
冒険者たちがこの村に来て、もう一週間になろうかと言う頃。
そろそろまた旅に出ようかという彼らに、というよりも、シズに対してエルノアが構っているのは誰の目から見ても明白だった。
ただ、それにはエルノアと、シロマなりの理由があった。
『心拍数の異常上昇を検知。シズ様、リムル様の大賢者様に見てもらうべきではないでしょうか?』
「……大丈、夫?」
「はぁ…はぁ………大丈夫。これはね、私の呪いなの。スライムさんも、知ってるから平気だよ」
そう話したのが、2日前のこと。
呪いと言うものは魔国の物が似たような事をしていたと言う記録はあれど、解呪の方法も、魔国と同じようなものかの検討もつかなかったが、シズの平気だと言う言葉を、エルノアは当然のように信じた。
僕は今日、生まれてはじめて後悔というものをしたんだ。と思う。
わけもわからず胸が苦しくて、なぜかわからないけど、体内の水分が僅かとはいえ目から放出されるなんて経験は、今までした事がないし、そんな機能は初めて聞いた事だったから。
だけど、仮に後悔をしていたとして、僕に何ができたのか、僕は何をすべきだったのか。
その答えは出ない。
ねぇ、シズ。
やっぱり、人間は嘘をつくんだね。
いや、それは僕もか。
「任せて」って、言ったのに。 ね。
○・○・○
──エルノア
「じゃあ、今日はこのくらいにしておこうか」
「………」
「どうかした、かな?」
何も言わない僕を覗き込むようにしているシズ。
アレから、シズは僕の前でも仮面をずらすことは無い。その目を見ることは叶わず、顔色を伺うこともできない。だが、そうであってもスキャンという機能を持っている僕にはシズの体調であれば手に取るようにわかる。ただし、シズの心情を知るには、僕にはまだ"経験"が足りなかった。
『シズ様の体調は万全です。エルノア様も、シズ様も、ご安心ください』
シロマの言葉に、シズはその瞳を丸くしているのだろうか。
それとも、顔の筋肉をほころばせ、笑顔を浮かべているのか。
はたまた、エレンを筆頭にリムルから怒られている様を見ていた時のような呆れたようであれ、優しげな顔をしているのか。
スキャンでは、身体のデータはわかれどもシズの表情ひとつわからない。
ヴェルドラとリムルに次いで、自分から言葉を交わしたのがシズ。自分と親しい間柄だと言ってくれたシズ。
ただ今は、たかが仮面ひとつでその距離は随分と離れていったような気がした。
「心配してくれてるんだね。前も言ったけど、私は大丈夫だから」
そんな彼女が教えてくれた常識であったり、心の機微であったり、理解はできなくとも学ぶことはできると教えてくれた。実際に、完全などとは到底言えないまでも、今までの僕とは比べものにならないほど生ある者の考え方の傾向や常識はわかってきたと思う。
だから、言葉にして、伝える事にした。
「シズの顔が見えないのは、イヤ。だ」
これも、きっと学習の成果だろう。
今なら、画面の下で彼女の瞳が丸く見開かれているだろうと言う確信めいた予感がしており、それはきっと間違いではなかったから。
それを、試したかったから、言ったのだ。と思う。
「そうだね。ごめん」
僕がそう言うとは思わなかったようで、実際驚いたと言っていた。
そして、そろそろ旅立つ予定だと言っていたシズに旅立ちの予定を聞くと明後日にはこの村を出るのだという。
「そう……」
「うん。エルノアさん、今すぐいなくなるわけじゃないよ。だから、また明日ね」
「うん、また明日」
いつものようにそう言って、僕は小屋を後にした。
このノイズとは違う、妙な感覚に違和感に気づかないふりをして。
○・○・○
──リムル
「なぁシズさん、少し散歩でもしないか?」
そんな俺の誘いを断ることのなかったシズさんと二人、ランガの背に乗り村から少しばかり離れた丘の上へと登った。
俺の話したいことは、決まっていた。
「いつ、この村を出る予定なんだ?」
「仲間の装備もありがたいことに揃ったからね。明後日には出ようと話しているよ。エルノアさんには、さっき伝えたけど」
エルノアはもう知ってるんだ。
少し急だと思ったが、まぁ、そうだよな。シズさんも、カバルもギドもエレンも、冒険者なんだから、いつかはこの村を出る事はわかっていた。
だけど。
これは俺のわがままでしかないけれど。
「スライムさんが気にしてるのは、エルノアさんの事だよね?」
「あぁ。エルノアはシズさんに懐いてる。シズさんがいてくれたら、エルノアも、俺も嬉しいんだけど……俺たちには止める権利はないから」
こうして、わざわざ言葉にする事で僅かながらにも引き止める事になっているのはわかってる。
でも、紛れもなく本心だ。
ただ、思っている事を言葉にしただけで。
「良い村だよね。ずっと居たいくらいに。エルノアさんも良い子だし、それに、スライムさんも悪いスライムじゃない」
やっぱり、止められないよな。
じゃあ、盛大に送り出さないと。
「ありがとう。でも、最後の旅っていうのはやっぱり──」
何か様子がおかしい。
明らかに、シズさんの顔色が悪い。
「大丈夫──な!?」
俺はランガから叩き落とされ、シズさんはランガから飛び降りると顔を両手で覆い、膝を折り苦しんでいるようだ。
ランガが俺の元へと駆け寄るも、問題はない。
俺は、だが。
いったい、どうしちゃったんだ。
【対象の魔力が増大しました。警戒してください】
大賢者の言葉を聞きながらもシズさんを見やると、カランと軽い音がして、シズさんのトレードマークとも言える仮面が地面へと落ちる。
その目は、完全にいつものシズさんではなかった。
「………」
ゴゥっという音と共に、強烈な火柱が立ち昇り、その中心で、まるで重力が無いかのようにシズさんの綺麗な黒髪が揺らめいている。
その炎に、その目に、まるで別人かのような殺気を籠らせて。
「おおい!リムルの旦那ぁ! なんかすげー火柱が見えたけど……げ!?」
たまたま近くにいたのか、カバル、ギド、エレンの三人組がシズさんの豹変ぶりに驚愕している。
ただ、ギドだけは何かを考えているのか、ブツブツと呟いていた。そんなギドが、エレンも気になったらしい。
「どうしたの、ギド?」
「シズ……シズエ? シズエ=イザワ? え、まさかあの…?」
なんの話かわからないが、ギドの中で答えに辿り着いたらしいが、まだ確証には至っていないらしい。
だが、向こうはそんな事お構いなしで攻撃を開始した。
クイッと挙げられた右手の人差し指。たったそれだけで、俺たちの側の地面は爆音とともに爆ぜ、あたりを強烈な熱気が包み込む。
それは、ギドの疑問を確信へと変えた。
「ま、間違いありやせん。 彼女は爆炎の支配者シズエ=イザワ。イフリートを宿す最強の
解説役宜しくなギドの言葉に上位精霊じゃないかだの、伝説的な英雄じゃないかだのと、緊張感も忘れて騒ぎ出す冒険者三人組。はっきり言って、うるせぇ。
ただ、俺のはやく逃げろという言葉に食い気味に返してきたカバル。
俺たちの仲間だと、ほっとけないと。
シズさんのいう通り、良い仲間みたいだな。
「ハナ……レテ……オサエ、キレナイ……!」
押さえきれない…? シズさんの言っていた、呪いの事かと思うが、この疑問には我が大賢者さんがすぐに答えを出してくれた。シズさんと同化しているイフリートが、主導権を取り戻そうと暴走しているらしい。
これが、シズさんの呪いの正体か。
これは、俺がなんとかしないとな。じゃないと、エルノアも悲しむし、何よりも、俺がシズさんを気に入っている。この人を助けたいと願うのは、紛れもなく俺の意思だ。
そして、村の外だと言うのにお供も付けず、ルールを破ってまでこの場に現れた者がもう一人。
「………シズ? それが、呪い…?」
SF映画で見たロボットだかアーマーだかのように、キィィンという高音を響かせて現れたのは、いつもと変わらぬ無表情のエルノアだった。
これが、みんなの言っていた飛翔するエルノアの姿。左右の手足はその瞳のように薄い黄金色の輝きを放ち、その力で自身の身体を浮かせているようだ。
「そうだ。エルノア。シズさんの呪いは俺たちが解く。
──だから安心しろシズさん。俺たちに任せろ」
「任せて」
俺に続き、そう言ったエルノア。
シズさんは炎を纏わせたまま、その目を見開き、最後の力を振り絞ってだろう、途切れ途切れで言葉を紡いだ。
「オ…ネ……ガ……ィ」
そして、完全に目を瞑るとシズさんの身体は宙へと浮かぶ。その身に通り名に相応しい炎を纏わせて。
だが、こちらも本気だ。
エルノアに戦闘させたくはないが、この様子だと言ったところで聞かない気がする。ルールを破ってまでここに来たんだ。エルノアも、シズさんを助けたくてここにいる。
「勝利条件はイフリートの制圧とシズさんの救出だ」
コクリと頷いたエルノアと、英雄と戦う事になるとはなと言いながらも、新しい武器を抜き放ち構えるカバルたち。
「シロマ。各武装のロックを解除。戦闘モードに移行」
『かしこまりました。コードEL起動。ターゲット確認、制圧を開始します』
洞窟で見た、眠りから覚める前。
その時と同じように、エルノアの身体に浮かび上がる緑色の幾何学模様。
戦闘モードなんて聞いた事ないが、エルノアも本気でシズさんを取り戻したいのだろう。
前回はゴブタと共に既に村の外に出ていたようだが、誰にも何も言われる事なく、エルノアの意思で村を飛び出してきたのなんてはじめての事だ。
兄として、リムルとして、三上悟としても、同郷の先輩であるシズさんは、絶対に助け出す。