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──リムル
エルノアの極太のレーザーに焼かれたイフリート。
光の奔流が収まった時、分身は消え去りイフリートは膝をつき、肩で息をしていた。
『冷却装置起動。エネルギーの再充填開始』
「…リムル、任せたから」
エルノアも動きを止め、今は俺の隣でイフリートを静かに見つめていた。
そんなエルノアは今、あの戦いの後、俺がイフリートを『捕食』したことで呪いから解放され眠るシズさんを、あの時と全く同じ目で見つめている。
あれから一週間経っても目覚めないシズさんの横で、眠る事なく。
「エルノア。俺もみているからお前も休んだほうが…」
「いい」
このやりとりも、もう何度目のことか。
エルノアが言うには、『約束』のために自分はシズさんついているらしい。その約束というのが、「『また明日』と言ったから」というのだが、今はその約束を守れていないのだとか。
『リムル様。何度も言うようですが、今はエルノア様のことはお気になさらず』
シロマもシロマで、エルノアがシズさんに固執している事をわかって言っている。
エルノアの故郷、機械の国では約束は"絶対"だそうだ。
命令系統が完璧に統制されており、頼まれたことを了承したのならば死んでも成し遂げると言うことが当たり前のことなのだそうだ。
だから、もしもシズさんが死んでしまったら自分も死ぬと言い出すのではないかとヒヤヒヤしたが、シロマ曰く、約束だ。というのはおそらくエルノアの中ではシズさんのそばから離れないための建前とも言えるらしい。エルノア自身、今の自分の感情が理解できていないから、『約束』を持ち出し、自分を無理矢理納得させているようだ。
「そうか。じゃあ、今日も一緒に見守ろうか」
そう言った俺に、コクリとうなづくと、エルノアはいつものように椅子に膝を立てて座ったまま、ジッとシズさんを見つめている。
「約束、守れるといいな」
「うん……それに、任せてって、言った。僕のやった事、間違えてたのかな…」
表情は、変わらない。だけど、最後の方は尻すぼみに声は小さくなっていき、微かにしか聞こえなかった。
「間違えてないさ。シズさんが起きたら、聞いてみような。俺も任せろって言ったからな」
再度俺の言葉にエルノアがうなづいてから数時間後のこと。
突然、エルノアが膝を伸ばし立ち上がった。実に、1週間ぶりに。
「…………スライムさんに…エルノアさん」
小さくか細い声が俺とエルノアを呼んだ。良かった、シズさん。気が付いたのか。
「おはよう。シズ」
「うん……おはよう」
ふふふ、と零れる柔らかい笑み。
そこにいたのは、イフリートに乗っ取られて戦いを始める前の、いつものシズさんだった。
「二人とも……ずっとそばに、いてくれたの…?」
「ああ。エルノアなんて、一歩も動かず張り付いてたよ。本当に、気がついて良かった」
「……エルノアさん、それにスライムさん。ありがとう。私はまたこの手で……大切な人を殺してしまうところだった……」
この世界にいる十大魔王の一人に召喚され、イフリートを憑依させられ、自分の意思とは関係なく友達を殺めてしまった……その後勇者と出会って一緒に旅をしたらしいが、その人もどこかへ行ってしまったらしい。それから人々を助けたいと、強くなろうと決意して、周りから英雄と呼ばれるようになって、何十年も頑張って……
長い時が過ぎていくにつれて、自分ではイフリートの制御が難しくなり、シズさんは最後の旅に出た。自分をこの世界へ召喚した魔王を探すために。そしてシズさんはその途中で冒険者三人組と出会い、その後、こうして俺達と出会ったのだと、弱々しくも話してくれた。
「ねぇ、エルノアさんには本当の名前はあるの?」
「……ないよ。僕には何もない。ヴェルドラとリムルと、シズに教わったことしか持ってない」
「そっか。じゃあ、エルノアさんは、エルノアさんだね。私はね、静江……井沢静江というのが本当の名前」
「そう。そんで俺はシズさんと同じ国から来た、三上悟」
「イザワシズエ、ミカミサトル?」
随分と遅い自己紹介だと二人で笑ったが、エルノアだけはいつものキョトン顔を決めていた。
「ふふふ。エルノアさんとは違う世界だよ。私とスライムさんは、同じ故郷に住んでたの。スライムさんは私よりも、ずっと未来みたいだけど。もしかしたら、エルノアさんはもっとずっと先の未来から来たのかもね」
そう言ったシズさんに、エルノアはふんふんとうなづき、シロマも可能性は否定しませんが、と続けていた。
「エルノアさん。本当はもっとお話ししたいんだけど、私にはもう時間がないみたい。少しスライムさんとお話ししてもいいかな?」
「……イヤだ。けど…わかった、よ」
まるで聞き分けの良い子供のように話すエルノアに優しく微笑んだシズさんはそっとエルノアの藍色の髪を撫でていた。
その様子はまるで親娘のようで、だけどその言葉からも、様子からも、これが今後見ることのできない光景だと言うことはわかっており、胸が押しつぶされそうになる。
「エルノアさん。私はあなたが幸せになれるように、ずっと祈ってるからね」
「……ありがとう。じゃあ僕は…シズのを祈る、よ。…僕に寿命は無いから。ずっと…永遠にシズの幸せを祈るから」
言葉を詰まらせながら話すエルノアがシズさんの手をとると、俺の身体を持ち上げた。
「シズ……さよなら」
『シズ様。私もずっと、お慕いしております。教えをいただき、ありがとうございました…』
シズさんは、自分の命が尽きる事を既に悟っているエルノアに微笑みかけ、エルノアは俺をシズさんの枕元に置くとテントを後にした。
「エルノアさん。シロマさん。私こそ、ありがとうだよ」
シズさんは最後にこちらを振り向いたエルノアにそう語りかけた。そしてシズさんは俺へと視線を向ける。
「エルノアさんを守ってあげてね」
「もちろんだ。──それで、話って言うのは、なんだったんだ? 俺にできる事なら、何でもするよ」
叶えてやりたい。彼女の望むことなら。
俺のできる事なら。
「私は…嫌いだけど憎めない、この世界に取り込まれたくない……スライムさんの中で……あなたの見せてくれた…懐かしい故郷のなかで…眠りたい…」
約束するよ。
心残りである教え子達のことも、この世界へとシズさんを呼び寄せた張本人、魔王レオン・クロムウェルのことも。そして、エルノアのことも。
シズさんの思いは、俺が受け継ぐと約束するよ。
「ありがとう……」
小さく呟いたシズさんは、長い旅を終えて最後の眠りに就いた。
俺は約束通り、ユニークスキル『捕食者』を発動させる。
見守っていてくれ。
俺の運命の人よ。
エルノアと俺が、あなたの幸せを祈ってるから。
──
「そうか…シズさん……逝っちまったのか」
「というか、あんた……本当にリムルの旦那なんでやすか?」
シズさんを『捕食』した後、俺はシズさん似た顔立ちをした子供の姿となっていた。
ギドはそんな俺を、ちっこいシズさんみたいだと言うので、俺は『擬態』を解除していつものスライムの姿に戻る。
その様子にギドとカバルはおぉーと言うが、エレンだけは違った。
「シズさんを食べたの? イフリートを食べたみたいに」
これがシズさんの望みであり、俺に唯一できる葬送であった事を告げる。
「最後にお別れの挨拶くらい言いたかったな……」
カバル、ギド、エレンの三人には申し訳ないことをしたと思っている。
仲間であるこいつらになんの断りもなく、シズさんを俺の中に取り込んでしまった事には思うところもあるだろう。
だが、この三人はそれがシズさんの望みだったのならと言ってくれた。
だが、その後にシズさんに助けてもらった事だったり、シズさんに助けてもらった事だったり、シズさんに助けてもらった事だったり……
こいつら、シズさんに頼りすぎじゃないか?
シズさんの言う通り、危なっかしいにも程がある。エルノアの言う通り、カイジン達に装備を作ってもらったのは正解だったな。
それに、しんみりするよりもこっちの方がこいつららしくていいよな。シズさん。
「あのね、リムルさん…エルノアさんは、この事を知っているの?」
「……あいつにはまだ言ってないん───」
「知ってる」
「「「「うわぁ!!?」」」」
突然テントに入ってきたエルノアに思わず俺たち四人は声をあげた。
ギドは盗賊なんだからせめて気づけよと言いたい。
大賢者さんはもちろん気づいていたようだが、危険なはずもないエルノアの接近なのでもちろん教えてくれない。じゃないと誰かが近くを通るたびに言われ続ける羽目になってしまう。
「リムル。シズの願いが、それだったんだね」
「……あぁ。最後まで、お前達にお礼を言っていたよ」
再度シズさんによく似た顔立ちの子供姿となった俺の髪や顔を撫でまわしながらエルノアはそう言った。
妹なのに、人間形態であっても俺の方が小さいのは悔しいな。クソォ。
すると、改まってカバル達三人は俺へと向かい、感謝の意をそれぞれが口にした。
「俺、あなたに心配されないようなリーダーになります!」
「あなたと冒険出来たこと、生涯の宝にしやす!」
「お姉ちゃんみたいって、思ってました……!」
俺じゃなくて、シズさんに。だな。
涙を浮かべて俺に抱き付くエレンの頭を撫でてやる。
話を聞くに、四人が一緒に旅をしたのは短い間だったのだろうけれど、こいつらがシズさんの最後の仲間で、本当に良かった。
「リムルの旦那らには世話になっちまったな。ここのことは、悪いようには報告しないぜ」
「旦那もエルノアさんも、何か困ったことがあったら頼ってくれていいでやんすよ」
「ああ、そうさせて貰うよ」
「うん。シズの幸せのためだから、死なないで。三人は、弱すぎるから」
「ちょっとエルノアさん!それはいいすぎだよぉー!!」
最後のエルノアの言葉に、三人は怒りながらも笑顔でエルノアを囲んでいた。