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──エルノア
牙狼族とゴブリンとの戦いから一夜明けた朝。二つの種族と、僕たち二人は村の中心の開けた場所へと集まっていた。
「それじゃあ、無いのも不便だからお前達全員に名前を付けようと思うがいいか?」
昨日言っていた通り、リムルが全員にそう伝えると、ザワザワと騒ぎはじめた。中には踊りだすような者までいる。
これは普通の事、なのかな?
『いえ、リムル様とエルノア様を名付けられた時、お二人の様子は彼らとはかけ離れていました。それに対し、ヴェルドラ様にも変わった様子はありませんでしたし。まぁ、テンペストと言う名を気に入っておられはしましたが、まだゴブリン達は名付けられていませんから。種族特有のものでは無いでしょうか?』
そう。
『あとは、名前というものが重要な世界なのかも知れません。ヴェルドラ様との繋がりであったり、エルノア様もリムル様も名を頂いてから明らかに魔素量が上がっておりましたから』
ヴェルドラは、守護竜とまで言われていたようだし、この世界でも上位の存在だったんだ。
『エルノア様の魔素量が増えたとは言え、リムル様の75%ほどです。最大の許容量はもう少しありますが、エルノア様のお身体は活動に魔素を消費しています。今のところ、エネルギー効率は悪くありませんが消費が上回っています』
メーターにして表示してみると、僕の魔素、つまりエネルギーの残量は半分しかない。確かにゴブリンや牙狼族の狼達よりは遥かに多いようだけど、リムルも、もしかしてかなりの上位個体なのかな。
『比較対象のデータが乏しいのでなんとも言えません』
うん。
思っただけだから、大丈夫。僕たちも、経験していこう。
『エルノア様……もちろんです!全力でサポートいたしますからね!』
「なぁ。エルノアも名前考えてくれるか?」
と、頭の中でのシロマとの会話中にリムルに話しかけられた。
テンペストの時と同じく、名前をつけると言うのは僕には無理なので、首を横に振っておく。
「そうか。気が向いたら頼むよ」
(こくこく)
そうして、村長から順に名前をつけ始めるリグル。
村長に、村一番の戦士で唯一ネームドだったらしいリグルの名からとり、リグル・ド。リグルの弟にはリグル。その後もゴブタやゴブゾウと次々と名前をつけていく。
なぜこうも簡単に思いつくのだろう。
『エルノア様、向き不向きですよ。それより、名前を付けられ者から魔素の動きが変化してきているようです。それと、リムル様の魔素が凄い勢いで減っています……この現象は、なんなのでしょう……』
そう、なんだ。
何か起きそうかと解析してもらおうかとも思ったけど、シロマにもわからないみたい。最近シロマは魔素の解析に努めているようで、異変には気づいたみたいだけど、その理由はわからないまま。
「リムル様の魔力が強大なのは存じておりますが、そのように一度に名を与えていると……」
リムルはそう忠告するような村長に対して大丈夫だと言っているけど、何かあるのかな。
村長は、いや、リグルドは何か知っているのかも。
なんて事を考えていたら、トテトテと一体のゴブリンが近づいてきた。
「エルノア様!私はハルナの名を頂きました!」
「……うん。見ていたから、知ってる。よ」
「はい!今後はハルナとお呼びください!」
あの時の、裾を掴んでいた雌ゴブリンはそう言ってお辞儀をするとみんなの元へと戻っていった。
僕も対応というものを、もう少し身につけないと、毎回困るな。
『そうですね。昨晩もお話しされていましたが、リムル様の言う通り、ズバリ慣れろ。ですね』
何度か対応すれば、あとはデータとして使い回すか応用すればいい。
と、ゴブリン達全員に名前を付けたリムルだったが、律儀にゴブリンの後ろに並んでいた先頭の牙狼族。その一匹目を「ランガ」と名付けたところで、リムルの反応が急激に小さくなった。
「リ、リムル様!?」
「リムル様〜!!」
次々とリムルに駆け寄って行くゴブリン達を見ながら、僕はシロマにリムルをスキャンするように指示を出す。
『体内の魔素量が低下しています。今はゴブリンよりも下回っています……そのため、今のリムル様はスリープモードのような状態かと。ひとまず混乱状態の者たちに無事を伝えるのが良いかと思います』
うん、わかった。
「ちょっと、どいて」
「エルノア様……」
膝をつき呆然としているゴブチや泣いているゴブテなど、混乱極まりないゴブリンと牙狼族の間を通り、ようやくリムルの元へとたどり着いた。
どろり、いつもよりも弾力を失っているリムルを持ち上げて見たところ、明らかに残留魔素が少ないし、僕の魔素を分け与えるという事も難しそうだ。
とはいえ、スリープモードという事は僕と同じで活動エネルギーが溜まればまた動けるようになるだろう。
「大丈夫。リムルは、魔素が少なくなっただけ。だから、暫く休めば元通りになる」
「おぉ!良かった。リムル様に何かあれば、我々は……」
「あれ……力が……眠い……?」
村長やリグルと言ったゴブリン達も、リムルと同じ様に、だんだんと倒れて、すぐにでも眠ってしまいそうな者が現れはじめた。
これは、いったい……?
『リグルドの言葉通りに受け取ると、名付による作用だと思います。全員の魔素の活動が活発化しています。この者たちは体組織から造り替えられているようにも取れますね。別の身体へと変化しているのだと思いますが……』
そう。
じゃあ、暫くの間この村で動けるのは僕だけみたいだね。
こんな時、なんて言えばいいかは、僕の初めての話し相手が、教えてくれていた。
「安心して。僕はどこにもいかない。みんなを見守っているから、今はゆっくりと休むといい……」
僕がスリープモードに入る時、そう言ったヴェルドラ。
あの時は、先のことなんて全くわからなかったけど、なぜだか人間で言うような眠りについた。スリープモードのような、機能停止ではなくて。
僕が言葉を発した後、加速して次々と地へと倒れていき、目を閉じて眠るゴブリンと牙狼族たち。
そうして、最後の一人も眠りについたところで、僕はまた一人になった。
「ねぇ……ヴェルドラ。 僕も、ヴェルドラがしてくれたみたいに、できたかな。 みんなは、静かに眠りにつけたのかな」
答えるものがいない事はわかってる。
でも、なんとなく。 気づいたら、胸に抱いたリムルへとそう話しかけていた。
これもなんとなくだけど、ヴェルドラには聞こえている気がして。
○・○・○
日も落ちはじめ、時刻は夕方。
大森林の中に切り拓れた小さな集落の真ん中で、藍色の髪を靡かせた機械人形は一人、朝からずっと、スライムを胸に抱き切り株に腰掛けていた。
『エルノア様。魔素の解析の結果ですが、随分と不安定なモノのようです』
そう言った自身に埋め込まれたAI。 ではなく、自身に宿る別人格のようなユニークスキル、シロマへと指示を出す。
(ひとまず、解析結果を見せて)
もともとエルノアには人間の脳があり、そこには人間の遺伝子は勿論だが、機械の身体を効率よく動かせるよう回路が組み込まれている。 それは身体に埋め込まれた多くの端末に接続され、言語をはじめ様々な情報処理能力が組み込まれており、エルノア自身の分析力は相当なものであった。
ただし、それらの情報は前の世界での話であり、全くの別世界では通用しない。
会話能力であれ、学習のチップは組み込まれているが、経験をしないままにこの世界へと現れた今、エルノアはまさにリムルやヴェルドラの言う通り、赤子のようなものだった。
ただ、シロマもAIの枠を超え、ユニークスキルとなった今は独自の思考を持ち、プロテクトも超えて主人であるエルノアへと意見する事や、決して効率重視ではない提案もするようになったので、エルノアは急速に成長していた。
(……魔国、天国、機国、人国によって散布されている異なる粒子、その全ての効果をもたらす可能性を秘めてるのか)
魔国や天国の魔呪法を効率よく働かせるために散布された粒子や、機国の兵器使用の補助的な役割を果たす粒子など、様々なものがばら撒かれ混沌と化していた元の世界。
その全てが、魔素ひとつで片付くと言うのか。
『その通りです。反射や超常現象、熱や光、冷気など、曖昧ですがあらゆる物へと変化し、作用する可能性を秘めたモノ、と言えますね』
(それに、これは生物の意思にも反応しているような傾向が伺える。この世界の生物は植物ですらこの魔素を内包している。空気中の魔素を取り込んでエネルギーに変える事はできるけど、効率が悪い。今後は魔素を含んだ生物や植物を食した方が効率がいいね)
『そうですね。ヴェルドラ様のいた洞窟とは違い、外は随分と薄い。と言うよりは、あの洞窟が異常に高い濃度だった、という方が自然かも知れません。それに、魔素を用いれば機国の兵器類もいずれは再現できるかも知れませんね』
(うん。)
人間の持つ知識欲。
それが今更ながらに芽生えたエルノア。
そして、まだ自分でも、シロマすらも気づいていないが、眠る全員を護らなくてはと、誰の指示も受けていないのに、心の奥深くで考えていたのだった。