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夜も明ける前の暗闇の中、エルノアはじっと切り株に座り、左腕でリムルを抱きながら、右腕はせわしなく、止まる事なく動かし続けていた。
その行為は、一晩中行われており、それは魔素を使ってのテストであった。時折赤い光が空へと放たれる事も有ったが、回数は多くはない。
一晩かけてみたテストの結果は、あまり宜しくない。
魔素の扱いはかなり難解なもので、いくら意識的に働きかけても、思うようにいかなかった。これをうまく使うには、かなりの時間がかかりそうとの見解であった。
実際には、エルノアのイマジネーション力が著しく低い事と、魔素を通すことに適さない、身体の至る所に添えつけられた駆動パーツの所為なのだが、そこに至るまで思考は進んでいなかった。
だが、いくつかわかった事もあり、その内の一つは兵器類への影響として、エルノアの故郷である元の世界で使用する時よりも、威力は落ちるという事であった。
『エルノア様、ゴブリン達の魔素の動きが落ち着いてきたようです。まもなく目覚めるかも知れませんね』
自身に内蔵されたAI、ではなく、ユニークスキルであるシロマに言われ顔を上げると、日が登りはじめていた事に気づく。
当たり前のことではあるが、エルノアにとっては、ここ数日間しか経験していない、日の出。
ただ、自転しているのだろうこの惑星の地平線と恒星の上端が重なっているだけの、ありふれた現象。だと言うのに、この光を見るのは心地が良いと、薄らとではあるが感じていた。
『熱エネルギーの充填を開始します』
これもまた、ここ最近からはじめた事。
ヴェルドラの元へと転生し、リムルと洞窟を出てから、確実にエルノアの日々はどんどんと変わって来ている。
「……ん、んぅ……」
それからしばらくして、リグルドをはじめ、リグルやゴブタ、ランガ達が動きはじめていた。
見るからに、以前よりも大きくなったゴブリンと牙狼族。
ゴブリンはより強く、人間に近い体つきとなり、牙狼族は体長が二回りは大きくなっていた。
(こんなに変わるものなんだ。)
『種族として変化、もはや別物に近いのでこの場合は進化とも言えますね』
(進化……この世界の生物は、リムルとシロマもだけど、本当に不思議な構造をしてるね……)
まさに進化した牙狼族は毛並みは黒く変化し、サイズが大きくなった以外に、唯一名付けられたランガだけが、眉間の上から一本のツノが生えている。
対してゴブリン族の変化はもっと大きく、村長リグルドは皺々の身体は筋肉質なものへと変わり、年老いた様子は消えて人間でいう30代も半ばといった姿へと変わり、リグルもまた10代中盤から後半のような容姿に変わっており、雌ゴブリンに至っては胸部と臀部がでっぱり、身長もまた大きくなっていた。
「おはようございます」
「エルノア様、おはようございます!我々を見守って頂き、ありがとうございます!!」
ランガとリグルド、続いて起きはじめた全員から挨拶や御礼を言われ続けたエルノアは、その言葉が途切れたところでようやく口を開いた。
「うん。 みんな、おはよう」
そう答えた頃には、すっかりと日は登りきっていた。
○・○・○
──名付中のリムル
「嵐の牙で"ランガ" お前の名はランガだ」
突然身体を保てなくなり、どろりと崩れるスライムの身体。
それと同時に猛烈な虚脱感が襲ってくる。
何…だ、これ?
やばい、魔力感知も切れた。周りの状況もわからない。
おい、大賢者!俺はどうなってる!?
《告。体内の魔素残量が一定値を割り込みました! 低位活動状態へと移行しました。尚、完全回復の予想時刻は、三日後です 》
つまり、魔素切れを起こしたって事か?
名前つけてただけだぞ?
ちょっと待てよ… そういえばリグルドがそんな事を言っていたような……もしかして、魔物には常識だったとか?
言えよっ!! と思うが、言われてたんだったな。
三日……三日か。
エルノアは、大丈夫なのだろうか。
魔力感知が切れたため、見えないし聞こえないが俺を抱き抱えているような感触は感じる。
これは、きっとエルノアだ。
誰にも言われていないだろうに・・・いや、シロマが?
それもまた違う気がするけど、これは嬉しい変化だ。
俺が起きるまでに、もしかしたらゴブリン達とも打ち解けてるかもしれないな。
なんて考えながらもここまでで丸一日が経過した・・・
あれからずーーーーっと抱かれている。
初めに抱き上げられたまま、感触は一切変わらない。
妹に丸一日抱き抱えられるとは……
それにしても、本当に微動だにしないな……
そんな事を思っていると、二日目にして移動を始め、これは、なんだろう。拭かれているのだろうか? 最高とは言えないが、すくなくとも柔らかいなにかの感触は伝わる。
エルノア、もしかしてゴブリン達に馴染んだのかな。
でも、人見知り以前の問題で人(この場合は魔物だけど)との付き合い方のわからないエルノアには酷なことをしてしまった。
本人はなんとも思っていないかもしれないけど、まずは謝ろう。
そう、俺は謝れる大人なのだ。
そして、心配と不安のままに、ようやく三日目となった。
魔力感知も戻り、周囲の状況がハッキリとわかりはじめた。
そして、目の前にいるのは、思っていた通りの人物。
「リムル──」
「ごめん!まさか名前を付けるだけでこんな事になるとは思わなくて……」
手を合わせることもできないので、頭というか、顔を下げる。
悪いと思ったら謝る。
コレができない大人が多いが、俺はできる大人だ!
だけど、なんの反応もない。
あれ、怒ってるのかな。
いや、エルノアに限ってそれはないか……
「リムル」
真っ直ぐに見つめて来る黄金の瞳。
感情というものが何も無いように見えるが、完璧なまでに整った無表情の顔。
うん、いつも以上にエルノアが何考えてるかわからん!
「う、うん。どうした?」
戸惑いながらも、そう返事をした。
○・○・○
──エルノア
『リムル様の魔素が高まりました。スリープモードは解除されます』
うん。
弾力が弱まっていた身体も今はぷるんと揺れ、弾力を感じるし、きっとそうなんだろう。
「リムル」
ようやく目覚めたリムルの第一声は、謝罪だった。
「ごめん!まさか名前を付けるだけでこんな事になるとは思わなくて……」
謝られても、対応に困る。
「リムル」
「う、うん。どうした…?」
だから大事な事を言いたかった。
「おはよう」
「あぁ、おはよう」
ここ数日の日課。
目覚めた日から行ってきたおはよう。
「挨拶。大事だって、言ってた」
そう言ったのは他ならぬリムルだ。あと、思った事を言えだったか。
「謝罪は、されても困る」
「うん、わかったよ。挨拶もそうだな。ありがとう」
リムルも起きたし、僕はもういいかな。
シロマ、活動限界まであとどのくらい?
『このまま何もしない場合、あと1時間です。テストを続ける場合は5分程です』
そう。じゃあ、リムルが起きたからスリープモードに移行。
活動可能時間が18時間を上回るまでで。
『かしこまりました』
「リムル、おやすみ」
「ちょ──え?」
○・○・○
──リムル
俺が起きてすぐ、逆にエルノアが眠りについた。
突然お休みと言われたので驚いたが、聞いたところ一切眠る事なく俺を抱いていたらしく、なんだか申し訳ない気持ちになった。
三日振りに村の様子を見て、ゴブリン達や牙狼族の成長ぶりに驚いたが、進化だそうだ。
(大賢者、エルノアはなんでそんな事をしたかわかるか?)
《解。リムル=テンペストの示したルールに順守していた為だと思われます》
そうだよなー。
エルノアはただ、俺から離れないようにと言うルールを守っていたんだろうな。
それに、
「リムル様、エルノア様は、お疲れのようですか? 良ければお身体をお拭きしてあげたいのですが……」
「あれ? リムル様、エルノア様はどこっすか?」
「エルノアさまに、リムルさまが起きたら狩りを見てもらう約束の許可を貰えって言われてて、良いですか?」
なんだか慕われている様子だな。
出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいる雌ゴブリン。今は進化してゴブリナという種族のようだが、その中のハルナは牙狼族との戦いの時から懐いているよう。
そんで、他のゴブリンはホフゴブリンとして、リグルドを筆頭にかなり人間に近い容姿になったのだが、この進化したのかしてないのか、あんまり見た目は変わっていないゴブタも俺の前で小屋の中を見ようと伺っており、この子は、ゴブナだったか。狩猟班で、頭に何やら小さな生き物?を載せている雌ゴブリンもなにやら約束を取り付けていたらしい。
なんでも、俺がスリープモードに入ってすぐ、全員が"進化の眠り"についたそうだ。
ただ一人、エルノアを残して。
彼女は、その状況をどう思ったのかはわからないが、全員が目覚めたところで、彼女はおはようと言い俺が目覚めるまでずっとこの小屋で俺を見守ってくれていたと聞いた。それも、一睡もする事なく。
リグルドやランガ達が言うには、自分たちが原因不明の睡魔に襲われる中、「見守っている」と言った堂々とした姿は、まるで守護竜のような安心感だった、と随分と嬉しそうに話された。
そっか。
その姿、俺も見たかったな。
「あの、それでリムル様、────」
ん? なになに? 宴ぇ?
そんなもん!! エルノアが起きてからに決まってるだろ!!!