「さっきはFBIか公安を選択肢に挙げたけど、どちらも情報を得られずに、彼女を始末されて終わるんだよね。
アイにしては珍しく、無意義な話をしちゃったよ」
言って、ロリポップ二つを「食べる?」とコナンたちに差し出すアイ。
コナンたちは「始末されて終わる」と言う言葉に、訝しげに眉を顰め、ロリポップを受け取った。
「始末されて終わる…?
それは、記憶を失っているから?」
「違うよ。申し訳ないことに、これは完全にアイたちの落ち度なんだ。偶然とは言えね」
「………成る程」
そう。何を隠そう、問題なのは「月読アイ」がこの場に居ることなのだ。
VOICEと深い繋がりのある彼女が、いくら記憶を失ってるとはいえ、黒の組織の一員たる存在に接触したのだ。
事情を知らぬ組織の誰かが視認すれば、即座に「情報は筒抜けになる可能性が高い」として、何がなんでも彼女を始末するべく動くはず。
アイに手を出せば、何が返ってくるか分からない。大きなリスクを冒したくない彼らからすれば、記憶喪失の女一人を始末する方が後腐れなかった。
「まぁ、あの組織のことだしね。FBIや公安を出し抜くなんて、簡単なことじゃない?」
「確かにね」
「出し抜かれてなきゃ、赤井さんが死にかけることもなかったしな」
「……あとで説明してもらうからね」
「へ?…………あ゛」
と。ここでコナンは灰原の顔を見て、自分の失態に気付いた。アイの雰囲気に呑まれ、この場に居る全員が赤井のことを知っていると錯覚してしまったのだ。
思考を誘導されているような感覚に、先日出会った教師を思い浮かべつつ、コナンは咳払いした。
「で。その『声』とやらに任せときゃ、彼女が始末されることは無いんだな?」
「探偵くんに何か策があるなら任せるよ?」
「……いや、残念ながらねーな。彼女が協力者になり得るなら、話は別なんだけどよ」
ボリボリと頭をかきながら、自分の力不足を痛感するコナン。頭脳明晰な高校生探偵とは言え、今の体躯は小学一年生。
出来ることは限られてくるし、警察やFBIにも頼れないのならば、協力者も必然的にいなくなってしまう。
組織壊滅を目論むベルモットに協力を仰ごうにも、彼女の立場を考えれば、確実に女性は始末される。
残された選択肢は、そう多くはなかった。
「今動かせる手駒は…ついなちゃんだけか。
あの子、来るよね?使えるかな?」
「アイちゃんに言われりゃ動くやろ、あの残念。報酬は要求されるやろうけど」
「ま、それは仕方ないさ。私たち全員、ワガママなんだし」
「まーなー」
アイは手駒を確認すると、紫色のロリポップを一つ取り出し、ついなに差し出す。
話の見えない彼らは、こてん、と首を傾げた。
「…もう策があるのか?」
「というより、前々から考えてたんだよね。
先生ってば、心配性だからさ。
ほらこれ。うちに所属する作家に書かせた『犯罪組織の結構重要そうなポジションの構成員が記憶喪失になってしまった矢先に遭遇した時の行動マニュアル』一冊215ページ」
「「「そんな限定的すぎる状況のマニュアル用意してるの!?!?」」」
VOICEの全貌が気になりすぎる二人であった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
絶体絶命とはこのことか。
安室はそんなことを思いながら、今の状況を冷静に分析する。
今日、黒の組織によって三人のスパイ…NOCが消された。そして、自分と水無怜奈…コードネーム『キール』が、捕らえられているこの状況。
(あの先輩が渡した資料通り、コレはほぼバレかけてるな)
先日、あの性悪な先輩に渡された資料。
そこに書かれた大事件の引き金となるのは、『警察庁に侵入者が出る』こと。それが起きたのが、資料を渡された三日後だった。
あの先輩は、自分の後輩がこれから死にかけることを分かってて、「なんの権限もないから」と放置しているのだ。
性悪にも程がある、と思いながら、ある方向へと視線を向ける。
そこには一人の少女が、暗闇に溶け込むようにして佇んでいた。
『捕まったら、まず右上にバレないように視線を向けろ。協力者がいる』
資料に書いてあった指示通りの場所だ。
少女…ミリアルは、暗闇の中でギリギリ見えるくらいの位置に、スケッチブックを広げてみせた。
『そのまま大人しくしててください。
危なくなったら、バレないように助けます』
(……成る程。釣り餌か)
どこまでも、関わりを持った人を掌の上から逃がさないわけだ。
今すぐ助けることくらいわけないだろうに、即座に行動に移さない理由など、そのくらいしか思い浮かばない。
自身を見張るウォッカに、ライトに照らされ、顔の見えないジン。
はっきり言って、誤魔化すのは不可能だ。
「バーボン。お前に至っては、キュラソーが送ってきたNOCリスト以外にも、疑わしい要素がある」
「………へぇ。お聞かせ願えますか?」
「水奈瀬コウ。あのVOICEの首魁と接触されたな?」
『あ、計算のうちです。ご心配なく』
(あのクソヤロウこれまで見越してやがった畜生!!)
自分が死にかけてる一因に、あの先輩が関わっているという事実だけで腹が立った。
首筋に血管を浮かべながら、安室は必死に誤魔化す算段を組み立てる。
「余計なことは一切話してませんよ。精々、昼間のバイトの愚痴くらいです」
「どうだか、な。そもそも、この2つだけでも、弁明を聞かずにお前を殺してもいいくらいだ」
NOCとバレただけの方が、まだマシな気がする。
キールはまだNOCの疑いがあるだけで、自分ほど強烈な疑いがある訳ではない。
あの先輩はどれだけ自分に迷惑をかければ気が済むんだ、と頭痛のする脳をフル稼働させてこの場を凌ぐことを考える。
「そんな僕を殺さないのは、情報が不十分だからではないですか?」
「それだけだと思うか?」
「……いいえ」
「フッ。流石にそこまでバカじゃないか。
お前も分かってるだろうが、お前の周りにヤツの放ったネズミが張り付いていないか、警戒してる。
ヤツのことだ。貴様がどれだけ繕おうと、腹に何か抱えてることは見透かし、見張りをつけているはず。
この硬直状態に、ネズミが痺れを切らすのを待ってるのさ」
『あ、自分我慢強い方なんで、2ヶ月くらい待てますよ』
(俺が死ぬ!!見ろ!!銃口ずっと俺の眉間に向いてるんだぞ!?そもそもこの状態で2ヶ月も放置されたら餓死するわ!!)
安室が怒涛のツッコミを入れた矢先。
照明が落ちた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「やっぱり私嫌だァ!!
こんな物騒な町今すぐ逃げだしてやるゥゥゥゥゥウウウ!!!!」
「イタコさん、がんばって!!」
「ぢゅわぁァァァァあ…!!馬鹿力すぎて抑え込めませんわ゛ぁ…!!
ONEちゃんも手伝ってくださいまし…!!」
「ホワッキョエアアアアアアア!!!!」
「姉さん、落ち着いて!!アイドルが出しちゃいけない声出してるからぁ!!」
「IAちゃんってこんな子でしたっけ!?」
その頃、イタコはというと。
まだ修羅場にいた。
♦︎♦︎♦♦︎
「……観覧車に、爆弾?」
アイに告げられた言葉に、コナンが目を丸くする。
一方でアイはというと、「今時珍しくもないでしょ」と笑みを浮かべた。
「手っ取り早く始末するには、事故に見せかける必要があるからね。
観覧車の主軸が壊れたせいで、その下にいた人間が大量に死ぬ。
その中の一人に彼女が含まれていても、誰もが『悲しい事故』で済ませるでしょ?」
「っ、くそッ!!」
そんな話があってたまるか。
コナンは即座に策を頭の中で練り、博士の車へスケボーを回収に向かおうとする。
が。アイが手を握ることによって、その動作はピタリと止まった。
「まぁまぁ、落ち着いて。今すぐ『ボンッ』てワケじゃない。
ヤツらがやらかすのは、どんな時?」
「……確実に『邪魔者』が始末できる時…だな。そうだった。ヤツらは確実性のない行動は避ける」
「正解。ただ無差別に爆破をやらかせば、それはただの無計画なテロだよ」
「ヤツらは犯罪組織。常に危ない橋を渡ってる以上、何かしら利益の出る行動しか取れない」
流石にコナンとアイのやりとりについて行けないのか、ついなが「はぁー…」と感嘆の息を漏らす。
いくら方相氏として優秀であっても、中身はただの中学生。鬼に関しては右に出る者がいない程に詳しいが、この手の話題は専門外であった。
「…ごめん、うち『今すぐ爆弾が爆発するワケやない』って位しかわからん」
「わかんなくても良いよ、然程重要じゃないから。重要なのは…」
「仕掛けられた場所だ」
コナンが神妙な面持ちで答える。
どうやら、答えに辿り着いたらしい。アイは満足そうに頷き、本日何本目かもわからないロリポップをコナンに差し出すも、「流石にもういらない」と拒否された。
少し残念そうに、表情を暗くしたアイは、話を続ける。
「さっきも言った通り、仕掛けられた場所は観覧車の主軸部分。
でも、そこは本来、関係者以外立ち入れないはずなんだ」
「と言うことは…」
「水族館のスタッフに、黒の組織のメンバーか協力者が居るってことだ」
「……ああ、成る程。
あんな目立つ場所に爆弾仕掛けられるんは、スタッフしかおらんしな」
「付け足すなら、リニューアルオープン初日だ」
リニューアルオープン初日で爆弾を仕掛けられるとは、なんとも運の悪い。いくら米花町が経済都市とはいえ、もし爆発すれば、経営者の財布への大打撃は免れないだろう。
「何はともあれ、まずは爆弾の解除が先だな。警備が厳しい中、どうやって忍び込むか…」
「ウチが『鬼が入った』って嘘吐こぉにも、残穢があらへんから公安が首突っ込んだらしまいやしなぁ…。
リニューアルオープン初日やから、業者がもう祓ってもぉとるし」
悶々と皆が唸る中、阿笠が血相を変えてこちらに駆けてきた。
「大変じゃ、しん…、コナン!!」
「おいおい、危なっかしいな博士。どうかしたか?」
「コレを見ろ!!」
阿笠がSIMカードを入れ替えたスマホをコナンに見せる。
コナンは訝しげにソレを見た直後、引ったくる様に携帯を受け取り、何かしら操作する。
ソレを覗き込んだアイは、コナンに問うた。
「…あー、送信しちゃった?」
「しなきゃ安室さんが…」
「……ま、いっか。想定内」
予定が少し狂ったが、安室が助かる上にNOCの疑いが晴れるのなら僥倖だろう。
アイがそんなことを考えていると、少年探偵団の面々がやってきた。
どうやら、アイたちが話に夢中になっているのを訝しんだようだ。皆は顔を見合わせると、互いに頷いた。
「コナンくんたち、こっちで遊ばないの?」
「もうイルカショー始まっちゃいますよ?」
「でーっかいサメが居るんだってよ!見に行こうぜ!」
「この子たちすごく元気で…。
おじいさん、世話をすると言った手前、申し訳ないんですけど、一緒に面倒みてもらえませんか?」
散々もみくちゃにされたのだろう。
少しだけ疲れを見せた女性の言葉に、阿笠が「こちらこそ、押し付けてすみませんなぁ」と頷く。
コナンたちもまた、三人に駆け寄って繕った笑みを浮かべた。
「ごめんごめん、ちょっと大事な話してたんだよ」
「アイはカフェテリアに行きたいかな。メニューの提供に、ちょっと噛んでるんだ」
「私もカフェテリアがいいかしら。
蘭さんから、『アップルティーが美味しい』って来てたから」
「ウチはペンギンやな。ひっさびさの休みやから、可愛いモン見て癒されたいわ」
そんな談笑をしながら、その場を後にする少年探偵団たち。
と。それを遠目で見つけた女性が、青い顔をした。
「月読アイ…。まずいことになったわね…」
運命の時は、刻一刻と迫っていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「アイちゃんからファックス来てるけど」
「古典的すぎません?」
その頃、とある喫茶店にて。
珈琲が甘ったるくなるまでミルクを突っ込んだ、最早ただの甘い汁と化した液体を飲む少女に、エプロン姿の金髪の少女がファックスを差し出す。
古典的な手法だな、と思いつつ、少女はカップを置き、ファックスに目を通した。
「……マキさん。ここから東都水族館まで何分でしたっけ?」
「ゆかりんなら二分とかかんないっしょ」
「流石にお調子乗りの私でも、こんなとこで『チート』使いませんよ。
社会貢献として、きっちり払うものは払う。コレが鉄則です」
ふふん、と自慢げに語る少女。
ソレに対し、金髪の少女は半目で睨め付けた。
「じゃ、毎度ツケちゃダメじゃない?ゆかりん、ウチの依頼で稼いでるんだしさー」
「うぐっ」
ボディブローを食らった様な声を上げ、机に突っ伏する彼女。
しかし、金髪の少女の攻撃はまだ終わらない。
「その『チート』、昨日寝坊して遅刻しかけた時、使ってたよね?」
「はい…」
「結果、どうなった?」
「なんか悪趣味なカッコの犯罪組織に見られて挙句スカウトされかけました…」
「そのあとは?」
「えっと、なんか取り敢えずカッコいい言葉ならべたコードネームをドヤ顔で名乗って何人殺したかとか自慢してきたんで、取り敢えずブチのめしました」
「続き、あるでしょ?」
「……悪行三昧な来歴をプリントして張り付けて、包装して警察に届けました」
「うん。カッコ付けれる立場かなー?」
「…………はい。調子に乗りました。申し訳ありません」
完全にプライドをかなぐり捨て、その場で土下座をかます少女。
金髪の少女はというと、付き合いが長いためか、「はいはい、頭上げて」と投げやりに流した。
「取り敢えず早く行ったほうがいいと思うよ。『チート』使うにしても、交通機関使うにしても。
混んでるだろうし、指定時間に間に合う様に行くんなら、今すぐ出る他ないでしょ」
「……いや、マジで私とついなちゃんだけで『アレ』するんですか?ウソでしょ?」
「アイちゃんは?」
「………ウソ吐きませんね、はい」
少女は深いため息を吐き、財布を取り出す。
そこから少し厚めの札束を取り出すと、金髪の少女に差し出した。
「コレ、ツケの支払いです。超過分は面倒なんで取っておいて下さい」
「雑益計算面倒だから、後でお釣り受け取りに来て」
「…………はい」
いまいちカッコつかないな、と頭を抱え、少女は店を出る。
と。凄まじい衝撃が、店全体を揺らした。
「……結局使うんだ」
どこまでもカッコ付かないな。
そんなことを考えながら、金髪の少女はため息をつき、厨房へと戻った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
『我'タ-死四肢支she死私see…、o悪、ナ#禍、・欠架化、カk@か、減、hell/ヘル、ま死・た』
水族館の地下深く。雑音に近い声が、怨嗟の様に渦巻いていた。
月読アイ…気づいた時には大戦犯かましてしまった人。
安室透…危うく2ヶ月間放置されかけた人。ありがとう赤井(ネタバレ)。お前のおかげでなんとかなったけどそれはそれとして許さんぞこのやろう。
ベルモット…気づいてしまった人。この人のせいで早めの観覧車「ボンッ」が確定した。キュラソーは情報を吐くだけ吐かせて殺せとラムから連絡があった。霊障の類は遭遇したことがない。
ミリアル…赤井さんに手柄を取られたアンドロイド。百億の男を放置しかけた罪は重かった。
結月ゆかり…いまいちカッコ付かない二枚目ツラの三枚目。美人だけど、それ以上に中身が残念。VOICEの中で口論最弱。多分、元太にも負けるくらいのクソ雑魚ナメクジ。煽り耐性は皆無。尚、戦力としては最強。黒の組織に勧誘されたが、なんか態度が気に食わなかったので断ったら兵器持ち出してきたので『チート』と称する力でブチのめした。因みに琴葉博士産のもの。加減間違うとキック力増強シューズより悲惨なことになる。
弦巻マキ…今日はパパンの手伝いだから水族館に行けなかった。実は小さい頃、水族館のペンギン相手に弾き語りをして、ペンギン全員が感動のあまり水槽を抜け出して彼女の後について行ったという逸話がある。
ゆかりとは幼馴染。そのため、彼女のポンコツ具合をよく知っている。
???…結論から言うと霊障の類。一応それなりの知性はある模様。ただし、マトモな思考回路もなければ、言語能力も破壊されている。強さで言えば、蜘蛛御前が小指のデコピンで跡形もなく消し飛ぶ。