「今日からここが、私たちの家ですわ」
二日後。二日酔いでノックアウトしていたイタコが復活し、一日遅れで入居した新居。
一軒家で、見てくれこそ綺麗にまとまっているものの、二人からすれば、恐怖の家以外の何者でもなかった。
「はぁあ…。やっぱ事故物件なんやなぁ」
「そりゃあ、ねぇ…。無事故物件は、家賃の桁が違いましたわよ」
米花町には、無事故物件はほぼない。毎日何かしらの事件が巻き起こる魔窟だ。誰かの血を吸っていない床を見つけることですら困難だろう。
無事故物件があったとして、なんの不安要素もない物件には、その希少性と精神的安寧に見合った家賃を払わなくてはならない。そんな財力は、イタコとついなには無かった。
国からの補助という抜け道もあるにはあったが、自身の住居を整えるためだけに、そこまでしてもらうのは気が引ける。
結果。二人は事故物件で、それなりに広い一軒家を選んだのだ。
「…住めば、問答無用で殺しにくるタイプですわね。狐のいい餌になるかしら?」
「なんでもええわ。早よ祓って荷解きせな」
二人が引っ越して早々始めたのは、荷解きではなく、除霊だった。
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「はぁあ!?え、えん、え…、役ついなが米花に!?」
「は、はい。失礼のないようにと…」
その頃、警視庁のとある一室にて。
安室透…もとい、本名『降谷零』は、盛大に椅子からひっくり返っていた。
彼が所属する公安警察は、影ながら日本を守る機関である。降谷はそこに所属していることに誇りを持ち、真摯に任務に取り組んでいる。
方相氏も、陰ながら日本の平穏を守っている、という点では同じだろう。年に一度の行事、『追儺』を行うことで、日本全土に眠る災厄を追い払っている。
では、この二つの職には、何の繋がりがあるか。それは、公安が取り扱う事件の一つにある。
公安が扱う事件は、表立っての捜査ができない事件が殆ど。今降谷が行っている、通称「黒の組織」への潜入もその一例である。
それとは別に、公安警察は「霊的事象が引き起こした事件」も捜査している。しかし、公安警察でそう言った事象に対抗出来得る人材は、そうそうおらず。居ても、そこらの地縛霊を祓うくらいで精一杯という体たらく。結果、事件の場所のみを突き止め、あとは外注で対処してもらうという手法をとっていた。
その中でも、多くの実績を持つのが、役ついなであった。
方相氏の中で一線を画す力を有し、中学生ながらに、さまざまな霊的事象を解決に導き。更には、皇室直属というオプションまで付いていて、公安警察は完全に、彼女に頭が上がらないのだ。
…まぁ、その権力を笠に着て、好き勝手振る舞うような少女でもないのだが。
しかし、これまで何度も助けてもらった立場の降谷たちからすれば、この来訪はたまったものではなかった。
例えるなら、他社の社長が、いきなり自分の会社の視察に来たような緊張感が、降谷と部下の風見を支配する。
「何故…、米花に来たか、知ってるか?」
「……公安にも任せられない仕事だと」
「関わり合いにならないことを祈ろうそうしよう」
「…ですね」
触らぬ神に祟りなし。公安に詳細を知らせない仕事ということは、絶対にロクでもない霊的事象が関わっている。
二人の長年にわたる公安勤めで培われた勘が、嫌というほど警鐘を鳴らしていた。
そんな祈りなど、米花町にいる時点で無意味なのだが。
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「……なーんで、スーパーの買い出しでこんなことなるんやろなぁ」
「知りませんわ…」
強盗が徒党を組んでやって来た。
手には、どこで手に入れたんだとツッコミたくなる拳銃やら、対戦車用弾が装填されたランチャーが握られている。
ついなたちからすれば、豆鉄砲もいい所なのだが、他者にとってはそうではない。
阿鼻叫喚に包まれる中で、犯人は「大人しくしろ」と喚き立て、天井に数個の穴を開ける。
「……狙うんなら銀行狙った方が、よりお金多くてええんちゃう?」
「ここら辺の銀行は毎日のように強盗が来てるせいで、警備が厳しいと聞きましたわ」
「あー…」
そう言えばこの間の新聞で、強盗が10億円を盗み出したと見た覚えがある。
流石にそれだけの金を盗まれては、銀行としても立つ瀬が無いのだろう。警備を厳重にするのも頷ける。
だからと言って、スーパーに拳銃やら爆発物やらを持って乗り込むのはどうかと思うが。
「騒ぐなよ?騒いだらぶっ殺すからな!!」
「…なんていうか、テンプレやなぁ」
「テンプレですわねぇ」
どうしてこうも、何かしらのトラブルが起きるのだろうか。
強盗により散乱する商品に、怯える客やスタッフ。
いかにもな状況の中、イタコは見覚えのある少年が強盗を睨み付けているのを見つける。
「ちゅわっ…?あの子…」
「どしたん、イタコさん?」
「あのメガネの子、先日の事件で会った子供ですわ」
「ほぉー…。おっ、神霊付きやん、珍しい」
「そこっ!!静かにしろ!!」
少年…コナンの物珍しさに感嘆していると、ついなのこめかみに銃があてられる。
皆が悲鳴をあげる中、ついなは何でもないように、犯人の顔を見た。
「んー…。加減むずいんやけどなぁ」
「何ごちゃごちゃ言って…」
べきゃり。
何かが潰れる音がする。コナンは遠目ながらにその光景を目の当たりにし、目を剥いた。
はらはらと落ちる、黒い金属片。中身の薬莢さえも小さく凹み、地面に落ちる。
ついなの手には、握りつぶされた銃があった。
(あ…っ、有り得ねぇだろ…!?)
「あんま悪いことしたらあかんで?何が見とるかわからんのやし」
「なっ、なっ…!?」
あり得ない。人間の握力で、あの銃が握り潰せるわけがない。
しかし、目の前の光景はありありと、「少女が銃を握り潰した」という事実だけを伝えている。
強盗たちさえも、あまりのことに唖然とする中、イタコが呆れを吐き出した。
「ついなちゃん。加減できてませんわ」
「あ、ほんま?…人相手にしたことないから、よぉわからんわ。取り敢えず、武器だけ壊せばええやろ」
「ランチャーはしっかりと弾頭を処理してくださいまし」
「空に投げ飛ばしゃええかな?」
「…被害が出ないように」
淡々とやりとりを交わすと、ついなは目についた強盗の銃を潰す。
その行為にいち早く気を取り直した強盗が、ついなに銃を放った。
「危な…」
「危ないから動かん方がええよ、ボク」
ついなはそれだけ言うと、放たれた銃弾を指で弾く。
と。ベコベコに凹んだ銃弾が、ついなを止めようと叫んだコナンの足元に転がった。
(おいおい、嘘だろ…)
「大丈夫やったか?」
「う、うん…」
別の意味で大丈夫ではない。
明らかに人間を辞めているついなに、コナンは顔をヒクヒクと引き攣らせた。
「…こ、これでもくらえ化け物め!!」
と。叫び声と共に、ランチャーが放たれる。
今度こそ危ない。潰して対応しようものなら、スーパーの一角が吹き飛ばされる。
戦車用の弾頭だ。このスーパーを崩すことくらい、わけないだろう。
コナンがその頭脳をフル回転させている間、ついなは冷静に動き始めた。
「よっと」
その動作は、まるでキャッチボールで飛んできたボールを受け止めるプロ野球選手のような、洗練された動きだった。
放たれた炸裂弾を鷲掴みにし、外へ出るついな。
そのまま綺麗なフォームで弾を投げる。
勢いで凄まじい突風が発生したものの、即座に沈黙がスーパーを支配した。
「ウチ、控えめにやってもこんくらいの強さなんやけど…。自首した方がええと思うで」
「「「……………はい」」」
次の瞬間、歓声がスーパーに轟いた。
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「コナンくん、大丈夫だったかい!?」
「う、うん…」
警察が意気消沈した強盗らを連行する中、知り合いの刑事…高木渉がコナンたちに駆け寄る。
今日、コナンは隣人であり、協力者でもある阿笠博士や、隠れ蓑として通っている小学校内のグループである「少年探偵団」とスーパーに訪れていた。
そこで見かけたのは、食材の買い出しに訪れた東北イタコ。コナンはあの時から燻っていた知的好奇心が動かすままに、彼女に近づこうとした。
そのタイミングで、強盗がスーパーを占拠したのだ。
いきなり侵入した強盗に、どう対処しようかと頭を働かせていた時のことだった。
役ついなが、人の理から外れたとしか思えない力で、強盗を屈服させたのは。
コナンは知らぬことだが、役ついなが普段から相対する悪鬼羅刹は、戦車よりもはるかに強い。
そもそも、彼女が相手にする「鬼」と言うものは、人間が放つ負の気から発生し、育っていく概念的存在。イタコが悪霊と呼ぶ存在と同義なのだ。寧ろ、殺人犯が生きて尚放つ後悔の念や恨みつらみ、果ては懺悔さえも糧にするため、よりタチが悪い。
さらにタチが悪いのは、鬼が放つ瘴気が人に影響することだ。だからこそ、「え?そんな理由で?」という理由で殺人が発生し、また鬼が生まれ育ち、殺人が発生し…と、無限ループに陥っているのだ。
去年までは、そこまで頻繁に生まれたわけでもないのだが、今年からは何故か、マンボウかと見まごう勢いで発生している。
閑話休題すると、役ついなにとって、銃弾の類は雨霰にも劣る。
それよりも遥かに強く、人を堕落させる鬼を幾千と駆逐したのだ。彼女の死は、日本のただでさえ世紀末もびっくりな犯罪率が爆増することを意味する。
そのため、この件を知った公安は卒倒しそうになったのだが、それは置いておこう。
「今回も、君たちがなんとかしてくれたのかい?無理しちゃだめだよ」
「歩美たちじゃないよ!」
「あの姉ちゃんがやったんだぜ!」
てっきり、今回もコナンたちがなんとかしたのではないか、と思った高木の言葉に、少年探偵団の面々が反論する。
彼らが指差した場所には、ぺこぺこと頭を下げる目暮十三警部に、同じくおずおずと対応するついなが居た。
「……ああ、そういえば、今日だって言ってたっけか」
「高木刑事、お姉さんのこと知ってるの?」
コナンが問うと、高木は首肯した。
「方相氏っていう仕事をやってる子でね。
皇室…天皇さまに仕えて、日本全土の平和を願って、追儺っていう…今で言う節分に当たる儀式をしてくれてるんだ」
方相氏。コナンも聞いたことがある。
追儺にて鬼を追い払う役のことを言い、その歴史は長く受け継がれているという。
しかし、そんな調べれば出てくるような事実を聞きたいのではない。あわよくば、あの力の真実も知りたいところだ。
溢れ出る好奇心に逆らえず、コナンは質問を続けた。
「ねぇ、高木刑事。あのお姉さん、銃を握り潰しちゃったんだ。方相氏って、そんなことができる人ばかりなの?」
「え?握り潰し…?
……そうは言われても、僕は知らないなぁ…。
本人に聞けばいいんじゃない?
亡くなった先輩からは、優しい子だって聞いてるし、快く答えてくれると思うよ」
少々、ぶっ飛んだ情報に目を剥いたものの、高木は「自分が知らない」と言うことだけを伝え、ついなへ話を聞くことを促す。
子供たちは「はーい!」と答え、一目散についなへと駆け寄った。
コナンも慌てて追いかけて行き、その場に残されたのは、高木と阿笠、灰原の三人だけとなった。
と。阿笠が灰原の視線が、ついなの隣に立つ女性に注がれていることに気づく。
「…哀くん、どうしたんじゃ?」
「……博士。私、病気かしら。あの人の頭に狐の耳が生えてるのが見えるんだけど」
阿笠はその言葉に、女性の頭部を見る。無論、そこに耳が生えているはずもない。
首を傾げ、阿笠は「早く帰って休んだ方がいいな」と灰原に休息を促した。
「…珍しい子ですわね」
ぴょこん、と東北イタコの『狐の耳』が動いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「では、失礼いたします。
公安案件のみならず、ご迷惑をおかけいたしました」
「ええって。ここの警察は忙しそうやからな。たまには休んで羽伸ばしてぇやー」
事情聴取を終え、ついなは一息吐く。
水滴で濡れたペットボトルの中の炭酸飲料を飲み、糖分を補給する。
イタコもまた、ペットボトル入りの抹茶ラテをちびちびと啜り、心を落ち着けた。
「まさか、こないな頻度で来る思わんやん」
「宅配頼んだら途中で事故を起こして、結局は買い出しに行って事件に巻き込まれそうな町ですわよね」
「過去形でそうなんやけどな!!」
遠い目をしたイタコにツッコミを入れ、ついなも同じく目からハイライトを消す。
もうやだ、この町。早急に引っ越したい。
魔窟たる米花町の抱える闇は、正直なところ、今まで相手してきた鬼よりも手強かった。
「ねぇ、お姉さん!」
「ん?」
ついなががっくりと肩を落としていると、ふと声が響く。
彼女が視線を向けると、そこには四人組の少年少女が、羨望の眼差しを向けていた。
「あの、助けてくれてありがとう!」
「すっごく強いですね!」
「ヤイバーみてーだったぞ!」
「あんなことあったのに元気やなぁ、君ら。怪我なさそーで良かったわ。
おっ、ボクもおるんか。この子ら、ボクのお友達か?」
ついながコナンに視線を向け、問いかける。
コナンが頷くと共に、子供たちがこぞってついなに自己紹介を始めた。
「歩美たち、少年探偵団なの!」
「おう!俺たち、いくつも事件を解決してるんだぜ!」
「ほっか。せやから、こんな厄介そうな鬼連れとるんやなぁ…。
神霊でも、流石にこんな奴捌くんは無理やったか」
ついなは言うと、彼らの背後へと手を突き出す。
彼らはその動作に首を傾げるも、次の瞬間に、体が軽くなったように感じた。
「あんま危ないことしたらあかんよ。特に恨み買うと悲惨やで〜?
自分で火の粉払えるよーなるまで、空手道場とか入って鍛えるとええよ」
「すごーい!体の中の病気とかが、一気に吹っ飛んじゃったみたーい!」
「本当ですね!体が風船になったみたいです!」
「今ならうな重十杯はいけるな!」
皆が笑い合う中、コナンは先程の動作に関して、疑問を抱いていた。
しかし、どこまで行っても推察の域を出ない推理は、妄想と変わらない。
コナンは満足いく答えの出ない疑問をぶった切り、ついなに続けて問おうと口を開く。
「ついなちゃん。新しくお仕事が入りましたわ。…お急ぎで」
「え゛」
と。イタコの言葉によって、ついなの体が硬直した。
「ショックなのは分かりますが、お国からの命令ですわよ?」
「……だぁああもぉおお荷解きすら出来へんやんけどないなっとんねんこの町はァ!!」
ごもっともである。
結局。彼女らが荷解きを終えるのは、引っ越して二週間後のことだった。
トリプルフェイスさん…新人時代に友人諸共、とんでもない霊的事象に巻き込まれて死ぬほど怖い目に遭った。正確に言えば、メリーさんと口裂け女に同時に追いかけ回された。ついなちゃんが跡形もなく吹き飛ばしたため、なんとか生き残れた。
愛する母国に掃いて捨てるほどいるめちゃ怖幽霊とかと比べたら、黒の組織なんざ屁でもねぇわ!!
トリプルフェイスの部下…新人時代、興味本位で百物語をやってみたところ、マジでやばい鬼を引き寄せてしまった。たまたま居合わせたついなちゃんママンが吹っ飛ばした。昔は心底霊的事象ナメてたが、今や「心霊怖い」になってしまった人。