『ゔぉあああああ』
「うるさい」
『ゔぁっ!?』
列車に揺られる中、急に響く呻き声に、コナンと沖矢は何も感じなくなっていた。
東北地方にある東北家に向かう最中、東北に近づくたび、これでもかと怪異や悪霊、果ては妖怪や都市伝説が襲いかかってくるのだ。
きさらぎ駅に迷い込みかけたのに加え、電車に轢かれて亡くなった人間やら動物やらがこぞって襲ってきた時は、沖矢ですらも汚い高音で悲鳴を上げた。
というのも、コナンたちがそういったモノを寄せ付けるほどに、死が日常の中に入り込んでしまっているのが原因なのだが。
米花町は転出届を出すだけでも困難を極める町。それはもう、文字のハネですらも文句を言われ、受理されないくらいに。
ようやく受理されて引っ越せても、まず真っ先に怪異に目をつけられて殺されるのがオチである。警察庁はそれを理解しているからこそ、転出届はまず受理させるなと命じているのだ。
特に、近畿、東北地方に転出した場合は悲惨である。
そもそも寺社仏閣が多数ある地域は、そういったよくないモノが集まりやすい地域柄。
いくら定期的に祓っているとはいえど、機械による探知すらできない存在相手では、どうしても漏れがある。
更には、業界内の慢性的な人不足が加わり、米花町を転出した人間は、殆どが悲惨な死に方をしているのだとか。
「そ、その…、日本の幽霊とかって、実在してたんですね……」
「してなきゃ、とっくの昔にこの業界廃れてますわよ」
『あ゛あ゛あ゛……』
『体、からだあ゛あ゛ぁぁあ……』
『そのおっぱいでぱふぱふぅぅうう……』
「死ね」
煩悩に塗れた霊もいるんだな。
列車が半ば向こう側に突入してしまっているらしく、見えない人間でも見えてしまうこの状況下。
そんな中、煩悩全開でイタコの胸に向かい、返り討ちにされる霊に、コナンはピクピクと目尻を動かした。
「……ってか、よく動じてないよね、ここの乗客さん…」
「この路線は『そういう職業』の専用車なんですの。
まとめて祓うために、わざわざ口寄せの札まで織り込んで作られた車両ですのよ?」
だから、面倒そうな手続きをして、駅長に見慣れない路線に案内されたのか。
先ほどから浮かんでいた疑問が解消され、うんうんと頷くコナン。日本の霊的事象は、思った以上に生活に食い込んでいたらしい。
そんなことを知っても大丈夫なのか、と新たな疑問が浮かんだが、きりたん曰く「ホントに知っちゃだめなことは、匂わせることすらしませんよ」とのこと。
それはそれで気になるが、知れば死ぬか、霊能者に頼る代わりに莫大な金を支払うかの二択になるため、やめておこう。
「……その、私たちに憑いてるのは、怪異という種類の霊障なんですよね?」
「ええ」
「この業界そのものを知らなかったので、その、悪霊と怪異との線引きがイマイチわからないというか…」
その線引きくらいなら知っても問題ないのではないか、という好奇心で、沖矢はイタコに問うた。
イタコは「そのくらいなら」と笑みを浮かべ、着物の袖からボールペンと紙を取り出した。
「発生の条件で、霊障はもたらす被害の大きさや種類、祓えるかどうかが決まりますの。
では、弱い順から紹介いたしますわね。
死んだ人間が害を成すのが悪霊。
人が放つ負の気から生まれるのが鬼。
伝承が形を持ったのが怪異。
人の意思さえ許さない、絶大な力を持っているモノは祟り神、もしくは邪神…ですわ」
すらすらと紙にペンを走らせるイタコ。
この調子では、悪魔や地獄も実在するのだろうか。
そんな思考を頭の外へ追いやり、沖矢はイタコに問うた。
「では、今回のは何かしらの伝承が?」
彼らが付け狙われているのは、怪異。
イタコが言うことが真実ならば、元になった伝承があるはず。そこから対処法を導き出せないか、と考えての問いだった。
無論、対処できることにはできるのだが、ハッキリ言えば「素人診断で病気をなんとかしようとすること」と同義なので、素直に頼った方がいい。
「ええ。…がしゃどくろと言えばわかるでしょうか?」
がしゃどくろ。昭和中期の創作から広まり、多くの人に知られている妖怪。
戦死者やのたれ死んだ人間など、埋葬されなかった人間の、怨念が集積し、巨大な骸骨を作り出したという。
その骸骨は夜中に獲物を見つけると、その両腕で握りつぶし、肉を食らうとされている。
「創作から妖怪として広まり、伝承に昇格してしまった存在ですわ。
こういった事例は少なくありませんの。江戸時代の怪談ブームなんて、私たちのような職の人間にはいい迷惑でしたわ。
あと、都市伝説系のサイト。アレも広まりすぎると、実害が出てしまいますわ。
霊障は伝承まで行くと祓うのは不可能で、鎮めることしかできませんの」
彼女はそれだけ言うと、襲いかかる、もとい煩悩全開で胸へと手を伸ばす痴漢悪霊を片手で薙ぎ払っていく。
中には幼児趣味の霊もいるらしく、鼻息を荒くしながら、きりたんへと向かう者もちらほらいる。
性格は兎に角、容姿だけ見れば淡麗な彼女。
まるで蛍光灯に群がる虫のように、二人に向かう霊が後を絶たなかった。
「……なんで僕たちは襲われないの?」
「怪異が片っ端から食ってるからですわね。
悪霊を食うのに夢中ですから、怪異もしばらくは襲ってきませんわ。
食うのに満足すれば、夜中まで大人しくしてますわよ」
「………成る程」
イタコの目には、迫り来る悪霊たちを悉く握りつぶし、その肉を食らう骸骨が映っていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ようこそ、我が家へ。少し不便な作りですが、どうぞごゆっくり」
「ただいまー」
「お、お邪魔します…」
「お邪魔します」
イタコに案内されるがままに、古い作りの屋敷へと足を踏み入れる二人。
東北家が代々受け継ぐ、由緒正しい土地らしく、管理もそういった専門職に任せるほどに大きな家らしい。
足を踏み込むと、数人の使用人とすれ違う。
以前訪れた蜘蛛屋敷よりも、はるかに大きい屋敷。
一度足を踏み入れば、迷うことは必須であろうその屋敷を、イタコはしっかりとした足取りで進んでいった。
「今回、がしゃどくろを祓うにあたって、協力者を紹介しますわ。
……食べ物の好みが非常に偏っていて、その食べ物への偏愛が異常な形で出てしまうこと以外はいい子ですので、仲良くしてあげてくださいまし」
イタコがある襖の前に立つと、ヒクヒクと鼻を動かす。
コナンたちも、嗅ぎ慣れない匂いに眉を顰め、襖の奥を見ようと手をかけようとする。
が。それを遮るように、きりたんが勢いよく襖を開け、ずかずかと中へと入っていった。
「ずん姉様」
その部屋の奥には、寸胴鍋でグツグツと何かを茹でている少女がいた。
歳は蘭と同じくらいだろうか。
振り向いた時に見えた顔は、沖矢も思わず目を開くほどに端麗な作りをしている。
その双眸がイタコを捉えると、少女は優しげな笑みを浮かべた。
「イタコ姉様、きりたん、おかえりなさい」
「ただいま、ずんちゃん。今月のずんだ量、超過してないでしょうね?」
イタコが放った一言に、笑顔が引き攣った。
「……………してませんよー?」
「余裕でしてますね。6キロほど。
バイト代で補填してましたけど足りなくて、食費に手をつけ始めました。
多分、今も枝豆茹でてます」
「ちょっ…!?」
きりたんが申告するや否や、イタコはその場から飛び上がり、クマのように手足を広げて少女に襲いかかった。
「天誅ですわーーーーーッ!!!」
「ごめんなさーーーーーーいっ!?!?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「初めまして、東北純子です。皆からは、ずん子って呼ばれてます。
私自身、こっちの方が慣れてるので、ずん子って呼んでください」
茹で上がった枝豆をすり潰しながら、「私は悪い子です」とプレートを首から提げたずん子が自己紹介する。
先ほど行われた折檻は、暴力ではなかった。
呼吸困難で殺す気かと思うほどに、数十分に渡る擽りを受け続けると言う、東北家に代々伝わる平和的折檻らしい。
なにもそんなものまで受け継がなくても、とは思うが、東北家は血筋の影響か、平和的に解決しないと確実に死者が出る折檻しか出来なかったとのこと。過去の人間は、殺人に対する忌避感が薄かったのだから仕方ない。
「変わったあだ名だね」
「ずんだが好きだから、ずん子って呼ばれてるだけなんだけどね」
「好きにも限度がありますわよ」
他人事のように、そんなに好きなのか、と呆れにも似た感心を抱くコナン。
毛利宅にも阿笠宅にも、彼女特製のずんだがひと月分眠っていることを知るのは、彼が帰宅してからである。
「話を戻して。がしゃどくろの件ですね。
先日、大慌てで連絡しましたけど、用事とかありませんでした?」
「いえ、特には」
「なら良かったです。こう言った現象に理解のない人って、今の時代多いので…」
「東北や近畿あたりは、まだ一般の方もそこそこに体験してらっしゃるのですけど」
どんな魔窟だ。
日本という国に本当に手を出していいのか、敵ながら黒の組織が心配になってきた。
黒の組織は、基本的にそういった類の話を信じない。もし口に出そうものなら、馬鹿にされるか、気が触れたとして始末されるのがオチである。
トップは歳を重ねているだけあって、それなりに警戒はしてるのだが、あろうことかそういった職業に就く人間の勘の良ささえも警戒し、頼ることはない。
お抱えの者を作ろうにも、霊が関わることになる人間は、こぞって「やらかせば、思いもよらぬところから、とんでもないしっぺ返しが来る」と犯罪を犯すような真似…正確には、怪異を引き寄せたり、悪霊を生み出すような悪事を避けているため、そもそも誘いに乗る可能性が皆無。
尚、これに関しては生まれつきの才能が大きく作用するので、普通にやらかす神職の人間も居る。
「では、がしゃどくろを引き剥がすため、『縁切り』をさせていただきますね」
「縁切り…?」
「はい。こういった現象は、とにかく『縁』に起因があるんです。
一度鎮めても、暫くすればまた狙われる…という怪異も少なくありませんので」
「ま、そういう人ほど、粗悪な業者の金ヅルなんですけどね」と言い、微笑んでみせるずん子。
コナンたちはその言葉に、顔を引き攣らせた。
「た、大変な業界なんですね」
「ええ。怪異の数に対して、こちらがどうしても少なくなりますね」
「中にはインチキの人もいて。…まぁ、そういう人ほど目をつけられて、最終的に憑り殺される…なーんて事例が殆どですが」
「それで表立った被害が報道されないのは、どうしてですか?」
インチキの霊能者など、今時腐るほどいる。
沖矢とコナンは職業柄か、それとも単なる詮索癖か、そういった人間は何人か把握していた。
それら全てが怪異に襲われ、死亡しているとなると、かなりの被害数になるのではないか。
そう懸念した彼らに、イタコは淡々と答えた。
「そりゃ、報道できないほど無残な殺され方してるのと、そもそも怪異が、方相氏を恐れて表立って活動しないからですわ。
あなたたち、相当慣れてるようですから具体的に言いますけど、肉か骨が残ってればまだいい方で、最悪の場合は世の終わりまで怪異の中で生き地獄とか普通にあり得ますわよ」
その最悪のパターンを引いてしまった人間の末路が非常に気になる。
イタコとついなの絶大な力を目にしたコナンからすれば、最悪の結果というのが想像できないが、世の中はそんなに甘くない。
「あ、そういうのを引いてしまった人は助けようがありませんわ。
正確には、『助ける方法はあるけど、怪異が発生してる場所を知る術がない』…というべきかしら?」
「…成る程」
要するに、「場所もわからない要救助者をヒントもなしに探せ」ということだ。
二人が新たな疑問を抱く間も無く、イタコは解説を続ける。
「依頼があれば、場所の特定も出来て助けられるのですけど…。
インチキ業者相手だと、大体が悪事を働いた結果、縁を切られてる場合が殆どですし…」
「探す人間もいない…というわけですか」
「他人事のように言ってますけど、がしゃどくろもその性質ですよ」
「「え゜」」
心臓が喉から飛び出たような声を出し、二人が硬直した。
「食うタイプの怪異は大体そうですわよ。コナンくんは、蜘蛛御前を見たでしょう?
アレも腹の中で艱難辛苦全部味わうことになるタイプですわよ」
「………イタコさんと知り合ってて、本当に良かった……」
心の底から安堵したため息を吐くコナン。
以前までの彼であれば、こんな与太話を信じるわけがないのだが、先日の経験が尾を引いているのか、その恐ろしさを身に刻み込んでいる。
探偵として死んでも謎は追うが、人間としては、死んだ後も死ぬほど苦しむのは流石にごめん被りたい。
沖矢もまた、コナンの反応と先程の経験からして、その恐ろしさが現実味を帯びてきたのか、ごくり、と唾を飲み込んだ。
「話が長くなってしまいましたね。
夜が来る前に、ちゃちゃっとやってしまいましょう。
ここには結界が張ってあって悪霊が居ませんから、がしゃどくろは目移りせずに真っ先に襲ってきますし」
「め、目移りで今まで生きてたんですか、私たち…」
「時間の問題でしたけどね」
ずん子の淡々とした言葉に、改めて震え上がる沖矢。
イタコに儀式を託したずん子は、何処からともなく弓矢を手にし、構える。
「では、私は領域内に入って鎮めてきます。
お二人のどちらか、御同行願います」
「警察以外に初めて言われた…」
「では、私が」
沖矢が立ち上がり、ずん子の側に立つ。
控えめにいって美麗な出立ちの沖矢を前にしても、ずん子は顔色ひとつ変えず、営業スマイルを向けた。
「…なんというか、沖矢さんにテンパらない女の人って初めて見たような…」
「ずん姉様、ずんだ以外に興奮しませんからね。……ホント、将来貰ってくれる人いるんですかね…」
「妹にソレ心配される程なの…?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…や。食べますか?コレ」
「………いらん」
その頃。
ポアロでの業務を終え、帰宅しようとする安室は、待ち構えた人物に悪態を吐く。
そこには、米花町で用事があると散策に行ったはずの、あの教師がいた。
その手には、ビニール袋に入った大量のシガレットチョコがあり、その中の一つを安室に差し出している。
安室が「いらない」と伝えると、彼は残念そうに息を吐いた。
「そうですか。…諸伏くんの分も買ってたんですけどね」
「…葬式にも来てただろ、アンタ」
「死んでも霊は残るじゃないですか。君なら知ってるでしょうに」
諸伏景光。安室…いや、降谷の幼馴染であり、同じく黒の組織に潜入し、殺された男。
自死ではあるが、謎に殺されたと言えばいいのだろうか。
その顛末は一般の人間なら知り得ぬことなのだろうが、この男なら知っているのだろう。
何せ、黒の組織の追跡を容易く躱し、関わる人間の殆どに変革をもたらす…教師という名の怪物なのだから。
「…死が薄くなる。だから、そう考えてはいけないと思ってる」
その怪物に飲み込まれるのは、決まって異常な人間だけ。
一人目は、怪物と同い年だった、ある双子の姉。その頃から科学に傾倒し、科学を愛し、科学に全てを捧げ、狂気的なまでに創造に魅力を感じていた、『才害』。
国すら揺るがそうとした天才の牙を削いだのは、怪物の言葉だった。
降谷はその光景を見たことがある。相手を肯定し、同時に否定し、獣が如く猛威を奮うだけの牙を、剣に加工した。
二人目は、その双子の妹。生物に魅了され、生物を生殖活動無しで生み出し、人の思考回路の電子コピーすら成し遂げた、同じ『才害』。
彼女は、変わってしまった姉を戻すために、怪物を殺そうとした。結果は、惨敗。彼女もまた、言葉によって、牙を折られた。
降谷が見たのは、この二つだけ。だが、彼が異常であることを知るには、十分だった。
「薄くなりませんよ。死は、住む世界を一方通行に移動するだけの手段です。
その先が未知だから、その先での最愛との再会が絶望的だから、その先に自身が積み重ねてきた罪への罰が下されるかも知れないから、今までの苦痛が報われることが分からないから、今まで作ってきた自分がそこで止まってしまうから、誰もが恐れ、誰もが罰と思うのですよ」
彼の考え方は、少し独特だ。
広い世界を見ているからこそ、頭ごなしに否定をしない。否定しないからこそ、自然に、相手の欠点をより良い方向に向かうように仕向けられる。
黒の組織の首魁が、石橋を叩き過ぎて割るような人間ならば。
水奈瀬コウという男は、石橋に変わる、安心できる鉄橋を作り出すような男だ。
「……やはり、お前が嫌いだ。水奈瀬コウ」
だからこそ、降谷は水奈瀬コウが嫌いだった。
異常も普通も理解して、自分の都合の良いように書き換えてしまうような彼が、大嫌いだった。
「そうですか」
彼はそれだけ言うと、ビニール袋から一枚の紙を取り出して、降谷に差し出した。
「あげますよ。探偵見習いの君へ」
「………これは?」
「なぁに、しがない教師の、ほんのわずかな親切心ですよ。
今日は、この用事で来ただけですからね」
降谷はその紙を見て、目を見開く。
慌ててコウに問い詰めようとするも、その姿は既になかった。
「…アンタってヤツは、何を考えてるんだ」
その紙には、『三日後に起きる予定の大事件』について書かれていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ずんだとは何なんだ…?ずんだとは…、ずんだとは一体…?」
「…沖矢さんに何があったの、ねえ?」
「ずんちゃんと会った初日は、皆そんな感じになりますわよ」
「あの人本当に何なの?」
解決後。沖矢は帰りの電車でうわごとに呟いていたという。
東北ずん子…トラウマ製造機。沖矢は暫くずんだ色を見るだけで頭が痛くなった。彼女に慣れると、どんなにずんだが嫌いでも、ずんだを美味しくいただけるようになる。何故かアレルギーも治る。お医者さんに聞いても「ずん子だから」で済まされる。
役ついな…少年探偵団とサッカーしてた。ボールを三個くらい蹴りで破裂させたため、ゴールキーパーにさせられた。
沖矢昴…怪異よりもずんだが怖い。