原神。
それは、魅力的なキャラクターと美麗なアニメーション、引き込まれるストーリー、元素反応という新しいアクションなど、人々を沼へと引きずり込むに足る様々な要素をこれでもかと詰め込まれた、オープンワールド型のアクションRPGだ。内容は、主人公が色々あって離れ離れとなった双子の片割れを探すために七つの国を巡り歩き、行く先々で起こる問題を解決していくというものだ。
かくいう僕も、その沼に引きずり込まれた者の一人だ。
祈願と呼ばれるガチャで、新キャラが出る度に当たるまで引くほどのはまりようだった。ちなみにこのゲームでは、ピックアップされた新キャラを必ず引くには180連する必要があり、それにかかる値段は5万6千円ほど。そのキャラを更に強化するためにかかるお金は最早10万、20万どころでは足りない。
正直原神のガチャを引くために働いていたといっても過言ではなかったよ。……まぁ何して稼いでいたかは覚えていないけど。
だけども、そんな生活でも構わないほどにこのゲームに傾倒していた身としては、その世界──『幻想世界テイワット』にやって来れたというのは当然喜ぶべきことだ。
「「「「「yaaaaa!! 」」」」」
こんな化け物に追い詰められている状況じゃなかったらね。
状況はすこぶる悪いと言っていい。絶対絶命というやつだ。当然この危機的状況を打破する充てもない。そもそも、もしそんな充てがあったのならさっきまで現実逃避してなどいなかった。
そしてそうこうしている内に、その化け物──おそらくは『幻想世界テイワット』に蔓延る魔物の一種であるヒルチャール──が到着、ジリジリとにじりよってくる。
ま、まずい……。一体でも勝てる気がしないのに、それが五体もとかっ……!
距離を取ろうにも、後ろは崖。少しずつ後退りをしているが、距離を詰められるのにそう時間はかからないだろう。
やがて、痺れを切らした一体が飛び出し、僕に襲いかかろうとして──。
「〈ウサギ伯爵〉!!」
──声とともに、ヒルチャール達の背後に何かが放り込まれる。
よくよく目を凝らして見てみれば、それは人形のようだった。
なんかこう、赤いドラ○もんみたいなのにウサ耳を生やしたような見た目をした人形だ。いやどんな見た目だよ、なめんな。
ヒルチャール達は、飛び込んで来てはいきなりコミカルなダンスを始めたそれに気付くと、こちらを無視してそちらに襲いかかり出した。
……っていうかこの人形に今の声って──。
「──そこのあんた!今のうちにこっちに!」
再び声をかけられる。声の方を見やれば、赤いリボンを頭に着け、ゴーグルを首にかけた、活発そうな少女がそこにはいた。
──やっぱりあれ、アンバーじゃない……?
▼▼▼
アンバー。
原神のプレイアブルキャラの一人だ。
ストーリーを進めていけば勝手に手に入るため、始めたてのときにはお世話になった人も多いだろう。
火の元素を操る『神の目』を持っており、弓の矢先に火を灯して戦うというスタイルのキャラだ。
ここでいう『神の目』というのは、火だったり水だったり氷だったりといった、元素という不思議パワーを扱うのに必要な道具であり、原神の世界では所有者の少ないレアアイテムでもある。
また、爆発する人形──先のコミカルな踊りを見せた人形──の〈ウサギ伯爵〉は、彼女の自作で囮の役割も果たせる優れもの。こと探索においては中々に優れたキャラだった。
──そんなアンバーの姿をボーッと眺める。いきなりの急展開に、頭が追い付いていないのだ。
うーん、如何にもコスプレですって格好なのに、少しも違和感や忌避感が感じられないな……。
頭に大きなリボンなんて、どっかのバーチャル界の親分か、ジャンプ史上一番ヘイトを集めたハーレム少年のそのヒロインくらいしか着けているのを見たことないし、そのどちらも二次元のキャラだったけど、現時点で三次元の彼女も負けず劣らずよく似合っているし。
そしてショートパンツと白いニーソが織り成す絶対領域は、言わずもがな、最高です。
「ちょっと聞いてる!?早くこっちに!」
やべ怒られた。や、でも今のはボーッとしてた僕が悪いな、うん。
何はともあれ逃げるチャンスなのは確かだ。ヒルチャール達に気をつけながら、急いで彼女の方へと向かう。
「──来たわね。そしたらとりあえず、あんたはそこでじっとしてて?大丈夫、私に任せてちょうだい!」
移動を終えた僕に彼女はそう言いながら、自信満々にドンと胸を叩く。
「よーし!それじゃあ覚悟しなさい、あんた達!」
そして彼女は言うや否や、弓に矢をつがえ、弦を引き絞る。その矢先は徐々に燃え始め──。
そこからヒルチャールが全滅するのにそう時間はかからなかった。
▼▼▼
爽やかな風を全身に浴びながら、崖の上から見えた国──自由の都、モンドへの道を歩く。隣を歩くのは、赤いリボンを頭にリボンっと着けた少女──アンバーだ。
「そうだ、自己紹介がまだだったわね。私はアンバー、
「どーもどーも、ユヅルです。さっきは助けてくれてありがとね?あと、今は……一応旅人ってことになるかな?それとも迷子の方があってるかな?」
思い出した、と問いかけてくる彼女に自己紹介を返し、お礼を告げる。
「気にしなくて大丈夫だよ?人々を助けるのも騎士団の役目だからね」
わたわたと身体の前で手を振りながら謙遜する彼女。
「まぁでも、助けてくれた相手に感謝するのは当然だよ?そうだね、お礼は僕の身体でどうかな?」
「いらないわよ!!」
間髪入れず拒否される。ちょっとくらい悩んでくれてもよくない?よくないね。っていうかセクハラだね、今の。まだ年若い娘にセクハラなんて最低だね!まったく、ソイツの顔を見てみたいよ!
「コホンッ、とにかく!あんた、旅人って言ってたわね?それじゃあ身元を証明できるものとかはある?」
「うーん、残念ながらないね。なんならお金もないし武器もない、更に言うなら記憶もないんだ。ああ、でも怪しいものじゃないんだ、信じてほしい」
「いや怪しすぎるよ!わたしが今まで会ってきた人の中でぶっちぎりの怪しさだよ!……ど、どうしよう、こんなに怪しい人への対処方法なんて、『騎士団ガイド』に載っていなかったよ……」
僕の言葉を受け、慌てふためく。まぁ確かに不審者と思うに相応しい内容の身の上だしね。判断に困るのも当然だ。けどここでサヨナラされたらまずいことこの上なしなので、頑張ってほしいところである。応援しとこ。
「──頑張って、アンバンマン!」
「アンバンマン!?」
「え、嫌だった?ヒーローっぽくていいあだ名だと思うんだけどな……。じゃあバーちゃんで」
「そっちも嫌だよ!わたしがおばあちゃんみたいじゃない!普通に名前で呼んでよね?」
「えー……つまらなくない?」
「つまらなくない!だいたい人の名前に面白さなんて求めないでよね?」
弾む弾む、会話が弾む。
憧れの世界に来れた喜びこそあれど、そればかりではないわけで。無一文だったり無一物だったりといった風に些か不安があるものの、それを気にせず会話を楽しめるのは、ひとえに彼女の人柄のおかげか。
会って一時間もしない相手にここまで心を砕いてくれる人間というのは、きっと、そう多くはない。
つまり何が言いたいかっていうと、アンバーはドチャクソ良い娘だよねって話。
「──でも襲ってきた相手がヒルチャールで良かったよ」
会話が一段落ついたところで、彼女が突然そんなことを話してきた。
しかし、ヒルチャールで良かった、か。うーむ、不穏な雰囲気。
「……どういうこと?」
「実は最近ね、モンドの周辺で風魔龍が暴れているの。ついこの間なんて、モンドの広場にも現れたんだよ?」
「風魔龍が……?」
思わず聞き返す。
風魔龍は、もとはモンドの守り神のような存在──『四風守護』の一体だった龍だ。
だが、ある時を機にモンドに牙を向くようになり、いよいよどうするかといったところに主人公が現れ、この問題を解決へと導こうとするというのが、原神のストーリーの序章モンド編の大まかな粗筋だ。
翻って現状、主人公が既に風魔龍とエンカウントしてるということはつまり、ストーリーが始まってしまっているということ。すなわち、僕が今から訪れようとしているモンドにも危険が及ぶ可能性が出てくるわけで。
どうしよう……モンドをこれからの生活の拠点にしようと思っていたのに……流石にモンド城内にまで魔物は入って来ないよね……?ストーリーだとどうだったっけ……?
悩む僕をよそに、彼女は話を続ける。
「幸いその時は旅人が追い払ってくれたんだけど……ってあれ?」
そう言って彼女は首を傾げる。いったいどうしたのだろうか。
「あ、えっとね、その旅人、お兄ちゃんを探してるらしいんだ。で、ユヅルも一応旅人でしょ?だからもしかしたらって思って。それにあんたも件の旅人も、同じ金髪だし」
「ないないない」
手に加え首まで横に振り、アンバーの言葉を否定する。
おそらく彼女が言っている旅人とは蛍──物語の主人公の少女だろう。
このゲームでは双子の主人公は男の子と女の子のどちらかを選べるようになっていて、男主人公には『空』、女主人公には『蛍』という名前が用意されていた。
そしてどちらのキャラを選ぼうとも、必ず二人とも片割れを探す旅に出る。まぁ旅に出てもらわないとストーリーが始まらないわけだから、当然といえば当然かもしれない。けどそれはゲームだからこそ言える話だ。
たとえば自分の兄が、妹が、肉親が拐われたとして。
それを取り返すために自らを犠牲に出来る人間が、どれほどいるだろうか。
少なくとも僕は、彼、或いは彼女ほど身を犠牲にすることはきっと出来ないだろう。
一切手がかりのない状況で、武器を片手に世界を旅するなど、僕からしたら、正気の沙汰ではないからね。そんな実力も、勇気も、度胸も持ち合わせていないし。
ついでに言えばお金も記憶も持ち物もない。
ないない尽くしの人間だ。
そんな人間と彼らを一緒にするなんて、失礼も良いところだ。
加えて、主人公とあんまり関わりたくないというのもある。
主人公──蛍ちゃんは、まぁ、正直ドチャクソ可愛いし会いたいとも思ってる。けどそれとは別に、彼女は兄を拐った『神』の正体、そして兄の行方を探っており、断片的にとは言え、彼の状況を把握している身としては隠し通せる気がしないのだ。
だが、逆に僕が知っていることを話そうものなら、ほぼ確実に彼を拐った『神』との関係を疑われるだろうし、こちらも情報源が情報源だからその疑いを解く方法もない。
結論として、興味を持たれないよう、なるべく関わらないようにするしかないのだ。
それに僕がストーリーに介入することで、何か異変が起きたら問題だし。あれだよ、カキフライセレクトみたいなさ……あ、バタフライエフェクトだ。
うぅ、でも会いたい……蛍ちゃんとおしゃべりしたり、たまに出る毒舌を受けたりしたいし……どうすれば……。
「そ、そう……でもユヅルって記憶がないんでしょ?もしかしたらってこともあるかもしれないわよ?」
「いやいや、僕に妹はいないよ、間違いない。記憶がなくても魂が覚えてる」
「また意味の分からないことを……むむむ?そういえば私、ユヅルに旅人が女の子だって言ったっけ?」
「イッテタヨ」
「……」
「……」
「い」
「イッテタヨ」
「そ、そう?……おっかしいなぁ……」
取り敢えず妹云々かんぬんは全力で否定しておく。お兄さんが見つかったと期待されても困るしね。
「まぁ、それはそれとして。もしかしたらモンドでユヅルのことを知ってる人に会えるかもしれないわよ?案外モンドが生まれ故郷だったりして?」
「はっはっは、まさか。僕ほど規律を重んじ、周りに合わせる人はいないからね?自由の都の人とはほど遠いよ」
「いやいや、むしろあんたほどマイペースな人、モンドにもそういないわよ」
「え、うそ」
「ほんとだよ」
「うそだ」
「ほんとだよ!」
「ほんとだ」
「うそだよ!……あれ?」
そうやってアンバーをからかっているうちに、巨大な湖が見えてきた。
その中央には、城壁に囲われた国の姿があり、所々から風車の姿が覗いている。
そんな美麗な光景に、つい足を止めてしまう。
すごいな……。ゲームで見たときも、その映像の美しさに感動を覚えたものだけど、それ以上の感動を今、覚えている。
「ん?ユヅル、どうかしたの?」
「……や、綺麗な国だなって、ちょっと感動してた」
「ふふん、そうでしょう?モンドの国は自由なだけじゃなくて、美しさにも拘っているんだよ!」
「……うん、みたいだね。実感したよ。よし、それじゃあここでお弁当にしようか。アンバーはレジャーシート敷いて?」
「なんでそうなるの!?っていうかあんたお弁当持ってないでしょ!?」
「へへっ」
「へへって何!?」
そんな無駄口を叩きつつ、止めていた足を再び動かす。
モンドはもう、すぐそこだ。