滑り込み……滑り込みせーふ……!
わたし、がんばった……!
黄門さまのように……というには、義侠心はないし、紋所は自家のモノじゃない、立派なおひげもないし、助さん角さんもいないとないない尽くしで、最早小者さまではあるものの、どうにか千岩軍の兵士さんたちを畏縮させた僕は、その流れで、うまいこと彼らから譲歩を引き出すことに成功していた。
具体的には、往生堂の者を不当に拘束しないというものや、往生堂の外で、小数で監視するのは構わないが、敷地内に入って来たり、大人数で監視したりしてはいけないというものなどだ。
といってもこれらは、僕1人で交渉した成果というわけではなく、左様でお馴染み往生堂の渡し守さんが手伝ってくれたおかげである。
彼女は最初、建物の中で書類仕事をしてたらしく、外があわただしくなったので出てきたところを僕が発見、助力を求めたという感じである。胡桃ちゃんは悲しきモンスターになっていたので役に立たなかったのだ。お労しい……!そうさせたの、僕だけど……!
そうして千岩軍の大半を追い返して散らし、一時の安寧を手にした僕は、往生堂の中で。
「──いやー、胡桃ちゃんって、ほんと可愛いよね!お目めは大きいし綺麗で、まつげは長い、肌も白くてつやつやしてるし……これもう、璃月に舞い降りた妖精でしょ!!世界、獲っちゃうんじゃないのぉっ!?」
「つーん……」
──度重なるお胸イジりで拗ねてしまった胡桃ちゃんの、ご機嫌取りに勤しんでいた。
往生堂は本来なら、ゲームでは覗くことのできなかった空間……じっくり内装を吟味したいところではあったが、女の子の機嫌を取る方が重要なので、そうもいかないのだ。
「髪の毛も絹糸のようにサラサラで、色合いも美しいっ!!こんな女の子、他にいないよ!!よっ、大統領!!」
「つーん……」
洒落たデザインの椅子に座る胡桃ちゃん、その周りをくるくるしながら美辞麗句を並べ立てて褒めそやすも、彼女の反応は芳しくない。半目で唇を尖らせ、そっぼを向くばかりである。
くっ、ど、どうしてだ……!これだけ褒めているのに、機嫌が直らない……!お金、やっぱりお金を出すしかないのか……?それともヴィトン、ヴィトンのバッグか?ブランド物、かますしかないのか?わ、分からない……!
……取りあえず、もうちょっとだけ褒めてみるか。お世辞と言っても、胡桃ちゃんは本当に可愛いので、基本思ったことを言えばいいのでそこまで困らないのだ。可愛いってすごい。
「性格も、ひょうきん者なところは前も言ったけど明るくて好ましいし、話してて楽しいよね!!会話も弾むし……それでいて、人を傷付けるようなことも言わないから、嫌な気持ちになることもない。胡桃ちゃんは、ほんまにええ娘やで……!!大好きや!!」
「……つ、つーん……」
ダ、ダメか……!余計こっち見てくれなくなった……!うぅ、こうなったらもう、いよいよヴィトンのバッグを買ってくるしか……!……あ、よく考えたらテイワットにヴィトンなんてあるわけないじゃん!あかん、オワタ……!
褒め殺しもダメ、ヴィトンもダメと、打つ手立てのなくなった僕は。
最後の手段として、胡桃ちゃんに少し席を外す旨を告げてから往生堂の外へと向かい──扉から出てすぐの所に構えていた渡し守ちゃんに土下座して頼み込んだ。
「渡し守ちゃんさんっっ!!胡桃ちゃんの機嫌を直すの手伝ってくださいっっ!!」
「えっと……」
戸惑った様子の渡し守ちゃん、顔だけちらと上げて、その様子を窺う。
眉をハの字にしながら僕を見下ろすのは、黒髪黒目の美人さんだ。同じく黒地の璃月ドレスを纏っており、その立ち姿からは、楚々とした印象を受ける。
うーん……こんな美女に、困ったように見下ろされてるって、なんかクるものがあるよね……じゃなくて。
「胡桃ちゃん、拗ねちゃっててさぁ……僕が100悪いんだけど、それはそれとしてどうにかしてほしいんだよ渡し守ちゃん!」
「これはまた難題を申されますね……そもそもとして、堂主は何故機嫌を損ねてしまっているのでしょうか?」
「……それは……あの、ね……?そのー……胡桃ちゃんの胸が、ちょっと……アレなことを、イジっちゃって……」
「…………」
む、無言……!沈黙が、痛い……!ああ、目もゴミを見るものに……!
申し訳なくなった僕は、上げていた頭を戻して地面に擦り付ける。デリカシーの欠片もないふざけた野郎でごめんなさい……!セクハラしまくるカスでごめんなさい……!
「……はぁ……思うにそれは……最低の行為です。軽蔑に値します」
「ぐぉぉぉっ……!さ、左様っ……!あまりにも仰る通り……!」
「……今回だけ……今回だけは手伝いますが……以後は、このようなことがないようにしてくださりますようお願いします」
「はいっっ……!!ごめんなさいっっ……!!そしてありがとうございますっっ……!!」
ドレスの裾を小さく翻し、往生堂内へ入って行く渡し守ちゃん。頼むぞ……君にすべてがかかってる……!
祈りながらも僕は、おもむろに立ち上がり──その一連の動作の際に視界に入った空、それに気をとられてふと見上げる。
群玉閣を降りたのが昼のいい時間……そこからハスの池を眺めたり、往生堂前で千岩軍と交渉したり、胡桃ちゃんのご機嫌取りをしたりと色々やっている内にいつの間にか、空は赤らみ始めていた。どこからか、カラスの鳴き声も聞こえる。
あら、もう夕方……?早いなぁ……するってーとぉ多分、もうすぐオセルさん来るかな……?いや、いくら蛍ちゃんが有能でも、流石にまだか。やはり予想通り、来るのは夜中頃だろうね。多分オセルさんが倒されるのと同時に夜が明ける感じ。演出の面からしたらそっちのが盛り上がるもんね。たしかゲームでもそうだったし。
そうメタ的に思案していると、目の前の扉の向こうから、微かに足音。やがて、ゆっくりと開いていき──生まれる隙間、そこから少しだけ胡桃ちゃんが顔を出す。
瞬間、ジャンピング土下座。誠意と謝意を見せる。
「──胡桃ちゃんさん、この度は誠に申し訳なくっっ……!!」
「動きのキレ、すご……手慣れてるねー……」
ジャンピング土下座、よくやってるからね……!!
「堂主、彼もこのように反省しておりますし……千岩軍との交渉を有利に進められたのも、彼のおかげです」
「……まぁ、元はわたしが巻き込んだ仕返しだもんね……」
胡桃ちゃんの後ろから、渡し守ちゃんの援護射撃。頼もしい……!
「んー……うんっ!しょうがないから……ほんとーにしょうがないから、許してあげる!」
「胡桃ちゃん……!ほ、ほんまですか……!?」
「ほんま?うんうんほんまほんまー。でも、その代わり……」
救いの言葉に震えながら顔を上げ、感激していると。
慈愛の笑みを浮かべた胡桃ちゃんがしゃがみ込み、土下座している僕に目線を合わせ、言葉を紡ぐ。
「──次はあの世逝きかもしれないから……覚悟してね?」
「……は、はぃ……ご、ごめんなさい……」
はたして、その殺意すら籠ったような鋭い瞳に笑み、声色に、僕は蚊の鳴くようなか細い声で返すしかなく。
こ、怖い……怖しこわ、ちょっ怖い……ごめ、ごめんなさい……本当にごめんなさい……。今、テイワットに来てから1番の恐怖、覚えてる……。ヒルチャールやアビスの魔術師なんか、目じゃない……。こわ、怖い……ちなみに覚えた2番目の恐怖は、モンドでアンバーとノエルちゃんに捕まったとき……やっぱりどの世界でも、女の子が1番怖い……。ごめんなさい……。
世界の真理に気付き、ひたすらに許しを乞うていると、ころっといつもの明るい顔に表情を戻した胡桃ちゃんは、僕を立ち上がらせてくる。
表情がすぐ切り替わるのもそれはそれで怖いよね……と怯えを抱きつつ、彼女の横に並んだ僕は、改めて往生堂の中へ。
胡桃ちゃんと渡し守ちゃんと共に、堂内のさっきまでいた部屋にえんたーする。
大きめの円卓が部屋の中央に構えており、周りには、胡桃ちゃんが座っていた椅子がいくつか置かれる。壁際には棚がぎっしりと置かれ、棚と棚の間から窓が見えるようなことになっている。そして棚には、陶器に彫像、簪や扇子、石珀や夜泊石といった鉱石、短刀など、見るからに高級なのが伝わってくる物品が並んでいた。
「──おお、やっばりすごっ……!よくもまぁこれだけ集めたね……!」
渡し守ちゃんが茶器を用意しお茶を淹れる中、棚の近くに立ってそれらをしげしげと眺め、感想を漏らせば。
逆向きの椅子をに膝立ちになり、腕を背もたれにかける形でこちらを見ていた胡桃ちゃんが反応する。
「んー?ああ、そこら辺の棚にあるのは、ぜーんぶ鍾離さんが買ってきたものだよ」
「なーるほど……どーりで高級品ばっかなわけだ。鍾離せんせー、目利きすごいからなぁ……多分これ、群玉閣に置かれててもおかしくないレベルの品でしょ。ってかあの陶器、似たようなのあったし」
「……んんっ?ユヅルさん、その言い方だと、まるで群玉閣に行ったことあるみたいだけど……」
「そりゃ行ったことあるからね。なんなら胡桃ちゃんに会う前は群玉閣にいたし……あ、渡し守ちゃん、お茶ありがと」
「うっそぉ……!え、本当なの……?……あ、お茶ありがとー」
「本当だよ。しかも連泊してたり」
「すっごい厚遇じゃない……!ユヅルさんって、いったい何者?」
「通りすがりの仮面ライダーだ」
「なにそれ!?」
──そんなように、お茶を飲んでまったりしつつ、他愛もない雑談に興じていたときだった。
入ってきた方……すなわち往生堂の玄関に相当する方から、怱々とした物音が聞こえてくる。
何事だろうか……?千岩軍の立ち入りは禁止してるはずなんだけど……。
訝しんでいる内に、足音は近付いてきて。
部屋のドアが勢いよく開かれ、物音の主が姿を現す。
その正体は──。
感想評価ありがとぉ!ありがとぉ!
物音の正体……いったいどこのせんせーなんだ……?