評価、感想、お気に入り登録などなどありがとうございます。とても励みになりますし、嬉しくて目から「古華奥義」も出ます。
「──ユヅルさま、どうかされましたか?」
「……いや、されましたっていうか」
モンドで一、二位を争う人気を誇る酒場『エンジェルズシェア』。
その二階奥のテーブルに座っている僕の前には、なみなみとビールが
「──これ……なに……?」
顔の高さまで積まれた紙束の山が、いくつも置かれていた。
「はい、こちらはモンドにありますお仕事の内容、場所、お給料などをまとめたものになります。急なお話でしたので、一部しかご用意できませんでしたが……」
紙束の山を挟んで対面に座るノエルちゃんから言葉が返ってくる。
「……一部?」
「も、申し訳ありません……」
「いや、別に少なくて怒ってるとかじゃないんだけど……これで一部?え、これ全体の何割くらい?」
「はい、おおよそ三割ほどかと──」
「仕事探しは明日からしようか、うん!まずは友好を深めよう!」
▼▼▼
紙束の山を、どうにかして近くにある別のテーブルへ追いやり、一息
「──さてさてノエルちゃん。君には仕事探しの手伝いをしてもらうわけだけど……」
ジョッキ片手に言葉を紡ぐ。
相手はグラスを両手で抱えるように持っている少女──ノエルちゃんだ。うーん、可愛い。
「それがどうかなさいましたでしょうか?」
「や、何か報酬とか出すべきだよなーって思ってさ。何がいいかな?やっぱりお金?」
「いえ、そんな、必要ありません!困っている方をお助けするのは、メイドとして当然の責務です!」
報酬を問えば、手にあるグラスからジュースが溢れんばかりの勢いで、ノエルちゃんがそう言ってくる。
可愛い……じゃなくて!
「それは駄目だよ、貸し借りはきちんとしなきゃ。ほら、司書のリサちゃんだって、本の貸し借りには厳しいでしょ?」
「た、確かにそうですが……それとこれとは話が違うのではありませんか……?」
──リサちゃんは、騎士団本部内にある図書館で司書を務める女性だ。アンバーと同じく、物語を進めることで得られるプレイアブルキャラの一人で、雷の元素を操る魔法使いでもある。
普段は色気溢れる美女だが、図書館で騒いだり、借りていた本の返却を忘れてたりすると、それはもうすごく怒る。比喩表現でなく、本気で雷が落ちるのだ。それが怖いので僕はまだ彼女に会ってはいないが……いつかはお話ししてみたいものだ。
「──そもそもわたくしは、見返りを求めてユヅルさまをお手伝いしているのではございません。メイドとして当然の責務を果たしているまでです。ですから、報酬を受け取るというのもおかしな話です」
「いや、そうは言ってもノーギャラは流石に……」
はてさてどうしようかと悩みながらビールを一口。
……ノーギャラにさせる気は当然ないが、何か物をあげるというのもそれはそれで厳しい。というのも、今現在僕が持っているお金は、全て騎士団から借りているものなのだ。そんなお金でノエルちゃんに報酬を用意するというのは、あまりよろしくないだろう。となると、報酬はお金を使わないで用意できるものに限られてくるわけで……。うーん、どうしよう……。
……え、お酒に騎士団のお金を使うのはよろしいのかって?うふふ、よろしくないに決まってるじゃん。
「──あ、そうだ!何か悩みとかある?報酬代わりにお兄さんが相談にのるよ?」
「相談……ですか?」
「そ。まぁ、ノエルちゃんは報酬を望んでないみたいだけど……せめてそれくらいはさせてほしいな」
「ですが……いえ、分かりました。ユヅルさまのご好意に甘えさせていただきます。──しかし、悩み、ですか……少し時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ん?どーぞどーぞ」
なにやら相談の内容について考えている様子のノエルちゃんを眺めながら、残り少なくなってきたビールをあおる。
どうやら報酬は受け取ってもらえるみたいだね、よかったよかった。危うくノーギャラで女の子を働かせるクズになるところだったよ。なるのは酒クズで充分。いや酒クズにもなっちゃ駄目だな。
──しかし相談、我ながら良いアイデアだったのではなかろうか。上手いことやれれば、低コストで相手を満足させられる──下手な物を贈るよりもよっぽどいいだろう。
問題があるとすれば僕に相談に乗れる器量があるかということだ。向こうの世界でどうだったかは覚えていないが、こっちに来てから受けた相談はたった一回だし、それも酔っ払いからうけた、「どうやったら俺は女にモテモテになれると思う?」というふざけたものだった。取り敢えず、「もしも君がモテモテになる日が来るとしたら、きっと世界に選べる相手が君かヒルチャールかのどちらかしかいなくなったときくらいだろうね」と言って喧嘩になったけど……。
あの酔っ払い、どうしてるかな……?
──とまぁそんなわけで、少し心配は残るけど……ま、流石に初対面の相手にそこまで難しい相談はしてこないでしょ。
そう高を括ってビールを楽しんでいると。
「──お待たせしてしまい申し訳ありません、ユヅルさま。準備ができましたので、その……聞いて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんさ。なんでも相談するといいよ」
「ありがとうございます。……それでは──」
そして彼女は、自らの悩みについて語り始めた。
▼▼▼
そうですね……まず、ユヅルさまは西風騎士団についてどれほどご存じでしょうか?
……へっ?大体のことは知っている……?……そ、それは少し問題のような気もしますが……。でしたら、騎士になるためには、選抜試験があることもご存じでしょうか?
わたくしはメイドとして長いこと騎士団にいるのですが、本当は西風騎士として騎士団のお役に立ちたいのです。
もちろんメイドとしてのお仕事が嫌なわけではありませんよ?ですが、西風騎士となるのは昔からの夢なのです。
ですからわたくしは、騎士になるべく今まで何度も試験を受けてきたのですが、一向に受かることが出来ず、落選ばかりでして……。
もしかしたら、わたくしに騎士は向いていないのではないでしょうか……?それにもし試験に受かることが出来たとしても、こんなにも落選続きのわたくしでは、騎士団の皆さまの足手まといになってしまうのではないでしょうか……?何か失敗をして、モンドの皆さまにご迷惑をおかけしてしまうのではないでしょうか……?
わたくしはいったい、どうするべきなのでしょうか……?
▼▼▼
ノエルちゃんはひとしきり話し終えると、伏し目がちに俯いた。
その姿を眺めつつ、相談の内容を
ふむふむなるほど。
「おっも……」
……え、いや、重すぎない?嘘でしょ?え?岩の重さは安心できますってこと?というか、あれ?僕とノエルちゃんって今日初対面だよね?古くからの友人とかじゃないよね?原作で一応知っていた相手とはいえ、
「す、すみません、こんなことを急に相談されても困りますよね!忘れて下さい!」
思わぬ相談内容に動揺し、つい漏らしてしまった僕の声を聞いた彼女は、慌てて誤魔化しを図ろうとしてきた。
いや確かに困るけどさ……。
「相談を受けるっていうのが、ノエルちゃんへの報酬なんだから、そうもいかないよ。そうでなくても、悩んでいる君を放っておけはしないし」
「ユヅルさま……」
「けど、どうするべきか、か。うーん……」
残り少なくなってきたビールをジョッキの中で揺らして楽しみつつ、考えをまとめる。
……正直僕としては、ノエルちゃんなら今のまま頑張っていればその内騎士にはなれるだろうし、騎士としての実力も充分あるだろうから、そんなに深刻に悩まなくても大丈夫だと思うけどね。人々のためにと自身を省みないところが欠点といえば欠点だが、見方を変えればそれも美点といえるだろうし……。
まぁおそらく、今までに何回も試験に落ちてしまったことが彼女の中でコンプレックスとなってしまっていたのだろう。原作でもそのような節はちょくちょくあった。加えて生真面目な彼女のことだ、そのことに必要以上に不安を感じてしまっていただろうことも想像できる。ともすれば、そのコンプレックスを和らげてあげることが彼女への精一杯の報酬といえよう。
思い立った僕はすぐさま行動とばかりに口を開いた。
「──時にノエルちゃんは、『桃太郎』という話を知ってるかな?」
「『桃太郎』……ですか?初めて聞いた言葉です。モモというのは、あの桃のことでしょうか?でしたら太郎は……?いったいどのようなお話なのでしょうか?」
「モモはノエルちゃんの考えている桃で合っていると思うよ。甘くて美味しいあの桃さ。太郎っていうのは日本──じゃなかった、稲妻の方の名前だね。まぁざっくりいえば、桃から産まれたために桃太郎と名付けられた男の子の冒険を綴った短いお話だよ」
「も、桃からお産まれになったのですか!?それは……実に不思議なお話ですね。夢があるといいますか……それで、いったいそのお話がどうしたのでしょうか?」
「いや、聞いただけ」
「聞いただけ!?」
元々大きな目を更に大きくさせて驚くノエルちゃん。原作だと彼女のこういった顔はあまり見れなかったので、なかなかに新鮮だ。
「『桃太郎』の話はさておき、僕はノエルちゃんが騎士になるのを諦めるべきではないと思うよ」
「……ですが──」
「──まぁまぁ、最後まで聞いて?」
何か言いかけたノエルちゃんを遮り、続ける。
「ノエルちゃんは多分、骨の随までメイド気質というか……自分よりも他の人を優先する傾向があるよね。今日話した少しの間だけでもそれは分かったよ」
本当は話す前から知ってたけど、というセリフは言葉にせずに口の中で転がして、話を先に進める。
「──さっきの話にもその傾向は出てたよね。自分が騎士になると他の人に迷惑がかかるんじゃないか、困らせてしまうんじゃないか……っていう風に。……ああ、いや、別にそれが悪いことだというわけではないよ。つまりは人を思いやれるということだからね」
けど、と続けて。
「だからといって、夢を諦めるのは違うよね。他の人を優先するのと、自分を捨てるのとは同義じゃない。少なくとも君を知る人達は、自分達に迷惑をかけないように君が騎士になるのを諦めようとしている、なんてことを知ったら悲しむと思うし、怒るとも思うよ」
「……そのようなことは……いえ、確かにユヅルさまのおっしゃる通りかもしれません……。モンドの皆さまはお優しい方ばかりですから」
「そうだね。みんな良い人ばかりだ。──だからさ、ノエルちゃん」
彼女を真正面から見つめて。
「そんな彼らを悲しませないためにも、彼らの期待に応えるためにも──君に騎士になるのを諦めてほしくないと、僕は思うな」
「──皆さまの、ために……」
告げると、彼女はポツリとそう呟いて、暫し俯き。
やがて上げられた彼女の顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
▼▼▼
「──ユヅルさまのおかげで、気持ちがスッと楽になりました……本当にありがとうございます!」
「どういたしまして。上手くできてたかは分からないけど……ノエルちゃんの力になれたのなら、幸いだよ」
相談を終えて小休止。新たに飲み物も用意して談笑を始める。
──実際僕の言ったことがモンドの皆の総意というわけではないし、言った内容も街角の占い師の占いなみに曖昧極まりないものだったから、あまり役に立てた気はしないけど……まぁ、本人の気が晴れたのなら問題ないかな。もしかしたら、僕に自覚がないだけで、案外相談を受けるのが上手だったのかもしれないし。というか絶対そうだね、間違いない!
……なんて風に考えていると。
「──ユヅルさまにここまでしてもらったのです、わたくしも仕事探しのお手伝いを頑張らさせて頂きますね!早速今から始めましょう!」
突然ノエルちゃんが、とんでもないことを抜かしてきた。
……いや、本当にとんでもないな!折角シリアスな雰囲気が落ち着いて一段落してたのに、今から仕事探しなんて……。ストレスでどうにかなっちゃうよ。もう既にノエルちゃんの相談でグロッキー状態なのに。というかあの紙束の山から就きたい仕事を探すのは流石に無理でしょ。多すぎて逆に探せないよ。モンドにこんなに仕事あったの?
様々な考えが頭の中で渦巻き、いまいちまとまらないが──一先ずノエルちゃんを落ち着かせるのが先決だろう。そう考えた僕は、彼女を宥めるべく声をかけて。
「お、落ち着いてノエルちゃん。僕は全然、大したことなんてしてないから、頑張ろうとしなくてもだいじょ──」
──ドンッ、ドンッ、ドドンッ、と。
僕の眼前に、おおよそ紙が出すはずのない音を立てて積み上げられる紙束の山、山、山。
「──ふぅ、これで全部ですね……──そういえば先ほど、何かおっしゃりましたでしょうか……?」
「おっしゃりませんでした」
ジェバンニもかくやの速さで近くのテーブルから紙束の山を戻したかと思えば、ノエルちゃんがそう問うてきて。彼女のそのあまりにも純真無垢な瞳に、「面倒なので仕事探ししたくないです」なんて、とても言えるはずなく、気付けば僕は即答してしまっていた。
くっ、なんてこった……正に君の瞳に完敗だ。シャンパンカクテル取ってこないと。まじカサブランカ。
──そんなこんなで、地獄の仕事探しが幕を開けるかと思われたときだった。
紙束の山から、ペラと一枚の紙が降ってくる。
ふわりふわりと宙を漂うそれは、やがて僕の手元へと落ち、その内容を晒す。
……えーとなになに?シスターの募集……シスターとは、西風教会に所属し、バルバトス様に祈りを捧げる女性聖職者のことです。修道女ともいいますね。仕事内容は、モンドの皆さまのお悩みや懺悔をお聞きしたり、ご相談を受けたりするといったものから、お薬をつくったり、西風教会の大聖堂のお掃除をしたりなど、多岐に渡ります。そのため、非常に大変なお仕事です──が、とてもやりがいのあるお仕事でもあります……なるほどなるほど。
「──これだ……!!」
「へ?何をご覧になられて──本気ですかユヅルさま!?シスターは女性がなるものですよ!?き、聞いていますかユヅルさま──!?」