咲模様   作:niwaka

1 / 1
時系列は適当です。
今回の話は全国前。


清澄の模様 一

 「集団行動って大切だと思うのよね」

 

 「なんじゃ、藪から棒に」

 

 清澄高校麻雀部の部長――竹井久はいつも唐突に訳の分からないことを言い出すことがあるのだが、今回もまた例に漏れず訳の分からない切り出しだった。それを相手にするこちらのことも考えて欲しいものだと思いつつ染谷まこはその切り口に返答する。

 

 「やっぱり全国に行くんだから必要だと思うのよ。東京に着くまでにはぐれたりしないとも限らないし、練習しておくに越したことはないわ。それにチームの結束力の向上も期待出来るでしょう?」

 

 久から出た言葉は至極真っ当な意見ではあったがそれが真剣かどうかは怪しいということをまこは今までの経験から知っていた。そもそも集団行動の練習といっても何をするというのか。

 

 「でも練習って何をするんですか?」

 

 思ったことは同じだったのか、先ほどまで分厚い文庫本に目を伏せていた宮永咲が久にその真意を問う。

 

 「そうね……行進とかどうかしら!」

 

 「なら私が先頭だじぇ!」

 

 ここまできてまこは真剣に考えるのをやめていた。多分こいつは適当言っている。それらしい理由をつけて一年ズをからかいたいだけなのだ。

 そしてそれに釣られた一年第一号である片岡優希。ノリノリで先頭を陣取る形で手を組んでいる。

 

 「麻雀の練習をした方がいいのでは」

 

 正常な方の一年である原村和はその場のノリに流されず麻雀の練習をするように暗に催促している。ここは麻雀部の部室であるから当然の意見ではあるのだが、今の彼女の意見は恐らくノリノリで先頭を陣取るタコス娘には届かないだろう。

 

 「とりあえずやってみましょう」

 

 久はそう言うと優希の後ろに並ぶ。それに釣られるように咲もその後ろに続き、まこもその後ろに続いたことで和はしぶしぶ列の最後尾に並んだ。

 優希はそれを確認すると部室を行進の形で回り始める。他の四人もそれについていく形で行進を始める。

 

 「地味じゃ……」

 

 まこの一言で一分もしない内にその行進は終わりを告げた。まさに時飛ばしである。

 

 「結束力が高まってる感じはしないわね」

 

 「結束力ならもう十分じゃろうに」

 

 贔屓目に見ずとも清澄高校麻雀部の結束力は高いとまこはそう感じていた。もちろん他のメンバーも清澄の結束力に不満があるわけではない。全国優勝という同じ夢を掲げる仲間同士、部員全員垣根無く仲が良い。

 

 「いいえ、全国の頂点を目指すんだもの。高められるだけ高めましょう!」

 

 だが久の理想は高い模様。全国の頂点だけでなく結束力でも頂点を目指そうと言わんばかりの気迫である。

 

 「その先に何があるんですか……」

 

 和はその気迫に何か感じるものがあったのか、真剣な表情で久に問う。久がここまで必死になる何かがそこにはあるとでもいうのか……

 

 「結束力を高めた先……シェアハウスとかかしら」

 

 「麻雀関係ないじゃないですか!」

 

 どうやら本当に適当言ってただけらしい。この女は今日はどこまでも後輩達をからかう気分なのだろう。

 

 「そういえば京太郎はどうしたんだじぇ?」

 

 ふといつもツッコミを入れる男子がいないことに優希は気づく。我らが清澄高校黒一点、須賀京太郎のことである。

 

 「京ちゃん、今日は体調が悪いらしくて休みだって」

 

 咲は心配そうに言った。実際、京太郎が体調不良で休むなんてほとんどないことであるから心配になるのも仕方なくはあるのだが。

 

 「欠席とは……さっそく結束力崩壊の危機ね! 連絡して連れ戻しましょう!」

 

 とんでもないことを言い出したのはこの女、皆ご存じ竹井久である。体調不良の生徒を無理やり呼び出すとはまさしく鬼畜の所業。こんなことこの部長にしか出来ないであろう芸当だ。

 

 「あいあいさー!」

 

 優希は元気に声を張り上げるが正気だろうか、いや正気ではないのだろう。何故なら優希は今日タコスぢからを補充出来ていないのだから少しばかり異常でも仕方のないことなんだろう。

 

 「そっとしておいてあげた方がいいのでは」

 

 和の静止も聞かず、優希はスマホを取り出し京太郎に通話をかける。すると三コール程でその電話は繋がった。

 

 「もしもし、京太郎生きてるかー? 今すぐ部室にタコスを持ってくるんだじぇ!」

 

 最早滅茶苦茶だが今の優希にはタコスが足りていなかった。京太郎はタコスを持ってくる、つまり部室に来る、ミッションコンプリートという図式が優希の頭では出来上がっていた。

 

 「あんたは鬼か」

 

 いきなりのタコスコールに流石のまこも苦笑する。

 

 「ふ、ざ、け、る、な! このワガママタコス娘が!」

 

 京太郎はいきなりのタコス催促電話に面食らうこともなく、まるで予想出来てたといわんばかりに文句を言い通話を切った。

 

 「切られたじぇ」

 

 「当然です」

 

 優希は力無くしたようにへなへなと和に抱き着く。タコスぢから不足はどうやら深刻らしい。さしずめ今はのどちゃんパワーで場を繋いでいるというところか。

 

 「仕方が無いわ、須賀君なしで集団行動の練習をしましょう」

 

 「まだ生きとったんかその話は」

 

 「今日の練習は休みよ! 代わりに集団行動の練習をしましょう」

 

 久はどうしても集団行動の練習をしたいらしい。なにせ麻雀の練習をなしにするくらいだ。正直言って正気じゃない。まぁ竹井久が正気じゃないことなど部員全員が知るところではあるのだが。

 

 「えっと、何するんですか?」

 

 いつ麻雀をするんだろうなんて思いで待っていたのだが、待てど待てどもその気配はなかったのでとうとう読んでいた文庫本を閉じ、咲は久に尋ねる。

 

 「集団行動と言えばチームプレイだじぇ! 五人チームで出来ることをやるじょ!」

 

 のどちゃんパワーを充電した優希はとりあえずの元気は取り戻したらしく、元気いっぱいといった感じでガッツポーズをしている。

 

 「バスケとか?」

 

 久は適当に思いついたスポーツを挙げるが当然の如くバスケの経験などあるはずもない。というかこの場の誰もがバスケのルールすら知っているかどうかは怪しい。

 

 「バスケ部に殴り込みだじぇ!」

 

 のどちゃんパワーを充電し過ぎた優希は元気が有り余っている。今の優希はさっきとは別の意味で放っておいたら危ない感じがする。

 

 「ぼ、暴力はダメだよ優希ちゃん」

 

 それを止めんとばかりに咲は涙目でグッと優希に詰め寄る。

 

 「ものの例えだじょ咲ちゃん」

 

 本気で言っていた訳ではないようで咲はそれを聞き安堵した。優希ちゃんならホントにやりかねないよなんて言葉は胸の奥にグッと収める。

 

 「そもそもそんな体力はありゃせんわ。結束力を高めるいうんなら部の皆で旅行とかどうじゃ」

 

 ようやく建設的な意見が出たように感じる。確かに旅行は絆を深めるには持ってこいだろう。長野合同合宿の時もそうであったがやはり泊まり込みでお互いを知るということは距離を詰めるという点ではこれ以上ないといっていい方法だろう。実際咲も和も合宿で距離を詰めることが出来た。入部したての頃なんかはお互い原村さん、宮永さんだなんて呼び合っていた日が最早遠い昔に感じられる。

 

 「アリですね」

 

 「海外旅行かー!?」

 

 「わぁ、楽しそうだね」

 

 三者三様の反応を浮かべる一年ズ。それが喜色満面だということは言うまでもないだろう。

 

 「海外は予算的にちょっと無理ね、他にどこか行きたい所はある?」

 

 久が言うには海外は難しいらしいが、つまり国内であるならそれが可能だということを示している。

 

 「わしゃあ、あんたらに任せるわ。好きにしぃ」

 

 まこは散々久に振り回されている一年ズにその選択権を譲ることにした。どこになってもこの面子なら楽しくなるに決まっていることは分かっているからだ。

 

 「奈良、ですかね」

 

 和は奈良。

 

 「福岡がいいじょ!」

 

 優希は福岡。

 

 「東京……かなぁ」

 

 咲は東京。

 

 行きたい場所も三者三様であった。

 

 「結束力無いわね。というか東京はどちらにせよ行くでしょう」

 

 「あぅ」

 

  全国行きの切符を手にしている清澄高校はどう転んでも東京に行くことにはなる。もちろん目的は観光などではないことからここで挙げるのはおかしいとまでは言わないが、どうせなら一度も行ったことのない場所に行きたいと思うのもおかしくはないだろう。

 

 「いっそくじ引きで決めるのはどうかしら。丁度ここにくじ引きに相応しい感じの箱があるわ。この中に全都道府県が書かれた紙を入れるの。そして引いた紙に書かれている場所を旅行先にするわ」

 

 久はそう言うと鞄の中から箱を取り出し、都道府県名を書いたくじを作り始める。

 

 「なんでそがぁな箱入れとるんじゃ……」

 

 まこの力ないツッコミは聞こえていないとばかりに久はくじ作りに熱中している。どうせ聞いてもろくな答えは返ってこないだろうからどうでもいいが、返ってこないなら返ってこないで腹が立ってくる気がしないでもないまこ。

 

 「よし……じゃあ皆引いていってね」

 

 五分程すると久特製くじ引きは出来たようで、よほど会心の出来だったのかニコニコ笑顔で他の四人の座る雀卓の中央にくじ引きボックスを置いた。

 優希は「一番乗りだじぇ!」と意気揚々とくじを引き、それに続いて咲、和、まこ、そして久がくじを引く。

 

 「皆引いたわね。それじゃあ開封タイムよ」

 

 丁寧に折りたたまれたくじを五人は開封する。こんなところで丁寧さを出さずに麻雀で出してはくれないだろうかと和が言いそうになるほどの丁寧さであった。

 

 「北海道だじぇ!」

 

 お世話になった先輩のいる福岡を希望していた優希からすると落胆するかと思われたが意外にも乗り気。結局の所旅行出来るなら彼女はどこでもいいのだろう、その証拠に優希はもうお土産を何にしようかなーなどと思案している。

 

 「私沖縄……」

 

 反転咲は残念そうな気持ちを隠そうともしない。京太郎がいたら沖縄に謝れと叱っていたことだろう。

 

 「私は大阪ですね」

 

 案の定和は淡々としていた。和も最初から自分の意見が通るとは思ってはいなかったのだからこの反応も当然のことだろう。

 

 「わしゃあ広島じゃの」

 

 狙いすましたかのような引きである。何がとは言わないが。

 

 「私は長野ね」

 

 久に至っては現地であったが最早そんなことは今起きている大問題に比べればどうということはない。

 

 「じゃあ、そういうことで」

 

 「おかしいとは思わんかったんか?」

 

 話を終えようとした久に追撃をいれるまこ。

 

 「途中で薄々分かってはいたわ」

 

 五人で引いてしまえば五人とも別々の場所に行くことになるということは必然であった。これでは旅行というよりは一人旅だ。結束力を高めるどころかお互いが別々の道を歩みだしてしまっている。

 

 「こうなったら奥の手を使いましょう」

 

 苦渋の決断だとでも言わんばかりに久は呟く。その目はどこか期待に満ちていた。彼ならどこかいい落としどころを見つけてくれると、そう信じ切っている目だ。

 

 「奥の手?」

 

 大体久の奥の手というのはろくなモノではないと思っている咲は少し不安気に。

 

 「必殺技かー!?」

 

 優希は馬鹿なので興奮気味に。

 

 「須賀君に決めてもらうわ。特に何も知らせずに行ってみたい場所だけ聞いてみましょう」

 

 久はそう言うとスマホを取り出し、ここにはいない頼れる男子部員に通話をかける。だが五コール程しても京太郎が電話に応じる様子はない。

 

 「電話、出ないわね」

 

 優希からの電話にはすぐ出たのに、なんて言いながらも久は諦めない。

 

 「体調悪いって話さっきしてましたよね? 寝込んでいるのでは?」

 

 和からしたら当然の帰結ではあったのだが久にはどうも納得がいかないらしい。数十コールしても京太郎が電話に出る様子がなかったので流石に久もその電話を切った。

 

 「折り返しを待つわ、私悪待ちには自信があるの」

 

 もちろん諦めたわけではない。

 何故なら久は悪い待ちほど――

 分の悪い賭けほど――

 耐えて待った時に事態が好転しているだなんて不可解なオカルトを信じているからだ。

 

 「悪待ちが過ぎるでしょう」

 

 まぁ、そんなことは和も京太郎も知ったことではないのだが。というかこれは悪待ちですらないのではないだろうか。体調が悪い人間からすれば何度も通話を鳴らされるなんて普通に迷惑である。

 が、男須賀京太郎。彼は見た目の軽薄さとは裏腹に義理堅く真面目であった。夢の中にいたものの起きるや否やすぐに久からの連絡があったことを確認し折り返していた。

 

 「かかってきたじぇ」

 

 久のスマホに表示される名前は当然須賀京太郎である。

 

 「もしもし、須賀君? 突然で悪いんだけれど今行きたい場所ってあるかしら」

 

 久はこれでも京太郎には感謝している。普段の練習などは女子を中心に行い、彼はそのサポート。全国へ行く女子達と予選落ちの男子。仕方なくはあるのだがそれに負い目を感じていない久ではない。だからこそこの旅行は京太郎も一緒に連れていくつもりだし、なんなら行きたい場所も彼に委ねたっていいとすら思っている。

 

 「……病院ですかね」

 

 そんな彼から出た言葉は余りにも病人に相応しい言葉であった。

 

 「――ごめんなさい。そんなに体調が悪いとは思わなくて」

 

 そういえばそうだったと、京太郎の体調が悪かっただなんてことは彼の声を聞くまで頭の片隅にすらなかった。すぐさま久は反省し謝罪をする。

 

 「冗談ですよ。やっぱり東京ですかね! 秋葉のメイドさんとか見てみたいです!」

 

 と、反省したところで京太郎から出た言葉は久の期待外れの解答だった。そもそもこちらを不安にさせるような冗談を言ってきたことも腹が立つが、自分達が全国目指して東京に行こうというのに東京にメイドを夢見てる時点で気に入らない。彼にはきつい罰が必要だろうと久は密かに意を決していた。

 

 「須賀君に期待した私が馬鹿だったわ」

 

 久はそう言って電話を切る。

 

 「あれ、部長? おーい」

 

 残された京太郎は意味も分からずただ途方に暮れるのだった。後日きついお仕置きが待ってるなどとは京太郎自身知る由もないだろう。

 

 「どうあれわしらは東京に行く運命みたいじゃのう」

 

 「ひとまず旅行のことは全国大会が終わってから考えることにしましょうか。兎にも角にもまずは全国優勝! 旅行のことはそれからよ!」

 

 と、久もまこも気合を入れなおす。やっと全国への切符を手に入れたのだ。最初で最後……久にはもう後はない。つまり今年で己の全てを出し切るしかない。幸いその為の舞台は整っている。二年待った、一年目は一人であったが二年目にはまこが来てくれた。そして三年目最後の今、彼女のもとには新たに頼りになる四人の後輩がいる。

 

 「やってやるじぇ!」

 

 優希はやる気満々だ。清澄のムードメーカーでもあり頑張り屋。

 

 「ええ」

 

 和も冷静沈着ではあるがその心には静かな闘志が灯っている。

 

 「うん」

 

 そして咲にも絶対に負けられない理由がある。

 この場の誰しもが全国優勝の夢を見ている。それが久にとってはたまらなく嬉しかった。

 竹井久は今一度決意する。

 必ず全国の舞台で優勝してみせると――

 

 

 

 

 「それはそれとして集団行動の練習はしましょう」

 

 「えっ」

 

 思わず和は素っ頓狂な声を上げる。

 

 「やっぱり基本の行進は大事だと思うのよね」

 

 「なら私が先頭だじぇ!」

 

 「今、麻雀の練習をする流れでしたよね!?」

 

 優希は先頭に、久がその後ろにつき更にその後ろに咲が。

 

 「咲さんまで!?」

 

 「こんなんで全国優勝出来るんかのぅ」

 

 清澄の全国優勝の道のりは険しい。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。