団子食えよ   作:一億年間ソロプレイ

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連載作品でこんなに文字数多く書けるなんて初めてだな……
それにやっと転スラっぽくルビ付き技名叫ばせられたから満足!
※もやっとする展開があるので注意


ちゃんとする件

 

 

 事の起こりというのは、俺がダメなやつだったせいだ。

 モンスターたちは襲わないという漠然としたものを信じ、彼らと農作をする日々を送れると信じ、――なによりは己の全能さを信じ切っていた結果だ。

 

 

 

 

 島から環が去ったことで、モンスター同士の争いが活発になった。

 一言で言えばそれに尽きる。

 

 イビルジョーはそれまで隠していた本性を現すように自然を破壊し、目に入ったモンスターたちに対して暴虐の限りを尽くしていた。リオレウスらモンスターたちはこぞって互いを攻撃しあう。

 森は戦火に包まれ、砂漠地帯ではティガレックスの轟音が鳴り響き、火山の噴火活動が活発となり、海に潜んでいたラギアクルスが島へと上陸し、凍てつく島から本島へ海の水を凍らせた橋を作り、その上を凍てつく島に住んでいたモンスターたちが行進している。

 

 ――中でも、被害が酷かったのは環が作り、アイルーたちが広げた田畑。

 

 収穫物は根こそぎ食われていた。干されていた稲はよく燃えていた。倉庫も家も廃墟同然になっていた。

 

 ――結界が破られたのだと、生き残ったメラルーが環に教えた。

 

『イナヴェル様が結界を張られてお出かけなされたのは分かっております。私どもも、イナヴェル様がいない間は不要に外出をしないよう心掛けておりましたが……』

『突然、魔物たちが暴れ出したのです!』

『奴等、急に結界があると知れれば敵対していた者同士協力して……結界を……!』

『イナヴェル様のおウチもわたちたちの家も倉庫も、みんなこわれちゃった……』

『守ろうとした者が、成す術なく殺されて……、中には食われてしまったものも……』

(翔蟲が心配そうに見つめている)

 

 燃え盛る家と畑を前にして、言葉を発することなく立ち尽くす環に彼らはたどたどしく話しかけた。

 鼻につく、血の臭い。焼け焦げる臭い。炭となった稲と家々。

 農作業に疲れたら体を横にした縁側、厨房担当のアイルーたちがたどたどしく調理を行った厨房にまで、死体があった。

 彼らは環の家付近にある洞穴――環が家を作る前、寝床にしていた場所に避難していた。

 手を引けばそのままふらふらと引っ張られる環の姿。今まではつらつと、穏やかに接してくれた竜は誰の目から見ても疲弊していた。目に光が無く、目を離せば吹き飛んでいく稲わらのように頼りが無かった。

 

 環が帰ってきた頃には上がっていた日も沈み、洞穴の中で焚火を行い、アイルーたちは秋の夜の寒さを耐えている。その傍らで、絶えず彼らは環を正気に戻そうと話しかけていた。

 

「イナヴェル様、気を確かに……!」

「イナヴェル様!」

「いなゔぇるしゃま……」

 

 柔らかい肉球が環の体をぽふぽふと叩く。報復されでもしたら、と恐ろしかったが、それで気がこちらに戻るのならば構わない。人形の様に、抜け殻の様に焚火を見つめるイナヴェルに対し、アイルーたちや翔蟲たちが小さくアタックを仕掛けていた。

 

 しかし、やがて体力も無くなり、皆はごろごろと無造作に倒れていく。

 起きているのは環一人になった所で、彼は物音を立てずに洞穴を出ていった。

 

 四方山環は、至って普通の男子高校生である。学業の合間を縫ってバイトをして、小遣いを貯めて、友人たちと楽しく喋ったり。家に帰れば家族がいて、母親が晩御飯を作り、遅れて父と姉が会社から帰ってきて。

 決して、特殊能力を持っていたとか、家族に犯罪歴があるとか、そういった特殊な生は歩んだりはしていない、普通の高校生。

 

 胸が空洞になったように、秋風が吹き抜ける。

 何も考えられない。そんなショックを受けたのは、よく遊んだり、物を教えてくれた祖父の死以来だった。

 

(死んでた。皆、死んでた)

 

 環が悩みながら考えて名前を付けた、アイルー、メラルー、翔蟲たちが死んでいた。

 体だけ残した死体、腸の中身を食い散らかされた死体、いらないとばかりに吐き捨てられた骨のみの死体。

 羽や体がバラバラになった死体、中身が潰されて出てしまっていた死体、そもそも骨も肉もなく、血だけを残した痕跡。

 

(俺のせい?)

 

 アイルーたちは名付けを行われた魔物である。名付け前よりも飛躍的に身体能力が増加し、様々なスキルが付与されたが、それでいて尚無残に被捕食者として扱われた理由を、環は薄々感づいていた。

 

(結界、破られた)

 

 ――魔法使いの才能があるかも?

 

 そんなことを言った自分を殴りたかった。才能なんて、無い。

 才能があるというのは、いくらモンスターたちが束になっても破られない結界を張れる力を持つ者のことだ。

 突然モンスターたちが暴れ出しても殺されない、突破されない、そんな、そんな――。

 

 環は思いついたように、足を動かした。

 行き先は自宅のあった場所だ。そこはもう、火の手は自然と消えており、全てが終わった虚しさを漂わせる場所になっていた。

 

「ない、ない……。どうして、ない?」

 

 ――アイルーたちに連れていかれる前、あった筈の死体たちは消えていた。

 否、食い尽くされていた。という方が正しい。血を残して、骨や細い虫の足だけがころりと転がっていた。

 環は無表情で骨を拾い集めた。こうなってしまえば、誰が誰の骨なのか分からない筈だが環は自然と名前を口にしていた。

 

「ロゼ、エッダ、ケイト、まさし、アリス、みさ子、ナット、テイラー」

 

 ぶつぶつ、と何も音がしない場所で呟く声は酷く反響した。

骨や足を拾い集めていた環が次第に虚空を掴んで抱えた腕に入れるような動作をした。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 カールくんとネリーちゃんとたけしの体が見つからない。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「どこ、カールくん」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「どこ、ネリーちゃん」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「どこ、たけしくん」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」

 

 環からぼろぼろと涙が溢れて落ちる。衝撃を受け止め始め、現実を直視したのだ。

 転生して、家族みたいな者たちを失った。いつも傍にいて、ワガママを聞いてくれた者たちが消えてしまった。

 胸から溢れる激情が涙腺を刺激して止まない。

 

 環は涙を流しながら、その場で地面を掘る。抱えた骨たちを傍において、農具も使わないまま手でがりがりと掘っていく。爪の中には土が入り、指が徐々に傷付いていく。傷が付けば体内から溢れる液体が傷口を固めていくが、無我夢中で穴を掘る環によってかさぶたのようなものは剥がれ、また形を成していく。

 力を入れている筈なのに、まったく深く掘れない。竜種の肉体であれば、手で穴を掘ってもそれなりの深さが彫れる筈であるのに。手が震えているせいだろう。泣いているせいだろう。墓穴すら掘ってやれない己が忌々しい。疎ましい。

 

 情けなさでまた涙が溢れる。次の瞬間には、『仕方ないじゃん』『こんなことになるなんて知らなかったんだ』なんて考える浅ましさでまた溢れる。

 

 これは、明確に自分が犯した過ちだった。

 

 ――なにせ、環は彼らに農具の扱いを教えども、()()()()()()()()()()()()()()()()

 今になって、素人知識であろうとも、戦う術を教えておくべきだったと。

 

 世界は甘くない。誰か一人の悲しみに振り回されてくれる程お人好しではない。

 

 

 

 

 名付け、というものがあっても彼らは野生を生きるモンスター()()を撃退するほどの莫大な力を得ることはなかった。結果として生まれたのは、狩りやすく、この上なく美味い魂を持った(アイルーたち)だった。

 名付けというシステムを、その行いを、環は十全に理解していなかった。

 

 

 

 

 

 月を背に、環の背後に降り立つ竜がいた。赤く厳めしい鱗、その先は黒く尖る――リオレウス。

 彼は焦土と化した畑を無遠慮に踏みつけた。重たげな動きで環が振り向いた。

 

『……無様であるな、島の主であった者よ』

「…………喋る、だと?」

 

 この世界に生まれる魔物であるならば、必ず持って生まれるスキル『念話』による会話であった。

 しかし、環はアイルーなどはともかく、リオレウスといった純然たるモンスターたちが会話できることを知らなかった。

 何か言いたげな目をしたリオレウスは一度顔を横に振り、悍ましさを見せた赤き瞳で環を射抜いた。

 

『餌どもに名を与えたと思えば、土を弄っては作物を育てるの繰り返し。――貴様はこの島の主に相応しくない。竜種でありながら人の真似事をするなど笑わせる……。全てはお前の不甲斐なさが招いた事態だ。加護を与えた者らが我らに食われるのも、耕した田を壊されるのも、全ては弱肉強食の理よ。弱い者から消えていく。その理に沿い、強き者が我々の上に座すに相応しい。――――――まぁ、勝者はこのオレであると決まっているがな』

 

 呆然と環は勝ち誇る赤き龍を見つめていた。

 

『流石、腐っても竜種から名付けをされた魂だ。喰らえば喰らうほど、身の内から力が湧く』

「食った、のか」

 

 掠れた声をリオレウスは聞き逃さなかった。

 その惨めな弱者が漏らす悲鳴のような声にリオレウスの気が良くなった。にんまり、口角を上げてくつくつと大笑いをした。

 

『ああそうだ。――俺は喰った! 真っ先に貴様の地を狙い、破壊し、殺した者らの魂を喰らってやった!』

 

 引き攣った声が環の喉から漏れた。枯れた涙が溢れていた。――なによりも体が、震えていた。

 丁寧に抑えられていた魔素が放出されていく。地を育む優しさを秘めたものではなく、明確に目先の相手を滅ぼさんとする意志を秘めていた。

 

 リオレウスはその場から飛び去っていく。その煤けた赤い龍を環は目に焼き付けていた。

 それから環の行動は速かった。彼らの骨を埋める穴を掘り、その手で埋めた。

 そのまま、環はアイルーたちの元へ行く。

 

 しかしながら、洞穴で眠るアイルーたちは外から感じるすさまじい魔素に飛び起き、奥へと体を寄せ合い、震えていた。

 近付くものが人の足音と、僅かに優しく馴染みのある物に気付くのは、魔素を放出させている環の姿が見えてからだった。

 

「い、イナヴェル、様……」

 

 俯いたまま、土くれに汚れた手を下げる環は、雰囲気が変わっていた。

 一つ息を吐き、環は彼らに視線を合わせた。

 怯えて身を寄せ合う猫と虫たちを見て、目を細める。

 

 

「あと、一日だけくれ」

「は、い?」

 

「――次に月が上がるまでには、島を鎮める。ここには結界を張っておく。怯えも、空腹も、怒りも、それまでは辛抱してくれ。……終わってから、好きなように俺を罵れ」

 

 

 瞳を金色に光らせた竜が、そこにはいた。

 

 

 

 

 この島を起点として、多くのモンスターたちによる闘争が始まっていた。目障りな島の主であった竜種が去った為、それまで我慢をしていたモンスターたちが力の限り、欲望の限りを尽くして島の主になろうとした。

 たとえその主が帰ってこようが構わない。今度こそ己が主になるという闘志に溢れていた。なにせ、玉座はもう空けられたのだから。

 

 環にとってなった覚えも、もらった覚えもない称号。――今、それを示す為に島に住むモンスターたちへと立ち向かう。

 

 海岸沿い。そこでは海に潜んでいたラギアクルスらや、凍てつく島から侵攻しようとしているバフロバらが交戦している中、環が飛び込んで両陣営を圧倒。敗れ去ったモンスターたちには、それぞれの()()()を付けてから去った。

 砂漠地帯。ティガレックス、ラージャンといった強者たちを打ち倒し、砂漠下で漁夫の利を狙おうとしていたディアブロス、ハプルボッカらを引き摺り出して打倒。これもまたそれぞれに名付けをしてから去った。

 火山地帯。ヴァサルモスやアグナコトルといったモンスターたちを撃破。ここでも名付けをして去った。

 

 通りすがりに出会う小型モンスターたちにも名付けを施す。

 ここまでやればいくら竜種とて魔素が枯れ果てるのではないかと思いきや、環の体は十分軽やかに動く。

 その場にいるモンスター、動物全てを倒し尽くしては名付けを施し、音速で去っていく。

 早く。早く。早く。

 目に付いたモンスターを下す。名付けを行うことで己の格を示し、島内において()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうすれば、せめて遺体を食い荒らされることはない。

 

 アイルーたちだけが餌とはならない。等しく、()()()()()()

 

 となれば、もう島に以前のような穏やかさはない。島のモンスターたちは以前よりも活発に、本能に刻まれた弱肉強食の理に従い食らいあうだろう。共存をする種も出てくるだろう。縄張りを主張することもあるだろう。血と闘争に溢れた島になるだろう。恐らく、兄の創った島と、同種の島となるだろう。

 争いが絶えない島、下に弱肉強食の理が働く場所。環が望んだ平穏とはかけ離れた島だ。住むのを拒絶したくなる島だ。

 

 きつく瞼を閉じる。瞼の裏に一瞬だけ、骨を抱いた時に感じた誰かの記憶が蘇る。農作の日々を楽しんでくれた、良き隣人たち。

 

(そうだね、そうだった、そうじゃない……。謝らなくていいから、君たちは守ってくれたから)

 

 瞼を開ければ目に入る、眩しい夕焼け。

 粗方片付け終わり、環は平野へを歩いていた。自分が定めた刻限まで近い。悠長に歩いている場合では無いが、もう残るのは高見の見物をかました一匹のみだけだ。

 環は空を睨む。橙色の空に一つ、黒い点が徐々に落ちる。

 

 ――遥かなる頭上から事を見守っていたリオレウスが悠々と降りてきた。

 

『見事、このオレ以外を下したようだな』

「……後は、お前だけだ」

 

 これまで、環はどんな手を使ってでもモンスターを倒してきた。

 肉体、島に戻る前に教え込まれた剣術、竹に睡眠、魔法など。体を酷使すればする程動きは洗練されていく、魔素は失えば失う程使った時よりも多くの魔素が身に宿る、意識は研ぎ澄まされていく。

 酷く思考が冴えわたっている。自分がどうすればいいのかが明瞭に、筋道が分かる。

 

 竜種と呼ぶに相応しい存在が立って、リオレウスを睨んでいた。

 

 ――リオレウスはこの時を待っていた。

 

 魂を喰らい、進化した己と対等にぶつかり合える存在を。

 腑抜けた竜が目覚める日を。

 

 いつも遠くから土弄りに勤しんでいて姿は、今や震えあがる程闘気に満ちている。

 険しい眼差しは相手を殺す意志に染まっている。

 己が対峙するに相応しい強者。

 

 環の姿は人の形から、竜の形へと変貌していく。

 赤茶色の甲殻に、黒い鋭い爪。黄土色の毛がゆらゆらと揺れ、筍を模したような尾が地面を強く叩く。

 臙脂色の角を持ちしイナガミは剣呑さを増した視線でリオレウスを再び、強く射抜いた。

 それを受け、リオレウスは喉が、体の内側が燃えるように熱く滾っていくのを感じる。抑え付けられてきた枷が勢いよく外れ、歓喜と闘志が底から湧き上がる。

 

 

『さぁ始めよう! オレと、貴様の戦いを!』

 

 

 地を割り裂く咆哮が二重に重なり島中を揺らした。

 

 

 

 

 

 初手はリオレウスの火球。通常種が吐く物より滾る炎を漲らせ、サイズも顔の二回りはある球を素早く飛ばした。

 環が横に飛び、避けた火球は着弾した地点から爆発音と火の手が広がる。リオレウスは続けて火球を三発吐き出した。

 リオレウスへと向かいながら一発は避け、二発、三発目は臙脂の鱗で覆われ、先が蕾のような形状をした尾が火球を弾き飛ばした。あらぬ方向へ飛んでいく球の前に一瞬竹が現れ、方向をリオレウスへと誘導した。

 リオレウスが空を飛ぶことで火球は避けられ、地面に火の手を広げていくが、ある距離の所で不自然な形で止まった。

 

(――結界、それと共に空間拡張を使ったか……!)

 

 『魔法』と呼ばれる力。それもまた環の実力であるのならば、全て叩き伏せるのみ。

 環の前足が強く地面を抉る。土の塊がリオレウス目掛けて飛んでくる――否、本質はそうではない。

 さっと辺りを見回すと、周囲には天を突く程高く伸びる竹の林が生えていた。

 イナガミの攻撃の本質は竹と睡眠にある。後者は知らぬが、リオレウスは前者ならば知っている。

 

 ――ずっと見てきたから知っている。

 

 あるシステムによってモンスターが島に根付いてからずっと、リオレウスは環の行動を監視していた。

 島の主と定められた存在を。攻撃してはならないと本能的に思わさせられる、その存在を。

 しかしながら見れば見る程、知れば知る程――環は主として相応しくはなかった。

 そう断じるリオレウスの意識と、定められた本能は何故か噛み合わなかった。目にすれば攻撃する意識が薄れていく。奇妙で、不愉快だった。

 

 竹林のあちこちが蠢きだし――折れた竹がリオレウス目掛けて射出された。

 重量を感じさせない軽快な動きで竹の弾を避けつつ、尾や翼が起こす風圧で弾を討ち落とす。

 しかし、弾の勢いは止まない。察したリオレウスが器用に宙を舞いつつ環の待つ地上へ降りる。

 

『空への移動を封じたか』

『生憎、俺には翼が付いてないんでね』

『はっ、魔法が使える癖に何を言っている』

 

 軽く言葉を交わし、環が素早くリオレウスの首を噛み千切ろうと顎を突き出す。リオレウスの頭は口を開けた側面から強く殴打する。近付いた環目掛けて地を強く蹴り、全身を勢いよく振り回す。それだけで長い尾や翼が凶器と化す。

 くらりとした衝撃を利用し環は後ろへと飛び去り、そのまま竹林へと隠れ、そして口に竹を構えてリオレウスの元へと突撃。太い足で加速した体と竹を咥えた環が体を捻ることによってリオレウスの振りまわし以上の威力を出す。

 

 その攻撃を読んだリオレウスが宙を飛び、環の隙を突いて鋭い爪によるキックをかます。

 環の鱗を傷付け、溢れだした体液が石の様に固まり傷口を覆う。軽く脳震盪も起きたが、すぐに体制を立て直しリオレウスへと向き直る。自然と、環の口からがなり声が飛び出す。

 リオレウスも負けじと咆哮をする。不気味に静まった島の中で、両者のいる場所だけが騒がしく、激しく燃え盛っていた。

 

 攻撃をしてはされ返し。その攻防の繰り返しで、リオレウスは確実に気分を高揚させていた。相手の攻撃をまともに受けてしまえば消えるであろう命。紙一重で交わした心臓の高鳴り。それら全てがリオレウスのパフォーマンスを向上させていた。

 対する環は苛立ちと焦り。攻撃に粗が見え隠れしていた。最早、日はとうに沈んでいる。早く片を付けねば約束を守る事が出来ない。自らを戒める為、一方的に結んだ約束を。

 

(落ち着け、落ち着け……! さっきからコイツは、コイツの中にある魔素の量が増え始めている……)

 

 そのことに気が付いた環は冷や汗が止まらない。

 

(――まさか)

 

 彼らが吐く炎や氷は、全て自らの器官によって生成されたものであって、決して無意識的に魔素へ働きかけているものではない。スキルとして定められた動作ではない。

 そんな彼らが魔素の扱いを知れば――――より強大な力を持つ。その動作にスキルが、魔素が纏うとなれば――。

 

 瞬間、リオレウスの身を炎が纏う。鮮やかな赤い鱗は数段色が剝げ落ちたようになりながら、全身を巡る血管はより濃い赤となって隆起している。口からは炎がちらちらと見えて、リオレウスの目が宵闇の中で一等赤く光る。

 煮え立つマグマと呼べる風貌のリオレウスがいた。

 

 チッ、と環は内心舌打ちをする。厄介な相手が益々厄介になった。リオレウスの身に蓄えられていたアイルーたちの魂を使い、存在をレベルアップさせたのだ。

 ――気が付いた環の血管が怒りによってふつふつと千切れては治っていく。体に燻る熱は冷めずに温度を上げていく。

 

『――この世で最も強き種の一角たる、イナヴェルよ』

 

『今のお前は竜種と名乗るに相応しい!』

 

 咄嗟にイナヴェルがその場から跳躍する。瞬間、環の立っていた場所から轟音と鱗を焼く熱風が発生した。

 ――発射し、着地した時点で爆発を起こし竹林と共に大地を焼き尽くした。危険極まりない技だが、リオレウスはそれをノーモーションで撃つ。

 破壊力を増した火球は連発され、環は静かに避ける。轟音と爆風、地面は穴ぼこだらけとなり、僅かに芽生えていた芽すら焼き尽くす焼野原に両者が立っていた。

 しかし、それは結界の内部だけだった。結界は破られず、被害は最小限に抑えられていた。

 

(あぁ、なんでもっとしっかり張っておかなかったんだろう)

 

 ――今の硬さならば、きっと襲撃時までに己は間に合った。

 過ぎ去ったことの後悔が過ぎるも、今は目の前の相手が優先だと思い直し、考えを切り替える。

 どうやったら相手を打ち破ることが出来る。名付けを確実に行う為には()()()()()()()()()()()()()が必要だ。

 故に、環はこの戦いに勝たなければならない。勝って、『リオレウス』という名を与えねばならない。

 

 宙を飛ぶ環を狙ってやってきた火球。それが環の胴体に当たろうとした。その直前、竹が一瞬で生えて火球を跳ね返した。撃った本人はひらりと身をひるがえし、宙を舞う。そのまま高度を上げ、翼を大きく広げつつ空から環を定めるリオレウスは、その胴体に業炎をごおごおと纏わせた。

 

炎星落下(フレイムフォール)――!』

 

 炎を纏ったリオレウスは、環のいる場所目掛けて降下してきた。夜空から、赤く輝く星が地に落ちてくるように見えた。

 逃げる。と、考えた。だが逃げた所で今の応酬が繰り返されるだけでもある、とも思いついた。

 リオレウスの目は環のみに注がれている。

 

(もう逃げるべきじゃない)

 

 環の足が一歩前に踏み出される。環の目もリオレウスの赤き眼を注視する。

 

『決着を着けてやる』

 

 一言告げれば聞こえたのか、リオレウスの口元が笑っていた。

 環は体中から魔素を捻り出す。だがリオレウスには形あるままに負けてもらわなければならない。

 内心は消し炭にしてやりたい気持ちだったが、理性は余計な考えを封じ込めた。

 

 魔素を練り上げる。メインで使うスキルは戦いの最中に得た『魔素増殖炉』。()()を焼べれば魔素を増やすことのできるスキル。連戦でモンスターたちに名付けをしてなお魔素量が足りたのは、このスキルあってこその暴挙だった。

 もうとっくに何を焼べるかは決めている。今でも湧き上がる感情を込める。

 

 竹で作り上げた弓重たい音を立てて作り上げられた。弦の中に、矢を番える場所には環自身が入った。弦は蔓で思い切り引く。

 そして、()()を焼べて出来上がった、従来の環の持つ魔素量を超えるエネルギーが環に宿る。肉眼で青く見えるオーラを纏い、環はスキル『手加減』を発動させた。

 

 空を飛ぶ手法の一つとして思い浮かべて実戦しなかったもの。弓は竹で作り、矢は己として宙を飛ぶ。

 またの名を人間大砲ならぬ人間弓矢。この場合、竜種弓矢とも言うべきか。些か語呂が悪い。

 

 よく張られた弦が力を受けて元の場所に戻ろうとする。

 

 

 

 その勢いで――環は空を飛んだ。

 

 

 

 落ちる赤い星に向かって青い光が衝突する。

 

 ガガガガ!

 

 互いの(魔素)が衝突し合い、激しい音を立てた。どちらの(魔素)が勝つか、相手を侵蝕せられるか。衝突地点の(魔素)は青と赤とにころころと色を変えてせめぎ合う。肉体的な体力もだが、精神的な気力も著しく消耗する。環の顔色は悪くなる一方で、リオレウスの顔は増々喜びに満ちて力を増加させていく。

 

 ――もう駄目か。相手の攻撃に乗ってみたものの、駄目なのか。

 諦めかけた環は目を閉じる。青い(魔素)の旗色は悪くなり、環側の勢いが悪くなる。

 

 

 

 ――目を閉じたら、浮かび上がる。

 

 

 

 燃える畑と家々。食い荒らされた死体と、そこに無き魂。

 

 長い間、とは言えぬ間だったかもしれない。でも確かに環は、カールたちはこの島で農作をしながら生きていた。時折訪れる兄妹や天使らをもてなして、ゆっくり土を弄る生活が何よりも恋しい。

 新たに湧きがった情。それに反応して炉が勢いよく燃えて――魔素を作り上げた。瞼を上げた環はリオレウスを見た。

 

哀惜穿孔(グリーフストリーク)

 

 爆発的に上昇した魔素量のエネルギーがリオレウスの魔素を打ち破った。轟音を立ててリオレウスの鱗を貫通し、内部にまで衝撃を行き届かせた。

 

 

 

 ――上空目掛けて飛んだのは青い光。落ちるは消えゆく炭火の鱗を持った――リオレウス。

 

 

 

 炉の炎が消える。環の体に纏う魔素も消えゆき、体は落下を始める。

 

(あぁ、終わった……)

 

 難事を終えた達成感とはいえない、義務的に割り振られた仕事が終わった後の疲労感が環を襲う。が、難無く地面に降り立った。

 背後を振り返ると、ボロボロとなったリオレウスが地に倒れていた。

 環が近寄れば、リオレウスの口から『くくくく……』と笑い声が聞こえた。

 

『見事、だ。よくぞ俺を打ち倒した――イナヴェル。お前は竜種の一角だ、ようやく俺は、それを実感出来た……』

『……それと同時に、思い切り戦えて楽しかった、……だろ?』

『あぁそうだ……。戦いを挑んで、勢いよく負けた。全力を出して――進化すら成し遂げたのに負けたのだ。これ以上ない快き負けだ。さぁ、トドメを刺すがいい』

 

 左目を負傷したリオレウスは、残った片目に期待を乗せた眼差しで環を見やる。

 

『……お前の種族名は【リオレウス】。【リオレウス】だ。……それから、トドメは刺さない。好きなように、何処へなりとも行け』

 

 環の体から魔素が減り、リオレウスにと移行する。彼――彼らの種族の格もまた上がり、島にて襲われる種族となるだろう。

 

『――チッ。俺にも名付けを行うか』

『あぁそうだ。お前も島の輪に入れ、そして争え、お前たちにも魔素はやったのだ。もう俺の眷属を好きな様に喰わせない』

『……それもまた、強さか?』

『さぁ? 俺の言葉じゃ弱さという』

 

 魔素を移されたことでやや回復したリオレウスは立ち上がる。

 

『ふっ、また今度争おうではないか』

『嫌だね』

 

 終始嬉しそうなリオレウスに反し、環の気分は低下の道を辿っている。

 かの赤き龍は嬉しそうに笑い声を漏らして森の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 全てが終わった。環はイナガミの姿から人の形を取る。

 

「終わった、なぁ、終わったよ、皆」

 

 燃え禿げた土地を歩く環の足取りはおぼつかない。これまでの緊張が一気に解け、疲労がドッと体に押し寄せている。

 そこから少し歩いたところは、環たちが住居を構えていた場所に出る。焦げ臭さは未だに取れず、死臭もしている。嫌な臭いだ、と環の記憶に深く刻まれた。

 

「はははははは、はは……。おわ、ったぁ……」

 

 足元を取られ、環は転んだ。受け身を取ることもなく地面を転がり、仰向けになった。

 白い月が真上に昇っている。星が散らばり、これまでの戦いを見届けていた。

 

「かえってきて……」

 

 (まなじり)にじわりと涙が浮かぶ。

 

「おねがいだ、もうおわった。きみたちを、がいするものは、いないから……」

 

 この世界で出来た初めての隣人、初めての友達、初めての――家族。

 兄妹を抜かして、初めて自分に歩み寄ってくれた者たち。

 

 あ、あああぁぁあぁぁ……。

 

 吐息と嗚咽が胸から込み上げる。無性にやるせなき気持ちが溢れに溢れ、涙として表に現れる。顔の横を伝い、髪に含まれながらも地面に沁み込んでいく。

 

「おねがいだ……」

 

 誰に対して祈っているのか環自身にも分からない。汚れた手でとめどなく流れる涙を拭っても拭っても拭いきれない。戦いが終わった、島を平定した、全てのモンスターに名付けを行った。すべきことは全てやったのだ。もう後は思い切り、彼らを想うのみ。

 

 死んだ魔物は何処へ行く。取り込まれた魂は、進化として養分にされた魂は何処へ行く。その全てがあの転生システムと同じ様なシステムに組み込まれ、彼らにもまた生があるのならどうかその居場所を自分に教えてくれ。今度こそ守らせてくれ。今度こそ理不尽にその命を終わらせたりなんかしない。適当に結界も張らない。今度こそ今度こそ、ちゃんと君達に向き合うから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――泣き暮れる環の髪に、触れる感触がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 する筈のない感触に環の涙が一瞬、止まる。温かい。柔らかい。――手指の感触。

 毛深くはなく、皮膚と思わしき手が環の髪を掴んでいて、「ぅえへぇへへ」と言葉にならない音を上げている。

 時の止まった環は目線だけを、音の方向に見やる。その姿を目にして殊更、環の目に涙が溢れた。

 

「そうか、そうか……」

 

 泣き笑う環が音たちに向き合った。そこにあったのは肌色の塊が()()

 丸い頭に丸い指先や体を持った――赤ん坊。環を見てはきゃらきゃらと笑うのは赤ん坊だ。

 一人は笑い、一人は泣いて、一人はじっと環を見つめている。

 彼らが座す場所に環は納得した。そうか、としか今は言えなかった。今は喜ぶ他無かった。

 夜に似合わぬ笑い声が聞こえ、そして洞窟外に張られた結界も解かれたせいか、ぴょんぴょんと跳ねてこちらに来る影もあった。彼らは傷だらけになった環の姿と、その腕に抱かれた見知らぬ生物を見て目を丸くさせた。

 

「――そうか……」

 

 環は空を仰ぎ見る。これが一体どういう計らいなのか、それとも自然的に起こった奇跡なのかは知らない。

 

「――今度こそ、間違えないから」

 

 もう驕らない。もう現実から逃避したりしない。前世の延長だなんて考えない。

 

 

 

 ――ちゃんと、ここで生きるから。

 

 

 

 環は疲れ果て、赤ん坊を抱いたまま眠った。

 




▽ユニークスキル『先行者(サキヲユクモノ)』を獲得

▽スキル『魔素増殖炉』を獲得

▽称号『真なる島の主』を獲得

▽ユニークスキル『■■法■』の分析完了。スキル分類『ナビゲーション系列』を作成。現行、『智慧之王(ラファエル)』『■■法■』のみが該当します。
→『■■法■』がプロトタイプ『四方山環』のスキル『魔素増殖炉』にて作成された余剰分の魔素を使い進化する動きが見られます。推定86400秒後に終了します。当スキルがどのように進化するかは未定。当システムとして該当する言語群――期待しています。

▽種族『???』が新たに誕生。種族データベースへ登録します。種族的特徴・生態についてはこれからのデータ更新によって追記していきます。



多分もう書く機会ないリオレウス側の状況
リオレウスくん
…途中でヌシリオレウスっぽく進化した。ユニークスキル『扇動者(プレデター)』を持っており、このスキルを使ってモンスターの闘争心を煽っていたというのが激しい争乱の仕組み。
でも闘争心が無ければ使えないので、少なからず多くのモンスターがスローライフを送る環に対し何かしらを思っていたことは確実。
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