「なんだ」
「なんで女の子になってるワケ?」
今、なんでか、俺の目の前に。いつの間にか分離されていた琵琶法師がいます。女の子になって。
は?
「……ヒトの形をしてみようとは思ったが、如何せん
「そんなことある?」
別に俺そんなに女性の体とか……見てないよ? 言いたくないけど童貞よ? まともに見たのって……おえっぷこれ以上は止めよう。お互いの為にはならない。
「ほら、あっただろう。一人の男に複数の女人が絡み合うモノだ」
「……ら、ラノベ? ライトノベルのこと言ってる?」
「うむ、確かそういう読み物であったような」
待って。
俺、別に、ハーレム物を好んで呼んでた訳じゃないんだ。佐々木が好きだったんだ。俺は悪くない。俺はたまたま見て、「あっこの子可愛いな」と思った子がハーレム枠の中でもサブヒロインでしかもそんなに出番が無いタイプのヤツばかり好きになるとか知らない、思ってない、発覚したことがない。
「……動揺しておるな。そんなにも好きなのか?」
「トモダチガスキデオレハツキアイデヨンデタダケ」
「好きなのか。ほう」
おかしい。俺は否定した筈なのに目の前のいけ好かない琵琶法師は俺の心を読み取ったかのように裏を読んでくる。
「まあな。ヒトの体を得たといっても本質はお前のスキルだ。いつものようにお前の思考は手に取るように分かる」
「気持ち悪いから接続解除してもらっていい?」
「下郎」
痛い。と思ったらとてつもなく頑丈な琵琶で殴られていた。そんなの滅茶苦茶痛いに決まってんじゃん!!!
この琵琶法師のおにちく!
声には出していないのにまた叩かれた!
「やーい! こっちだこっち!」
茶色い尾と尻を振りながらアイルーのマルックが挑発すると、対象であるブルファンゴは鼻息を荒くして血管を浮かび上がらせた。何度か後ろ足が地面を蹴り……。
――バンッ。すさまじい勢いでブルファンゴはマルックへと突っ込んでいく。
「ひぇぇ!!」
「よくやったマルック!」
すぐにマルックは横へと飛んでブルファンゴを回避する。指令を掛けるサビ柄のアイルー、シャルの後ろへと縮こまって様子を見る。ブルファンゴは避ける暇もなく、一匹のモンスターが想定通りに落とし穴へと落ちる。
「今だ! 叩け!」
「ゴルニャァァァァ!」
その声で茂みに隠れていた濃緑色の毛のメラルー、イッセンが棍棒を構えてブルファンゴを叩く。シャルの背後に隠れていたマルックも身につけていた片手剣を握って急所らしい場所を突き刺していく。
落とし穴から抜け出そうともがくが、段々と動きが鈍くなる。
「攻撃止め! ……多分、もう大丈夫だ」
あまり肉体を傷付けすぎても食料にならなくなる。
――的確に、形を残す一撃で殺す。
これが狩猟の理想形であるが、そんなことは狩猟初心者のアイルーたちには難しい。実は彼らの主たる環にも難しい。
「はーっ……、これで冬場はしのげるみたいッスね」
「ああ。ブルファンゴ、……イナヴェル様の手を煩わせながらも狩猟したドスファンゴにアオアシラ。彼らの肉で当面の食事と、保存食を作るとは……」
「今まで食われる側だった僕たちが、まさかなぁ……」
各々武器を置いて身動きをしなくなったブルファンゴを引き抜く。体は冷たく、ブルファンゴの目は活力が失せ、覗き込むイッセンらの姿を映している。
「血抜き血抜きーっと」「うぅ、狩猟は大丈夫だけど解剖はまだ慣れないなぁ」「私は意外と好きだぞ。あの火を吐く部位がここなのかとか、知らない事がよく知れる」「おっふ。胃の中身出てきた」「オイラたちも解剖されたりするんスかね」「……イナヴェル様になら本望だな!」「僕は遠慮します……。死後はイナヴェル様の炎で灰にして欲しい……」「「えっ」」
何度目かのブルファンゴの解体作業であるので手つきは初めての時より慣れている。毛皮を剥ぐスピードもさながら、色々と丸裸のブルファンゴの内臓や牙を切り取る作業も素早い。すっぽんぽんなブルファンゴの足を枝に括りつけ、イッセンとマルックが持ち上げた。毛皮や牙はシャルが持ち運ぶことになった。
「今日はぼたん鍋っす~! 運び終わったらイナヴェル様にヨシヨシしてもらお~っと」
「ずるいぞ貴様ァ!」
「僕はイナヴェル様とヒスイさんにしてもらうんで、どうぞ二人で争っていてください」
「――マルック、表出るッスよ」
「常日頃から貴様の舐め腐った態度は正さねばと思っていたんだ」
「なぁんでこういう時だけ息が合うのかな~」
運ばれるブルファンゴがブルブルと揺れながら生き生きとした会話をアイルーたちが交わす。時には言い争い、時には声を揃えて鼻歌を歌う。
「
そんな環の一声から生まれた概念。狩猟をされる意識はあれど、する側になろうとは環に近付いてからは考えたこともなかった。
シャル・マルック・イッセンの三匹は狩猟メンバーとして選ばれた。
今までシャルたちは稲作によって日々の糧を得てきたが、これからは同じ島に住まうモンスターを狩って日々の糧も得ようと。相手の命を戴き、自分の糧としよう。
その言葉でシャルたちは身に課せられていた何かしらが砕け散る音が聞こえた。
元々、アイルーやメラルーだって細々とケルビなどの大人しい生物を狩猟して生きてきたというのにその手段がまるで新しいものかのように聞こえて――、彼らは納得した。これは翔蟲が通話でも喋ることが出来なかった時と同じ類のものであると。
環自身が無意識に名付けを通じて行っていた思い込みによる
以来、思考がやけにハッキリしたように澄み渡る。
「なんだか、アレっすよね。イナヴェル様も完璧じゃないんだ~って思ったら、前より一気に親しみやすさが出たッスよね」
「……まぁ、前まではよく来訪されていた星王竜様やヴェルザード様に比べると威圧のような……、遥か高みから見下ろされているような感じはしないのは確かだ」
「威厳ってヤツかな? 多分、御二人に比べたら無いんだろうけど」
「「「だからどうしたって話ッス/だ/だよな」」」
「親しみやすくて結構! イナヴェル様の真心あってこその我々だ!」
「あの心配そうな顔が……良いですよね。俺たちのこと本当に思ってくれてんだなって」
「イナヴェル様に名付けられる前より、今の方が楽しいに決まってるッスからね~!」
言葉にしないが、散っていった者たちだって同じ気持ちだ。皆、イナヴェルと共に過ごす暮らしに満足していたのだから。
笑い合ってアイルーたちが帰路に着く。真新しくなった茅葺の屋根が見えると、なおも笑みは柔らかくなるばかりだった。
〇
「えーっと、遭難してこの島へやって来たらしいので、今日からここに住むことになった「ヒスイだ。宜しく頼む」……だそうです! 皆、仲良くするように!」
琵琶法師ことヒスイがそう言い放った。そんな最初っからつよつよ態度で大丈夫~? という俺の心配は杞憂に終わった。
最初は警戒されていたものの、ヒスイの語る話(三匹のこぶたとかみにくいアヒルの子とか)を琵琶で演奏しながら読み聞かせる吟遊詩人ポジを獲得し、無事に受け入れられたようだ。語り聞かせるだけでなく日常の雑事なども手伝っているので、パーペキに輪の中に入った。
俺としちゃ、あんだけ脳内で五月蠅かった琵琶の音とお別れ出来てハッピーウレピーのだが、時折鼻で笑いながら「こんなことすらできんのか?」と煽ってくるので、「うるせぇ!できらい!」と一度も手をつけたことの無い琵琶の演奏を自ら引き受けてしまったり(ドン引き)。その後、ガチ下手な不協和音鳴って赤ん坊共が起き、俺が落ち込んでシャルくんたちに慰められた。
くそう……、琵琶法師め、ここぞとばかりに煽ってきおってぇ……。
そんな、心意気を新たにして仲間たちと過ごす冬は騒がしくて、足が地面に着いた――なんとも言い難くて温かい日々だった。
「最近寒気も減ってきたな……」
どっこいせとおんぶ紐で背負う赤ん坊改め、真名ではなく今だけの仮名として付けた“ニコ”をあやす散歩に出ているところだ。
他二人はイチコ、ミツオである。
……え? ネーミングセンスが無い?
もう琵琶法……、ヒスイに散々煽られたよ。だってどの子もまだ髪すら生えてないし、性別もどっちなんだかガチで分からない状態なので「仮名だもん!」と言い張った。実際、ヒスイって名前付けた時の虚脱感……、魔素の流入? が無かったし。
「坊や~、良い子だねんねしなぁ~」
あやしながら子守歌っぽいもん歌っても駄目みたいっす。ニコっち全然大元気! きゃっきゃっと手足のばたつきがスゲーぜ!
まったく、イチコとミツオはすよすよ寝てるのに、ニコってばお転婆さんなんだから。
いいぜ、とことん付き合ってやろう。溜息を吐けども気分はそう悪くない。なんだかじわーって、感じたことない温かさがずっと胸に広がってくる。
「……ん?」
休ませている田んぼの中に妙な高魔力反応を察知。散歩を中止して家の前の田に引き返すと、同じく魔力反応を感じたのかヒスイも出てきていた。
「ヒスイも感じた?」
「あぁ。そこで突っ立ってないで早く掘り起こしたらどうだ」
「じゃあシャベルぐらい持ってきてくんないかな!?」
コイツ……! も、ホント……! おまっ……!
ナチュラルに人を使ってくる! む、ムカつくゥ~!
そしてヒスイはその場から動かずに魔法で用具入れの戸を開けてシャベルがふわふわと宙を浮いて俺の前にやって来た。ムカつくが、俺は柄を掴んで魔力反応のする上部を掘ることにした。ちなみにニコっちは全然寝る気配ありません!
えっさほいさと背中に土が掛からないように丁寧に掘り起こしていたらガッツンって音がした。
「……」
なんか、俺は直感的に
なんじゃあこりゃあと思いつつ魔力反応のする――ビッグな種を掘り出すことに成功。
「……デッカ!?」
「騒ぐな。イチコとミツオが起きる」
「サーセン」
魔法で土を払い除けて抱えているとダチョウの卵を持っているように見える。でもこれ、種です、多分。
なんで種の大きさがダチョウの卵なんだよ、ビックリだわ。
もうちょっと正確に何の種なのか調べようとしたら――。
「いや、え……?」
普通の植物の種じゃなかった。大きさからそうだろとか、そういうことじゃない。
普通の種の構造じゃなかった。種皮はあるけれど、中身は育つ為に必要な栄養となる胚乳が無かった。
楽しいとか、嬉しいとか、痛いとか、苦しいとか。
そんな、――殺されていったアイルーやメラルー、翔蟲たちの。
「あの日の死者たちの思い」
ぽつりと、ヒスイがそう言った。顔をそちらに向ければ、先程の顔とは全く違って真剣な様子のヒスイがいた。
「……どういう事だよ」
「知らん」
琵琶を背負ったヒスイは俺に近付いて、――デコピンしやがった。
「いって!」
「辛気臭い顔をするな。少しばかり分かることはある」
こ、コイツ……!
あ、でもそんな痛くなかったわ……。一呼吸落ち着かせれば、確かに顔が険しくなっていた気がする。
「肉体は食われど魂はあいつ等に」
そこ、と示された指先は俺の背中で負われているニコと家の中に。
「思いは種に」
そして、俺の抱える種に。
「どういう事とは言うがな。今、そうしてあやつ等がお前の前に姿を現している理由。それすらも分からない振りをするのか?」
俺の前に、姿を現した理由……。
抱える種に目を落とし、続いてニコを振り向いた。
ニコたちの形は人間で、アイルーたちの姿とはかけ離れている。種は生物ですらない。
それでも、ニコたちが生まれた状況や、種に触れて感じ取ったことは……間違いじゃない、のか?
ニコたちの中に俺の魔素とは違う、皆の気配があることも。種から感じた思いも。全部が全部、俺の感じ間違いではないのというのなら……。
「こんな俺でも、皆に好かれてた。また会いたいって、想われていた」
不甲斐ない俺についてきてくれた彼らが、違う形で現れたのは、多分……そうだ。
憎からず思ってくれていて、俺の事を慕ってくれていた。
勝手に視界が水で覆われたように悪くなるけど、気のせいだ。零さない様に、いつの間にか俯いていた顔をぐっと上げてヒスイを見据えた。
自惚れた考えだ。この種の中には俺に向けた憎しみや恨みだってある。どうしてお前がいなかったんだ、どうして助けなかったって。
それでも、でも……、いや、そう思いたい。
そう考えてくれているのは俺を信じてくれたことの顕れだと。その恨みは裏返しの気持ちだって。
なんて身勝手な考え。……けれど。
「……そう、思うことにする。だって、間違ってたなら言ってくれる子ばっかりだし」
「そうだな。お前と違ってしっかりした奴が多かった」
「一言多くない? ねぇ、お前ホントに俺に対してだけ一言も二言も多くない?」
「気のせい……、いや、それは間違った認識だと訂正しておいてやろう」
「はぁーーー!?」
急にふっと現れた悲しみもヒスイと話してたらどこかへ吹っ飛んでいった。
それから家に戻って皆に種のことを話したら、「種でしょうから、きっと何かの植物になるでしょう」と涙声で言われ、春の日に植えることにした。
○
植える場所を皆と相談して、俺の家と畑から少し離れた――海の辺りを一望できる場所に植えることになった。皆で土を掘って、大きな種を支えながら入れて、柔らかな土を被せて。
この種はどんな風に育つんだろう。そもそも芽が出るのかな。だって、
でも、植えて芽が出てなくても、何かしらの姿が見えなくても大丈夫だろうな、と思う。ハッキリとした理由なんてないんだけどね。なんとなく。
この“なんとなく”はこれまでの“なんとなく”じゃないことも分かってる。
「よーし! これから忙しくなるよ皆! 適度に休憩を取って作業をするように!」
「「「はーい」」」
種を植えてしんみりとし始めた空気を破るように声を張り上げて号令を掛けると、シャルくんたちはそれぞれの持ち場に戻っていった。育児に家事、そして田植えにとやることは尽きない。
さて、俺も……と思った所で、バサバサと翼の音が聞こえた。落ちてくる白い羽根……、天使の一人だ。
黒い髪の……女性、だったのでオベーラさんだ。男性はザラリオ。覚え方が雑だって?
「失礼いたします、イナヴェル様」
「……ヴェルダからの言伝?」
「はい。厳密には手紙をお預かりしております」
……。
なんかタイミングに舌打ちしたくなるけど、そのすべき相手はオベーラさんではなくヴェルダだ。しかも手紙て。この前それで嫌な目にあったんだが???
すんげー渋々と受け取って広げる。魔法の気配は無かった。単なる手紙、なのだが……。
『今の君は、僕にあってくれるかな?』
「チッ」
「……?」
「あーっと、オベーラさんじゃなくてこっちの問題」
んっっっっっっっっだコレ!?!?!?
メンタルヘラってんのかヴェルダ!? 何? ヴェルダにも何か悪く思うことがあるってことか?
みしみしと手紙を持つ手が震える。なんだこれ、スッゲームカついてきた。
「オベーラさん、ヴェルダに言伝お願いします」
「はい」
「『言いたいことがあるからすぐ来い』って言っておいてください」
「承りました。それでは、失礼いたします」
「いつもありがとうございます」なんて手を振りながらオベーラさんを見送った。
……別に、ヴェルダが悪く思う理由なんてない。俺の不足で起きた事件だ。
でもなんかあの文章に無性に苛ついたので今度ひょっこり現れても言わない様にしようと思っていたことを言うことにした。
メンヘラった姉ちゃんみたいなこと言いやがって……、一瞬背がゾワってしたわ。ゾワって。
「はー……、切り替え切り替え! もーどろっと」
ミツオの頬でもぷにぷにして癒されていよう。赤ん坊の頬ぷにをしながら家に戻れば、丁度粗相をおっぱじめた赤ん坊ーズのオムツ替えを手伝うことになった。
……。
育児って大変だな!!!