ひぐらしのなく頃に 告 作:むらさき
第一話 『後悔』
息が切れる。
薄暗い森の中を1人で逃げるように走っている。すぐ後ろに何かが迫ってきているという気配を感じ、もっと早く足を動かそうとするが思うように体が動かない。むしろもつれて倒れそうになってしまう。何とか持ち堪えて走るがそのもつれた時間で後ろの気配がさらに近くなっているのを感じ、尚のこと体の自由が効かなくなってきている。獣道すら無い森の中を走っているからか鋭い草木に肌を何度も裂かれた。まるでこの森自体が俺自身の敵のように感じてしまう。だめだ。焦るな。そう思うが酸素も満足に行き届いていない脳にはその感情すらも無常に感じる。もういいじゃないか。ここで諦めて倒れ込んでしまおう。全てを忘れて楽になってしまおう。心のどこかで俺にそう囁いている者がいて、最早自分すらも疑ってしまう。自分ですら敵なのではないかと思ってしまう。何も信じられなかった。誰も信じられなかった。その行く末がこの結末だ。もし、もし次があったのならば、信じてあげたかった。手を差し伸べるべきだった。そんな後悔の念を抱いても目の前は仄暗い森で光なんてものは差さなかった。だんだんと自分が疲れ、遅くなってきていることを自覚して恐怖した。ただ、恐ろしい。捕まったらどうなってしまうのか想像も出来なかった。その恐怖に、この状況に、体の感覚が麻痺していく。先程まで身体の節々から感じていた痛みも、後ろからのヒリヒリとした重圧も、友を殺めたという罪悪感も、全てが消えていく。自分が自分がでは無くなっていくのを感じる。後に残ったものは死にたくないという願いと、耳に焼き付くひぐらしのなき声だった。
第一話「郷返し編 其ノ壱」『後悔』
「父さん、引っ越そうと思うんだ」
父からその言葉を聞いた時、少しだけ胸がつかえた。
父の口からその言葉が出るのは初めてのことではなかった。父は同じ場所に長居するというのが苦手だったのか、俺が小さい頃から何度も住居を変えてきた。その度に新しい学校に行き、新しい友達を作る羽目になっている俺の気持ちを少しは考えたことがあるだろうか?
ともあれ、父が突然そんなことを言い出すのには慣れていたため、反発という反発もせず友達と別れを済ませ身支度を整え出発の準備を済ませた。
車に揺られ、県の奥へと進んで行くと俺が今から住むことになる村が見えた。夕焼け村と初めて聞いた時、田舎かよ。とほんの少し憤慨したし今この瞬間まで不機嫌を顔に貼り付けていたが山間からその村が見えた時、俺は素直に感嘆した。夏の季節ということもあってか青々とした山々の中に優しく抱き込まれているかのようにひっそりとした。それでいてどこか威厳のあるような、それ以上にのどかで美しい場所がそこにはあった。
今の令和の時代にこんな場所あるのかと驚いたが、どうにもここは昭和の時代から人々に愛され続けて今の今まで守られ続けた土地なんだとか。俺は車内で父の話を話半分に聞きながらこれからの生活に胸を踊らせていた。
だが、
「父さん、もうこれで住居を変えるの、やめようと思うんだ」
父からその言葉を聞いた時、かなり胸がつかえた。というかむせた。
「え! え!? 父さん引っ越すのやめんの!?」
父はゆっくり相槌して、そろそろ腰を据えるべきと言った。
俺は唖然としたし、これからはここの学校の友達と長く付き合うことになると思うと今までならスラスラと言えていたような自己紹介や友達との会話も自信が無くなっていた。
俺は田舎での学校生活に漠然とした不安を感じながら父さんにここの学校はどんな場所かを聞くことにした。
告
もしかしたら、村八分に会うんじゃないかと思っていたが、思いの外この村の住民は俺たち家族の事を心優しく迎え入れてくれた。
「えんねぇ〜。ココ最近子供たちが増えてきてくれて、村も活気づいてきたとねぇ〜。ゆっくりしていき〜」
これは隣の家に引越しの挨拶をしたときのおばさんの言葉だ。激しい訛りはこの地域特有のものだろうか? おばさんの言ではここ数年で村に引越してくる子供たちが増えたらしい。学校は田舎特有の同じ教室に学年の区別無くみんなを集めて授業する形だと言っていた。前に通っていた学校とはだいぶ違うみたいだから少し戸惑うかもしれないと思う。するとやっぱり不安になる。いじめられたりはさすがにしないだろうがなんだかこわいな。
などと考え耽っているうちについに登校の前日になってしまった。夜になって布団に入り、明日への期待と不安で悶々とするのもまたあるあるのようなものでしばらくしたら眠ってしまうだろう。
ここ数日で俺は散歩に出るようになった。都会にいた頃は散歩なんて全然しなかったのに田舎だからなのか、空気が澄んでいて気分転換にちょうど良くて続けた。それで分かった事が少しある。一つは家から少し歩いたところに神社があるということ。もう一つはその神社で来月、祭りがあるということだ。まだ5月だと言うのに夏祭りには早くないのか? とも思ったが、冬が終わったことを祝う祭りであって夏祭りではないらしい。来月には新しくできた友達とその祭りに行くのかと思うと少し楽しみだ。
そういえばその祭りの名前、確か『綿流し』だったけれど、一体どういう意味なのだろう?
告
散歩を続けているからだろうか? ココ最近は寝覚めがとてもいい。そのおかげで登校初日から遅刻なんてことはなく時間通りに家を出ることが出来た。もうすっかり顔馴染みとなってしまったご近所の人に挨拶しながら、小走りで学校へと向かう。そんなことしなくても遅刻なんてしないのはわかっているのに足が遅くなることは無かった。
「ここが・・・俺が今日から通学する学校か・・・!」
夕焼け分校
校門のすみには、古ぼけた木の板にぼんやりとそう書いたものが吊り下がっていた。おれはそれを見て胸がいっぱいになる感覚を確かに感じた。
校門を通り、玄関をくぐって靴を履き替える。前の学校でもしていたことなのに何故かドギマギとした動きになりつつも指定された教室へと向かう。教室の中から担任の先生が俺に気づいて目配せをしてくれた。先生に前言われた通りにすればよい。呼ばれたら入って自己紹介をする。呼ばれたら入って自己紹介をする。クールになれ。俺!
しばらくして、教室の中から先生の呼ぶ声が聞こえた。少し硬直してしまったが、教室の戸に手をかけ。ガラガラと音を立て入っていく。何事も初対面が大事だと言う。背筋を伸ばして教壇の隣まで歩いて生徒の方を向いた。軽く見積もっても15人ほど居る。若干の圧を感じながらも、噛まないように口を大きくあけて自己紹介をした。えーと、自己紹介、自己紹介。
「えっと・・・さ、沙条董哉です! ふつつかものですが、よろしくお願いします!」
その勢いのままバッと腰をおる。完璧だ!
あれ、なんか違うな。
告
「えー、沙条くんの席は左から2列目の後ろから3番目でーす!」
流されてしまった.教室にいる面々の顔を見た瞬間昨日から考えていたセリフが飛んでしまった.
とぼとぼと言われた通りの席に着いた時だ。不意に後ろの席から肩をつつかれた。まさか.と今まで感じていた不安が一斉に押し寄せてきた。だが、それは的外れだったようだ。
「あー、なんてゆぅかぁ・・・どんまい! 私も転校してきた時はさっきみたいな感じだったから、気にしないでいいと思うよ!」
女神だった。紛うことなき女神がそこにはいた。俺と同い年くらいだろうか。
「わたしぃ、大石美嘉! 去年ここに来たばっかだからぁ、貴方とあんまり変わんないよ!」
溌剌とした女神だった。少し茶髪がかった髪を後ろで結っている、いわゆるポニーテールという髪型だった。
「よろしくねぇ! 沙条董哉くん!」
「え、あぁ。うん。よろしく」
差し伸べられた彼女の手を僕は握り返した。何故か分からないが、すこし、強く。
「ねぇねぇ、沙条くんはどうしてここにきたのぉ?」
変なことを聞く子だ。
「え、どうしてって言われても、父さんがよく引越ししちゃうからそれに付き合ってここに.」
「ふぅーん。じゃあここもすぐに引越しちゃうのぉ?」
「え、いや、父さんはここ気に入ってるみたいでずっとここにいるらしいけど.」
「自分の意思でここに残るわけじゃないんだねぇ〜」
「え、いや、そういう訳じゃ.」
「さっきからえ、が言葉の最初についてるよぉ? 癖ぇ?」
「な、なんだよ! 別にいいだろ!」
「あ、ごめん、またやっちゃった」
「また? えっと、どういう事?」
「ごめんね! わたしぃ気になった事があるとすぐ聞いちゃってぇ、ずかずか聞いちゃうからよく怒られるんだよねぇ、ほんとに悪気はないのぉ、許して?」
どうやら女神じゃなくて変な子だったみたいだ。どうにも彼女の叔父が刑事だったらしく、その影響で質問攻めを癖でしてしまうらしい。確かに今みたいに質問攻めされたら犯人はポロッと喋ってしまうかもな。本当に悪気はないらしいのでその日は許してあげた。
告
校長先生の鳴らすベルが、この学校でのチャイムの役割を担っているらしい。先生の話を終え、ベルの音が聞こえると低学年の子供たちがこぞって教室を出ていった。元気そうでなによりである。
「ねぇねぇ沙条くん」
自分も帰るかと帰宅の準備をしていた時である。変な子もとい大石美嘉が話しかけてきた。
「ん? なに?」
少し不安そうな顔をしてこちらの方を見つめている大石がもごもごとなにか言おうとしていた。
「あの、あのね? もし、わたしの事が嫌いになってなければでいいんだけれどぉ・・・」
な、なんだこの空気は.放課後の教室。不安そうにこちらを上目遣いで見つめる少女。このシチュエーション。まさか.まさか、その『まさか』なのか!?
「一緒の部活に入って欲しいの!」
あっはい知ってましたとも。別に期待なんてしてませんとも。
「あ、あー。部活? 低学年の子達はさっさと帰っちゃったからてっきりないものだと思ってたよ」
「ううん。ちょっぴり難しいから入る子は少ないんだけど昔からある由緒正しい部活なんだよぉ!」
由緒正しい部活? なんだそれは。弓道とか剣道とか、なにかその辺か? だったらあまり興味はないから断r.
「その話ィ! ちょっと待ちましてよ!」
へ? 誰?
その声の発生主は教室の窓に仁王立ちで立っていた。金髪のショートヘアーをたなびかせている明らかに小学生な風貌の女の子がなぜか傲慢不遜なドヤ顔で立っていた。後ろから風が吹いているからかバサバサと髪と服をなびかせている。
というか全体的にたなびいている。
「お、おい。大丈夫か?」
「だ、だだだ大丈夫でしてよ! ワタクシはこの程度の風で落ちたりなんかいたしませんわ!」
声が震えていた。体も震えていた。どこからどう見ても大丈夫じゃない。今にも頭から落ちてしまいそうだ。
「危ないよぉ綾ちゃん。おりなよぉ、この間もそうして頭にたんこぶつけてるでしょお?」
「ちょっと、それを新入部員の前で言わないでくださいまし! 美嘉さん!」
どうやら二人は知り合いのようだ。そして俺はいつから新入部員になったというんだ。
「ほんとに危ないよぉ? 落っこちちゃっても知らないよぉ?」
「でーすーかーらー! 美嘉さん! 新入部員の前で私を辱める様なことはいわな・・・きゃっ!」
大石が言っていた事は嘘ではなかったようだ。外の方に落ちたようで、しばらくすると頭にたんこぶをこしらえた少女が涙目でこちらにずかずか歩んできた。
告
「ワタクシは、このゲーム部の部長を務めている園崎綾でしてよ!」
頭のたんこぶを撫でながら、それでも変わらないドヤ顔で彼女は言った。
この子が・・・部長? そもそも、由緒正しい部活ってゲーム部の事なのか? 意味がわからない。大石に聞いてみたところ、この子が勝手に言ってる訳ではなく本当に昔からある部活らしく、そして本当にこの子が部長らしい。
「部長になるかどうかは1年に1回ある部長争奪戦ゲームできまるんだよぉ。今年は綾ちゃんが勝ったのぉ」
「そうですのよ! ですから先程の部活の説明は部長の役目でしてよ!」
「と言ってもぉ、遊ぶだけなんだけどねぇ〜」
「あ──!! 取りましたの! 美嘉さんがワタクシのセリフ取りましたの!」
なんともまぁ騒がしそうな部活だった。けれど、剣道や弓道とか堅っ苦しいものじゃないなら入ってみるのもいいかもな。
じゃれあいも終わったらしく、大石ちゃんがおずおずとこちらに寄ってきた。
「それで、沙条くん。その、入ってくれるかなぁ?」
その言葉を聞いて、園崎ちゃんが驚いたように口を開けた。
「あら? もう入るのが決まっているのではなくて?」
「いや、まだ入ると決まった訳では.」
やはり、彼女の中では俺の入部は決まっていたようだ。何かが気に食わなかったのか、むっとした表情で園崎ちゃんは言った。
「ワタクシ、中途半端は嫌いでしてよ。今この場で! 入るかどうか決めてくださいまし!」
えらく難しい要求をする。今。この場でか。
確かに部活に入る意味は俺にはあんまりない。そもそも人付き合いは苦手な方だし学校が終わったのならば早々に帰るのが俺という人間だった。ゲームもさして得意な方ではないし部活というものをやったことも無い。いつもの俺なら面倒事だと思い断ってた筈だ。
けれど、何故かその時は、まぁ、こういう事も悪くないのかな? と感じたのである。
あの時、要求に無闇に応えてしまったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。俺がこの後どういう目に会うか。どういう体験をするのか。どういう惨劇を見るのか。
「ああ。入るよ。入らせてもう。そのゲーム部とやらに!」
この時の俺には想像もできなかった。
「そうと決まりましたら! 早速新入部員歓迎のゲームですのよ!」
ビッと指さされた時。何故か心臓を射抜かれたような感覚に陥ったのを、今でも覚えている。
次回予告
なぜ、こんなことになってしまったのか。
後悔の念すらも深い森に溶けてゆく。
じきに森からひぐらしが下りてあの耳障りな音を響かせるだろう。
だけど、気付いた時にはもう遅かった。
救いの手は目の前に。
次回「郷返し編 其ノ二 」 『噂』
アナタは信じられますか?