ひぐらしのなく頃に 告 作:むらさき
まだ5月の中頃、涼しい風がカーテンを揺らして教室に入ってくるが、教室の中は異様な熱気に包まれていた。
「それで、ゲームって何をやるわけ?」
携帯ゲームとかだったら持ってないぞ俺は。
「安心してくださいまし董哉さん。準備は全て出来ていますのよ!」
そう言って園崎は後ろのロッカーを開け放った。そこに入っていたのは明らかに年季の入った、それでいて丁寧に扱われてきたことが分かるトランプや人生ゲームのゲーム盤だった。
「こんなもの学校に持ち出して、いいの?」
「いいんですのよ。昔の先輩方が置いていったものなんですから」
本当に昔からあるのか。今の話が本当ならこの年季が入った物たちもその当時からずっと使われていたってことになるな。
「さ! まずはやるゲームを決めましてよ!」
「というよりぃ、新入部員歓迎のゲームはいっつも決まってるんだけどねぇ」
「決まってる?」
「そぅ。新入部員歓迎のゲームはぁ」
「トランプですのよ!」
……と、トランプぅ? 流石にルールは知っているが、そんな簡単なものでいいのか?
「今、そんなの簡単じゃね、と思いましてぇ? をーっほっほっほ! 甘い! 甘々ですわ! その様子じゃあ、ワタクシ達に勝つなんて百年早いですわよ!」
図星だった。こいつは読心術でも使えるのか? ハッキリ言ってトランプなんて子供向けのゲーム、負ける気がしないと言ってもいい。というか負けた記憶がない。子供相手に全力を出すのもカッコ悪いかもな。けれど、入ると決めたからには勝たせてもらおうじゃないか。それに、逃げ出すってのも男が廃るってもんだ!
俺は握りこぶしを作って、綾ちゃんと大石にこう言った。
「いいぜ、やってやろうじゃんか! ババ抜きでも大富豪でも、何でも来いってんだぁ!」
第二話「郷返し編 其ノ二」『噂』
「な、何故だ、なぜ勝てない!?」
0勝5敗。余りにも悲惨な結果が、黒板には示されていた。
「ごめんねぇ、沙条くん。私も罰ゲームは嫌だからぁ」
「をーっほっほっほ! やっぱり甘々ですわねぇ〜?」
ぐぅ……! ババ抜きと違って慣れていないジジ抜きだからってここまで手も足も出ないとは……!
あまりの惨状に地べたに膝をつき拳で床を殴った。手が痛くなっただけでなんの意味もなかったが。
いや待てよ? いくら慣れてないと言っても運の要素が大きく絡むこのゲームでここまで負けることがあるのか……? そんなはずがない。だとすればこいつらはどうやって勝っているんだ……? 新入部員の俺には分からなくて、前からいたこいつらなら分かる必勝法……。
ふと、トランプに目線を写すととあるものが目に飛び込んだ。それは、トランプの裏側についているよく見れば分かる程度の些細な傷だった。だが、それで十分だった。
そうか、そういう事か! こいつら……、カードの裏にある傷を覚えて、そのカードが何なのかを当てていたって事かよ……! なら、こっちにも手があるぜ!
「く、くくく……」
唐突に笑い出した俺に大石と綾ちゃんが困惑した表情でこちらを覗き込んできた
「あ、あの、大丈夫ですの?」
「あちゃー、綾ちゃんが苛めるから沙条くん怒っちゃったよぉ〜」
「えっ! いや、私、そんな気はなくて! ええっと……!」
2人の会話を手で遮り、俺は2人に余裕の表情を見せた。
「いや、いいんだ綾ちゃん。このゲームの必勝法ってのは、理解出来たからな……」
その言葉にぎょっと驚いた二人だがすぐさま不敵な笑みを浮かべてこう返したきた。
「あら、中々気付くのが早いじゃないですの」
「何に気付いたのかわかんないけどぉ、さっきまでと同じく吠え面かくことになるよぉ?」
言うじゃないかこの二人。だが、相手の手の内はわかったも同然! 吠え面かくのがどっちか見せてやるよ!
「最後の最後、1発勝負といこうじゃないか! 負けた時のセリフでもかんがえ」
告
「な、何故だ! なぜ勝てない!?」
俺はあれから再三、床に膝をつけていた。おかしい。あいつらのやってる必勝法ならわかったはずなのに……!
悔しがる俺の肩に、大石がぽん、と手を乗せてきた。
「トランプの裏の傷に気付いても、覚えてなきゃ意味ないと思うよォ?」
なん……だって!?
いや、それもそうだ。あいつらは知っていて、俺は知らないという状況に一切の変わりがない以上勝てる要素なんて1ミリたりともなかったはずだ。なのにどうしてさっき俺は啖呵をきったのだろう。
そもそも、奴らの必勝法がトランプの裏側についている傷だけという確証すらないじゃないか。
くっ。悔しいがここは負けを認めるしかない。女の子二人にカードゲームとはいえ負かされるとは親にも言えないがこれ以上は見苦しくなるだけだ。ならいっそ、ここで清らかに負けを認めた方がいいのだろう。
俺は立ち上がって、二人にこう言った。
「俺の……負けだよ。強いんだな、2人とも」
俺は、今まで浮かべた事のなかったような笑みを二人に向けて、負けを認めた。二人もその笑みに応えるように優しい微笑みで俺を新入部員として、迎えてくれたようだ。綾ちゃんがゆっくりと俺にこう言った。
「負けたから罰ゲームですわよ」
……あ。あったねそんなの。
「あ、あの〜、どのような内容で?」
俺が恐る恐る聞くと二人はさっきまでと同じ優しげな表情で後ろのロッカーから物を取り出した。
それは白と黒を基調としたフリフリとした可愛らしい所謂メイド服と呼ばれる物であった。手作りではあるのだろう、普通のメイド服と違って明らかに露出が多い。だがクオリティは高いものとなっていた。
まさか、まさかとは思うがこれを俺に着せる気なのか!? いや、いやいやいやいや、この令和の時代で健全な男子中学生にそんな物着せる訳がないよな!?
けれど、二人の目は冗談を言っているような目ではなかった。
やばい。ヤられる! 俺の中の危機管理能力が全力でこの場から逃げろと警鐘を鳴らしていた。ええい、何が逃げるのは男じゃないだ! 逃げなくても男じゃなくなるだろうが! 俺は二人にバレない様にゆっくりと後ずさり、一瞬の隙をついて教室の外につながるドアに向かって駆け出した。しかし、俺が逃げ出すことはできなかった。
次の瞬間、頭にとてつもない衝撃が走った。それも一つではなく何個も。一体何が起きたんだ? 俺は何が起きたのかさっぱりわからないまま俺は意識を手放した。意識が途切れる間際、綾ちゃんの高笑いが聞こえた様な気がした。あと、誰か知らない人の悲鳴も。
告
「をーっほっほっほ! トラップでしてよ!」
教室の扉の前には乱雑に積まれたタライタワーができていた。董哉さんが罰ゲームを嫌がり逃げ出すことは想定済み。あとは逃げるルートを絞ってトラップを仕掛ければ……、トラップマスターの名は伊達じゃないわ!
その時、おずおずと美嘉さんが肩を叩いてきた。
「あのぉ、綾ちゃん? やりすぎだと思うよぉ?」
やりすぎ? この程度で怪我をするとは思えないけど……。そんな私の気持ちとは裏腹に、待てど暮らせど董哉さんが出てくることはなかった。いや、まさか、そんな。最悪の事態が脳裏をよぎった。もし、タライの中から頭に血を流した董哉さんが出てきたら……、そう思うと怖くて中を覗くことができなかった。
「と、董哉さん? 今ならじょ、冗談で済ませてあげますわよー?」
……返事はなかった。やってしまった、と思った。都会から来たのだから他の部活動生の様に接したら怪我をしてしまうかもしれないと考えてはいたのだが、ついいつもの様に接してしまった。しかしどんなに後悔してもやったことに変わりはない。ケジメは取るべきだ。
「董哉さん! 今出しますから!」
私がタライタワーに駆け寄った時だった。ガシャン、と言う音と共にタライタワーの中から人が出てきた。董哉さん……ではなかった。
「ミカッチが遅いから来てみたらなんなんすかこれ!」
え? な、なんで?
「なんでショウさんが出てくるんですの!?」
タライタワーから出てきたのは校門で一緒に帰る約束を大石美嘉にすっぽかされた間宮ショウだった。
告
「ん……あれ……」
目が覚めたら見知らぬ天井だった。俺、何をしてたんだっけ? 確か、大石たちとゲームをして、それで……。何故だろうか、思い出せない。
自分はベッドに寝かされていたようだ。上半身を起こし周りを見渡すと、ここは白いカーテンに囲まれていた。どうやらここは学校の保健室のようだ。あれ、なんで俺保健室にいるんだ? あいつらとゲームに負けて、罰ゲームがあってそれで……、えっと……。
「あーっ! 起きたっぽいっすよーっ!」
カーテンがおもむろに開かれ、入ってきた少女の大声に俺の思考は中断された。その声に呼ばれて大石がカーテンの中に入ってきた。
「あ、沙上くん、良かったぁ気が付いたんだぁ」
そう言って大石は胸を撫で下ろした。
外から入っていた大石の顔には安堵の表情が見てとれた。だいぶ心配させてしまったらしい。俺は手をひらひらと振ってなんの問題もなかったことを伝えた。そして俺は先ほどから気になっている外のソファでやたらとソワソワしている彼女について、一体誰なのかを大石に尋ねた。
するとソファでソワソワしていた彼女が、聞き耳を立てていたのだろう、待ってましたと言わんばかりにやたらと胸を張って中に入ってきた。そして彼女の紹介をしようとしていた大石を手で制してキッと俺を見据えた。
「アタシ、大石美嘉ちゃんの友達の間宮ショウっす! あんたが噂の新入部員っすね!」
間宮は友達の部分をやけに誇張してこう言ってきた。……なんで敵視されているんだろうか。
「つまり、ミカッチを恋人にするならアタシを倒してからにするっすね!」
本当に何を言っているんだこいつは。とんでもない爆弾発言をした彼女は友達を取られるとでも思ったのだろうか目尻にほんの少し涙を溜めていかに自分と大石と仲が良いかを捲し立ててきた。どうやら彼女は校門前で大石を待っていたところ帰り際の小学生に俺と大石が二人で部活していると焚き付けられたらしい。そして居ても立ってもいられず教室に戻ってきたところ頭からタライが降ってきたらしい。俺が聞いた知らない人の悲鳴はこれか。というか、綾ちゃんタライを落としてきたのか。昭和かよ。
大石の反応を見るに、間宮の暴走は珍しい事じゃないらしい。大石はまたかーと言わんばかりの表情で我関せずの態度をとっている。いや待て、お前が止めないなら誰がこいつを止めるんだ。なに明後日の方向向いているんだ。俺は大石にも話をさせる為間宮に誘ってきたのは大石だということを伝えた。その話を聞いた間宮が標的を俺から大石に変え、今度は大石にどう言う事かと捲し立てている。おっと大石がこちらを睨んでるが全く怖くなーい。フハハ。
それからしばらく間宮の暴走は続いた。途中から俺にも飛び火してきて大石と俺の二人で消火に尽力した。
告
「なぁーんだ。浮気なんかじゃなかったんすねー!」
「最初からそう言ってるだろうが……」
あれから何十分経っただろうか。どうにか間宮の暴走を止められた俺と大石は疲弊しきっていた。というか浮気って、友達じゃねーのかよ。色々とツッコミどころがあったが流石にこれ以上彼女に構う時間はなさそうだ。
時刻はすでに六時半を過ぎており、窓の外はだいぶ暗くなっている。そろそろ帰らないと親父にどやされるであろうことが容易に想像できる。それは彼女たちも同じ何のだろう、俺がそろそろ帰ると言うと二人はそれに同調して帰る準備を始めた。
帰り道、見える家のほとんどが電気をつけている時間帯。とぼとぼ歩いている俺たちの上でカラスが鳴いたのが聞こえた。そういえば大石に聞き損ねたことがあったのを不意に思い出した。
「なぁ、そういえば綾ちゃんどうしたんだ?」
それを聞くと大石は少し申し訳なさそうな顔をして言った。
「……沙上くんを保健室に運んだ後、家の用事があって帰っちゃった」
家の事情か。それならしょうがないが怪我はしていないとはいえ頭にタライがそこそこの数降ってきたのだ。当たりどころが悪かったら怪我をしていたかもしれない。少しばかり注意しようと思っていたのだが。
「あの、沙上くん。あんまり綾ちゃんを怒らないでやってほしいなぁ」
と、大石が言ってきた。
「そうっすよトウヤッチ。アヤッチは周りにアタシみたいな頑丈な人間しかいないから加減を知らないんすよ」
そういえば彼女もあの量のタライを直撃しているのだ。それでピンピンしているあたり確かに彼女の言っていることは正しいのだろう。しかしトウヤッチってなんだ。
「それに沙上くん、綾ちゃん珍しく家の用事を嫌がったんだよぉ? いつもなら部活をほっぽってでも行くのに……」
それはそれで問題があるんじゃないか? 部長なのに部活をほっぽっちゃうのは。
まぁでも、ここまで言われて許さないってのも大人気ないよな。それに、今になって思ってみるとタライが頭に降ってきたぐらいで気絶ってのもなんだか情けなく感じてきた。多少咎めるくらいはしたほうがいいと思うが俺の方が体を強くした方がいいな。
そう思った俺は大石と間宮に大して気にしてないから綾ちゃんを許すと言う旨のことを伝えた。それを聞いた大石たちはまるで我が事の様に喜んで、二人して明日、綾ちゃんに大丈夫だと伝えようだとかそんな事を相談しだした。そんな様を見て綾ちゃんを注意するのもバカらしくなった俺は、ふぅっと少し息を抜いて大きく伸びをした。今日は色々起きた。転校して早々部活に入って友達が三人もできたのだから。
これから楽しくなりそうだと思っていた俺は、まだ知らなかった。この時の俺が、園崎綾のことを許した気になっていただけだと言うことを。本当の所。心の奥底では何かを感じていたことを。そう、例えば【家の用事とは一体何か?】とか。そういう疑心を持っていたことを。全て、全て、気付かないふりをしていたことを。
告
それから俺たちは雑談をしながら帰り道を歩いていた。間宮は、俺と大石とは帰る道が途中から違うらしく今日はそこでお別れとなった。最後に自分と大石は友達だからと訳のわからん釘のさしかたで釘を刺してきた。なんなんだあいつ。
俺と大石だけになった帰り道はほんの少しだけ静かになって気まずい沈黙が時々訪れた。そんな時だ。人の少ない田舎の道に珍しく人影が見えた。向こう側から来るその人影は綾ちゃんと同じくらいの身長だろうか、しかし学校では見かけなかった子だった。だが、どうやら大石とは知り合いらしい。
「あっ、琴ちゃーん! どうもぉー!」
と、その人影を見るなり大石は大きく手を振った。その人影は大石の姿を認めるとゲンナリとした仕草を見せた。どうも大石は嫌われているらしい。そんな物お構いなしと大石はその子に駆け足で近寄っていき、そこで短く話した後その子を連れて戻ってきた。
「沙上くん、紹介するねぇ。この子は古手琴。綾ちゃんと同級生の子だよぉ、仲良くしてねぇ」
へぇ、古手琴ちゃんか。と心の中で大石の言葉を反復しながら彼女の容姿を見てみた。小学生といえどその中でも平均より小さいぐらいの身長だろうか、そんな子が【巫女服】で現れたのだからジロジロと眺めてしまうのも仕方がないだろう。へぇ、古手琴ちゃんか。って、
「古手ってことは君、古手神社の巫女さんかぁ!?」
俺がこんな子供が神社の巫女をしている事を知って驚いていると彼女はその態度が気に食わなかったのかふい、と顔を逸らし小さい声でこういった。
「こう言う風にオーバーリアクションする男、嫌いだわ」
どうやら俺はあって早々嫌われてしまったらしい。
次回予告
求めたものは友愛
探したものは感情
しかし、潰えた芽はもう返らない
潰してしまった愛はもう返らない
救いの手は目の前に。
次回 「郷返し編 其の参」 『友達』
アナタは信じられますか?