NieR:Automata mot[if] of the end 作:幻さくら
見渡す限りに果てのない、広大な砂漠。そこには砂を巻き上げ駆け抜けていく一つの影があった。
漆黒の衣装に身を包み、人にあるまじき速度で走り、滑り、そして跳ぶ姿は、さながら獲物を追い詰める黒い獣。時折強く吹き付ける乾いた風が、その銀糸のような髪を揺らしていた――
「今回の任務予定場所へ到着」
砂漠の外れ、建物の残骸が乱立するエリアに辿り着いたところで、私は誰にともなくそう呟いた。
戦場においては、刻一刻と変化する状況に対してどれだけ情報を共有できるかが作戦の成功率を左右する。単独で任務を行い、司令部への報告も必要となくなってからそれなりの時間が経った今でも、昔からの習慣は身体に染みついてしまったままだった。
辺りに敵の存在を確認できなかったため、付近を軽く巡回しながら、向こうがこちらの存在に気が付くのを待つことにした。傍らでは私の随行支援システムのポッド042が周囲を警戒するように飛んでいる。
待機を始めてから数分後、突然周囲の地面が激しく振動し、砂の中から大量の機械生命体が飛び出してきた。ありきたりな小型と中型の機体ばかり、多少数は多いが問題なく対処できるはず。そう判断し、眼前に現れた敵の群れへと躊躇なく飛び込んでいった。
「タスケテ、タスケテ」
人間の言葉をサンプリングした機械生命体は、時に感情があるかのような台詞を口にする。
「機械ごときが、人間の真似をするな」
私が刀を振るう毎に、彼らは物言わぬ鉄屑へと姿を変えていく。辛うじて致命傷を免れたものもいたが、それらはポッドによる正確な射撃により、次々と爆破される運命にあった。
「イタイ、ヤメテ、」
でたらめな言葉を口にしながら、短い腕をがむしゃらに振り回し突進してくる機械生命体達。戦闘開始から数分で百体余りの機械生命体を屠ったものの、向かってくる敵の数はその数倍はあるように見える。何処からか増援が来ているのか、当初観測した数より圧倒的に多い。相変わらず単体では取るに足らない敵だが、ここまで数で押されると私一人での戦闘は困難が予想される。ここはまとめて吹き飛ばすのが最善だろう。
「ポッド、レーザー射撃」
私の命令に応じ、それまで援護射撃を行っていたポッドが前に進み出て、高出力のレーザーを発射した。律儀に列をなして襲い掛かってきていた機械生命体達は、その一撃でほぼ壊滅状態となった。
「敵性部隊、壊滅。これより掃討戦に入る」
敵の残りは精々数十体、すぐに片が付く。そう考えたのも束の間、砂煙の向こうから更なる機械生命体が押し寄せてきた。その数は先程とは比べ物にならないほど、恐らく数千はいるのではないのかと思われた。
「こんなに大量の機械生命体…一体どこから?」
突然の状況に思わず疑問がこぼれる。その隙を見計らったかのように、巨大な戦車型の機械生命体が弾を打ち込んできた。そこまで速度も速くない、落ち着いて回避しようとした所に、複数の機械生命体が攻撃を仕掛けてくる。
(まず周りの奴らを排除してから……いや、それでは間に合わない)
刹那の思考の後、こちらを取り囲む敵の中から、最も小型の個体に向かって突っ込んでいった。咄嗟に攻撃を受け止めた腕から火花が散る。
「くっ…とにかく、ここは一旦退避しないと」
そう口にしたものの、周囲を無数の機械生命体に囲まれている現状では脱出もままならない。一か八か、一点突破を狙う覚悟を決めた時、前方で大きな爆発が起き、機械生命体達が吹き飛ぶのが見えた。
爆発の規模は凄まじく、爆風で巻き上げられた砂によって一寸先の視界もままならない状態になっていた。私の周囲の機械生命体は直接の被害を受けなかったものの、皆パニック状態に陥ったらしい。こちらの場所もわからずに暴れまわっているようで、近付いてきた所を適当に叩きのめすだけでよくなった。
このまま一体残らず処理していきたいところだが、先程の爆発の正体が不明である以上、ここに留まるのは危険すぎる。あの規模の爆発に巻き込まれたら、私の身体も再起不能なレベルにまで損傷してしまう可能性が高い。敵の統率が乱れている今のうちに脱出するのが最善だろう。
「この隙を突いて脱出する。ポッド、援護を」
私はポッドにそう告げると、全速力で駆け出した。
「そこの人、この辺りは今爆弾だらけなんだ、近付かない方がいいぞ!」
機械生命体の包囲から逃れ一息ついていると、見覚えのある集団がこちらに警告を送ってきた。
「あなたたち…レジスタンスキャンプの人?」
数百年もの間、地上で機械生命体と戦い続けてきたレジスタンスは小さなキャンプで共同生活をしている。私も任務の合間に何度か立ち寄ったことがある。余っている備品を融通してもらったり、逆に彼らのちょっとした依頼を引き受けたりなどしていた。声をかけてきたのもそうやって顔馴染みになった者の一人だった。
「おや、誰かと思えば2Bじゃないか。辺鄙な砂漠に一人で機械退治とは、ヨルハ部隊ってのも大変だな。」
レジスタンスの女はそう言って笑っていたが、ふと私の周りを見渡すと怪訝な表情を浮かべた。
「そういや2B、相棒の9Sとかいう坊ちゃんはどうした?いつも一緒にいただろ?」
そう問われた瞬間、自分の表情が強張ったのを感じた。固く握った両の拳が震える。
「9S、」
私――ヨルハタイプのアンドロイド、2Bは酷く冷たい声で呟いた。
「9Sは、死んだ。」
「久しぶりだな2B。先程は我々の仲間を助けてくれたそうじゃないか。礼を言わせてもらう」
私がレジスタンスキャンプに辿り着くと、リーダーのアネモネが親し気な笑みを浮かべて出迎えた。砂漠での戦闘の後、早急にその場を立ち去ろうとしたのだが、レジスタンス達は一度キャンプで休むといい、リーダーにも会って行けと主張してきた。危険な所を助けられた手前、無下に断ることも出来なかったため、こうしてキャンプまで着いてきてしまった。
「お礼はいらない。寧ろ助けられたのは私の方」
「それはよかった。最新鋭のヨルハタイプの手助けが出来るとは、我々旧型もまだまだ捨てたものではないな」
その後アネモネは近頃機械生命体が特定の地域にまとまって現れることが多いこと、現在レジスタンス達はそのような場所に爆弾を仕掛けて回っていること等を語った。
しばらくそうしてとりとめのない話をしていると、アネモネが意を決したように切り出してきた。
「それで…その、本当なのか。9Sが、死んだっていうのは」
砂漠で出会ったレジスタンスが報告したのだろう。どちらにせよ、一人でこの場所に来てしまった時点で覚悟は決めていた。
「…そう。9Sは死んだ。私が確認した」
私はアネモネの顔をしっかりと見つめて言った。己に言い聞かせるかのように。
「そうなのか、2Bが見たというのなら間違いはないのだろうが…」
アネモネはどこか腑に落ちない様子だったが、私の表情を見ると小さく首を振った。
「すまない。君達はよいコンビに見えたし、多くの危険な任務を成功させていた。だからこそ俄かには信じがたくてな。つまらんことを言った」
重く溜息をついたアネモネは、言いにくそうにこう続けた。
「その…、どのような最期だったのか、聞いても構わないだろうか」
「問題ない。9Sはあなたのことを慕っていた。聞く権利があるはず」
少し長い話になるけれど、私はそう前置きして語り始めた。
「私と9Sは機械生命体のネットワークを管理していた個体、アダムとイヴを破壊した。
その結果、多くの機械生命体がネットワークから切り離され、指揮系統に混乱が見られるようになった」
「その話は我々の耳にも入っている。それで君達ヨルハ部隊が総攻撃をかけることになったわけだ」
私はアネモネの言葉に頷く。月面の人類会議は今こそ機械生命体殲滅の絶好の機会であるとし、地上への大規模侵攻作戦の実行を決定。私達は遊撃部隊として地上での戦闘に参加することになった。
統率の取れなくなった敵に対し、最新型のヨルハ機体総員を導入しての攻撃作戦。遂に人類にかつての栄光を取り戻す時が来たと語る月面からの通信に、高揚を抑えきれない仲間も少なくはなかった。
しかし、地上に降り立ったアンドロイド達を待ち受けていたのは、EMP攻撃や視覚迷彩を使用する特殊個体だった。同時に広域型の論理ウイルスがばら撒かれ、予想外の攻撃に苦しんでいた戦闘タイプのアンドロイド達を襲った。離れた場所で警戒を行っていた9Sが駆けつけ、ウイルスの除去を試みたものの、その頃には周囲の味方はウイルスによって自我を乗っ取られてしまっていた。
「9Sが自我データをアップロードした後、ブラックボックス反応を使って二人で司令部に戻ることは出来た。でも、その時には既にバンカーの皆も汚染されていた。誰一人、救えなかった」
ウイルスを通じて話しかけてきた謎の機械生命体。その笑い声と警報が鳴り響くバンカーの中を、かつての仲間達を破壊しながら駆け抜けた。
「お前達二人は、最後のヨルハ部隊なのだ」
司令官の最期の言葉が蘇る。
「バンカーを脱出して、地上へ向かって飛んでいたら、汚染されたヨルハ部隊が襲い掛かってきた。二人で必死に戦ったけれど、9Sはスキャナータイプだから、飛行ユニットでの戦闘も苦手だった。それで……」
私はそこで言葉を切ると目を伏せた。話せるのはここまでだ。
「ごめんなさい。これ以上は話したくない」
「そうか…いや、いいんだ」
アネモネもその先を促すことはしなかった。自身も長年レジスタンスをまとめてきた身、仲間を失ったことを告げることの苦しみは身に染みて理解しているはず。大方ヨルハ部隊との戦闘で9Sが殺されてしまい、私が仲間を守れなかった自分を責めている、そのように解釈したことだろう。何しろ地上ではありふれた話だ。
「それで、2Bはこれからどうするつもりなんだ?近頃じゃ地下から変な塔が出てきた以外、敵の動きに目立ったものはない。砂漠には結構な数が集まっていたようだが、さっきの戦闘で壊滅的な被害を与えてやったから、しばらくの間は安全に過ごせそうだぞ」
「あの塔を破壊する。残存する機械生命体を殲滅するには、おそらくこれが最も効果的」
地上侵攻作戦が失敗に終わってから数日後、突如地下空間から巨大な建造物が出現した。ポッドによると機械生命体の手による物である可能性が高いらしい。現地へ向かってみたところ、建造物は「塔」を自称し、侵入を試みた私に対してアナウンスを行ってきた。
曰く、三ヶ所の「資源回収ユニット」を巡り、「アクセス認証キー」を手に入れること。それを用いて塔のサブユニットにアクセスすれば、メインユニットのロックを解除して中に入ることが出来ると。
ふざけた文言は無視して強引に突入を試みたが、メインユニットには厳重な防壁が張り巡らされていて破壊は不可能だった。
敵の指示に従うなどという行為はしたくなかったが、資源回収ユニットとやらが機械生命体の拠点ならば破壊しておく必要がある。私はそう判断し、機械生命体が通信で送りつけてきた座標データが示す地へと向かった。
資源回収ユニットでの戦闘は困難を極めたが、既に三つ全てのアクセス認証キーを入手することに成功している。今は塔へと向かっている最中なのだったが、砂漠地帯を通りかかった際に偶然機械生命体の通信を傍受した。それが今までにないパターンだったために、つい好奇心を抑えきれず足を運んでしまったのだった。
結果としてレジスタンス達と協力し、機械生命体の拠点を一つ壊滅させることが出来たとはいえ、本来の目的である塔への侵入を後回しにするような行動は推奨されない。今後は目下の任務に直接関係のない情報に惑わされないよう、一層気を引き締めて行動するべきだろう。
そう決意を新たにした上での返答だったのだが、アネモネの表情は曇っていた。
「あくまでも戦うというのか。バンカーもヨルハ部隊もなくなってしまった以上、もうこれまでの命令に従う必要もないだろう」
これはバンカーを脱出した後にポッドにも言われた言葉だ。それに対する答えはとうに決まっていた。
「それでも私は奴らを殺す。命令は関係ない、これは私の意思だ」
大切な人を失ったあの日、亡骸を抱いてそう誓ったのだ。
「…気持ちはわかるが、少しは自分の心配もしたらどうだ。怪我もしているようじゃないか」
さり気なく隠していたのだが、両足にぐるりと回った傷をアネモネは見逃さなかったようだ。
「別にこれぐらいの傷、放っておいたって戦える」
内心の動揺を隠すようにそっけなく答える。幸いアネモネには気が付かれなかったようだが、言葉の内容には同意しかねたらしくより強い口調で言い募ってきた。
「その傷で機械共に後れを取ることがあったらどうする。とにかく少しはここで休んでいけ。何か必要なものがあれば融通しよう」
アネモネの言葉になおも言い返そうとしたが、小さく溜息をついていった。
「そうね。ここはあなたの助言に従うことにする」
死にぞこないの自分のことなど気にかけないでいてほしかったのだが、こちらを心配している者にそれを伝えたところで逆効果になるだけだろう。それにアネモネは仲間を失うことを恐れている。9Sだけでなく2Bも死なせてなるものかと、先程の傷のように私が戦わない方がいい理由を躍起になって見つけてくるかもしれない。ならばひとまずの所は大人しく忠告を受け入れ、向こうが満足したところで抜け出してしまった方が良いだろう。
「今日はここで休ませてもらう。それから、燃料用フィルターが余っているようだったら分けてもらえると助かる」
そう答えるとアネモネは安堵したようだった。心なしか声も明るくなっている。
「今日とは言わず好きなだけゆっくりしていくといい。フィルターなら今は在庫に余裕があるはずだから、いくつか融通しよう。砂漠は砂まみれになるからすぐに交換しないといけないしな」
言われて自らの姿を確認すると、砂漠で激しく動き回ったせいで全身砂だらけになっていた。髪や服だけでなく、靴の中にまで入り込んでいる。一度気が付いてしまうと気になって仕方がない。
「確かに、砂は厄介。お風呂に入れたらいいのだけれど」
思わずそんな台詞が零れる。すぐに失言だと気付いたが遅かった。アネモネは面白いものを見つけたと言いたげにニヤリと笑った。
「ほう?2Bが風呂に入りたがるとはな。まるで人間のようじゃないか」
「…今の言葉は忘れて」
そう言い捨てることしかできなかった。
(感情を持つことは禁止されている)
かつて二人で何度となく繰り返したやり取りが脳裏をよぎる。戦闘のために作られたアンドロイドに感情は必要ない、リリースされた時からそう言われ続けてきた。けれどそれならば。
全てを失ってもなお、私を戦場へと駆り立てるものの正体は一体何なのだろうか?
アネモネに少し一人になりたいと告げると、彼女は私にキャンプの端の小さな個室を案内して、好きなだけ使っていくといいと言って戻っていった。
シンプルなデザインのベッド以外には何もない部屋だったが、レジスタンスの間で共有されているデータベースにアクセスすることで、近頃の機械生命体の動向についての興味深いデータが得られた。一つ比較的高度なセキュリティのものも存在したので侵入してみたところ、難なく突破することができた。中身のデータも有用そうだったためダウンロードしておく。
しばらくそうして過ごしていると、赤い髪を持つ双子のアンドロイド、デボルとポポルが燃料用フィルターを届けに来た。聞けばアネモネは次の作戦の準備にかかりきりらしく、二人が雑用を引き受けているとのことだった。
「9Sのこと…残念だったな、」
荷物を受け取ると、いつも快活なはずのデボルが沈んだ表情で語りかけてきた。私は小さく頷くだけで答えとした。
「2Bはきっと、一人でも戦いに行くんでしょう?」
双子のもう一人、ポポルは悲し気にそう言った。
「あまり無理はしないでねって伝えに来たの」
ポポルのその言葉にデボルも続く。
「そうだ。私たちは治療やメンテナンスに特化しているから、何かあったらすぐに見せに来いよ」
「気遣い、感謝する」
そう答えたものの、二人の言葉が私の決意を揺らすことはなかった。
アネモネが忙殺されている今が好機だろう。立ち上がった私を見たポポルはもう行くの、と小さな声で言ったが、強く引き留めることはしてこなかった。私はそのまま誰にも別れを告げずにキャンプから立ち去った。
今すぐにでも塔へと向かいたいところだが、アネモネの所では補充できなかった物資が必要だった。レジスタンスキャンプを後にした私は廃墟都市を抜け、少数のレジスタンスによる駐屯地へと向かった。
駐屯地はジャッカスの根城だ。彼女はレジスタンスの一員だが、戦闘よりももっぱら怪しげな研究ばかりして過ごしている。
「よく来てくれたね2B。今日も何か入用かな?」
「この前と同じ物を。貰える分だけ」
私の注文を聞いたジャッカスは何処からか小さなチップの山を取り出してきた。
「はいどうぞ。他にもお得意様がいるからね、今渡せるのはこれぐらいかな」
そう言って山の中から数枚を差し出してくる。
このチップは電子ドラッグ、ある一定の時間だけ使用者の身体能力を劇的に上昇させる効果がある。代わりに視覚や聴覚にエラーが発生するが、慣れてしまえばどうということはなかった。
「それにしても2B。今の君はどこかおかしいぞ」
代金を支払って立ち去ろうとしたのだが、ジャッカスの言葉につい足を止めてしまう。
「君は最新鋭のヨルハタイプ、しかもB型だ。アンドロイドの中で最も戦闘に適しているはずの君がこんなものに頼らないと倒せない程の敵が、最近はそこら中にはびこっているとでもいうのかい?」
「それは……」
私は言葉を濁した。ジャッカスは多少頭のネジが外れているようなところがあるが、興味を惹かれる事柄に関しては異常なまでに鋭さを発揮する。無意識のうちに手が得物に触れていることに気付き、自嘲の笑みを浮かべた。過ぎたる好奇心が招くのは身の破滅。いつだって知りすぎてしまった者は処分される運命だということを、私はこの身をもって理解している。
「もしかして、9Sを失ったショックで本来の力が出せないでいるの?うーん、分からないな。ヨルハは戦闘に特化したモデルだから、感情を搭載する必要もないはずなのに…ひょっとすると、感情を利用することで、通常以上の力を発揮することも可能なのかな?」
こちらの動揺をよそに、ジャッカスは興奮した様子で私の手を握ると口早にまくし立てた。
「これは実に興味深いテーマだ!早急にデータを集めないと。早速だけど君、手伝ってくれるよね?」
そう言って期待に目を輝かせているジャッカスを見て、私は溜息混じりに答えた。
「悪いけど、私には優先させるべき任務がある。ここで時間を使うわけにはいかない」
どうやらジャッカスは見当違いをしているようだ。確かに今の私は、ヨルハ2号B型本来の力を発揮できていないかもしれない。しかし大切な人を失った痛みは復讐の力を与えこそすれ、決してその決意を鈍らせることはなかった。そうであれば、こんな場所は早急に立ち去るべきである。今の2Bが求めているのは戦場なのだから。
「えー、これは科学の更なる発展のためなのに……。仕方ない、私はこの辺りで他の実験をしているから、気が変わったらいつでも来てくれたまえ。ね?」
私の返答が気に食わなかったのか、子供のように口を尖らせていたジャッカスだが、思い直したのかいつになくすんなりと引き下がった。
「考えておく」
そう手短に告げると身を翻したのだが、
「あっ、ちょっと待って2B」
「…まだ何か?」
再度呼び止めたうえ、なおも話を続けようとするジャッカスに不満が募ったが渋々振り返る。
「そんなに嫌そうな顔をしないでおくれよ、せっかくの美人が台無しだぞ」
ジャッカスはへらへらと笑っていたが、こちらの冷たい視線に気が付くと肩をすくめた。
「…とまあ、冗談は置いておいて。その様子だと中々無茶をしているようだからね、そんな君に良い物をあげよう」
そう言ってジャッカスは先程の物とよく似たチップを差し出してきた。
「従来品をさらに改良してパワーアップさせたとっておきの逸品だよ。数分間だけなら、スキャナータイプの子だって君よりも力持ちになっちゃうぐらいにね」
ジャッカスは得意気に胸を張る。
「その分精神に与える作用も大きくなってしまったけれど、まあ君が使う分には問題ないんじゃないかと思うよ」
…この人の大丈夫は信用ならない。
「私なら問題ないと言うけれど、根拠はあるの」
私がそう尋ねると、ジャッカスは当然といったようにこう答えた。
「だって君、もう壊れかけだろ?」
塔への侵入は困難を極めた。入手した認証キーでサブユニットのロックを解除したものの、塔そのものへの入り口には厳重な防壁が残されていた。しかも空から大量の機械生命体が現れ、いくら倒しても新たな敵が補充されてくる。これでは入口に近づくこともままならない。
しかしそんな状況は突如一変した。何故かは分からなかったが、デポルとポポルがやって来たのだ。彼女達は私と共に敵と戦ってくれただけではなく、あろうことか己を犠牲にして塔の入り口の防壁を解除した。
私を塔の中へ投げ入れたときのデボルは満足気な顔をしていた。かつてのゲシュタルト計画を失敗に終わらせた原因となったデボル・ポポルタイプのアンドロイドは、常に罪悪感と共に生きることを強いられてきた。彼女達にとって、誰かのために犠牲になることが本望だったのだろう。私にもその気持ちは理解できる。
けれど、私が全てを捨ててでも守りたかった人は、もういない。
今の私に出来るのは、少しでも多くを破壊することだけなのだ。
塔の中は機械生命体でひしめいていた。その全てを蹴散らしながら、上へ上へと駆け上っていく。
途中、双子のような姿形を持ち、同じ赤い服を着た二人の少女が話し掛けてきた。自らを機械生命体のネットワークから生まれた概念人格だと言った彼女達は、私にヨルハ計画の真の姿を記した極秘文書を押し付けてきた。ヨルハ部隊が実は捨て石だったと知った私は怒りに任せて少女に襲い掛かったが、いくら斬りつけても刃がその身をすり抜けるだけだった。
やがて赤い少女はこちらを馬鹿にしたような笑い声を残してどこかへ消え去ってしまった。
あの少女が機械生命体のネットワークから生まれたというなら、言わば敵の大将のようなものだろう。とても生かしてはおけない。
私は塔のさらに上を目指して進んでいった。
そうしてようやく辿り着いた塔の頂上、私はそこで赤い少女と対峙する人影を見つけた。
その姿には見覚えがあった。A2だ。
ヨルハ機体のプロトタイプとして開発された、2Bによく似た姿を持つアンドロイド。
そのA2が、赤い少女達と戦っている。
再度その様子を観察して、私は眉をひそめた。赤い少女達は分裂するかのようにその数を増やしていく。A2はそれらの幾つかを破壊していったが、ある時から攻撃を止めてしまったのだ。
私が不審に思ったのも束の間、大量に増殖した少女達はやがて二つの陣営に分かれてお互いに殺し合い始めた。A2が見守る中、少女達は一人一人と数を減らしていき、やがて消滅した。
私はしばらくの間、自分の目にしたものが信じられなかった。この手で息を止めるはずだった敵が呆気なく死んでいった。しかもあれは、暴走した挙句の自滅だ。
「ふっ、ふふふ……あはっ、あははは、あははははは!」
可笑しくて笑いが止まらない。機械共といったら、どうして勝手に死んでしまうのかな。たっぷりと可愛がってあげるつもりだったのに。毎夜毎夜、君達をどうやって殺してあげようかって一生懸命に考えてきてあげたのに。
復讐すら、許されないというのか。
いや、こんな自分にもまだ壊せるものが残っていた。
「A2……」
ヨルハタイプの実験機として作られた、2Bの原型と言えるアンドロイド。作戦中に姿を消してから、一人で機械生命体と戦い続けてきたと聞いていた。
それなのに、赤い少女達がお互いに殺し合う様を、A2はただ眺めているだけだった。そんな手ぬるいやり方で、よくも今まで生き延びてきたものだ。
そこに敵がいるならば、全力で叩き潰す。容赦など必要ない。攻撃の手を緩めれば、次に地に横たわることになるのは自分の方だ。
「―ここは一つ、偉大な先輩に戦い方のアドバイスをしてあげるのも良いかもしれないな」
そう呟くと、私はジャッカスから入手した電子ドラッグを使用した。最初の頃こそ副作用で身体が思うように動かなかったものの、今ではこれを使うことによって一時的にではあるが戦闘力を引き上げられるようになった。準備が整ったところで、A2の前へと姿を現す。
「2Bモデル?何故こんなところに?」
A2は私の姿を見て幽霊でも見たかのような顔をしていた。しばらく考え込んでいたようだが、やがて何かに気が付いたかのように目を見開いて言った。
「そんな、まさか君は……、」
「死ねええええええっっっ!!」
私はA2の台詞を遮るように猛然と跳びかかった。A2は狼狽した様子だったものの、次の瞬間には剣を構えて私の攻撃を受け止めていた。
出来ることならA2がこの事態に戸惑っている間に仕留めてしまいたい。そう思った私はポッドの支援も利用して容赦なく攻撃を叩き込んでいった。
しかし、どれだけ必死に攻撃してもA2に致命傷を与えることができない。A2は反撃こそしてこないものの、私の攻撃を的確に受け流し、あるいは躱していった。その身のこなしはもはや優雅とでも言うべきものであり、戦闘における経験値の差を物語っていた。
しばらくそうして打ち合っていると、不意に全身が重くなったような感覚に陥った。どうやら電子ドラッグの効果が切れたらしい。
無理矢理に力を振り絞って切りかかったものの、A2の剣に受け止められた勢いで逆に吹き飛ばされてしまう。そのまま床に叩きつけられ、全身がバラバラになるかのような衝撃を味わった。
すぐには起き上がれずにもがく私をA2は見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「そうまでして、何故戦う?これも司令部の命令なのか?」
「…司令部もヨルハ部隊も、皆死んだよ。生き残りはいない」
私の返答を聞いたA2は、理解できないといった風に首を振った。
「ならば何故だ。私達がここで戦うことに、何の意味が、理由があると言うんだ」
私はその間に、刀を杖のようにして何とか立ち上がることができた。
懐から新しいチップを取り出す。ジャッカスがよこしてきた『とっておき』だ。
チップからプログラムをインストールする。身体中に力が漲り、視界のあちこちに極彩色の光が揺らめく。
「戦う意味?理由?……そんなものはただ一つに決まってる、」
私はこれまでとは桁違いのスピードで駆け出すと、その答えを叫んだ。
「楽しいからさ!」
そのままA2に向かって勢いよく刀を振り下ろす。大振りな攻撃なのであっさりと躱される。ここまでは狙い通りだ。
振り下ろした勢いをそのままに、途中で向きを真横へと変える。規格外の動きに腕のパーツが軋んだ音を立てたがそれも無視して振り抜き、A2の脇腹に思い切り叩きつけた。
「――っ!?」
A2は咄嗟に横に跳んだものの、新たな電子ドラッグで強化された力には敵わなかったか、衝撃を殺しきれずに転がっていく。すぐさま追いかけ、立ち上がろうとした所を踏みつけてやった。
「ああ…楽しいね、最高だねA2!」
もはや刀を振るのさえもどかしく、がむしゃらに拳を振るう。殴りつけるたびにA2がうめき声をあげるのを聞くのが堪らなく気持ちいい。
「斬って、殴って、潰して、壊すんだ!こんな世界にあるもの、全て消えてなくなればいい!」
自分の中の感情が溢れ出していく。無茶な攻撃を繰り返す身体が徐々に破損する一方で、思考がクリアになっていくのを感じる。
壊せ。壊せ。コワセコワセコワセ。
目の前のA2を力の限りに蹴り飛ばすと、勢いが強すぎたのかこちらの右足が奇妙な方向に曲がってしまった。無理矢理元の位置に捻じ込むと、頭を貫くような鋭い痛みが走り思わず歪んだ笑みが零れる。今の自分にとっては、もはや痛みすらこの楽しみを彩る要素の一つでしかなかった。
先程の蹴りで吹き飛んでいったA2はというと、意外にもまだ力が残っていたらしく立ち上がってしっかりと剣を構えてきた。
A2がその眼に明確な殺意を宿していることを見て取った私は歓喜の声を上げた。
「やっとその気になってくれたんだねA2!二人で存分に殺し合おう!」
A2は答えなかった。静かに剣を構えなおし、猛スピードでこちらに向かって走ってくる。私も気付けば刀を握り駆け出していた。
最後の瞬間、電子ドラッグによって極限まで研ぎ澄まされた思考によって時間までもが遅くなったようだった。
A2の振り下ろした剣が私の首を刎ねようとする寸前、何故かその動きが止まった。その表情はまるでたった今大切な何かを思い出したかのようだった。私は躊躇わずA2の胸へと刀を深く突き刺した。
A2の身体から赤い液体が噴き出す。
「約束…2B、すまな、い……」
A2はそう呟くと、床に倒れてそのまま動かなくなった。私はその胸に突き刺さった刀を抜こうとしたのだが、返り血で手が滑って上手くいかない。力任せに引き抜こうとしたものの、勢い余って血の海に倒れこんでしまった。
ちょうどクスリの効果も切れたのか、そのまま指一本動かせない。横になっているはずなのに視界が絶えず回って気持ちが悪い。
(ああ、このまま死ぬのかな)
そう思うと面白くなってくる。全てを破壊しようとしておきながら、先に自分が壊れてしまうなんて、あまりにも滑稽だ。
いや、壊れてしまっていたのは、もうとっくの昔のことだったのかもしれないな。
薄れゆく意識の中で、私はそんなことを考えていた。
塔での戦闘から数日後、私は一人、かつての商業施設跡地に向かっていた。
A2との戦闘を終えた後、私は機能を停止したかと思ったのだが、死亡するまでには至らなかったらしい。ポッドが私の身体を運んでいったため、気が付いた時には私はレジスタンスキャンプのベッドに横たわっていた。
デボルとポポルが亡き今、十分な治療、メンテナンスを行える者は少ない。それでもアネモネは私に出来る限りの治療を施してくれていた。
一度は死を覚悟したものの、生き延びたからにはまだやるべきことが残されている。
私はレジスタンスキャンプを後にし、かつて二人での任務で訪れた様々な場所を巡った。
そうして最後にやって来たのがこの商業施設跡地だった。
建物の中に入ると、真っ直ぐにある場所を目指す。
草をかき分けて作られたとある一角に、アンドロイドの少女の身体が横たえてあった。
その横に跪いた私――いや、僕――ヨルハタイプのアンドロイド、9Sは酷く優しい声で囁いた。
「久し振りですね、2B」
僕と2Bが二人でバンカーから脱出したあの日のことを、何度思い返したことだろう。
僕はスキャナータイプだから、飛行ユニットでの戦闘も苦手だった。僕より数倍も戦闘が得意な2Bが作戦があると言うから、言われるがままに飛行ユニットの制御を渡した。
すると2Bはあろうことか、僕だけを戦闘区域から離脱させてしまった。どれだけ抵抗しても無駄だった。遠ざかる2Bの姿に向けて、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。
飛行ユニットが不時着した後、2Bのブラックボックス信号を必死に追いかけた。やっとの思いで辿り着いたその時には、2Bの身体はウイルスに汚染され、ブラックボックスも何者かに破壊されていた。
僕の2Bは、もう死んでいた。
それからしばらくの間のことは、あまりよく覚えていない。あてもなくさまよい続け、気が付いた時には大量の機械生命体に囲まれていた。
僕を見つけた機械生命体が群れを成して襲い掛かってくる。僕一人で相手取るのは到底不可能なほどの数だ。それに、戦おうという気すら起こらなかった。
多分、死に場所を探していたのだと思う。
ヨルハ部隊は僕を除いて全滅だ。司令部もバンカーも、今頃宇宙の塵にでもなっていることだろう。
そして何より、2Bが、いない。
僕の生きる意味は、今や全て失われてしまっていた。
機械生命体の攻撃に打たれ、身体が少しづつ損傷していく。全身を苛む痛みに耐えながら、僕は彼らにされるがままになっていた。
「警告:ヨルハ機体9S、義体損傷率15%。推奨:当該地域からの速やかな離脱」
そんなポッドの言葉も今は虚しいだけだった。僕は吐き捨てるように言った。
「離脱?僕一人がここから逃げ延びてどうするっていうんだ?」
スキャナータイプの任務は、戦闘前の情報収集がメイン。戦闘になった際には後方支援を担当する。一緒に戦ってくれる人がいないと、僕は余りにも無力だった。
ヨルハ部隊は消えてしまったけれど、地上にはまだレジスタンス達が残っている。戦いなら彼らが好きにやればいいではないか。
そこまで考えたところで、僕は重大な事実に思い当たった。
2Bが死んでしまった後も、他のアンドロイドが、機械生命体が、のうのうとこの世界で生きていく。…そんなことを許してしまっていいのか?
2Bがいない世界が存在していいはずがない。そんな世界は破壊されるべきだ。
でもどうすればいい?僕は2Bのいない世界でこれ以上生きていたくはない。こんな世界からは一刻も早く消えてしまいたい。
僕は大いに悩み、そして気付いた。
…この世界に2Bを造り出すしかない。
決意を固めた僕は機械生命体をハッキングして周囲を攪乱させた隙に戦闘から離脱、計画の実行に向けて動き出した。まずは2Bとしての肉体を手に入れる必要がある。
「…転送装置が使えるかな、」
僕はそう呟いた。
ヨルハ部隊は転送装置を利用してバンカーと地上のあちこちを移動しているが、実際に移動しているのは利用者の自我データだけである。身体の方は、その都度装置の中で新しく合成されているのだ。装置に残された義体のデータは一定期間の後に削除されてしまうが、最近使用されたものならまだ望みがあった。
僕は地上を回り、2Bが最後に利用した転送装置を見つけ出した。幸い、装置内のデータは無事だった。僕はすぐさま2Bの義体の製造を試みた。
僕の挑戦はおおむね成功したが、一つ思わぬ誤算が生じた。転送装置に残されていた義体の元となる素材が想定よりも少なかったのだ。完成した義体は2Bと寸分違わぬ姿形をしていたが、足から下が完全に欠落してしまっていた。
残りのパーツを工面しようにも、商業施設跡地に残してきた2Bの義体は論理ウイルスの浸食が激しく、とても利用できる状態ではない。他のヨルハ部隊のB型タイプの義体も探せば見つかるはずだが、彼らもウイルス攻撃を受けていた。状況は似たようなものだろう。
しばらく悩んだ末に、解決策は一つしかないという結論に達した。
僕は作ったばかりの2Bの義体の側に座り、数回深呼吸をした。そして覚悟を決め、刀を手にすると、自分の両足を一息に切り落とした。
これまでに経験したことのない程の痛みに、目の前が赤く染まった。すぐにでも意識を失いそうなところを懸命にこらえ、切り取った両足を2Bの義体に取り付けた。
義体の断面同士が触れ合ったところから激しく煙が噴き出す。接着が上手くいったかどうか確かめる余裕はなかった。僕は最後の力を振り絞り、新しく出来た2Bの義体へと自我データをアップロードした。
一瞬の意識の断絶の後、気が付くと地面に横たわっていた。自我の転送は問題なく終了したようだ。無理な接続をした足には鈍い痛みを感じるものの、動かす分には問題はない。 立ち上がって己の姿を確認する。僕のパーツと2B本来の細く美しい、それでいてしなやかな力強さを持つ身体とでは大違いなのだが、同じ衣服を纏ってしまえば周囲の目をごまかすには十分に思えた。
音声データは僕の記憶領域にあるものをサンプリングして使用することにした。
「9S」
試しに口に出してみる。2Bの声だ。思わず心がざわつく。
「…ナインズ、」
そこまで口にしたところで小さく首を振った。これは自分を慰めたり、感傷に浸るための手段ではない。2Bの幻に焦がれている暇はない。これからは僕自身が2Bとして、このくだらない世界に蹴りをつけるのだ。
大丈夫、僕ならばきっと上手くやれる。これまで、2Bのことなら何度シミュレーションしてきたか分からない。彼女がどんな風に動き、話し、戦うのか。僕は彼女のどんな仕草も見逃さなかった、例え側にいなくても、僕のメモリーの中で彼女は共にいてくれた。僕がずっと頭の中でしてきたことを、実際にやって見せるだけでよかった。
ただ、ポッドの対応については困ってしまった。これからは僕のことを2Bとして扱うように命令してみても、「否定:当該機体はヨルハ九号S型である」の一点張り。これではすぐに正体がばれてしまう。仕方がないので、ポッドには今後一切の発言を許可しないことにした。
こうして僕は新しい2Bとなった。あちこちを走り回り、沢山の機械生命体を殺し、A2を殺した。
そして今、2Bの元へ帰ってきた。
商業施設跡地はすっかり廃墟と化していて、建物の中にまで植物が生い茂っている。僕はその中で見つけた白い花が咲いている場所に2Bの遺体を座らせた。
2Bの身体は丈夫だから、見た目に反して意外と重さがある。電子ドラッグを乱用してボロボロになった身体には少し運ぶだけでも重労働だ。作業を終わらせ、自分も隣に腰かけた時には思わず溜息が零れた。
ここまで来るのにかなりの時間がかかってしまった。僕には随分と荷が重い任務ばかりで苦戦してばかりだったからだろうか。でもそれも今日までだ。もう少しで、僕もこの世界から消えることが出来る。2Bと同じように。
僕は懐から小さな装置を取り出すと、いくつか操作して決定ボタンを押した。
数秒の後、遠くでくぐもった音が響いた。それとほぼ同時に地面が大きく揺れ始める。計画は成功したようだ。これが僕の、この世界への復讐だ。
A2との戦闘を生き延びた後、僕は2Bとの思い出の場所に爆弾を仕掛けて回った。レジスタンスキャンプからくすねたものに僕オリジナルの改良を加えた、辺り一帯地下の地盤まで破壊してしまうような代物だ。
あと数分と足らずに、この地上は瓦礫で埋め尽くされることになる。とは言え僕自身は粉々になって死にたくはなかったので、この場所の爆弾の作動は少し遅くしてある。
僕は隣に座る2Bの手を握ると、その自我データにアクセスした。
論理ウイルスに汚染されてから時間のたった自我データは、ほとんどが空白と意味のないノイズで埋め尽くされている。こうして内部に侵入した僕の身体でも急速に感染が進行している。おそらくこうして意識を保っていられるのはほんの数分だろう。
膨大な記憶領域を懸命にかき分け、ようやく僕は破壊を免れた領域に辿り着いた。
そこには断片的ではあるものの、確かに2Bの記憶が残されていた。司令官と話す2B、黙々と戦闘訓練を行う2B、僕と一緒に任務を遂行している2B。
…そして、泣きながら僕の首を絞めている2B。
これまでに自分が何回も2Bに殺されているということは知っていた。真実に気が付いた時には衝撃を受けたが、それでも2Bを思う気持ちには変わりがなかった。彼女に殺され、また会えるなら、何度死んでも構わなかった。
2Bが僕のしてきたことを知ったら、一体どう思うだろうか?無意味な復讐に身を燃やすなんてと叱るだろうか?一人でよく頑張ったと褒めてくれるだろうか?
何でもいい。もう一度声が聴けるなら。
ウイルスの感染が自我データにまで及び、意識が急速に遠のく。けれどもう十分だ。2Bの思い出の中に僕がいた、それだけでいい。
「 」
届けたかった気持ちは、もはや声にならなかったけれど。
――最後の瞬間、微かに手を握り返されたような気がした――