矯正収容
どうする。やめとけ。そろそろ限界だ。まだいける。近くにコンビニがある。だからなんだ。強盗するか。してどうする。金がないだろ。他に手段は。考えただろ。だからって。やるしかない。考え直せ。もう駄目だ。
強い日差しのせいか、激しい頭痛が俺に襲いかかる。それと共に、目が血走り、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
「おい」
男の声が聞こえる。
今話しかけられたか? ……いや、俺に身内はいない。知り合いもいない。気のせいだな。
「おーい。無視はないだろ」
また声がする。
誰か知らんが早く返事してやれよ。鬱陶しくて仕方がない。
「君のことだよ」
肩に腕が回された感覚がある。
そこで俺は初めて自分が話しかけられていることに気がついた。
「あ? んだよ」
俺は男を睨みつけるように言う。
初対面にしては失礼かもしれないが、知らん奴に気を遣えるほど俺に余裕はない。
「君今、よろしくないこと考えてたろ。いや、変な意味じゃないよ」
男は怯むことなく話しかけてくる。
よろしくないこと? なんのことだ。俺は至って正常だぞ。
ゔっ。また頭痛が俺を襲う。
「腕、降ろせよ」
今度は的確な殺意を持って男を睨みつけた。
それ以上俺に構うなら、何するかわからねえ。
早く降ろせ。早く降ろせ。
「おいおい、そんな怒んなよ。俺はただ」
俺は男の顎めがけて思い切り拳を振り上げる。振り上げた。感触はある。
「!?」
が、俺の拳は男の顎には届いていなかった。
「うーん。いきなりだな。しかし、ここで能力を使わなかったのはいい判断だ」
俺の拳は見事に男の手によって押さえつけられている。そして、かなりの力で拳は元の位置に戻される。
何故だ。明らかにおれの拳はこいつ顎に当たったと思ったのに。
そして何だ。この男今なんて言った。能力を使わなかった? 何故俺が能力者だと知っている。
「えーと、これかな」
男は小さい紙のような物をポケットから取り出す。
「チェイサー・ストリート1992年5月14日生まれ現在17歳。スロッグ街で育ち、11歳の時に謎の事件に巻き込まれて両親と妹を亡くし、兄が行方不明。その後、養護施設に預けられる。ここまでは合ってるかな?」
「お前、ナニモンだ。それと、チェイサー・ストリートなんて奴なんざ知らん」
俺は警戒しつつ言う。
この男、何で俺の名前知ってんだよ。個人情報を掴まれるきっかけなんてなかった気がするんだが。
一応とぼけておいたが……、
「成程。用心深い奴っと」
だよな。
男はその紙に付け加えるようにしてペンを走らせる。
「続けるぞ。えーとどこまで読んだっけかな」
男が紙に目線を落とす。
今だ!
俺は勢いよく屈んで男の腕を振り払う。
「待て。今逃げてどうする。話はすぐ終わるから」
しかし、それは実現できなかった。
男の腕に力が入るのが分かる。
そして、一歩も動けない。というより、足が動かない。もしかしてこの男も能力者か?
「まあ少し聞け」
「……分かったよ」
「養護施設で2年過ごした後、14歳の時に突然姿を消す。そして現在。……な? すぐ終わったろ? つまり捜索願いだよ。不思議な事に、出されたのは昨日だけどね」
「……だから何だよ」
この男、やはり……。
「おかしくないか? 3年前に行方不明になって、昨日に捜索願いってのは」
「……だから」
「だからってのはねぇだろ! 知らないわけじゃないだろ? この国で能力の使用は法律で禁止されてんだよ」
男は俺を引き寄せるようにして叫ぶ。
しかし、俺はここで怯む必要はない。
「知ってるよ。そんくらい常識だろ。俺は一切使ってないぞ」
そうだ。俺は使った覚えはない。
「お? とぼけるのは止めにしたのか。けど、使わせるのも犯罪ってのは知ってるか?」
「何!?」
そんなの聞いた覚えが無いぞ。俺が知っている限りでは、能力は本人の物だから、罪は使った本人が背負う事になるって法律だった気がするんだが。
「その反応は心当たりがあるんだな」
……悔しいが、ある。あるが、証拠は無いはずだ。バレることもないと言っていたし。もしかして鎌をかけてるのか? ……だとしたら、ここは誤魔化すか。
「い、いや。使わせた事はないが、初めて聞いたもんだからな。少し驚いただけだよ」
「ほぉー? そうかそうか」
しばらく注意深く見つめた後、男は顎に手をやって怪訝そうに言う。
「この場合はどうなんかねぇー」
男はボソボソと小さな声で言う。
何を言っているかは聞き取れない。
「まっ、いっか」
男は開き直ったように明るく言う。
「そうそう。忘れてた。はいこれ」
男は俺に名刺のような物を渡す。
そこにはこう書かれていた。
クリミナルスクール 教育者
ナインハーズ・ライムネス
電話番号や住所などは消されている。
そして、やはりな。
「クリミナルスクールか」
「おお! 知ってるのか。意外と知名度高い?」
男は愉しげに言う。
「一部じゃ都市伝説と化してるよ。何しろ、犯罪を犯したら無理矢理入れられるって言う話もある位だしな」
俺もチラッと聞いただけで詳細はわからないけどね。
「そうかそうか。なっ。条件は達して無いけど、どうだ。特別枠として来ないか?」
男はにっこりとし、知っていたのがそんなに嬉しかったのか、先ほどより少し高いトーンで話してくる。
条件は達して無い……。と言う事は上手く誤魔化せたか。それはそうと、
「いや、行く気はない。要は済んだか? 俺はもう行くぞ」
面倒な事はごめんだからな。
歩き出そうとするが、また男の腕に力が入る。
「待て待て。よーく考えろ。君は今、強盗しようとか思ってるよな。もし強盗なんざしたら、強制でクリミナルスクールに収容だぞ。しかし、強盗しないと金がないんだろ」
男は俺を脅す様にして低く、ハッキリとした声音で話してくる。
確かに金はない。強盗しようとも思っていた。
だが見つかんなければいい話だ。別に今日無理にやらなくてもいい。今日1日我慢すればいいんだ。何処か遠くに行けばすぐにはバレないだろ。
「別に強盗なんてしないよ」
今日はね。
「ナインハーズさん? も俺に構ってないで、条件とやらを満たしてる奴を捕まえに行った方がいいんじゃない?」
俺は煽る様にして言う。
しかし、ナインハーズは気にすることもなく続けて言う。
「確かにその通りかも知れねえな。だが、君も今日じゃないにしろ、いつかは犯罪を犯す気だろ? 前科持ちで生きるか、平穏で健康な生活を送るか。どっちがいい」
「そんなに社会は優しくないだろ」
実際、能力者に対する社会の目は鋭くて触れられたもんじゃねえ。普通に生活するなんて無理なもんだ。
「それは、君が受け身だからだろ。こっちから関わり合いを持たないと、受け入れられるもクソもないぞ」
こっちから、か。俺だって思ったさ。だが、そんな簡単に実行できるもんじゃないんだよ。できてたら、能力者達は差別や迫害なんてされてねえ。
……けど、もしかしたら実行できなかったんじゃなくて、実行しようとしてなかったんじゃないか?
よく考えたらクリミナルスクールに入って損な事は無い。ここで断っても得もしないし、チャンスを棒に振るだけだ。
チャンス? そうだよ。これはチャンスだ。ここで無駄に意地をはって何になる。
そして、特別枠と言っていた。特別枠は他より優遇されているのかもしれない。
「……特別枠って何だ?」
俺は恐る恐る聞く。
一度断ってしまった手前、そんなに積極的には聞けない。
「お! 興味持ってくれた?」
しかし、ナインハーズはそんな事は気にしていないようだ。
「普通は犯罪を犯すか未遂かで収容対象になるんだけど、特別枠はいわば推薦やスカウトみたいなもんよ。特別枠な事によって、ジャスターズに入りやすくもなるしね」
「ジャスターズ?」
聞いたことない名前だな。
「知らないのか? クリミナルスクールを知っててジャスターズを知らないのは珍しいな」
「そんなに有名なのか? そのジャスターズってのは」
「有名……ではないな。確かに。だが、最近普及しつつある」
……やはり聞いたことないな。言っても俺はそこまで世間に詳しいわけではないがな。
しかしこの反応、クリミナルスクールとジャスターズはセットな情報として出回ってるっぽいな。
「まあ、そのジャスターズとやらは追々知る事になりそうだし、今はいいや」
「確かにそうだな。……ところで、さっきの件は」
あ、忘れるところだった。
「なんかそこまで不自由なさそうだし、いいよ。いや、よろしくかな?」
「ふふっ。ああ、こちらこそよろしく。強制収容ならず矯正収容かな」
ナインハーズは微笑みながらそう言った。
「ところでさ。そろそろ腕下ろしてくんない?肩が痛いんだけど」
「あ、すまん忘れてた」