それにしてもこの敵、俺が気付かないうちに何度も攻撃を仕掛けられたんじゃないのか?
それなのに、攻撃をしない理由はなんだ?
様子見? 能力の発動に時間がかかるとか?
もし後者の場合は、今すぐ俺が動かないと危険だが。
今まで気付かれない保証もないだろう。
とすると、相当な能力者か馬鹿だな。
まあ、どっちにしたって殺りあってみないと分からないがな。
「おい、そこのお前。それ以上動くな。一歩でも動いた瞬間殺す」
俺はペンを握りしめ、姿勢は変えずに相手を脅す。
動いたら殺すというのは本気だが、実際人を殺した事は無い。
これが初デビューになるのかと、思わずため息をつく。
さっと、玄関のやつが動く物音がする。
俺は渋々ペンを離す。
するとペンはものすごい勢いで玄関に飛んでいき、対象の喉に突き刺さる。
「ペンをバネの形状にすれば飛び道具にもなる。勿論、俺から離れたペンは元通りになってお前に突き刺さる。まあ、試した事は無いから成功して内心ホッとしてるよ」
俺は玄関の方を向き、話しながら歩き出す。確実に相手の息の根を止めるためだ。
そいつは扉を背に倒れ込んでいた。どうやら死んだようだ。
やけにあっさり逝ったと思い、顔を覗き込む。
……そいつは女だった。
歳はわからないが恐らく若いのだろう。やけに美形で、出会う場所が違っていれば惚れていたかも知れないと思うほどだった。
その時、俺は少し罪悪感を感じた。
初の人殺しが女であり、殺すのには惜しいような気がしたからだ。
そして何より、こいつは最初から最後まで無抵抗だったのだ。
もしかしたら敵じゃ無い可能性があったかもしれない。
そう考えると、やけに罪悪感が沸いてくるのが分かる。
それがいけなかったのだろう。
俺が死体を起き上がらせ、ベッドに運ぼうとした瞬間。
女の目がキッと開き、喉に刺さったペンを抜いて、俺の目めがけて振り下ろして来た。
「うぉ!」
これには思わず声が出て、避けると共に体勢を崩す。
「馬鹿なやつだ。私に罪悪感を抱くなど、素人のすること!」
再び女は、俺にめがけてペンを振り下ろして来る。
息の根は止めたと思っていたが、生きていたことに気が付き、更に殺されかけているとすると、俺の行動は1つだった。
俺はペンを避け、仕方なく女めがけて拳を振るう。
しかしその拳は、女に当たることなく空を切った。
「えっ」
動揺していたのか、俺は振り上げた腕に2撃目を喰らうことになった。
ブスッと、鈍く鋭く音を立てて、俺の肉を断ち切るのが痛覚を通して感じる。
「っ」
声は出なかった。
驚きと痛みが重なり、言葉が出せなかったのだ。
だが、それより先に感じた事は、こいつになぜ拳が当たらなかったって事だった。
人を殺したことがなく、女も殴ったこともない。と、理由をつけるのは簡単だった。
しかし、的確な殺意を抱いて放った拳が、そう簡単に軌道をずらすわけがない。
考えられるのは、こいつの能力の影響ということ。
俺は地を這いながら、ベットの先の窓に近づく。
逃がさないと、女が近づいてくる。
俺は壁に触れ、脆くする。
そうすると、今まで何気なく立っていた壁が、カルシウムの足りていない骨の如く脆く崩れていく。
女は落ちることを気にしてか、俺の手前で止まる。
しかし、それこそが俺の狙い。
外に出れば、狭い部屋より十分に立ち回れる。
俺は床も脆くして坂を作る。
そうすることにより、体勢を崩しながらでも外に出ることに成功した。
どうせ2階くらいの高さだろうと、落ちながら下を見ると、20メートル先くらいに地面が見えた。
「ちょっ、高くねーか!?」
よく思い出してみると、部屋の高さも広さもやけにあった気がする。
あらゆる能力者にあわせた大きさなのだろうが……。
どうやら俺の部屋は4階だったようで、ハンズが問題児だったのも関係し、普通の1300号室の並びとは違った場所だったようだ。
1階5メートルって事務所ビルかよっ。とツッコみたくなるが、今はそんな余裕がないらしい。
このままいくと、完全に全身打撲で死ぬ。
能力で全身の強度を上げても、衝撃で内臓破裂は免れないだろう。
体勢を崩しながら落ちたからか、建物との距離は決して近くない。
とすると、残された道は1つ。
全身の強度をマックスにし、地面に当たったそばから脆くして、クッションを作る。
俺は全身に力を入れ、衝撃に備える。
地面とあと少し。というところで、ある男に話しかけられた。
「おお、チェス。連絡くれって言ったけど、随分ダイナミックだな」
「え、スウィん゛ん゛」
話しかけられたことにより緊張が解け、能力を解除してしまった。
勿論衝撃は直に伝わり、俺は全身を強く打ち付けて死んだ。
はずだった。
「何やってんだよ。下手な着地だな」
「え、俺生きてる。俺生きてるよ! スウィン!」
不思議と痛みはなく、かすり傷すら無かった。
「何言ってんの? 能力者が4階から落ちたぐらいで死ぬかよ」
「え? そうなの」
クリミナルスクールに入ってから初耳が多い気がする。
ってか、俺が常識人じゃないのでは?
「で、なんで落ちて来たの。まさか苦戦して逃げて来たとか言わないよな」
「そ、そんなわけないだろ。これは戦にゃく的撤退だ」
「噛んでんじゃねえかよ」
ミスった。
「それより、スウィンはもう地獄とかいうふざけた設定はいいのか」
「ふざけてねえよ。お前の言う通り幻覚使いだっただけだ。1発殴ったら気絶しちまったよ。ったく、手応えのない奴だったな」
流石戦闘厨。本当に鬼と対面しても勝ちそうだな。
「それで。あの女が敵か?」
スウィンは上を見て、俺の部屋を指さす。
「よく見えるな。そうなんだよ。あいつ不思議なやつで、殺しても生き返って来た」
「殺しても生き返るか。蘇り系か怨念系か、はたまた相手の感情を利用する系か」
俺はビクッと肩を動かす。
「か、感情利用ってなんすか?」
少し思い当たる節があるような。
「ん? なんで急に敬語なんだよ。まあいいや。感情利用ってのはな、相手の弱味に付け込んで……。例えば可哀想だったり、罪悪感に付け込んで、相手の力を借りる事で自分が強くなる感じだ。その感情が大きければ大きい程強くなる。まあ、古いやり方だ。そんなのに引っかかるやつはいないし、多分他の2つだろ」
「だ、だな。蘇りかー。それは勝てないなー」
俺は棒読みになってしまう。
「なんだ。さっきから気持ち悪いな。残念だが、あの女は追えねえな。高さがあるし、他に仲間がいるかも知れねえ。とりあえず、今は2人で行動した方が得策だな」
なんかスウィンが、スウィン兄貴に見えて来た。
……いかんいかん。こいつは末期レベルの戦闘厨だった。
こいつに従えられたら、どんな命令をされるかも分からない。
考えただけで震えが止まらない。
「それにしても、不自然だな」
その一言で、和んでいた空気が一瞬で凍りつく。
「不自然って。やっぱりあれか?」
「ああ。あれだ」
やはりスウィンも疑問に感じていたか。
「あの姉ちゃん美人過ぎるよな。戦闘に向かないと思うんだけど、スウィンはどう思う?」
「違えよ殺すぞ。部分麻酔みたくしてお前の腸引きずり出すして見せるぞ」
怖ー。冗談に決まってるのに。まあ、あの女が美人だったのは嘘じゃないが。
「冗談だ。明らかに人が少ないって事だろ」
「ああ。普通、こんなあからさまにテロ起こされたら、スクール側が対応しなくても、警察くらいは来んだろ」
「確かにな。それに、生徒も先生も見当たらない。スウィンは電波で探せないのか?」
「もうやった。幻覚野郎を殴ってから反応が消えた。俺も踊らされてたって訳だ」
そう言うと、むしゃくしゃしたのか頭を掻きむしる。
「けど不自然じゃないか? 幻覚を見せられてた割には攻撃を受けてないし、あの女が俺の部屋に入るまで、誰も気が付かなかった訳だろ? 人がいないにしろ、最初の警報みたいに何か鳴らないのか?」
「それ含めて不自然って言ってんだ。物音1つさえしないし、誰も電波に引っ掛からねえ。敵でさえもな」
「能力を封じられてるって事か?」
「そうかもしれねえが、する意味が分からなくなってきた。能力を封じることが目的なら、既に俺らは殺られてるはずだ。だが、一向にその気配がない。何より、俺はお前を探知できてる。別に能力が封じられてる訳じゃなさそうだ」
「……なら」
「ああ。最初言ってたように、俺らがテレポートされたか、俺ら以外がテレポートされたかだな」
「後者は無いんじゃないか? 2人と他何千人を天秤にかけたら、明らかに2人の方が楽だろ」
「そうだな。……今から言うのはあくまで考えの1つでしかないが。もしかしたら、既に戦闘は終わってるのかもしれねえ」
「戦闘が? いくらなんでも早すぎないか? ……それって、どっちかが勝ったって事か」
「キューズ側か、スクール側がな」
「スクールが勝つのは分かるが、キューズが勝つって事は無いと思う。スウィンも知っての通り、無能力者のナインハーズですらあの強さだぞ。そんなのがコロコロいて、こんな早く負けるはずがない」
「俺もスクール側が負けたとは思ってねえよ。だが、万一って事もある。ここで俺たちが取るべき行動は、待機だ」
「は? 待機? 何でそうなるんだよ。侵入者全員ぶっ飛ばして、この状況を打開するんじゃねえのかよ」
「それは違うな。もし戦闘が終わってる場合。テレポートではなく、電波を妨害する術を持っているとしたら、キューズは下準備がかなり整っていたに違いない。恐らく、昨日入って来たお前以外の能力は、全て調べ上げられてると思っていい」
「そんな……。そんなに、キューズってのは完成された組織なのかよ」
「年季の入った組織だ。そこら辺のチンピラなんか、目じゃねえくれえにな。勿論、俺ら元犯罪者も同様だろうよ」
勝ち目がねえ。それって、先生生徒1人1人に、相性のいい人材を配置できるって事じゃねえか。
これまでアクションを起こして来なかったのは、今日の日のためかもしれない。
俺が絶望していると、スウィンが躊躇いもなく口を開く。
「とりあえず、校舎の中入るぞ」
「は? 何でだよ。校舎の中じゃ、俺もスウィンも十分に能力を発揮出来ねえだろ。それに、外の方が視界が広くて、どんな角度からでも対応出来る。お前の言う、得策ってやつじゃないぞ」
「狭いからいいんだ。狭いからこそ、防御を一点に集中できる。この建物は犯罪者用だから、普通より何十倍も頑丈に出来てる。壁を背にすれば、前と上だけ注意すればいい」
「そう言われれば、そうだが。……やっぱり危険な気がする。頑丈ってのに囚われすぎると、不意を突かれるぞ」
「それを込みで、外よりは安全だって話だ。前後左右上下。全て警戒するよりは、上と前の方が楽だ。それに、相手も狭いのはアドバンテージとは限らない。ついて来たくなければ来なくていい。勝手に死んでも知らんぞ」
「……分かった。校舎に入るよ。ただし、1つ条件がある。相手が何人であろうと、戦闘になりそうだったらすぐに逃げる。これを守れるならついていこう」
「何で逃げる必要がある。100人とかならともかく、相手が1人なら先に潰した方が後々いいだろ」
「そこがスウィンの足りないところだ」
「あ? 喧嘩売ってんのか?」
「そういう訳じゃない。相手は俺らの能力を知ってて、こっちは知らない。広ければ、立ち回りながら相手の能力を推測できるが、狭いとその時間がない。逃げて追ってこなければよし。追って来たら立ち回りながら推測。このスタイルが得策だろ」
「……それもそうか。殴り足りねえ気分だが、今は私情を挟んでられる状況じゃねえしな。分かった。そのスタイルでいこう」
そう言うと、俺とスウィンは昇降口に向かって歩いていく。
さながらヒーローを思い立たせるようなその2人の歩みは、廃坑した世界を救うような、そんな勇敢さがあった。
「ところでスウィン。手の怪我どうなった?」
「ああ。ちょいと脳を弄って治した」
「……お前やっぱ怖いわ」
「ん?」