校舎に入り、俺たちが最初に向かった場所は、
「職員室?」
「流石にいねえか」
「いないって?」
「いや、クリミナルスクールってのは、先生全員が戦闘員な訳じゃないからな。もしかしたら逃げ隠れてる先生はいないかと思ったが、流石にそうはいかないかと思ってな」
先生全員が戦闘員な訳じゃなかったのか。
じゃあ、ナインハーズは戦闘員だからあんな強いのか。
「しょうがねえ。市街地行くぞ」
スウィンは職員室を少し覗いた後に、その市街地という謎の場所に歩みを進める。
「ちょっと待て。まず市街地ってどこだ。そして、狭い場所って話じゃなかったのかよ」
「……少し考えたんだが、やっぱり広い場所の方がいいと思ってな」
「何だよそれ。結局俺の言う通りになるじゃねえかよ」
「そうとも言えねえぞ。外ならどこでもいいって訳じゃない。市街地だからこそいいんだよ」
「は?」
スウィンについて行くと、やがて上の方に市街地と書かれた扉が見えてきた。
「市街地って、岩や森林みたいなやつか。ハンズは試練とかなんとか言ってたな」
「ああ。ここならを時間を潰せる」
俺の中ではてなマークが浮かぶ。
「ん? あ、お前はこの施設の仕組みを知らなかったんだったな」
それに気が付いたのか、スウィンが説明をする。
「ハンズの言ってる試練ってのは、知っての通りこの施設達の事だ」
「おう」
「それで、この施設。なぜ俺ら問題児が入り浸っているかと言うと、時間を操作できるからだ」
やっぱり問題児だったのか。
ってか、え? 今なんて言った?
「今なんて言った?」
思わず心の声と同じ言葉を繰り返してしまう。
「ビックリするだろうな。そりゃ」
「いや、ビックリと言うよりは、理解できない方が大きいな」
つまりどう言うことだ?
「時間を操作できるってのは、遅くも速くもできるって事だ。残念ながら過去には戻れないがな」
いやいや、十分すぎる機能だろ。
疲れた時とかに、休み時間ここに来れば寝れるって訳だろ?
……あ、昨日のやけに時間が経つの早いと思ってたら、これのせいだったのか。
お陰で昨日は全然寝れなかったんだよな。
「授業に参加してない俺らからすれば、早く時間が過ぎてくれるのは好都合だからな」
やっぱりサボる為か。
……ハンズ。あいつは授業をサボって、俺の事をからかってたのか。暇かよ。
「にしても、何で市街地なんだ? 岩場とかなら、地形を利用して立ち回れたんじゃないか?」
「立ち回りなら、確かに他の施設がいい。だが、ここなら」
そう言いながらスウィンは扉を開ける。
その中はやはり広く、ビルのような建物がひまわり畑のように連なっていた。
まるで、本当に一つの都市をここにくり抜いたように、それだけ完成された施設だった。
「右見てみろ、ここの壁に薄く窪みがあるだろ」
スウィンに促されて右を見ると、そこには確かに薄く窪みがあった。
「これがどうしたんだ?」
「ここを押すと」
スウィンがその窪みを押すと、グググとその横に部屋が出てきた。
「隠し部屋兼操作室が出てくるって訳だ」
「うわぉ。すげぇ」
思わず声が出る。
ってか何で知ってるんだよ。
スクール側の皆さん。問題児にこういう事を教えてはいけないですよ。絶対悪用されます。ああ、既にされてましたね。そうでしたね。
「よし。これでここの2分が外の1時間になった。あまり速くし過ぎると、時間に取り残されるからな」
なにそれ怖い。
スウィンは素早く操作室を閉め、市街地の中心へと歩いて行く。
「そういえば、さっきの理由言ってなかったな」
歩きながらスウィンが話題を振ってくる。
俺が何の話? と表情で答えると、呆れたようにスウィンが続ける。
「何で市街地の方がいいかって話だ。さっき自分で言ってたろ」
「ああ、思い出した。それでそれで?」
「……はあ。ここのビルは大体が鉄骨鉄筋コンクリート構造だ」
「一攫千金コングラッチュレーション?」
「鉄骨鉄筋コンクリート構造だよ。どうやったらそう聞き間違えるんだ。言ってる途中で流石に間違ってると思わないのか?」
流石に違うと思ってました。てへっ。何て言える訳ないな。
「まあ簡単に言えば、ここには金属が多いって事だ」
「それが何か関係するのか?」
「ああ。大いに関係する。電波妨害されてる今、俺の索敵能力が使えねえ。だがここにある金属を軸にすれば、多少だが探知は出来る」
「なるほど。だから市街地か」
探知できないよりは、出来たほうが100倍マシだからな。
「それに耐久性も耐火性も高い。相手も派手な動きは出来ないだろ」
「確かに。……それで、大体どのくらいここで待機するんだ?」
「そうだな。……今は9時22分か。とすると、8分後だな」
「8分後だと、1時半くらいか。その時に何かあるのか?」
「は? 1時半? 何言ってんだよお前。8分後は2時半だろ」
「へ?」
2分で1時間だろ? なら、8を2で割って4、4時間後になる。9時22分に4時間足して13時。13時は午後1時だから、間違ってはないと思うんだけどな。
「リアルタイムの4時間後は1時半だけど、もしかして俺間違ってるか?」
申し訳なさそうに聞くと、何かに気が付いたようにスウィンが言い直す。
「あ、ああ。あー、いや。俺10分後って言った気がするんだけど、8分って言ってた?」
「おう。8分後って言ってたぞ」
俺がそう言うと、スウィンは誤魔化すように早口になる。
「いやいやスマンスマン。実はクリミナルスクールってのは、2時半になるとジャスターズから見回りが来るんだよ。生徒が反抗してないかとかチェックするためにな。だから10分くらいここにいて、出ればそいつらに会えると思ってよ。いやーしかし、後10分何するかな。手合わせでもするか?」
「スウィン。もしかして、間違え」
「よし、手合わせだ。やるぞ」
こいつ、算数できねえタイプのやつだ!
「ってか、え、手合わせ? ちょっと今はきついんだけど」
「知らねえ。強制だ」
「ちょっ、待て、あ! 痛い、痛い痛い。算数出来ない人間に負けちまう!」
「うおおおお! 言いやがったなくそがぁぁぁあ!」
スウィンは関節技を決めて来る。
必死の抵抗は虚しく、完全にハマってしまった。
そう思った。がしかし、急にスウィンの腕から力が抜けて行くのがわかる。
「誰かいる」
「え? なんていっ」
俺が言い終わる前に、スウィンが俺の視界からいなくなる?
「はえ?」
ドグォンと凄まじい音を立てて、スウィンがビルに激突する。
右を見ると、見たこともないような男がこちらに近づいてきていた。
「誰だお前」
俺は立ち上がりながら言う。
しかし、返事は返って来るはずもなく、その男は未だに近づいてきている。
俺は髪を抜いて、いつでも剣にできるように準備する。
男との距離4メートルというところで、その男が口を開いた。
「名前を聞くなら、そっちから名乗るのが筋じゃないか?」
男は止まり、ポケットに手を入れて立っている。
その目は完全に俺らを嘗めきっているのが分かる。事実、実力も上な気がする。
「じゃあ、名前は知らなくていい。お前、キューズの人間だな。何が目的だ」
「質問は1つずつにしろ。ま、答える気はないけどね」
男が言い終わると、後ろから瓦礫が破壊されるような音がする。
「ってーなー」
どうやらスウィンは生きていたようだ。
元々、こんなんで死ぬとは思っていなかったけどな。
「あーあ。じゃあ答えなくていいから質問するわ。なんで急に攻撃するんだ?」
スウィンが歩いてきて、俺の横に来たくらいに、その男を睨むようにして言う。
それに対し男は、相変わらず嘗めた態度をとっている。
「答えなくていいなら、俺はこた」
男が言い終わる前に、スウィンがその男に素早く近づく。
その速度には、ゴキブリに近いものを感じた。
うお。という男の呟きと同時に、スウィンの手から電流が放電される。
後数センチで触れるという刹那、再びスウィンが後ろに吹き飛ぶ。
「うぐぅあ」
先程よりは飛んでいないが、ダメージはその限りでは無さそうだ。
「ってか、スウィン。闘わないって言ったよな!」
「そんなこと言ってる場合か! 後ろ来てんぞ!」
後ろ?
振り向くと、右腕を振り上げた男が、俺めがけて迫ってきていた。
「うわっ」
驚きのあまり咄嗟に避けたことで、男の拳は逆アッパーのように地面に直撃した。
その地面は恐らくコンクリートにも関わらず、男の拳の侵入を拒まずに、辺りにヒビを入れながら突き刺さらせていた。
それだけでも、その男の尋常じゃないパワーは十分理解できた。が、それだけではなかった。
避けたはずの俺が、拳が地面に直撃すると同時に、後方へ吹き飛ばされていたのだ。
「うぐっ。なんだこの風圧」
5メートルくらい吹き飛び、そこにはスウィンもいた。
「あ、また会いましたね」
同じところに吹っ飛び、気まずかったので適当にとぼけた。
「また会いましたねじゃねえよ。ふざけてる場合か」
「すいません」
しかしそれは怒り混じりに掻き消され、俺たちの視線は男に向けられる。
「チェス。お前はあいつに触れられたか?」
「いいや。触れられてはないけど、ご存知の通り吹き飛ばされた」
「とすると、トレントと同じで空気を操る系か?」
「そうすると、どっちも接近型だから不利じゃないか?」
「いや、俺は遠距離もいける」
「へえ、遠距離もいけたんだ。なんでさっき使わなかったの」
「標準がブレるんだよ。真空ならともかく、空気がある場所は電気が散乱する」
「じゃあ遠距離じゃないじゃん」
「何もしないとそうだが、相手に金属や電気を通しやすい何かがついてれば、話は別だ」
「じゃあアイツに金属つけてばいいのか」
「つけられんのか?」
「無理」
「だよな」
俺たちがこそこそと話していると、痺れを切らしたのか、その男が大声で聞いていた。
「おい、いつまでくっちゃべってんだ。まさか、怖気付いたとかは言わないよな」
「質問に答える義務はなーい。俺煽るのうまくね?」
煽り返した後に、スウィンに率直な感想を求める。
「お前バカだろ。アイツの気が変わる前に作戦立てなくちゃいけないってのに」
馬鹿なスウィンにバカと言われてしまった。
「気が変わるってなんだよ」
「理由はわからんが、今のところあいつは俺らを襲う気は無いらしい」
「なんでそんなことわかんだよ」
「襲う気があるんだったら、今頃俺らは死体としてそこら辺に転がってる」
「俺らが勝てないのは確定なのね」
「俺も認めたくないが、あの一撃でアイツの強さを実感した。ナインハーズほどじゃねえが、かなり強いぞアイツ」
「スウィンですら勝てないとすると……、共闘するしかないってことか」
「そうだな。それしか生き残る道はなさそうだ」
「あーもう、むかついてきた。命令破ってテメェら殺すわ」
男はムシャクシャしたように、右手で頭を掻きながらこっちへ歩いて来る。
「どうするスウィン。あいつ来たぞ」
「……チェス。俺が合図したら、全力で横に飛べ」
「え?」
「アイツに全力で放電する。多分制御出来ないから、周りにも散乱すると思う。だから全力で飛べ」
「お、おう」
スウィンの目は真剣で、昨日チープと戦った時のようだった。
男が1メートル先くらいに来た時に、スウィンが叫ぶ。
「いけ!」
男の視線が、ガッと俺に向けられる。
どうやらスウィンがいけ! と言ったことにより、俺が攻撃して来るのだと勘違いしたらしい。
それにしても、どちらとも取れるこの合図。この短時間で考えたにしたら、スウィンは心理戦に対してかなり強いのかもしれない。
俺は前屈みになり、ハッタリをかまして横に全力で飛ぶ。
それと同時にスウィンが両腕を前に出す。
「死ね! ルーチェスタント!」
スウィンが叫ぶと、目も眩むほどの電流が飛び散る。
ルーチェスタント? もしかしてこいつ、自分の技に名前つけてんの?
痛いわーと思ったが、次の瞬間には、それはどうでもよくなっていた。
明らかに手加減をしていないスウィンの攻撃に対し、その男は未だにポケットに手を入れていた。
傍から見たら何もしていないが、どうやらそうではないらしい。
なにせ、スウィンの電流が1つも当たっていないのだから。
「あぶねーな。もう少しで当たるとことだったわ」
こいつ、只者じゃない。
心の底からそう感じた。