チェスクリミナル   作:柏木太陽

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保健室にて

 差し伸べられた手に躊躇いつつ、握手を交わす。

 俺の目の前に立っている男は名乗った通り教員の様だが、なんでこんなにニコニコしているんだ。

「どうしたんだい。私の顔に何かついてるかい」

 ロールと名乗った男は、今さっき人を殺したにも関わらず、平然と笑顔を保っていた。

「いえ、なんでもないです」

 俺は男の笑顔に少し怖気付いてしまった。

 それはさておき今の闘い、瞬殺だったな。

 俺とスウィンがあれだけ手こずった相手をいとも簡単に。

 ……ってか、スウィンは!?

「そうだ先生! スウィンが、スウィンが死にそうなんです」

 俺はスウィンを指差してロールに助けを求める。

「スウィン? ああ、あの問題児君かい。そういえば、あの子もいたんだっけな」

 ロールはゆったりとした口調で答える。

 まるで終わりの1つ1つに小さな母音が付いているように。

 俺はそれに少しムカついたが、スウィンの生死に関わることなので怒りをグッと堪える。

「早くしないとスウィンが死んでしまいます」

 俺は催促する様にロールをスウィンのところへ連れて行く。

 スウィンはうつ伏せのまま動く気配もなく、ただの物質の如くそこに存在していた。

 辺りには血が飛び散っており、かなりの出血をしているのが一目で理解できた。

「……マジかよ。スウィン、起きろって。おい。スウィン!」

 俺はスウィンを起き上がらせて、自分に体重を預けさせる。

 スウィンから感じた体温は、壊死した部位の様に冷たく、およそ生きている人間の温かさではなかった。

「これはかなり危険な状態だね」

 ロールはスウィンの脈を確認しながら言う。

 そんなの誰でも見れば分かるわ。

 助けて貰いながら失礼だが、そんなことを思ってしまった。

「ロール先生ならさっき俺にしたみたいに、どうにか出来るんじゃないんですか」

 先程の何かが流れてくる様な感覚。

 何かは想像できないが、生命に影響があるのは間違いないだろう。

 そうでなければ今頃、俺はここで人生のエンドロールを迎える事になってたからな。

 俺が提案すると、ロールは難しいという表情をする。

「やるだけやってみるけど、助かるかは分からないよ」

 そう言い、恐らく俺にした事と同様に両手をスウィンに当てる。

 俺の時とは違い、スウィンの傷口はすぐには塞がらず、出血も収まらない。

 ロールという人物の能力は、てっきり治癒系かと思っていたが、この様子だとどうやら違うらしい。

 もし治癒系なら、スウィンの傷も出血もすぐに収まるはずだ。

 なにせあのポケマンを一瞬で葬り去った事実がある以上、戦闘向きの能力でないと説明がつかない。

 ナインハーズも特殊だったが、このロールという人物。恐らく只者ではないだろう。

 もしかすると、実力はナインハーズ以上かもしれない。

 治療(仮)をしている間何もすることがないので、先程から頭の隅で気になっていたことを聞くことにした。

「ロール先生は、なんで俺たちのことを見つけられたんですか?」

 いくら敷地内とはいえ、この広大な面積を誇るクリミナルスクールで、俺たち2人だけを見つけることは至難の技だろう。

 ロールは少し躊躇いながらも口を開いた。

「もう知っているかもしれないが、ここクリミナルスクールは侵撃された。それも長年の因縁がある相手にな」

 その口調は先程のおっとりとしたナマケモノの様ではなく、何か怒りを感じさせるものがあった。

「それって、キューズですよね」

「もう耳には入っていたか。君のいう通り、キューズという組織に侵撃されたんだ。今までに事例が無かった訳ではないが、ここまで大規模なのは今回が初めてだ」

 言い方から察するに、事例と言っても数十年前だったり、侵入されはしたが大事には至らなかったりと、明らかに今回の様には深刻ではなかったのだろう。

 だがなぜいきなりこのタイミングで。

 偶然とはいえ俺が入学して次の日と。別のタイミングでもいい話を。

 ここに繋がりがあるのか分からないが、何か感じるところがある。

「幸い死者は出ていない。だが、重傷者が少ない訳でもない。とても無害と言える状況ではないんだ」

 スウィンの様な重傷者が他にも。

 考えてみれば当たり前だ。

 スウィンはスクールの生徒の中でもかなり強い方だ。だから先生たちにも名が知れてるし、授業をサボっても何も口を出せないのだろう。

「それで、ある程度生徒の安否を確認してから、唯一居なかったのが君たちだ。あとは探索系の能力の先生に手伝って貰って、ここに来たということだ」

 探索系の能力。そういえばスウィンも似た様なことしてたな。

 外の時間と中の時間の進みが違う中、この短時間で見つけられるのは、流石教師と言えるのだろう。

 もしあと少し時間の流れを早くしていたら。そう思うと背筋に寒気が走る。

 ふとスウィンを見ると徐々に傷口が塞がり始めており、既に止血は完了していた。

「よし、これくらいでいいかな」

 傷口が完全に塞がった頃、ロールが両手を離す。

「スウィンはもう大丈夫なんですか」

「気は抜けないよ。このままだと直に息絶えてしまう。今から保健室に運ぶから、そこら辺の瓦礫を端に寄せておいてくれるかな」

 既に口調は元に戻っていた。

 俺は、はい。と返事をし、人が歩ける程度に瓦礫をどかす。

 ひとまずスウィンが死ぬ事がないと安心し、体から力が抜ける。

「おお。大丈夫かい。いくら回復したとはいっても、血が復活した訳じゃないからね。無理はしないほうがいいよ」

 どうやら少しバランスを崩してしまったようだ。

 ギリギリの所でロールに抱えられ、地面への直撃は免れたが。

 そういえばさっきから頭がぼーっとしていた気がする。

「すい……ません」

 その言葉を最後に、俺の記憶は途絶えた。

 

 目が覚めるとそこは案の定保健室で、俺はベッドに仰向けになっていた。

 既に輸血が終わっているのか、起き上がるのに疲れは伴わなかった。

 寝室はカーテンで仕切られており、他の生徒がいる気配はしない。

 恐らく俺がどん尻なのだろう。

 どうせならこのまま少し寝るのも悪くないと思い、再び寝転ぶ。

 すると、ガラガラと扉の開く音がした。

 足音がこちらへやってくる。もしやナインハーズか?

 しかし、その予想は大いに外れた。

「あら。もう起きてたの」

 そこにいたのは可愛らしい女学生と思わしき人物だった。

 少し大人びている様に感じたが、歳は俺と同じか少し上だろう。

 でも、なんで先生じゃなく生徒が?

 寝たまま答えるのも失礼なので、再び起き上がらなければいけなかった。

「もしかして、貴方が看病してくれたんですか?」

「貴方だなんて堅苦しいわね。ヒスちゃんでいいのよ。ヒスちゃんで」

 その子はきゃぴるんとした感じで答える。

 その仕草に不覚にも可愛いと思ってしまった。

「……じゃあヒスちゃんって呼ばせて貰います」

 なんか、いいな。ヒスちゃん。

「やめとけストリート。その人をちゃん付けするのは」

 俺の心を読んだかの如く、扉の方から声がする。

 ストリートと呼ぶ辺り今度こそナインハーズだろう。

「なんで駄目なんだ。ヒスちゃんがそう言ってるからいいじゃないか」

 ナインハーズの顔を見る前に反論する。

 ってか、こんな可愛い子がいるなら紹介してくれよな。

「アルさんもからかわないであげてくださいよ。こいつすぐ調子乗ってしまうので」

 カーテンからナインハーズが顔を出す。

 アルさん? そして敬語なところも気になるな。ナインハーズは歳下に敬語を使う奴ではないとは思うんだが。

「あら、駄目だったかしら。この子、以外とタイプだったからついね」

「え、奇遇ですね。俺もドストライクですよ。なんなら今から付き合っちゃいます?」

 ふふふとヒスが笑い、マジかよみたいな顔でナインハーズが見てくる。

 さっきからナインハーズの様子がおかしい気がする。

「どうしたんだナインハーズ。いつもの調子じゃないぞ」

「いや、まあね。アルさんはやめといたほうがいいぞ。この人は俺が赤ん坊の時から教員やってるから」

「へ?」

 思わず間の抜けた声が出てしまった。

 ナインハーズの歳は分からんが、決して若くないのは容姿で推測できる。

 それが赤ん坊の頃からだと……。

 もう1度ヒスの方を見る。

 やはりどこからどう見ても10代後半か、いって20代前半。

 およそババアと呼ぶには程遠い。かの様に見える。

「そんなに見られると恥ずかしいわ。それよりさっきの話、本気にしちゃってもいいのかしら?」

俺が観察していたのに気が付いたのか、ヒスが恥ずかしがりながら話しかけてくる。

 いやちょっと待て。これがババア?

 信じられん。これも能力の一環だと言うのか。

「どうなのよ。そこのところ」

 誘惑する様にして俺のベッドへ腰を掛ける。

 ひぃ。と声を出してしまい、少し、いや大分距離を取る。

「なによ、失礼じゃない。ほら、今夜はホットなナイトを過ごしましょう」

 ヒスは俺との距離を詰め、抱きつく様にしてガッチリと俺を拘束する。

 俺はナインハーズに助けを求めるべく、そちらを向く。

 しかしナインハーズはさっきと打って変わって面白がっていた。

 くそこの野郎ナインハーズ・ライムネスめ。

 お前はいつも俺に憎まれる事しかしないよな。そして毎回の様にこれを晴らすことが出来ない。

 抱きつかれることにより、いい匂いとババアという事実が合わさって頭がおかしくなりそうだ。

「ほら。ちゅー」

 まさかのキスを迫ってきた。

 これがババアじゃなければ最高なシチュなのにな。

「ああ。これきつ」

 段々と意識が遠のいていくのが分かる。

 俺は本日2度目の気絶をすることとなった。


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