「そう言えば、どこに向かってるんだ?」
俺はノイズに連れられて廊下に出ていた。
「ん? 森林だよ森林。多分今日はあいつらも来てると思うし」
あいつら? もしかして新しく2人の仲間が増えるのか?
そうなると、あの老人の夢は予知夢という事になる。
だとしたら楽しみだな。一体どんな奴らが待っているんだろう。
「お邪魔しまーす」
ノイズが森林への扉を開ける。
そこにいたのは新たな仲間——。
「ノイズジャーン」
「おおノイズ。来たのか」
「あら。チェスも一緒とは珍しい組み合わせですね」
ではなく、チープ、トレント、ハンズの3人だった。
こいつらいつも森林にいるのか?
「なんだお前らかよ」
「なんだって、チェスは何に期待してたんだ?」
「この学校に女は少ねーぞー」
「女? チェスは女を探しに来てたんですか?」
ハンズめ。チープに変な誤解をさせるなよ。
ってか、ノイズはこの3人の知り合いだったのか。
どうりでサボり方が慣れてると思った。
「なんだチェイサー。お前もこいつらの知り合いだったのか」
「おいおいノイズ。俺らに対してこいつらって、調子に乗ってるな?」
「ん? ああ、すんません」
ハンズ。完全に嘗められてるな。
「それでどうしたんだ? 遂にチェスも問題児デビューしたのかな」
「遅刻組だったり問題児だったり、俺はそんなものになった覚えは無いぞ」
「そうなのか。俺はてっきり仲間かと」
お前は黙ってろ雑音。
「ただ、少しやらかしてな。ちょっと抜け出してきた」
「珍しいですね。チェスがやらかすなんて」
「そうだな。ちょっとこいつがね」
俺はノイズを指差す。
それに対して、ノイズは何のことかとキョトンとしている。こいつめ。
「それよりどうです? チェスもまたゲームしませんか?」
「ゲームか。なんか久しぶりな気がするな。いいぞ。やろう」
ハンズが参加をしてるのは、スウィンがいないからか?
スウィンがハンズをいじめてる光景が容易に想像できるな。
「これで5人だな。チーム分けはどうするか」
「俺とチェイサーでいいんじゃないすか?」
「は? なんでお前なんかと」
「オッケー」
「うん。いいよ」
「分かりました」
決まっちゃったよ。あっさりと。
「……まあいいや。じゃあノイズ、よろしく」
「よろよろ」
本当に大丈夫かこいつ。心配でしか無いんだが。
「じゃあこれが鳴ったらスタートね」
そう言い、トレントは丸い空気の塊を作り出す。
「なんですかこれ」
ノイズが疑問に思うのも無理はない。
事実俺もトレントの能力を全て知っている訳では無いからな。
少し気になるところではある。
「これは空気の周りに薄く膜を張ったものだよ。これを段々小さくしてって、空気を圧縮していく。そうして、中の圧力が膜の強度を越した時に破裂するって仕組みだよ」
「ほぇー便利だな」
ただ空気を操るだけと思ってたが、こんな応用の仕方もあるのか。
「じゃあ始めるぞ」
その合図と同時に俺たちは四方八方に散る。
後何秒であの球体が鳴るのかは知らないが、とにかく今は距離を取ろう。
「あいつら一斉に来ると思うか?」
「いや、馬鹿なハンズがいる限りそれは無いだろうな。あいつのせいでコンビネーション皆無だと思うし」
「信用ないな」
トレントはともかく、チープは難しい作戦とか苦手そうだしな。
「って、なんでお前ついて来てんだよ!」
いつの間に来てたんだ。
「え? いや普通ついて行くでしょ。2対3だぞ」
……言われてみれば確かにそうだな。
トレント達は団体行動はしないと予想出来るし、俺たちが2人で行動すれば、必然と2対1になる。
つまり、2対3という不利を覆せるのだ。
「流石に何か作戦があっての行動なんだろ?」
「作戦か。……今考える」
そうだよなー。ノイズだもんな。期待した俺が悪かった。
まあ、最低作戦が無くても数の利がある。
よくて擦り傷、悪くて骨折程度で済むだろう。
……悪くての方がかなり重症なのが不安だな。
「とりあえず、もう少し草の生い茂ってる所へ行こう」
「なんでだ? それだと視界が悪いし、動きにくいだろ」
「それもそうだが、今回の5人の中で物質に付与する能力を持ってるのは俺だけだ。トレントが俺を見つけて他の2人に伝えても、戦闘に負けなければいい話だ」
「なるほど。考えたな、チェイサー」
「誰かとは違うからな」
「だがそれだと、俺の能力が発揮されなくないか?」
「お前は時止めて適当にサポートしてくれ」
「俺時なんて止めらんねえよ」
「は? さっき止めてたじゃねえか」
「いつの事だよ。第一、そんな最強の能力者がBクラスな訳ねえだろ。はっ。お前馬鹿にしてるな!」
「してねえよ! くどいなお前は。じゃあお前の能力はなんなんだよ」
「俺か? 俺の能力は時を遅くする能力だ」
「あんま変わんねえじゃねえかよ」
ってか、時を操る関係なら察しろよ。
「変わんないって、お前何にも分かってねえな」
「ああ。分からねえよ。説明してくれ」
「いいかよく聞け。1回しか言わないからな」
なんで1回しか言わないんだよ。大事な事なら1回以降も言えよ。
「時を遅くするってことは、全生命、全物質が遅くなるって事だ」
「それは言われなくても分かる」
「だがだ。だが。時を遅くするには、対象に抵抗をつけなくちゃいけねえ。例えるならピーナッツバターの中でバタフライする様なもんだ。けど時を止めるって事は、抵抗も何も相手を完全に止める事であって、力をそんな必要としない。しかも発動したら俺も一緒に止まるからな。能力の発動だけで見たら、時を遅くする方が断然弱い」
そんなRadio Ga Gaみたいな入りで短所言われてもな。
例えにピーナッツバターを入れてくるのもよく分からんし、もしかして戦闘向きの能力じゃないのか?
「今のところ、短所しか聞いてないが大丈夫か?」
「もちろん。俺の能力にも長所はある。それは」
「それは?」
「思考も遅くなるって事だ」
やばい。頭の中でクエスチョンマークのバーゲンセールを行ってる。
「つまりどういう事だよ」
「能力の発動はフルオート系、自然系じゃない限り、意思的に行われる。思考を遅くするって事は、どんなに速く動ける相手でも、時を止める相手でも、能力を発動させるのにタイムラグを生じさせる事が出来るんだ」
「それって先手を取らないといけなくないか? しかも、ハンズみたいな能力者なら思考中の時間も埋められるだろ。速さで」
「そうとも限らない。相手が注意深い奴なら、能力を使われる前に距離を取る。それも速く動ける奴となれば尚更ね」
相手が動く前に能力を発動させる事が前提で、攻撃手段は特に無し。
完全サポート役の能力に思えるな。
「パンッ」
遠くの方で何かが弾ける音がする。
どうやらゲームが始まったようだ。
「まあ、喋ってる余裕もなさそうだし、とりあえずあそこいくぞ」
俺はより深い森林の入り口を指差す。
「おっけ。ちなみに目の前にハンズがいるけどどうすればいい?」
「ん? ああそれは——っていつの間に!」
俺は後ろへ全力で飛ぶ。
特に攻撃された訳では無いが、ハンズの様な能力ならとにかく距離をとった方がいい。
しかし、それも意味がないのだろう。
一瞬で距離を詰められる。
「俺からは逃げられねーぜ! チェス!」
ハンズの姿が一瞬で消える。
「まずい!」
俺は急いで防御の体制を取ろうとする。
がしかし、次の瞬間目の前にハンズの姿が現れた。
「え?」
ハンズも驚いている様子で、俺も驚いている。
舞い散る木の葉は静止し、避けた事で飛び散った土も綺麗に形を留めている。
その未知の光景の中で冷静だったのは、唯一ノイズだけだった。
「チェイサー! 足を拘束しろ!」
「お、おう」
俺はハンズをしっかり目で捉え、そこら中のツタを伸ばして拘束する。
その間ハンズはなんの抵抗もなく、あっさりと俺に捕まった。
「なんだこいつ。全然抵抗しなかったぞ」
「ハンズは発動系だからね」
ノイズの発言で俺は納得する。
オート系のノイズの能力に対して、ハンズの能力は発動系。一瞬動きが速くなるだけで、それ以降は普通の人間と同じ。
ハンズが抵抗も無しに動けなくなるのはその理由だ。
「速く動けてるけど発動系って、こいつ雑魚じゃね?」
「チェイサーはその雑魚にやられそうになってたんだぞ?」
「うるせえな。拘束したのは俺だぞ」
「へいへい」
再び時が動き出し、ハンズが意識を取り戻す。
「あれ!? 俺捕まってる!」
ノイズの能力が強いのか、ハンズが馬鹿なのか、どっちか分からないが、とりあえず1人拘束する事ができた。
後はこいつに参ったと言わせるだけだな。
「おいハンズ。参ったと言え」
俺はハンズの眼球の前に、尖らせた木の棒を突きつける。
「ほらほら。早くしないとー」
「意外とチェイサーはSなんだな」
「こんくらいしないと馬鹿は言わねえよ」
「おい。危ねえって。刺さる。刺さっちまう」
こいつは筋金入りの馬鹿だな。参ったって言えばいいものを。
俺がハンズをおちょくっていると、突然身体が動かなくなる。
「ぐうっ。なんだこれ」
指先がピクリともしない。
「チェス。馬鹿に気を取られ過ぎたね」
俺の目の前に現れたのはトレントだった。
しくった。既に俺の位置を捉えてたか。
「お前ら俺の事馬鹿って言い過ぎだ! それよりトレント助けろ!」
「ちょっと待ってろ。今助けるから」
そう言い、トレントはハンズの足に絡みついたツタを解く。
「ミイラ取りがミイラになったー。チェス」
「難しい言葉知ってんだな。馬鹿のくせに」
ちょっと使い方違うし。
「また馬鹿って言ったな!」
ハンズは俺に向かって拳を振り下ろす。
しかし、それは俺の顔の横寸前で止められた。
「おかしい。ノイズがいない」
「ノイズがどうした。元々別行動だろ」
「あれ? 気のせいか」
どうやらノイズは俺が捕まってる隙に逃げたらしい。
ハンズにはノイズの存在に確信が持てていないらしい。
なにせ直接対峙したのは俺だけだからな。
馬鹿なハンズには、あの一瞬の出来事を推理するほどの頭は無さそうだしな。
能力差、戦力差的に賢明な判断だと思うが、俺を助ける余裕は無かったのか?
「まあいいや。参ったは後で言わせるとして、今は戦闘不能になってもらうぜ。じゃあな、チェス」
ハンズは再び俺の顔面目掛けて拳を放つ。
「ちょっと待て」
俺の声でハンズの拳は止まる。
「今度はなんだよ!」
「俺の能力は手から発動させるんだ。戦闘不能にさせるなら、俺の手を使えなくした方が得策だぞ?」
「……確かにそうだな」
よし。
「じゃっ。ここでへばってな!」
ハンズの右手が俺の左手に触れる。その瞬間。俺の左手の拘束が解けた。
その瞬間を逃さず、俺は地面に触れて土壁を作る。
「なに!?」
一瞬で俺とハンズたちの間に隔てができた。
そして落ちてるツタに触れ、伸ばし、器用に後ろの木へと引っ掛ける。
伸ばしたツタを縮め、トレントの射程外へと飛び退く事に成功した。
「チェスめ。騙しやがったな」
「追うのは無理だね。もう2人の射程外に出たよ」
後ろの声が遠ざかる。
なぜ俺が動けたのか。それは簡単な話で、理由はトレントの能力にある。
トレントは俺を拘束する時に、俺の周りの空気を固めなくてはならない。
しかしハンズが攻撃する瞬間、その空気が邪魔になる為、攻撃部分のみ能力を解かなくてはならない。
俺はそこに付け込み、左手の拘束を解かせる事が出来た。
我ながら機転が効いたと思うが、次に拘束されたらもうチャンスは無いだろう。
とにかく、今は遠くに逃げよう。
木々を伝いながら、俺は移動する。
あるものを見つけ、俺は急ブレーキをかけた。
「うげっ」
そこには、今1番会いたくない相手がいた。
「あらら、チェスですか。奇遇ですね。私も1人なんですよ」
今チープと闘うのは望んで無いんだが。そう簡単に逃してはくれないだろうな。
……ったく、ついてねえな今日は。