トレントとハンズからの逃走中、運悪くチープと鉢合わせしてしまった。
「1対1ですか。それもいいですね」
チープはニコニコとして話しかけてくる。
こいつはこう見えて、ごりごりの近接型だ。
以前スウィンとの戦闘を1度だけ見たが、中距離と近距離を兼ね備えているスウィンに攻撃が当たらずとも、威力に関してはずば抜けていた。
当たった木々は倒れ、折れ、果てには原型を留めて無いの物すらあった。
そんな打撃を1度でも食らったら、完全に俺の敗北が決するだろう。
なにせ、あのスウィンですら距離を置いて闘っていたからな。
俺は安定した中距離、遠距離攻撃を持っている訳では無い。
ノイズとの2人ならともかく、1対1では分が悪過ぎる。
今は戦略的撤退をするのが得策だ。
俺は勢いよく左に飛ぶ。
「どこ行くんですか?」
が、いつの間にか近づいて来ていたチープに足を掴まれてしまった。
マジかよこいつ。俺は本気で飛んだぞ。
「いやぁ、ちょっと小便?」
「嘘はよくないですね」
チープは俺の足を掴んだまま、思い切り木に叩きつける。
「そして下品です!」
「がぁっぐ」
ごもっとも!
咄嗟の事に受け身も取れず、俺は木に激突する。
その木を破壊した威力から、俺はこのゲームが遊びであって遊びで無いと再び思い知らされた。
幸いな事に、木が脆かったお陰で強打は免れたが、それでも一瞬俺の意識を飛ばすのには十分だった。
「まだまだですよ!」
そのまま俺を、まるでピッチャーが150キロメートルの豪速球を投げる様に、いとも簡単に投げ飛ばした。
「うぅがあ」
もちろん障害物にぶつからない訳もなく、俺は再び木に叩きつけられる。
「ふぐっ」
しかし投げた事により、直接振り回されるよりも威力が落ち、今度は受け身を取れる事が出来た。
こうなったら殺るしかない。
俺の中で静かに闘志が燃えていた。
「チープ。お前は確かに強いが、やっぱり甘いな」
「なんですって?」
「上を見てみな!」
チープは俺の発言に釣られて上を見る。
しかし俺が先の間に罠を仕掛けられる訳もなく、完全なるはったりであった。
「——騙しましたね!」
上を確認した事により、俺がはったりを言ったと気が付くまでに出来た数秒の隙。
だがそれは、俺の攻撃には十分の隙であった。
「すまんチープ。ちょっと目瞑ってな」
俺はチープの両腕を掴む。そしてそれをゴムの様に伸ばし、後ろで結んだ。
絵面的にはとても不気味で、とても人間技とは思えない。自分でも残酷な拘束方法だと思う。
「これはこれは。してやられましたね。ですが」
みしみしと骨の軋む音がする。
そして俺が縛った筈の腕が、段々と解けていく。
腕は能力で伸ばしただけなので、骨の構造は全く変わっていない。
だからこそ、この状況が異様と言える。
チープは平然と、しかも力技で自分の腕を解いているのだ。
骨が鳴るのも当然だ。外れた腕をはめ直すではなく、逆にもっと外そうとしているのと同じ様な事だからな。
俺はその光景に耐え難くなり、能力を解いてしまった。
「甘いのはどっちでしょうかね」
「くっ」
チープはすかさず俺に近づいて、拳を振るう。
俺が防ぐ間もなく、懐にチープの拳の侵入を許してしまう。
腹を狙っていたのかと注意していたが、すんでのところで軌道が顎へと修正された。
「マジかよっ」
手で防ごうとしていた事もあり、今俺の顎はフリーな状態。
急所を狙うとしたら、脳震盪を起こす顎の方がみぞおちより断然効果的だろう。
しかしこの威力で殴られたら、脳震盪の前に俺の頭が吹っ飛んじまう。
まずいと思い、俺はギリギリの所でのけ反った。
「そう来ると思いました」
そう言い、恐らく1番の狙いであったであろう、俺の全体重の乗った足を蹴る。
俺は当然体勢を崩され、一瞬中に浮いた。
「フィニッシュです」
そのまま俺の腹を殴り、今度は地面に叩きつけられる。
みぞおちを狙わなかったのは、チープの情けだと受け取っておこう。
しかし、十分過ぎるダメージ。これでは戦闘不能になったも同然だ。
「普通の奴ならな」
砂埃が晴れた時、既に俺の姿はそこには無かった。
「——! チェスがいない!?」
危機一髪だったー。
もろに腹に打撃を食らったが、その先に地面があったのが幸いだった。
地面の直撃と同時に、脆くして簡易的なクッションを作った事で、全てとは言わないがある程度衝撃を分散する事が出来た。
そのお陰で、自分でもよく分からない位のところまで深く潜ってしまったがな。
しかしこれで、少し休める。
不安なのはここから出る方法と、酸素の問題だ。
やはりあまり長居出来ないか。
「ゴゴゴガガゴゴゴ」
上の方から不吉な音が迫って来ている。
もう1つの、起きる事は無いだろう思っていた不安の種が芽生えた様だ。
「こいつ、なんでもありかよ」
上から近づいて来るこの音。
これは恐らくチープが地面を掘っている音だろう。
追って来る可能性がない訳では無かったが、まさか本当に追って来るとは。
とすると俺のする行動はただ1つだけだ。
チープを迎え撃つ!
普通この状況だと、地の利や近距離戦闘というチープに有利な事ばかりだが、逆にこの不利を利用する。
チープは必ず自分が有利だと思って疑わない。
それこそが油断を生む。
そしてこの地面の中というアドバンテージ。
俺は土を脆くして自由に動けるのに対して、チープは壊しながら動く事しか出来ない。
土が多ければ多い程、俺が戦闘に使用する武器が増える。
完全に俺のフィールドという訳だ。
「チェス。そこですか!」
来た。上前方2メートル。1メートル。
……今だ!
「機転が効く様ですが、ここまでです!」
俺を見つけたチープが、必然と拳を放って来る。
その体勢では足は使えないだろうな。なにせ土竜の様に真下に掘って来てるんだから。
「まだまだ俺の機転は効くぜ」
俺は間一髪で壁を脆くして避ける。
そしてすかさずチープに接している土の強度を上げる。
「ぬっ。身体が動きません」
「さあチープ、参ったと言え」
俺はチープの腕も拘束し、喉元に土で作った針を突き付ける。
此処ならトレントに邪魔をされる事も無いだろうし、徹底的にに拷問出来るが。
「どうしたんです? 早く突き刺せばいいじゃないですか。もっとも、私には効きませんがね」
よく言うぜ。本当に効かないなら俺はとっくに滅多刺しにしてる。
だが、チープは傷の治りが尋常じゃない速さなだけで、痛みは感じる。
そんな奴に無制限な拷問をする度胸も、勇気も俺には無い。
そこがチープに甘いと言われる所以なのだろう。
「やはり甘いですね——」
チープがそう言い放った瞬間、目の前に広がった光景は先程の暗い地面の下ではなく、木々が生い茂り、草は生え、伸びきったツタがぶら下がっている、ゲームが始まった当初の光景だった。
「どうなってんだこりゃ」
目の前にはツタで拘束されたチープが横たわっていた。
「参ったって言ったよ。チープは」
「え?」
その横にはノイズが立っており、チープを見下ろしている。
一瞬で景色が変わったのはこいつの能力の様だ。
「吐くまで拷問した。遅い時の中で」
「鬼畜だな」
俺には出来ない芸当だ。
「そうでもないさ。必要ならそうする。それが俺たちだ。まあ、出来ないなら出来ないで、それも一種の生き方だな」
「……そうだな」
ノイズに説教されてしまった。
こいつはそんな気は無いだろうが、俺の心には十分響いた。
俺のこの甘さが、これからに影響しなければいいんだが。
「それで。これで2対2になった訳だが、どうするノイズ。ハンズの馬鹿とトレントなら、ギリギリ勝てるんじゃないか?」
「ハンズは置いておいて、トレントは厄介だぞ。不意打ちは出来ても、それからが難しい」
「ずっと時間を遅くしてればいいだろ」
「そんな簡単に言うなって。さっきも言った通り、俺の能力は抵抗をつけてるんだ。抵抗をつけている対象を動かしたら、能力が長く続かないのは分かるだろ?」
「まあ、確かにそれもそうか」
案外融通が効かない能力なんだな。
「じゃあどうする。このまま相手が襲って来るのを待つのか?」
「……それもありだが、今考えてる作戦があるからそっちでいいか?」
「……俺を見殺しにしたりしないか?」
「しないって。第一そんな酷い事した覚えないぞ」
さっきは見捨てたくせによく言うぜ。
「分かったよ。じゃあその作戦を教えてくれ」
『トレントとハンズは、チェイサーが単独で行動していると思っている。だからあいつらも別々に行動する筈だ。敵を探してるふりをして、トレントを誘き出すんだ。そしてそこを2人で倒す。ハンズは後で適当にやろう』と言っていたが、簡潔に言えば囮作戦だろ?
あまりいい思い出が無いのだが、他に作戦がある訳でもないので仕方がない。
とりあえず、適当にぶらつくか。
そう思い、俺は歩きにくい小道よりも、障害物が少なく見渡しのいい道を歩く。
こうすればトレントにも見つかりやすくて、俺も発見された時に気が付きやすい。
「かさっ」
どこからか葉の擦れる音がする。
しかし気配は無く、この慎重さからしてトレントだろう。
俺を見つけてから機をうかがっているのか。
だからと言って、俺も隙を見せる事はできない。
トレントの実力なら、不意打ちされたら瞬殺されかねない。
そこまで俺も馬鹿じゃ無し、ノイズだってそうだろう。
俺には言ってない作戦があるに決まってる。
だがここで黙って歩いてるのもつまらない。
やられる前にやるか。
「うお! 珍しい小枝!」
俺はさりげなく屈む。
そして地面に触れ、今出来る最高範囲である半径12メートルの土を脆くする。
高範囲なので、足がいつもより少し沈むくらいで、そこまで影響がないだろうが俺の狙いはそこじゃ無い。
俺には索敵能力がなく、トレントにはある。
その違いが、俺とトレントの今の状況を作り出している理由だ。
しかし、どうやら今日の俺は機転が効く様だ。
地面を脆くするという事は、俺の能力が付与されているという事。
その上で動く生物、静止してる物質は、口の中に入っている1本の髪の毛と同様に、俺が探知出来る。
欠点としては、トレントと違い地面と接している物しか探知出来ない事だ。
そして、見つけた。トレントを。
右斜め前方8メートルの木の裏に隠れている。
どうやら動く気は無いらしい。
土の凹み具合からして、大体2分くらい前からそこにいた様だ。
なら、こちらからやらせてもらうぞ。
俺は能力を解き、小枝を2本拾う。
そして古代兵器の1つ、仕組みはなんとなくしか知らないが、その威力は絶大。
そう。誰もが知っている、ボウガンだ!
少し作るのに時間は掛かったが、迅速に弦を引き、矢を装填する。
狙いを定め、後はトリガーを引くだけ。
「トレント。俺の1歩に付き合ってくれ」
俺はそう言い、トリガーを引いた。